第75回私法学会ワークショップの記録(要旨)
作成:2011年10月30日
明治学院大学法科大学院教授 加賀山 茂
担保法の新しいパラダイムとその教育
報告 明治学院大学教授 加賀山 茂
司会 名古屋大学教授 千葉 恵美子
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本ワークショップでは,「債権の掴取力の強化」という一つのキーワードで担保法(人的担保,物的担保)の体系化を完成させたという報告者のいわゆる「担保法革命」に関して,@理論上の問題点,A実務との整合性,B教育への影響が活発に議論された。
テーマが広範囲にわたるため,議論が拡散しないようにとの司会者(千葉)の発案により,第1部(担保法の新しいパラダイムの全体像)と第2部(保証と連帯債務における付従性と求償の要件)とに分けられ,報告も議論も,それぞれのテーマごとに行われた。
報告者(加賀山)から,従来の担保法の考え方を根本から覆す新しいパラダイム,すなわち,@「担保物権とは,債権の掴取力が質的に強化された優先弁済権であり,債権の外に担保物権という別個・独立の物権が存在するわけではない」,A「保証は,債権の掴取力が量的に強化された責任(債務者の債務を肩代わりして弁済するという責任)であり,債務者の債務の他に保証債務という別個・独立の債務が存在するわけではない」が紹介された(報告用プレゼンテーション原稿の前半部分)。
報告者がこのような新しいパラダイムを提唱する理由は,ほとんどの学生が担保法を苦手としているという現状を改善するためである。これまで,担保物権は「物権」であるとされてきた。しかし,それでは留置権,先取特権,質権,抵当権の冒頭条文が,「債権の弁済を受ける権利」と定義していることと整合性がとれない。担保物権は,人が物を支配するという「物権」の関係ではなく,むしろ,ある債権者が債務者の財産に対して有している「掴取力」が,法の規定または当事者の合意と公示によって,他の債権者の「掴取力」よりも強化されるという「債権者間の掴取力の優先・劣後」の問題と考えるべきである。
このことを無視して,担保物権を「債権に優先する物権」であるとして教育を行うと,「債権に優先する物権が,なぜ,劣後するはずの債権に付従するのか」,「物権なのに,なぜ,物権の対抗要件(引渡または登記)に従っていないのか」,「抵当権の処分について,なぜ,債権譲渡の対抗要件の具備が必要なのか」などの学生たちの疑問に先生方がまともに答えられないことになる。その結果,学生たちは「理解できないまま暗記に頼る」という不毛な教育に終ってしまう。
この点,@担保物権とは債権の掴取力の質的強化としての優先弁済権である,A保証とは債務者の債務の肩代わり弁済責任である,B連帯債務とは本来の債務と保証責任との結合であるとして教育を行うと,例外が生じないので,学生の理解が格段に向上すると思われる。
加賀山報告に関しては,一方で,報告に共感し,担保物権の物権性を疑問視する意見が表明された。
@担保物権というくくり方は,日本独自のやり方であって再検討の必要がある。
A船舶先取特権の場合,実務では,「物権」という扱いはしていない。
B破産,民事再生,会社更生という次元では,理論的にも,「担保物権」という用語はそもそも利用しておらず,「担保権」としている。
C民事執行でも,「担保物権目録」とはいわず,「担保目録」という用語を使っている。
他方で,報告者に対する以下の疑問が提起された。
- 担保物権の冒頭条文は,確かに「債権の弁済を受ける権利」としているが「他の債権者に先立って」という点で物権的要素があるのではないか?
- 物権も現代的な広がりを持ってきているのだから,担保物権も特別の性質をもつ物権として考えることができるのではないか?
- 物権編に規定してある担保物権を債権として教育すると,余計に混乱が生じるのではないか?
- 担保物権を債権と考えると,物的担保を債権と切り離して流通させることが不可能となるのではないか?
- 抵当権の物上保証人・第三取得者に対する追及効は,物権として構成されているのではないのか?
