法科大学院における民法教育の実践

−債権法総論(弁済の場所)と債権各論(代金支払の場所)との関係に関する教材開発−

2003年5月17日,5月31日

名古屋大学大学院法学研究科教授 加賀山 茂



法科大学院における教育理念


法科大学院における創造教育の重要性と従来の教育方法の反省

法科大学院における教育の基本方針については,司法制度改革審議会の「意見書−21世紀の日本を支える司法制度」(平成13年6月12日)が,以下のように述べている。

専門的な法知識を確実に習得させるとともに,それを批判的に検討し,また発展させていく創造的な思考力,あるいは事実に即して具体的な法的問題を解決していくために必要な法的分析能力や法的議論の能力等を育成する。

ここで重要なことは,「創造的な思考力」を育成することにある。一見すると,上記意見書では,「専門的な法知識を確実に習得させ」た後に,それを批判的に検討・発展させていくのが「創造的な思考力」であるかのように読める。そのように読めるために,「創造的な思考力」という,従来にはない,大胆かつ理想的な教育方法が,審議会の中で抵抗なしに受け入れられたものと思われる。

しかし,「創造的な思考力」を育成するために,まず,「専門的な法知識を確実に習得させる」という順序で教育したのでは,結局,「専門的な法知識を確実に習得する」という従来の法曹教育の段階で時間切れとなってしまい,最も重要な「創造的な思考力」を育成することはできないことが明らかである。

そこで,法科大学院では,「専門的な知識を確実に習得させる」という最初の段階から,「創造的な思考力を育てる」ための周到な準備と,新しい教育方法を実現する必要がある。

創造的な思考力を育てるための新しい教育方法のヒントは,実は,上記の意見書の法科大学院教育の基本理念の後半部分,すなわち,「事実に即して具体的な法的問題を解決していくために必要な法的分析能力や法的議論の能力等を育成する」という部分において,すでに明確に示されている。ここで大切なことは,「事実に即して具体的な法的問題を解決する」という最終目標が示され,そのための方法として,「必要な法的分析能力や法的議論の能力等」の必要性が明確に位置づけられているということである。

これに対して,従来の法曹教育は,大学教育においても,また,司法研修所の要件事実教育においても,すでに出来上がった体系と制定法の条文を金科玉条のように扱い,そのような「専門的な知識を確実に習得させる」という最終目的を設定してきた。そして,その最終目的を実現するために,具体的な事例問題を補助的に採用し,同一の事実関係には,常に同じ判決を導くことができるような能力,すなわち,既知の体系と条文を具体的な事実に当てはめて正しい答えとしての判決を導く,または,予測するという,画一的な思考能力を育成しようとしてきたのである。これは,まさしく,創造教育の対極にある考え方であった。

創造的な思考力を育てるためには,むしろ,従来の教育方法とは逆に,まず,具体的な事例を示し,その問題を解決するためのルールを検索し,適切なルールを「発見する能力」を育てることが重要である。そして,適切なルールが見つからない場合であっても,既知のルールから,それを導き出している原理に立ち返り,既知のルールを構成しているさまざまな要素(法命題)を分析し直し,従来の解釈方法(拡大,縮小,反対,類推等)を縦横に駆使しながら,ルールの要素を新たに組み替えなおし,問題解決に適した新しいルールを創造しながら,問題を解決するという,「要素を組み替える能力」を育てなければならない。

このような「発見する能力」,「要素を組み換える能力」を基盤とした「創造的な思考力」を育成する過程を通じて,逆に,「専門的な法知識を確実に習得させる」ことが可能となると考えるべきであろう。

創造性の原点に立ち返った上での創造教育方法

創造性といっても,「太陽の下,新しきものなし(Nothing is new under the sun)」といわれるように,創造とは,既存の要素の新しい組み合わせに過ぎない。例えば,新しい化学物質の創造も,原子や分子の新しい組み合わせに過ぎないし,新しく生まれる子供たちでさえも,親の遺伝子の組替えに過ぎない。

そうだとすると,法科大学院における創造性教育とは,新しい事実の出現に対して,今までの法律のルールや判例の法理を組替え,新しい事実に適応できる新しい組換えのルールを用意することができる能力の教育だということになるのではないだろうか。

このことは,AIDS(エイズ:後天性免疫不全症候群)やSARS(新型肺炎:重症急性呼吸器症候群)等の新型のウィルスの攻撃から身を守るために,私達の免疫組織が遺伝子の組み合わせを変えながら,そのウィルスを撃退できる新しい免疫組織を創造する仕組みと似ていると思われる。

翻って考えてみる,わが国における従来の法曹教育は,司法研修所における要件事実教育に代表されるように,出来上がったルールを金科玉条のように扱い,どのような事実の組み合わせに対しても,それを画一的に適用し,同じ事実関係には,常に同じ判決を導くことができるような能力を養うことをもって法曹教育の主眼としてきたように思われる。

このような教育は,新しい事実が生じないいわゆる安定的な社会においては,意味があるかも知れないが,絶え間なく新しい事実が出現するような変化の激しい社会においては,通用しない。これは,比喩的にいえば,硬直した免疫組織では,新しいウィルスの出現に対応できずに,いたずらに個体の死,さらには,種の滅亡を迎えるしかないのと同じである。

変化する事実に対応できる新しいルールを生み出す能力は,これまでの事実に対して判決によって導き出された法理を分析し,その法理を金科玉条のように覚えこむのでは足りない。むしろ,判決の法理の適用範囲(判決の射程)を見極め,事実が変わった場合には,その法理だけで対処する(拡大解釈・類推解釈に頼る)のではなく,その法理の適用をあきらめ(縮小解釈・反対解釈・例文解釈を活用する),その判決の法理とは異なるが,ある観点から見るとその法理に近い法理をいくつか選んで,新しい組み合わせを色々と試してみて(他のルールの拡大解釈・類推解釈を試みることも有用),その結果として,新しく,かつ,新しい事実に適合的な有用なルールを創造するという高度な技能訓練をも行う必要があると思われる。


