弁済の性質と要件

2001年12月6日

名古屋大学大学院法学研究科教授 加賀山 茂


弁済の性質


日常用語では,「弁済」は「金銭の支払」の場合にしか使わないが,法律用語としては,「弁済」と「履行」とは同義であり,履行としての物の引渡も弁済ということができる。つまり,弁済と履行とは同じ意味である。現行民法の用語法としても,「債務」という言葉の後には,「債務の弁済」,「債務の履行」というように,どちらも利用可能である。ただし,「債権」という言葉の後には,例えば,「債権の弁済を受ける」,「債権の弁済に充当する」,「債権の弁済期」というように,弁済という言葉しか用いることができないので注意を要する。

弁済は「意思」を要するか,弁済者に「行為能力」が必要かという点に関連して,弁済は,法律行為か,準法律行為かという議論がある。しかし,弁済と履行とが同じものであると考えるならば,何が債務の本旨に従った履行かという問題として捉え,「履行として法律行為が要求されるなら,その内容としての意思表示および行為能力が必要となることは言うまでもなく,事実行為で足りるなら,これらは必要がないと解すべきである」(平井宜雄『債権総論』弘文堂(1994)164頁)。

債権の消滅原因 法律行為 契約 代物弁済,更改,供託
単独行為 債権者の単独行為 免除
債務者の単独行為 相殺
準法律行為(通説) 弁済 法律行為 契約 譲渡
単独行為 寄付行為
事実行為 競業避止,労務に服する
事件 混同,債務者の責めに帰すべきでない履行不能

弁済能力

第476条〔譲渡能力のない所有者の取戻〕
譲渡ノ能力ナキ所有者カ弁済トシテ物ノ引渡ヲ為シタル場合ニ於テ其弁済ヲ取消シタルトキハ其所有者ハ更ニ有効ナル弁済ヲ為スニ非サレハ其物ヲ取戻スコトヲ得ス

民法476条で想定されている例は,法律行為に基づいて物が引き渡された事例である。例えば,1,000万円の債務を負っている債務者が,代物弁済として自己の所有する絵画を債権者に譲渡したが,債務者は代物弁済の時点で行為能力を失っていたため,代物弁済契約を取り消したという場合に,民法467条によれば,債務者は更に有効な弁済をしない限り引き渡した絵画の取り戻しができないと解することができる(内田貴『民法V』東大出版会(1996)33-34頁)。民法475条の場合と同様,この場合も,債権者に一種の留置権を与えてその保護を図っている。

錯誤による弁済

第707条〔他人の債務の弁済〕
(1) 債務者ニ非サル者カ錯誤ニ因リテ債務ノ弁済ヲ為シタル場合ニ於テ債権者カ善意ニテ証書ヲ毀滅シ、担保ヲ抛棄シ又ハ時効ニ因リテ其債権ヲ失ヒタルトキハ弁済者ハ返還ノ請求ヲ為スコトヲ得ス
(2) 前項ノ規定ハ弁済者ヨリ債務者ニ対スル求償権ノ行使ヲ妨ケス

錯誤による弁済については,特別の規定がある。錯誤によって債務者ではない第三者が債務を弁済した場合,本来なら弁済は法律上の原因を欠くため,弁済した第三者は不当利得(給付不当利得)に基づいて弁済した物の取戻しを請求できるはずである。しかし,債権者が第三者による弁済が有効なものであると信じて,証書を毀滅したり,担保を放棄したり,債権が時効によって消滅してしまった場合には,債権者を保護するため,民法707条1項は,弁済した第三者の債権者に対する給付不当利得に基づく返還請求権を否定する。そして,その代わりに,弁済した第三者は,その弁済によって結果的に債務を免れた債務者に対して,不当利得に基づく返還請求権(求償権)を取得する。

民法707条2項が,第三者からの債務者に対する不当利得の返還請求を認めた理由は,第三者の錯誤による弁済と債権者の作為・不作為に基づいて,債権の行使が事実上または法律上不可能になってしまったことにより,第三者の損失の下に債務者が利得することになったからである。

