明治学院大学法科大学院ロー・レビュー第13号(2010年12月)23−49頁


新しい要件事実論の必要性とその構築方法

−要件事実論という名の官僚法学との戦い

作成開始:2010年4月29日

明治学院大学法科大学院教授 加賀山 茂



はじめに


法科大学院では,教員間の相互交流が盛んに行われている。私は,本務校で民法を担当しているが,非常勤講師や授業参観で他大学に出かけると,こちらが他大学の教員であるための気安さからか,他大学の学生たちとの気さくな交流が始まる。そこでのコミュニケーションで気になるのは,学生たちが実務家教員によく叱られるという話題を耳にすることである。

学生たちからよく聞くのは,「請求の趣旨に,被告は原告に対し,『売買代金2,000万円を支払え』と書いたら,『売買代金』は余計だといって,実務家教員からこっぴどく叱られました」という話題である。わが国の訴訟実務は旧訴訟物理論を採っているのだから,請求の趣旨に「売買代金」と書いたとしても,理論的には正しいはずである。しかし,実務家教員は,理由を説明してくれないという。法科大学院の要件事実論の教科書として使われている[司法研修所・改訂問題研究15題(2006)2頁] を見ても,「被告は,原告に対し,売買代金2000万円を支払えとはしません」と書かれているだけである。この教材の次の頁には,以下のような記述[司法研修所・改訂問題研究15題(2006)3頁] があるのだから,謎は深まるばかりであるという。

訴訟物の理解については,いわゆる新訴訟物理論と旧訴訟物理論との対立がありますが,実務は旧訴訟物理論によっています。したがって,訴訟上の請求は,実体法上の個別的・具体的な請求権の主張であると解され,その特定,識別も,実体法上の個々の請求権を基準としてすることになります。

この記述に従えば,実体法の個別的・具体的な請求権の主張を表す「売買代金2,000万円を支払え」の方が,旧訴訟物理論に忠実ではないのか,というのが学生たちの疑問である。

学生たちから次によく聞くのは,「否認」と「抗弁」との違いを間違えて叱られたという話題である。民法では,錯誤無効は,意思表示(たとえば申込みの意思表示)を無効とするものであり(民法95条),契約は無効ではなく,不成立(民法521条参照)となると考えることが許される(少なくとも,民法の起草者は,そのように考えて立法していた)。したがって,学生たちが要件事実論を初めて学ぶ際に,司法研修所の教材が,錯誤を例にとって「請求原因と両立するのが抗弁です」[司法研修所・改訂問題研究15題(2006)23−24頁] とすることに違和感を覚えるというのももっともである。

司法研修所の要件事実論によると,錯誤は,「障害の抗弁」[司法研修所・改訂問題研究15題(2006)26頁] だとされているので,錯誤の主張は,原告の売買代金請求権が「発生していない」という主張であることに疑いはない。これに対して原告の請求原因は,売買代金支払請求権が「発生している」との主張である。そうすると,両者の主張は,売買代金支払請求権が「発生する」という主張と「発生しない」という主張の対立となるので,両者が両立するというのは,常識的には矛盾していることになる。この点について,「請求原因(発生)と障害抗弁(不発生)とが両立すると考えるのはなぜですか」という質問をすると,実務家教員から,勉強不足をなじられるという。司法研修所の教材に,以下のような「親切な」解説[司法研修所・改訂問題研究15題(2006)24頁] があるから,それをまず読むべきだというのが,教員の答えである。

請求原因で売買契約の成立を主張したのに対し,被告が錯誤により契約が無効であると主張する場合,売買契約は無効となるから,錯誤は抗弁に当たらないと考えるのは,法的効果のレベルで見たことになります。これは,誤った考え方です。この点は初学者が間違いやすい事柄ですので注意が必要です。

学生によると,確かに,「発生した(請求原因)が,消滅した(消滅の抗弁)」という命題が両立するということは理解できる。しかし,「発生した(請求原因)が,発生しない(障害の抗弁)」というのは,どうしても理解ができないという。しかし,この点について質問をしても,実務家教員からは拒絶され,叱られるのが落ちだという。

さらに,否認と抗弁との関係については,学生たちには,大きな悩みの種があるという。請求原因と抗弁とが両立することは何とか理解したが,否認と抗弁とが両立することは理解ができないという。たとえば,お金を「借りていないけれど返した」という主張は,司法研修所の要件事実論では,以下のように,矛盾せずに成り立つとされている[司法研修所・改訂問題研究15題(2006)24頁] 。

要件事実として分類すれば,「借りていない」という主張は,原告の消費貸借契約の主張に対する否認であり,「返した」という主張は弁済の抗弁として位置付けられますから,論理的には,このような主張も成り立つことになります。

学生たちにとって,「借りていないか,または,借りたけれど返した」という命題ならば,理解可能である。しかし,「借りていないけれど返した」という主張が論理的に成り立つといわれると,ついて行けないという。この点について,学生たちが実務家教員に質問すると,「請求原因と抗弁は両立するのだから,請求原因の否定と抗弁とも両立するのだ」と説明されるという。しかし,「借りたから返す」のであって,「借りていないけれど返した」ということは,理解の範囲を超えているというのが学生たちの悩みの種となっているようである。

これらは,法科大学院で要件事実論を学ぶ学生たちが困惑する最初の躓きに過ぎない。要件事実論を学べば学ぶほど,司法研修所の「要件事実論は,理屈では理解できない」。教員に質問しても,「勉強不足と叱られる」。仕方がないので,「試験対策として覚えるほかはない」という,いわばあきらめのムードが学生の間に漂っているという。

学生たちが,理論を理解したとおりに記述すると,実務と違うと叱られる(請求の趣旨に関する訴訟物理論など)。学生たちが,矛盾を感じて質問すると,教員から勉強が足りないと叱られる(否認と抗弁と(詳細は[司法研修所・改訂問題研究15題(2006)116−117頁] )の区別など)。挙げ句の果ては,教員に「試験に合格したいのなら,理由を詮索する前に,覚えなさい」と叱られる(たとえば,「暫定真実(Intermswahrheit)」と「法律上の推定」の区別など)。これが法科大学院における要件事実教育の実態の一部であるとすれば,これは,大学教育の理想からかけ離れているといわざるを得ない。

要件事実論を学んでいて,学生たちが納得できないという極めつけは,不動産明渡請求に関する司法研修所の立場だという。司法研修所の要件事実論[司法研修所・改訂問題研究15題(2006)79-80頁]によると,Aから不動産(甲土地)をYが平成17年2月2日に買い受けた(第1売買)後に,Xが平成17年4月4日にAから甲土地を二重に買い受けた(第2売買)という不動産の二重譲渡の事案について,XからYに対する所有権に基づく土地明渡請求(返還請求)がなされると,登記も占有もない第2買主Xからの甲土地の返還請求について,第1買主で甲不動産を占有しているYがその占有権原について抗弁として主張・立証責任を負うとされている。

しかし,学生たちは,非常識この上ない第2買主Xの請求原因を容認し,第1買主のYに立証責任を負わせる司法研修所の要件事実論の説明に納得できないという。なぜなら,民法188条は,占有者に権利適法の推定を認めているのだから(民法188条),登記も占有も有しないXから土地の明渡しを求められても,明渡請求権の発生原因とされる第2売買では,Xが所有権は所得できないことは当然であり,Yとしては,Xの請求原因を否認(理由付き否認)すれば済む話のはずだからである。ところが,実務家教員は,民法188条は,最高裁昭和35年判決(最三判昭35・3・1民集14巻3号327頁(占有権原が土地の使用貸借によって生じたかどうかが問題となった事案))によって適用できないのだと説明するばかりであるという。しかし,最高裁昭和35年判決は,本問のような二重譲渡の事案とは全く異なる事案についての判断であり(この点を踏まえて,民法188条不要論を批判する学説として,[船越・実体法と証明責任(1996)290頁]がある),これによって,本問のような場合にも,民法188条が適用できないということにはならないはずだというのが学生たちの疑問である。

確かに,ドイツの学説に大きな影響を受けて成立した司法研修所の要件事実論が範とするドイツ民法では,不動産の所有権者が目的物の返還を請求する場合,占有者の方で,占有権原を抗弁として主張・立証しなければならないとされている(ドイツ民法986条)。しかし,この規定(占有者の抗弁)が正当化される前提として,ドイツ民法では,わが国の民法とは異なり,不動産の所有権は,登記なしには取得できず(ドイツ民法925条),所有権の主張には登記が必要であり,しかも,登記には,権利適法の推定が認められている(ドイツ民法891条)。したがって,ドイツにおいては,登記を有する(権利適法の推定を受ける)所有権者からの返還請求に対しては,占有者が占有権原を抗弁として主張・立証しなければならないのであって,このような規定は,このような前提があるからこそ,まさに合理的なのである。

しかし,わが国においては,不動産の登記には,権利取得機能も,権利適法の推定機能も与えられていない(最三判昭38・10・15民集17巻11号1497頁)。むしろ,動産・不動産を通じて,占有にこそ,権利取得機能(民法162条),および,権利適法の推定力(民法188条)が与えられている。したがって,わが国おいて,占有者に占有権原について,抗弁として主張・立証責任があるという考え方には,合理性がない(司法研修所の要件事実論は,暫定的真実(Intermswahrheit)に関する議論と同様,ドイツの法制度の背景を吟味せずに,結論だけを無批判に取り入れている箇所が多い)。

不動産の二重譲渡の問題に関して,どちらの買主も登記を得ていない場合のXとYとの利益状況を考慮してみれば,登記も占有も有しない第2買主Xと,占有まで有する第1買主Yとの関係では,明らかに占有を有する第1買主Yに保護の必要がある。所有権の取得原因すら不十分なXの主張に対して,Yが占有権原を主張・立証しなければならないという法的根拠は,全く存在しないといってよい。

したがって,司法研修所の要件事実論が,占有者に占有権原の主張・立証責任を課しているからといって,学生がその通りに答案を作成しなければならないということにはならない。ましてや,Xの請求に対して,Yは,抗弁として占有権原を主張・立証しなければならないのではなく,「登記も占有も有しない第2買主Xの主張は,請求原因としても失当である」とする学生の答案を不合格答案とすることは許されないというべきである。