民法教育の基本方針


以上の法科大学院における教育理念を前提にしたうえで,法科大学院における民法の講義を以下の方針に基づいて行ってみることにする。まず,第1に,講義の前に,教材を電子情報として作成し,それをWeb上に公開し,学生に事前に予習をさせる。第2に,講義では,予習した成果を発表させた後,教材に即して設問の検討を行う。このプロセスを通じて,学生たちが,具体例に対する解決案を,条文,判例,学説に照らして,論理的に組み立てる力を獲得できるように援助する。

以上の基本方針を具体的に展開すると以下のようになろう。

講義前 −設例と課題に対する回答の準備

  1. 講義の目標を設定し,その方法を明らかにしておく。
  2. 講義の目標を実現するため,具体的な設例・事例を挙げて,問題解決能力を高めるように工夫する。
  3. 設例を解くための参照条文,参考判例を提示する(学生自身に検索させてもよい)。
  4. 複数の関連条文,関連判例の関係について,総合的に考えさせる能力を養なわせるように,事前に適切な設問を用意しておく。

講義中 −回答の発表と検討

  1. 学生を複数のグループに分け,その中から1名ずつ課題に対する回答を発表させる。
  2. 発表を聞いた後,グループ内で,回答につき改善すべき箇所があるかどうかを数分間議論させ,改善点がある場合には,再度,回答の発表を行わせる。
  3. 設問にそって,それぞれの回答を検討していく。
  4. 回答の検討に際しては,学生たちが,設問の検討に導かれて,発見のプロセスと再現できるように配慮し,発見は次々と新しい疑問を生み出すことを体験できるように工夫する。
  5. 疑問が一段落し,新たな発見が導かれた場合には,その発見を立法へと反映できるような作業を行わせ,解釈学は,立法論へとつながることを認識させる。

講義後 −電子掲示板による質疑応答と成果の評価

  1. 講義を聴いた感想や質問を電子掲示板を通じて受け付ける。
  2. 感想や質問については,学生同士で議論したり,回答しあうことを勧めるが,議論が混乱したり,回答が誤った方向へと傾いた場合には,教師が介入する。
  3. 掲示板による討論の成果は,教材の改訂を通じて反映させる。
  4. 最後に,適切な試験問題によって学習の成果を評価する。

講義の目標


一般的には,講義の目標は,専門的な法知識を確実に習得させるとともに,それを批判的に検討し,また発展させていく創造的な思考力,あるいは事実に即して具体的な法的問題を解決していくために必要な法的分析能力や法的議論の能力等を育成することにある。

しかし,今回の講義の目標は,より,具体的なものである。つまり,具体的な事例を通じて,「弁済の場所」に関する民法484条と「代金支払の場所」に関する民法574条との役割を明確に区別させ,契約法の中で,債権総論といわれている部分と債権各論といわれている部分とが,どのように関連しているのかを理解させることにある。


講義のための設例


Aさんは,通信販売でB社のワンピースを購入することにした。C宅配便の人がワンピースを届けてくれたので,試着してみたところ,ぴったりで問題がない。そこで,代金を支払おうと思う。同封の振込用紙にB社の銀行口座名が書かれている。この場合,近くのD銀行で代金を振り込むことにしようと思うが,民法の原則によると,代金はどこで支払うのが本筋であろうか。

もしも,銀行の手続ミスで,代金がB社に支払われなかった場合,Aさんは,D銀行に対して,責任を追及できることは当然であるが,B社に対する関係では,期日までに支払ができなかったことになり,債務不履行責任を負わなければならないのだろうか。それとも,商品の引渡しのときに代金を回収しなかったB社の責任となって,B社が手続ミスをしたD銀行から代金を回収することになるのであろうか。


関連条文


設例は,売買契約の例である。そして,売買契約において,代金債務の債務者である買主は,代金債務をどの場所で弁済すべきなのかを問う問題である。債務の弁済の場所に関する民法の条文は,以下のように,2箇所に分かれて規定されている。ひとつは,債務の弁済の場所に関する民法484条であり,もうひとつは,売買代金の支払い場所に関する民法574条である。

第484条〔弁済の場所〕 弁済ヲ為スヘキ場所ニ付キ別段ノ意思表示ナキトキハ特定物ノ引渡ハ債権発生ノ当時其物ノ存在セシ場所ニ於テ之ヲ為シ其他ノ弁済ハ債権者ノ現時ノ住所ニ於テ之ヲ為スコトヲ要ス

第574条〔代金支払場所〕 売買ノ目的物ノ引渡ト同時ニ代金ヲ払フヘキトキハ其引渡ノ場所ニ於テ之ヲ払フコトヲ要ス


参考文献による関連条文の相互関係の解説


教科書

民法574条における代金の支払は,民法484条における「其他ノ弁済」に該当する。したがって,民法484条によれば,代金支払場所は,債権者(売主)の住所においてなすべきことになるはずである。

ところが,民法574条は,代金の支払場所を「引渡ノ場所」と規定しており,民法484条の規定とは明らかに異なる。したがって,民法574条は,民法484条の例外を定めた特則である。

立法理由書

現行民法574条は,以下に記載する旧民法財産取得編75条を修正したものである(広中俊雄編『民法修正案(前三編)の理由書』有斐閣(1987)556頁)。

旧民法財産取得編75条
@代金弁済ノ場所ヲ合意セサルトキハ其弁済ハ有体動産ニ付テハ引渡ヲ為ス場所不動産、債権、争ニ係ル権利又ハ会社ニ於ケル権利ニ付テハ証書ノ交付ヲ為ス場所ニ於テ之ヲ為ス
A引渡ノ前又ハ後ニ代金ノ弁済ヲ要求スルコトヲ得ヘキトキハ其弁済ハ買主ノ住所ニ於テ之ヲ為ス

