債権とは何か

2003年4月11日

名古屋大学大学院法学研究科教授 加賀山 茂


物権と債権


物権と債権との相違

物権は,人が物(有体物)を直接かつ排他的に支配する権利をいうのに対して,債権は,ある人が他の人に対してあることをすること(作為)又はしないこと(不作為)を請求する権利である。

債権は,人と人との間の権利であって,物権とは異なり物を支配する権利ではないとされている。しかし,債権も,それが任意に履行されない場合には,債務者の財産を差押え,その財産を処分・換価して債権の満足を得ることができる。この意味で,債権も債務者の物について,間接的に支配を及ぼしているといえよう。

債権者が有する債務者の財産に対する間接的な支配権,すなわち,債務者の財産を差し押さえ,その財産を処分・換価して満足を得ることができる権能は,「債権の掴取力」と呼ばれている。もっとも,債権の掴取力は,原則として,債権者平等の原則に服する。したがって,債務者の財産が債権額に満たない場合には,各債権者は債務者の財産から債権額に応じて比例配分した額(按分額)しか取得できないことになる。

物権と債権との相違

ところで,債権は,より厳密には,「特定人(債権者)が特定の義務者(債務者)に対して一定の給付を請求し,債務者のなす給付を受領し保持すること(給付のもつ利益ないし価値を自己に帰属させること)が法認されている地位(権利)をいう」と定義されている。

これは,物権という権利が存在し,その権利から副次的に物権的請求権が生じるという説明を,債権にも応用しようとした試みである。つまり,物権の場合と同じように,債権の存在を先行させ,そこから請求権が発生すると説明しているわけである。しかし,この説明は成功しているとはいい難い。確かに,契約の場合には,まず,契約が存在し,そこから請求権が出てくるというのは説明しやすいかもしれない。しかし,不法行為の場合,不法行為は債権の発生原因ではあるが,決して債権ではない。不法行為という法的に評価された事実から不法行為に基づく損害賠償請求権が発生するだけであり,債権が先行し,そこから請求権が出ているわけではないからである。

債権とは,請求権の性質についてつけられた名前に過ぎない。つまり,請求権に「物権的」なものも,「債権的」なものもあるというように,請求権の性質について論じることはできるが,「債権的」請求権を発生させている本体という意味で「債権」という実体が存在しているわけではないことに注意を要する。実体はあくまで,請求権だけである。諸外国でも,債権に該当する呼び名は,Obligation(債務関係)であり,債権は常に債務とペアで論じられる。債権は,物権とは異なり,独立した権利とか権利者を想定することはできないのであって,常に,債権者と債務者との関係を論じるものである。その点でも,債権の実体を請求権と考える方が実態に即しているといえよう。

物権と債権における目的,目的物の比較

物権と債権の差異は,先の定義にも表れているが,さらに重要な差異は,それぞれの権利の対象となる目的物の相違である。

物権の目的(支配)と目的物(有体物)

物権の目的は,物の直接的,かつ,排他的支配であることはすでに述べた。さらに,物権の目的物は,有体物に限定されなければならない。そうでなければ,以下に述べるように,物権と債権の区別が崩壊してしまうからである。

仮に,物権の対象が権利等の無体物に及ぶことを認めるならば,「債権の所有権」という概念が認められることになる。つまり,債権も所有権の対象として所有権に吸収されてしまうことになり,その結果,物権と債権との区別は崩壊する。

もちろん,物権と債権との区別は相対的なものであり,厳密な区別を保持することに意味があるかどうかは,議論のあるところである。しかし,物権と債権とを区別することに意義を認めるのであれば,物権の対象は有体物に限定せざるを得ないことを認識しなければならない。

権利者 権利 目的 目的物
支配すること 有体物に限る
文法 主語 動詞 不定詞 目的語
英文 Owner is able to do something.
物権の例 所有者は できる 使用・収益,処分・換価することが 土地・建物・動産を
地上権者は できる 使用・収益することが 土地を

債権の目的(作為・不作為)と目的物(有体物・無体物)