確かに,法科大学院には,司法研修所の教育の一部を肩代わりする役割が与えられている。しかし,その教育においても,大学教育としての理念と目標を見失ってはならない。「司法研修所の見解に反するから,間違い」だとか,「理解できないなら覚えなさい」というのでは,大学における教育とはいえないだろう。

そこで,本稿では,法科大学院で要件事実論を学び始めた学生たちの困惑と悲鳴とに耳を傾けることを通じて,上記の問題については,理論的に誤っているのは学生の方ではなく,むしろ,司法研修所の要件事実論の方であることを,次の順序で明らかにする。

第1に,司法研修所の要件事実論は,それに従って判決を書こうとすると,「ごく簡単な事件でも,請求原因,それに対する答弁,抗弁,それに対する認否,再抗弁,それに対する認否,再々抗弁,というふうな組立てをしなければ判決が書けない」というように,判決書きの阻害要因となっている。さらに,それに従って書いた判決は,当事者の言い分が反映されていないために,「骨皮筋右衛門判決」といわれる判決となって使い物にならない[ミニシンポ・判決書の新様式(1991)6頁(岨野悌介大阪地裁判事)]。このため,司法研修所の要件事実論は,現在の実務の主流となっている判決の新様式にも対応できず,現場の裁判官からも見限られた理論に過ぎないこと,したがって,司法研修所の要件事実論は,理論と実務とを架橋することを目的とした法科大学院の教育として適切でないことを明らかにする。

第2に,司法研修所の要件事実論は,今や,ドイツでも通説の地位を失っているローゼンベルクの考え方([ローゼンベルク・証明責任論(1972)],ドイツにおける位置づけに関しては,[柏木・ドイツ民訴の現況(1972)123頁以下]参照)を基本に構築された「兼子理論」[兼子・立証責任(1954)119−148頁]に依拠しており,その中核理論(詳細は,[高橋・民事訴訟法上(2005)478−485頁]参照),すなわち,@真偽不明の場合の法規不適用理論,A立証責任と主張責任の主体の同一性原則,B再抗弁,再々抗弁,再々々抗弁…の区別等の中核理論は,そのすべてが破綻した理論であり,大学で教えるに値しない理論であることを論証する。

第3に,もしも,要件事実論を大学で教育するつもりであれば,当事者の言い分を正確に反映でき,判決の新様式に対応できるような,新しい要件事実論を構築し,それに基づいて教育を行うべきであること,そのような新しい要件事実論の理論と方法はいかにあるべきかを明らかにする。

本稿によって,司法研修所の要件事実論が理解できずに劣等感に陥っている学生にとっての救いとなり,新しい視点から要件事実論を学ぶことができるようになること,さらには,判決の新様式に対応する新しい要件事実論の構築を目指している人々にとって,その出発点を確認することができれば幸いである。


1 従来の要件事実論のメリット


司法研修所によって実施されてきた要件事実教育の根拠となる従来の要件事実論([司法研修所・要件事実〔第1巻,第2巻〕(1985)],[司法研修所・類型別要件事実(1999)],[司法研修所・問題研究15題(2003)]など参照)は,民事実体法と訴訟法とを架橋するための理論として重要な役割を果たしてきた。

従来の要件事実論の功績は,民事実体法のルールを実際の訴訟で使えるように,法律要件要素を原告の主張と被告の主張とに分解し,それぞれの当事者の立場に立って組み立てる方法を明らかにした点(要件事実による民事実体法の再構成)にある。

法科大学院の教育目標が,「事実に即して具体的な法的問題を解決していくため必要な法的分析能力や法的議論の能力等を育成する」ことにあり[改革審・意見書(2001)],原告の立場に立っても,また,被告の立場に立っても,依頼者を満足させることのできる解決案を提示できる能力を養うことにあるとすれば,従来の要件事実論が,法律効果を導く法律要件要素を原告の主張・立証責任,被告の主張・立証責任というように,両者の言い分に即して再構成する方法を明らかにしたことは高く評価されるべきである。

たとえば,これまでの実体私法の教育においては,売買契約の冒頭条文(民法555条)に関して,「これは,契約総則(同時履行の抗弁権等)が適用される典型的な双務契約に関する条文であり,かつ,売買契約は有償契約の典型であるため,その他の有償契約に売買の規定が準用される(民法559条)」等々の抽象的な説明を行うにとどまり,これらの条文が訴訟でどのような使われ方をするのかについては,余り関心を払ってこなかったといといってよい。

しかし,要件事実論では,訴訟において,この条文が原告被告によって,どのように使われるかを,以下のように,明らかにすることができる。

*表1 従来の要件事実論の功績(実体法と訴訟法の架橋の試み)
  実体法の世界 訴訟法の世界
売買契約に基づく請求権の発生と消滅 訴訟物(権利主張) 原告の主張 被告の主張
請求の趣旨 要件事実 否認 抗弁
売主 売買代金の支払請求 代金2,000万円を支払え(旧訴訟物理論による) 被告に甲を売った(売買契約の成立) 原告から買っていない(本件契約の不存在) 原告に代金2,000万円を支払った。原告は10年間権利を行使していない
買主 目的物の所有権移転請求,目的物甲の引渡請求 甲の所有権移転手続をせよ,甲を引き渡せ 被告から甲を買った(売買契約の成立) 原告には売っていない(本件契約の不存在) 原告に甲を引き渡した。または,訴外Aに売り,登記をAに移転した。

このように,実体法の世界と訴訟法との世界とを架橋し,実体法で習った知識を活用して,訴訟で必要となる攻撃・防御方法の基本が学べる所まで学生を導くことができるというのが,従来の要件事実論の功績である。


2 従来の要件事実論のデメリット


しかし,従来の要件事実論の功績は,実体法と訴訟法との架橋を原告・被告の攻撃・防御方法として構成するという視点を明らかにした点までである。その実践に際して,訴状と答弁書を書く上で当事者の言い分を反映させる際にも,弁論手続,証拠提出手続において弁論の内容となる実体法を理解する上でも,また,実際の訴訟手続を理解する上でも,さらに,新しい様式で判決書を書く上でも,従来の要件事実論は,以下に詳しく述べるように,障害となることはあっても,役に立つことはほとんどない。

A. 司法研修所の要件事実論は,新様式の判決書きには使えない

司法研修所の司法修習生に対する要件事実教育は,当初,判決書作成の技術訓練として始まった[中野・民事裁判(2010)67頁]。しかし,要件事実論に従って判決を書くと,以下に引用するように,「骨皮筋右衛門判決」とか,「骸骨の裸踊り判決」だとか言われるような判決になってしまうだけでなく,「ごく簡単な事件でも,請求原因,それに対する答弁,抗弁,それに対する認否,再抗弁,それに対する認否,再々抗弁,というふうな組立てをしなければ判決が書けない」というように,判決書きの阻害要因となってきた[ミニシンポ・判決書の新様式(1991)6頁(岨野悌介大阪地裁判事)]。

従来型の判決は,徹底すれば,司法研修所における要件事実教育に基礎を置き,要件事実該当の事実だけを書いて判断をするということになろうと思います。私どもは,そのような教育を司法研修所で受けております。そういう判決を書きますと,骨と皮だけの判決,すなわちいわゆる骨皮筋右衛門判決だとか,骸骨の裸踊り判決だとかいうように酷評されるような判決になってしまうわけですが,われわれが司法研修所で修習しておりましたときに,教官から司法研修所にいる間だけは,そうした骨と皮だけの判決を書けばいいんだというふうにいわれた覚えがございます。私は,15期の司法修習生でございまして,司法研修所でかなり徹底した要件事実教育を受けたためかと思いますが,裁判官になってからも,要件事実にしばられて,判決を書くうえで窮屈な思いにとらわれることが,しばしばありました。もちろん,そういった骨皮筋右衛門の判決は,実際の裁判実務では,なかなか使えません
裁判官になって以降,先輩から,実務においては骨皮筋右衛門判決にそれ相当の肉付けや修正をすることが必要であると教えられました。実際,実務で使われている判決は,文字どおりの骨皮筋右衛門判決などというのはまずなく,それに裁判官が個々に,いろいろな肉付けをしたり,また,たとえば主張責任の分配法則等についてもいろいろな修正を加えたりしながら,多少論理性を損なうことがあるにしても,なんとか読みやすい判決を書こうと心掛けていると思います。要件事実を極端なまでにこまかく充足させながら,主張責任を的確に分配して判決を書かなければならないとすると,ごく簡単な事件でも,請求原因,それに対する答弁,抗弁,それに対する認否,再抗弁,それに対する認否,再々抗弁,というふうな組立てをしなければ,判決が書けないことになってしまうでしょうが,現実には,そのような階段状に組み立てていく判決は,裁判官はまず書かないであろうと思います。要するに,これまでも,なにがしかの工夫を,われわれはしてきたわけでございます。

このため,判決書の様式が改善されることになり,現在の判決書の新しい様式においては,要件事実論によらないことが明らかとなっている[高橋・民事訴訟法上(2005)476頁]。また,判決書の書き方の新様式を提言する裁判官たちによっても,判決書作成に当たっては,以下のように,司法研修所の要件事実論を排除するということが確認されている[ミニシンポ・判決書の新様式(1991)7,8頁(岨野悌介大阪地裁判事)]。

主張責任の分配法則に従った要件事実による整理は判決の中ですることはあきらめようという点だけは,委員の意見は一致しております。

このように,判決書を書くに際して,従来の要件事実論は,抗弁,再抗弁,再々抗弁…という無限後退に陥るという点で障害となることはあっても,指針とはなり得ない。判決書きの観点からは,従来の要件事実論は,今や歴史的役割を終えており,実務にも使えない理論であって,現実には,理論と実務とを架橋するという法科大学院の教育目標にも適しない理論となっている。従来の要件事実論のデメリットは,それにとどまらない。従来の要件事実論では,次に述べるように,当事者の言い分を訴状に正確に反映させることすらできないからである。

