判例百選研究(1_45)メタ規範の効用
−民法判例百選T第45事件−
作成:2010年1月22日
明治学院大学法科大学院教授 加賀山 茂
判決が依拠している知識および推論は何か。民集に参照条文として掲げられている条文だけで問題の解決は可能か。事案の解決としての結論は妥当か。
大判昭15・9・18民集19巻1611頁(強制執行異議事件) 民法判例百選T第45事件
Y(控訴人,被告)は,昭和2年10月28日,訴外鈴木豊蔵(A)に対し公正証書に基き金15,000円を利息100円につき,1日金2銭(年利7%),弁済期を昭和3年4月20日と定めて貸与し,Aはその債務を担保するため,その所有地に抵当権を設定した外,長野県東筑摩郡本郷村大字浅間505番地内より湧出して,同県同郡同村大字同字道添87番「鷹の湯」に引用する温泉(1分間の湧出量1石(180リットル)の6分の2,すなわち,2口の使用権(本件湯口権と称す)につき,質権を設定したとして,Yは右債権元利金の弁済を求めるため,昭和10年10月1日,公正証書の執行力ある正本に基づき,本件湯口権に対する差押命令を申請し,そのの命令を得た(ただし,質権の実行としてではない)。
しかし,Aは,すでに,昭和5年11月22日,右湯口権をその原泉地の所有権と共に,株式会社長野農工銀行(B)に売り渡し,原泉地につき,所有権移転登記を経由し,X(被控訴人,原告)は,昭和6年2月10日同銀行を合併し,これらの権利を承継取得し,昭和6年年2月23日合併の登記を行った。Xは右の事実に基き,民事訴訟法第549条により,強制執行異議の訴を提起した。その理由は,「湯口権は温泉専用権であり,土地所有権と離れて独立して譲渡の目的とすることができると考えるべきである。Xは,温泉所在地をAに賃貸して代理占有させているばかりでなく,温泉地については,所有権の登記をしており,特に,長野県温泉取締規則により届出をし,監督官庁の帳簿上Xの所有者なることを明記されているのであるから,湯口権の譲受に関する公示方法として欠蹴るところはない」と陳述した。
Yは,抗弁として,「湯口権は土地所有権と離れて独立に譲渡されるものであるとすれば,公示方法をとらなければ,これをもって第三者に対抗することできないというべきである。たとえ,原泉地について所有権取得の登記をしても,これによって公示方法を履践したるものということはできない。」また,「Xの前主株式会社長野農工銀行(B)が温泉取締規則により,湯口権取得の届出をしていても,同規則は警察行政に関する事項を規定したるに過ぎないものであるから,これによって湯口権の創設変動に関する公示方法を行ったとはいえない」と陳述した。
図1 大判昭・15・9・18民集19巻1611頁 |
第一審は,「湯口権は原泉地所有権と独立して売買又は使用収益することができ,これを売買したときは,以後,買受人は自らこれを使用収益し,または,第三者に賃貸し,若しくは,自由に他に譲渡することができるものであり,その性質は,不動産所有権に類似した物権的権利に属し,本件差押は,この排他的使用権についてなされたものである」と判示し、「Xが本件差押以前に,長野県温泉取締規則によって温泉を所有する旨の届出をするとともに,訴外Bに対し,温泉の管理者として届出をした事実を認定し,この事実がある以上は,Xは本件温泉使用権の取得につき、対抗要件を履践したということができる」と判示して,X勝訴の判決を言渡した。
原院は,「湯口権は,温泉湧出地,すなわち,原泉地より引湯使用する一種の物権的権利にして,原泉地と独立して処分することができることは,地方慣習法によって明らかである。その権利の変動をもって第三者に対抗することができるかどうかについては、公示方法の規定がないのであるから,権利の変動は,それ自体,何人に対してもこれを対抗することができる」と判示し,Xの勝訴を言渡した。
破棄差戻し。
温泉専用権にして,地方慣習法に依り排他的支配権を肯認し得る以上,第三者をして其の権利の変動を明認し得べき公示方法を構ずるに非ざれば,該権利変動を第三者に対抗し得ざるものとす。
@凡そ地中より湧出する温泉自体は之を該湧出地所有権の一内容を構成するものと解すべきや,若くは,右土地所有権に対し独立せる一種の用益的支配権なりと解すべきものなりや否やは,此の種地下水に関し特別の立法を欠如せる我法制の下に在っては解釈上疑義なき能はざるも,本件係争の温泉専用権,即所謂,湯口権に付ては,該温泉所在の長野県松本地方に於ては,右権利が温泉湧出地(原泉地)より引湯使用する一種の物権的権利に属し,通常原泉地の所有権と独立して処分せらるる地方慣習法存する。
