おわりに

民法484条(弁済の場所)と民法574条(代金の支払場所)との関係に関して,現代の教科書においては,「民法574条は,民法484条の例外である」という趣旨以外の記述を行っていない。しかし,民法574条に規定されていない異時履行の場合には,代金の支払場所に関して,民法574条ではなく,原則に戻って,民法484条が適用されることは,学説判例ともに異論がない。そうだとすると,民法574条に書かれている同時履行の場合にも,単に例外といって済ませるのではなく,もう少し,原理的な説明があってしかるべきではないのかというのが,筆者の最初の疑問であった。

いろいろ検討を重ねるうちに,国際動産売買条約の第75条が,日本民法の場合と同様の結論を導くものであり,かつ,非常にわかりやすい規定であることを発見することができた。さらに,教科書を梅謙次郎の『民法要義』にまでさかのぼってみると,民法574条は,同時履行の原則の一適用であるとの記述も発見できた。

民法484条と民法574条との関係を,「原則と例外の関係」と割り切って説明し,例外は原則とは無関係に「覚えなさい」と説明するのも,教育方法のひとつかもしれない。しかし,売買代金の支払が物の引渡と同時に履行される場合には,双務契約の原則のひとつである同時履行の原則の適用により,代金の支払場所が「物の引渡の場所」となることが導かれるというように,例外と思われる現象を,一般原則(債権総論)と部分的な原則(双務契約総論)との組み合わせとして理解させる方が,教育効果は高いように思われる。なぜなら,事例から検討を始め,それに適用されるべき各論の規定を,常に,その理由,すなわち,規定を理由づける原則にさかのぼり,そこから導き直して理解するという習慣をつけておくことは,全く新たな問題に遭遇した場合に,「創造的な思考」へと発展する可能性が高いと考えられるからである。

事例に適用される条文を単に発見して終わるというのではなく,その条文を導いている原理原則に戻って,他の条文の適用可能性や新たなルールを創造するという筆者の提案する法曹教育論が,従来の法曹教育方法論よりも有用かどうかは,多くの実験を重ねながら検証されるべきであろう。しかしながら,今回の教育評価実験が,法科大学院が設立される前に行うことができたことは,非常に時宜にかなったものであった。

この実験に参加し,データの収集に協力していただいた学生諸君に対して,この実験のデータを,法曹教育の改善に役立たせる方向で,そして,その目的でのみ活用することを約束して,感謝の言葉に代えたいと思う。