2001年11月29日
名古屋大学大学院法学研究科教授 加賀山 茂
旧民法においては,債権譲渡は自由であるとされており(財産編333条5項,347条1項),譲渡禁止特約については規定を持たなかった。このことが,法典論争において,旧民法の自由主義的傾向を示すものとして,攻撃の対象となった。そこで,現行民法では,譲渡禁止特約を認める規定が置かれることになった。
しかし,銀行や国という強い債務者が,譲渡禁止特約を広く利用するになるという現状は,立法者にとっても予想しないことであったであろう。銀行預金債権に関する譲渡禁止特約は,事務の煩雑化の防止,相殺利益の確保という理由からは正当化できず,また現代的要請である債権譲渡自由の観点からも合理性を欠いており,無効と解すべきである。
譲渡禁止の特約のある債権であつても,差押債権者の善意・悪意を問わず,転付命令によつて移転することができるものであつて,これにつき,民法466条2項の適用はないとした事例(最二判昭45・4・10民集24巻4号240頁:転付預金債権支払請求事件)。
譲渡禁止の特約のある債権の譲受人は,その特約の存在を知らないことにつき重大な過失があるときは,その債権を取得しえない(最一判昭和48・7・19民集27巻7号823頁:預金支払請求事件〔判例百選U(第4版)30事件〕)。
倒産した会社の譲渡禁止の特約のある銀行定期預金債権,定期積金債権,当座預金債権等を譲り受けるに際し,譲受人が右倒産会社又は預金先銀行のいずれに対しても,譲渡禁止の特約の有無につき照会するなどの調査をしなかつた等判示のような事情のもとにおいては,譲受人は右譲渡禁止の特約の存在を知らなかつたことに重大な過失があるというべきである(最二判昭50・10・24裁集民116号389頁,ジュリ616号6頁〔判例百選U(第4版)30事件〕の差戻後の上告審判決)。
譲渡禁止の特約のある指名債権を譲受人が特約の存在を知つて譲り受けた場合でも,債務者がその譲渡につき承諾を与えたときは,債権譲渡は譲渡の時にさかのぼつて有効となり,譲渡に際し債権者から債務者に対して確定日付のある譲渡通知がされている限り,債務者は,右承諾後に債権の差押・転付命令を得た第三者に対しても債権譲渡の効力を対抗することができる(最一判昭52・3・17民集31巻2号308頁:転付債権請求事件)
民法によると,指名債権に関する譲渡の対抗要件は,債権の譲渡人から債務者への債権譲渡の通知,または,債権譲渡の債務者による承諾のいずれかである(民法467条)。
従来は,債権譲渡についての登記制度が存在しなかったため,債権譲渡があったかどうかについての情報については,これを債務者への通知,または,債務者の承諾を通じて,すべて債務者に集中させ,利害関係には,債務者に確認をすることによって,取引の安全を確保してきた。
しかし,登記の場合の登記所とは異なり,債務者は公的機関ではないため,利害関係人が債務者に問い合わせても,債務者には,正しい情報を伝えなければならないという義務は存在しない。
また,債権の譲受人と債務者とが通謀して債権譲渡の日付を操作することも考えられるため,第三者に対する対抗要件としての債権譲渡の通知または債務者による承諾は,確かに,確定日付(民法施行法5条:公正証書,内容証明郵便等)によらなければならないことになっている(民法467条2項)。しかし,通説・判例によれば,確定日付が要求されるのはあくまで,譲渡通知の発信の日であって,譲渡通知の到達の日ではない。したがって,発信が確定日付でなされたとしても,通知の効力が発生する日,すなわち,対抗要件が備わる日である到達の日については,譲受人と債務者とが通謀してその到達日を操作することを避けることができない。
さらに,債権が二重に譲渡され,かつ,譲渡通知が債務者に同時に到達した場合には,後に詳しく論じるように,通知の到達をもって債権譲渡の対抗要件とする意味がなくなってしまう。
平成10年(1998年)6月12日に成立した「債権譲渡の対抗要件に関する民法の特例等に関する法律」は,法人が行なう指名債権である金銭債権の譲渡については,不動産の場合と同様に,登記(厳密には,債権譲渡登記ファイルへの譲渡の登記)を対抗要件とすることを可能とすることによって,この問題の解決を図っている。
譲渡の目的物 | ||||
---|---|---|---|---|
不動産 | 動産 | 債権 | ||
一般債権 | 法人の有する金銭債権 | |||
対抗要件 | 登記 (民法177条) |
占有の移転(引渡) (民法178条) |
債務者への通知 債務者の承諾 (民法467条以下) |