この結果は,事務管理に基づく費用償還請求権に似ているが,錯誤による弁済の場合には,弁済をした第三者に,他人のためにする意思がかけているために,事務管理は成立しない。このような場合の不当利得返還請求権は,支出不当利得と呼ばれている。


弁済者


第474条〔第三者の弁済〕
(1) 債務ノ弁済ハ第三者之ヲ為スコトヲ得但其債務ノ性質カ之ヲ許ササルトキ又ハ当事者カ反対ノ意思ヲ表示シタルトキハ此限ニ在ラス
(2) 利害ノ関係ヲ有セサル第三者ハ債務者ノ意思ニ反シテ弁済ヲ為スコトヲ得ス

当然に弁済をすることが期待されている債務者本人については民法には規定がない。民法は,第三者も弁済ができることのみを規定している。

債務者 本来の債務者 債務者本人
保証人(通説) 保証人(通説)
第三者 利害関係を有する第三者 負担部分を超えて弁済する連帯債務者,保証人
物上保証人,抵当不動産の第三取得者
利害関係を有しない第三者 債務者の友人,親戚

利害関係を有しない第三者は,債務者の意思に反して弁済できないとされているが,立法のあり方としては批判されている。

  1. 第三者の弁済が債務者を害さない場合に,債務者の意思次第で弁済が有効になったり,無効になったりするのは不合理である。
  2. 弁済した第三者が債権者以上に過酷な求償権の行使をする場合には,債務者にとって不利益が生じるが,債権者が,そのような第三者に債権を譲渡すれば,同じことになる。債権の譲渡は,債務者の意思に反してなしうるからである。

第三者による弁済が有効な場合,債務者の債務は消滅する点は,債務者による弁済と同じであるが,第三者による弁済の場合には,その後に,弁済者が債務者に対して求償する関係が残る(異論がない)。

この点から見ても,保証人は,債務者と考えるよりも,第三者と考えた方が合理的である。


弁済の相手方


第478条〔債権の準占有者への弁済〕
債権ノ準占有者ニ為シタル弁済ハ弁済者ノ善意ナリシトキニ限リ其効力ヲ有ス

第479条〔受領権なき者への弁済〕
前条ノ場合ヲ除ク外弁済受領ノ権限ヲ有セサル者ニ為シタル弁済ハ債権者カ之ニ因リテ利益ヲ受ケタル限度ニ於テノミ其効力ヲ有ス

第480条〔受取証書持参人への弁済〕
受取証書ノ持参人ハ弁済受領ノ権限アルモノト看做ス但弁済者カ其権限ナキコトヲ知リタルトキ又ハ過失ニ因リテ之ヲ知ラサリシトキハ此限ニ在ラス

第481条〔差押債権の弁済〕
(1) 支払ノ差止ヲ受ケタル第三債務者カ自己ノ債権者ニ弁済ヲ為シタルトキハ差押債権者ハ其受ケタル損害ノ限度ニ於テ更ニ弁済ヲ為スヘキ旨ヲ第三債務者ニ請求スルコトヲ得
(2) 前項ノ規定ハ第三債務者ヨリ其債権者ニ対スル求償権ノ行使ヲ妨ケス

第478条〔債権の準占有者への弁済〕 第480条〔受取証書持参人への弁済〕
現行法の条文  債権ノ準占有者ニ為シタル弁済ハ弁済者ノ善意ナリシトキニ限リ其効力ヲ有ス  受取証書ノ持参人ハ弁済受領ノ権限アルモノト看做ス但弁済者カ其権限ナキコトヲ知リタルトキ又ハ過失ニ因リテ之ヲ知ラサリシトキハ此限ニ在ラス
a∧b→R (a:準占有者への弁済,b:善意,R:弁済としての効力)
証明責任の書き方(1)
本文と但書
 債権の準占有者になした弁済は,弁済としての効力を有する。
 ただし,弁済者が,受領者に弁済受領権限が ないことを知っていたとき又は知らないこと に過失があったときはこの限りでない。
(最判昭37・8・ 21民集20巻921頁)
 受取証書の持参人は,弁済受領の権限あるものと看做す。
 ただし,弁済者がその権限がないことを知っていたとき又は過失によってそれを知らないときは,この限りでない。
a∧b→R
not(c)→not(R) (c:無過失,not(c)≡過失)
証明責任の書き方(2)
法律上の推定
 債権の準占有者になした弁済は,弁済者が,受領者に弁済受領権限がないことを知らず,かつ,知らないことに過失がなかったときは弁済としての効力を有する。
 債権の準占有者になした弁済は,善意かつ無過失でなされたものと推定する。
 受取証書の持参人は,弁済者がその権限がないことを知らず,かつ,知らないことに過失がないときに限り弁済受領の権限あるものと看做す。
 受取証書の持参人に対する弁済は,善意かつ無過失でなされたものと推定する。
a∧b∧c→R
(a)−−(推定)−→(b∧c)

