担保法における学習到達度チェック・リスト

−法科大学院におけるコア・カリキュラム(民法)の作成のために−

作成:2009年11月11日

明治学院大学法科大学院教授 加賀山 茂


はじめに


法科大学院のコア・カリキュラムを作成するに当たって,その基礎的な作業として,現在筆者が講義を行っている担保法(債権の履行を確実にするための法制度:人的担保(保証・連帯債務),物的担保(担保物権),および,債権保全(債権者代位権,詐害行為取消権,同時履行の抗弁権,相殺の担保的機能を含む))についての,学習到達度チェック・リストを作成した。

この学習到達度チェック・リストは,筆者が,各講義の終わりに,学生たちが講義の内容を理解しているかどうかを確かめるために利用しているが,学生たちが予習や復習をする際に,各単元の理解が十分かどうかを確認するためにも利用することを勧めている。

学習到達度チェック・リストを作成するに当たっては,第1に,司法制度改革審議会の意見書(2001)にある教育目標(専門的な法知識を確実に習得させるとともに,それを批判的に検討し,また発展させていく創造的な思考力,あるいは事実に即して具体的な法的問題を解決していくため必要な法的分析能力や法的議論の能力等を育成する)を前提とした上で,第2に,担保法における重要な概念の定義,要件と効果が理解できているかどうか,民法判例百選TU〔第6版〕で取り上げられている判例について,事案,判例要旨,関連判例,学説の対応について理解できているかどうかを確認することを念頭においている。

これらの学習到達度チェック問題を,第1に,予習段階では,六法,教科書,民法判例百選等を見ながら文章に書いて説明できるように準備する。第2に,講義では,作成した説明文章が十分なものであるかどうかを確認し,また,講義で当てられた場合には口頭で説明できるかどうかを確認する。第3に,復習段階では,用意した説明文章を訂正し,試験の前には,六法(判例六法を含む)だけを頼りにして答案が作成できるかどうかを確認する。学生たちが,このような作業を行うならば,法科大学院の学生として,十分な学力を身につけているということができると思われる。

学習到達度チェックを利用する場合の注意点は以下の通りである。

以下の項目について,学習目標が到達されているかどうかをチェックしてみよう。まず,本文を見ずに,六法と自分の頭だけを頼りに,答えを必ずノートに書いてみること。その上で,本文を読み直して,答えが正しいかどうかチェックしてみよう。本文を読んだときはわかったつもりでも,実際に自分の頭で考え,それを書いてみようとすると,答えが書けるほどには理解していないことがわかるはずである。もしも,前提知識が十分でないために,本文を読んでも答えることができない場合には,巻末の用語辞典等の法律辞書や民法判例百選等の参考書を利用するとよい。

なお,★印の意味は,以下の通りである。

★…………学部レベル
★★………法科大学院レベル
★★★……博士課程後期レベル


学習到達度チェック・リストの内容


■ 第1回 債権の掴取力 ■

担保法の目的は,債務の履行の確保である。債務が任意に履行されないときには,債権者は,債務者の総財産に対して強制執行を行い,そこから債権の回収をすることになる。このように,債権に備えられた強制執行をすることができるという効力を債権の掴取力という。この掴取力は,債務者の財産に対する「潜在的な換価・処分権」であるため,債権(人と人との関係)と物権(人と物との関係)とが交錯することになる。

ここでは,これまで別々に学習してきた物権と債権とが交錯する場面として,債務者が債務を任意に履行しない場合を想定し,その場合に,債権の固有の効力である掴取力(潜在的な換価・処分権)は,どのような内容を有しているのか,債権の掴取力は,物権とどのような関係に立つのかを理解する。


■ 学習到達度チェック(1) 物権と債権の交錯 ■


  1. 物権について
  2. 債権について
  3. 物権と債権との交錯について
  4. 債権者平等の原則と例外について

■ 第2回 債権の掴取力の強化 ■

債権者平等の原則によって制限されているため,債務者に他の債権者が存在する場合には,債権者は債権の回収によって完全な満足を得ることができない。そこで,債権者としては,債務の履行を確保するため,債権の掴取力をさらに強化するための制度を必要とする。

ここでは,債権の掴取力を強化する方法は,2つの方向に向かうことを理解する。1つは,債務者の総財産以外の財産からも債権の回収を計ること(掴取力の量的拡大)であり,これが人的担保(保証と連帯債務)である。もう1つは,債務者の総財産,または,特定の財産について,他の債権者に先立って弁済を受けること(掴取力の質的拡大)であり,これが物的担保(事実上の優先弁済権と法律上の優先弁済権)である。


■ 学習到達度チェック(2) 担保法の本質 ■


  1. 担保一般について
  2. 人的担保について
  3. 物的担保について
  4. 担保の機能を実現するメカニズムについて

■ 第3回 担保法の歴史と担保法の体系 ■

担保法の歴史

債権担保法という概念とその成文法化は,実は,120年も前に制定された旧民法の債権担保編によって実現されていた。そこでは,人的担保(保証,連帯債務)と物的担保(留置権,先取特権,質権,抵当権)が統一的に規定されていた。旧民法が施行されないまま廃止され,それに代わって制定された現行民法は,ドイツ流のパンデクテン方式を採用したため,人的担保が債権編へ,物的担保が物権編へと分断されることになった。このため,両者は次第に別々の制度として考えられるようになった。しかし,人的担保と物的担保とは,付従性という共通の性質を有しており,物上保証という制度によって密接に関連している。フランス民法典が,2006年の民法改正によって,担保編を創設し,それまでばらばらに規定されていた人的担保と物的担保とを統合したことは,旧民法の考え方がいかに優れていたかを実証することになった。

ここでは,フランス民法典の担保法の改正を契機として,フランス民法典の改正を先取りした旧民法とドイツ民法に近いと考えられてきた現行民法とを比較することを通じて,実は,現行民法の担保法部分は,ドイツ民法やフランス民法とも異なり,ボワソナードが起草した旧民法の債権担保編の規定をわずかな修正を加えただけで成立したものであることを理解するとともに,人的担保と物的担保とを統一的に把握することの重要性を認識する。

担保法の体系

担保法は,債権の回収を確保するための手段であり,それは,掴取力(強制執行力)の強化という一言で表現できる。そして,債権の掴取力を量的に強化するのが人的担保(保証と連帯債務)であり,債権の掴取力を質的に強化するのが事実上または法律上の優先弁済権としての物的担保(留置権,先取特権,質権,抵当権)である。そして,これらは,債権の掴取力の強化であるから,債権が消滅すれば,その掴取力も当然に消滅する(付従性)という共通の性質を有している。

物的担保に特有の直接取立権(債権質),追及効(抵当権),事実上の優先弁済権(留置権),法律上の優先弁済権(先取特権など)は,従来は,物的担保が物権だからであると説明されてきた。しかし,これらの性質は,すべて,債権の内部で実現されている。すなわち,債権に内在する制度である,債権者代位権(直接取立権),詐害行為取消権(追及効),同時履行の抗弁権(事実上の優先弁済権),法律上の優先弁済権(相殺の担保的機能)がそれである。

ここでは,担保法の性質と効力は,債権に内在する上記の直接取立権,追及効,事実上または法律上の優先弁済権のメカニズムを利用するならば,すべて,「債権の掴取力の強化」という概念の展開として一元的に説明できること,すなわち,担保法は,1つの概念からすべてが展開されるという体系を構築できるということを理解する。


■ 学習到達度チェック(3) 担保法の歴史と担保法の体系 ■


担保法の歴史

  1. 現行民法の基盤について
  2. 債権担保法の歴史と展望について
  3. 債権担保における物権法と債権法との関係について

担保法の体系

担保法の体系に関する以上の問は,これまで,誰も解いたことがない問題である。もしも,読者が,これらの問に答えることができたとしたら,それは,読者が,従来の民法学の水準を超えたことを意味する。


■ 第4回 担保法学説の問題点 ■

担保法が好きだという学生は稀である(筆者自身はそのような学生を一人も知らない)。担保法を喜んで教えたいという教師にもめったに会えない(民法の担当者を決める際に教務委員は苦労している)。それは,担保法が難解だからである。従来は,その原因は,「担保法の技術的性格」にあるとされてきた。しかし,「担保法の技術的性格」の内容を突き詰めていくと,その意味は,担保法には体系的な理論が存在しないので,暗記に頼るほかないということ,すなわち,担保法学が学問として成り立っていないことの裏返しに過ぎないことがわかる。

民法の他の分野に目を転じれば,そこには,総論と各論との組み合わせによる理論体系が存在する。例えば,「民法総則」は,民法全体に共通する通則(信義則・権利濫用)があり,本体は,主体(人),客体(物),私権を変動させるメカニズム(法律行為)という体系から成り立っている。「契約法」は,契約の成立から終了までのプロセス(債権総論・契約総論)と,13の契約類型についてその特色を明らかにする規定(契約各論)によって体系的に構成することができる。「不法行為法」についても,一般不法行為法(民法709〜713条,720条〜724条)と特別不法行為法(民法714条〜719条)とによって体系づけられている。「物権法」も,担保物権を除いては,物権法総論に適合する物権本権(所有権,用益物権)の組み合わせによって体系的な構造が示されている。

