報告:2006年11月3日
明治学院大学法科大学院教授 加賀山 茂
図1 事実の発見とルールの発見の相互関係 |
従来の法教育は,一方的な講義によって知識を習得することに重点が置かれていたが,市民のための法曹を養成するためには,法教育においても,双方向のコミュニケーションが重要であることが認識され,双方向のコミュニケーションを重視するアメリカのロー・スクールにならって2004年にわが国においても法科大学院が設立された。
わが国における司法制度改革の一貫として2004年に創設された法科大学院の教育理念は,以下の通りである[司法制度改革審・意見書(2001)]。
専門的な法知識を確実に習得させるとともに,それを批判的に検討し,また発展させていく創造的な思考力,あるいは,事実に即して具体的な法的問題を解決していくために必要な法的分析能力や法的議論の能力等を育成する。
ここで重要なことは,「創造的な思考力」を育成することにある。一見すると,[司法改革審・意見書(2001)]では,「専門的な法 知識を確実に習得させ」た後に,それを批判的に検討・発展させていくのが「創造的な思考力」であるかのように読める。しかし,「創造的な思考力」を育成す るために,まず,「専門的な法知識を確実に習得させる」という順序で教育したのでは,結局,「専門的な法知識を確実に習得する」という従来の法曹教育の段 階で時間切れとなってしまい,最も重要な「創造的な思考力」を育成することはできないことが明らかである。そこで,法科大学院では,「専門的な知識を確実 に習得させる」という最初の段階から,「創造的な思考力を育てる」ための周到な準備と,新しい教育方法を実現する必要がある。
そして,創造的な思考力を育てるための新しい教育方法のヒントは,実は,上記の意見書の法科大学院教育の基本理念の後半部分,すなわち,「事実に即して具体的な法的問題を解決していくために必要な法的分析能力や法的議論の能力等を育成する」という部分において,すでに明確に示されている。ここで大切なことは,「事実に即して具体的な法的問題を解決する」という最終目標が示され,そのための方法として,「必要な法的分析能力や法的議論の能力等」の必要性が明確に位置づけられているということである。
IRACの動態的解釈 | IRACの実行主体 | ||||
原告 | 被告 | 裁判所 | |||
法的分析 | Issue | 原告に有利な重要事実の発見 | 被告に有利な重要事実の発見 | 争点,重要な事実を確定する | |
Rules | 原告に有利なルール・法理の発見 | 被告に有利なルール・法理の発見 | 事案の解決に適切なルール・法理を発見する | ||
A | Application & A tentative conclusion | 原告に有利なルール・法理を適用して結論を導く | 被告に有利なルール,法理を適用して結論を導く | 原告と被告との議論を通じて,両者の妥当な点と,弱点とを発見する | |
法的議論 | Argument & Another tentative conclusion | 被告との対決によって弱点を補正して原告に有利な結論を導く | 弱点を補正した原告との対決によって弱点を補正し,被告に有利な結論を導く | ||
Coclusion | - | - | 具体的に妥当な判決を下す |
創造的な思考力を育てるためには,従来の教育方法とは逆に,まず,具体的な事例を示し,その問題を解決するためのルールを検索し,適切なルールを 「発見する能力」を育てることが重要である。そして,適切なルールが見つからない場合であっても,既知のルールから,それを導き出している原理に立ち返 り,既知のルールを構成しているさまざまな要素(法命題)を分析し直し,従来の解釈方法(拡大,縮小,反対,類推等)を縦横に駆使しながら,ルールの要素 を新たに組み替えなおし,問題解決に適した新しいルールを創造しながら,問題を解決するという,「要素を組み替える能力」を育てなければならない。
民法研究において条文の意味を正確に理解することが重要であることはいうまでもない。しかし,条文の意味を理解するには,さまざまな解釈を使う必要がある。
「解釈」とは元来「意味の認識」を意味するが,法の解釈は法適用という実践の予備作業である。ところが,民法の解釈については,文理解釈,拡大解釈,縮小解釈,反対解釈,類推解釈,例文解釈という複雑な解釈方法が頻繁に使われている。
このような解釈に初めて接した場合には,それぞれの解釈がどのような場合になされるのか,それぞれの解釈がどのような役割を果たし,相互にどのような関係にあるのか,ほとんど理解ができないと思われる。そこで,これらの解釈方法について,意味,適用例,適用理由,機能,および,相互の関係について概観しておくことにする。
図2 「車馬通行止め」を例にした民法の解釈方法 |
(参考)
電気窃盗 旧刑法の時代,電気の盗用は窃盗罪となるか争われたが,判例は,電気は可動性と管理可能性をもっているから窃盗の目的物となるとして,窃盗罪の成立を認めた(大判明治36・5・21刑録9・874)。現行刑法は,「電気は,財物とみなす」〔刑245〕という規定を置いて,立法的解決をしたが,電気以外の無体物についてはなお問題が残された。そこで,有体物説はこの規定を制限規定であるとして,電気以外の無体物は財物でないとするが,管理可能性説は,非制限的な注意規定であって,管理可能な限り無体物も財物であるとして,この規定の準用を認める。今日では,管理可能性説が通説化している。しかし,このような準用は,電気と同様な自然力の利用によるエネルギーに限るのが相当で,人の労働力とか牛馬の牽引(けんいん)力といったものまでにも拡張するのは相当でない(有斐閣・法律学小辞典〔第4版〕)。刑法 第235条(窃盗)
他人の財物を窃取した者は,窃盗の罪とし,10年以下の懲役又は50万円以下の罰金に処する。
刑法 第245条(電気)