B. 司法研修所の要件事実論は,当事者の「言い分」を反映できない(「言い分方式」の名に値しない)

現行の判決書(新様式)において,司法研修所の要件事実論が採用されなかったのはなぜだろうか。その理由の1つは,従来の要件事実論は,当事者の「言い分」を正確に反映することができないため,争点を明確にすることができないという致命的な欠陥を有していたからである(従来の要件事実論の第1の弊害)。

このことを,司法研修所の要件事実論の代表的な教材として全国の法科大学院で利用されている[司法研修所・改訂問題研究15題(2006)]によって,具体的に明らかにしてみよう。この教材の副題は,「言い分方式による設例15題」となっているが,司法研修所の要件事実論に従うと,設例で最初に掲載される以下の当事者の「言い分」が,重要な部分を含めて,ほとんど無視されてしまう。この点にこそ,司法研修所の要件事実論に従うと,「骨皮筋右衛門判決」とか,「骸骨の裸踊り判決」だとか言われるような判決しか書くことができなくなるという根本的な原因がある。

このことを明らかにするため,ここでは,この教材[司法研修所・改訂問題研究15題(2006)]の第2問を検討する。第1問を基礎として展開されている第2問を検討するだけで,司法研修所の要件事実論の致命的欠陥が明らかとなるからである。

(a) 司法研修所の要件事実論における代表的な設例

以下は,第2問[司法研修所・改訂問題研究15題(2006)21頁] で示される当事者の言い分である。太字で示した重要な論点が,司法研修所の要件事実論では,すべて無視されてしまう点が重要である。

*表2 司法研修所の「言い分方式」に基づく設例

Xの主張

私は,平成8年(1996年)3月3日に,先祖代々受け継いで私が所有していた甲土地を,是非欲しいと言ってきたYに売りました。その日の昼過ぎころに,代金2000万円で売買契約をし,その日のうちに甲土地を引き渡しました

ところが,Yはいろいろと文句を言ってその代金を支払ってくれません。そこで,代金2000万円の支払を求めます。

Yの主張

この土地は,私が欲しいと言ったわけではなく,Xが相続税の支払いに困って売却することになったものです。私としては,人助けの気持ちで買ってあげようかとも思ったのですが,結局,売買契約締結には至りませんでした。仮に,売買契約が成立していたとしても,その代金2000万円の支払債務は,すでに時効にかかって消滅しています

司法研修所の要件事実論によれば,XがYに売買目的物の「甲土地を引き渡した」ことは,「要件事実ではない」ので,主張立証の必要はないとして,切り捨てられる。また,Yが「代金を支払わない」ことについても,無視される。なぜなら,もしも,Yが代金を支払ったのであれば,それは,Yの抗弁としてYが主張立証しなければならないが,Yが「代金を支払わない」ことは,「要件事実ではない」ので,XもYも主張立証しなくてよいとされるからである。したがって,以下に示すように,司法研修所の要件事実論に従うと,第2問における最も重要な争点である「Xが甲土地を引き渡したにもかかわらず,Yが売買代金2,000万円を支払わない」という事実は訴状にも,また,答弁書にも現れることはない[司法研修所・改訂問題研究15題(2006)31頁]。

(b) 司法研修所による「事実記載例」の致命的な欠陥(原告の言い分のほとんどが抜け落ちてしまっている)

[司法研修所・改訂問題研究15題(2006)17頁]によると,第1問について,当事者の主張を整理すると以下のようになるという。

*表3 司法研修所の要件事実論に従った「実務から遊離した」事実記載例

1 請求原因

(1)原告は,被告に対し,平成8年3月3日,甲土地を代金2000万円で売った。
(2)よって,原告は,被告に対し,上記売買契約に基づき,代金2000万円の支払を求める。

2 請求原因に対する認否

請求原因(1)は否認する。

3 抗弁

消滅時効
(1)平成18年3月3日は経過した。
(2)被告は,原告に対し,平成18年9月29日の本件口頭弁論期日において,上記時効を援用するとの意思表示をした。

しかし,これでは,第2問で争われている争点が何かを理解することはできない。なぜ,「言い分」に現れている「原告は甲土地を引き渡した」という権利主張(同時履行が主張された際の再抗弁)を主張してはいけないのか,また,なぜ,原告は,請求が消滅していない(したがって,請求が現在も存在している)ことを示す「被告が支払をしない」ことを主張してはいけないのか。さらに,「Yはいろいろと文句を言ってその代金を支払ってくれません」という,原告が被告に対して催告を行ったという権利行使の主張(消滅時効の抗弁に対する再抗弁)を,なぜ,せり上げて主張してはいけないのだろうか。そのような「言い分」を訴状や答弁書に反映させてこそ,この事件のすべての争点が明らかとなり,判決も新様式に適合したものとなるのではないだろうか。

(c) 司法研修所の要件事実論が,当事者の言い分を正確に反映できない理由は何か

上記の第2問の中心的な争点は,要約すれば,「Xが売買目的物である甲土地を引き渡したのに,Yが売買代金2,000万円を支払わない」という点にある。司法研修所の要件事実論によれば,訴状にも答弁書にも,このような最も重要な事実を書く必要がないという。しかし,司法研修所の要件事実論に従ったとしても,以上の論点に全く触れなくてよいというのは,不可解である。なぜなら,もしも,被告が甲土地の引渡しを受けていないとして,同時履行の抗弁を主張した際には,司法研修所の要件事実論に従ったとしても,原告は,「甲土地を引き渡した」という再抗弁を主張せざるを得ない。そうであれば,「せり上がり」[司法研修所・要件事実〔第1巻〕(1985)62頁参照]の一種として,「甲土地を引き渡した」ことを原告に主張させるのが,むしろ,正しいといえよう。また,原告の催告にもかかわらず,「Yはいろいろと文句を言って代金を支払わない」という事実は,被告の消滅時効の抗弁に対して,時効中断事由としての再抗弁とも解釈できるのであり,このような重要な事実を無視して,被告の消滅時効に対する認否を省略することは,むしろ,許されないというべきであろう。

司法研修所の要件事実論に基づいて作成された前記(枠囲み)の事実記載例は,理論的にも問題があり,しかも,実際の訴訟実務から遊離したものである(実際の訴状では,被告はいまだに売買代金2,000万円を支払わないという事実を摘示することになっている)。法科大学院においては,学生たちは,司法研修所の要件事実論に従って,このような現実離れした訴状や答弁書の書式を学ばなくてはならない。そればかりか,学生たちが,「Xが売買目的物である甲土地を引き渡したのに,Yが売買代金2000万円を支払わない」という争点を訴状に盛り込もうとすると,司法研修所の見解と異なるという理由で,不合格答案とされてしまう。これが法科大学院の教育の現状であろう。そうだとすると,法科大学院の教育とはいったい誰のためにしているのか,学生の人権は守られているのか,大いに疑問と言わざるを得ない。

(d) 司法研修所の要件事実論に代わる新しい要件事実論の構築の必要性

司法研修所の要件事実論と本稿で詳しく論じる新しい要件事実論を対比してみると,これまで述べてきた司法研修所の要件事実論の重大な欠陥が一目瞭然となる。従来の要件事実論にこだわるのではなく,法科大学院においては,当事者の言い分が反映されることのない従来の要件事実論ではなく,本稿で明らかにする新しい要件事実論こそが教えられるべきであろう。

*表4の比較表の第1欄にある当事者の言い分を縦方向に追っていき,争点を確認してみよう。その後で,第2欄にある司法研修所の要件事実論に従った事実記載例を縦方向に追ってみよう。−の記号で示されているように,司法研修所の要件事実論に従うと,第2問の大切な争点が,ほとんど無視されていること,および,これだけの記述では,第2問において何が問題となっているのか分からないことが確認できる。そして,最後に,第3欄にある新しい要件事実論に従った事実記載を縦方向に追ってみよう。当事者の言い分のうち,重要な争点がすべて反映されていることがわかるであろう。








*表4 司法研修所の要件事実論の致命的欠陥:当事者の言い分を反映できない
  当事者の言い分[司法研修所・改訂問題研究15題(2006)21頁] 司法研修所の要件事実論 新しい要件事実論
言い分が反映されず,争点が不明確。 言い分が反映され,争点が明確。
原告 Xは,Yに甲土地を2,000万円で売る売買契約を締結した。 請求原因(1)
原告は,被告に対して,平成8年3月3日,甲土地を2000万円で売った。
請求原因(1) 発生原因
平成8年3月3日,甲土地を原告が被告に代金2,000万円で売るという売買契約を締結した。
Xは,即日,Yに甲土地を引き渡した。 −(請求原因としてはならない 請求原因(2) せり上がり
原告は,平成8年3月3日,被告に甲土地を引き渡した。
Yはいろいろ文句を言って,Xに2,000万円を支払わない。 −(請求原因としてはならない 請求原因(2) 発生原因存続
被告は,現在も,代金2,000万円を支払わない
−(再抗弁だから請求原因としてはならない 抗弁(消滅時効)に対する認否(せり上がりの一種)
原告は,被告に対して,たびたび催告をした。
被告 売買契約は締結に至らなかった。 請求原因(1)は否認する。 請求原因(1)は否認する。
(甲土地の引渡しは受けている) −(請求原因ではないので認否はできない 請求原因(2)は認める。
(売買代金は支払っていない) −(請求原因ではないので認否はできない 請求原因(3)は認める。ただし,契約が締結されていないので,支払う義務はない。
仮に売買契約が締結していたとしても,代金2,000万円の支払債務は時効によって消滅している。 抗弁 消滅時効
(1)平成18年3月3日は経過した
(2)被告は,原告に対して,平成18年7月7日の本件口頭弁論期日において,上記時効を援用するとの意思表示をした。
抗弁 消滅時効
(1)支払期日から平成18年3月3日までの10年間,原告は債権の行使をしていないため,上記代金債権は時効によって消滅した。
(2)被告は,原告に対して,平成18年7月7日の本件口頭弁論期日において,上記時効を援用するとの意思表示をした。

