債権総論と債権各論との関係

2001年5月2日

名古屋大学大学院法学研究科教授 加賀山 茂


債権総論の共通ルールとその適用としての債権各論


債権総論を契約総論と考える立場に立つ場合,債権総論としての契約各論の規定と契約各論との規定はどのような関係に立つのであろうか。契約総論と契約各論を分離して規定する意味はどこにあるのであろうか。

これは,民法総則とその他の物権,債権の規定が分離されて規定されているのと同じように,共通の規定を取り出して前に置くという,パンデクテン方式の特色であると考えてよい。

債権総論の規定が原則的なルールを示し,契約各論の規定が,それを具体化しているという典型例を以下に示すことにしよう。

弁済の場所(民法484条)と代金支払の場所(民法574条)

第484条〔弁済の場所〕
 弁済ヲ為スヘキ場所ニ付キ別段ノ意思表示ナキトキハ特定物ノ引渡ハ債権発生ノ当時其物ノ存在セシ場所ニ於テ之ヲ為シ其他ノ弁済ハ債権者ノ現時ノ住所ニ於テ之ヲ為スコトヲ要ス
第574条〔代金支払場所〕
 売買ノ目的物ノ引渡ト同時ニ代金ヲ払フヘキトキハ其引渡ノ場所ニ於テ之ヲ払フコトヲ要ス

債権総論と債権各論との関係を考えるのに適した最初の例は,「弁済の場所」に関する規定である。弁済の場所は,契約の目的・性質等によって当事者の意思が明らかである場合には,当事者の意思によるのが原則である。しかし,契約によって定められていないか,または,契約から決定することができない場合には,法律の規定によって決定せざるをえない。

民法は,弁済の場所について,債権総論(民法484条)と債権各論(例えば,民法574条)に分けて規定している。そこで,契約総論の規定である民法484条と契約各論の規定,例えば,民法574条とがどのような関係にあるのかが問題となる。

立法者,および,現代の通説は,民法574条は,民法484条の例外を定めた特則であると解している。しかし,両者の規定を詳細に検討してみると,両者の関係は,それほど単純でないことがわかる。

詳しい検討に先立って,第1に,弁済と履行との関係,第2に,特定物の引渡債務とその他の債務との関係について,前提知識を理解しておくことにしよう。

前提知識1 弁済と履行との関係

日常用語では,「弁済」は「金銭の支払」の場合にしか使わないが,法律用語としては,「弁済」と「履行」とは同義であり,履行としての物の引渡も弁済ということができる。

もっとも,民法における用語法を詳細に検討してみると,債務の側から規定するときは,「債務の弁済」という用語法も「債務の履行」という用語法もともに用いられているが,債権の側から規定するときは,「債権の弁済を受ける」,「債権の弁済に充当する」,「債権の弁済期」というように,常に「弁済」という用語のみが用いられている。つまり,「債権」の場合には,「債権」と「弁済」の組み合わせのみが用いられ,「債権」と「履行」という用語が組み合わされて用いられることはない。

前提知識2 債務の種類

弁済の場所を決定するに際して,民法は,特定物の引渡債務とその他の債務とに分けている。その他の債務の意味を知るためには,債務にはどのような種類があるかについて,以下の表のようにまとめておくのが便宜であろう。

債務の種類 民法 民事執行法
作為債務 引渡債務 金銭債務 402条〜405条 43条〜167条
物の引渡債務 特定物の引渡債務 400条 168条〜170条
種類物の引渡債務 401条
行為債務(引渡以外の作為債務) 414条2項 171条〜173条
不作為債務 414条3項

不作為債務については,例えば,競業避止義務の場合には,どの範囲の場所で競業してはならないのかが最重要課題であり,契約等によって明らかにされることが多い。したがって,弁済の場所について規定を置く必要性に乏しい。また,引渡債務以外の作為債務についても,弁済の場所は非常に重要な要素となるので,契約内容で明らかにされるのが通常であり,弁済の場所が争われることは少ない。弁済の場所が問題となるのは,主として,物の引渡債務についてである。