(1)旧民法財産取得編75条1項に関しては,売買代金が物の引渡と同時履行となる場合において,旧民法のように動産,不動産,権利の売買を区別せず,物の引渡の場所を代金の弁済の場所とした。

(2)旧民法財産取得編75条2項に関しては,同時履行とならない場合においては,金銭債務について,すでに,民法484条において,旧民法の債務者の住所主義を変更し,債権者の住所主義を採用したことから,民法484条と重複しないよう,これを削除した。


関連判例


大判昭2・12・27民集6巻743頁

民法574条は代金支払の場所につき別段の定めがなく目的物の引渡と同時に代金を支払うべき関係が現存する場合に限り適用があり、既に目的物の引渡が終つた後は民法484条が適用される。

東京地判昭30・7・23ジュリ93号83頁

民法574条は目的物の引渡と同時に代金を支払うべき旨契約を為した後、売主が目的物の引渡を為した場合買主も之と同時に同所に於て代金の支払を為さねばならず、且之を以て足る旨を規定したに止まり、売主が既に目的物の引渡を完了したに拘らず、買主に於て同時に代金の支払を為さなかつた場合には、自然其の適用は排除せられるものと解するのを妥当とする故、斯る場合には買主は一般の原則即ち民法第484条に従い金銭の如き特定物以外の弁済は債権者の現時の住所に於て之を為すことを要するのものと云わねばならない。

大阪高決平10・4・30判タ998号259頁,金商1054号49頁

給料を口座振込の方法により支払うことは、持参の方法による支払のためにとられているものと解されることから、給料支払義務の履行地は、債権者の所在地である。

抗告人に対する給料の支払方法については、労働協約、就業規則等に定めがなく、相手方は、抗告人に対し、いわゆる口座振込の方法、具体的には毎月二五日に抗告人の指定した同人の住所地に近いさくら銀行甲南支店の抗告人名義の普通預金口座に振込送金する方法で支払っており、相手方は、右送金手続を東京都に所在する東京三菱銀行の支店において行っていたものである。すなわち、本件においては、相手方の本社所在地等に抗告人が出向いて取立ての方法で給料を支払うことは予定されておらず、民法の原則のとおりに抗告人の住所地で持参の方法で支払うことを予定しており、右口座振込の方法による支払は、右持参の方法による支払のためにとられているものと解される。そうすると、給料支払義務の履行地は、抗告人の住所地であるというべきである(相手方は、労働者が指定する金融機関の口座が存在する場所が義務履行地であるとすると、労働者が任意に義務履行地を選択できることになって不合理である旨主張するが、右主張はその前提を欠いて理由がない。)。

これに対し、相手方は、銀行振込の方法をとった場合、債務者が払込手続をとれば債権者への支払手続の確実性に欠けるところはないから、債務者が銀行の支店等に送金手続をした時点で義務の履行が終了したものと解すべきであり、送金手続を行う場所が義務履行地である、と主張する。しかし、銀行振込の場合、通常は債務者が払込手続をとれば債権者への支払手続の確実性に欠けるところはないとはいえるが、万一銀行の送金手続の過誤等で債権者の指定口座に入金されなかった場合には、債務者の義務が終了したことにならないのは明らかであり(現金書留の方法等で送金した場合も同様であり、郵便局等の過誤で債権者に送金されなかった場合には債務者の義務は終了したことにはならない。)、債権者の指定口座に入金されて初めて債務者の義務が終了するというべきであるので、相手方の主張はその前提を欠くものというべきである。すなわち、銀行振込は、義務履行のための一つの方法に過ぎず、本来の義務履行地はこれにより左右されるものではない。


設問(解くべき課題)


講義の前の予習課題として,以下の設問を課する。

  1. 設例の場合,「代金の支払場所」に関する問題であるのに,代金の支払に関する民法574条が適用されず,一般的な「債務の弁済の場所」に関する民法484条が適用されるのはなぜか。
  2. 民法574条が,同時履行の場合について,代金の支払の場所を,金銭債務の弁済の場所としての「債権者の住所」ではなく,目的物の「引渡の場所」と規定した理由は何か。
  3. 同時履行の場合に,代金の支払場所を目的物の「引渡の場所」とするというルールは,どのような原理から導かれるか。
  4. 民法484条と民法574条との関係は,原則とその例外か。それとも,別の関係として理解することが可能か。

質疑応答を通じた発見の推論のプロセス


講義に入る前に,学生をいくつかのグループに分けて,そのグループの中から1名を選んで,設問に関する回答を報告させる。その回答がすべて出揃った後に,そのグループ内で数分間議論をさせ,回答に変更が必要であるとされた場合には,再度,変更された回答の報告を求める。

第1ステップ(代金の支払の設例に,民法574条ではなく,民法484条が適用されるのはなぜか?)

第1の疑問

設例の場合,売買代金の支払場所に関する問題であるが,売買代金の支払場所に関する民法574条の規定は,同時履行の場合についてしか規定していないため,商品の引渡を受けた後に代金を支払うという設問の場合には,この規定は適用されない。

それでは,設問の場合の「適用条文は何か」というと,売買代金の支払場所に関する民法574条ではなく,より一般的に,弁済の場所に関して規定している民法484条が適用される(大判昭2・12・27民集6巻743頁,東京地判昭30・7・23ジュリ93号83頁参照)。

こうしてみると,民法574条は「代金の支払の場所」について規定している条文であるが,「代金の支払の場所」に関してすべての場合を尽くしているわけではない不十分な条文であることがわかる。なぜなら,「代金の支払の場所」に関する問題であっても,同時履行ではない場合には,民法574条は適用されず,「債務の弁済の場所」という,より広い概念について規定している民法484条が適用されるからである。

そうだとすると,民法574条は,民法484条の例外であると結論づけるのは,早計であるかもしれない。

第1の発見

少なくとも,異時履行の場合には,民法574条ではなく,民法484条が適用される。このことは,立法理由(広中俊雄編『民法修正案(前三編)の理由書』有斐閣(1987)556頁)によっても,判例(大判昭2・12・27民集6巻743頁)によっても是認されている。

このことは,「債務の支払の場所」に関する特別の場合である「代金の支払場所」についても,一般的な「弁済の場所」の規定が適用されるということであり,結果的には,特別法である民法574条が一般法である民法484条を完全には排除するものではない,すなわち,民法574条は,民法484条の適用を排除する,真の意味における例外規定とはいえないという可能性が残されていることになる。

第2ステップ(民法574条は何を考慮して規定されたのか?それは,どのような法理から導くことができるのか?)