しかし,担保法には,担保法を統合する共通の理念(本来は付従性こそが担保法の共通の要素なのであるが,付従性は,担保全体が債権に従属することを意味するために,保証を「債務」と考え,また,物的担保を「物権」と信じている従来の学説は,それを強調することに不熱心である)がなく,したがって,担保法には総論がなく,担保物権にいたっては,使用・収益権も換価・処分権も有しない留置権が物権とされており,物権の概念を破綻させている。しかも,留置権も先取特権も質権も,物権総論で最も重要な位置を占める「物権変動の対抗要件」に従っていない。登記が対抗要件とされるため物権法総論に従っているように見える抵当権でさえ,その処分の対抗要件は,債権譲渡の対抗要件が必要とされるのであるから,担保物権を物権として取り扱うメリットすら存在しない。

それにもかかわらず,従来の学説は,民法の編別に囚われ,人的担保(広義の保証)を「債務」として,物的担保(担保物権)を「物権」として説明しようと無理を重ねている。しかし,出発点を間違えれば,いかなる努力も水泡に帰するのであって,無理にも限度がある。無理に無理を重ねた結果,担保法学の現状は,今や,以下のように,「矛盾と嘘のデパート」の観を呈するに至っている。

第1に,人的担保について,「保証債務は独立の債務であるが,主たる債務に従属する」とか,「連帯債務は,数人の債務者が独立に全部の給付をなすべき債務を負担するが,一人の給付があれば他の債務者も債務を免れる債務である」とか,物的担保について,「担保物権は,債権とは別個・独立の物権であるが,債権に付従する」とかのように,独立のものが従属するという概念「矛盾」に陥っている。

第2に,物権は物を排他的に支配する権利であり,したがって,物権は,「使用・収益権,または,換価・処分権を有する」はずである。ところが,留置権は,使用・収益権も換価・処分権も有しないばかりでなく,物権変動の対抗要件([民法177条],[民法178条])にも全く従っていない。それにもかかわらず,通説は,留置権を物権であるという「嘘」をあくまで押し通そうとしている。

第3に,民法は,物とは有体物をいう[民法85条]と宣言することによって,少なくとも,物権の対象は,有体物に限定することを明確にしていた。無体物である債権の上の物権(所有権)という概念を認めると,債権はすべて物権に吸収され,物権と債権とを峻別するという現行民法の基本的な立場が崩壊するからである。したがって,立法者は,債権を対象とする物上代位権[民法304条],債権を対象とする先取特権[民法314条],権利を対象とする質[民法362条〜366条]は,「物権ではない」として,担保物権の一部を物権から除外していたし,民法369条2項の権利の上の抵当権は,「真の意味での抵当権とは言い難い」としていた。しかし,現在の学説は,立法者の意図に反してまで,かつ,何らの理由を示すことなく,これらの無体物の上の権利(物上代位権,賃料債権に関する先取特権,権利質,地上権・永小作権上の抵当権)を物権であるとして,「嘘」に目をつぶっている。

そのような担保法学の状況がもたらす結果は惨憺たるものである。担保物権の学説は,物権法の原則に従うものよりも,物権法の原則から外れるものが圧倒的に多くなっており,その結果,先に述べたように,世の中に担保法を苦手とする学生・教師があふれているからである。

問題の解決のためには,出発点に立ち返り,すべてを一からやり直すしかない。保証は債務ではなく,唯一存在する他人の債務の履行を肩代わりして履行する責任に過ぎないこと,担保物権は,物権ではなく,債権の掴取力が質的に強化されているに過ぎないことを理解することが重要である。

ここでは,従来の学説が陥っていた以上のような矛盾を理解するとともに,通説がなぜそのような矛盾に陥っているのか,その理由についても検討する。そして,そのような矛盾を解消する1つの方法として,債権担保を債権の掴取力の強化として再定義するという考え方があることを理解する。そして,その考え方によれば,債権担保のすべてに共通する性質は,債権が消滅すれば,債権の掴取力も消滅するという付従性であるとすることができ,通説の陥っていた付従性に関する矛盾や問題点が解消されることになる。また,担保物権の対抗要件は,それぞれの担保の掴取力の対象に適合するように,留置権と動産質権の場合には,占有の継続,不動産質と抵当権の場合には登記,権利質の場合には,債権譲渡の対抗要件というように,物権の対抗要件とは無関係に規定されおり,それらが備わったときに第三者に対抗できるに至るのであって,「物権だから第三者に対抗できる」という通説がよく用いる説明は不正確であることも理解できる。


■ 学習到達度チェック(4) 担保法における従来の学説の問題点 ■

  1. 担保物権の概念について
  2. 担保物権の通有性について
  3. 無体物を目的とする権利について
  4. 担保物権を好きになれない人が多い理由について

■ 第5回 直接取立権の実現 ■

債権質の場合に質権者が債務者に対する債務名義なしに,第三債務者に対して直接取立ができる[民法366条]のは,質権が物権だからであると考えられてきた。しかし,債権の内部においても,債務者に対する債務名義なしに直接第三者に対して直接取立を請求できる制度が存在する。それが,債権者代位権,および,その進化系としての直接訴権である。

それでは,債権者代位権や直接訴権は,なぜ,債務者に対する債務名義なしに,直接第三債務者に対する取立が可能なのであろうか。ここでは,債権の取立権の一例として債権者代位権(action oblique)を取り上げ,債権執行との違いを明らかにするとともに,債権者代位権の進化系としての直接訴権(action directe)の2つのタイプ(完全直接訴権:保険金の直接請求権[自賠法15条,16条]と不完全直接訴権[民法613条])を取り上げ,取り立て権として見た場合の債権者代位権と直接訴権との異同を明らかにする。そして,このような問題の探求を通じて,債権における直接取立権がどのような要件で実現されるのかを理解する。


■ 学習到達度チェック(5) 債権者代位権 ■

  1. 債権者代位権の性質
  2. 完全直接訴権(自賠法16条)について
  3. 不完全直接訴権(民法613条)について
  4. 債権者代位権の転用について

■ 第6回 追及効の実現 ■

債権は,当事者間でのみその効力を有するというように相対的であるのに対して,物権は,排他的な支配権であり,誰に対しても主張できる対世権であると考えられてきた。したがって,物が第三者に譲渡されたような場合に,その物に対する権利を主張できること,すなわち,追及効は,物権の特質であり,債権にはない性質であるとされてきた。例えば,抵当権者が債務者に対する債務名義なしに,第三者に譲渡された抵当不動産に対して追及できるのは,抵当権が物権だからであると考えられてきた。しかし,物権とされる先取特権については,追及効が否定されている[民法333条]。留置権や動産質権も,占有を失うと,第三者への追及ができなくなる([民法302条],[民法352条])。反対に,賃借権のように,債権であっても,登記をすると,第三者に対して追及効を有する場合がある[605条]。

そればかりでなく,債権者を害する目的で,債務者の重要な責任財産の一部を第三者に譲渡した場合には,債権者は,悪意の受益者,転得者に対して追及することができる。これが詐害行為取消権の制度である[民法424条以下]。特に,詐害行為取消権は,債務者等の害意を要件として,一般債権者が追及効を有する点で,抵当権者が登記を要件として目的物に対して追及できるのと非常によく似ている。

それでは,詐害行為取消権は,なぜ,債務者に対する債務名義なしに,直接第三者(受益者・転得者)に対して,追及することが可能なのであろうか。ここでは,この問題の探求を通じて,債権における追及効がどのような要件で実現されるのかを,抵当権との比較において理解する。


■ 学習到達度チェック(6) 詐害行為取消権 ■

  1. 詐害行為取消権の性質について
  2. 詐害行為取消権における「取消し」の意味について
  3. 詐害行為取消権の取消しの効果について

■ 第7回 事実上の優先弁済権の実現 ■

留置権者が占有する物に関して生じた債権の弁済を受けるまで,その物の所有者からの返還義務を拒絶できるのは,留置権が物権だからであると考えられてきた。しかし,債権の内部においても,自らの債権の弁済を受けるまで,その債権に牽連する自らの債務の履行を拒絶できるという制度が存在する。それが,同時履行の抗弁権である。この同時履行の抗弁権は,すべての場合ではないにしても,一定の場合,例えば,債権が譲渡された場合には,第三者である債権の譲受人に対して対抗すること,すなわち,第三者に対抗することができる[民法468条2項]。

それでは,同時履行の抗弁権は,なぜ,自らの債権が実現されるまで,自らの債務の履行を拒絶することが可能なのであろうか。ここでは,この問題の探求を通じて,事実上の優先弁済権がどのような要件で実現されるのかを理解する。