民法484条の立法理由

さて,弁済の場所として重要なのは,債権者の住所と債務者の住所である。民法484条は,特定物の引渡については,弁済の場所を「債権発生ノ当時其物ノ存在セシ場所」,すなわち,債務者の住所と定め,その他の場合には,弁済の場所を,「債権者ノ現時ノ住所」,すなわち,債権者の住所と定めている。

問題は,民法484条における特定物の引渡以外の「其他ノ弁済」の意味である。民法の立法の際に参照された旧民法333条7項,468条1項においては,(1)特定物の弁済の場所,(2)種類物(代替物)の弁済の場所,(3)その他の場合という3つの場合について,債務者の住所を原則とする以下のような明文の規定が置かれていた。

旧民法財産編333条
 @前二条〔特定物ヲ授与スル合意,代替物ヲ授与スル合意〕ノ場合ニ於テハ約束シタル時日及ヒ場所ニ於テ諾約者〔債務者〕ノ注意及ヒ費用ニテ物ノ引渡ヲ為スコトヲ要ス
 A引取ノ費用ハ要約者〔債権者〕之ヲ負担ス
 B証書ノ費用ハ有償行為ニ付テハ当事者双方之ヲ負担シ無償行為ニ付テハ享益者之ヲ負担ス
 C不動産ノ引渡ハ証書ノ交付及ヒ場所ノ明渡ヲ以テ之ヲ為ス但簡易ノ引渡及ヒ占有ノ改定ニ関シ第百九十一条ニ規定シタルモノヲ妨ケス
 D債権ノ引渡ハ証書ノ交付ヲ以テ之ヲ為ス
 E引渡ノ期限ノ定マラサリシトキハ即時ニ引渡ヲ要求スルコトヲ得
 F引渡ノ場所ノ定マラサリシトキハ特定物ニ付テハ合意ノ当時其物ノ存在セシ場所代替物ニ付テハ其物ノ指定ヲ為シタル場所 其他ノ場合ニ在テハ諾約者〔債務者〕ノ住所ニ於テ引渡ヲ為ス
旧民法財産編第468条
 @弁済ノ場所ノ定ナキトキハ弁済ハ債務者ノ住所ニ於テ之ヲ為ス但後ニ掲クル或ル契約ノ場合及ヒ第三百三十三条ニ掲ケタル規定ハ此限ニ在ラス
 A自己ノ住所ニ於テ弁済ノ有ル可キ当事者カ詐欺ナクシテ転住シタルトキハ弁済ハ其新住所ニ於テ之ヲ為ス但其当事者ハ為替相場ノ差額及ヒ人ノ往復若クハ物ノ運送ノ補足費用ヲ一方ノ当事者ニ払フコトヲ要ス
 B弁済ノ其他ノ費用ハ債務者之ヲ負担ス

現行民法は,「特定物の引渡」については,旧民法と同じく「目的物の所在地」主義,すなわち,債務者の住所主義を採用したが,その他の場合については,旧民法とは反対の立場,すなわち,債権者の住所主義を採用した。その理由は,以下の通りである(広中俊雄編『民法修正案(前三編)の理由書』有斐閣(1987)460頁)。

本条が最も多く適用せらるべき金銭債務の弁済に付ては,従来,わが国の慣習は,通常,債権者の住所に於てこれを為すことに存し,諸国の立法例も亦た概ね之と一途に出づるが如し。
要するに,既成法典の規定は,債務者の保護に偏して従来の慣習及び普通の事理に適せざるものなれば,本案は,債権者の住所に於て弁済を為すべしと改めたりと雖も,取引の性質その他特別の事情に因り債権者が自己の住所に於て弁済を受くることを欲せざるときは随意に弁済の場所を定むることを得るものなれば本条の規定に因りて豪も不便を感ずることなしとす。

民法484条の問題点

現行民法が,金銭債務の弁済を突破口として旧民法の債務者の住所主義を変更したのは大きな意味を持っている。しかし,現行民法が,特定物の引渡債務以外のすべての債務について,債権者の住所主義を採用したことは,以下に述べるような問題を残すことになった。