第2の疑問

それでは,次に,同時履行の場合には,なぜ,民法484条の原則は適用されずに,例外規定とされる民法574条が適用され,目的物の「引渡の場所」で弁済しなければならないのであろうか?

「民法484条の例外なのだから,例外として,一般原則とは関係なく,記憶すればよい」というのでは,学問の放棄となってしまう。同時履行でない場合には,一般原則である民法484条が適用されるにもかかわらず,同時履行の場合にのみ,一般原則である民法484条の規定が適用されないのはなぜなのか,その理由を探求してこそ,法律学は,学問としての面目を保つことができるのではないだろうか。

このようにして,同時履行の場合にのみ,弁済の場所に関する一般規定である民法484条が排除されるということは,同時履行の場合には,同時履行の場合にのみ生じる特別の事情が考慮されなければならないから,一般規定が排除されるに至っているのではないのかという疑問が生じる。

第2の発見

このように考えていくと,双務契約においては,同時履行の場合には,民法533条に基づいて,「同時履行の抗弁権」が生じることが思い起こされる。そして,民法533条の「同時履行」の要請は,単に弁済の時期の問題だけでなく,弁済の場所に関しても,「同じ場所での履行」を要請するものであることが理解できる。

第533条〔同時履行の抗弁権〕 双務契約当事者ノ一方ハ相手方カ其債務ノ履行ヲ提供スルマテハ自己ノ債務ノ履行ヲ拒ムコトヲ得但相手方ノ債務カ弁済期ニ在ラサルトキハ此限ニ在ラス

そうだとすると,民法533条の趣旨を貫徹するためには,双務契約においては,目的物の引渡債務と対立する反対給付(たとえば代金債務)に関しても,目的物の引渡債務と同じときに,かつ,同じ場所での支払が必要となることが理解される。

つまり,双務契約のひとつである売買契約において,目的物の引渡債務と代金の支払債務とが,同時履行の関係に立つ場合には,弁済の時期の同一性とともに,弁済の場所の同一性をも要請するものであることが理解されるのである。この理解を通じて,民法574条に規定された,同時履行の場合に限って,代金支払の場所が,債務者の住所地ではなく,目的物の「引渡しの場所」となるという意味が明らかになるのである。

民法574条の立法の際に参考にされた,フランス民法1651条は,以下のように,売買契約における「代金の支払」は,「目的物の引渡の場所及び引渡の時点において」なされるべきであると規定していた。

第1651条 代金支払について売買当時においてなんらの定めもない場合には,買主は目的物の引渡のなされるべき場所,および,目的物の引渡のなされるべき時点において,代金を支払うことを要する。

フランス民法1651条を参照した後に,それに対応する民法573条と民法574条とを並べて読んでみると,その立法の精神が同時履行の原則にあることが理解できる。しかし,フランス民法1651条を参照せずに,わが国の民法574条が同時履行の原則から導かれているということを理解することは容易ではない。なぜなら,わが国の民法は,売買契約の代金の支払に関して,支払の時期と支払の場所についての条文が2つに分かれており,しかも,代金の支払の時期については,引渡に期限が付されるという例外的な場合の規定だからである。

第573条〔代金の支払時期〕 売買ノ目的物ノ引渡ニ付キ期限アルトキハ代金ノ支払ニ付テモ亦同一ノ期限ヲ附シタルモノト推定ス
第574条〔代金支払場所〕 売買ノ目的物ノ引渡ト同時ニ代金ヲ払フヘキトキハ其引渡ノ場所ニ於テ之ヲ払フコトヲ要ス

もっとも,原稿民法の起草者である梅謙次郎の教科書を読んでみると,実は,この点が明確に記述されていることがわかる。なぜなら,民法547条の立法理由は,民法543条である「前条ト同一ノ理由ニ因リ同時履行ノ原則ニ従ヒタルモノナリ」(梅謙次郎『民法要義』〔巻之三・債権編〕(1910年)535-534頁)とされていたからである。

第3ステップ(民法574条は,例外ではなく,債権総論と契約総論の合成ではないのか?)

第3の疑問

以上の考察から,代金の支払場所に関する民法574条の規定は,債務の弁済の場所に関する一般規定としての民法484条とは無関係な,単なる例外規定として理解するのは適切でないことがわかる。

そして,売買の規定である民法574条は,債権総論における債務の履行の条文(484条)と双務契約に関する契約総論の条文(533条)によって必然的に導かれるものではないのかとの疑問が生じる。

第3の発見

以上の考察の結論として,民法574条と民法484条との関係は,以下のように考えるのが適切であるということになる。

  1. 異時履行の場合には,契約全体の総則である民法484条がそのまま適用され,売主の住所地が弁済の場所となる。
  2. 同時履行の場合には,双務契約の総則である民法533条の趣旨を生かして,目的物の引渡の場所が弁済の場所となる。

つまり,民法574条の規定は,民法484条の原則の例外ではなく,実は,民法484条の適用(立法上は,当然の規定として規定として削除されているが)と,民法533条の趣旨の類推によって導かれる当然の規定であるということになる。

第4ステップ(契約法の中で,債権総論,契約総論,契約各論をどのように関連付けて考えるべきか?)

