2 設問

2.2.設問と類似の問題

債権総論における弁済の場所に関する民法484条と,債権各論における売買代金の支払場所に関する民法574条の関係というと非常に難しい問題のように思えるかもしれない。しかし,この問題とは全く異なるが,一般法と特別法との関係としてよく例に引かれる,「申込の効力発生時期」と「承諾の効力発生時期」という問題を引き合いに出すと,設問の意味がより鮮明になると思われる。

2.2.1.契約成立の時期

契約は,申込と承諾の一致によって発生する。そして,民法は,契約の成立時期は,「承諾ノ通知ヲ発シタル時」であると規定している(民法526条1項)。それでは,契約は,申込の効力とは関係なしに,常に承諾の発信の時期に成立するのかというと,そうではなく,申込の効力が失われているときには,契約は成立しない(民法521条2項)。このように,申込の効力の発生・消滅と承諾の効力とは,密接に関連している。

2.2.2.申込の効力発生時期(民法97条1項)

そこで,次に,申込の効力はいつ発生し,どのような場合に効力を失うのか(申込に付された承諾期間の経過,申込の撤回・取消,申込の拒絶)が問題となる。

申込の効力発生時期については,民法は,契約の成立の箇所(民法521条以下)ではなく,民法総則の意思表示の箇所,すなわち,民法97条で規定している。すなわち,「意思表示ハ其通知ノ相手方ニ到達シタル時ヨリ其効力ヲ生」ずる。つまり,申込,申込の取消(民法521条1項,527条),申込の拒絶(民法528条)等は,原則として,意思表示の原則である民法97条1項によって効力の発生時期が規定されている。

2.2.3.承諾の効力発生時期(民法526条1項)

これに対して,同じ意思表示でも,承諾の意思表示に関しては,先に述べたように,民法97条1項の特別規定である民法526条1項によってその効力の発生時期が「承諾ノ通知ヲ発シタル時」であると規定されている。

2.2.4.申込と承諾の効力発生時期の関係

承諾の効力の発生の時期が,意思表示の一般原則である到達時(民法97条1項)ではなく,承諾の発信時(民法526条1項)とされた理由は何であろうか。

わが国のように,承諾について発信主義を採用するのは,そもそも誤りであるとの考え方も存在する。世界の趨勢が,承諾に関しても到達主義を採用していること(たとえば,国連国際動産売買条約18条2項(申込に対する承諾は,同意の意思表示が申込者に到達した時にその効力を生ずる。)など),さらに,わが国においても,電子消費者契約に関しては,承諾の到達主義が明文で規定された(電子消費者契約及び電子承諾通知に関する民法の特例に関する法律第4条)が考慮されるべきだというのである。しかし,国際的な傾向については,次の点が考慮されなければならない。

  1. 国連動産売買条約(CISG)においても,意思実現による契約の成立の場合には,到達主義ではなく,発信主義が採用されている(国連国際動産売買条約18条3項)。
  2. 国連国際動産売買条約(CISG)においても,申込の取消は,承諾の到達時点ではなく,承諾の発信時点よりも前に,相手方に到達しなければならない(CISG16条1項)と規定しており,承諾に関しては,わが国の民法と同様,承諾の発信時期が,非常に大きな意義を有している

さらに,わが国の民法は,承諾に関して,無条件の発信主義を採用しているわけではない。申込に承諾期間の定めがある場合には,たとえ,承諾が承諾期間前に発信されたとしても,承諾の到達が承諾期間後に到達した場合には,契約は成立しない(民法521条2項)からである。民法における承諾の発信主義とは,承諾が到達した時点の状況を考慮した上で,契約の成立時期を承諾の発信時に遡及させるものに過ぎず,単純な発信主義ではないことに留意しなければならない。

このように考えると,わが国の民法の意思表示の効力発生の時期に関する原則は,到達主義を維持しつつ,承諾に関しては,申込を信頼して行動する被申込者の利益を保護するため,申込の取消は,承諾の発信よりも前に到達しなければならない(民法527条参照,CISG18条3項は,このことを明文で定めている)とするとともに,承諾が申込の効力が存続する期間内に到達することを条件に,その効力の発生時期を発信の時に遡及させたものであり,到達の時点を全く考慮しないというものではないことが理解できるであろう。申込と承諾の効力発生の時期の関係を,単純に,原則と例外の関係として割り切って考えることは,国際的な取引を念頭に置いた場合でさえ,むしろ,非常に危険である。