筆者が提案する新しい要件事実論と比較した場合に,司法研修所の要件事実論が,訴訟実務から遊離した机上の空論であることが明らかとなったと思われる。司法研修所の要件事実論に従った攻撃・防御方法からは,先に述べたように,原告の言い分のうち,「目的物をを引き渡したのに,代金2000万円を支払ってくれない」という事実が完全に脱落しており,このことを原告も主張できず,被告も主張できないことになっていることを再度確認することができたと思われる。

C. 再抗弁,再々抗弁,再々々抗弁,…という無意味な無限後退への陥落

(a) 裁判官をも悩ませる再抗弁,再々抗弁,再々々抗弁,…という無限後退

従来の要件事実論の弊害は,先に述べたように,当事者の言い分さえ正確に反映できないために,実務から遊離しているだけではない。そればかりでなく,原告と被告との対立構造を見えにくくし,訴訟を遅延させるというデメリットを持っている。それが,再抗弁,再々抗弁,再々々抗弁,…という無意味な無限後退に陥る考え方である(従来の要件事実論の第2の弊害)。

要件事実論においては,原告が主張・立証すべき要件を要件事実,被告が主張・立証すべき要件を抗弁として分類するのにとどめるべきであった。それにもかかわらず,従来の要件事実論は,さらに一歩を進め,被告の抗弁の後に主張すべきものとして,原告が主張すべき再抗弁,それに対して被告が主張すべき再々抗弁,さらに原告が主張すべき再々々抗弁…等々,一連の法律要件を細切れに分断し,それらの分類を「法律要件の立体化」という名の下に複雑な構造へと変化させている。これが,従来の要件事実論の第2の弊害である。その結果,本来,訴訟プロセスをわかりやすく,オープンにするための要件事実の構造が,出口の見えない迷路のような構造(マニア好みの旧ブロック・ダイアグラムはその例)となり,一般市民には理解が困難なものとなってしまっている。

*表5 従来の要件事実論の問題点
適切な領域 不適切な追加領域
訴訟物 原告の主張 被告の主張 原告の主張 被告の主張
請求の趣旨・原因 要件事実 否認又は抗弁(消滅時効の抗弁) 再抗弁,(再々々抗弁…) 再々抗弁,…
代金100万円を支払え 被告に目的物を売った(売買契約の成立) 権利行使できる時から10年間が経過した(消滅時効の抗弁) その間に請求をした(中断事由がある) 催告の後6ヶ月以内に裁判上の請求をしていない
実は,左の被告の主張が不完全であったに過ぎない。もしも,被告が,「原告は,権利行使ができる時から10年間,適切な権利を行使していない」というように,民法の規定に則って主張しておけば済む問題であった。

原告の主張と被告の主張は,実は,それぞれの主張責任,立証責任を考慮して,@攻撃方法としての請求と,A防御方法としての否認と抗弁の2つに分類すれば済む問題であり,それで争点は整理され,証拠調べのあり方も完結する。それにもかかわらず,否認と抗弁の他に,従来の要件事実論が,*表5で明らかなように,再抗弁,再々抗弁,再々々抗弁,…という無限に続く手続を追加したことは,手続の非効率化を助長するだけであり,無駄であった。

司法研修所の要件事実論は,なぜ,抗弁,再抗弁,再々抗弁,再々々抗弁,…という無限後退に陥ってしまったのであろうか。この問題の解明こそが,司法研修所の要件事実論の致命的欠陥を暴く結果につながる。しかし,これまで,裁判官をさえ悩ましてきたこの問題を解明することは,誰にもできなかった。本稿の特色は,この点を,はじめて明らかにした点にある。

司法研修所が「再抗弁,再々抗弁,再々々抗弁,…という無限後退」に陥った原因は,以下に述べるように,抗弁を「否認とは異なり,請求原因と両立するもの」というように,誤って定義した点に帰因するというのが,本稿の結論である。

(b) 司法研修所の要件事実論による抗弁の定義の誤り−無限後退に陥った原因

原告の請求を否定する被告の防御方法として「否認」と「抗弁」とがあるが,両者の差は,実は,立証責任がないもの(否認)と,立証責任があるもの(抗弁)との差に過ぎない。ところが,司法研修所の要件事実論では,抗弁の定義に,「請求原因と両立するもの」という余計なセンテンスを付加してしまった。これが,すべての間違いの出発点となった。

原告の攻撃方法である請求(権利の存在の主張)に対して,被告が防御方法として対抗する方法は,原告の主張と対立するものでなければ意味がない。原告の主張と両立するものを提出しても,それで原告の主張を撃破することはできない。ところが,司法研修所の要件事実論は,原告の主張と両立するものでも原告の主張を撃破することができると考えている。その理由は,原告の一連の主張を分断することによって「請求」と「抗弁」とは両立するという思考に陥ったからである。

(c) 司法研修所の要件事実論は,原告の主張が「権利の発生」ではなく「権利の存在」であることを理解していない

原告の主張は,訴訟物(権利の存在の主張)として提起される。しかし,法律効果として規定されている権利は,法律要件の充足としてしか証明できない。そして,法律の規定は,そのほとんどが「権利の発生,変更,消滅」として規定される。そうすると,権利の存在証明は,「権利が発生し,かつ,消滅していないこと」によって証明されることになる。原告の権利主張とは,「権利の存在」の主張であって,決して,「権利の発生」だけの主張ではない。原告は,「権利の存在」の主張として,「権利が発生し,かつ,消滅していないこと」を主張しているのである。司法研修所の要件事実論は,この点を誤解し,原告の主張は,「権利の発生の主張である」と考えている。このため,被告の主張である「権利の消滅」は,原告の主張と「両立する」と考えることになったのである。

しかし,原告の主張と両立する主張でもって,被告は,なぜ,原告の主張を撃破できるのだろうか。原告の主張が本当に,「権利の発生のみ」の主張であるならば,司法研修所の要件事実論が指摘するように,原告の主張である「権利の発生」の主張も,また,被告の「権利の消滅」の主張も,ともともに認められ,その結果,両者ともに目的達成となって,勝敗は決まらないはずである。両立する主張は,「権利の発生」も,「権利の消滅」も,すべてを充足しているからである。ところが,現実には,この場合には,原告が敗訴する。両者ともに両立する主張が成り立ち,両者ともに証明に成功したとした場合に,なぜ,原告が敗訴となるのであろうか。その答えは,明白である。原告の主張は,実は,「権利の発生」の主張ではなく,「権利の存在」の主張だったからである。したがって,たとえ,「権利の発生」が証明されたとしても,その「権利の消滅」が証明されると,権利は「不存在」となり,原告の「権利の存在」の主張が否定され,その結果,原告が敗訴するのである。

(d) 「借りていないけれど返した」という主張は,論理的に正しいか

司法研修所の要件事実論が,被告の抗弁である「消滅の抗弁」をもって,原告の主張と両立すると考えたのは,原告の主張が,「権利の発生」のみだと考えるからであり,その原因は,司法研修所の要件事実論が立証責任の分配を起点として,それに従ってすべての問題を組み立てようとしているからである。

確かに,原告が立証責任を負うのは,「権利の発生」に関する要件であって,「権利の存在」に関する立証責任を負っているわけではない。むしろ,「権利の発生」が立証された場合には,「権利の存在」を否定するために,被告が,「権利の消滅」に関する要件を立証しなければならない。そこで,司法研修所の要件事実論は,原告の主張責任も「権利の発生」に関する要件のみであり,「権利の存在」に関する要件ではない,むしろ,被告の方で,「権利の消滅」に関する要件を主張しなければならないと構成せざるを得なかったのである。

しかし,両立する「権利の発生」と「権利の消滅」とがともに証明された場合に,原告の主張が否定されるのは,両立したままで原告の主張が否定されるからではなく,原告の真の主張である「権利の存在」が,「権利の消滅」によって「権利の不存在」となって撃破されるからである。すなわち,原告の主張は,「権利の発生」ではなく,「権利の存在」であり,それは,「権利が発生し,かつ,権利が消滅していない」という主張だったのである。だからこそ,被告は,「権利が発生していないか,または,権利が消滅した」という主張によって,原告の主張を撃破できるのである。

司法研修所の要件事実論が,消滅の抗弁の箇所で論理的に破綻していることは,以下の記述[司法研修所・改訂問題研究15題(2006)24頁]に最も明瞭に表れている。この記述を読んで,笑わない人は,論理とは何かを知らない人に限られるであろう。

抗弁は,請求原因を否認した場合でも主張することができます。例えば,貸金請求の事例において,原告が請求原因として「被告に対して100万円を貸した。」と主張した場合,これに対し,被告が「自分は借りていないけれど返した。」と主張したとします。「借りていないけれど返した。」などという主張は,日常生活では全く矛盾したおかしな主張です。しかし,要件事実として分類すれば,「借りていない」という主張は,原告の消費貸借契約の主張に対する否認であり,「返した」という主張は弁済の抗弁として位置付けられますから,論理的には,このような主張も成り立つことになります。

司法研修所の要件事実論の破綻は,上記の記述(噴飯ものである)によって明らかとなっている。「借りていないけれど返した」,すなわち,「金を借りていないが,金を返した」という主張は,論理的に誤りである。「借りずに返す」ことはできないからである。

それでは,なぜ,司法研修所の教官たちは,これほどに明白な論理破綻に気づかないのであろうか。それは,自分たちが定義した誤った抗弁の定義をかたくなに信じているからである。もしも,原告の発生原因と被告の消滅の抗弁とが両立するものであるとすれば,「原告の発生原因の否定と消滅の抗弁とも両立する」ということになるのであるから,原告の発生原因である「金を貸した」という主張の否定である「金を借りていない」と,消滅原因である「金を返した」とも,両立するとまじめに信じているからである。

しかし,「金を借りていないが,金を返した」という主張は,論理的には両立しない。そもそもの命題である,請求原因と抗弁とが両立するという考え方自体が誤っているから,このような誤りに陥るのである。抗弁は,請求原因(権利の存在としての「権利の発生と権利の不消滅」と考えなければならない)の否定であり,否認との区別は,抗弁を主張する者に立証責任が課せられていることだけなのである。