民法478条の拡大・類推解釈

銀行取引の種類 分析的視点 類推的視点 判決
定期預金の期限前払い戻し 定期預金契約の解約+弁済 弁済 最判昭41・10・4民集20巻8号1565頁
預金担保貸付における相殺 定期預金への担保設定+貸付+相殺予約+相殺 期限前払い戻し 最判昭48・3・27民集27巻2号376頁,最判昭52・8・9民集31巻4号742頁,最判昭59・2・23民集38巻3号445頁
総合口座取引における相殺 普通預金の払い戻し請求によって生じた貸金債権と定期預金債権とを相殺 期限前払い戻し 最判昭63・10・13判時1295号57頁

弁済は準法律行為であって,法律行為とは異なるというのが通説の考え方である。弁済の場合には,必ずしも意思は必要とされないし,弁済受領権限の確認義務は,契約成立時における代理権限の確認義務よりも要件が厳格でない。

契約の締結を含む上記の問題について,表見代理の成立が厳しく制限されているのを潜脱するために,準占有者の弁済の法理をいわば脱法的に利用することは,問題であろう。


弁済の時期・場所


弁済の時期

第412条〔履行期と履行遅滞〕
 (1)債務ノ履行ニ付キ確定期限アルトキハ債務者ハ其期限ノ到来シタル時ヨリ遅滞ノ責ニ任ス
 (2)債務ノ履行ニ付キ不確定期限アルトキハ債務者ハ其期限ノ到来シタルコトヲ知リタル時ヨリ遅滞ノ責ニ任ス
 (3)債務ノ履行ニ付キ期限ヲ定メサリシトキハ債務者ハ履行ノ請求ヲ受ケタル時ヨリ遅滞ノ責ニ任ス

弁済の場所

第484条〔弁済の場所〕
弁済ヲ為スヘキ場所ニ付キ別段ノ意思表示ナキトキハ特定物ノ引渡ハ債権発生ノ当時其物ノ存在セシ場所ニ於テ之ヲ為シ其他ノ弁済ハ債権者ノ現時ノ住所ニ於テ之ヲ為スコトヲ要ス

第574条〔代金支払場所〕
 売買ノ目的物ノ引渡ト同時ニ代金ヲ払フヘキトキハ其引渡ノ場所ニ於テ之ヲ払フコトヲ要ス

UNIDROIT Article 6.1.6 - 履行地
 (1) 履行地が契約によって定められておらず,また,契約からも決定できない場合には,当事者は以下の各号の場所で履行すべきである。
 (a) 金銭債務については,債権者の営業所
 (b) その他の債務については,その債務者自身の営業所
 (2) 契約締結後に当事者が営業所を変更したことによって生じた履行に付随する費用の増加は,その当事者が負担しなければならない。

立法等の例 特定物の引渡債務 種類物の引渡債務 金銭債務 その他の作為債務
旧民法 合意の当時の目的物の所在地
(債務者の住所)
特定のための指定がなされた場所
(債務者の住所)
債務者の住所
現行民法 債権発生時の目的物の所在地
(債務者の住所)
債権者の住所
UNIDROIT原則
ヨーロッパ契約法原則
債務者の住所 債権者の住所 債務者の住所