債務不履行と損害賠償請求権

2001年6月14日

名古屋大学大学院法学研究科教授 加賀山茂


債務不履行とは何か


債務不履行とは,債務の履行がなされていな場合すべてを示す場合と,それが,「責ニ帰スヘキ事由」に基づく場合のみを示す場合とがある。ここでは,債務不履行を広義の意味で用いることにする。

一元説 3分説(通説) 参照条文
債務不履行 債務の本旨に従った履行をしないこと 履行遅滞 民法412条,民法415条前段
履行不能 民法415条後段
不完全履行 民法415条前段,民法570条ほか

債務者の債務不履行の場合に,債務者に帰責事由(免責事由)がない場合には,原則として,債権者は,損害賠償を請求できないが,瑕疵担保責任等,結果債務の場合には,帰責事由がない場合であっても,損害賠償ができる場合(無過失責任)がありうる。

これとは反対に,手段債務の場合は,債務の内容自体が,最善の努力をすることであるため,債務不履行の事実(最善の努力を怠ったこと)と,帰責事由(最善の努力を怠ったこと)との証明主題が一致し,債権者の側で,債務不履行事実に他ならない,債務者の帰責事由を証明しなければならない。


損害の種類


財産的損害と精神的損害

精神的損害が債務不履行の場合にも賠償の範囲に含まれるかどうか。民法412条以下には,不法行為における710条に対応する規定が掛けているが,学説・判例(最判昭54・11・13判タ402号64頁)ともに慰謝料を認める傾向にある。


積極損害と消極損害(逸失利益)

逸失利益とは、もし事故がなければ、被害者が将来にわたって得たことが確実であるが、実際には、事故によってその機会を奪われた利益のことである。その利益は、将来に得られたであろう利益であるから、本来は、定期金方式によって、将来にわたって徐々に賠償されるべきものである。

しかし、加害者の破産や死亡等の危険から被害者を保護するために、わが国では、逸失利益は、一括して賠償請求することが認められている。ただし、将来の利益を現在一括して請求できるのであるから、将来の利益を現在の価値に換算して請求しなければならない。将来の価値を現在の価値に換算する手続きは、中間利息の控除手続きと呼ばれており、ライプニッツ式、ホフマン式という二方式が一般に使われている。

ライプニッツ式とホフマン式との相違点は、前者が複利計算を行うのに対して、後者が単利計算を行う点にある。通常は、利子計算は複利で行われているので、預金の利息計算と同様、利息控除の場合も複利計算を行うライプニッツ式を採用するのが合理的であると思われる。しかし、ホフマン式の方が被害者にとって有利なため、大阪・名古屋を中心に根強い人気がある。

中間利息控除を複利計算で行う場合、被害者が取得すると思われる年収額を Anとし、民事法定利率を r とし、複利計算で算定すると、逸失利益の総額 S(複利)は、以下の式で表される。

S(複利) = A1/(1+r) + A2/(1+r)2 + … + An/(1+r)n

これが、ライプニッツ式の原型である。ここで、年収に変動がなく、常に一定であると仮定し、A1= A2 = … = An = A とすると、上の式の各分子は共通となるので、それを前に出すと、残りは等比級数の和としてまとめることができる。これが、ライプニッツ係数であり、ライプニッツ式が出来上がる。

S(ライプニッツ) = A×(1/(1+r) + 1/(1+r)2 + … + 1/(1+r)n)

次に、利息を単利計算で算定すると、逸失利益の総額S(単利)は、以下の式で表される。

S(単利)= A1/(1+r) + A2/(1+2r) + … + An/(1+nr)

これが、ホフマン式の原型である。ここで、同様に、年収に変動がなく、常に一定であると仮定し,A1= A2 = … = An = A とすると、上の各分子は共通となるので、それを前に出し、残りの定数の和を計算すると、それがホフマン係数となり、ホフマン式が出来上がる。

S(ホフマン)= A × (1/(1+r) + 1/(1+2r) + … + 1/(1+nr))

ここで重要なことは、ライプニッツ係数もホフマン係数も、年収額が常に一定であるという前提の下にのみ成立する係数であり、年収額が増加したり、減少したりする場合には、そのような係数は利用できないということである。