債権譲渡登記ファイルへの登記 (債権譲渡の対抗要件に関する民法の特例等に関する法律) |
現在のところ,登記ができるのは,法人の債権譲渡に限定されている。しかし,不動産登記に関する電算化の進捗状況を見るならば,遠くない将来,個人の債権譲渡に関しても,登記サービスが行なわれる可能性も否定できない。なぜなら,不動産登記に関しては,電算化に伴って登記閲覧サービスが向上し,2000年からは,個人のパソコンを使って不動産登記情報を閲覧するサービスがすでに開始されており,将来的には,登記申請に関してもパソコンによる申請を可能にするシステムが構想されているからである。
このようなシステムが開始されれば,債権譲渡の対抗要件に関しては,債務者にすべての情報を集中する方法よりもはるかに安全な取引が実現されることになるであろう。
もっとも,このような債権譲渡の登記システムも,対象が金銭債権に限られ,すべての指名債権の譲渡をカバーすることは考えられていない。したがって,今後も,民法が規定する債権譲渡の対抗要件の考え方を理解することは重要な意味を有している。
民法467条の対抗要件制度の構造に鑑みれば,債権が二重に譲渡された場合,譲受人相互の間の優劣は,通知又は承諾に付された確定日附の先後によつて定めるべきではなく,確定日附のある通知が債務者に到達した日時又は確定日附のある債務者の承諾の日時の先後によつて決すべきであり,また,確定日附は通知又は承諾そのものにつき必要であると解すべきである。そして,右の理は,債権の譲受人と同一債権に対し仮差押命令の執行をした者との間の優劣を決する場合においてもなんら異なるものではない。〔中略〕
右事実関係のもとにおいては,訴外Aが,本件債権譲渡証書に確定日附を受け,これを東京都下水道局に持参してその職員に交付したことをもつて確定日附のある通知をしたと解することができ,しかも,この通知が東京都下水道局長に到達した時刻は,本件仮差押命令が同局長に送達された時刻より先であるから,上告人は本件債権の譲受をもつて被上告人に対抗しうるものというべきであり,本件仮差押命令の執行不許の宣言を求める上告人の本訴請求は正当として認容すべきである(最一判昭49・3・7民集28巻2号174頁:第三者異議事件)。
指名債権が二重に譲渡され,確定日付のある各譲渡通知が同時に債務者に到達したときは,各譲受人は,債務者に対しそれぞれの譲受債権全額の弁済を請求することができ,譲受人の一人から弁済の請求を受けた債務者は,他の譲受人に対する弁済その他の債務消滅事由が存在しない限り,弁済の責を免れることができない(最三判昭55・1・11民集34巻1号42頁:譲受債権請求事件〔判例百選U(第4版)33事件〕)。
債権の譲受人と同一債権に対し仮差押命令の執行をした者との間の優劣は,確定日付のある譲渡通知が債務者に到達した日時又は確定日付のある債務者の承諾の日時と仮差押命令が第三債務者に送達された日時の先後によつて決すべきものであることは当裁判所の判例とするところ(最高裁昭和47年(オ)第596号同49年3月7日第一小法廷判決・民集28巻2号174頁),この理は,本件におけるように債権の譲受人と同一債権に対し債権差押・転付命令の執行をした者との間の優劣を決する場合においても,なんら異なるものではないと解するのが相当である(最三判昭58・10・4裁集民140号1頁,判時1095号95頁:損害賠償請求事件)。
同一の債権について,差押通知と確定日付のある譲渡通知との第三債務者への到達の先後関係が不明であるため,第三債務者が債権額に相当する金員を供託した場合において,被差押債権額と譲受債権額との合計額が右供託金額を超過するときは,差押債権者と債権譲受人は,被差押債権額と譲受債権額に応じて供託金額を案分した額の供託金還付請求権をそれぞれ分割取得する。(最三判平5・3・30民集47巻4号3334頁:供託金還付請求権確認請求本訴,同反訴事件〔判例百選U(第4版)34事件〕)
確定日付のある譲渡通知が同時に到達した場合,債務者の恣意によって債権者に優劣をつけることを許すべきではない。そうでないと,力の強い者,声の大きい者が勝つことになり,法の目的とする衡平の原則にも反することになる。
債権譲渡の第三者に対する対抗要件は確定日付のある通知・承諾であるから,それを基準にすべきであり,原則は,確定日付のある通知の到達の日を基準にすべきことは,通説・判例の見解のとおりである。