  1. 民法484条にいう「其他ノ弁済」には,特定物の引渡以外のすべての債務が含まれるが,立法者が念頭においていたのは,主として金銭債務であった。その他の債務について,債権者の住所で弁済することがわが国の慣習であったかどうかは明らかでない。
  2. 立法当時は,金銭債務以外の「其他ノ弁済」について,債権者の住所での弁済が慣習となっていた可能性がないわけではない。確かに,立法当時の有産階級は,何かにつけ出張サービスの提供を受けていたと思われる。しかし,現代においては,交通機関,とりわけ,自動車の普及によって,種類物の引渡についても店頭での引渡が増加しており,また,雇傭,請負,委任,寄託等の労務提供型の債務についても,債務者が債権者の住所へと出張するサービス(出前,往診等)は大幅に減少し,設備の整った債務者の住所(レストラン・美容室・病院等)での履行が通常の形態となっている。
  3. 現代においては,(1)金銭債務については,債権者の住所で,(2)その他の債務については,物の引渡,作為債務を問わず,債務者の住所で弁済を行なうというのが,世界的な慣習として広く認められている。
立法等の例 特定物の引渡債務 種類物の引渡債務 金銭債務 その他の作為債務
旧民法 合意の当時の目的物の所在地
(債務者の住所)
特定のための指定がなされた場所
(債務者の住所)
債務者の住所
現行民法 債権発生時の目的物の所在地
(債務者の住所)
債権者の住所
UNIDROIT原則
ヨーロッパ契約法原則
債務者の住所 債権者の住所 債務者の住所

このように考えると,弁済の場所について,旧民法が採用した「債務者の住所主義」を,現行民法の立法者が,債務者保護に偏り過ぎだとして否定したのは正当である。しかし,現行民法の立法者が,特定物の引渡を除いて,その他のすべての債務について「債権者の住所主義」を採用したのは,行き過ぎであった。現代から見れば,正しくは,金銭債務についてのみ「債権者の住所主義」を採用し,その他の場合は,旧民法と同じく,「債務者の住所主義」を採用すべきだったのである。

民法484条の新しい解釈

そうだとすると,現行民法の解釈としても,債権者の住所主義をとる「其他ノ弁済」の範囲を厳しく限定し,債務者の住所主義をとる「特定物の引渡」の要件を拡大して解釈すべきであるということになろう。

例えば,種類物債務については,履行の際には,種類物も特定するのであるから,「特定物の引渡」の場合と同様に「債権発生ノ当時其物ノ存在セシ場所」で弁済ればよいと解釈するか,種類物の引渡債務の場合,種類物が特定するのは「債権発生ノ当時」ではなく,「種類物ノ特定ノ当時」であるから,「種類物ノ特定ノ当時其物ノ存在セシ場所」で弁済すべきであるとして,結局は,債務者の住所での弁済を正当化するのが適切であろう。

ただし,このような見解を取ったとしても,引渡債務以外の作為債務について,現行民法の解釈として,弁済の場所を債務者の住所であると解するには,さらに一歩を進めなければならない。

民法484条の規定は,旧民法財産編333条に引きずられて,主として,引渡債務のみを念頭において起草されており,その他の債務については,現代の慣習が重視されるべきである。現代においては,引渡債務以外の債務について,弁済の場所は債権者の住所であるという慣習は存在しない。むしろ,現代の慣習に従えば,金銭債務以外の弁済の場所は,原則として債務者の住所であることが明らかであり,金銭債務以外の弁済の場所は,民法92条に従って,債務者の住所であると解釈すべきである。

このように考えると,民法484条は,物の引渡債務に関してのみ適用されるべきであり,その結果,以下のように解すべきであろう。

  1. 特定物・種類物の引渡債務の場合 : 契約時,または,特定の時にその物が存在していた場所,すなわち,債務者の住所
  2. その他の引渡債務の場合,すなわち,金銭債務の場合 : 債権者の住所

民法484条と民法574条との関係についての通説の理解

民法574条は,弁済の場所に関する民法484条の特則であり,双務・有償契約の場合において,物の引渡債務と代金支払債務とが同時履行の関係に立つ場合には,代金の支払場所は,民法484条の規定にもかかわらず,物の引渡の場所となることを定めていると解されている。

