2 設問

2.3.設問のねらい

2.3.1.民法の体系は総論と各論との組み合わせ

民法の条文は,そのほとんどが,「要件→効果」という組み合わせで書かれている。そして,それらの条文は,総論と各論の組み合わせという構造(パンデクテン方式)に基づいて体系化されている。

たとえば,民法第3編債権の第2章契約を取り上げてみよう。最初の契約類型である贈与契約は,申込に対する承諾の通知を発信した時に成立する。また,第2の契約類型である売買契約も,申込に対する承諾の通知を発信した時に成立する。第3の契約類型である交換契約も同じである。そうだとすると,13種類の契約類型ごとに,契約の成立に関して同じ規定を繰り返すのは,立法の観点からは効率的ではない。そこで,13の契約類型を捨象して,契約の最初の箇所に契約「総則」という1節を作り,契約は,申込に対する「承諾ノ通知ヲ発シタル時ニ成立ス」(民法526条1項)という条文を置いておけば,13回分の条文の繰り返しを省略することができる。

民法の編成が,以下のように構造化されているのは,上に述べたように,立法の効率化という理由に基づいている。

以上の構造で注意しなければならないことは,民法第1編の総則だけでなく,民法の各論である物権編,債権編,親族編,相続編の中に,多くの総則が重層的に置かれているということである。たとえば,最も深い層にまで総則が置かれている第3編の債権編について見てみよう。

まず,民法第2編債権の第1章は,総則(いわゆる債権総論)である。ここでの総則は,形式上は,債権全体の総則(債権総則)となっているが,規定の内容を検討してみると,そのほとんどが,契約上の債務のうち,片務契約である消費貸借契約における金銭債務や,双務契約の場合でも,双方の債務の関係は後に規定することとして,2つの債務のうちの1つの債務だけに注目した契約債務(たとえば,双務契約である売買契約における引渡債務や代金支払債務)に関する総則(いわば片務契約総則)となっている。

さらに,第2章契約の最初の節も,総則(いわゆる契約総論)という名称が付されており,ここでの総則は,形式上は,契約全体の総則(契約総則)とされているが,規定の内容を見ると,そのほとんどが,契約のうちの双務契約に限定されている。少なくとも,片務契約であり,要物契約である消費貸借契約,使用貸借契約,寄託契約は,この契約総則の規定からは除外されている。つまり,この契約総則は,契約全体の総則ではなく,諾成契約(ほとんどが双務契約)の成立,および,双務契約における相互の債務の関係に関する総則(いわば双務契約総則)となっている。

契約に関する規定でさらに留意すべき点は,契約各論といわれている第3節売買の規定にも,総則が含まれている点である。特に,民法559条は,以下のように規定することを通じて,民法第2編第2章第3節の売買の規定は,単に,契約各論としての売買契約に関する規定にとどまらず,すべての有償契約の総則として機能していることを宣言している。

第559条〔有償契約一般への準用〕 本節ノ規定ハ売買以外ノ有償契約ニ之ヲ準用ス但其契約ノ性質カ之ヲ許ササルトキハ此限ニ在ラス

結果として,民法第3編債権は,内容を再検討すると,以下のような構造を有しているといえよう。

つまり,民法の条文の意味を確実に理解しようとするならば,民法が,各則に位置する条文の中から共通のルールを抽出して出来上がった総則を前におき,共通ルールとしては表現できないルールが各則として総則の後に規定されるという構造を頭に入れておく必要がある。しかも,共通ルールは,重層的な構造を有しているため,総則と各則の関係を,原則と例外という単純な関係として理解してしまうと,解釈を誤る危険性がある点を特に留意しなければならない。というのも,総則の単なる例外と思われる各則の規定が,実は,第1層の総則と第2層の総則の適用の結果として生み出され,各則として規定されていることがかなりの数に上っているからである。

2.3.2.総論と各論という構造の長所

民法が,総論と各論という構造を有している理由は,先に述べたように,もっぱら立法上の効率性の要請に由来している。たとえば,契約の成立に関して,契約総則を置き,その中の民法526条1項において,契約は,申込に対する「承諾ノ通知ヲ発シタル時ニ成立ス」という条文を置いておけば,13の契約類型ごとの成立に関する条文の繰り返しを省略できる。