第4の疑問

設例に即して,代金の支払場所に関する債権各論と,弁済の場所に関する債権総論の規定について,考察してきた。これらの考察を踏まえて,弁済の場所の問題に限らず,一般的に,債権総論,契約総論,契約各論とは,原則と例外というように切り離して考えるべきではなく,相互に密接に関連を有するものとして理解すべきではないのかという疑問が生じるかもしれない。

債権総論と債権各論との関係が問題となるその他の問題を列挙してみよう。そして,それらの関係が,本当に原則と例外の関係になっているのか,それとも,段階的な総則の適用の結果に過ぎないのかどうかを検証してみることにしよう。

第4の発見

そのような検討を通じて,以下のような仮説が生まれるかもしれない。

債権総論は,片務契約,双務契約を問わず,一つの債務だけに焦点を合わせた契約総論であり,契約総論の規定は,二つ以上の債務が重なった場合の原則を扱った,双務契約総論である。したがって,債権総論と契約総論・契約各論は,原則と例外として切り離して扱うべきではなく,契約法の中で,原則とその適用として再構築されるべきである。

講義の目標としての体系的思考の例
現行民法の編別 現行民法の実態に即した理解
第3編 債権
 第1章 総則
 第2章 契約
  第1款 総則
  第2款 贈与
  第3款 売買
 …
 第3章 事務管理
 第4章 不当利得
 第5章 不法行為
第3編 債権
 第1章 契約総則(片務・双務契約の両者を含むが,常に単独の債務に集中して規定)
 第2章 契約各論
  第1款 双務契約総則(双務契約の牽連関係を中心に規定)
  第2款 贈与(無償契約総則
  第3款 売買(有償契約総則
 …
第3章 事務管理
第4章 不当利得
第5章 不法行為

このような仮説が論理的な矛盾を有していないかどうか,また,具体的な妥当性において欠けることがないか,具体例を想定して検証してみよう。


民法修正案の提示


これまで考察してきた結果を,民法修正案の形で表現し直してみることにしよう。その前に,参考のために,最近の国際的な契約法の代表的な立法例またはモデル立法として有名な国連国際動産売買条約とUNIDROIT原則について,「債務の弁済の場所」がどのように規定されているかを調べてみることにする。

CISG第57条

まず,最初に,1980年に成立した国連国際動産売買条約(CISG)を見てみよう。債権総論と債権各論に分離されておらず,売買契約に関する規定のみで構成されているだけに,以下のように,すっきりした条文構成をとっている。結論は,わが国の民法と同一である点でも,非常に参考になる立法例といえよう。

CISG 第57条【売買代金の支払場所】
(1)代金を他の特定の場所で支払うことを要しない場合には,買主はそれを次の場所で売主に支払わなければならない。
 (a)売主の営業所,又は,
 (b)物品又は書類の交付と引換えに代金を支払うべきときには,その交付が行われる場所。
(2)契約締結後に売主が営業所を変更したことにより生じた代金支払に付随する費用の増加は,売主の負担とする。

UNIDROIT原則 6.1.6条

次に,国連動産売買条約の成功に刺激されて,売買契約だけでなく,すべての国際商事契約に適用されることを想定して作成された契約法のモデル法ともいうべきUNIDROIT原則を見てみよう。UNIDROIT原則は,契約各論を持たず,契約総論だけで構成されている。そのためか,同時履行の場合の履行地の規定を欠いており,結論は,わが国の民法とは異なっているが,民法484条の修正案を作成する際には大いに参考になると思われる。

UNIDROIT原則 6.1.6条 - 履行地
(1) 履行地が契約によって定められておらず、また、契約からも決定できない場合には、当事者は以下の各号の場所で履行すべきである。
 (a) 金銭債務については、債権者の営業所
 (b) その他の債務については、その当事者自身の営業所
(2) 契約締結後に当事者が営業所を変更したことによって生じた履行に付随する費用の増加は、その当事者が負担しなければならない。

筆者の民法改正私案

以上の立法案を参考にして,わが国の民法をわかりやすく,しかも,世界の立法の傾向を取り入れて,民法484条と民法574条の修正案を作成してみよう。なお,筆者の改正案は以下の通りである。参考にしていただければ幸いである。

第484条〔弁済の場所〕修正案
(1)弁済をすべき場所について別段の意思表示がないときは,特定物の引渡の場合は,債権発生の当時その物の存在した場所で,種類物の引渡の場合は,種類物の特定の当時その物の存在した場所で,その他の引渡債務(金銭債務)の弁済は,債権者の現時の住所でこれをしなければならない。
(2)その他の債務(作為債務)については,債務者の現時の住所で弁済をしなければならない。
第574条〔代金支払場所〕修正案
(1)売買代金の支払は,第484条1項の規定に従い,債権者である売主の住所でこれをしなければならない。
(2)売買の目的物の引渡と同時に代金を払うべきときは,買主は,(第533条の規定の趣旨を援用して,)その引渡の場所で支払うことができる。

(参考)予習用教材


1 事例

以下の事例を読んで,代金の支払場所について考察しなさい。

Aさんは,通信販売でB社のワンピースを購入することにした。C宅配便の人がワンピースを届けてくれたので,試着してみたところ,ぴったりで問題がない。そこで,代金を支払おうと思う。同封の振込用紙にB社の銀行口座名が書かれている。この場合,近くのD銀行で代金を振り込むことにしようと思うが,民法の原則によると,代金はどこで支払うのが本筋であろうか。

もしも,銀行の手続ミスで,代金がB社に支払われなかった場合,Aさんは,D銀行に対して,責任を追及できることは当然であるが,B社に対する関係では,期日までに支払ができなかったことになり,債務不履行責任を負わなければならないのだろうか。それとも,商品の引渡しのときに代金を回収しなかったB社の責任となって,B社が手続ミスをしたD銀行から代金を回収することになるのであろうか。