しかし,民法574条(代金の支払場所)は,本当に,民法484条(弁済の場所)の例外を定めた特則なのであろうか。むしろ,民法574条は,民法484条と民法533条(同時履行の抗弁権)とを組み合わせた当然の規定であり,民法484条の原則を破る特則と見るべきではないのではなかろうか。このような観点から,民法574条の意義を考えてみよう。

民法574条の立法趣旨

現行民法574条の立法に際して参考にされた旧民法財産取得編75条は,以下のように規定していた。

旧民法財産取得編75条
 @代金弁済ノ場所ヲ合意セサルトキハ其弁済ハ有体動産ニ付テハ引渡ヲ為ス場所不動産、債権、争ニ係ル権利又ハ会社ニ於ケル権利ニ付テハ証書ノ交付ヲ為ス場所ニ於テ之ヲ為ス
 A引渡ノ前又ハ後ニ代金ノ弁済ヲ要求スルコトヲ得ヘキトキハ其弁済ハ買主ノ住所ニ於テ之ヲ為ス

現行民法574条は,旧民法財産取得編75条を以下のように修正した。1項,すなわち,売買代金が物の引渡と同時履行となる場合において,旧民法のように動産,不動産,権利の売買を区別せず,物の引渡の場所を代金の弁済の場所とした。2項,すなわち,同時履行とならない場合においては,金銭債務について,すでに,民法484条において,旧民法の債務者の住所主義を変更し,債権者の住所主義を採用したことから,これを削除した(広中俊雄編『民法修正案(前三編)の理由書』有斐閣(1987)556頁)。

目的物の種類 民法484条に従った弁済の場所 民法574条による代金支払の場所
物の引渡の場所 代金支払の場所 結論 民法484条との関係
特定物 売主の住所 売主の住所 売主の住所 矛盾しない
種類物 通説 買主の住所 買主の住所 矛盾する
私見 売主の住所 売主の住所 矛盾しない

民法484条と民法574条との関係

第1に,特定物の売買を例にとって,民法484条と民法574条との関係を考察してみよう。

債権総論のルール,すなわち,民法484条によれば,特定物の引渡の場所は,債権の発生当時にその物が存在していた場所,すなわち,売主の住所ということになる。一方,代金の支払場所は,民法484条によれば,その他の債務として,債権者の住所,すなわち,売主の住所となる。つまり,民法484条によっても,物の引渡の場所と代金支払の場所は,ともに,売主の住所ということになる。

また,特定物の売買に,債権各論のルール,すなわち,民法574条を適用した場合にも,代金支払の場所は,物の引渡の場所,すなわち,売主の住所ということになる。こうしてみると,特定物の売買の場合,民法484条だけを適用した場合と,民法574条を適用した場合とで,結果は異ならない。

この場合,民法574条の売買の規定は,まさしく,債権総論のルール(民法484条)に一致するのであって,民法574条は,民法484条の特則ではなく,民法484条の具体化に過ぎないということになる。

第2に,種類物の売買を例にとって,民法484条と民法574条との関係を考察してみよう。

種類物の場合,通説の見解によれば,引渡の場所は,民法484条に従って,債権者の住所,すなわち,買主の住所ということになる。これに対して,代金の支払場所は,民法484条に従えば,債権者の住所,すなわち,売主の住所ということになる。したがって,物の引渡の場所と代金の支払場所とが異なることになり,このような場合にこそ,民法484条の特則としての民法574条の存在意義が発揮され,代金の支払場所は,物の引渡の場所としての買主の住所が代金の支払の場所として決定されるということになるはずである。

しかし,種類物の売買は,通常,買主の住所で弁済がなされるべきであるという前提がそもそも疑問である。ビール1ダースの売買という場合に,弁済の場所は買主の住所であると考えるのは古き良き時代の慣習に過ぎない。最近では,ビールも郊外の大型店に出かけていって安く購入するというのが一般化している。種類物である本や雑貨をを購入する場合に,合意がなければ,弁済の場所が買主の住所であると考えているという人は,現代では,ほとんどいないであろう。合意がなければ,特定物であろうと,種類物であろうと,売主の住所で引渡が行なわれるというのが現代の慣習であろう。買主が購入した商品を届けてもらう場合,送料は,原則として,買主が負担するという慣習が確立していることもその現れである。

