07NonPerformance
14/35 事実的因果関係が破綻する例→Q5

【テロップ】
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【ノート】
事実的因果関係の判断基準である「あれなければ,これなし」というのは,厳密には,どのような判断基準なのでしょうか? ■「あれなければ,これなし」という判断基準は,「Aという原因からBという結果が生じた」という因果関係を証明したいが,それを直接に証明することが困難な場合に, ■その問題を証明しやすくするために,命題を変更して,「もしも,Aを取り除いたとして,その場合にBが成り立つかどうか」を考えます。 ■「もしも,Aを取り除いても結果Bが生じるならば,Aは,結果Bの原因とはいえない」と判断します。反対に, ■「もしも,Aを取り除くと,結果Bが生じないのであれば,Aは,結果Bの原因である」と判断するというものです。 ■推論すべき命題を摩り替えているのですから,それがうまく機能するのは,「AならばB」であり,かつ,「BならばA」が成り立つという場合,すなわち,結果に対する原因が一つである場合に限定されます。 ■その前提が崩れて,原因が複数ある場合には,因果関係の判断基準として「あれなければ,これなし」を使うと,とんでもない誤りに陥ります。 複数原因がある場合に,事実的因果関係の判断基準である「あれなければ,これなし」が破綻する例を具体的に示してみましょう。 第1に,致死量10mgの毒物をY1,Y2,Y3のそれぞれが4mgずつワイングラスに注いで,Xを殺害したという例を考えてみましょう。■ この場合,Y1,Y2,Y3の行為とXの死亡との間に事実的因果関係はあるのでしょうか? ■Y1,Y2,Y3のそれぞれの行為がなかったとすると,毒物の量は,8mgとなり,Xは殺害されません。したがって,「あれなければ,これなし」の判断基準によると,Y1,Y2,Y3のそれぞれが,Xの殺害について,単独で因果関係を有するとの結論が生じてしまいます。 ■結果は,正しそうに見えますが,Y1,Y2,Y3のそれぞれは,単独では,Xを殺害できないのに,「あれなければ,これなし」の基準を用いると,Y1,Y2,Y3のそれぞれが,Xの殺害に単独で因果関係を有するという点で誤りに陥っています。 第2に,致死量10mgの毒物をY1,Y2,Y3のそれぞれが5mgずつワイングラスに注いで,Xを殺害したとします。■ この場合に,Y1,Y2,Y3の行為とXの死亡との間に事実的因果関係はあるのでしょうか? ■この場合に,「あれなければ,これなし」の基準をあてはめてみましょう。 ■Y1,Y2,Y3のそれぞれの行為を取り除いても,他のふたりが入れる毒物の量が10mgに達しますので,Xは殺害されます。 ■そうすると,Y1,Y2,Y3のそれぞれの行為を取り除いても,結果は起こるのですから,Y1,Y2,Y3のそれぞれの行為と,Xの殺害との因果関係は,ないことになります。 ■この結果が誤りであることは,明白です。 ■さきの第1の例では,Y1,Y2,Y3のそれぞれの行為と死亡との間に因果関係があるとされたのに,Y1,Y2,Y3のそれぞれが,毒物の量をさらに増やすと,逆に,死亡との因果関係がないとされるのでは,因果関係の判断基準として不適切です。 第3に,致死量10mgの毒物をY1,Y2,Y3のそれぞれが10mgずつワイングラスに注いで,Xを殺害したとします。■ この場合,Y1,Y2,Y3の行為とXの死亡との間に事実的因果関係はあるのでしょうか? ■Y1,Y2,Y3のそれぞれの行為を取り除いても,他のひとりが入れる毒物の量が10mgに達しますので,Xは殺害されます。 ■そうすると,Y1,Y2,Y3のそれぞれの行為を取り除いても,結果は起こるのですから,Y1,Y2,Y3のそれぞれの行為と,Xの殺害との因果関係はないことになります。 ■この結果が誤りであることは,明白です。 ■さきの第1の例では,Y1,Y2,Y3のそれぞれの行為と死亡との間に因果関係があるとされたのに,Y1,Y2,Y3のそれぞれが,毒物の量をさらに増やして,ひとりでもXを殺害できる量の毒を入れたのに,死亡との因果関係がないとされるのでは,因果関係の判断基準として不適切です。 ■このようにして,「あれなければ,これなし」の考え方は,複数の行為が重なって事故を生じた場合には,破綻をきたすので,因果関係の判断基準として使うことはできないのです。