物権とは異なり,債権の目的は,給付(作為・不作為)であり,その目的物も有体物には限定されない。例えば,債権の譲渡とは,債権の売買契約,または,債権の贈与契約を意味するのであり,債権の目的物に無体物が含まれることには,異論がない。

義務者 義務 目的 目的物
作為・不作為 有体物でも無体物でもよい
文法 主語 動詞 不定詞 目的語
英文 Obligor ought to do something.
債務の例 売主は べきである 移転する 目的物(権利等の無体物でもよい)の財産権を
買主は べきである 支払う 代金を

民法においても,債権の目的と債権の目的物は一応区別して使われている(ただし,民法402条2項,419条1項の用語法は立法の過誤である)。この点については,次回(債権の目的)の個所で詳しく論じることにする。

債務を動詞oughtと考え,oughtの目的語であるto-不定詞,例えば,to transfer(移転すること),to pay(支払うこと)を債権の目的,to-不定詞の目的語,例えば,property(財産権),money(金銭)を債権の目的物と考えるとわかりやすい。


債権の発生原因と債権的請求権の分類


債権の発生原因としては,契約,事務管理,不当利得,不法行為の4つがある。

このうち,契約が最も重要であるが,不法行為もまた今日においては重要である。判例データベース(判例MASTER)で,戦後に出された民法関係の判例のうち,不法行為に関する判決を調べてみると,全判例の4分の1を不法行為に関する判例が占めているからである(なお,民法709条は,単独で,全判例の23パーセントを占めている)。

事務管理は準契約ともいわれ,契約によらない委任(法定委任)としての性質を有しており,委任の規定が準用されている(民法701条)。

不当利得は,債権の一般法としての性質を有しており,以下のように,契約,事務管理,不法行為からはずれたすべての債権を引き受けている。

例えば,契約の不成立・無効・取消の場合のように,契約になり損ねた場合には,不当利得の一類型としての「給付不当利得」がその問題の解決を引き受けている。また,占有者が費用を支出した場合(民法196条)や,錯誤による弁済(民法707条)の場合のように,事務管理になり損ねた場合には,不当利得の一類型としての「支出不当利得」が問題の解決を引き受けている。さらに,善意占有者が物を滅失・毀損したり(民法191条),物の添付が生じた(248条)場合のように,不法行為になり損ねた場合には,不当利得の一類型としての「侵害不当利得」が問題の解決を引き受けている。

ところで,債権の発生原因ごとに,発生する請求権をまとめてみると,以下の表のようになる。

債権の発生原因 一次的請求権 二次的又は例外的請求権 形成権
1 契約 履行請求権(414条) 損害賠償請求権(415条) 取消権(4条以下),解除権(540条以下)
2 事務管理 費用償還請求権(702条) 報酬請求権(遺失物法4条,商法800条)
3 不当利得 利得返還請求権(703条) 損害賠償請求権(704条) 介入権(商法41条2項)
4 不法行為 損害賠償請求権(709条) 原状回復請求権(723条)
差止請求権(不正競争防止法3条)

契約からは履行請求権が発生するが,この履行請求権は,以下のように分類される。なお,債務者の責めに帰すべき事由によって履行がなされない場合には,損害賠償請求権(金銭債権)が発生する。

請求権の種類 民法 民事執行法
作為請求権 引渡請求権 金銭支払請求権 402条〜405条 43条〜167条
物の引渡請求権 特定物の引渡請求権 400条 168条〜170条
種類物の引渡請求権 401条
行為請求権(引渡以外の作為請求権) 414条2項 171条〜173条
不作為請求権 414条3項

事務管理からは,費用償還請求権が発生する。特別法に定めがある場合には,その外に,報酬請求権(金銭債権)が発生する。

不当利得からは,利得返還請求権(金銭債権,物の引渡請求権)が発生する。利得者が悪意の場合には,その外に損害賠償請求権(金銭債権)も発生する。

不法行為からは,損害賠償請求権(金銭債権)が発生するが,名誉毀損の場合には,その外に,原状回復請求権(行為請求権)が発生する。また,特別法に定めがある場合には,差止請求権(不作為請求権)が発生することがある。