このように考えると,種類物売買の場合も,民法484条の新しい解釈で述べたように,引渡の際には,目的物は特定するのであるから,引渡の場所は,特定時にその物が存在した場所だと解すると,この場合も,代金支払の場所は,売主の住所だということになり,民法484条だけを適用した場合と,民法574条を適用した場合とで,結果は異ならないことになる。

したがって,この場合も,民法574条の売買の規定は,まさしく,債権総論のルール(民法484条)に一致するのであって,民法574条は,民法484条の特則ではなく,民法484条の具体化に過ぎないということになる。

第3に,物の引渡の場所と代金支払の場所が異なる例として,持参債務の場合を考察してみよう。

物の引渡が持参債務の場合,物の引渡は買主の住所で行なわれるのに対して,代金の支払は,民法484条によれば,売主の住所で行なわれることになり,支払の場所が別々となってしまう。この場合,代金支払も,物の引渡と同時に買主の住所でなされることになるのが通常である。

この点にこそ,民法574条の存在意義があるように思われる。しかし,これは,民法533条の同時履行の抗弁権の行使の結果として,買主の住所で代金支払がなされうるに過ぎない。もしも,物の引渡と同時に買主が使者によって代金を売主の住所に持参した場合,売主は売主の住所での支払を拒絶できないであろう。

通信販売の場合,物の引渡は買主の住所で行なわれることが合意されているが,代金の支払は,同時履行ではなく,振込み等によって,売主の住所又は売主の口座に支払われるのが通常となっていることも,民法574条の適用の余地を狭めているといえよう。

売買契約における代金支払の場所については,原則として,売主の住所であるが(民法484条),物の引渡が買主の住所で行なわれる場合において,売主が同時履行の抗弁を主張する場合には,買主は,代金を買主の住所で支払うことができる(民法533条)と解するべきだということになる。つまり,民法574条は,民法484条と民法533条の組み合わせとして当然に導かれることを確認しただけの規定であり,決して民法484条の例外を定めた特則ではないことに注意すべきである。

民法484条と574条の改正私案

これまで論じてきた解釈論を明確にするため,民法484条と574条の改正私案を提言することにする。

現行民法 民法改正私案
第484条〔弁済の場所〕
 弁済ヲ為スヘキ場所ニ付キ別段ノ意思表示ナキトキハ特定物ノ引渡ハ債権発生ノ当時其物ノ存在セシ場所ニ於テ之ヲ為シ其他ノ弁済ハ債権者ノ現時ノ住所ニ於テ之ヲ為スコトヲ要ス
第484条〔弁済の場所〕
 (1)弁済をすべき場所について別段の意思表示がないときは,特定物の引渡の場合は,債権発生の当時その物の存在した場所で,種類物の引渡の場合は,種類物の特定の当時その物の存在した場所で,その他の引渡債務(金銭債務)の弁済は,債権者の現時の住所でこれをしなければならない。
 (2)その他の債務については,債務者の現時の住所(口座を含む)で弁済をしなければならない。
第574条〔代金支払場所〕
 売買ノ目的物ノ引渡ト同時ニ代金ヲ払フヘキトキハ其引渡ノ場所ニ於テ之ヲ払フコトヲ要ス
第574条〔代金支払場所〕
 (1)売買代金の支払は,第484条1項の規定に従い,債権者である売主の住所(口座を含む)でこれをしなければならない。
 (2)売買の目的物の引渡と同時に代金を払うべきときは,買主は,第533条の規定を援用して,その引渡の場所で支払うことができる。

上記の民法改正私案は,先に述べた新しい解釈論の結論を素直に表現したものであって,この改正条文がなければそのような解釈ができないということを意味しない。


弁済の費用(民法485条)と契約費用(民法558条)との関係

第485条〔弁済の費用〕
 弁済ノ費用ニ付キ別段ノ意思表示ナキトキハ其費用ハ債務者之ヲ負担ス但債権者カ住所ノ移転其他ノ行為ニ因リテ弁済ノ費用ヲ増加シタルトキハ其増加額ハ債権者之ヲ負担ス
第558条〔売買の契約費用〕
 売買契約ニ関スル費用ハ当事者双方平分シテ之ヲ負担ス