A既に地方慣習法に依り,如上の排他的支配権を肯認する以上,此の種権利の性質上民法第177条の規定を類推し,第三者をして其の権利の変動を明認せしむるに足るべき特殊の公示方法を構するに非ざれば,之を以て第三者に対抗し得ざるものと解すべきことは敢て多言を俟たざるが故に,原審は更に此の点に付,考慮を払ひ,右地方に在っても,例へば,温泉組合乃至は地方官庁の登録等にして右公示の目的を達するに足るべきもの存するや否や,或は尠くとも,立札其の他の標識に依り,若くは事情に依りては,温泉所在の土地自体に対する登記のみに依り,第三者をして叙上権利変動の事実を明認せしむるに足るべきや否やに付,須く審理判断を与へざるべからざる筋合なりとす。
第175条(物権の創設)
物権は,この法律その他の法律に定めるもののほか,創設することができない。
第177条(不動産に関する物権の変動の対抗要件)
不動産に関する物権の得喪及び変更は,不動産登記法(平成16年法律第123 号)その他の登記に関する法律の定めるところに従いその登記をしなければ,第三者に対抗することができない。
憲法 第76条
Bすべて裁判官は,その良心に従ひ独立してその職権を行ひ,この憲法及び法律にのみ拘束される。
法の適用に関する通則法(以前の法例)
第3条(法律と同一の効力を有する慣習)(旧2条)
公の秩序又は善良の風俗に反しない慣習は,法令の規定により認められたもの又は法令に規定されていない事項に関するものに限り,法律と同一の効力を有する。
民法
第263条(共有の性質を有する入会権)
共有の性質を有する入会権については,各地方の慣習に従うほか,この節の規定を適用する。
第294条(共有の性質を有しない入会権)
共有の性質を有しない入会権については,各地方の慣習に従うほか,この章〔地役権〕の規 定を準用する。
大判明36・6・19民録9輯759頁
1.不動産登記法第1条は,列記法にして例示法に非ざるに依り,他に之を適用すべき特別の規定あらざる限りは,同法に列挙せざる入会権は之を登記すべきものに非ず。
2.民法第177条は登記法に列記したる物権に付ては,登記を為すに非ざれば第三者に対抗し得ざることを規定したるに過ぎずして,登記なき物権は絶対に対抗力なしとの法意に非ず。
3.民法に於て,既に入会権を物権と認めたる以上は,其権利の性質上,登記なきも当然第三者に対抗するを得べきものとす。
民法175条の物権法定主義とは何か。慣習上の物権が物権法定主義に反しないのはなぜか。
わが国の法システムは,「法治主義」または「法の支配」の原則に服しており,判決は,すべて,憲法および法律に従って下される。したがって,判例を読むに際して,具体的事案について,どのような条文が適用されているのかを常に意識することが必要である。
もちろん国会によって議決された法律(制定法)は,完全なものではないので,法律を適用して判決を下すという場合の法律には,制定法以外のものも含ませざるをえない。制定法以外で法律と同等に扱われているのが,慣習と当事者の合意としての契約(広くは法律行為)である。
慣習については,法適用に関する通則法3条(以前の法例2条)が,一定の要件を備えた慣習について,「法律と同一の効力を有する」としており,また,民法91条は,当事者の意思表示(契約等の法律行為)は,法律の規定(任意規定)に優先することを規定しており,憲法76条3項にいう「法律」の範囲は,大きく拡張されている。
以上のことを,憲法,通則法,民法の各条文のそれぞれをしっかり読むことによって,確認しておくことにしよう。
憲法 第76条
Bすべて裁判官は,その良心に従ひ独立してその職権を行ひ,この憲法及び法律にのみ拘束される。
法の適用に関する通則法 第3条(法律と同一の効力を有する慣習)
公の秩序又は善良の風俗に反しない慣習は,法令の規定により認められたもの又は法令に規定されていない事項に関するものに限り,法律と同一の効力を有する。
この通則法3条(以前の法例2条)により,「一定の条件を満たした慣習は法律と同一の効力を有する」のであるから,憲法76条3項の規定は,以下のように変更されていることがわかる。
憲法 第76条(第1段階の変形)
Bすべて裁判官は,その良心に従ひ独立してその職権を行ひ,この憲法及び法律並びに法の適用に関する通則法第3条の要件を満たす慣習にのみ拘束される。
このことは,民法にもいえることであり,民法175条も,以下のように変更されていることがわかる。
第175条(物権の創設)(通則法3条による修正)