■ 学習到達度チェック(7) 同時履行の抗弁権 ■

  1. 同時履行の抗弁権の適用事例について
  2. 同時履行の抗弁権の準用事例について

■ 第8回 法律上の優先弁済権の実現 ■

先取特権,質権,抵当権が担保目的物に対して優先弁済権(他の債権者に先立って自己の債権の弁済を受ける権利([民法303条],[民法342条],[民法369条]))を有するのは,それらの権利が物権だからであると考えられてきた。しかし,債権の内部においても,自らの債権(自働債権)と債務(受働債権)とを同時に対当額で消滅させることを通じて,受働債権から他の債権者に先立って弁済を受けることができる権利が存在する。それが,相殺(相殺の担保的機能)である。この相殺の抗弁は,受働債権の差押債権者,ばかりでなく,受働債権の譲受人等に対しても対抗することができる([民法511条],[民法468条2項])。

それでは,相殺は,なぜ,自らの債権を実現するため,自らの債務である受働債権から他の債権者に先立って債権回収をすることが可能なのであろうか。ここでは,この問題の探求を通じて,法律上の優先弁済権がどのような要件で実現されるのかを理解する。


■ 学習到達度チェック(8) 相殺 ■

  1. 相殺の要件と機能について
  2. 相殺の担保的機能について
  3. 相殺の相互性の要件と三者間相殺について

■ 第9回 人的担保総論 ■

人的担保に関しては,現在の学説は,手がつけられないほどに混乱している。論理学を学習した人なら誰でも誤りだとわかる学説が通説となっているからである。例えば,以下の命題は,すべて,通説によって主張されている命題であるが,その論理的誤りは明白である。

通説は,このような誤った前提から出発しているために,様々な局面で具体的妥当性を欠く結論を導いており,その弊害は目に余るものがある。特に,連帯債務者間の求償の場面において,通説の考え方は,大きな弊害を生じさせている。

その典型例は,昭和57年最高裁判決〈最二判昭57・12・17民集36巻12号2399頁(民法判例百選U第22事件)〉と,それを支持する通説の考え方に鮮明に現れている。なぜなら,この事案において,判例・通説は,負担部分の範囲内で弁済した連帯債務者に対して,事前・事後の通知を怠った他の連帯債務者からの求償を認めるという不合理な結論(民法443条1項の文言に反しているばかりか,具体的な妥当性も欠いている)を導いているからである。

このような弊害を防止するには,基本に立ちかえらなけばならない。その基本とは,「保証人は主債務者に求償できるが,主債務者は,保証人には求償できない」という単純な法理である。その理由は,第1に,保証は債務ではなく,主債務者に代わって主債務を弁済する責任を負っているだけであり,主債務を肩代わりして弁済(利害関係人による第三者弁済)した場合には,主債務者に対して求償ができる。これに対して,第2に,主債務者が弁済をしても,決して求償は生じないという2点に尽きる。

この基本を主債務(負担部分)と連帯保証(保証部分)とが結合した連帯債務に応用すれば,それですべてが解決する。すなわち,1人の連帯債務者が債権者に弁済をする場合,負担部分を超えて弁済した場合には,保証人としての弁済が含まれるので,求償が可能であるが,負担部分の範囲で弁済した場合には,主債務者としての弁済であるから,他の連帯債務者に対して求償することはできない。求償できないのであるから,この場合には,事前の通知が義務づけられることもないのである。

そもそも,1人の連帯債務者が他の連帯債務者に対して求償できるのは,自己の債務(負担部分)を超えて弁済をして共通の免責を得たから,保証人として本来の債務者(他の連帯債務者)に対して求償を行うことができることを理解しなければならない。したがって,求償をするためには,事前の通知(主債務者がすでに債権者に抗弁を有しているかどうかの確認の通知),および,事後の通知(もはや債権者に弁済をする必要がなく,代位した連帯債務者に弁済すべきであるとの警告の通知)が必要である。これに対して,自己の債務(負担部分)の範囲で弁済をしている場合には,それは,債務者として弁済しているのであり,事前の通知は必要がないことを理解しなければならない。それにもかかわらず,通説・判例は,このような基本的な理解を欠いているために,連帯債務者が求償をするためには,必ず,事前・事後の通知が必要であると考えており,その結果,具体的な事件において,妥当性を欠く結論を導くに至っているのである。

基本とは,応用に接したときに初めてその重要性が認識できる。逆に,応用に接した際に妥当な結論が導けない場合には,基本が理解できていないことが多い。このように考えると,昭和57年最高裁判決〈最二判昭57・12・17民集36巻12号2399頁(民法判例百選U第22事件)〉は,通説・判例が,基本を全く理解していないことを露呈した点で,したがって,担保法の基礎の重要性を改めて明らかにした点で,重要なな意義を有するものといえよう。

ここでは,人的担保の性質を理解するとともに,連帯債務とは本来の「債務」と連帯「保証」とが結合したものであること,すなわち,相互保証理論の内容を理解する。そのことを通じて,保証人には求償権があるが,債務者には求償権がないため,自らの債務を弁済するのに,保証人に事前に通知する必要もなく,そのことを怠ったからといって,保証人から求償されることもないことを理解する。


■ 学習到達度チェック(9) 人的担保総論 ■


■ 第10回 保証 ■

現行民法は,保証を「多数当事者の債権及び債務」の中において,「保証債務」として位置づけている。このタイトルに惑わされて,学説の中には,保証とは,主たる債務とは別個の債務であり,「保証人は,主たる債務者とは別個の債務を負う独立の債務者である」[内田・民法V(2005)338頁]とまで述べる学説が現れている。

ただし,多くの学説は,別個・独立とまではいわない。保証債務が主たる債務と別個の債務であることを強調すれば,保証の付従性と反することになるからである。そこで,通説は,「付従性が保証債務の基本的性質であるから,それに反しない限度で別個の債務である,という制限が付されていると考えるべきである」[平井・債権総論(1994)303頁] として,主たる債務と保証債務との別個性に留保を行っている。

しかし,通説の考え方も,保証が債務であるとする点では,根本的に誤っている。なぜなら,保証は,債務ではなく,債務は主たる債務が1つだけ存在しており,保証は,主たる債務者が債務を履行しないときに,主たる債務者に代わって弁済する責任を負っているだけであり,債務を負っているわけではないからである。債務を負っていない者が弁済をするからこそ,保証人は,主たる債務者に対して全額求償をすることができるのである。

現行民法は,タイトルこそ保証債務という誤ったタイトルをつけているが,保証の冒頭条文[民法446条1項]では,保証は,主たる債務者の「債務」を履行する「責任」に過ぎないこと,すなわち,責任であって債務ではないことを,以下のように,明確に宣言している。

第446条(保証人の責任等)
@保証人は,主たる債務者がその債務を履行しないときに,その履行をする責任を負う。

保証を理解するための最初のステップは,保証が債務ではなく,責任に過ぎないということを理解することである。保証が債務ではなく,債務者から全額求償されるべき仮の責任であることが理解できてこそ,現行民法における保証の規定のほとんどすべてが,保証人の免責の規定(付従性,補充性,事前・事後求償)で埋め尽くされていることの意味を理解することができるのである。

特に,保証人から奪われてはならないのは,債務者に対して求償できる権利であることを忘れてはならない。求償を妨げる債権者の行為は,民法504条により,信義則に反するということも,そのような考え方によって支えられていることを理解すべきである。


■ 学習到達度チェック(10) 保証 ■


■ 第11回 連帯債務と不可分債務 ■

連帯債務

人的担保の最難関の領域は,連帯債務である。保証と連帯債務の理論が発展していない時代には,連帯債務の内容はベールに覆われていた。しかし,相互保証理論の出現によって,連帯債務を覆っていたベールは完全に取り除かれ,連帯債務とは,本来の債務(負担部分)と他の連帯債務者に対する連帯保証(保証部分)の結合に過ぎないことが明らかにされた。

この相互保証理論によれば,現行民法における連帯債務の規定の意味をすべて理論的に説明することができる。そればかりでなく,連帯債務に関して学説・判例が対立している点(例えば,連帯債務者の1人に対する一部免除の他の連帯債務者に及ぼす影響等)の困難な問題も,すべての説を透視図として図示した上で,どの説を採るのが妥当かを明確に説明することが可能となる。確かに,通説は,未だに相互保証理論を理解できず,誤解に基づいた批判を続けているが,連帯債務の内容と変動を透視図によって説明可能な相互保証理論が,現存するどの説にも勝っていることは明白である。

ここでは,相互保証理論にしたがって,連帯債務の基本から,最も難しいとされてきた問題を含めて,すべて,透視図に基づいて図示する方法によって,明快な議論を組み立てることができることを理解する。

不可分債務

不可分債務は,不真正連帯債務と同じ運命をたどることになる。不真正連帯債務と同様,名称にインパクトがあるため,多数当事者関係の債務の内容を説明する道具として便利な側面があることは疑いがない。しかし,その内容は,負担部分がある限りで,連帯債務の内容から一歩も出ることができない。したがって,不真正連帯債務の場合と同様,名称だけは残るが,その内容は,連帯債務と同じである。