弁済の費用とは,運送費・荷造費などをいうとされている。弁済の費用は,特段の意思表示がない場合には,民法485条に従って債務者が負担する。これに対して,契約費用とは,契約書の作成費や目的物の鑑定のための費用等のことをいうとされている。契約費用の場合は,民法558条に従って,当事者双方が平分して負担する。

弁済の費用と契約費用との区別はそれほどはっきりしていない。不動産売買の登記に要する費用は,弁済の費用として売主が負担するのか,契約費用として売主と買主が平分して負担するのかが問題となった事例で,大審院は,契約費用であると判示した(大判大7・11・1民録24輯2103頁)。もっとも,不動産取引においては,登記費用は買主が負担するとの特約が一般に利用されているため,登記費用が弁済の費用か契約費用かを論じる実益は少なくなっている。

しかし,弁済の費用と契約費用とを区別する実益がないわけではない。弁済の費用と契約費用との区別の基準は,以下のように考えるべきである。すなわち,債務者が弁済する際に要する費用のうち,契約の相手方にとっても有益である費用であり,かつ,その費用の対象となる債務者の行為に相手方も協力すべき関係にある場合を契約費用と考えるのが正当であろう。

このように考えると,契約書の作成費用,目的物の鑑定費用等は,相手方にとっても有益であり,かつ,相手方もその行為に協力すべきであるため,契約費用と考えるのが正当であろう。また,争いのある登記費用についても,これは,本来,登記義務者である売主の弁済の費用であるが,買主にとっても,登記を行なうことは有益であり,かつ,登記に協力することが義務付けられているのであるから(共同申請主義),契約費用と解するのが正当である。したがって,特約がなければ,登記費用は契約当事者で平分するのが本筋であり,すべてを買主に負担させている不動産取引の現状は,買主に一方的に負担を強いるものであり,売主が事業者である場合には,不公正な取引慣行として,消費者契約法によって無効とされるおそれがあるというべきである。

以上のように考えた場合,民法485条と民法558条との関係をどのように考えるべきであろうか。契約費用に関する民法558条の規定は,弁済の費用に関する民法485条の特則であると考えるのが一般的である。しかし,契約費用を,上記のように,その支出が相手方にとっても有益であり,かつ,相手方もその支出行為に協力すべきであるとすれば,相手方もその費用を負担する義務がある。その場合の各当事者の負担割合は,民法427条に従えば,平等の割合で負担すべきであるということになる。有償契約の場合には,各当事者の債務は対価的に均衡していると考えられるから,契約費用を各当事者が平分して負担することは,この点でも合理的である。

そうだとすると,民法558条は,民法485条の単なる特則ではなく,民法485条と民法427条の組み合わせによって説明される民法485条の具体化の例と考えることも可能であろう。

以上で,弁済の場所の場合と同様,弁済の費用に関しても,債権総論の共通ルールが有償契約において具体化されるという,よい関係を示していることが示されたと思われる。


債権総論の共通ルールとその例外としての債権各論


債権総論の規定が,債権各論の規定によってより具体化されている例を見てきたが,総論の規定が妥当するのであれば,各論で特別の規定を置く必要性は少ない。

債権各論の規定が置かれているのは,総論では扱えない具体的な問題とともに,総論を適用できない例外的な場合を示すためにこそ各論の規定が重要となる。

これは,民法総則で,意思表示の効力は,到達の時に発生すると規定しておきながら(民法97条),契約総則で,承諾の意思表示に関しては,例外的に,発信の時に効力を生じると規定する(民法526条1項)のと同様である。

以下に,総論で原則を規定し,各論でその例外を規定するという典型例を見ておくことにしよう。

選択権の移転(民法408条)と予約完結権の移転(民法556条2項)

