債権総論の位置づけ

2003年4月25日

名古屋大学大学院法学研究科教授 加賀山 茂


契約総論としての債権総論


債権総論と債権各論の比較検討

債権総論とは,民法第3編債権の第1章に当たる部分(民法399条〜520条),すなわち,債権「総則」の講学上の呼び名である。

債権「総則」といわずに,債権「総論」と呼ぶ理由は,「総則」というと,民法第1編の民法「総則」と混同する恐れがあり,さらに,債権「総則」に対峙する契約,事務管理,不当利得,不法行為は,債権「各則」とは呼ばれず,債権「各論」と呼ばれてきたため,民法債権編の「総則」に該当する部分も,伝統的に「債権総論」と呼ばれてきた。

民法の編別上は,債権総則(講学上の債権総論)は,債権の発生原因である契約,事務管理,不当利得,不法行為のすべてに共通するルールとして規定されていることになっている。

講学上の分類 民法第3編「債権」の編成
債権総論 総則 債権の目的
債権の効力
多数当事者の債権 総則
不可分債務
連帯債務
保証債務
債権の譲渡
債権の消滅 弁済
相殺
更改
免除
混同
講学上の分類 民法第3編「債権」の編成
債権各論 契約 総則 契約の成立
契約の効力
契約の解除
贈与,売買,交換
消費貸借
使用貸借,賃貸借
雇傭,請負,委任,寄託
組合
終身定期金
和解
事務管理
不当利得
不法行為

しかし,実際には,債権総則の規定が契約から生じる債権以外の債権に適用されることは少ない。例えば,事務管理には,委任契約の規定が準用されるという関係で契約総論としての債権総論が適用されるに過ぎず,不当利得や,不法行為の場合には,それぞれ固有の規定が完備されているので,それらに対して債権総論の規定が適用されることはほとんどない。

不法行為に基づく損害賠償請求権に関して,さらに詳細に見てみると,この請求権については,民法415条の債務不履行の規定ではなく,民法709条の損害賠償の規定が適用される。損害賠償の範囲については,民法709条の解釈の内部で解決され,通説によれば,民法416条は適用されるのではなく,せいぜい準用されるに過ぎない。損害賠償の方法についても,民法417条は,民法722条1項によって「準用」されているに過ぎず,不法行為の過失相殺に至っては,民法418条の一般規定ではなく,特別の規定としての民法722条2項が適用されることになっている。

このように考えると,債権総論は,債権すべてに適用されるという意味での債権総論というよりは,債権の内の契約を念頭において規定された「契約総論」であるといった方が実態に即しているといえよう。

債権総論と契約総則(民法521条〜547条)との関係

債権総論(民法第3編第1章)を「契約総論」として位置付けた場合,民法第3編債権,第2章契約,第1節総則,すなわち,「契約総則」との関係が問題となる。

民法第3編第2章第1節の「契約総則」は,契約の成立,懸賞広告,契約の効力(同時履行の抗弁権,危険負担,第三者のためにする契約),契約の解除を規定している。しかし,この契約総則は,以下に詳しく述べるように,諾成・双務契約のみに関する総則であって,契約全体の総則ではない。

契約総則の項目 対象とされている契約類型 除外されている契約類型
契約の成立 契約の成立 諾成契約 要物契約
懸賞広告 一方的な債務約束 合意に基づく契約
契約の効力 同時履行の抗弁 双務契約 片務契約
危険負担 双務契約 片務契約
第三者のためにする契約 生命保険契約等 第三者が関与しない契約
契約の解除 すべての契約 (不完全履行の解除要件,
継続的契約関係の解約)
  1. 契約の成立の規定(521〜528条)は,契約の総則としてふさわしい規定であるが,民法がここで規定しているのは,諾成契約に関する契約の成立の総則の規定であって,要物契約については除外されている。
  2. 懸賞広告の規定(529〜532条)に至っては,そもそも,懸賞広告は契約かどうかについて争いがある。単独行為だとする説も有力であるし,片務的債務約束として,むしろ,債権総則に規定すべきであるとの考え方も存在する。
  3. 同時履行の抗弁権の規定(533条)は,双務契約に関する問題であって,片務契約には原則として適用されない。
  4. 危険負担の規定(534〜539条)も,双務契約に特有の規定であって,片務契約には適用がない。
  5. 第三者のためにする契約にの規定(537〜539条)も,生命保険保険契約等に特有の契約形態であって,契約一般に妥当するものではない。
  6. 解除の規定(540〜548条)は,契約の総則としてふさわしい規定である。しかし,民法がここで規定しているのは,履行遅滞と履行不能の場合の解除の要件に限定されており,担保責任の問題を含めた,不完全履行に関する解除の問題が除外されている。無償契約の場合と有償契約の場合とで担保責任の有無が異なり,不完全履行一般について,共通のルールとして記述するのが困難であるという事情はあるものの,民法が,不完全履行について一般のルールを規定しなかったことは,問題であろう。

結局,「契約総則」の規定は,諾成・双務契約に関しての総則が規定されているのみで,要物契約,片務契約についての原則が除外されている。また,契約のその他の分類方法である,無償契約・有償契約に関しては,契約総則では扱われておらず,むしろ,有償契約については,契約各論の売買の規定の中に,その契約の総則が埋め込まれている(民法559条参照)。

このように考えると,契約総則の規定は,決して,本来の意味における「契約総論」としての機能を完全には果たしておらず,理想的な「契約総論」は,われわれが,債権総論,契約総則,契約各論の中から,適時,ピックアップして,再編成しなければならないものであることがわかる。

契約の流れ 民法における位置づけ 講学上の分類 追加すべき項目
契約の成立 第3編債権 第2章契約 第1節総則 第1款契約の成立 (521条以下) 契約総論 要物契約の成立
契約の内容 第3編債権 第2章契約 第2節〜第14節 (549条以下) 契約各論 無償・有償契約総論
契約の有効・無効 第1編総則 第1章人 (4条以下)・第4章法律行為 (90条以下) 民法総則
契約の履行・不履行 第3編債権 第1章総則 (412条以下) 債権総論 (瑕疵)担保責任
契約の解除 第3編債権 第2章契約 第1節総則 第3款契約の解除 (540条以下) 契約総論 不完全履行を含めた
統一的な解除要件,
継続的契約関係の
解約要件

つまるところ,債権総論を講義するのであれば,債権総論と契約総論とをすべてカバーした上で,要物契約,片務契約,無償契約をも取り込んだ共通ルールとしての契約総論を再構成し,契約全体の共通ルールをわかりやすく説明するのが望ましいということになる。

従来の債権総論の講義のように,民法第3編第1章の債権総則の範囲内で,したがって,契約の成立にも,契約の解除にも触れずに講義を行なうのでは,債権総論を講義したことにはならないというのが,筆者の見解である。