実は,この点にこそ,司法研修所の要件事実論が「日常生活」の主体である市民の法感情を無視し,それゆえ,市民感覚に反するものとなっており,筆者が,これを官僚法学と呼ぶ出発点となっているのである。司法研修所の教官たちが,「借りていないけれど返した」という主張が「日常生活」からかけ離れていることに気づきながら,なおかつ,市民感情から離れることこそが専門的な「論理」の証左であるという誤ったエリート意識に立っていること,「借りていなければ返せない」という論理を無視し,「借りていないけれど返した」という主張も「論理的には,成り立つ」と断定してはばからない態度は,学問のイロハをわきまえない,すなわち,学問的謙虚さを欠いたものといわざるをえない。なぜなら,「矛盾が生じたら,前提を疑え」というのが,真理探究に携わる者が常に留意すべき視点であり,これを欠いたとたんに,客観性を欠き,専門家の権威だけに頼るエセ学問へと堕することになるからである。筆者が,司法研修所の要件事実論を「官僚法学」という理由の一つは,「借りていないけれど返した」は,請求原因と抗弁との関係だから両立する関係にあり,論理的に矛盾しないと言い張るかたくなな姿勢,そして,「借りていないけれど返した」という命題に矛盾が潜んでいることを認識しつつ,その命題の前提となった命題,すなわち,「抗弁は,請求原因と両立する」という命題の真否を再検討するという態度を放棄していることが,法律学に値しない権威主義に陥っていると考えるからである。

実験によって真理を証明できない社会科学においては,「矛盾を発見したら,その前提を疑え。前提が誤っているから矛盾が生じたのである」という一種の「背理法」が最も重要な証明方法となることを忘れてはならない。司法研修所の教官たちは,「借りていないけれど返した」という主張が矛盾している(少なくとも,市民生活では矛盾している)ことに気づきながら,前提を疑うことすらしていない。

司法研修所の教官たちも,「借りた」と「借りていない」とは,請求原因と否認とであって,矛盾し,両立しないと考えている。ところが,「借りていない」と「返した」とは矛盾しないと考えている。その理由は,「借りた」と「借りていない」とは,請求原因の認否であるから矛盾するが,「返した」は抗弁であるから,請求原因の認否である否認「借りていない」とも両立すると考えているのである。

しかし,ここに大きな落とし穴があった。請求原因と抗弁とは両立するからと言って,否認と抗弁とが両立するとは限らない(「借りていない」(否認)と「返した」(抗弁)とは両立しない)のである。なぜなら,否認と抗弁とを区別した以上,両者が両立することは,概念の区別の意味を失わせる。「借りていない」(否認)と,借りたことを前提とする「返した」(抗弁)とが矛盾することに気づかないのは,司法研修所の教官たちが,「請求原因と抗弁とは両立する」という命題に固執しているからである。

(e) 契約上の請求権の発生と錯誤による発生障害の抗弁とは両立するか

司法研修所の要件事実論の決定的な誤りは,権利の発生要件と権利の発生障害要件(たとえば錯誤)との関係においてさらにはっきりとする(両者の区別の無意味さに関しては,[石田・証拠法の再構成(1980)118頁以下]参照)。

契約が締結されて,契約の効力として代金支払請求権が発生したとしよう。この場合に,錯誤によって,意思表示が無効となり,代金支払請求権がはじめから発生しないという関係を両立する関係といえるであろうか。「借りていないけれど返した」という主張よりも,「請求原因の発生によって権利が発生したが,錯誤の抗弁によって,はじめから権利が発生していない」,すなわち,「発生したが発生しない」という主張の方がさらに奇異であろう。さすがの司法研修所の教官でも,「発生したが発生していない」ということまでは考えていないであろうと思われる。しかし,以下の記述[司法研修所・改訂問題研究15題(2006)8頁,26頁] を見ると,司法研修所の教官たちは,「発生するが発生しない」という論理も誤りではないとまじめに考えているようである。

要件分類説の考え方を簡単に説明すれば,権利の発生(売買契約の成立など)の点は,これを主張しようとする者に立証責任があるとし,権利の発生障害(契約の錯誤・虚偽表示による無効など),消滅(弁済・解除など)又は阻止(同時履行の抗弁権など)の点については,権利の存在を否定し又はその行使を阻止しようとする者に立証責任があるとするものです[司法研修所・改訂問題研究15題(2006)8頁] 。
錯誤,虚偽表示などがあれば,契約締結の事実があったとしても,その契約は無効であり,契約が外形的に存在しても,この契約から何らの法的効果も発生しなくなります。このような抗弁を障害の抗弁といいます[司法研修所・改訂問題研究15題(2006)26頁] 。

上記の記述からは,契約の成立による売買代金請求権の発生と,錯誤による売買代金債権の発生障害(抗弁)とが両立するという結論が生じる。その結果,売買代金請求権は,発生し,かつ,発生しないことになるが,それが両立するということになる。先に述べたように,司法研修所の要件事実論によれば,「発生したが消滅する」[司法研修所・改訂問題研究15題(2006)23頁] ,「発生しないが消滅する」[司法研修所・改訂問題研究15題(2006)24頁] がいずれも論理的に正しいと主張するのであるから,契約の成立による代金支払請求権の発生に対するその請求権の発生障害事由(錯誤)は,抗弁であり,発生原因と両立するのであるから,「発生するが発生しない」ということも論理的に正しいということになるはずである。ここまでくると,司法研修所の要件事実論の化けの皮がはがれてしまう。司法研修所の要件事実論が,論理的に破綻していることは,明白であろう。

もちろん,司法研修所の教官も,自らの理論の不都合さに気づいているのであろう。以下の記述は,司法研修所から初学者に対する警告であるが,否認と抗弁との違いについて,司法研修所の教官たちが,権利発生障害要件(錯誤)の場合の説明に窮している様子が見て取れる[司法研修所・改訂問題研究15題(2006)24頁] 。

両立するか否かの判断は,常に要件事実レベルで行わなければならないことを特に注意すべきです(例えば,請求原因と抗弁の各具体的事実を対比して行います。)。法的効果のレベルで見たのでは,請求原因から発生する法的効果を打ち消すのが抗弁ですから,常に両立しないことになってしまいます。例えば,請求原因で売買契約の成立を主張したのに対し,被告が錯誤により契約が無効であると主張する場合,売買契約は無効となるから,錯誤は抗弁に当たらないと考えるのは,法的効果のレベルで見たことになります。これは,誤った考え方です。この点は初学者が間違いやすい事柄ですので注意が必要です

契約の成立要件については,学説の間で対立があるが,大審院の判例(大判昭19・6・28民集23巻387頁)によると,「内心の意思の合致」であるとされている。通説は,契約の成立要件は,「外形的な意思表示の合致」だとしているが,外形的な意思表示が合致しなくても,「内心の意思が合致している」場合には,契約が成立することを否定する学説は存在しない。なぜなら,「誤表は害さず(表示が合致していなくても,意思が合致している場合には契約の効力が発生する)」というローマ法以来の伝統的考え方の正しさについては,学説に異論がないからである。そうだとすると,「外形的な意思表示の合致」があると,「内心の意思の合致」が法律上推定されているだけであり,契約成立の本来の要件は,「内心の意思の合致」であると考えることも可能となる。そして,この考え方によると,原告が,「外形的な意思表示の合致」を主張・立証すれば,被告によって,錯誤等の「内心の意思の不合致」(大判昭19・6・28民集23巻387頁の用語法である)が立証されない限り,契約は成立するということになる。

このように考えると,錯誤の主張は,「内心の意思の不合致」に該当することに疑いはないのであるから,契約の成立要件である「内心の意思の合致」と錯誤の主張による「内心の意思の不合致」とは,要件事実レベルにおいても,矛盾するのであって,要件事実のレベル(内心の意思の合致・不合致)でも,契約の成立のレベル(契約の成立・不成立)でも,さらには,最も重要な請求権の発生レベル(請求権の発生・不発生)でも両立しない,すなわち,いかなるレベルでも両立するものではないことがわかる。

なお,契約成立・不成立のレベルに関しては,多少の説明が必要であろう。民法95条によれば,錯誤は,意思表示(申込みまたは承諾の意思表示)を無効とするとしている。そして,申込みまたは承諾の意思表示が無効となった場合の効果は,民法521条で明らかにされているように,契約の不成立である。このように,錯誤の効果は,厳密には,契約の不成立であって,契約の無効とは異なる。したがって,契約成立・不成立のレベルでも,錯誤の主張は,契約の成立と両立しないのである。

上記の錯誤の主張(代金支払請求権が発生しないとの主張)が契約成立による売買代金支払請求権の発生と両立する(発生するが発生しない)という矛盾を棚に上げて,司法研修所は,初学者に対して「この点は初学者が間違いやすい事柄ですので注意が必要です」という警告を掲げているが[司法研修所・改訂問題研究15題(2006)24頁] ,これは,自らに向けられるべき警告であり,追い詰められた司法研修所の教官たちの最後の抵抗に過ぎないこともよくわかる。

司法研修所の要件事実論に従った「消滅の抗弁」の説明のうち,「売買契約の締結によって代金支払請求権が発生するが,消滅時効によってその請求権が消滅した」(発生したが消滅した)という,発生と消滅とが両立するという説明[司法研修所・改訂問題研究15題(2006)23頁] に納得した初学者も,「借りていないけれど返した」(発生しないが消滅した)という説明[司法研修所・改訂問題研究15題(2006)24頁] には,多少の違和感を感じたはずである。そして,最後に,「売買契約の締結によって売買代金請求権が発生するが,錯誤(発生障害抗弁)によって売買代金請求権は発生しない」(発生するが発生しない)も請求原因と抗弁だから両立するという説明に出会うと,不安を感じることになるであろう。これがまともな理論といえるのであろうか。大学で教える価値のある理論なのであろうか。答えは,明らかに否であろう。