この章の罪については,電気は,財物とみなす。
民法 第85条(定義)
この法律において「物」とは,有体物をいう。
図3 証券取引における誤発注事件 出典:日経コンピュータ2005年12月26日号15頁 |
第95条(錯誤)
意思表示は,法律行為の要素に錯誤があったときは,無効とする。ただし,表意者に重大な過失があったときは,表意者は,自らその無効を主張することができない。
第93条(心裡(り)留保)
意思表示は,表意者がその真意ではないことを知ってしたときであっても,そのためにその効力を妨げられない。ただし,相手方が表意者の真意を知り,又は知ることができたときは,その意思表示は,無効とする。
第1条(基本原則)
@私権は,公共の福祉に適合しなければならない。
A権利の行使及び義務の履行は,信義に従い誠実に行わなければならない。
B権利の濫用は,これを許さない。
権利外観法理
契約に無効原因がある場合には,原則として契約は無効となる。ただし,真実に反する外観を作出した契約当事者に帰責性がある場合には,その外観を善意・無過失で信頼した善意・無過失の第三者に対しては,信義則上,その無効を主張することができない。反対に,第三者が真実を知っていた場合,又は,真実を知るべきであった場合には,帰責のある当事者は,無効を主張できる。
(解説)権利外観法理とは,「真実に反する外観を作出した者は,その外観を信頼してある行為をなした者に対し外観に基づく責任を負うべきである」という理論である。権利外観法理の法律上の根拠は,信義則(民法1条2項)に求められる。
権利外観法理は,ドイツ法におけるRechtsscheintheorieに由来するものであって,英米法におけるエストッペル(禁反言)と機能的に同じであるとされている。すなわち,権利外観法理は,外観に対する信頼を保護することによって,取引の安全(動的安全・静的安全)と迅速性に資することを目的としている。
もっとも,取引の安全を確保するといっても,取引の相手方が無条件に保護されるわけではなく,「外観作出者にはそれについての帰責事由があり,外観を信頼した者は善意かつ無過失であること」が要求されています。つまり,権利外観法理は,真の権利者の保護と取引の相手方の保護とを両者の帰責性を比較衡量することによってバランスのよい解決を行おうとするものである。
図4 不動産の二重譲渡と民法177条 |
第177条(不動産に関する物権の変動の対抗要件)
不動産に関する物権の得喪及び変更は,不動産登記法(平成16年法律第123号)その他の登記に関する法律の定めるところに従いその登記をしなければ,第三者に対抗することができない。
第94条(虚偽表示)
@相手方と通じてした虚偽の意思表示は,無効とする。
A前項の規定による意思表示の無効は,善意の第三者に対抗することができない。
図5 通謀虚偽表示 |
権利外観法理
契約に無効原因がある場合には,原則として契約は無効となる。ただし,真実に反する外観を作出した契約当事者に帰責性がある場合には,その外観を善意・無過失で信頼した善意・無過失の第三者に対しては,信義則上,その無効を対抗することができない。
第176条(物権の設定及び移転)
物権の設定及び移転は,当事者の意思表示のみによって,その効力を生ずる。
医者Xが息子を私立大学の医学部に入学させたいと思い,医学部に顔の効くYに3,000万渡して裏口入学を依頼したところ,Yは,お金だけ受け取って何もしてくれなかった。それで,その息子は入学試験に落ちてしまった。そこで,XがYに対して不当利得に基づく返還請求をしたという事件である。この事件について,裁判所は,民法708条に基づいて返還請求を棄却した。 |
第708条(不法原因給付)
不法な原因のために給付をした者は,その給付したものの返還を請求することができない。ただし,不法な原因が受益者についてのみ存したときは,この限りでない。
第705条(債務の不存在を知ってした弁済)
債務の弁済として給付をした者は,その時において債務の存在しないことを知っていたときは,その給付したものの返還を請求することができない。
第706条(期限前の弁済)
債務者は,弁済期にない債務の弁済として給付をしたときは,その給付したものの返還を請求することができない。ただし,債務者が錯誤によってその給付をしたときは,債権者は,これによって得た利益を返還しなければならない。
第703条(不当利得の返還義務)
法律上の原因なく他人の財産又は労務によって利益を受け,そのために他人に損失を及ぼした者(以下この章において「受益者」という。)は,その利益の存する限度において,これを返還する義務を負う。
第704条(悪意の受益者の返還義務等)
悪意の受益者は,その受けた利益に利息を付して返還しなければならない。この場合において,なお損害があるときは,その賠償の責任を負う。
図6 「車馬通行止め」を例にした類推の構造 |
法律学においては,類推は,本来なら適用されるべきルール(Aルール)を具体的な事例(α事例)に適用した場合に生じる不都合な結果を回避するため,本来なら適用されるべきルール(Aルール)とは異なる結論を導けるルール(Bルール)を発見し,問題となっている具体的な事例(α事例)の場合には,本来適用されるべきルールが想定していた状況とは事案が異なるのであり,結論を異にするルール(Bルール)が適用されるべき状況(β事例)に似ているからという理由をつけて,そのルール(Bルール)を適用することをいう。
その場合にAルールとBルールとが似ているとされるのは,AとBとの上位規定またはそれを統合する一般原則(Cルール)が発見されているのであり,その上位規定,又は,一般原則(Cルール)から見ると,かつ,その限りで,AルールとBルールとは,似ているとされるのである。
比喩的に言うと,AルールとBルールとが似ているとされて類推されるのは,それらが,その親(Cルール)の兄弟姉妹(Aルール,Bルール)だからである。
参考文献