04TarCase
19/35 漁網用タール事件(3/5)最三判昭30・10・18民集9巻11号1642頁→Q2
【テロップ】
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【ノート】
上告を受けた最高裁は,条文を無視した判決を下しているので,その点について,注意して読んでみましょう。 ■第1点は,本件の債権の種類についての判断です。 ■最高裁は,次のように述べて,高裁の審理が不十分だとしています。 「売買契約から生じた買主たるXの債権が,通常の種類債権であるのか,制限種類債権であるのかも,本件においては確定を要する事柄である。」 ■ところで,本件の債権の種類は,ため池にある3,000トンから3,500トンのタールのうちの2,000トンを売買する契約なのですから,タールを取り出すまでは,特定しておらず,特定債権でないことは明らかです。 ■そうだとすると,本件の債権の種類は,種類債権であり,種類債権だとすれば,タールが処分されたら,同じようなタールを調達する義務があると考えるのが,条文の趣旨に沿っているように思われます。 しかし,最高裁は,条文にない,制限種類債権かもしれないのだから,もっと審理を尽くしなさいと述べているのです。制限種類債権だとすると,種類債権とは異なる結果が生じるのでしょうか? ■最高裁は,制限種類債権に特有の性質を次のように述べています。 例えば通常の種類債権であるとすれば,特別の事情のない限り,原審の認定したゴトキ履行不能ということは起らない筈であり,これに反して,制限種類債権であるとするならば,履行不能となりうる代りには,目的物の良否は普通 問題とはならないのであって,Xが「品質が悪いといって引取りに行かなかった」とすれば,Xは受領遅滞の責を免れないこととなるかもしれないのである。 ■最高裁の考え方をまとめてみると,通常の種類債権だとしたら,高裁どおり,買主が勝訴するかもしれないが,もしも,制限種類債権だとすると,必ず,売主が勝訴するはずだ。だから,制限種類債権かどうか,審理を尽くしなさい,といっているのです。 ■そこで,通常の種類債権だったらどうなるかについて,考えておきましょう。 ■種類債権だとすると,第1に,民法401条によって,売主は中等の品質のタールを引き渡さなければなりません。買主のいうように,品質が悪いのであれば,それだけで,買主は債務不履行に基づいて契約を解除できます。本件の場合,買主は,民法541条に従って,催告の後,契約の解除をしています。 ■種類債権だとすると,第2に,タールが処分されても,中等の品質のタールは,他にもあるのですから,売主は,それを調達する義務があります。 ■特定物債権の場合には,売主が民法400条に従って,善管注意義務が負わされるのに対して,種類債権の場合に,民法401条がそのような注意義務を課していないのには,理由があります。 ■種類債務の場合には,売主には,善管注意義務よりも,さらに,厳しい調達義務を課せられているので,売主の債務は,履行不能とはなりません。商品が特定前に盗まれたり滅失したりしても,特定物の場合とは異なり,売主は,義務を免れないのです。 ■そういうわけですので,本件が種類債権だとすると,売主には調達義務があるのですから,買主勝訴は,初めから約束されたようなものです。高裁判決は,その意味で,常識的な判決です。 ■それに対して,最高裁は,本件の債務は,制限種類債権かもしれないと,待ったをかけます。 ■本件が,制限種類債権だとすると,最高裁は,「履行不能となりうる代わりには,目的物の良否は普通 問題とはならない」という理解不能な論理を展開します。 ■種類物の場合には,民法401条によって,中等の品質かどうかが問題となります。反対に,特定物だとすれば,民法570条に代表されるように,商品の品質は,重要な要素であって,契約解除の理由となります。 ■種類物債権でも,反対に,特定物債権でも,売買契約にとって,商品の品質は,代金とともに最大の問題です。 ■特定物債権の代表とされる住宅の売買の場合でも,雨漏りや,たてつけばかりでなく,環境瑕疵も含めて,品質は重要問題です。 ■種類債権でも,特定物債権でも,最大の問題である品質の問題が,「制限種類債権」といったとたんに,魔法のように問題とはならなくなるのでしょうか。 ■最高裁は,「品質が悪いといって引き取りに行かなかった」とすれば,「Xは,受領遅滞の責めを免れないことになるかもしれない」としていますが,品質が悪い場合には,受領拒絶は,受領遅滞にはならないばかりか,たとえ,なったとしても,品質が悪ければ,買主は,民法570条の瑕疵担保責任に基づいて,契約を解除できることに代わりはないのです。 ■事実関係を見ても,本件の売買契約においては,買主は,昭和21年2月に契約が締結されてから,1年間の昭和22年1月末までにタールを引き取るとの約束をしているのですが,タールが滅失したのは,その期間中の昭和21年末です。したがって,本件において,債権者の受領遅滞が問題となりうるという考え方には,大いに疑問があります。 ■いずれにせよ,最高裁は,通常人の理解を超える理由をつけたのちに, 「本件においては,当初の契約の内容のいかんを更に探究するを要するといわなければならない。」と述べて, ■最高裁は,高裁判決を破棄し,審理を尽くすように,高裁に差し戻しています。