第408条〔選択権の移転〕
 債権カ弁済期ニ在ル場合ニ於テ相手方ヨリ相当ノ期間ヲ定メテ催告ヲ為スモ選択権ヲ有スル当事者カ其期間内ニ選択ヲ為ササルトキハ其選択権ハ相手方ニ属ス
第556条〔売買の一方の予約〕
 (1)売買ノ一方ノ予約ハ相手方カ売買ヲ完結スル意思ヲ表示シタル時ヨリ売買ノ効力ヲ生ス
 (2)前項ノ意思表示ニ付キ期間ヲ定メサリシトキハ予約者ハ相当ノ期間ヲ定メ其期間内ニ売買ヲ完結スルヤ否ヤヲ確答スヘキ旨ヲ相手方ニ催告スルコトヲ得若シ相手方カ其期間内ニ確答ヲ為ササルトキハ予約ハ其効力ヲ失フ
第557条〔手付〕
 (1)買主カ売主ニ手附ヲ交付シタルトキハ当事者ノ一方カ契約ノ履行ニ著手スルマテハ買主ハ其手附ヲ抛棄シ売主ハ其倍額ヲ償還シテ契約ノ解除ヲ為スコトヲ得
 (2)第五百四十五条第三項〔解除と共にする損害賠償〕ノ規定ハ前項ノ場合ニハ之ヲ適用セス

選択権の催告による移転の例として,予約完結権(選択権)の移転がある。

予約完結権の場合,相手方が,相当の期限を定めて,その期間内に予約完結権を行使するかどうか確答すべき旨を催告したにもかかわらず,予約完結権者が確答をしないときは,予約完結権は,相手方に移転するのではなく,消滅してしまう。これは,制限能力者の取消権が相手方の催告によって消滅するのと類似している(民法19条)。

第19条〔制限能力者の相手方の催告権〕
 (1)制限能力者(未成年者,成年被後見人,被保佐人及ビ第16条第1項ノ審判ヲ受ケタル被補助人ヲ謂フ以下同ジ)ノ相手方ハ其制限能力者カ能力者ト為リタル後之ニ対シテ一箇月以上ノ期間内ニ其取消シ得ヘキ行為ヲ追認スルヤ否ヤヲ確答スヘキ旨ヲ催告スルコトヲ得若シ其制限能力者カ其期間内ニ確答ヲ発セサルトキハ其行為ヲ追認シタルモノト看做ス
 (2)制限能力者カ未タ能力者トナラサル時ニ於テ其法定代理人,保佐人又ハ補助人ニ対シ其権限内ノ行為ニ付キ前項ノ催告ヲ為スモ其期間内ニ確答ヲ発セサルトキ亦同シ
 (3)特別ノ方式ヲ要スル行為ニ付テハ右ノ期間内ニ其方式ヲ践ミタル通知ヲ発セサルトキハ之ヲ取消シタルモノト看做ス
 (4)被保佐人又ハ第16条第1項ノ審判ヲ受ケタル被補助人ニ対シテハ第一項ノ期間内ニ其保佐人又ハ補助人ノ追認ヲ得ベキ旨ヲ催告スルコトヲ得若シ其被保佐人又ハ被補助人ガ其期間内ニ右ノ追認ヲ得タル通知ヲ発セサルトキハ之ヲ取消シタルモノト看做ス

予約完結権における選択権の移転は,通常の選択権の場合とは異なり,相当期間を定めた催告ではなく,手付が打たれている場合には,手付の倍返しという方法によって行なわれるのが通常である(民法557条1項)。

債務不履行責任(民法415条)と瑕疵担保責任(民法570条)