物権は,この法律及びその他の法律並びに法の適用に関する通則法第3条の要件を満たす慣習に定めるもののほか,創設することができない。
通則とは,実は「メタ規範(規範の規範)」のことを意味する。このようなメタ規範の効用は絶大である。一見,パラドックス(矛盾)とみえる現象もメタ規範(規範に関する規範,言語に関する言語等)を意識することによって解消できることが多い。たとえば,「英語は日本語である」というパラドックスは,どのようにして解消できるか,考えてみよう。
メタ規範(通則)の中には,法の適用に関する原理(準拠法選択)だけでなく,法の適用の優先順位について規定しているものが多い。たとえば,民法の商法との関係は,「特別法は一般法に優先するという」法格言に基づいて,以下のような規定を行っている。商法1条は,商法の第1章「通則」(メタ規範)とされていることにも注目すべきである。
商法 第1条(趣旨等)
A商事に関し,この法律に定めがない事項については商慣習に従い,商慣習がないときは,民法(明治29年法律第89号)の定めるところによる。
強行法規に関する規定について,当事者の合意に優先し,かつ,強行法規に反しない範囲で慣習に法律(この場合は強行法規)と同一の効力(合意に優先する効力)を認めるのが,通則法3条(以前の法例2条)の規定の第1の,すなわち,本来的な意味である。それだけでなく,通則法3条は,第2に,強行法規の問題(たとえば,物権法に関する規定)において,以下のように,法規間の適用順序を定めていると解することができる。
このような観点で,通則法3条の規定について,その意味するところを補って考えると,以下のようになる。
法の適用に関する通則法 第3条(法律と同一の効力を有する慣習)
公の秩序又は善良の風俗に反しない慣習は,法令の規定により認められたもの〔たとえば,入会権(民法263条,294条)〕又は法令に規定されていない事項に関するもの〔たとえば,水利権,温泉権など〕に限り,法律と同一の効力を有する。
第263条(共有の性質を有する入会権)
共有の性質を有する入会権については,各地方の慣習に従うほか,この節の規定を適用する。
第294条(共有の性質を有しない入会権)
共有の性質を有しない入会権については,各地方の慣習に従うほか,この章〔地役権〕の規 定を準用する。
つぎに,民法の内部でも,適用される規定の優先順位について規定しているメタ規範がある。民法90条から92条は,法律行為に関して,任意規定が適用されるに至るまでの適用順位を以下のように定めている。
通則法3条の慣習(慣習法)と民法912条の慣習(じじつたる慣習)との相違点を表にまとめると以下のようになる。
慣習と同一の合意がある場合 | 慣習によるとの合意がない(不明)な場合 | 慣習とは異なる合意がある場合 | |
通則法3条の慣習 の適用の有無 |
慣習(法)が適用される(○) | 慣習(法)が適用される(○) | 慣習(法)が適用される(○) |
民法92条の慣習 の適用の有無 |
合意が優先適用される(×) | 事実たる慣習が適用される(○) | 合意が優先適用される(×) |
[中尾・物権法定主義(1984)6頁]が,以下のように主張していることの意味を理解することができると思われる。
一般に法例2条〔通則法3条〕は慣習法を,民法92条は事実たる慣習を定めたもの,といわれているが,事実たる慣習は法ではない。民法92条は事実たる慣習が当事者の意思により法的規範としての効力を有することを定めたものであるから,用語上の問題かもしれないが,任意法規たる慣習法の成立を,そして法例2条〔現行通則法3条〕は,強行法規たる慣習法の存在を認めたもの,というべきである。
このような考え方を理解できるようになると,有斐閣法学辞典の「慣習法」の解説における混乱の原因(強行法規に関する慣習と任意法規に関する慣習との区別ができていない)を突き止めるともできるし,混乱を解決できる正しい解釈を明らかにすることもできるようになる。
民法上,慣習法が問題となるのは,裁判所がいかなる要件の下にそれを裁判の基準とすることができるかという点に関してである。この意味での慣習法は,事実たる慣習に対するもの〔とは異なるもの〕で,法例2条〔通則法3条〕の要件の下に法律と同一の効力(法源としての効力)を認められたものであり,事実たる慣習よりも規範性の強いものをいうと解されている。しかし,事実たる慣習の効力を定めた民法92条の解釈として,事実たる慣習が任意法規〔法律〕に優先する効力を認められるようになると,それ〔事実たる慣習〕より規範性の強いはずの慣習法が法例2条〔通則法3条〕のために任意法規〔法律〕よりも劣る法源となるという結果が生じる。そこで,民法92条と法例2条〔通則法3条〕との関係について種々の論議がある。