■ 学習到達度チェック(11) 連帯債務と不可分債務 ■

不可分債務


■ 物的担保総論 ■

「担保物権」という言葉は,民法には存在しない。物的担保である留置権,先取特権,質権,抵当権のそれぞれが,物権編に編入されていることから,これらの物的担保を担保物権と呼んでいるに過ぎない。したがって,担保物権という概念を維持するためには,それらの権利が,共通の性質を有していることを示さなければならない。このために,「担保物権の通有性」という概念が作り出され,すべての教科書がこれについて論じている。

しかしながら,担保物権の通有性とされている「優先弁済権」,「付従性・随伴性」,「不可分性」,「物上代位性」の内容を詳しく見ていくと,これらの性質は,いずれも物権の性質から直接に導くことはできず,付従性に端的に現れているように,むしろ,物的担保が債権に従属し,権利としての独立性を欠いていることを示すものに他ならない。このことが理由となって,担保物権を債権とは別個の物権と信じる人々は,担保物権の共通の性質として抽出された「担保物権の通有性」,特に,付従性について,批判的な考え方を示している(抵当権の処分は付従性の例外であるとか,根抵当には付従性がないとかいうのが典型例である)。しかし,そのような学説は,もしも,担保物権に共通の性質が認められないとすれば,それは,民法の条文に存在しない「担保物権」という概念自体の内容が不明確となり,学問自体の境界領域が崩壊することを理解していない。なぜなら,すでに,留置権は,使用・収益権も換価・処分権も有しない点で,厳密な物権の定義から外れており,留置権,先取特権,質権,抵当権を担保物権という共通の概念でまとめるためには,物権という以外のなんらかの共通の性質を明らかにする必要があるからである。

ここでは,物的担保の通有性を無理なく説明できる説として,物的担保を債権の掴取力の質的拡張,すなわち,事実上または法律上の優先弁済権であると再定義するという考え方について理解する。その考え方によると,物的担保の通有性を無理なく説明することができる。すなわち,第1に,付従性については,従来の学説のように,「債権が消滅すると,債権とは別個・独立のはずの担保物権も消滅する」という矛盾に陥ることがなく,「債権が消滅すれば,債権の掴取力も消滅する」として,説得的に説明することができる。第2に,物的担保の不可分性についても,債権が消滅せず,優先弁済権も満足されない限り,債権の掴取力も存続するとして,付従性との裏表の関係にあることを説明することができる。


■ 第12回 留置権における牽連性 ■

留置権は,正当な原因によって占有を取得した目的物に関して生じた債権を有する場合に,その債権の弁済を受けるまで,その物の返還を求めるすべての者に対して,返還を拒絶する権利であり,その履行拒絶の抗弁権を行使することによって返還を求める者に心理的圧力をかけ,事実上,自己の債権の優先弁済権を確保することができる権利である。

留置権は,すべての者に対して対抗できるため,従来は,それが物権だからであると説明されてきた。しかし,「物権だから第三者に対抗できる」という言い方は,正確な表現ではない。なぜなら,債権でも,対抗要件を備えれば第三者に対抗できるし[民法605条],反対に,所有権でさえ,対抗要件を備えなければ第三者に対抗できない[民法177条,178条]からである。

留置権が第三者に対抗できるのは,占有の継続という対抗要件を備えているからであり,この対抗要件は,物権の対抗要件[民法177条,178条]とは異なっている。留置権の対抗要件が,物権の対抗要件と異なり「占有の継続」とされているのは,留置権の成立・存続要件自体が「占有の継続」だからである。つまり,留置権が存続する限りは,留置権の対抗要件(占有の継続)も常に具備されているのであるから,留置権の対抗要件を考える上で,「占有の継続」は当然の前提に過ぎず,余り意味を持たない。

留置権の対抗要件として重要なのは,被担保債権が占有する「その物に関して生じた」ものであること[民法295条],すなわち,「被担保債権と引渡義務との間に牽連性があること」という実質的な要件である。この牽連性の要件が満たされている場合に限って,留置権が成立するのであり,占有が継続される限り,留置権は存続し,かつ,第三者に対抗できるのであるから,この要件こそが留置権にとって最も重要な要件であるといえる。

ここでは,留置権の牽連性要件に関して,以下の2つの問いに答えることができるようになることを目標とする。

@留置権が成立するために,なぜ,被担保債権と引渡義務との間に牽連性があることが必要とされるのであろうか。

その理由は,留置権は,債権と切り離して成立する物権ではなく,被担保債権の弁済を受けるまで,目的物の引渡を拒絶できるという抗弁権にすぎないからである。したがって,同時履行の抗弁権の場合と同様に,権利・義務との間の牽連性が成立要件として要求されるのである。この点については,物権と債権との峻別を厳密に行っているドイツ民法273条が,留置権を物権ではなく,給付拒絶の抗弁権として定義し,かつ,被担保債権と引渡義務との間に牽連性を要求していることが参考になる。

A留置権における被担保債権と物の引渡義務との間の牽連性は,具体的には,どのような基準によって判断されるのであろうか。

以下の2つの基準によって判断されるというのがその答えである。

第1の判断基準は,「被担保債権が目的物の価値の保存(費用),または,価値の減少(損害)に直接に関連している場合」である。通説によれば,このような場合は,「債権が物自体から生じた場合」と表現されている。もっとも,債権は,契約,事務管理,不当利得,不法行為から生じるのであって,物自体から生じることはありえない。しかし,通説の表現は,被担保債権が目的物の保存または減少に直接に関連しているということを簡潔に表現したものと解するならば,この定式化を否定する必要はない。むしろ,これを物的牽連性があることの簡易な表現であると解釈し,そのまま利用することができる。そもそも,被担保債権が物の保存に関連している場合には,この被担保債権は,先取特権([民法311条4号,320条],[民法325条1号,326条])として,占有なしでも第三者に対抗できる。また,被担保債権が物の損害に関連している場合には,物の占有によって被害を受けた占有者のために事実上の優先弁済権を与える必要がある。すなわち,第1の判断基準によって被担保債権が「物自体から生じた場合」であると判断された場合には,その牽連性は物の引渡義務を拒絶するに値するとして,すべての第三者に対抗することができるに至るのである(物的牽連性)。

第2の判断基準は,被担保債権自体は,物の保存または損害とは関係しないため,第1の判断基準には該当しないが,被担保債権が「引渡義務と同一の法律関係から生じた場合」である。このような場合は,通説によっても,留置権の成立要件が満たされていると考えられている。もっとも,通説は,このような関係は,二者間で成立した場合に限るとしている(そして留置権が二者間で成立した後は,目的物が譲渡された場合にも留置権は物権だから第三者に対抗できるとしている)。このため,三者間ではじめて牽連性が生じる場合には,留置権が認められないことになり,具体的な妥当性を欠くに至っている(二重譲渡の第1買主に留置権を認めない等がその例)。二者間であれ三者間であれ,被担保債権が「同一の法律関係から生じた」という牽連性を有する場合には,被担保債権と引渡義務とを同時に履行させることが公平の観点に適合するばかりでなく,その債権者は占有の継続という方法で対抗要件も備えているのであるから,留置権の成立と対抗力とが認められるべきである(人的牽連性)。

このように,牽連性の判断基準は,第1の判断基準(物的牽連性)と第2の判断基準(人的牽連性)とは異なるが,いずれかの判断基準を満たした場合には,留置権の効果としての引渡拒絶の効果は,要件の違いにかかわらず,等しく認められることになることを理解すべきである。


■ 学習到達度チェック(12) 留置権の成立要件・対抗力 ■


■ 第13回 留置権の効力と消滅 ■

留置権は,引渡し拒絶の抗弁権であり[民法295条],被担保債権の全部の弁済を受けるまで目的物の全部について引渡を拒絶することができる[民法296条]。しかし,占有者として,目的物を善良な管理者の注意をもって管理しなければならないのであって,債務者の承諾を得なければ,留置物を使用し,賃貸し,または担保に供することができない。もしも,留置権者がこれに違反したときは,債務者は,留置権を消滅させることができる[民法298条]。

留置権の効果として,通常は,被担保債権について,事実上の優先弁済権が与えられるに過ぎないが,占有の継続中に占有物から生じる果実については,法律上の優先弁済権を有する[民法297条]。また,留置権者は,通常の占有者[民法196条]と同じく,費用の償還請求権を有し,この権利を確保するためにも留置権が成立する[民法299条]。

このように,留置権は占有を前提としているので,留置権は占有を失うと消滅する([民法302条],もっとも[203条ただし書き]の例外がある)。また,同時履行の抗弁権の場合と異なり,留置権の場合には,例えば,500万円の自動車の修理代金が5万円であるなど,被担保債権の価値が目的物の価格よりも低いことがあるため,債務者は相当の担保を提供して留置権の消滅を請求することができる[民法301条]。