D. 従来の要件事実論では,真の法律要件要素が反対事実として抗弁に回されるため,実体法の理解が妨げられる

要件事実論の弊害が最も大きく現れるのは,たとえば,要件事実論をマスターした人たちにとって,民法93条(心裡留保)の立法趣旨を理解することが著しく困難となることである(従来の要件事実論の第3の弊害)。

民法93条は,表意者が真意でないことを知りつつ,真意と異なる意思表示をした場合に,その意思表示の効力を定める規定である。その実体法上の効果は,以下の通りである。

(a) 民法93条の心裡留保の立法理由と実体法上の意味

ところが,民法93条は,その法律要件が「本文とただし書き」として起草されているため,従来の要件事実論を学んだ人々は,心裡留保の原則は,意思表示が有効となることであり,相手方が悪意または有過失の場合には,相手方を保護する必要がないために,例外的に無効となると理解している。

(b) 従来の要件事実論をマスターすると,民法93条の立法理由が全く理解できなくなる

したがって,司法研修所の要件事実教育を受けたほとんどの人は,民法93条ただし書きについて,民法立法者が,以下のように,「ただし書き」は,意思表示の「本則に復へるべきもの」である[民法理由書(1987)142頁]と述べていることを理解することができないという状態に陥っている。

(民法93条の立法理由)
 本条は,意思を表示する者が其相手方に対して真実の意思を隠秘したる場合の規定なり。若し此場合に於て右の原則を適用せば,其意思表示はあるも意思なきが為めに,当然,無効ならざるべからず。…相手方が表意者の真意を知りたる塲合に於ては然らざることを得ざる所なりと雖も,相手方が表意者に欺かれたる場合に於ては若し之を有効とせざれば,取引の安全強固は終に得て望むべからざるに至らん。是れ本条上段の規定を必要としたる所以なり。但書は,特に相手方を保護するの必要なき場合なるを以て,本則に復ヘるべきものとし,以て本文の適用の範囲を明にしたるものなり。

(c) 従来の要件事実論をマスターすると,民法93条の立法理由が理解できなくなる理由

従来の要件事実論を学んだ人々が,民法93条の立法趣旨を理解できなくなる理由は,従来の要件事実論によれば,心裡留保の原則は有効であり,相手方の履行請求に対して,表意者が抗弁として,「相手方の悪意または有過失」を主張立証した場合にのみ,例外的に無効となるという考え方しかできなくなっているからである。意思表示は原則が有効であるとすると,なぜ,ただし書きで無効となるのかは,むしろ,理解が困難となる。そこで,「悪意または有過失の相手方は」保護に値しないので,例外的に無効となるという理解にとどまる者がほとんどということになる。したがって,司法研修所の要件事実教育を受けた人々にとって,心裡留保は,「意思の不存在」(民法101条の用語法)なのであるから,「原則は無効である」という立法者の考え方は,理解できないという事態が生じているのである。

心裡留保も,意思の不存在として,原則は,無効である。その心裡留保による意思表示が,例外的に無効を主張できなくなるのは,善意・無過失の相手方を保護するための権利外観法理が適用されるからである。ところが,従来の要件事実論を学ぶと,このことは,ほとんど理解不能となる。心裡留保の抗弁の要件事実は,「悪意または有過失」であって,権利外観法理に不可欠の「善意・無過失」は要件事実でないと考えてしまうからである。

このようにして,従来の要件事実論は,立証責任のみに焦点を当てた理論であるため,たとえば,権利外観法理が実現されている条文のように,「相手方の善意・無過失」が実体法上は重要な要件であっても,立証責任の観点からは,その要件が本文から脱落し,ただし書きに,その反対事実である「悪意または有過失」が抗弁として規定されることになるため,「善意・無過失」は要件事実ではないということになり,要件事実こそが実体法上も重要な要件であるという誤解から,実体法上の理解が阻害されるに至るのである。

このような弊害は,単に初学者に対する影響を超えて,実体法の研究者,および,立法担当者に対しても及んでおり,わが国の民事実体法を制定する際にも,憂慮すべき混乱が生じているのである(詳細は,[加賀山・民法学習法(2007)241頁以下] )。

E. 硬直的な立証責任の分配原理による被害救済の阻害(下級審の創造的な解釈の芽を摘みとる最高裁の官僚的法解釈)

従来の要件事実論の第4の弊害は,それが,条文の文言解釈で決定され,一度決まった立証責任は,転換されることはないという意味で,硬直的な立証責任論に基づいているため,被害者救済を困難にしているということである。すなわち,従来の要件事実論は,ドイツのローゼンベルクが提唱した法律要件分類説[ローゼンベルク・証明責任論(1972)]という,実体法の条文構造のみに基づく硬直的な立証責任の分配法則に依拠して構築されたため,法律要件はすべて原告が主張しなければならず,過失にせよ,因果関係の証明にせよ,その証明は困難を極めるため,被害者の救済を困難に陥れてきた

たとえば,被害者救済のため,立証責任の原則を解釈によって変更できるとした原審判決に対して,従来の要件事実論に基づいて,これを破棄した最二判平1・12・8民集43巻11号1259頁〔鶴岡灯油訴訟上告審判決〕は,その典型例である。最高裁判決は,ヤミ・カルテルを行った被告ではなく,その被害者である原告に因果関係の立証責任を全面的に負わせているが,このことは「法は正当なことに味方する」(Favor legitimatis)という立証に関する法格言にも反していると思われる。

従来の要件事実論による硬直的な立証責任の分配法則の弊害は,この判決における裁判官島谷六郎の補足意見において,以下のように,見事に集約されている。

本件訴訟は,石油元売業者の価格協定の実施により,石油製品の購入者が損害を被ったとして,民法709条による損害の賠償を求めるものであるが,その価格協定が実施されなかったとすれば形成されたであろう想定購入価格と消費者が現実に購入した際の小売価格との差額,価格協定の実施と現実購入価格の形成との間の相当因果関係の存在等についての主張立証の責任は,消費者において負担するものであること,多数意見において詳細に説示したとおりである〔従来の要件事実論〕。そして,現実の小売価格の形成には,経済的,社会的な幾多の要因があり,これら諸要因が複雑に競合して現実の小売価格が形成されるのであるから,想定購入価格の算出,小売価格と価格協定の実施との間の因果関係の有無等については幾多の難問が存在し,これらを消費者が主張立証することは,極めて困難な課題であるといわなければならない。しかし,不法行為法の法理からすれば,まさに右説示のとおりであって,いまにわかにこの原則を変えるわけにはいかない

もしも,従来の要件事実論を廃し,本稿で提唱する新しい要件事実論に基づいて,立証責任についての柔軟な立証責任の原則を構築することができれば,被害者救済の実現が可能となる。たとえば,民法186条2項の占有継続の法律上の推定規定を類推して,因果関係についても,被害者の損害の発生という因果関係の終点からはじめて,加害者の危険領域の直前までの因果関係が立証できたときは,加害行為から損害発生までのすべての因果関係の連続が推定されると解釈することが考えられてよい(新潟水俣訴訟第1審判決(新潟地判昭46・9・29下民集22巻9・10号別冊1頁,判時642号96頁,判タ267号99頁)参照)。なお,この点については,新しい要件事実論の提案の箇所(3.C.(c)で詳しく論じる)。したがって,司法改革の観点からは,従来の要件事実論は,その硬直的な立証責任の分配法則が,司法改革の対象とされるべきである


3 新しい要件事実論の提案


A. 判決書の新様式において,司法研修所の要件事実論が見限られた理由

判決書の作成の技術訓練として始まった司法研修所の要件事実論であるが,要件事実論に従って判決書を作成すると,判決を受け取った「当事者にとって,分かりにくく,知りたいところに十分こたえていない」([民事判決書の新様式(1990)4頁],[座談会・判決書の新様式(1990)16頁(涌井東京地裁判事発言)])との不満が高まっていく。そして,平成元年(1989年)に,判決書を国民にとってわかりやすく改善するための判決改善委員会が東京と大阪の各地方裁判所・高等裁判所に設置され,そこでの検討結果が「民事判決書の新しい様式について」[民事判決書の新様式(1990)4頁]として公表される。その結果,民事判決書の新しい様式では,「新様式による判決書は,証明責任・主張責任の分配原則に従った事実の整理をしない」[高橋・民事訴訟法(2000)456頁],すなわち,司法研修所の「主張責任の分配法則に従った要件事実による整理は判決の中ですることはあきらめ」ることで一致をみることになった[ミニシンポ・判決書の新様式(1991)7,8頁(岨野悌介大阪地裁判事)]。

裁判官のためだけに構成された官僚法学としての司法研修所の要件事実論が,判決を受け取る当事者の側からだけでなく,官僚としての裁判官からも改善を求められたというのは,歴史の皮肉であろう。司法研修所の要件事実論が裁判官ばかりでなく,訴訟当事者からも見限られるに至る原因は,以下の2つに要約できる。

第1に,裁判官のために構築された理論が,裁判官にとっても重荷となったことである。「ごく簡単な事件でも,請求原因,それに対する答弁,抗弁,それに対する認否,再抗弁,それに対する認否,再々抗弁,というふうな組立てをしなければ判決が書けない」[ミニシンポ・判決書の新様式(1991)6頁(岨野悌介大阪地裁判事)]というように再抗弁,再々抗弁,再々々抗弁…という無意味な無限後退が,判決書きの阻害要因となってきたからである。

第2に,立証責任の分配に固執し,立証責任を負う事実だけを主張すればよいとする司法研修所の要件事実論では,当事者の言い分を十分に反映できない。このため,司法研修所の要件事実論従って判決を書くと「骨と皮だけの判決,すなわちいわゆる骨皮筋右衛門判決だとか,骸骨の裸踊り判決だとかいうように酷評されるような判決になってしまう」[ミニシンポ・判決書の新様式(1991)7,8頁(岨野悌介大阪地裁判事)]からであり,せっかく判決を下しても,訴訟当事者の言い分が正確に反映されていない事実関係の箇所は,当事者にも読まれなくなっており[ミニシンポ・判決書の新様式(1991)11頁(平岡建樹弁護士)],司法研修所の要件事実論に従うことの意味がなくなるに至ったからである。