2 設問

上記の事例を手ががりとし,以下の参照序文,参考判例および教科書の該当箇所を読んで,以下の設問に対する回答例を作成しなさい。

  1. 設例の場合,「代金の支払場所」に関する問題であるのに,代金の支払に関する民法574条が適用されず,一般的な「債務の弁済の場所」に関する民法484条が適用されるのはなぜか。
  2. 民法574条が,同時履行の場合について,代金の支払の場所を,金銭債務の弁済の場所としての「債権者の住所」ではなく,目的物の「引渡の場所」と規定した理由は何か。
  3. 同時履行の場合に,代金の支払場所を目的物の「引渡の場所」とするというルールは,どのような原理から導かれるか。
  4. 民法484条と民法574条との関係は,原則とその例外か。それとも,別の関係として理解することが可能か。

3 参照条文

A. 民法

第484条〔弁済の場所〕 弁済ヲ為スヘキ場所ニ付キ別段ノ意思表示ナキトキハ特定物ノ引渡ハ債権発生ノ当時其物ノ存在セシ場所ニ於テ之ヲ為シ其他ノ弁済ハ債権者ノ現時ノ住所ニ於テ之ヲ為スコトヲ要ス
第574条〔代金支払場所〕 売買ノ目的物ノ引渡ト同時ニ代金ヲ払フヘキトキハ其引渡ノ場所ニ於テ之ヲ払フコトヲ要ス

B. 旧民法 財産取得編

第75条 (1)代金弁済ノ場所ヲ合意セサルトキハ其弁済ハ有体動産ニ付テハ引渡ヲ為ス場所不動産、債権、争ニ係ル権利又ハ会社ニ於ケル権利ニ付テハ証書ノ交付ヲ為ス場所ニ於テ之ヲ為ス
(2)引渡ノ前又ハ後ニ代金ノ弁済ヲ要求スルコトヲ得ヘキトキハ其弁済ハ買主ノ住所ニ於テ之ヲ為ス

C. フランス民法

第1651条 代金支払について売買当時においてなんらの定めもない場合には,買主は目的物の引渡のなされるべき場所,および,目的物の引渡のなされるべき時点において,代金を支払うことを要する。
日本民法 第573条〔代金の支払時期〕 売買ノ目的物ノ引渡ニ付キ期限アルトキハ代金ノ支払ニ付テモ亦同一ノ期限ヲ附シタルモノト推定ス
日本民法 第574条〔代金支払場所〕 売買ノ目的物ノ引渡ト同時ニ代金ヲ払フヘキトキハ其引渡ノ場所ニ於テ之ヲ払フコトヲ要ス

D. 国連国際動産売買条約(CISG)

第57条【売買代金の支払場所】
(1)代金を他の特定の場所で支払うことを要しない場合には,買主はそれを次の場所で売主に支払わなければならない。
 (a)売主の営業所,又は,
 (b)物品又は書類の交付と引換えに代金を支払うべきときには,その交付が行われる場所。
(2)契約締結後に売主が営業所を変更したことにより生じた代金支払に付随する費用の増加は,売主の負担とする。

4 民法574条の注釈(注釈民法)

柚木馨・高木多喜男『新版注釈民法(14)』〔債権(5)§§549〜586〕有斐閣(1993)417頁には,民法574条について,以下の解説(全文)がなされている。

フランス民法(1651)にならった意思推測の規定である(大判大3・1・20民録20・21。本条と異なる慣習があれば,92条により,これに従うべきである,とする)。目的物の引渡の場所につき特約がないときは,特定物売買においては契約当時目的物の存在した場所,不特定物売買にあっては買主の現時の住所,において代金を支払うべきである(484)。もっとも,目的物の引渡と同時に代金を払うべきではない場合はもちろん(目的物の引渡と同時に代金の支払とが同時であることの不明な場合も同様〔大判大14・4・25新聞2465・12〕),たとい目的物の引渡と同時に代金を支払うべきときでも,すでに目的物の引渡だけを終わってしまった後においては,代金支払の場所は一般原則(484後段)によってこれを決すべく,したがって,売主の現時の住所において代金を支払うべきである(後者の場合につき同旨:大判昭2・12・27民集6・743。借家人の造作買取請求権の行使による造作代金の支払場所につき,造作の引渡を終わった後は債権者の住所地である,とするものである)。〔柚木馨・高木多喜男〕

5 参考判例

大判昭2・12・27民集6巻743頁

○造作代金請求事件(昭和2年(オ)第829号 昭和2年12月27日大審院第2民事部判決 破棄差戻)

【上告人】 控訴人 原告 植谷忠吉 代理人 宮森庄太郎

【被上告人】被控訴人 被告 佐藤力造 代理人 上杉平八

【判決要旨】 民法574条は代金支払の場所につき別段の定めがなく目的物の引渡と同時に代金を支払うべき関係が現存する場合に限り適用があり、既に目的物の引渡が終つた後は民法484条が適用される。

事   実

上告人(控訴人、原告)ノ本訴請求原因ノ要旨ハ本判決理由ノ中ニ示スカ如シ被上告人(被控訴人、被告)ハ訴ノ却下ヲ求メ本訴債権ハ借家法第5条ニ基キ売買ヲ原因トスルモノナルカ故ニ民法第574条第484条ニ依リ本件造作ノ存在セシ場所ヲ以テ履行場所ト為ス故ニ本訴ハ管轄違ナリ 右造作ノ引渡ヲ受ケタル事実ハ之ヲ否認スト述ヘタリ
原裁判所ハ本訴債権ハ借家法第5条ニ従ヒ造作ノ買取ヲ請求シタルニ因ル代金債権ナリ即単独行為ニ基クモノニシテ契約上ノ債務ト謂フコトヲ得サルカ故ニ其ノ履行ヲ求ムル本訴ニ付テハ民事訴訟法第18条ノ適用ナク従テ其ノ履行地カ若松市ナリトスルモ本訴ハ小倉区裁判所ノ管轄ニ属セスト為シ其ノ訴ヲ却下シタル第一審判決ヲ是認シタルモノナリ