■ 学習到達度チェック(13) 留置権の効力・消滅 ■


■ 第14回 先取特権の種類と優先順位 ■

一定の債権(例えば,雇用関係から生じる債権)について,その性質(例えば,労働者の生活基盤の維持)を考慮して,その債権を特別に保護すること,すなわち,「他の債権者に先立って弁済を受けることを認めるに値する」と判断されることがある。そして,その場合には自動的に,すなわち,当事者間の合意も公示も必要とせずに,当該債権に優先弁済権が与えられる。これが先取特権[民法303条]の制度である。

先取特権は,@被担保債権,A目的物,B優先順位の3つの要素から成り立っている。@被担保債権は先取特権の名称(共益費用の先取特権,不動産賃貸の先取特権,不動産保存の先取特権など)に現れており,A目的物は,先取特権の種類(一般先取特権,動産先取特権,不動産先取特権)に現れている。また,B優先弁済の順位は,民法329条以下に規定されているが,先取特権が規定されている条文の順序にほぼ従っている。先取特権を理解するには,以上の3要素(被担保債権,担保目的物,優先順位)を確実に理解することが必要である。

なお,先取特権の優先順位の与え方については,民法330条がそのエッセンスを規定している。保存については,「後の保存者が前の保存者に優先する」というルールが特に重要である。債務者に目的物が導入される場合,その順序は,@目的物の供給(売買),A目的物の保存(修理)となるのが通常であるが,先取特権の順序は,その逆をたどることになる。動産先取特権の場合に,動産売買の先取特権よりも動産保存の先取特権が優先するのも,また,不動産保存の先取特権が,不動産工事の先取特権,不動産売買の先取特権よりも優先するのは,「後の保存者が前の保存者に優先する」というルールの適用に他ならないことを理解する。


■ 学習到達度チェック(14) 先取特権の種類と順位 ■


■ 第15回 先取特権の物上代位 ■

物上代位の制度は,先取特権の目的物が滅失・損傷した場合に,それに代わるものとして債務者が損害賠償債権を有する場合には,その損害賠償債権に先取特権を及ぼすことができるという考え方に基づいている。この考え方は,先取特権の目的物に対する追及効が制限されている[民法333条]ことを補完するためも利用される。すなわち,目的物が売却,賃貸によって第三者に引渡され,先取特権の効力が目的物に及ばなくなっても,債務者が目的物の代わりに取得している売買代金債権,賃料債権の上に先取特権が成立するのである[民法304条]。

物上代位の制度で重要なことは,以下の2点である。

第1は,これが債権先取特権であるということである。物上代位の目的物は,条文上は,「債務者が受けるべき金銭その他の物」[民法304条1項本文]とされているので,一見したところ,その目的物は,有体物である「金銭その他の物」であるかのように見える。しかし,その前にある「受けるべき」という用語に注意しなければならない。民法が「受けるべき金銭」と規定しているときは,それは,金銭という有体物ではなく,常に金銭債権を意味している([民法314条2文]も同様である)。したがって,民法304条1項本文に規定されている物上代位の目的物としての「債務者が受けるべき金銭その他の物」とは,決して,「金銭その他の物」という有体物ではなく,それは,債務者が受け取るべき金銭=金銭債権(代金・賃料・損害賠償債権),または,それに代わる物(当時はお米が金銭の代用物であった)の引渡債権のことであること,すなわち,いずれの場合も,物上代位の対象は有体物ではなく,無体物としての債権であることを理解しなければならない。

第2は,目的物である債権が弁済等(弁済,相殺等,債権の相対的消滅としての債権譲渡もこれに含まれる)によって消滅する前に「差押え」をしなければならないという点である。物上代位の制度は,優先弁済権を有する担保権者だけに与えられており,その実行は,担保権の実行手続き[民事執行法180条以下]にしたがって行われる。すなわち,物上代位権の実行は,民事執行法193条1項2文で規定されている。その内容は,債権及びその他の財産権についての担保権の実行として,債権者が執行裁判所に担保権の存在を証明する文書(法定文書)を提出し,これに対して執行裁判所が債権差押命令を下すことによって開始することになる[民事執行法193条1項1文,民事執行法143条]。したがって,債権者としては,執行裁判所に先取特権の存在を証明する文書を提出するだけでよい。なぜなら,民法304条に規定されている差押えは,債権者の法定文書の提出に基づいて,執行裁判所が差押命令を下してくれるからである。


■ 学習到達度チェック(15) 先取特権の物上代位 ■


■ 第16回 優先順位決定のルール ■

先取特権の3要素は,被担保債権,目的物,優先順位である。このうち,優先順位については,民法は,一般先取特権,動産先取特権,不動産先取特権について別々に規定しているだけである。また,先取特権とその他の物的担保のとの優先順位についても,動産質権,抵当権に関して個別の規定を有するだけで,統一的な優先順位決定のルールを明らかにしていない。

しかし,動産先取特権の優先順位に関する民法330条は,非常に示唆的な規定であり,ここで明らかにされている「後の保存者は,前の保存者に優先する」というルールは,見方によっては,不動産先取特権における不動産保存の先取特権と不動産工事の先取特権の順位にもその考え方が応用されているし,果実に関する先取特権について民法330条3項が,「第1の順位は農業の労務に従事する者に,第2の順位は種苗又は肥料の供給者に,第3の順位は土地の賃貸人に属する」と規定していることも,この考え方によって説明可能である。なぜなら,この順序は,@農地という環境の設定→A種苗または肥料の供給→B農業労務による収穫・保存という作業の流れと全く逆の順序となっており,「後の保存者は前の保存者に優先する」という法理に適合的だからである。

本書の仮説である第1順位:保存の先取特権,第2順位:供給の先取特権,第3順位:環境設定の先取特権という順位にしたがって,民法330条1項,2項の動産先取特権の優先順位を読み解いてみよう。まず,本来は,環境設定の先取特権(黙示の質権)は,第3順位の先取特権に過ぎないが,この先取特権には,民法319条が適用される。このため,第3順位の先取特権者(黙示の質権者)が保存・供給の先取特権について善意・無過失の場合には,第3順位から第1順位へと昇進して,第1順位の先取特権となる(民法330条1項の順序となる)。しかし,供給の先取特権についてのみ善意・無過失の場合には,民法319条によって第2順位となりうるが,その他の場合には,原則どおり,第3順位となる(民法220条2項の結果と同じになる)。

ここでは,このような作業を通じて,先取特権の優先順位決定のルールを発見し,典型担保権ばかりでなく,非典型担保権にも応用が可能かどうかを試みることにする。


■ 学習到達度チェック(16) 先取特権の優先順位決定のルール ■


■ 第17回 質権 ■

質権は,法律上の優先弁済権を有するだけでなく,質権設定者(債務者または物上保証人)から目的物の使用・収益権を奪い,その留置的効力によって設定者に心理的な圧迫を加えることを通じて,優先弁済権がさらに強化された物上担保である。

しかし,皮肉なことに,この強力な留置記効力があだとなって,質権の利用状況は,近年では,著しく低下している。質権として利用できる物は,結局,設定者が通常利用しない物に限定されるからである。これとは逆に,質権設定者の使用・収益権が奪われない(留置的効力のない)質権,例えば,指名債権質,知的財産に対する質権(設定者は実施権を奪われない)の利用率は高くなっている。しかも,このような債権者が留置的効力を有さない(非占有質)は,その実質は,質権ではなく,権利の上の抵当権である。

このようにして,質権は,無担保金融(サラ金)と比較した場合に安全な庶民金融としての役割を果たしつつ,設定者から使用・収益権を奪わない抵当権へと次第に変異していく運命にあるといえよう。その意味でも,次節で述べる権利の上の抵当権(民法上は,[民法369条2項]に限定されている)が,ますます重要となってくると思われる。


■ 学習到達度チェック(17) 質権 ■


■ 第18回 抵当権総論 ■

抵当権は,物的担保の理想である。なぜなら,担保権の設定者(債務者または物上保証人)の使用・収益権を奪うことなく,債権の担保を実現するからである。もっとも,債務者が債務を任意に履行することができなくなり,抵当権が実行されると,抵当権に劣後する権利は,抵当権とともに消滅する(消除主義:民事執行法59条1項,2項)。そして,従来の考え方によると,抵当権の設定後に成立した賃借権は,たとえ,第三者対抗力([民法605条],[借地借家法10条,32条])を有しているとしても,抵当権に劣後するため,抵当権の実行によって消滅すると考えられてきた。しかし,これでは,抵当権を理想の物上担保ということはできない。例えば,銀行から資金を借り入れて建設された賃貸マンションには,通常,抵当権が設定されている。そのようなマンションに入居した賃借人は,抵当権が実行されると,借借家法の対抗要件を備えているにもかかわらず,その賃貸マンションから追い出されることになってしまうからである。このような結果が「売買は賃貸借を破らず」との理想の下に,民法の特別法として制定された借地借家法の精神に反することは明らかである。したがって,借地借家法の精神を民法の解釈学にも取り入れ,抵当権と用益権との調和を実現することが,担保法の解釈学の最も重要な目標となっている。

