弔辞

2003年11月9日

名古屋大学大学院法学研究科教授 加賀山 茂


浜上ゼミのゼミ生の一員として,お別れの言葉を述べさせていただきます。

浜上先生,久しぶりにお会いするのが,この場であることをお許しください。前回お目にかかったときは,緑内障で,本が読めないのが残念だとおっしゃっていましたが,お体の方はお元気でいらっしゃいました。それが,この度の突然のご訃報に接し,私たちは驚きと悲しみで,呆然と立ちすくんでおります。

先生は,学生の間では,「少数説の浜上先生」といわれており,司法試験受験組の中には,先生の講義を聴くのを敬遠する向きもあったようですが,民法を本腰を入れて勉強しようとする者にとっては,まことに心強い味方でありました。難解な学説を読んでいて,自分の実力に自信を失いかけていたときに,先生がご講義の合間に,「学生諸君が,教科書を読んでいてわからないときは,ほかの人の書いた教科書や論文を読んでみてください。教科書の内容のうち,3分の1は,本人がよくわかって書いているので,諸君にもよく理解できますが,3分の1は,他人の学説を紹介しているだけなので,舌足らずで理解しにくいのです。そして,残りの3分の1は,本人もわからずに書いているので,諸君がわからないのが当然なのです。そういう場合には,諸君ではなく,学者の方が間違っていることが多いものです。」といわれたときには,本当に救われた気持ちになりました。

先生のお人柄に触れようとすると,講義だけでなく,楽しかったゼミの風景が思い起されます。浜上ゼミでは,活発な討論もさることながら,先生のご自宅にお招きいただいて開かれる恒例のゼミコンパで,奥様のお手料理を堪能しながら,また,お酒をツマに,その時々のご研究内容や,法律の勉強の仕方などについて詳しいお話をお伺いすることができたことが印象に残っております。特に,「どんな困難な問題に対しても,オーソドックスな正攻法でぶつかること」を勧められた先生のお教えは,深く心の糧となって生きております。

先生の研究分野は,初期の「法律行為論」を中心とした研究,中期の「製造物責任と消費者問題」に関する研究,後期の「部分的因果関係と共同不法行為」に関する研究の3つに区分できると思います。そして,そのいずれの分野の研究においても,現在の民法関連法の立法の中にその成果が生かされており,先生の研究が,単に,学問的な興味だけでなく,社会の動きを視野に入れたものであり,むしろ,それを先取するものであったことに,改めて驚きを感じずにはいられません。

先生の学風は,名古屋大学名誉教授の森島先生の言葉をお借りすると,「学者らしい最後の学者」というにふさわしいものであったと思います。とにかく,勉強がお好きで,研究上の議論で疲れて,話題を変えても,また,勉強の話になりますし,雑談していても,結局は,勉強の話になるというように,1日の中で,勉強のことを考えないのは,寝ているときだけだったのではないかというほどでした。

コンピュータが発達した現在では,タイムシェアリングという技術によって,マルチタスクが可能となり,現在の若い研究者は,家事や子育てをしながらも,大きな研究業績を残せるチャンスがでてきました。しかし,以前は,「学問は貴族にしかできない」といわれてきました。食事,家事,雑務のすべてから解放され,研究だけに時間を割くことができる貴族でなければ,精緻な論文を執筆したり,体系的な書物を執筆したりすることは困難だったからです。

先生が,数え切れないほどの業績を挙げられ,精緻な「浜上説」を築き上げることができたことについては,このような勉強三昧の生活を,背後でしっかり支えてこられたご家族,特に,奥様のお力添えが大きいと感じております。

私は,先生が最も研究活動に打ち込んでいらっしゃる時期に,ほとんど毎日のように,先生のご自宅や研究室に通って,先生の研究のお手伝いをさせていただくという機会に恵まれ,先生の研究上の方法論をすべて実践的に受け継ぐことができました。今後は,先生の学説を受け継ぎ,時代の変化に合わせて,さらに発展させていくことに微力を傾けたいとの決意を新たにしております。

浜上先生は,ほんとうに人情味にあふれた優しい先生でした。私は,研究のことで,先生から怒られたことは,ただの一度だけ,法人論の議論の中で怒られたことを除いて,皆無でありました。先生は,いつも,私の意見に耳を傾けてくださり,褒めていただくか,私の意見を先生の学説の中に取り込んだりしてくださいました。そのことによる自信が,現在の私を支えていると思っております。

私たちはよき師を得て,まことに幸運でした。ここに集まっているゼミ生たちも,みんなそのような気持ちを共有していると思います。

残念ですが,お別れを言わねばなりません。浜上先生,どうぞ安らかにお眠りください。そして,ほんとうにありがとうございました。