「与える債務・為す債務」と「引渡債務」

2001年5月24日

名古屋大学大学院法学研究科教授 加賀山 茂


問題の所在−債務の分類の視点


「与える債務(Obligation de donner)」と「なす債務・なさない債務(Obligation de faire ou de ne pas faire)」との区別は,強制履行の方法の差異を説明するために我妻(「作為又は不作為を目的とする債権の強制執行」『民法研究X』有斐閣(1966)所収)によって導入された分類であって,フランス民法上,契約から生じる債務に関する最も基本的な分類(フランス民法1101条,1136条以下,1142条以下)に依拠したものであるとされている(平井宜雄『債権法総論』〔第2版〕弘文堂(1994)15頁参照)。

我妻栄『新訂・債権総論』岩波書店(1964)25頁は,「与える債務」と「為す債務」の区別について,以下のように記述している。

フランス民法(1136条以下)の用いる区別である(l'obligation de donner; l'obligation de faire ou de ne pas faire)。大体において,前段の物の引渡債務が与える債務に当り,それ以外の作為・不作為債務が為す債務に当る。強制履行の方法の差を説明するために,近時わが国の学者にもこの区別を用いる者が多い。

平井『債権法総論』19-20頁は,「与える債務」と「為す債務,為さない債務」との区別に示唆を受けて,それを発展させた「引渡債務」と「行為債務」という分類を,債権全般に通じる基本的な分類として採用している。そして,平井は,その理由について,以下のように述べている。

引渡債務とは,財産権およびその目的物の占有を移転する債務を意味し,行為債務とは,作為(引き渡すのも作為の一つであるから引渡を除く作為)または不作為を内容とする債務を意味する。「与える債務」・「なす(なさない)債務」と類似しているが「与える債務」とは贈与契約上の債務を意味すると誤解される上(フランスでもそう言われている),フランス民法上「与える債務」は主として物権を移転する債務を意味しており,物を引き渡す義務は「なす債務」と解されているので,引渡債務・行為債務の意味は,フランス民法上の右の分類とは正確には対応していない(作為債務・不作為債務の概念はドイツ民法上の分類であるのに対し,「なす(なさない)債務はフランス民法上の分類なので,厳密には対応関係にない)。「与える債務」・「なす債務」の語を用いなかったのは,以上の理由による。
この分類の意味は,これまで説かれてきたように強制履行の要件に限られるわけではなく,債権総則上の各種の問題(損害賠償,第三者の債権侵害,債権譲渡,弁済等)に関しても意味を有する上に,引渡債務は金銭債務を含むので,金銭債権・非金銭債権の分類もこのような視点の投入により,ほぼ生かされることになり,したがって,債権全体についての分類としても意味をもつことになる。

フランスの「与える債務」と「引渡債務」との関係


ところで,フランスの「与える債務」は,平井らが述べているように,贈与契約と誤解されているのであろうか,また,「与える債務」は「引渡債務」を含まず,「引渡債務」は,なす債務に分類されているのであろうか。実際の条文を見てみよう。

フランス民法1101条(契約から生じる債務の種類:与える債務,なす・なさない債務)
契約とは,一人若しくは複数人が,他の一人又は複数人に対し,ある物を与える債務,あることをなす債務又はあることをなさない債務を負う合意である。
(Le contrat est une convention par laquelle une ou plusieurs personnes s'obligent, envers une une ou plusieurs autres, a donner, a faire ou a ne pas faire quelque chose.)
フランス民法1136条(与える債務の目的)
与える債務には,物を引き渡す債務及びその引渡に至るまで物を保存する債務が含まれる。この義務に違反した場合には,債務者は債権者に対して損害を賠償する責任を負う。
(L'obligation de donner emporte celle de livrer la chose et de la conserver jusqu'a la liveration, a peine de dommages et interets enverse le creancier.)

