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8/35 民法412条の2(履行不能)の新設2015年3月31日,国会提出の法案(不要?)(K.K.)

【テロップ】
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【ノート】
2015年3月31日に国会に提出された民法を一部改正する法律案によると,民法412条のあとに, 民法412条の2▲(履行不能)を新設し,■ その第1項で,履行不能の定義と,履行不能の場合には,履行強制はできないこと,■ その第2項で,原始的不能と後発的不能とを区別せずに,債務不履行の問題として扱うことを規定するとしています。 ■確かに,従来の通説は,不能を原始的不能(契約の無効)と後発的不能(債務不履行)とに区別していました。 ■これは,ドイツ民法▲(旧306条■不能の給付を目的とする契約は無効とする)▲に習ったものでしたが,国際的な流れを受けて,ドイツ民法が改正され,原始的不能と後発的不能の区別を撤廃し,すべて,債務不履行の問題として統一したため,わが国でも,これと同様の規定をおくことにしたのです。 ■しかし,わが国の民法は,もともと,原始的不能を債務不履行の一環として扱ってきたので,ドイツ民法とは異なり,改正の必要はありませんでした。 なぜなら,現行民法565条は, 「物の一部が契約の時に既に滅失していた場合」について,債務不履行に基づく代金減額請求権,契約解除権,損害賠償請求権を, 民法563条を準用して,明確に認めていたからです。■すなわち, 第1に,物の一部が契約の時に既に滅失していた場合には,「買主は,その不足する部分の割合に応じて代金の減額を請求する」ことができるし, 第2に,「残存する部分のみであれば買主がこれを買い受けなかったときは,善意の買主は,契約の解除をすることができる」としており, 第3に,「代金減額の請求又は契約の解除は,善意の買主が損害賠償の請求をすることを妨げない」と規定しているからです。 ■つまり,わが国の民法は,原始的不能の問題を,ドイツ民法(旧306条)とは異なり,一部無効とか,全部無効の問題とするのではなく,債務不履行に基づく,代金減額,契約の解除,または,損害賠償請求の問題として処理しているのです。 ■このように,原始的無効の処理については,わが国の民法は,もともと,ドイツ民法よりも,現代の国際的動向に沿っていたのですから,さきに述べたドイツ民法旧306条を改正せざるを得なかったドイツ民法とは事情がまったく異なるのです。 ■したがって,わが国の場合には,ドイツ民法とは異なり,わざわざ「民法412条の2」▲のような規定を新設する必要はなかったといえます。 ■このような観点で,新設される▲民法412条の2▲(履行不能)の規定を再度,詳しく検討してみましょう。 ■新設される民法412条の2▲第1項は,履行不能の定義がなされているのですが,「取引上の社会通念」という,もっともあいまいな概念を使っているために,「履行期に履行がない」という場合に,それが,不能に見える長期の履行遅滞なのか,不能に見える履行拒絶なのか,本来の履行不能なのかは,国民一般のとっても,裁判官にとっても,判断することを困難にしています。 ■しかも,「不能であるときは,債務の履行を請求することができない」ということは,トートロジーであって,意味を成しません。なぜなら,社会通念を持ち出すのであれば,履行不能かどうかは,履行を強制することが社会通念上できるかどうかで決まる問題だからです。 ■そもそも,問題の起点となる「債務不履行」の定義は,現行民法415条の「債務の本旨に従った履行をしないとき」だけで十分であり,それが,損害賠償請求をもたらすかどうかは,「債務者にキセキ事由があるかどうか」だけで決定されます。 ■また,「債務不履行」が,契約解除に結びつくかどうかは,履行期後の相当期間の催告を考慮した上で,「契約目的を達成することができるかどうか」だけで決定されます。 ■さらに,履行強制ができるかどうかは,民法414条に照らして決定することができるのであって,債務不履行かどうかは,履行期に履行がないか,履行期に履行があっても,それが契約に適合しているかどうか,すなわち,「債務の本旨にしたがっているかどうか」だけが問題であり,それが,履行不能にあたるかどうかを決定する必要はないのです。 ■さきに述べたように,現行民法565条が民法563条を準用することを通じて,原始的不能の問題は,無効の問題ではなく,債務不履行に基づく減額請求,契約解除,または,損害賠償請求の問題であることを明らかにしているのですから,新設される民法412条の2▲は,必ずしも必要な規定ではありません。 ■つまり,新設される民法412条の2▲は,履行不能の定義において,「取引上の社会通念」という最もあいまいな用語を用いているために,国民一般だけでなく,法曹にとってもわかりにくい条文であり,効果の面でも,現行民法565条の解釈によって当然に導かれる結果をわかりにくく表現しているだけであり,必要のない,むしろ,混乱を生じさせるだけの規定であると,私は考えています。