もっとも,民事判決書が新様式に変更される際に,判決改善委員会は,一方で,「判決書は当事者のためにある」ことを何度も記述することによって([民事判決書の新様式(1990)5頁],[ミニシンポ・判決書の新様式(1991)5頁]),従来の判決書きに対する反省を求めるとともに,他方で,「新様式は,決して従来の要件事実の理論や教育を軽視したり,その役割を無益なものと評価したりしているわけでは毛頭ありません」[座談会・判決書の新様式(1990)23頁(島田禮介大阪地裁判事発言)]としている。しかし,この発言を真に受けて,「従来型の判決を下書きしてから,新様式の判決を書く」[座談会・判決書の新様式(1990)36頁(萩原金美発言)]というのでは,裁判官の負担を軽減するための新様式の考え方に逆行することになる。判決改善委員会の委員も,司法研修所の従来型の教育を擁護すると同時に,以下のように,新しい要件事実教育が望まれているとして,要件事実教育の変更の方向性をも示唆しているからである「座談会・判決書の新様式(1990)34頁(島田禮介大阪地裁判事発言)」。

民事裁判の実務が,新様式の判決に変わっていくということになってくれば,研修所でも〔従来の要件事実教育とは異なる〕新様式の判決の教育をせざるを得ないことになって来ようかと思われます。

民事判決書の新方式が判決書の書き方として定着した現状において,旧方式の判決書を書くことしかできない司法研修所の要件事実論を教育することは,無意味である。「旧方式で判決を下書きした上で,新方式で書き直す」というのでは,まるで,「文語体で日本語を書いた後に,口語体に書き改める」というのと同じであり,裁判官の判決書きの負担を軽減するという判決書の新様式の趣旨に反する。

司法研修所の要件事実論は,判決書の旧様式が使われなくなった現在では,もはや,使命を終えた歴史的遺物に過ぎない。もっとも,司法研修所の要件事実論は,今なお,法制史研究の対象としては貴重である。しかし,現在の法曹を育成するという法科大学院の実務教育科目としては,その役割は終了したのであり,「無益」に等しい。大切なことは,裁判官のための判決書から,当事者のための判決書をめざして提案された新様式の判決を書くための指針となる,「新しい要件事実論」を構築することであろう。

B. 新しい要件事実論の目的

新しい要件事実論は,従来の要件事実論のメリットを活かしつつ,従来の要件事実論のデメリットをすべて克服するものでなければならない。したがって,新しい要件事実論は,従来の要件事実論が判決書の新様式に対応できないのに対して,当事者の言い分,すなわち,争点を迅速かつ確実に訴状,答弁書,そして,判決書の新様式に反映できる理論を提供するという目的にかなうものであることが必要である。

C. 新しい要件事実論の基本的な考え方

(a) 権利の存否に関する争いの出発点としての訴訟物

新しい要件事実論の出発点は,訴訟物を原告の権利主張と考え,原告の権利主張とは,「権利が発生し,かつ,消滅していない」という攻撃方法として具体化されると考える。これに対する被告の防御方法は,「権利が発生していないか,権利が消滅した」という防御方法を通じて,権利の存在を否定する主張として具体化する。

(b) 攻撃防御方法としての「権利の発生かつ不消滅」と「権利の不発生または権利の消滅」

権利の発生と消滅に関する主張は,すべて,法律の条文を基本とするが,学説・判例の解釈を通じて確定される法律要件要素によって構成される。その際,法律要件要素に関する立証責任は,もちろん,重要な問題であるが,原告は,立証責任を負う法律要件要素(発生原因)だけを主張すればよいとか,被告は,立証責任を負う法律要件要素(発生障害原因,消滅原因)だけを主張すればよいという従来の要件事実論には,与さない。

原告は,立証責任を負うか負わないかにかかわらず,権利の発生要件と消滅原因のないことを主張すべきであり,これに対して,被告は,権利の発生要件の不存在,または,権利の消滅要件の存在を主張すべきである。

(c) 立証責任を決定する「法律上の推定」の重視

両当事者の主張とは異なり,立証に関しては,法律要件要素に該当する事実が真偽不明となった場合に,それが存在しないかのように判断すべきか(原則),反対に,それが存在したかのように判断すべきか(例外)は,「法律上の推定規定」が存在するかどうかを考慮して,裁判官が判断する。

従来の要件事実論は,これをほぼ,「本文とただし書き」という条文の規定の構造によってのみ判断しようとしたが,それでは,不十分である。広い意味での「法律上の推定」こそが,立証責任の分配を決定すると考えるべきである[浜上・製造物責任の証明問題(1975)2頁以下参照] 。

このように,立証責任の分配は,究極的には,「法律上の推定があるかどうか」で決定される。もっとも,「法律上の推定」は,明文で規定されている場合は,それほど多くはない。たとえば,民法においては,法律上の推定が明文で定められているのは,わずか25箇所に過ぎない。しかし,法律上の推定は,以下に述べるように,@明文で定められている以外にも,A一般原則として認められている場合,B条文が,本文とただし書きで書き分けられている場合,さらには,C解釈によって存在する場合があり,これらによって,立証責任の分配を決定することが可能である。

立証責任の分配は,第1に,「法律上の推定」規定があるかどうかで判断される。その理由は,法律上の推定の場合には,「真偽不明の場合にどのように判断すべきか」について,実体法の立法者が明確に意識した上で,条文の起草を行っているからである。立法者が事実が「明らかでないとき」(民法30条,32条の2,762条)などとして,立証責任の分配を明確に意識して,条文を起草しているときは,それに従うべきである(立法者意思)。

たとえば,民法32条の2の「法律上の推定」は,民法成立後に,航空機事故等によって,家族が一度に死亡した場合の相続関係の複雑さを回避するために,死亡の順序が不明の場合を想定して,「同時死亡」という「法律上の推定」を行ったものである。この場合には,条文の明文にある通り,「1人が他の者の死亡後になお生存していたことが明らかでないとき」には,裁判官は,すべての者が「同時に死亡したもの」であるかのように扱い,その間の相続関係を否定する判決を下さなければならない。

法律上の推定は,第2に,明文の規定があるばかりでなく,「出生した人は,死亡が確認されたり,失踪宣告がなされない限り,生きていると推定される」とか,「いったん発生したものは,消滅が証明されない限り,存在すると推定される」とかという一般に承認された推定原理は,存在証明の推定原理として,一般に承認されている確立した原理であり,条文上の根拠がなくても,利用することができる(経験則)。

たとえば,先に述べたように,原告の主張は,権利の存在の主張であるが,権利の「存在」は,「権利が発生し,かつ,権利が消滅していないこと」によって証明される。このうち,原告が立証責任を負うのは,権利が発生することを根拠づける法律要件要素についてのみである。権利が消滅していないことを根拠づける法律要件要素については,原告は立証責任を負わない。この理由は,いったん権利が発生すると,反対事実の証明がない限り,権利が存在しているという「法律上の推定」が働くからである。この「法律上の推定」は,もちろん法律による明文の規定はないが,解釈によって,争われることなく一般に認められている原則である。[司法研修所・改訂問題研究15題(2006)8頁] も,以下のようにして,結果として,この原理が有用であることを認めている。

ある権利の発生原因が立証されたときは,消滅等の点について立証がない限り,その権利は存続しているものと扱われることになります。

法律上の推定は,第3に,実体法の条文が,「本文」と「ただし書き」とに書き分けられている場合にも,「ただし書き」の法律要件要素の反対事実が法律上推定されていると解釈することができる(条文構造)。

たとえば,ただし書きで,「ただし,悪意の場合にはこの限りでない」と書かれていたら,その反対事実である「善意」が「本文」の法律要件要素として,「法律上推定」されていると解釈することができる。もっとも,本文とただし書きは,立法者が,実体法上の原則と例外とを書き分けているだけで,立証責任のことを考慮していない場合には,法律上の推定と解すべきではない([新堂・民事訴訟法(1985)355頁] ,[高橋・民事訴訟法上(2005)482頁] )。

法律上の推定は,第4に,法律の解釈,特に,法律上の推定の類推解釈としても認められる。たとえば,法律上の推定規定の典型例である民法186条2項の類推として,因果関係の法律上の推定が考えられる(類推解釈)。

法律要件要素のうち,原告が立証することが極めて困難である場合には,その一部が立証された場合(たとえば,因果関係の連鎖が,原告から被告の危険領域に至るまで立証されたという場合)には,残りの部分の因果関係(被告の危険領域に関する因果関係)について,法律上の推定があると解釈することが可能となる(因果関係の証明における危険領域説等参照)。

具体的には,新潟水俣病訴訟判決(新潟地判昭46・9・29下民集22巻9・10号別冊1頁)の「推定」の意味をめぐって争われている。この場合も,因果関係の証明において,原因物質が被害者に到達する経路(汚染経路)の立証が企業の門前にまで到達した場合には,企業側において,自己の工場が汚染源になり得ない所以を証明しない限り,因果関係全体の存在が法律上推定される,すなわち,立証責任が転換されると考えるべきであろう。因果関係の一部(相手方の危険領域を残した部分)の立証によって,因果関係の全体が法律上推定されるというメカニズムは,民法186条2項が,占有の始点と終点とが立証されると,占有の継続が法律上推定されるというメカニズムと同じである。

このような法律上の推定は,本文とただし書きによる方法(暫定真実)では,表現できないものであり,「本文とただし書きによる表現方法」と比較した際の,「法律上の推定」による表現方法の優越性が際立つ例となっている。なぜなら,立証責任が訴訟の途中で転換するという現象は,民法186条2項のように,法律上の推定規定としてしか,表現することができないからである。

このようにして,法律要件要素が真偽不明となった場合に,裁判官がその法律要件要素の不存在を前提に裁判をすべきか(原則),反対に,裁判官がその法律要件要素の存在を前提に裁判をすべきか(例外)は,その法律要件要素が,法律上推定されているかどうかの解釈問題に帰することになる。その場合の判断は,突き詰めていくと,その法律要件要素の証明の難易を考慮して,原告と被告とどちらに立証責任を負わせるのが,公平かという解釈問題へと収斂することになる。この点で,証明窮乏から裁判官を救済するための制度としての立証責任の問題が,再び,当事者の立証活動とリンクすることになる。