上告理由

上告論旨第一点原判決ハ法律ノ解釈及適用ヲ誤リ且理由不備或ハ理由ヲ附セサル不法ノ裁判ナリト信ス 原判決理由ニ「仍テ案スルニ控訴人(上告人)ノ本訴請求ハ訴外中田チエカ被控訴人(被上告人)トノ間ニ存シタル本件家屋ノ賃貸借契約ニ付大正13年5月1日解約ノ申込ヲ為シ借家法第5条ニ依リ本件造作ノ買取リヲ被控訴人(被上告人)ニ請求シ依テ生シタル右造作ノ代金請求権ヲ譲リ受ケタルコトヲ原因トスルモノニシテ 控訴人ノ主張スル該債権ハ単独行為ニ基クモノニシテ 契約上ノ債務ト謂フコトヲ得サルヲ以テ 民事訴訟法第18条ノ適用ナク 従テ該債権ノ義務履行地カ若松市ナリトスルモ小倉区裁判所カ本件ニ付管轄権ヲ有スルモノト為スコトヲ得ス」ト謂ヒ本件借家法ニヨリ賃借人ヨリ賃貸人ニ対シ賃貸借契約終了ノ際ノ造作買取請求権ハ単独行為ナルヲ以テ契約上ノ債務ト謂フコトヲ得サルヲ以テ管轄権ナシト謂フニアリ 而シテ造作買取請求権ノ行使ニヨリテ生シタル造作代金債権ハ一般売買ニヨル債権ト同一視スルヲ得ヘク民法ノ売買ノ規定ヲ之ニ適用スルヲ得ヘキモノト解スヘキナリ 果シテ然ラハ造作代金ノ支払ニ付別段ノ意思表示ナキ本件ノ如キハ債権者ノ住所ヲ以テ義務履行地ト為ササルヘカラス 従テ債権者カ若松市ニ住居ヲ有スル本件ニ於テハ 若松市ヲ管轄スル小倉区裁判所ニ本件ノ管轄権アルコトハ明白ナリ 然ルニ原審判決ハ造作買取請求権ノ性質カ単独行為ナリトノ一点ヲ以テ民事訴訟法第18条ニ所謂契約トハ民法上ノ契約ノミナリヤ或ハ汎ク法律行為ニ基因スル義務履行ヲ同条ノ所謂契約ト解スヘキモノナリヤ何等ノ判断ヲ為サス本件造作代金債権ハ其ノ性質単独行為ニシテ契約ニ基クモノニ非サルヲ以テ管轄権ナシト独断シ本件ニ付控訴代理人ノ為シタル法律上ノ意見ニ拘泥シ以テ造作買取請求権及本件造作代金債権ノ法律上ノ解釈適用ニ付テハ裁判所ハ訴訟代理人ノ法律上ノ見解ニ拘泥スルヲ要セス 自由ノ見解ニヨルヘキコトヲ忘却シ法律ノ解釈及適用ヲ誤リ且実体法上ノ法律行為ノ性質カ単独行為ナルトキハ民事訴訟法第18条ノ所謂契約履行ノ請求ノ訴カ何故ニ同一ニ解スヘキヤニ付何等理由ヲ附セサル且理由不備ノ不法ノ判決ニシテ到底破毀ヲ免カレサルモノトス

判決理由

借家法第5条ニ依リ造作ノ買取ヲ請求スルハ即単独行為ナリト雖其ノ請求ヲ為ストキハ之ニ因リ賃借人ト賃貸人トノ間ニ右造作ノ売買契約成立シタルト同一ノ法律関係ヲ生シ其ノ代金請求ノ訴ハ即民事訴訟法第18条ニ所謂契約履行ノ訴ニ包含セラルルモノト解スルヲ相当トス又 民法第574条ハ代金支払ノ場所ニ付別段ノ定ナキ場合ノ規定ニシテ目的物ノ引渡ト同時ニ代金ヲ支払フヘキ関係カ猶現存スル場合ニ限リ其ノ適用アリ既ニ目的物ノ引渡ヲ了シタル後ニ於テハ其ノ適用ナキモノト解スルヲ正当トス」而シテ原審口頭弁論調書原判決ノ事実摘示及之ニ引用セル第一審判決事実摘示ニ依レハ上告人(控訴人、原告)ハ原審ニ於テ横浜市ニ在スル本件家屋ノ賃借人タル訴外中田千代ハ賃貸人タル被上告人(被控訴人、被告)ニ対シ大正15年5月1日賃貸借ヲ解除シ明渡ヲ為スト共ニ借家法第5条ニ依リ金1,341円40銭ニテ造作ヲ買取ルヘキコトヲ請求シ即日之ヲ被上告人ニ引渡シ同月5日右代金債権ヲ訴外宮島保之助ニ譲渡シ且其ノ旨被上告人ニ通知シ宮島保之助ハ同年7月2日該債権ヲ上告人ニ譲渡シ且其ノ旨被上告人ニ通知シタリ而シテ上告人ノ住所ハ福岡県若松市ナルカ故ニ上告人カ右債権ノ内1,000円ノ弁済ヲ求ムル本訴ハ小倉区裁判所ノ管轄ニ属スル旨主張シ被上告人ハ右造作ノ引渡ヲ受ケタル事実ヲ否認シタルモノナルコト明ナルカ故ニ若上告人主張ノ如ク右造作カ既ニ引渡済ナリトセハ民法第574条ノ適用ナク其ノ代金債務ヲ履行スヘキ場所ハ別段ノ意思表示ナキ限リ民法第484条ニ依リ上告人ノ住所ニシテ本訴ハ民事訴訟法第18条ニ依リ右住所ヲ管轄スル区裁判ニ提起シ得ルモノト云ハサルヘカラスサレハ原審カ本訴債権ハ単独行為ニ基クモノニシテ契約上ノ債務ト謂フヲ得サルカ故ニ本訴ニ付テハ民事訴訟法第18条ノ適用ナキモノトナシ本件造作カ既ニ引渡済ナリヤ否ヤヲ審査スルコトナク本訴ヲ小倉区裁判所ノ管轄ニ属セサルモノト為シタルハ違法ニシテ論旨理由アリ原判決ハ破毀ヲ免レス仍テ他ノ上告論旨ニ対スル説明ヲ省略シ民事訴訟法第447条第1項第448条第1項ニ則リ主文ノ如ク判決ス