温泉権は,他の慣習上の物権と比較して,どのような特色を有しているか。温泉権に最も近似している制度は何か。所有権か,地上(地下)権か,地役権か,人役権か。
有斐閣法律学辞典によれば,温泉権はつぎのように説明されている。
温泉源利用の権利。湯の湧出口(ゆうしゅつこう)に対する権利だけでなく,湧出口から引湯(いんとう)する権利をも含めて用いられる。温泉専用権,湯口(ゆこう)権などともいわれる。民法の原則からすれば,地盤である土地の一部となる(所有権)はずであるが,地盤から独立して取引の対象とされることが多く,独立の権利として扱う必要が生ずる。判例も,温泉権を慣習法上の物権として認め,湧出地の地目を「源泉地」とする登記や温泉組合又は地方官庁の登録などを公示方法としている(大判昭和15・9・18民集19・1611)。しかし,現行の温泉法(昭和23法125)は,専ら行政的規制を目的としているにすぎない。温泉をめぐる権利関係は明確でなく,立法的整備が望まれている。
第1に,民法が認めたものとして,囲繞地通行権などの相隣関係上の権利(法定地役権),入会権がある。入会権には,共有(総有)的所有権の場合と,地益権に類する人役権の場合の2種類がある。入会権について,民法263条(共有の性質を有する入会権),民法294条(共有の性質を有しない入会権)の2つの規定があるのは,このためである。
入会権は,上記のように共有的入会権と地役的入会権がある。しかし,共有的入会権については,民法が認めている共有とは異なり,総有であるとされている。また,地役的入会権についても,民法の地役権は土地の便益のために他人の土地を利用する権利であるが,これとは異なり,特定の人の便益のために他人の物を利用する人役権であるとされている。
第2に,判例によって認められてきたものとしては,水利権,温泉権,譲渡担保があるとされている(通説)。
入会権は登記ができないため,占有のみで対抗力が認められている(大判明36・6・19民録9輯759頁)。あえて,明認方法が必要とされるわけではない。判例も,温泉権を慣習法上の物権として認め,湧出地の地目を「源泉地」とする登記や温泉組合又は地方官庁の登録などを公示方法としている(大判昭和15・9・18民集19・1611)。
したがって,本件に関する原院が,「湯口権は,温泉湧出地,すなわち,原泉地より引湯使用する一種の物権的権利にして,原泉地と独立して処分することができることは,地方慣習法によって明らかである。その権利の変動をもって第三者に対抗することができるかどうかについては、公示方法の規定がないのであるから,権利の変動は,それ自体,何人に対してもこれを対抗することができる」と判示したことは,言葉足らずのため,誤解を受けて大審院によって破棄されてしまったが,上記の入会権の対抗要件として登記を不要とした大審院判例(大判明36・6・19民録9輯759頁)に即して,その法理を展開すれば,もう少し説得力のある議論となりえたものと思われる(入会権の判決については,後に詳しく紹介する)。
温泉権の公示はどのようになされているか。民法177条との関係で,どのような解決が望ましいか。
公式判例集である民事判決録の判決要旨には,以下のように記されている。
温泉専用権にして,地方慣習法に依り排他的支配権を肯認し得る以上,第三者をして其の権利の変動を明認し得べき公示方法を構ずるに非ざれば,該権利変動を第三者に対抗し得ざるものとす。
しかし,判決理由を読んでみると,これとは,かなり隔たりのある記述がなされている。
既に地方慣習法に依り,如上の排他的支配権を肯認する以上,此の種権利の性質上民法第177条の規定を類推し,第三者をして其の権利の変動を明認せしむるに足るべき特殊の公示方法を構するに非ざれば,之を以て第三者に対抗し得ざるものと解すべきことは敢て多言を俟たざるが故に,原審は更に此の点に付,考慮を払ひ,右地方に在っても,例へば,温泉組合乃至は地方官庁の登録等にして右公示の目的を達するに足るべきもの存するや否や,或は尠くとも,立札其の他の標識に依り,若くは事情に依りては,温泉所在の土地自体に対する登記のみに依り,第三者をして叙上権利変動の事実を明認せしむるに足るべきや否やに付,須く審理判断を与へざるべからざる筋合なりとす。