しかし,確定日付のある譲渡通知が同時に到達した場合には,確定日付の早い債権譲渡に対抗力を付与すべきである。確定日付も同日の場合には,債権譲渡の日にまで判断を遡らせるのではなく,債権譲渡をした者の意思を考慮して,すべての債権者に同一の権利を与える,すなわち,それぞれの債権者に債権を平等に配分すべきであり,債権者が納得しない場合には,一部の債権者に弁済するのではなく,民法494条に従い,弁済供託をなすべきである。これらの基準をまとめると以下のようになろう。
(1)債権ハ之ヲ譲渡スコトヲ得但其性質カ之ヲ許ササルトキハ此限ニ在ラス
(2)前項ノ規定ハ当事者カ反対ノ意思ヲ表示シタル場合ニハ之ヲ適用セス但其意思表示ハ之ヲ以テ善意ノ第三者ニ対抗スルコトヲ得ス
(1)指名債権ノ譲渡ハ譲渡人カ之ヲ債務者ニ通知シ又ハ債務者カ之ヲ承諾スルニ非サレハ之ヲ以テ債務者其他ノ第三者ニ対抗スルコトヲ得ス
(2)前項ノ通知又ハ承諾ハ確定日附アル証書ヲ以テスルニ非サレハ之ヲ以テ債務者以外ノ第三者ニ対抗スルコトヲ得ス
(1)債務者カ異議ヲ留メスシテ前条ノ承諾ヲ為シタルトキハ譲渡人ニ対抗スルコトヲ得ヘカリシ事由アルモ之ヲ以テ譲受人ニ対抗スルコトヲ得ス但債務者カ其債務ヲ消滅セシムル為メ譲渡人ニ払渡シタルモノアルトキハ之ヲ取返シ又譲渡人ニ対シテ負担シタル債務アルトキハ之ヲ成立セサルモノト看做スコトヲ妨ケス
(2)譲渡人カ譲渡ノ通知ヲ為シタルニ止マルトキハ債務者ハ其通知ヲ受クルマテニ譲渡人ニ対シテ生シタル事由ヲ以テ譲受人ニ対抗スルコトヲ得
この法律は,法人がする債権の譲渡の対抗要件に関し民法(明治29年法律第89号)の特例等を定めるものとする。
(1)法人が債権(指名債権であって金銭の支払を目的とするものに限る。以下同じ。)を譲渡した場合において,当該債権の譲渡につき債権譲渡登記ファイルに譲渡の登記がされたときは,当該債権の債務者以外の第三者については,民法第467条の規定による確定日付のある証書による通知があったものとみなす。この場合においては,当該登記の日付をもって確定日付とする。
(2)前項に規定する登記(以下「債権譲渡登記」という。)がされた場合において,当該債権の譲渡及びその譲渡につき債権譲渡登記がされたことについて,譲渡人若しくは譲受人が当該債権の債務者に第8条第2項に規定する登記事項証明書を交付して通知をし,又は当該債務者が承諾をしたときは,当該債務者についても,前項と同様とする。
(3)前項の場合においては,民法第468条第2項の規定は,前項に規定する通知がされたときに限り適用する。この場合においては,当該債権の債務者は,同項に規定する通知を受けるまでに譲渡人に対して生じた事由を譲受人に対抗することができる。
(4)前3項の規定は,第7条第1項第二号に掲げる事由に基づいてされた債権譲渡登記の抹消の登記について準用する。この場合において,前項中「譲渡人」とあるのは「譲受人」と,「譲受人」とあるのは「譲渡人」と読み替えるものとする。
(1)債権譲渡登記は,譲渡人及び譲受人の申請により,磁気ディスク(これに準ずる方法により一定の事項を確実に記録することができる物を含む。)をもって調製する債権譲渡登記ファイルに,次に掲げる事項を記録することによって行う。
一 譲渡人の商号又は名称及び本店又は主たる事務所
二 譲受人の氏名及び住所(法人にあっては,商号又は名称及び本店又は主たる事務所)
三 譲渡人又は譲受人の本店又は主たる事務所が外国にあるときは,日本における営業所又は事務所
四 登記原因及びその日付
五 譲渡に係る債権の総額
六 譲渡に係る債権の債務者その他の譲渡に係る債権を特定するために必要な事項で法務省令で定めるもの
七 債権譲渡登記の存続期間
八 登記番号
九 登記の年月日
(2)前項第七号の存続期間は,50年を超えることができない。ただし,50年を超えて存続期間を定めるべき特別の事由がある場合は,この限りでない。
(3)債権譲渡登記(以下この項において「旧登記」という。)がされた譲渡に係る債権につき譲受人が更に譲渡をし,旧登記の存続期間の満了前に債権譲渡登記(以下この項において「新登記」という。)がされた場合において,新登記の存続期間が満了する日が旧登記の存続期間が満了する日の後に到来するときは,当該債権については,旧登記の存続期間は,新登記の存続期間が満了する日まで延長されたものとみなす。
(4)債権譲渡登記がされた譲渡に係る債権につき譲受人が更に譲渡をし,当該債権譲渡登記の存続期間の満了前に民法第467条の規定による通知又は承諾がされた場合(第2条第1項の規定により通知があったものとみなされる場合を除く。)には,当該債権については,当該債権譲渡登記の存続期間は,無期限とみなす。
(1)譲渡人及び譲受人は,次に掲げる事由があるときは,債権譲渡登記の抹消を申請することができる。
一 債権の譲渡が効力を生じないこと。