東京地判昭30・7・23ジュリ93号83頁

東京地裁(昭28(ワ)706号 菜種粕代金請求事件・認容)

民法574条は目的物の引渡と同時に代金を支払うべき旨契約を為した後、売主が目的物の引渡を為した場合買主も之と同時に同所に於て代金の支払を為さねばならず、且之を以て足る旨を規定したに止まり、売主が既に目的物の引渡を完了したに拘らず、買主に於て同時に代金の支払を為さなかつた場合には、自然其の適用は排除せられるものと解するのを妥当とする故、斯る場合には買主は一般の原則即ち民法第484条に従い金銭の如き特定物以外の弁済は債権者の現時の住所に於て之を為すことを要するのものと云わねばならない。

大阪高決平10・4・30判タ998号259頁,金商1054号49頁

大阪高裁(平10(ラ)第303号 移送決定に対する即時抗告事件 平成10年4月30日第11民事部決定 原決定取消 申立却下・確定)

【抗告人】 近松司 代理人 西田雅年,野田底吾,羽柴修,本上博丈

【相手方】 バールシステムズ株式会社 代表取締役 吉村直

【第1審】 神戸地裁(平9(ワ)第1904号 平成10年3月31日決定)

【判示事項】 給料を口座振込の方法により支払うことは、持参の方法による支払のためにとられているものと解されることから、給料支払義務の履行地は、債権者の所在地であるとした事例

主 文

一 原決定を取り消す。

二 本件移送申立てを却下する。

理 由

一 本件即時抗告の趣旨及び理由は別紙「抗告状」(写し)記載のとおりである。

二 当裁判所の判断

1 「事務所・営業所」所在地の裁判籍について(略)

2 義務履行地の裁判籍について

本件においては,前記1で認定したとおり,抗告人に対する給料の支払方法については、労働協約、就業規則等に定めがなく、相手方は、抗告人に対し、いわゆる口座振込の方法、具体的には毎月二五日に抗告人の指定した同人の住所地に近いさくら銀行甲南支店の抗告人名義の普通預金口座に振込送金する方法で支払っており、相手方は、右送金手続を東京都に所在する東京三菱銀行の支店において行っていたものである。すなわち、本件においては、相手方の本社所在地等に抗告人が出向いて取立ての方法で給料を支払うことは予定されておらず、民法の原則のとおりに抗告人の住所地で持参の方法で支払うことを予定しており、右口座振込の方法による支払は、右持参の方法による支払のためにとられているものと解される

そうすると、給料支払義務の履行地は、抗告人の住所地であるというべきである(相手方は、労働者が指定する金融機関の口座が存在する場所が義務履行地であるとすると、労働者が任意に義務履行地を選択できることになって不合理である旨主張するが、右主張はその前提を欠いて理由がない。)。

これに対し、相手方は、銀行振込の方法をとった場合、債務者が払込手続をとれば債権者への支払手続の確実性に欠けるところはないから、債務者が銀行の支店等に送金手続をした時点で義務の履行が終了したものと解すべきであり、送金手続を行う場所が義務履行地である、と主張する。しかし、銀行振込の場合、通常は債務者が払込手続をとれば債権者への支払手続の確実性に欠けるところはないとはいえるが、万一銀行の送金手続の過誤等で債権者の指定口座に入金されなかった場合には、債務者の義務が終了したことにならないのは明らかであり(現金書留の方法等で送金した場合も同様であり、郵便局等の過誤で債権者に送金されなかった場合には債務者の義務は終了したことにはならない。)、債権者の指定口座に入金されて初めて債務者の義務が終了するというべきであるので、相手方の主張はその前提を欠くものというべきである。すなわち、銀行振込は、義務履行のための一つの方法に過ぎず、本来の義務履行地はこれにより左右されるものではない。

したがって,本件においては,抗告人においては,抗告人は,相手方に対し,相手方による解雇が無効であるとして,解雇無効の確認の確認及び未払給料の支払を求めているところ,給料支払義務の履行地を管轄する裁判所は原審裁判所(神戸地方裁判所)であるから,原審裁判所に管轄があるというべきである。

(以下略)


(参考)評価・試験問題


以下の文章を読んで,次の問題に答えなさい。

Aさんは,通信販売でB社のワンピースを購入することにした。C宅配便の人がワンピースを届けてくれたので,試着してみたところ,ぴったりで問題がない。そこで,代金を支払おうと思う。同封の振込用紙にB社の銀行口座名が書かれている。この場合,近くのD銀行で代金を振り込むことにした。

問題1 通信販売の場合には,引渡の場所については,合意があるが,もしも,引渡の場所について合意がないとした場合,民法の規定によると,ワンピースの引渡は,どの場所ですべきことになるか。条文を引用し,かつ,債権者と債務者が誰かを明示して答えなさい。

問題2 通信販売の場合には,代金の支払場所についても,合意があるのが通常であるが,代金支払の場所について合意がないとした場合,民法の規定によると,ワンピースの代金の支払は,どこの場所ですることになるか。民法の条文を明示して答えなさい。

問題3 AさんがB社の銀行口座に振込みをしたが,D銀行の手違いで,送金がなされなかった場合,Aさんの振込みは,債務の弁済として有効であろうか。民法の条文を明示して答えなさい。

問題4 民法の代金の支払場所の規定は,すべての場合が尽くされておらず,わかりにくい。わかりやすい規定にしようと思えば,どのような規定にするのがよいか。わかりやすさを主眼とした改正案を作成し,その理由書も添付してみなさい。

問題5 以上の作業を通じて,民法における債権総論(民法第3編第1章)と契約各論(民法第3編第2章以下)とりわけ,契約総論(民法第3編第2章第1節),契約各論(民法第3編第2章第2節以下)との相互関係について,他の具体的な条文を挙げて論じなさい。