すなわち,判旨によれば,明認法法を施さなければ,温泉権の第三者対抗要件は満たされないと断言しているように見える。しかし,判決理由を読んでみると,第1に,温泉組合,または,地方官庁の登録だけでも,対抗要件が備わるのか,第2に,立て札その他の標識,すなわち,明認法法によって,対抗要件が備わるのか,第3に,温泉所在の土地自体に対する登記のみで,対抗要件が備わるのか,慣習を調査して判断すべきだとしており,第三者対抗要件を明認方法に限定しているわけではないことがわかる。
このことは,登記ができない慣習法上の不動産物権である入会権について,登記がなくても,第三者対抗要件を備えているというのが,判例(大判明36・6・19民録9輯759頁)の立場であることが想起されるべきである。
大判明36・6・19民録9輯759頁
1.不動産登記法第1条は,列記法にして例示法に非ざるに依り,他に之を適用すべき特別の規定あらざる限りは,同法に列挙せざる入会権は之を登記すべきものに非ず。
2.民法第177条は登記法に列記したる物権に付ては,登記を為すに非ざれば第三者に対抗し得ざることを規定したるに過ぎずして,登記なき物権は絶対に対抗力なしとの法意に非ず。
3.民法に於て,既に入会権を物権と認めたる以上は,其権利の性質上,登記なきも当然第三者に対抗するを得べきものとす。
本判決の趣旨は,判旨に記述されているようなものではなく,むしろ,判決理由にあるように,温泉権を慣習法上の物権として認め,湧出地の地目を「源泉地」とする登記や温泉組合又は地方官庁の登録などの公示方法をもって,第三者対抗要件と認める可能性があると解するべきであろう。
第1に,憲法76条3項における「法律」の意味については,通則法3条,民法92条の条文の趣旨を加味して,その意味が以下のように変化していることがわかる。
憲法 第76条(第2段階の変形)
Bすべて裁判官は,その良心に従ひ独立してその職権を行ひ,この憲法及び法律並びに法の適用に関する通則法3条の要件を満たす慣習(慣習上の物権)及び民法91条の要件を満たす法律行為及び民法92条の要件を満たす慣習(事実上の慣習)にのみ拘束される。
第2に,民法175条における「法律」の意味についても,通則法3条の条文の趣旨を加味して,その意味が以下のように変化していることがわかる。
第175条(物権の創設)(通則法3条による修正)
物権は,この法律及びその他の法律並びに法の適用に関する通則法第3条の要件を満たす慣習に定めるもののほか,創設することができない。
第3に,温泉権は,入会権と同様に,源泉地の所有権と一致する場合(所有権的温泉権)と源泉地の所有権とは別に,独立した慣習上の物権として認められる場合(人役権的温泉権)とがあり,いずれの場合も,慣習に応じた何らかの公示方法(明認法法に限らず,登記,登録等)によって,対抗要件を得ることができることが明らかとなった。
第4に,判決集に掲げられている判決事項,要旨,参照条文等の項目は,判決文にはなく,判例集の編集者が追加したものであり,必ずしも,判決理由を正確に伝えるものではない。参考にするのはよいが,それをもって,判決理由であると考えるべきではないことも明らかとなった。
最後に,民法判例百選の判例選択のすばらしさに敬意を表すべきであり,学生諸君は,事案の図式化と判決理由と参照条文との関係の検討に専念すべきである。
確かに,判例百選一般については,以下のような否定的な評価が存在することも事実である。
しかし,「民法」判例百選については,そのような批判は的外れである。
大切なことは,優れた判例選択の成果である判例百選を読み込み,事案を図式化する手作業と,参照条文だけで,判決文が書けるかどうかをしっかりと吟味することである。その作業を通じて,全く新しい事案に対しても,「法律」を根拠として,自らの解決案を作成できる能力を養うことこそが大切である。そのような作業を実現するための素材として,民法判例百選に勝るものは,現在のところ,存在しないのである。
憲法76条3項の「法律」,通則法3条の「慣習」,民法92条の「慣習」との関係について,具体例を挙げて,その違いを説明しなさい。その後,民法175条の「法律」が何を意味するのかを確定しなさい。
温泉権と源泉地の所有権との関係について,具体例を挙げて説明し,入会権との関係について考察した上で,温泉権と入会権との異同を論じなさい。
温泉権の対抗要件について,明認方法が必ず必要かどうかについて,大判昭15・9・18民集19巻1611頁に即して論じなさい。
本件について,第1審と第2審の判断,および,入会権に関する判例(大判明36・6・19民録9輯759頁)の趣旨を採用し,上記大審院判決(大判昭15・9・18民集19巻1611頁)とは,結論が異なる判決(上告棄却の判決)を起案しなさい。