すでに見てきたように,抵当権は,対抗力を有する目的物の保存者に対しては劣後する。たとえ,不動産保存の先取特権の登記が抵当権の設定登記に遅れて登記された場合でも,同様である[民法339条]。そうだとすれば,抵当権設定後に対抗力を取得した不動産賃貸の賃借人は,当該不動産の保存者と同様,抵当権に劣後することはないと解すべきであろう。そのように解することができれば,抵当権は,価値権として,利用権との調和を実現し,名実ともに,理想の物的担保ということができることになるのである。このような抵当権に関する解釈論を成り立たせるためには,抵当権に対する基本的な理解が前提として必要である。

ここでは,抵当権の特色は,法律上の優先弁済権を有するほかに,登記によって対抗力を生じるため,目的不動産が譲渡されても,追及効によって抵当権の実行が妨げられないこと,しかし,抵当権も物的担保の1つとして,通有性(付従性,随伴性,不可分性)を有するため,債権に付従することを理解する。


■ 学習到達度チェック(18) 抵当権の基本的な考え方 ■


■ 第19回 抵当権の効力の範囲 ■

抵当権の特色は,法律上の優先弁済権と対抗要件である登記に基づく強力な追及効である。

ここでは,抵当権の被担保債権の範囲,目的物の範囲について理解する。被担保債権については,他の債権者を害さないよう,利息が実行のときから最後の2年分に限定されることが重要である。また,目的物については,原則として不動産に限定されるが,不動産上の権利(地上権および永小作権)の上の抵当権が認められること,不動産の構成物,不動産の付合物に及ぶこと,債務不履行後の果実にも及ぶこと,不動産から分離された動産についても,一定の限度でその効力が及ぶことを理解する。なお,抵当権の物上代位の問題は,不動産収益執行との関係が問題となるので,抵当権の実行手続きの後に学習することにする。


■ 学習到達度チェック(19) 抵当権の効力の及ぶ範囲 ■


■ 第20回 抵当権の処分 ■

抵当権の処分には,以下の6種類がある。

  1. 転抵当
  2. 抵当権の譲渡
  3. 抵当権の放棄
  4. 抵当権の順位の譲渡
  5. 抵当権の順位の放棄
  6. 抵当権の順位の変更

ここで注目すべきは,抵当権の放棄であり,この用語法の中に,抵当権の本質がうまく表現されている。もしも,抵当権が物権だとすれば,抵当権の放棄によって抵当権自体が消滅するはずである。ところが,抵当権の放棄とは,抵当権者が一般債権者に対して優先権を放棄し,ともに,同順位の抵当権者として,平等の配当を受けることを意味する。このことは,「抵当権」の放棄が,「優先弁済権」の放棄と読みかえられていることを意味する。すなわち,「抵当権」とは,「債権の優先弁済権」(債権の掴取力の強化)に過ぎないことが,民法の条文[民法376条]からも明確となっている。抵当権の処分の対抗要件が債権譲渡の対抗要件の具備をも要求している[民法377条]のは,抵当権が物権ではなく「,債権の優先弁済権」に他ならないことの1つの表れなのである。

抵当権の処分とは,物権の処分ではなく,債権の優先弁済権の処分であると考えると,上記の6つの類型についての理解が格段に容易となる。なぜなら,それらの類型は,それぞれ,@は債権者に対する優先弁済権の譲渡として,A・Bは一般債権者に対する優先弁済権の譲渡・放棄として,C・Dは後順位抵当権者に対する優先弁済権の順位の譲渡・放棄として,Eは抵当権者同士での優先順位の変更として,すべて統一的に位置づけることができるからである。


■ 学習到達度チェック(20) 抵当権の処分 ■


■ 第21回 抵当権の実行 ■

債務者が債務を任意に履行しないときは,抵当権者は抵当権を実行し,実行によって得られる金銭から他の債権者に先立って自己の債権の弁済を受けることができる。その場合の実行方法は,目的物が不動産の場合には,担保不動産競売[民事執行法180条1号]と担保不動産収益執行[民事執行法180条2号],動産の場合には,動産競売[民事執行法190条],債権の場合(物上代位権の行使の場合)には,債権についての担保権の実行[民事執行法193条1項2文]の各手続きにしたがって実行される。そして,最終的には,目的物の所有権は買受人に移転する[民事執行法79条,184条]とともに,抵当権者は目的物の売却代金から優先的に配当を受ける。そして,抵当権は優先弁済権の満足によって消滅する(消除主義)[民事執行法59条1項]。

担保権の実行手続きについては,代表的な担保不動産競売手続きを例にとって,その開始決定と差押え,換価準備,換価,そして,満足による抵当権の消滅という手続きの流れを理解する。また,平成15年に創設された不動産収益執行についても,その手続きの流れと特色を理解する。


■ 学習到達度チェック(21) 抵当権の実行 ■


■ 第22回 抵当権の物上代位 ■

抵当権が目的物が滅失・損傷した場合に,これに代わって債務者が取得する損害賠償債権,保険金債権に対して物上代位を行使することができる。この点は,先取特権の場合と同じである。

しかし,先取特権の場合には,追及効がないことを理由として認められていた売買代金と賃料債権に対する物上代位については,抵当権には追及効があるためにこれを認める必要性は小さい。むしろ,これを認める弊害の方が大きい。特に抵当権者による賃料債権に対する物上代位権の行使は,賃貸借の管理にかかわらないにもかかわらず,管理費が含まれている賃料を根こそぎ収奪するため,賃貸物権のスラム化が問題となるからである。

平成元年最高裁判決〈最二判平1・10・27民集43巻9号1070頁(民法判例百選T〔第6版〕第86事件)〉は,バブル崩壊後不動産の価格が暴落したまま低迷しているという経済状況の下で,不動産競売よりは不動産の賃料等の収益によって優先弁済を受ける方が有利であるという抵当権者の便宜を図って,賃料債権に対する物上代位を認め,これが判例理論として定着を見ている。

しかし,管理に関与せずに賃料から優先的に債権を回収するという抵当権者によって賃貸物件の維持ができなくなるという弊害は大きく,賃貸借との調和を保つために,平成15年に不動産収益執行手続が創設された[民事執行法180条2号]。不動産収益執行においては,物上代位の場合とは異なり,不動産の管理と並行して賃料債権に対する執行がなされるため,賃借物権のスラム化が防止できる。このような現状を考慮するならば,抵当権に基づく賃料に対する物上代位権の行使は,民法394条の観点からも,その大義名分を失っているといわなければならない。


■ 学習到達度チェック(22) 抵当権の物上代位 ■


■ 第23回 共同抵当 ■

債権者が同一の債権の担保として,数個の不動産の上に抵当権を有するものである共同抵当について,それぞれの不動産について利害関係を有する債権者との間で,さらには,物上保証人との間で,どのような配当が行われるのかを具体例を通じて理解する。


■ 学習到達度チェック(23) 共同抵当 ■


■ 第24回 法定地上権 ■

わが国の民法は,欧米の国々とは異なり,土地と建物を別の不動産としている。そこで,土地または建物の一方だけに抵当権が設定された場合に,例えば,抵当権の実行によって抵当目的物の所有権が買受人に移転し,土地とその上の建物所有権が強制的に分離されると,建物には利用権が設定されていないため,建物を収去しなければならないという事態が生じる。

民法は法定地上権[民法388条]を創設して,他人の土地上の建物を取り壊すことなく,存続させることとしている。 ここでは,法定地上権が成立する要件を明らかにした上で,法定地上権の成否が問題となっている事例を類型化し,具体的な紛争解決のために,法定地上権の要件のうち,どの要件をどのように修正すべきかについて検討する。


■ 学習到達度チェック(24) 法定地上権 ■


■ 第25回 抵当権と利用権の調和 ■

抵当権と用益権との関係においては,借地借家法に基づいて,「売買による所有権の移転は賃貸を破らず」という法理が確立した後においても,抵当権設定後の賃借権は抵当権に対抗できないという法理がまかり通っている。しかし,抵当権はそもそも用益権には干渉できない権利であり,売買による所有権の移転さえ賃貸借を破ることができないのに,抵当権が賃貸借を破るというのは,奇妙である。法定地上権が抵当権の実行の際に,建物を保護するという目的から用益権が設定されたものとみなされていることの意味を考えることを通じて,抵当権と用益権との相互関係を詳しく検討する。

権力は常に腐敗する。抵当権を賃借権を破壊できる強大な物権として構成するのではなく,発想を転換して,優先権を有する債権に過ぎないと考えてみてはどうだろうか。そして,抵当権者を単なる債権者よりも,目的物の価値の維持・増加に寄与した者を優遇するとともに,目的物の価値の維持・増進に貢献している利用者を含め,後の保存者を先の保存者に優先させるという穏健な優先権のルール(Noblesse oblige)に抵当権を従わせるべきである。