以上のように,フランス民法によれば,「与える債務」には,当然に,「引渡債務」が含まれること,さらに,引渡までの間の目的物の「保存義務」も含まれることが明文で規定されている。

したがって,「フランス民法上…物を引き渡す義務は『なす債務』と解されている」という平井の記述は,ミスリーディングであろう(内田貴『民法V』東大出版会(1996)15頁も,「『与える債務』という言葉は,フランス法では狭く限定された使い方がなされており(物権を移転する債務を意味していて,物の引渡は『為す債務』に入る)」と述べている)。

最近のフランスの教科書(Ph. Malaurie, L. Aynes, Droit civil, Les Obligations, 1994, p. 12)を読んでみると,確かに,ローマ法以来の伝統である「与える債務」と「なす債務・なさない債務」とを対立させる分類は,現在では,意味を失っており,金銭債務と非金銭債務とに分類することが重要性を持っていると説かれてはいる。しかし,「与える債務」とは,ある人が物の財産権を移転する義務を負う債務である(Il y a obligation de donner lorsqu'une personne doit transferer la propriete d'un bien.)と述べられており,その例として,「贈与」と「売買」とが並んで挙げられている。到底,「与える債務」が贈与契約上の債務と誤解されているとは思われない。

フランスにおいては,「与える債務」に,「財産権移転債務(特に種類物債務の場合)」のほかに,その物の「引渡債務」と,引渡までの間の物の「保存債務」が含まれることは,すでに述べたとおりである。もっとも,物の「引渡債務」も,物の「保存債務」も,その性質自体が,「なす債務」であることは,当然に認められている(Ph. Malaurie, L. Aynes, Droit civil, Les Obligations, 1994, p. 575)。

そこで,フランスにおける与える債務となす・なさない債務の関係,および,それぞれの債務の内容を整理して表にまとめる以下のようになる。

フランスにおける債務の種類と債務の目的
債務の種類 債務の目的 日本民法との対比
与える債務 財産権移転債務(ただし,特定物の場合には,合意のみで財産権は移転する)
物の引渡債務 物の保存債務 民法400条(特定物の引渡債権)
民法401条(種類債権)
民法402条〜405条(金銭債権)
なす・なさない債務 なす債務 財産権を移転する債務以外の作為債務
(賃貸借・運送契約等の場合の物の「引渡債務」も含まれる)
民法414条2項
なさない債務 財産権を移転する債務以外の不作為債務 民法414条3項

フランスの債務の分類が,日本民法における特定物引渡債権,種類債権,金銭債権(以上が「与える債務」),作為債務,不作為債務とに見事に対応していることが理解できるであろう。


フランスの「なす・なさない債務」と強制履行の態様


フランスにおける「与える債務」,「なす・なさない債務」の区別は,以下に述べるように,強制履行の態様を決定する上で,重要な役割を演じている。

フランスにおいては,「なす債務」・「なさない債務」は,不履行の場合,当然に損害賠償に転化してしまい(フランス民法1142条),直接強制は例外的にしか認められていない。これに反して,「与える債務」については,フランス民法1142条の反対解釈によって,直接強制が認められている。

フランス民法1142条(なす債務・なさない債務の不履行の場合の原則)
債務者側の不履行の場合には,なす債務,または,なさない債務は,すべて損害賠償に転化する。
(Toute obligation de faire ou de ne pas faire se resout en dommage et interets, en cas d'inexecutin de la part du debiteur.)
フランス民法1143条(なさない債務の不履行の場合の例外)
前条の規定にもかかわらず,債権者は,約束に違反してなされた物に対して,次の各号のいずれかを請求する権利を有する。ただし,損害賠償の請求を妨げない。
 一 その物を取り壊すこと
 二 債務者の費用でその物を取り壊すことの許可
(Neanmoins le creancier a le droit de demander que ce qui aurait ete fait par contravention a l'engagement, soit detruit; et il peut se faire autoriser a le detruire aux depens du debiteur, sans prejudice des dommages et anterets, s'il yl a lieu.)
フランス民法1144条(なす債務の不履行の場合の例外)
不履行の場合には,債権者は,前条のほか,債務者の費用で,自ら債務を履行することの許可を得ることができる。
(Le creancier peut aussi, en cas d'inexecution, etre autorise a faire executer lui-meme l'obligation au depens du debiteur.)

もっとも,フランスにおいても,判例は,直接強制が許される「与える債務」に含まれている物の「引渡債務」について,それを広く解釈し,「与える債務」以外の物の「引渡債務」,例えば,賃貸借契約における賃借物の引渡債務についても,直接強制を認めるようになってきている(Ph. Malaurie, L. Aynes, Droit civil, Les Obligations, 1994, pp. 575-576)。フランスにおいても,直接強制が許されるかどうかの基準が,「引渡債務」かどうかに移ってきている点は注目に値する。


なす債務の代替強制と特定履行との関係


フランスでは,上で述べたように,金銭,および,物の引渡債務が中心となる「与える債務」については原則として強制履行を認め,その他の「なす債務」については,原則として,強制履行を認めず,物の「引渡債務」が問題となる場合に限って,例外的に,強制履行を認めてきた。