これらの疑問に対して,報告者からは以下の答弁がなされた。
- 「先だって弁済を受ける」という関係は「債権者同士の関係」が平等か優劣かということであって物権の問題とはいえない。
- 物権は物との帰属を明らかにする場合に限定すべきであり,所有権以外の物権は,用益物権を含めて債権の中に取り込んでいくべきではないか。
- 担保物権を物権として教育することは,例外が原則より多くなって学生を暗記に走らせるだけではないか。
- 担保を債権から完全に切り離すとリーマンショックのときのような悲劇が起こるので,債権と担保権とを切り離すことには慎重になるべきだ。
- 抵当権の追及効と詐害行為取消権の追及効とは,第三取得者が登記によって知っていると見なされるか(登記),詐害行為であることを知っているか(悪意)という共通点があり,物権として構成する必要はない。
人的担保は債務者の債務を肩代わりして弁済するという保証人の責任(債務なき責任)を基礎として,保証と本来の債務とが結合したものが連帯債務だと考えると,これまで混乱していた学説や実務の取扱いがすべて統一的に解決される(報告用プレゼンテーション原稿の後半部分)。
第1に,保証とは,主たる債務とは「別個・独立」の債務だが,主たる債務に「付従」する債務であると定義されてきた。しかし,この考え方は,独立性と従属性を併存させる点で矛盾に陥っている。そうではなく,保証とは,自らが債務を負わない保証人が,「債務者の債務を肩代わりして弁済すべき責任」を負わされている状態として把握すべきである。そう考えると,以下のように整理することができる。
- 債務者が弁済すると債務が消滅し,保証人の責任も消滅すること(付従性の意味と必然性)を矛盾なく説明できる。
- 保証人が債務者の債務を弁済すると,第三者による弁済として求償権が発生し,その求償権を確保するために,本来の債務は消滅せず,担保を含めて,全ての権利が保証人へと法定移転する(民法500条,501条以下)ことが理解できる。
したがって,従来の説が,保証債務の弁済によって保証債務と本来の債務がともに消滅すると述べてきたのは誤りである。
第2に,連帯債務を「保証(連帯保証)」と「本来の債務」が「結合したもの」と考えると,連帯債務の理論の中で,理解が最も困難とされている「絶対的効力」の問題も矛盾なく説明することができる。通説は,連帯債務は,保証とは異なり完全な債務であるから,連帯債務には付従性はないとしている。しかし,これは誤りである。そうではなく,連帯債務の一人に生じた事由が他の連帯債務者に生じるという「絶対的効力」は,以下のように,3つに分けて考えることができる。
- 本来の債務(負担部分)の消滅に基づいて付従性によって保証部分が消滅するという現象(免除と消滅時効の絶対的効力)。
- 負担部分を超えた弁済は,保証人の弁済として債務を消滅させず,求償権と弁済による代位が生じるという現象(弁済,更改,相殺,混同の絶対的効力)。
- 以上の2つの考え方に基づいて,連帯債務者の一人に生じた事由が他の連載債務者に対して効力を生じるという現象(絶対的効力)を演繹的に説明することが可能となる。
- 唯一の例外である「請求の絶対効」(民法434条)という現象。
- これは,民法が保証に関して,「主たる債務者に対する履行の請求…は,保証人に対しても,その効力を生じる」(民法457条)という政策的な決定(付従性とは反対に債権者に有利な効果を認める)をしているために,連帯債務者の「負担部分に対する請求」が,他の連帯債務者の保証部分に対して効力を有するという理由によって部分的には正当化される。
- しかし,「保証部分に対する請求」は,他の連帯債務者に対して効力を有しないのであるから,全体として見ると「請求の絶対効」は,論理必然的な結果とはいえない。
第3に,連帯債務において,本来の債務(負担部分)と保証(連帯部分)とを厳密に区別するならば,連帯債務者の求償の要件に関する混乱した問題についても,統一的に解釈することができる。
- 求償の第1の要件は,「共同の免責を得たこと」,すなわち,自分の債務である「負担部分を超えて,他の連帯債務者の保証部分まで弁済した場合」に限られる。
- 通説は,民法465条の反対解釈によって,自己の負担部分を弁済した場合でも求償が可能としているが,民法422条の立法の経緯からしても誤った解釈であり,国際的な傾向にも反しており,また,わが国の弁済充当の規定(民法489条2号)にも反している。
- 判例も,不真正連帯債務の場合には,「自己の負担部分を超えて」被害者に賠償した場合にのみ求償を認めている(最二判昭63・7・1民集42巻6号451頁)。連帯債務と不真正連帯債務との差は,合意か,法定かの相違があるに過ぎないのであるから,連帯債務の場合も,同様に解すべきである。
- 求償の第2の要件としての事前・事後の通知(民法443条)は,それぞれ区別して考察しなければならない。
- 「事前の通知」(1項)は,保証人が,後に求償を行うための要件であるため,債務者の場合にはその必要がない(民法463条2項の準用の制限)。
- 連帯債務者が自己の負担分の範囲で弁済する場合,それは,債務者としての弁済であって求償は生じないので,事前の通知は不要である。
- 「事後の通知」(2項)は,保証人が二重に弁済することを避けるための「安全配慮義務」であるため,債務者であっても,委託した保証人に対しては行う必要がある。
- 連帯債務者が自己の負担部分を超えて保証部分まで弁済した場合には,保証人としての弁済であって求償の問題が生じるので,事前・事後の通知が必要となる。
このように考えるならば,一人の連帯債務者(X)が連帯債務の全額を支払ったが,事後の通知を怠ったため,他の連帯債務者(Y)が事前の通知をせずに,自己の負担部分を支払ったという事案について,事後の通知を怠ったXが,Xの弁済を知らずに負担部分を支払ったYに対して行った求償請求を認めた最高裁裁判所の判決(最二判昭57・12・17民集36巻12号2399頁)は,理論的な面でも,また,具体的な妥当性においても,誤った判断を行ったものといえる。
報告者に対しては,以下の質問がなされた。
- 保証を債務なき責任だと考えると,債務のない保証人に対して債権者が弁済を請求できるのはなぜなのか?