2.3.3.総論と各論という構造の短所

民法が,総論と各論という構造を有している理由は,もっぱら立法上の効率性であった。したがって,総論に規定されていることは,決して,各論では繰り返されない。このことは,立法上は有意義ではあっても,条文を利用する者にとっては,わかりにくいことこの上ない。

たとえば,契約の成立の時期に関連して,承諾の効力の発生時期に関しては,契約の成立を規定している民法526条1項を見れば理解できる。しかし,申込や申込の取消に関する効力発生時期を知ろうと思って,契約の成立に関する条文をいくら探しても見つからない。申込や申込の取消の効力発生時期は,なんと,民法総則までさかのぼり,民法97条を探し当てないとわからないのである。

第97条〔隔地者に対する意思表示〕 隔地者ニ対スル意思表示ハ其通知ノ相手方ニ到達シタル時ヨリ其効力ヲ生ス
(2)表意者カ通知ヲ発シタル後ニ死亡シ又ハ能力ヲ失フモ意思表示ハ之カ為メニ其効力ヲ妨ケラルルコトナシ
第526条〔契約成立時期〕 隔地者間ノ契約ハ承諾ノ通知ヲ発シタル時ニ成立ス
(2)申込者ノ意思表示又ハ取引上ノ慣習ニ依リ承諾ノ通知ヲ必要トセサル場合ニ於テハ契約ハ承諾ノ意思表示ト認ムヘキ事実アリタル時ニ成立ス

同様のことは,設問における代金の支払場所の問題にも該当する。通信販売のように,後払いが原則となる売買の代金支払場所については,「売買代金の支払場所」の規定である民法574条を見ても埒があかない。売買の問題であるにもかかわらず,債権総論にまでさかのぼって,「弁済の場所」の規定である民法484条を探し出さなければならないのである。

このように,総論と各論という組み合わせは,立法上の効率を高めるが,各論に共通するルールを各論から消し去って,共通ルールを総論として各論の前に置く点で,ユーザーのとってのわかりにくさを増加させている。

両者の妥協点は,各論から共通ルールを消し去るのではなく,各論にも,「…に関しては,○○条(総則)を適用・準用する」という条文を残しておけばよい。紙と印刷経費が高価であった時代には正当化される考え方であっても,条文が電子媒体で配布できる現代にあっては,条文数を少なくすることだけが美徳ではないと考えるべきだからである。

2.3.4.総論と各論と原則と例外との関係

これまで,総論は,各論における共通ルールを前に出したものと考えられてきた。したがって,各論に規定されていることは,総論の例外であるとの考え方が主流を占めてきたように思われる。

しかし,民法の場合には,各論の中に総論が配置されているように,総論と各論との関係は,重層的な構造を有している。したがって,各論の規定は,総論の単純な適用でないと同様に,総論の単純は例外と考えるべきでもない。第1層の総論と第2層の総論との組み合わせの結果として,各論の規定が出来上がっていることも多いからである。

さらに,各論の規定が,考え方としては,単純な総論の適用であるが,挙証責任を転換する等,各論が規定されている類型に応じた救済上の工夫のために,各論として位置づけられている場合もある。この場合にも,各論を総論の例外と見るのではなく,総論の適用を確実にするための工夫がなされているものと考えることの方が,両者の関係を理解する上で有用であろう。

2.3.5.総論と各論との新しい関係をめざして

各論から共通のルールを抽象して条文構成上,各論の前に置かれた規定を総論と考えるという考え方は,基本的には正しい。しかし,総論が,各論に共通のルールだとすれば,各論の規定は,本来は,共通のルールに類型ごとの特色を付加して作成された,総論の適用ルール(具体化ルール)と考えることも可能である。

つまり,各論を見る場合に,それは,総論の精神が生かされつつ,各論の個別事情が考慮された結果,多少の変更が加えられているという視点から,各論の条文を理解することが可能であり,そのように解することを通じて,民法全体を整合的に理解することが容易となるのである。

このように考えると,総論と各論との関係を,単に原則と例外とみなして,例外を暗記するのではなく,総論と各論の関係を一般ルールと類型化ルールとの関係と捕らえなおし,少しでも類型化からはみ出した場合には,逆に一般ルールが適用されるという,広い意味での適用関係に注目することが,類型化にとらわれない新しい発想とそれに基づいた新しい解釈,すなわち,創造的な解釈を導き出す原動力となると思われる。