この考え方は,原則として(特に,契約の目的物が代替物である債務に対して)特定履行(specific performance)を認めない英米法の考え方と,広く,強制履行を認めるドイツ法との中間にあるといえよう。

フランスにおいては,「なす債務」の場合,例外的とはいえ,かなり広く代替執行が認められているが,代替執行は,債務者の費用で,第三者に債務の履行を求めるものに外ならず,債権者が契約を解除し,第三者と新たな契約を締結して,余分に生じた費用を不履行債務者に対して損害賠償として請求するのと本質的には異なるところがない。

したがって,原則として特定履行を認めず,契約からの離脱を容易に認め,後は,損害賠償の問題として解決するという英米法のやり方と,なす債務については,原則として直接強制を認めず,例外的に代替執行を認めるというフランス法のやり方は,似ていると評価することができる。

問題は,物の引渡請求である。確かに,物の個性が非常に強い「非代替物」については,直接強制を認めざるをえないであろう。しかし,代替性のある物の引渡債務の場合に,強制履行にこだわるよりも,損害賠償債務に転化すると割り切る,すなわち,不履行となった契約を解除して,第三者から代替物の引渡を得る新たな契約を締結し,余分にかかった費用を不履行債務者から損害賠償(金銭執行)の形で回収するという考え方の方が,代替執行の手間が省けるだけ,効率的である。

このように考えると,わが国の解釈論としても,直接強制になじむ債務とは,物の「引渡債務」のうち,「金銭債務」と「非代替物の引渡債務」と考えるのが合理的なのかもしれない。


結論−強制履行の態様を決定する分類としての「引渡債務」


フランスにおける債務の分類は,財産権を移転する債務(与える債務)と財産権を移転しない債務(なす・なさない債務)とに分類するやり方であった。確かに,この分類は,モノとサービスとの関係を考える際には有用である。しかし,この分類を強制履行の態様に結びつけることには,かなり無理があったといわざるを得ない。というのは,強制履行の態様を区別するための重要な要素は,「与える債務」か「なす・なさない債務」かではなく,「与える債務」に潜在的に含まれている物の「引渡債務」かどうかだったからである。

強制履行になじむのは,なんと言っても,金銭債務であり,その次は,物の引渡債務である。これらは,債務者本人の行為を必要とせず,執行官による執行による差押えよって債務を実現しうるからである。

参考のため,債務を「財産権の移転」を目的とするという基準で分類する場合と,「物の引渡」を目的とするという基準で分類する場合との関係を明らかにするため,様々な契約上の債務について,分類の結果を表にまとめてみることにする。

債務の目的 債務の目的物
財産権の移転を基準とする分類 物の引渡を基準とする分類 金銭 金銭以外の物 労務
有体物 無体物
財産権の移転を目的とする債務(与える債務) 物の引渡を含む債務 贈与,売買(代金) 贈与,売買,交換 贈与,売買,交換
物・労務の利用を目的とする債務 物の返還が必要 消費貸借 消費貸借,使用貸借,賃貸借 寄託
物の返還の必要なし(為す債務) 請負(運送等)
物の引渡を含まない債務 請負,雇用,委任(報酬) 請負,雇用,委任

わが国の民事執行法の規定を見ると,強制執行(第2章)は,金銭債権の強制執行(民事執行法43条〜167条)と非銭債権債権の強制執行(民事執行法168条〜173条)とに大分類されており,後者は,さらに,物の引渡の強制執行(民事執行法168条〜170条),作為又は不作為の強制執行(民事執行法171条〜172条),意思表示の擬制(民事執行法173条)に分類されている。

この点を考慮するならば,結果的には,平井が提唱するように,わが国の債務の種類を金銭を含む物の引渡債務とそれ以外の作為・不作為債務とに分類することは,民事執行法との関係でも意味があるといえよう。

債務の種類 民法 民事執行法
作為債務 引渡債務 金銭債務 402条〜405条 43条〜167条
物の引渡債務 特定物の引渡債務 400条 168条〜170条
種類物の引渡債務 401条
行為債務(引渡以外の作為債務) 414条2項 171条〜173条
不作為債務 414条3項

ただし,平井説(内田説も同様)は,フランスにおける与える債務となす・なさない債務の区別について,先に述べたように,「与える債務」には,「引渡債務」は含まれておらず,フランスの「引渡債務」は,常に「なす債務」であるかのように誤解している点には,注意を要する。