二 債権の譲渡が取消し,解除その他の原因により効力を失ったこと。
三 譲渡に係る債権が消滅したこと。
(2)前項の規定による抹消の登記(以下「抹消登記」という。)は,当該債権譲渡登記に係る債権譲渡登記ファイルの記録に,次に掲げる事項を記録することによって行う。
一 当該債権譲渡登記を抹消する旨
二 登記原因及びその日付
三 登記番号
四 登記の年月日
(3)譲渡に係る債権が数個記録されている債権譲渡登記について,その一部の債権に係る部分につき抹消登記をするときは,前項第二号から第四号までに掲げる事項のほか,次に掲げる事項をも記録しなければならない。
一 当該債権譲渡登記の一部を抹消する旨
二 抹消登記に係る債権を特定するために必要な事項で法務省令で定めるもの
三 抹消後の譲渡に係る債権の総額
(1)何人も,登記官に対し,債権譲渡登記ファイルに記録されている登記事項の概要(債権譲渡登記ファイルに記録されている事項のうち,第5条第1項第六号及び前条第3項第二号に掲げる事項を除いたものをいう。次条第1項において「登記事項の概要」という。)を証明した書面(以下「登記事項概要証明書」という。)の交付を請求することができる。
(2)譲渡に係る債権の譲渡人若しくは譲受人又は当該債権の債務者その他の当該債権の譲渡につき利害関係を有する者として政令で定めるものは,登記官に対し,当該債権の譲渡について,債権譲渡登記ファイルに記録されている事項を証明した書面(以下「登記事項証明書」という。)の交付を請求することができる。
法第8条第2項(法第10条第1項において準用する場合を含む。)に規定する債権の譲渡又は債権を目的とする質権の設定につき利害関係を有する者は,次に掲げる者とする。
一 譲渡に係る債権若しくは質権の目的とされた債権の債務者又はこれらの債権を取得した者
二 前号の債権を差し押さえ,若しくは仮に差し押さえた債権者又は同号の債権を目的とする質権を取得した者
三 次に掲げる者の財産の管理及び処分をする権利を有する者
イ 前二号に掲げる者
ロ 譲渡に係る債権の譲渡人又は譲受人
ハ 質権の目的とされた債権の質権設定者又は質権者
(1)登記事項概要証明書又は登記事項証明書(以下「登記事項概要証明書等」と総称する。)の交付の請求は,書面でしなければならない。
2()登記事項概要証明書の交付を請求する書面には,次に掲げる事項を記載し,申請人又はその代表者若しくは代理人が記名しなければならない。
一 証明書の交付を請求する債権譲渡登記ファイルの記録を特定するために必要な事項
二 特定の債権譲渡登記ファイルの記録がない旨を証明した書面の交付を請求するときは,その旨
三 閉鎖登記ファイルに記録されている事項を証明した書面の交付を請求するときは,その旨
四 請求する証明書の数
五 手数料の額
六 年月日
七 登記所の表示
(3)登記事項証明書の交付を請求する書面には,前項各号に掲げる事項のほか,次に掲げる事項を記載し,申請人又はその代表者若しくは代理人が記名押印しなければならない。
一 債権譲渡登記ファイルの記録に数個の債権が記録されているときは,証明書の交付を請求する債権を特定するために必要な事項
二 債権譲渡登記ファイルの記録に数個の債権が記録されている場合において,数個の債権に係る登記事項を一括して証明した書面の交付を請求するときは,その旨
(4)前項の書面には,次に掲げる書面を添付しなければならない。
一 申請人が法人であるときは,代表者の資格を証する書面
二 代理人によって申請するときは,その権限を証する書面
三 申請人が第十五条各号に掲げる者であるときは,これを証する書面
登記事項概要証明書等の交付を請求する場合においては,手数料のほか郵送料を納付して,その送付を求めることができる。
(1)債権譲渡の対抗要件に関する民法の特例等に関する法律(以下「法」という。)第5条第1項第六号(法第10条第1項において準用する場合を含む。)に規定する譲渡に係る債権又は質権の目的とされた債権を特定するために必要な事項は,次に掲げる事項とする。
一 債権が数個あるときは,一で始まる債権の連続番号
二 債務者及び債権の発生の時における債権者の数,氏名及び住所(法人にあっては,氏名及び住所に代え商号又は名称及び本店又は主たる事務所)
三 貸付債権,売掛債権その他の債権の種別
四 債権の発生年月日
五 債権の発生の時及び譲渡又は質権設定の時における債権額
(2)法第7条第3項第二号(法第10条第一項において準用する場合を含む。)に規定する抹消登記に係る債権を特定するために必要な事項は,前項第一号に掲げる事項とする。