ライプニッツ係数もホフマン係数も、年収額が一定でない場合には使えないということを、簡単な例を用いて示すことにしよう。

例えば、ある人の年収が、1年目が100万円、2年目が200万円、3年目が300万円、4年目が400万円だとする。この人の逸失利益を中間利息を複利で控除して計算すると、正しくは、864万8,763円(単利計算の場合は、871万2,592円)となる。ところが、年収の平均を先に計算して、ホフマン式、ライプニッツ式を用いると、以下のように、これらの二方式は、正しい中間利息控除計算に比べて20万円前後も多いという大きな誤差が生じる。

また、年収の平均を取らずに、最初の年収を基準に取った場合には、ホフマン式、ライプニッツ方式は、いずれも正しい中間利息控除計算に比べて200万円以上も少なくなるという誤差が生じることも計算によって明らかとなる。

年数 年収 現価積み上げ方式 ライプニッツ式 ホフマン式
1 1,000,000 952,381 2,380,952 2,380,952
2 2,000,000 1,814,059 2,267,574 2,272,727
3 3,000,000 2,591,513 2,159,594 2,173,913
4 4,000,000 3,290,810 2,056,756 2,083,333
合計 10,000,000 8,648,763 8,864,876 8,910,926

反対に、ある人の年収が1年目が400万円、2年目が300万円、3年目が200万円、4年目が100万円だとする。この人の逸失利益を中間利息を複利で控除して計算すると、正しくは、908万0,990円(単利計算の場合は、910万9,260円)となる。ところが、年収の平均を先に計算して、ホフマン式、ライプニッツ式を用いると、以下のように、今度は、正しい中間利息控除計算に比べて、20万円程度も少なくなるという誤差が生じるのである。

また、年収の平均を取らずに、最初の年を基準に使った場合には、ホフマン式、ライプニッツ式のいずれも、正しい中間利息控除計算に比べて、400万円以上も大きくなるという誤差が出ることも計算によって明らかとなる。

年数 年収 現価積み上げ方式 ライプニッツ式 ホフマン式
1 4,000,000 3,809,524 2,380,952 2,380,952
2 3,000,000 2,721,088 2,267,574 2,272,727
3 2,000,000 1,727,675 2,159,594 2,173,913
4 1,000,000 822,702 2,056,756 2,083,333
合計 10,000,000 9,080,990 8,864,876 8,910,926

短期間でも、この程度の誤差が出るのであるから、ライプニッツ式も、ホフマン式も、年収が生涯にわたって一定であることが確実であるという特別の場合を除いて、実務では使ってはならない式であることがわかる。

詳細については,加賀山茂「逸失利益(4)−中間利息控除(ホフマン方式)」交通事故判例百選〔第4版〕有斐閣(1999)118頁を参照のこと。


信頼利益(Vertrauensinteresse)と履行利益(Erfuellungsinteresse)

これは,ドイツ法がとる分類である。信頼利益の損害賠償とは,不履行当事者が,相手方を,契約の締結をしていなかったならば相手方が置かれたのと同じ状態に置くように,損害賠償をすることである。これに対して,履行利益の損害賠償とは,不履行当事者が,相手方を,契約が適切に履行されていたのと同じ状態に置くように,損害賠償をすることである。信頼利益の損害賠償の基準点は,契約締結時であって,履行利益が含まれることはありえないが,履行利益の損害賠償の基準点は履行期であるため,転売利益の賠償が含まれることがありうる。

英米法では,損害を,履行利益(expectation interest),信頼利益(reliance interest),原状回復利益(restitution interest)との3つに分類されている。

契約法第2次リステイトメントは,以下のような規定を持っている。詳しくは,樋口範雄『アメリカ契約法』弘文堂(1995)63頁以下を参照のこと。

344条 救済方法の目的
本リステイトメントの定める諸ルールに基づいて与えられる裁判上の救済は,受約者(promisee)の有する以下の利益のうちの1つ又は複数の利益を保護するものである。
(a) 「履行利益(expectation interest)」 契約が履行されていれば受約者が置かれていたであろう地位に受約者を置くことにより,交換取引の利益を取得する利益。
(b) 「信頼利益(reliance interest)」 契約が締結されていなければ受約者が置かれていたであろう地位に受約者を置くことにより,契約に対する信頼から生じた損失を填補される利益。
(c) 「原状回復利益(restitution interest)」 受約者が相手方に与えた利益をもとに回復する利益。

