04TarCase
21/35 漁網用タール事件(5/5)差戻後の控訴審判決

【テロップ】
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【ノート】
最高裁と最高裁の調査官に批判された高裁は,最高裁の趣旨を汲んで,以下のような判決を下します。 売買契約から生じた買主たるXの債権は特定の溜池にあるタールの一部を目的物とする債権であるから,制限種類債権に属するものというべきである。残余タールを取り出して分離する等,モノの給付をなすに必要な行為を完了したことは認められないから,未だ特定したといい得ない。 特定の溜池に貯蔵中のタールが全量滅失したのであるから,Yの残余タール引き渡し債務は特定しないまま,履行不能に帰したものといわなければならない。 本件残余のタールは特定するに至らなかったのであるから,Yは特定物の保管につき要求せられる善良な管理者の注意義務を負うものではない。債務者はその保管につき自己の財産におけると同一の注意義務を負うと解すべきである。 ■ここが,差し戻し後の高裁判決の最大の落とし穴でしょう。 ■特定物債権なら,債務者は,善管注意義務を負うし,種類債権なら,債務者は,もっと厳しい調達義務を負う。それなのに,制限種類債権と性質決定するだけで,債務者が,特定債権の注意義務も,種類債権の注意義務も免れ,無償の場合の寄託の受寄者に認められる民法659条と同様の「自己の財産におけると同一の注意義務を負う」ということになってしまったのは,なぜでしょうか? ■本件は,有償契約の典型である売買契約なのですから,無償契約に限って認められる民法659条の「自己の財産におけると同一の注意義務を負う」などという義務が出てくる余地はないはずなのです。 ■ところが,差し戻し後の高裁判決は,最高裁によって言及された,条文の根拠もない「制限種類債権」というマジックワードによって,以下のように述べて,有償売買の売主の責任を安易に免責しているのです。■ 本件目的物の性質,数量,貯蔵状態を勘案すれば,Yとしては本件タールの保管につき自己の財産におけると同一の注意義務を十分つくしたものと認めるのが相当であって,この点についてYに右注意義務の懈怠による過失はなかった。 ■そして,次のような結論を述べるに至っています。 XがYに対してなした債務不履行を理由に本件売買契約を解除する旨の意思表示は無効であって,本訴請求はその余の点について判断するまでもなく失当として棄却を免れない。(札幌高裁函館支部昭和37年5月29日判決▲高裁民事判例集15巻4号282頁) ■ここで注意しなければならないことは,「その余の点について判断するまでもなく失当」という判断です。 ■本件は,差し戻し後の高裁判決によって,履行は不能となり,しかも,その履行不能について債務者に過失(キセキ事由)がないという場合です。そうだとすれば,その場合に適用されるべき条文は,危険負担に関する民法536条です。 ■もしも,債権者にも過失がないとすると,危険負担の原則である民法536条1項の債務者主義に基づいて,代金債務は消滅するので,買主は,解除の意思表示を必要とすることもなしに,代金支払の義務を免れます。したがって,この点が問題とされなければなりません。 ■「本訴請求はその余の点について判断するまでもなく失当として棄却を免れない。」という判断こそが,条文を無視した失当判決にほかならないと,私は考えています。 ■もっとも,「その余の判断」をした結果,買主だけにキセキ事由があることが判明した場合には,危険負担の例外規定である民法536条2項が適用されて,買主は代金債務を免れないという事態が生じるかもしれません。 ■しかし,その場合でも,「本訴請求は,その余の点について判断するまでもなく失当として棄却を免れない。」のではなく,その余の判断を行い,買主だけにキセキ事由があることが認定され,その結果,民法536条2項が適用されて,売主が代金の支払いを受けることになることもありうるのです。しかし,その場合でも,きちんと「その余の点について判断する」ことが必要であり,「その余の点について判断するまでもなく失当として棄却を免れない。」というのは,乱暴な議論だと,私は考えています。