2001年10月4日
名古屋大学大学院法学研究科教授 加賀山 茂
第423条〔債権者代位権〕
(1)債権者ハ自己ノ債権ヲ保全スル為メ其債務者ニ属スル権利ヲ行フコトヲ得但債務者ノ一身ニ専属スル権利ハ此限ニ在ラス
(2)債権者ハ其債権ノ期限カ到来セサル間ハ裁判上ノ代位ニ依ルニ非サレハ前項ノ権利ヲ行フコトヲ得ス但保存行為ハ此限ニ在ラス
債権者代位権は,債権者が,自己の債権を保全するために,債務者に属する権利を債務者に代わって行使することのできる制度である(民法423条1項本文)。
本来,債務者が自己の財産をどのように管理するかは債務者の自由であるが,資力が悪化した債務者は往々にして債権回収に不熱心となる。そこで,債務者の無資力を要件として債権者が債務者の権利を代位行使することが認めらているのである。ただし,債務者の一身専属権の代位行使はみとめられない(民法423条1項但書)。
債権者代位権の特色は,強制執行手続きとは異なり,債務者に対する債務名義(民事執行法22条)なしに第三債務者に対して,裁判外の請求,または,訴えを提起できる点にある。もっとも,債権者の債権の弁済期が到来しない間は,保存行為を除いて,裁判上の請求しかなしえない(民法423条2項)。
債権者代位権とは,債務者がその財産権を行使しない場合に、債権者がその債権を保全するために債務者に代わってその権利を行使して、債務者の責任財産の維持・充実を図る制度である(民法423条)。この制度の起源は,フランスの間接訴権(action oblique)に求められる。間接訴権(action oblique)は,強制執行,特に,債権差押え制度が不備であったフランスにおいて,それを補うために発達した制度である。
債権者代位権の特色は,以下のとおりである。以下の説明においては,債権者をA,債務者をB,第三債務者をCと呼ぶことにする。
Aは,BのCに対する金銭債権をBに代わって行使するものであり,そのようなことが可能であるのは,Bが無資力の時に限る(大判明39・11・21民録12巻1537頁。ただし,後に述べる債権者代位権の転用の場合は,無資力要件は不要とされる)。
Aは,BのCに対する債権を差し押える場合とは異なり,Bに対する確定判決を要せず,いきなり,Cを訴えることができる。
AのBに対する債権の範囲,および,BのCに対する債権の範囲の両者によって二重に制約される。
例えば,AのBに対する債権が5万円,BのCに対する債権が10万円である場合,AはCに対して5万円しか請求できない。AのBに対する債権が10万円,BのCに対する債権が5万円である場合も,5万円しか請求できない。また,BのCに対する債権の弁済期が到来していることはもとより,AのBに対する弁済期も,裁判上の代位,保存行為の場合を除いて,到来していることが必要である(民法423条2項)。
ところで,フランスにおいては,間接訴権の外に,直接訴権(action directe)という制度がある。実は,この制度も,民法613条,自賠法16条において,すでに,わが国にも導入されている。
この直接訴権(action directe)は,間接訴権(action oblique)としての債権者代位権とは,異なり,AがBのCに対する債権を自らの名で,かつ,自らのために行使することを認めるものであり,CからAへの直接の引渡が可能であるばかりでなく,金銭債権という限定もなく,無資力要件も不要である。ただし,行使できる権利の範囲は,債権者代位権の場合と同様,二重の制約を受けるほか,AのBに対する債権とBのCに対する債権とが同種のものであること,少なくとも,密接不可分の関係にあることが求められる。
わが国において,債権者代位権の転用といわれれいる現象は,まさに,フランスの直接訴権の導入に他ならない。その点を明らかにするために,以下の表によって,債権者代位権,直接訴権との異同との関係で,債権者代位権を位置付けてみることにする。
債権者代位権 (action oblique) |
債権者代位権の転用 | 直接訴権 (action directe) |
|
---|---|---|---|
被保全債権 | 原則として,金銭債権に限る | 登記請求権(大判明43・7・6民録16巻537頁) 賃借人の不法占拠者に対する妨害排除請求権(最判昭29・9・24民集8巻9号1658頁) |
賃貸人の転借人に対する賃料の直接請求権(民法613条), 賃貸人の転借人に対する明渡請求権(民法613条の解釈), 保険金請求権(自賠法16条) |
無資力要件 | 必要 | 不要 | 不要 |
2つの債権の等質性 | 不要(行使される債権は,金銭債権に限られない) | 等質か密接不可分であることを要する | 等質か密接不可分であることを要する |