損害賠償の範囲


「通常生スヘキ損害」と「特別ノ事情ニヨリテ生シタル損害」

民法416条〔損害賠償の範囲・相当因果関係〕

(1) 損害賠償ノ請求ハ債務ノ不履行ニ因リテ通常生スヘキ損害ノ賠償ヲ為サシムルヲ以テ其目的トス
(2) 特別ノ事情ニ因リテ生シタル損害ト雖モ当事者カ其事情ヲ予見シ又ハ予見スルコトヲ得ヘカリシトキハ債権者ハ其賠償ヲ請求スルコトヲ得

通常損害(general damages)と特別損害(special damages, consequential damages)


直接損害(prejudice direct)と間接損害(prejudice indirect)

間接損害とは,損害賠債の範囲から除外される損害,すなわち,債務不履行又は不法行為と相当因果関係のない損害(特別損害)のことをいう。

間接損害(prejudice indirect)とは,もともと,フランス民法1151条が,賠1賞されるべき損害は,直接損害に限られ,間接損害には及ばないと定めているため,損害賠償から除外される損害,因果関係のない損害として理解されてきた。直接損害と間接損害とを区別する例としては,フランスのポチエ(Pothier,1699〜1772年)があげた以下の例が有名である。

家畜商が,農民に病気の牛1頭を引き渡したとする。その牛の病気に感染して農民の牛の群れが死んだ場合,その損害は直接損害(prejudice direct)であって,家畜商は,牛の群れの死にについて賠償責任を負う。しかし,牛の群れが死んだために牛を使って土地を耕すことができなくなり,そのために収積が減少したり,更には,農民が破産した場合,その損害は間接損害であって,家畜商は,収獲の減少,破産についてまでは賠償責任を負わない。

しかし,この直接損害と間接損害の区別は,あいまいであって,実際の事例について明確な区別をすることは困難であることがフランスにおいても認識されている。例えば上の例で,購入した病気の牛1頭が死んだ場合にその牛の損害が直接損害であることは疑いがないとしても,牛の病気が他の牛の群れに伝染して,牛の群れが死んだ場合の損害は,拡大損害であって,論理的には間接損害とも考えうるからである。そこで,フランスの現在の通説・判例は,直接損害とは相当因果関係のある損害,間接損害とは相当因果関係のない損害と解釈している。

直接損害と間接損害の区別は,我が国の通説とされる相当因果関係説によれば,民法416条にいう「通常損害」と民法416条を越えた損害としての「特別損害」の区別に相応するものと考えられる。我が国の相当因果関係説においては,「通常損害」とは,民法416条1項にいう狭義の「通常損害」と,同条2項にいう「特別事情に基づく通常損害」とを含めたものであると考えられており,「特別損害」とは,相当因果関係の及ばない,したがって,損害賠償を請求できない損害であると考えられているからである。しかし,相当因果関係説における通常損害と特別損害との区別もあいまいであって,損害の区別基準として余り有用でない点が批判されている。この点は,フランスの直接損害と間接損害の区別の場合と同様である。

これに反して,わが国の民法の立法に際して参考にされた英米法(Hadley v.Baxendale(1854年)から導き出された法理)によれば,民法416条1項の損害を「通常損害(gerleral damages)」,同条2項の損害を端的に「特別損害(special damages,consequential damages)」とよんでおり,「通常損害」については,債務者の予見可能性を必要とせずに賠償責任が認められ,被害者の個人的事情にかかわる性格のものである「特別損害」については,債務者にとって予見可能性のあるものについてのみ賠償責任が認められるという構成をとっている。このような通常損害と特別損害との区別は,我が国の民法416条の解釈基準としても有用であり,結果についても,確率論的な意味づけが可能となる点で優れているといえよう。