ここでは,抵当権と利用権の調和に関する理想を述べた我妻説を理解するとともに,その理想が解釈論としては困難とされた理由,および,その困難性を打開するにはどのような方法が考えられるのかを検討する。以上の検討を踏まえた上で,2003年の担保法改正によって実現された一連の制度,すなわち,民法387条(抵当権者の同意の登記がある場合の賃貸借の対抗力),民法389条(抵当地に建物が築造され場合の土地・建物の一括競売),民法395条(短期賃貸借の廃止と「競売建物の明け渡しの猶予」)が,抵当権と利用権の調和を実現しうものになっているかどうかについて検討する。


■ 学習到達度チェック(25) 抵当権と用益権との調和 ■


■ 第26回 抵当権の消滅 ■

抵当権の消滅原因を突き詰めていくと,抵当権の性質,すなわち,物権ではなく,債権の掴取力の強化としての優先弁済権に過ぎないことがよく理解できる。なぜなら,物権の消滅原因とされる目的物の滅失によっても,抵当権は消滅せず,物上代位権として存続するからである。抵当権は,混同によって消滅するが,それは,物権だからではなく,債権も,混同によって消滅するからである。

物的担保に共通の消滅原因とされる付従性による消滅は,抵当権が,債権の消滅に従属するものであることを示しており,抵当権の実行による消滅も,競売代金から優先弁済を受けたことによる優先弁済権の満足による消滅であって債権に従属することを示している。

抵当権に特有の消滅原因とされる代価弁済も,抵当権の消滅請求権の行使による消滅も,抵当権の実行による消滅と同様,抵当目的物の価格に相応する代価の弁済によって消滅するものであり,債権に従属する性質を示している。抵当目的物が時効取得された場合の抵当権の消滅についても,もしも,物権の混同によると理解するならば,債務者や物上保証人による抵当目的物の時効取得の場合にも,抵当権が消滅するはずである。しかし,民法397条の反対解釈によって,その場合には抵当権は消滅しないのであるから,ここでも,抵当権における別個の物権性なるものが否定されることになる。


■ 学習到達度チェック(26) 抵当権の消滅 ■


■ 第27回 根抵当権 ■

根抵当権とは,被担保債権について債権枠を設定し,その枠内の個別の債権の発生・消滅にかかわりなく,抵当権の存続を認め,最終的に確定した被担保債権について優先権を与える制度である。債権枠をどのように設定するかが債権者に完全に任せられているのを包括根抵当というが,これは,現行法では禁止されている。そして,現行法においては,債権枠の設定には,債権の性質と債権の限度額(極度額)という2つの面から制限が課せられている。

これを一般先取特権と比較してみよう。一般先取特権の場合,債権の性質(例えば,労働関係に基づいて生じた債権という性質)のみが特定されており,債権の限度額は制限されていない(例えば,月々に支払われるべき債権は,発生・消滅を繰り返しており,退職金債権を合わせると,債権額は相当な額に達することがありうる)。

このように考えると根抵当権は,債権の付従性から脱却した,もっとも独立性の高い,すなわち,最も物権らしい抵当権とされているが,実は,最も債権らしい一般先取特権の仕組みと同じであるに過ぎず,根抵当権と通常の抵当権との差が,通説が主張するほどに大きくないことを理解することができる。


■ 学習到達度チェック(27) 根抵当権 ■


■ 第28回 仮登記担保 ■

仮登記担保とは,弁済期前の契約を利用して,債務を弁済できない場合には目的物から優先弁済を受ける権利を仮登記によって保全するものである。

従来は,仮登記担保について,(1)債務者の債務不履行に備えての債権者による「債権額での売買予約(または停止条件つき売買契約)」,(2)債務者による「時価での買戻・再売買の予約」,(3)債務者による「超過金の清算」又は特約がある場合の「貸金債権と代金債権との相殺予約」[仮登記担保法9条]の組み合わせと考えられてきた。

しかし,目的物の所有権を債権者に移転するという点で,担保という性質を逸脱しており,次に述べる譲渡担保の場合と同様,一種の通謀虚偽表示(信託的行為)と見なければならない。すなわち,仮登記担保の目的は,債権回収の方法として,目的不動産の換価・処分権を取得し,目的不動産の価値から優先的に債権を回収し,残りの価値を清算するというものであり,所有権を債権者に帰属させるというのは,譲渡担保の場合と同様,見せかけに過ぎない。

仮登記担保法は,当事者の合意が債務不履行の場合には,その時点で,目的不動産の所有権が債権者に移転するとしているにもかかわらず,債権者が清算金の見積もりを利害関係者に通知してから2ヶ月間(清算期間)を経過しなければ所有権は移転しないとして,当事者の合意が見せかけであることを一部見抜いている。しかし,清算期間を経過すると,清算金の支払前に,債権者に所有権が移転すると解したことは,立法者が,当事者の嘘を完全には見抜いていないことを示すものであり,立法の失敗であった。債権者には,目的不動産の所有権の帰属まで認める必要は全くなく,目的不動産の換価・処分権を取得させることで十分であり,処分清算を行った後,清算金を支払った時点で,所有権を買受人(債権者も含まれる)に移転することで十分だったからである。

目的不動産の所有権を債権者に移転することを前提にして,換価処分の方法を帰属清算方式に限定したことが,仮登記担保が利用されなくなる原因となった。清算金の支払いがないままに,目的物の所有権を債権者に帰属させることは,一方で,担保設定者の権利を害しており,他方で,市場での処分に先行して,債権者に清算金の支払を義務づけることは,債権者に対する不当な要求であり,両当事者ともに納得のいかない結果が生じているからである。

ここでは,担保目的での不動産の代物弁済予約に関する判例法理を集大成し,民法学会の叡智を結集して制定された仮登記担保法が,その後ほとんど利用されなくなっている現実を直視し,なぜ,仮登記担保法が実務から敬遠されるに至っているのかを検討する。


■ 学習到達度チェック(28) 仮登記担保 ■


■ 第29回 譲渡担保 ■

民法の不備から必然的に生じた動産譲渡担保を取り上げ,譲渡担保を担保物権と考えると,それは,物権法定主義に反しないのか,質権における占有改定の禁止との関係で,譲渡担保が第三者に対抗できるとする理由は何なのか,実質が担保であるにもかかわらず,所有権を移転するという譲渡担保の意思表示は,通謀虚偽表示として無効となるのではないのか等の問題を検討する。

そして,動産譲渡担保,不動産譲渡担保,債権譲渡担保のそれぞれについて,判例法理の展開を検討する。その上で,民法における動産質権の簡易の実行方法[民法354条],仮登記担保法の諸規定,債権集合譲渡担保に関する判例法理〈最一判平13・11・22民集55巻6号1056頁(民法判例百選T〔第6版〕第99事件)〉等を参照しながら,譲渡担保に関する法律を制定するとしたら,どのような点に留意すべきかを検討する。そのことを通じて,譲渡担保の要件と効果のあるべき姿を追求する。


■ 学習到達度チェック(29) 譲渡担保 ■


■ 第30回 所有権留保 ■

所有権留保は,割賦販売等の信用販売でよく使われる制度である。従来は,文字通り,買主が売買残代金を完済するまで,売主が所有権を留保し,したがって,買主は,それまで,条件付の権利(期待権)を有するに過ぎないと考えられてきた。しかし,近年は,所有権留保を譲渡担保として構成する立場が有力となってきている。すなわち,割賦販売の場合にも所有権は,契約時に所有権を取得するが,残代金の支払いを担保するために,売買目的物に譲渡担保を設定すると構成するのである。この構成が理論的な整合性を持つためには,割賦販売を従来のように特殊の売買と見るのではなく,本来の売買と準消費貸借との結合として構成する必要がある。この講義では,このような新しい立場に立って,所有権留保と譲渡担保との関係を明らかにする。


■ 学習到達度チェック(30) 所有権留保 ■


おわりに


以上は,民法における学習の到達度を測定するための具体的な質問群である。このような測定をするのは,学習の到達目標があってのことである。その到達目標は,簡潔に表現されることが望ましい。

しかし,到達目標を簡潔に表現するということは,言うは易く,行うは難しである。そういうわけで,各単元の到達目標を1行から5行程度で簡潔に表現する作業は,今後の課題となっている。

学習到達目標を作成するに際しては,恣意的な選択に陥らないよう,客観性を重視することが重要である。詳細は,加賀山茂「法科大学院のコア・カリキュラム作成のための到達目標項目の客観的な選定基準について」明治学院大学ロー・レビュー12号(2010)を参照のこと。そのような学習の到達目標が簡潔に表現できれば,担保法についてのコア・カリキュラムは一応の完成をみることになる。

最後に,担保法(民法5)で,筆者が利用している教材の一部を参考資料として添付する。


参考資料(使用教材例)


第1節 物権と債権の分離と交錯


1 物権と債権の異同


担保とは,債権の保全と取立てを確実にするための法制度であるが,その内容を知るためには,まず,物権の世界と債権の世界の違いとその交錯について理解を深めておく必要がある。