代位権行使の範囲 | AがBに対する金銭債権に基づいてCに対する金銭債権を代位行使する場合には,Aは,自己の債権の範囲においてのみBの権利を代位行使できる(最判昭44・6・24民集23巻7号1076頁) | 債権者の債務者に対する債権と,債務者の第三債務者に対する債権の範囲によって,二重に制限される。 | 債権者の債務者に対する債権と,債務者の第三債務者に対する債権の範囲によって,二重に制限される。 |
債権者の直接の引渡請求 | 不可 | 可 建物の賃借人が,賃貸人たる建物所有者代位して,不法占拠者に対し建物の明渡しをする場合には,自己に直接その明渡しをなすべき旨を請求できる(最判昭29・9・24民集8巻9号1658頁)。 |
可 |
第三債務者が債権者に対して対抗できる抗弁 | 第三債務者は,債務者に対して主張しうる事由を債権者に対抗することができる(最判昭33・6・14民集12巻9号1449頁) 第三債務者が主張した事由に対して,債権者が反論することのできる事由は,債務者自身が主張し得るものに限られ,債権者独自の事情を主張することはできない(最判昭54・3・16民集33巻2号270頁)。 |
? | 直接請求後に生じた事由は債権者に対抗できない。 直接請求前に生じた事由は原則として対抗できる。ただし,詐害行為は債権者に対抗できない(民法613条但書参照)。 |
他の債権者との競合・優先弁済権 | 他の債権者との競合にさらされ,債権者の優先権は認められない。 | ? | 自賠法15条(債務者の第三債務者に対する請求運請求の禁止) 民法314条(賃貸人の転借人に対する先取特権) |
債権者代位権の転用に関しては,抵当権者の第三者に対する明渡請求の代位構成を是認した最大判平11・11・24民集53巻8号1899頁(抵当権者が権利の目的である建物の所有者の不法占有者に対する妨害排除請求権を代位行使して直接抵当権者に建物を明け渡すよう求めることができるとした事例)が注目を集めている。
しかし,債権者代位権の転用については,以下の2つの点が問題となる。
第1点に関しては,最大判平11・11・24民集53巻8号1899頁(抵当権者が権利の目的である建物の所有者の不法占有者に対する妨害排除請求権を代位行使して直接抵当権者に建物を明け渡すよう求めることができるとした事例)の判断はこの点を逸脱しており,到底是認できない。
本件の場合,最高裁は,「抵当権者は,抵当不動産の所有者に対し,その有する権利を適切に行使するなどして右状態を是正し抵当不動産を適切に維持又は保存するよう求める請求権を有する」と述べているが,果たして,占有権限を有しない抵当権者が,所有者に対して,抵当不動産の引渡を請求できると考えているのであろうか。本判決において,最高裁は,「抵当権者は,原則として,抵当不動産の所有者が行う抵当不動産の使用又は収益について干渉することはできない」と判示していることから考えると,占有権限を有しない抵当権者が,所有者に対して,抵当不動産の引渡を請求できると考えているとは考えられない。もし,最高裁が,占有権限を有しない抵当権者は,抵当権の設定者である所有者に対して抵当不動産の引渡を求めることまではできないと考えているのであれば,そもそも,債権者代位権であれ,その転用であれ,抵当権者は第三者に対して抵当不動産の引渡を求めることはできないはずである。
つまり,最高裁が,平成11年判決(最大判平11・11・24民集53巻8号1899頁)において,抵当権者が,債務者に対して,抵当目的物を適切に維持又は保存するように求める請求権を有するとしたことは,正当であり,評価されるべきである。しかし,そうであれば,抵当権者の第三者に対する妨害排除は,債務者が抵当目的物を適切に維持・保存するという範囲でのみ認められるべきであって,債権者が債務者にも有してさえいない,抵当目的物の返還請求を認めるということは許されないというべきである。
債権者代位権の転用によって,債権者に対して直接の明渡を認めたリーディングケースである最高裁判決の場合においても,その事案は,建物の賃借人が,賃貸人たる建物所有者代位して,不法占拠者に対し建物の明渡を求めたものであり,債権者は,もともと,債務者に対して建物の引渡権限を有していた事例であった。したがって,債権者代位権の転用だから,債権者が目的物の引渡を求めることができると考えるのは,早計のそしりを免れない。
第2点に関しては,最高裁の判断は,Cが賃借権限を有しない不法占拠者の場合にのみ適用可能であり,CはBに対して適法な短期賃借権や,長期賃借権を有する場合には,CはBに対してその事由をもってAに対抗できるはずであり,債権者代位権構成の採用は,不法占拠者に対してしか意味を有さない。
平成11年の最高裁判決によって,抵当権者は,不法占拠者ばかりでなく,解除された短期賃貸借の賃借人,適法な短期賃貸借の場合の賃借人,さらには,抵当権の設定後に適法に締結された長期賃貸借の場合の賃借人に対しても,明渡請求が認められたと理解する見解が主張されている。このような誤解を与える点でも,今回の最高裁判決は重大な疑義を有しているといえよう。