1 設例

1.1 設例のねらい

通信販売の場合,代金の支払場所は,通常は,債権者である売主の住所(売主の取引銀行)となる。しかし,代引き(代金引換え)を利用するときは,商品の引渡しの場所(買主の住所)になる。

このように,通信販売という一つのシステムの中で,場合によって,代金の支払場所が売主の住所になったり,買主の住所になったりすることが,民法の代金支払場所に関する以下の2つの条文,すなわち,弁済の場所に関する原則規定である民法484条と,売買代金の支払場所に関する民法574条との関係を理解する上で,非常に役に立つと思われる。

第484条〔弁済の場所〕 弁済ヲ為スヘキ場所ニ付キ別段ノ意思表示ナキトキハ特定物ノ引渡ハ債権発生ノ当時其物ノ存在セシ場所ニ於テ之ヲ為シ其他ノ弁済ハ債権者ノ現時ノ住所ニ於テ之ヲ為スコトヲ要ス
第574条〔代金支払場所〕 売買ノ目的物ノ引渡ト同時ニ代金ヲ払フヘキトキハ其引渡ノ場所ニ於テ之ヲ払フコトヲ要ス

確かに,通信販売の場合,原則として,代金の支払場所は,代金の振込先として指定されているため,民法の条文が直接適用されることはない。しかし,先に述べたように,通信販売の場合でも,代引き(代金引換え払い)を利用する場合には,支払は,商品の引渡の場所である買主の住所で行われるため,この場合には,代金の支払場所を物の引渡の場所と定める民法574条が大きな意味を持つことも理解できる。

さらに,以下のような場合を考えてみよう。たとえば,代金を買主が近くのコンビニエンス・ストア(コンビニ)で振り込んだ場合に,コンビニの振込手続にミスがあって,代金が売主の取引銀行に振り込まれなかったとする。その場合には,代金の支払場所は,商品の「引渡ノ場所」(民法574条)となり,振込手続のミスは,売主が負担することになるのだろうか。それとも,代金の支払場所は,「債権者ノ現時ノ住所」(民法484条),すなわち,売主の住所となり,振込手続のミスは,買主が負担しなければならないのだろうか。このような問題が生じた場合には,通信販売の場合であっても,振込手続にミスがあった場合に,売主と買主のどちらが危険を負担するのか,明確な説明がなされていないことが多いため,その前提問題として,通信販売の場合には,代金の支払場所に関する民法574条が適用されるのか,弁済の場所に関する民法484条が適用されるのかを理解しておくことが有用となると思われる。