債権と区別される物権とは,ある人が物(有体物)に対して,排他的な支配権(使用・収益権または換価・処分権)を有するという関係にあること(*図1の左部分)をいう。物権(本権)は,使用・収益権,換価・処分権を有するかどうかによって,以下のように分類されている。

*図1 物権と債権との区別

これに対して,債権とは,ある人(債権者)が他の人(債務者)に対してあることをすること(作為)またはあることをしないこと(不作為),すなわち,給付を請求することができる関係があること(*図1の右部分)をいう。

債権の定義については,上記の定義にさらに給付保持力を追加するのが最近の有力説[奥田・債権総論(1992)3頁]の考え方である。すなわち,債権とは,「特定人(債権者)が特定の義務者(債務者)をして一定の行為(給付)をなさしめ,その行為(給付)のもたらす結果ないし利益を当該債務者に対する関係において適法に保持しうる権利」であるとされている。しかし,いずれの説によっても,債権に掴取力があるということ,すなわち,債務者が債務を任意に履行しない場合には,債権者は,一定の要件の下で,裁判所に「強制履行」を請求することができる[民法414条]という点では異論はない。

債権の種類は様々な観点から分類されているが,債権の発生原因にしたがって分類すると以下の通りである。


2 物権と債権の交錯


物権と債権とは,上記のように一応区別され,独自の世界を展開する。しかし,これら2つの世界は,債務者が債務を任意に履行しない場合に交錯することになる(*図2)。なぜなら,債務者が任意に債務を履行しない場合には,債務者の財産(有体物,無体物を含む)に対して強制執行を行う権利(掴取力)を有する[民法414条]からである。

*図2 物権と債権との交錯
(債権の掴取力)

3 物権と債権の交錯としての債権の掴取力


民法414条に規定された債権の強制履行力のことを債権の掴取力と呼ぶ。この掴取力(債権における債務者の財産に対する換価・処分権)が,排他的支配権としての物権の世界と,平等な関係としての債権の世界を交錯させている。なお,法律辞書([有斐閣・法律学小辞典(2004)])によれば,★掴取力の定義が以下のようになされている。

当初からの金銭債権だけでなく,それ以外の債権も不履行の場合には損害賠償債権に転化することにより,究極的には債務者の一般財産(責任財産)に対する強制執行によって終局的満足を受けることになる。これを実体法的にみれば,債権は債務者の一般財産への潜在的支配力を有しており,それが執行を通じて実現されるものとみることができる。債務者財産に対するこのような抽象的・潜在的支配力を掴取力と呼んでいる。

掴取力の実現は,民法414条およびそれに対応する民事執行法の規定にしたがって実現される。債務の種類に応じた★★掴取力(強制履行)の態様については,以下の*表3のようにまとめることができる。

*表3 債務の種類と強制履行(掴取力の実現)との関係
債務の種類 民法 ★★★民事執行法
作為債務 引渡債務 金銭債務 402条〜405条 民法414条1項
(直接強制)
43条〜167条
(強制執行)
167条の15
(間接強制)
物の引渡債務 特定物の引渡債務 400条 168条〜170条
(強制執行)
種類物の引渡債務 401条
行為債務(引渡以外の作為債務) 414条2項
(代替執行,法律行為の強制履行)
171条(代替執行)
167条の15・16(間接強制)
172条〜173条(間接強制)
174条(意思表示に代わる裁判)
不作為債務 414条3項
(差止請求権を含む)
171条

もっとも,債権の掴取力(換価・処分権)は,以下の2つの制約を伴っている。

第1の制約は,債権の相対性に由来する原則であり,債権者が掴取力を獲得するのは,債務者が債務を任意に履行しない場合に限られる。債務者が債務を履行するならば,債権者は債務者の財産に対して掴取力を及ぼすことはできない。ただし,掴取力も,実際の効力は債務不履行の時点からであるにしても,万一の場合に発動できるように債権にはじめから備わった効力として存在している。これは,条件付権利が,権利として尊重されている[民法128条〜130条]のと同じである。

第2の制約は,債権の掴取力は債権者平等の原則に服するということである(*図3)。債権の掴取力は,民事執行法の手続きを介して,債務者の責任財産に対する換価・処分権として機能するが,この掴取力は,債権の相対性により,排他的な効力ではなく,すべての債権者が平等な立場で行使できるものである。

*図3 債権の掴取力の制限
(債権者平等の原則)

ここでいう★★責任財産とは,強制執行の対象物として,ある請求の実現の用に供される財産(物または権利)のことをいう。金銭債権の強制執行に即していえば,責任財産とは,債務者に属する執行可能な(法律上の差押禁止財産や一身専属的な権利を除く)総財産のことである。


4 掴取力に関する債権者平等の原則と例外の可能性


債権の掴取力が債権者平等の原則に服することについて,民法には直接の規定がない。ところが,旧民法には,★★★債権者平等の原則とその例外に関する明文の規定があった[旧民法債権担保編1条]。その規定の内容は以下の通りである

旧民法 債権担保編(明治23年法律第28号)
第1条 @債務者の総財産は,動産と不動産と現在のものと将来のものとを問はず,其債権者の共同の担保なり。但,法律の規定又は人の処分にて差押を禁じたる物は此限に在らず。
A債務者の財産が総ての義務を弁済するに足らざる場合に於ては,其価額は,債権の目的,原因,体様の如何と日附の前後とに拘はらず,其債権額の割合に応じて之を各債権者に分与す。但,其債権者の間に優先の正当なる原因あるときは此限に在らず
B財産の差押,売却及び其代価の順序配当又は共分配当の方式は,民事訴訟法を以て之を規定す。

このように,旧民法においては,債権者の平等原則に服する人的担保と,債権者平等の例外に属する物的担保とが,債権担保編という1つの編に,統一的な形で規定されていた。したがって,旧民法においては,債権者平等の原則とその例外としての優先弁済権とを,債権担保という共通の土俵の下で考察することが容易であった。

それにもかかわらず,現行民法が,担保法に見られるこれらの共通性をあえて分断し,人的担保を債権編に,物的担保を物権編へと再編したことは,まことに,不幸なことであった。

しかし,現行民法の立法理由([民法理由書(1987)],[梅・要義巻二(1896)]など)を読んでみると,ボワソナードが起草した債権担保編の条文自体は,文言等についての多少の修正は受けつつも,ほとんど内容の変更なしに,現行民法の中に取り込まれているというものが意外と多いことがわかる。したがって,ボワソナードの立法の精神に立ち返って,現行民法の立法の問題点を再検討することも不可能ではない。

むしろ,物的担保(担保物権)を,債権における掴取力が債権者平等の原則の枠を超え,債権が優先弁済権を獲得したものとして理解することは,旧民法の起草者であるボワソナードの精神に立ち返るばかりでなく,2006年にフランス民法典における担保法の改正の動向にも適合するものといえよう。なぜなら,2006年の担保法の改正によって,フランス民法もまた,従来の考え方を改め,人的担保と物的担保を,共通の「担保」として,同一の編に取り込んで,統一的な規定を行うこととしたからである。


■ 学習到達度チェック(1) 物権と債権の交錯 ■

以下の項目について,学習目標が到達されているかどうかをチェックしてみよう。まず,本文を見ずに,六法と自分の頭だけを頼りに,答えを必ずノートに書いてみること。その上で,本文を読み直して,答えが正しいかどうかチェックしてみよう。本文を読んだときはわかったつもりでも,実際に自分の頭で考え,それを書いてみようとすると,答えが書けるほどには理解していないことがわかるはずである。もしも,前提知識が十分でないために,本文を読んでも答えることができない場合には,巻末の用語辞典等の法律辞書や民法判例百選等の参考書を利用するとよい。


  1. 物権について
  2. 債権について
  3. 物権と債権との交錯について
  4. 債権者平等の原則と例外について

チェックリストの選定基準となる担保法の構造化


担保法の体系











債権者代位権 −そのもの 債権者代位権 要件
効果
−の転用 債権者代位権の転用 要件
効果
直接訴権 完全− 完全直接訴権 要件
効果
不完全− 不完全直接訴権 要件
効果


詐害行為取消権 詐害行為取消権 要件
効果




同時履行の抗弁権 −の適用
−の準用
−の類推
不安の抗弁権 要件
効果
相殺 要件
効果







保証のみ 補充性あり 保証 単独保証
共同保証 分別の利益有り
分別の利益なし 保証連帯
補充性なし 連帯保証 連帯保証
保証と債務
との結合
連帯債務 連帯債務 約定− 連帯債務
法定− 不真正連帯債務






事実上の優先弁済権 留置権 動産留置権
不動産留置権








−そのもの 先取特権 一般先取特権
特別先取特権 動産先取特権
不動産先取特権
−と留置的効力 質権 動産質
不動産質
権利質
−と追及効 抵当権 普通抵当 単独
複数 共同抵当
根抵当




−と帰属清算 仮登記担保 仮登記担保
−と処分清算 一般債権 譲渡担保 動産譲渡担保
不動産譲渡担保
債権譲渡担保
売掛代金 所有権留保 所有権留保