D. 新しい要件事実の方法論

(a) 原告の攻撃方法(権利が発生し,かつ,消滅していない)と被告の攻撃方法(権利は発生していないか,または,消滅している)の正確な記述

従来の要件事実論の致命的欠陥は,立証責任の分配によって主張責任の分配をも決定しようとしたために,当事者の言い分のうち重要な争点(たとえば,売買代金支払請求事件では,事実記載に「原告は,被告に甲土地を引き渡した」という事実も,さらに,核心部分ともいうべき,「原告が請求しても,被告は,いろいろ言って,代金2,000万円を支払わない」という事実をも反映することができないことであった[司法研修所・改訂問題研究15題(2006)31頁])。

新しい要件事実論では,原告の主張と被告の主張とは,明確に対立し,すべての言い分が正確に反映されることになる。その原因は,新しい要件事実論は,立証責任と主張責任とを切り離し,原告の主張は,「権利が発生し,消滅していない」ことであり,これに対して,被告の主張は,「権利が発生していないか,または,権利が消滅している」ことであることを明確にしているため,原告は,「甲土地を被告に売った」ことだけでなく,権利の発生の阻止の抗弁を排除するために,「原告は,被告に対して甲土地を引き渡した」ことを主張すべきであり,また,被告の消滅時効の抗弁を阻止するために,「原告は,被告に請求した」ことを主張できるし,被告の弁済の抗弁を阻止するために,「被告はいろいろ言って代金2,000万円を支払わない」ことを主張することができる。被告は,それらの原告の主張に対して,認否をすることによって,すべての争点が速やかに明らかとなる。

(b) 再抗弁,再々抗弁,再々々抗弁,…という無限後退の解消

新しい要件事実論の特色は,原告が主張すべきことを「権利が発生し,かつ,消滅していない」ことであるとし,被告が主張すべきことを「権利が発生していないか,または,権利が消滅している」ことであるとしているため,原告と被告の主張は,真っ向から対立する構造となっており,両立する主張は,含まれていない。例外的に両立する場合というのは,同時履行の抗弁権に代表されるいわゆる「阻止の抗弁」であり,この場合は,両者の主張がともに認められて,引換給付判決が下される。したがって,新しい要件事実論では,訴訟物に関して,相手方が牽連する訴訟物でもって,阻止の抗弁を主張することを想定し,次に示す,新しいブロック・ダイアグラムに見られるように,潜在的な訴訟物をも考慮に入れた主張のやりとりを行えるようにしている。

このようにして,新しい要件事実論では,原告の主張と被告の主張とは,常にかみ合うことになるため,両立する事実は全く存在しないことになる。これまで,再抗弁とされていた事実は,原告の主張に還元されるし,再々抗弁といわれてきた事実は,被告の主張の中にあらかじめ取り込まれることになる。したがって,新しい要件事実論においては,裁判官をも悩まし続けてきた再抗弁,再々抗弁,再々々抗弁,…という無意味な無限後退は解消される。

以上のことを明らかにするために,新しい要件事実論が採用する,あたらしいブロック・ダイアグラムを紹介することにする。

(c) 新しい要件事実論における新ブロック・ダイアグラム

以下のモデルが,新しいブロック・ダイヤグラムのモデルである。すべての訴訟事件は,このブロック・ダイアグラムの中において,原告の主張と被告の主張として,収納することができる。どんな複雑な事件も,この欄からはみ出すことはないし,原告と被告のすべての重要な言い分も,すべてこの4×6のマトリックスの中に収まるように設計されている。







*表6 新ブロック・ダイアグラムのモデル
  原告の主張 被告の主張
訴訟物
(請求の趣旨)
本訴請求 請求の趣旨 請求の趣旨に対する答弁
仮定的な反訴請求
(引換給付)
牽連する被告の権利主張に対する答弁 被告の牽連する権利主張
要件事実
(請求原因)
発生事由,
発生障害事由
請求原因(1) 請求原因(1)に対する認否
阻止事由
(延期的抗弁)
請求原因(2) 請求原因(2)に対する認否
消滅事由,
消滅障害事由
請求原因(3) 請求原因(3)に対する認否

従来のブロック・ダイアグラムが,再抗弁,再々抗弁,再々々抗弁,…というように,右へ右へとずれていき,原告と被告との応酬がテニスのラリーのようには展開できず,ラリーの場所が,コートの場外へと無限に広がっていき,なかなか元の場所に戻ってこれないという欠点を有していた。

Kg: Klagegrund(請求原因),E: Einwendung(抗弁),R: Replik(再抗弁)
D: Duplik(再々抗弁)T: Triplik(再々々抗弁),…
○:自白,または,顕著な事実,△:不知,×:否認
*図1 旧ブロック・ダイアグラムのモデル

この新しいブロック・ダイアグラムの特色は,4×6のブロックが変形されることはない。ただ,単に,その中身が増えて行くに過ぎない。原告と主張の対立は,テニスのラリーの応酬のように,コートの中で正確に再現される。そのことを,[司法研修所・改訂問題研究15題(2006)21頁]以下の第2問の場合を例にとって,明らかにすることにしよう。

*表7 第2問に関する新ブロック・ダイアグラム
  原告の主張 被告の主張
訴訟物
(請求の趣旨)
本訴請求 請求の趣旨
Yは,Xに対し,甲土地の売買代金2000万円を支払え。
請求の趣旨に対する答弁
Xの請求を棄却する。
仮定的な反訴請求
(引換給付)
牽連する被告の権利主張に対する答弁
Yの反訴請求を棄却する。
被告の牽連する権利主張
Xは,Yに対し,甲土地を引き渡せ。
要件事実
(請求原因)
発生事由,
発生障害事由
請求原因(1)
平成8年3月3日,原告と被告の間で,原告が甲不動産を被告に2,000万円で売るとの売買契約を締結した。
請求原因(1)は否認する。
(延期的抗弁)
仮定的な阻止事由
請求原因(2)
Xは,上記売買契約に基づき,Yに甲土地を引き渡した。
請求原因(2)は認める。
消滅事由,
消滅障害事由
請求原因(3)
Xは,Yに対して,平成8年3月3日から,訴え提起に至るまで,何度も2,000万円の支払の催告をしたが,被告は,言を左右して,売買代金2,000万円を支払わない。
請求原因(3)は認めるが,代金の折り合いがついていないから,支払う必要がない。
消滅時効の抗弁
たとえ,売買契約が成立していたとしても,請求原因(1)に基づくXの債権は,平成18年3月3日までの10年間,Xが権利行使をしていないので,時効によって消滅している。

上記の新しいブロック・ダイアグラムと従来のブロック・ダイアグラム[司法研修所・改訂問題研究15題(2006)19頁] とを比較してみよう。第2問の場合,司法研修所の要件事実論に基づく旧ブロック・ダイアグラムでは,Kgの外に,Eが追加されたことによって,構造自体が変化している。

*図2 第2問に関する旧ブロック・ダイアグラム

このように,旧ブロック・ダイアグラムにおいては,原告と被告の主張によって,ブロック・ダイアグラムの構造が次々と変化し,定まるところがない。しかも,この旧ブロック・ダイアグラムを見ても,原告の「言い分」,被告の「言い分」が,どのようにかみ合っているのかほとんど不明である。なぜなら,最大の争点としての「被告が代金を支払っていない」という事実が,旧ブロック・ダイアグラムには書き込むことができないからである。

このように見てくると,新旧ブロック・ダイアグラムの質の違いは歴然としていると思われる。したがって,訴訟の構造を理解するために旧ブロック・ダイアグラムを書く必要はない。たとえ,受験対策として,旧ブロック・ダイアグラムを書く技術を身につけることが必要だとしても,先に,新ブロック・ダイアグラムを完成させておけば,旧ブロック・ダイアグラムに変換することは,いとも簡単であり,先に,旧ブロック・ダイアグラムを書く必要はなく,書くだけ時間の無駄であろう。


おわりに


これまでの議論を通じて,司法研修所の要件事実論の特色は,以下の7点まとめることができる。

  1. 司法研修所の要件事実論は,当事者の「言い分」のうち,その重要な部分を訴状や答弁書に反映することができない(「言い分方式」の名に値しない)。
  2. 司法研修所の要件事実論は,「言い分」を反映だけないばかりでなく,判決の新様式にも全く対応できない(「理論と実務の架橋」とはほど遠い)。
  3. 司法研修所の要件事実論は,抗弁の定義を「請求原因と別事実」と定義したため,「発生しているが発生していない」,「借りていないけれど返した」という命題が論理的に成り立つという矛盾に陥っている(「結論がおかしければ前提を疑え」という学問の出発点を理解していない)。
  4. 司法研修所の要件事実論は,正権原を有する不動産占有者(居住権者)にとって過酷な責任を負わせる結果となっている(ドイツ民法の表面的な受け売りが多い)。
  5. 司法研修所の要件事実論は,立証責任を重視し,本文と但し書きの関係を立証責任の原則と例外だと考えている(実体法の理解を阻害している)。
  6. 司法研修所の要件事実論は,立証責任を固定化し,被害者救済を困難にしている(消費者被害の救済を阻害する要因となっている)。
  7. 司法研修所の要件事実論は,以上のような致命的な欠陥を有しており,現状のままでは,大学で教える価値を有さない。

以上で,司法研修所の要件事実論の問題点の指摘と,新しい要件事実論の概要についての論証を終わる。今後の課題としては,[司法研修所・改訂問題研究15題(2006)] の解説のすべてを順を追って取り上げ,その理論的な破綻を逐一指摘するとともに,新しい要件事実論の各論を明らかにすることが残されている。すなわち,司法研修所の要件事実教育が大学教育の目的と対立するものであること,大学教育に適合した新しい要件事実論とはどのようなものかを,具体例を通じて明らかにするという課題である。


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