第415条〔債務不履行〕
 債務者カ其債務ノ本旨ニ従ヒタル履行ヲ為ササルトキハ債権者ハ其損害ノ賠償ヲ請求スルコトヲ得債務者ノ責ニ帰スヘキ事由ニ因リテ履行ヲ為スコト能ハサルニ至リタルトキ亦同シ
第413条〔受領遅滞〕
 債権者カ債務ノ履行ヲ受クルコトヲ拒ミ又ハ之ヲ受クルコト能ハサルトキハ其債権者ハ履行ノ提供アリタル時ヨリ遅滞ノ責ニ任ス
第566条〔用益的権利・留置権・質権がある場合の担保責任〕
 (1)売買ノ目的物カ地上権,永小作権,地役権,留置権又ハ質権ノ目的タル場合ニ於テ買主カ之ヲ知ラサリシトキハ之カ為メニ契約ヲ為シタル目的ヲ達スルコト能ハサル場合ニ限リ買主ハ契約ノ解除ヲ為スコトヲ得其他ノ場合ニ於テハ損害賠償ノ請求ノミヲ為スコトヲ得
 (2)前項ノ規定ハ売買ノ目的タル不動産ノ為メニ存セリト称セシ地役権カ存セサリシトキ及ヒ其不動産ニ付キ登記シタル賃貸借アリタル場合ニ之ヲ準用ス
 (3)前二項ノ場合ニ於テ契約ノ解除又ハ損害賠償ノ請求ハ買主カ事実ヲ知リタル時ヨリ一年内ニ之ヲ為スコトヲ要ス
第570条〔瑕疵担保責任〕
 売買ノ目的物ニ隠レタル瑕疵アリタルトキハ第566条〔用益的権利・留置権・質権がある場合の担保責任〕ノ規定ヲ準用ス但強制競売ノ場合ハ此限ニ在ラス

債務不履行における損害賠償責任については,原則として,債務者に帰責事由が存在することが要件となっており,かつ,10年の消滅時効に服する。

しかし,民法559条によって,有償契約の総則として位置付けられている売買契約においては,売主は売買目的物の権利に瑕疵がある場合,または,物自体に瑕疵がある場合に,無過失の損害賠償責任を負うことが規定されている(民法561条以下)。そして,この損害賠償責任は,瑕疵を知ってから1年を経過すると時効によって消滅する。

このような売主の担保責任は,不完全履行という債務不履行のひとつについて,売買が有償契約であるということから,売主に,無過失の担保責任(商品適合性についての黙示の保証責任)を負わせたものであり,債務不履行責任である民法415条の特則であると考えることが可能である。

金銭債務の不可抗力免責不可(民法419条2項)と賃料債務の不可抗力による免責(民法609条,610条)

第419条〔金銭債務の特則〕
 (1)金銭ヲ目的トスル債務ノ不履行ニ付テハ其損害賠償ノ額ハ法定利率ニ依リテ之ヲ定ム但約定利率カ法定利率ニ超ユルトキハ約定利率ニ依ル
 (2)前項ノ損害賠償ニ付テハ債権者ハ損害ノ証明ヲ為スコトヲ要セス又債務者ハ不可抗力ヲ以テ抗弁ト為スコトヲ得ス
第609条〔減収と借賃減額請求権〕
 収益ヲ目的トスル土地ノ賃借人カ不可抗力ニ因リ借賃ヨリ少キ収益ヲ得タルトキハ其収益ノ額ニ至ルマテ借賃ノ減額ヲ請求スルコトヲ得但宅地ノ賃貸借ニ付テハ此限ニ在ラス
第610条〔減収と契約解除権〕
 前条ノ場合ニ於テ賃借人カ不可抗力ニ因リ引続キ二年以上借賃ヨリ少キ収益ヲ得タルトキ契約ノ解除ヲ為スコトヲ得
第611条〔賃借物の一部滅失と借賃減額請求権〕
 (1)賃借物ノ一部カ賃借人ノ過失ニ因ラスシテ滅失シタルトキハ賃借人ハ其滅失シタル部分ノ割合ニ応シテ借賃ノ減額ヲ請求スルコトヲ得
 (2)前項ノ場合ニ於テ残存スル部分ノミニテハ賃借人カ賃借ヲ為シタル目的ヲ達スルコト能ハサルトキハ賃借人ハ契約ノ解除ヲ為スコトヲ得

金銭債務については,不可抗力をもって抗弁とすることができないというのが原則である(民法419条2項)。しかし,継続的契約関係にある賃貸借の賃料債務に関しては,民法は,不可抗力の抗弁を認めている(民法609〜610条)。

両者の関係も,債権総論が原則を規定し,債権各論がその例外を規定しているという例に該当するといってよいであろう。