- 主たる債務者に対する訴訟物と保証人に対する訴訟物は同じになるのか?
- 主たる債務者に対する請求が保証人に効力を生じるのは,主たる債務だけしか存在しないという理論を採用する場合には,必然的な結果となるはずであり,法政策的な考慮の結果ではないのではないか?
- そうすると,連帯債務者の一人に対する絶対的効力も,法政策的な考慮ではなく,必然的な結果といえるのではないか?
- 連帯債務者の一人による全額の弁済によって連帯債務が消滅するという通説の考え方は正しいのであり,弁済による代位が生じるのは,弁済した連帯債務者を保護するために法律が特に認めた別の制度ではないのか?
これに対して,報告者からは,以下の答弁がなされた。
- 保証債務の冒頭条文にあるように,保証人は第三者として,債務者の債務を弁済する責任を負わされているのであって,自らの債務を負担しているわけではない。物上保証人が特定の財産について掴取力に服するのと,保証人が全財産について掴取力に服するとの間には,有限責任と無限責任との違いがあるだけであり,無限責任を負う以上,他人の債務を弁済する責任を負わされたとしても実質は同じといえる。
- 債務者に対する請求と保証人に対する請求とは,付従性の制限を除いて同一である。しかし,たとえ請求の内容は同じでも,人が異なれば訴訟物は異なるのであり,したがって既判力が相互に及ぶこともない。
- 主たる債務者に対する請求が保証人に効力を及ぼすという効果は,付従性とは反対に,保証人に不利な効力であり,保証人に対して通知することが望ましいのであって,論理必然的な結果とはいえない。
- たとえ,「債務者に対する請求」が保証人に及ぶことが必然的な結果であると考えたとしても,逆に,「保証人に対する請求」は,債務者には及ばないのであるから,連帯債務者の負担部分に対する請求が,たとえ他の連帯債務者の保証部分に対して効力が生じるとしても,保証部分に対する請求は,他の連帯債務者には及ばない。したがって,民法434条が連帯債務者の一人に対する履行の請求が連帯債務の全額についてその効力を生じるとしているのは,論理必然的な結果ではなく,法政策的な考慮によるものと考えなければならない。
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負担部分を超える弁済がなされた場合には,確かに,負担部分については,債務者の弁済として債務が消滅し,付従性によって他の連帯債務者の保証部分が消滅する。しかし,負担部分を超えた弁済については,保証人としての弁済なのであるから,その部分に関しては,民法500条,501条によって,債権も保証も消滅せず,その全てが,保証人として弁済を行った連帯債務者へと法定移転する。「連帯債務者の一人の給付があれば他の連帯債務者も債務を免れる」という通説の考え方は,連帯債務の外部関係(債務の消滅)と連帯債務者間の内部関係(求償権の発生と弁済による代位)とを分断する考え方であり,一見したところは,もっともらしいが,民法500条の代位が,法定移転であるとされている以上,債務が消滅するとの通説の考え方は誤りである。
今回の報告者の提言は,いままで,個別的に考えられてきた典型担保,非典型担保を含めて,統一的に考える考え方があってよいとして,その基礎理論を示した点に特色がある。また,人的担保の連帯債務について,従来は,対外的効力と内部関係とを分けて考えてきたが,今回の報告は,それを全体として再構成しようとする提案であり,斬新な提案として受け止めることができる。
もっとも,その再構成の仕方は複数ありうると思われる。例えば,求償不当利得をどのように位置づけるかによってその構成は変化する可能性がある。これまで,求償権については,本格的な研究がまだ少ないので,その点の研究を含めて,今回のワークショップを契機として,今後の研究がいっそう発展することを期待したい。
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