2006年度 民法1A 第1回中間試験 解答例

2006年5月30日

明治学院大学法科大学院教授 加賀山 茂



【設問】

枠内に書かれた事例をよく読み,それぞれの問題に答えなさい。解答に際しては,結論と理由(根拠条文)とを明確に示すこと。

 Aは,甲不動産を安値でBに売却し,登記もBに移した。Aは,Bから,今後景気はますます悪くなり,政府の景気対策も見込まれていないので,A所有の不動産はこれから値下がりする。今のうちに処分したほうがよいといわれたからであった。
 ところが,その直後に,大規模な景気対策が講じられて,甲不動産は高騰した。Bにだまされたことを知ったAは,AB間の売買契約を取り消し,甲不動産の返還と登記の抹消を求めてBを訴えたが,Bは,訴えの提起直後に,甲不動産を善意のCに売却し,大儲けをした。
 Aは,Cに対して,甲不動産の返還を求めて訴えを提起した。その間に,AのBに対する訴えについては,Aが勝訴し,登記は,Aに帰っている。
 AのCに対する請求は認められるか。

問題1

AのCに対する請求権の名前と,条文上,判例上,または,学説上の根拠を示しなさい(10点)。

(問題1のねらい)

事例問題の最後に書かれている「AのCに対する請求は認められるか」という核心部分について,それがどのような請求権であるのかを問う問題である。

訴訟上の請求(訴訟物)は,実体法上の「権利主張」として構成されるので,訴訟の結果,その権利が認められるか認められないかにかかわらず,訴訟上の請求を構成する権利主張の内容がどのような権利であるのかを検討しておく必要がある。

(問題1の解答例)

AのCに対する請求の内容を構成している請求権は,物権的請求権(物上請求権)であり,「所有権に基づく返還請求権」と呼ばれている。

物権的請求権は,民法に明文の規定はないが,物権は物を支配する権利であること,占有権についても占有訴権が認められていること,民法202条に「本権の訴」とあることから,通説・判例によって認められている(大判大正5・6・23民録22輯1161頁等)。

物権的請求権は,占有訴権に対応して,物権的妨害排除請求権,物権的妨害予防請求権,物権的返還請求権の3つがあるとされている。本問の場合は,最後の物権的返還請求権に該当する。

問題2

登記を得たAを保護するためにはどのような論理を展開すべきか。条文上の根拠,判例,または,学説上の根拠を示して答えなさい(30点)。

(問題2のねらい)

いわゆる「詐欺取消後の善意の第三者と登記の要否」に関する問題である。通説・判例は,取消しの時点では善意の第三者は出現していないこと,したがって,取消しの遡及効を制限する必要がないことに着目して,民法96条3項は適用されない(善意の第三者が保護されるとは限らない)とし,物権変動の基本原則に立ち返って,民法177条の対抗問題となると解している。

問題2,および,次の問題3,問題4は,このような基本的な知識を確実に習得しているかどうかを問うとともに,民法96条3項は,本当に適用されないのか,民法177条の対抗問題と考えることが妥当な結果を生むのか等について,通説・判例を批判的に検討する能力が育っているかどうかを問う問題である。

これらの問題のうちの最初の問題2は,通説・判例の立場,または,それに類する立場に立って,Aを勝たせるための説得的な議論を展開できるかどうかを問うものである。

(問題2の解答例)

設問にあるような,「詐欺取消後の善意の第三者と登記の要否」に関しては,通説(我妻・加藤説)・判例(大判昭17・9・30民集21巻911頁)は,取消しの時点では善意の第三者は出現していないこと,または,取消後の第三者は取消しの遡及効に影響されないことに着目して,民法96条3項は適用されないとし,物権変動の基本原則に立ち返って,民法177条の対抗問題となると解している(結果的に,善意の第三者が保護されるとは限らない)。しかし,このような場合に,民法96条3項が適用されないという点は,厳しい批判にさらされており(判民昭和17年度48事件川島評釈) ,条文上の根拠も薄弱である。したがって,ここでは,結論は通説・判例と同じであるが,より厳密な議論を展開することにする。

AB間の売買契約において,Aを欺罔してBが所有権を取得した場合に,Aによる意思表示の取消しの効果が善意のCに対抗できないという意味は,Aは,取消しの遡及効を主張できないだけであるとの考え方が存在する(末川,我妻説。大判昭17・9・30民集21巻911頁も同旨)。取消しの遡及効がある場合には,Bは全くの無権利者となってしまうが,これに反して,この説によると,取消しの遡及効が否定されることになると,Aは,詐欺取消しによるBからAへの復帰的物権変動を主張することができることになる。

以上のように,民法96条3項の規定に従って,善意の第三者を保護するために取消しの遡及効が否定されると,BからAへの復帰的物権変動と,BからCへの売買に基づく物権変動とが,いわゆる不動産の二重譲渡の場合と同じように,Bを中心としてAとCとが真っ向から対立するという対抗関係(いわゆる「食うか食われるか」の対抗関係)が生じることになる。したがって,民法176条,177条の規定に従い,登記を先に得たものが勝つということになる(我妻・加藤説)。つまり,CがAに対抗できるのは,取消しの遡及効のみであり,復帰的物権変動と売買に基づく所有権の移転とは,対抗関係に立つため,CがAに対して所有権に基づく請求をするためには,登記を得ておく必要があるということになる (大判昭17・9・30民集21巻911頁)。

この考え方を本問に適用すると,AC間の争いに付き,Aが先に登記を取得しており,Aが勝つことになる。したがって,AのCに対する請求は認められる。

【問題3】

善意の第三者Cを保護するためにはどのような論理を展開すべきか。条文上の根拠,判例,または,学説上の根拠を示して答えなさい(30点)。

(問題3のねらい)

問題2とは反対に,通説・判例とは異なる立場から,善意の第三者を保護するための説得的な議論を展開する避難的な能力が育っているかどうかを問う問題である。

(問題3の解答例)

民法96条3項は,「詐欺による意思表示の取消しは,善意の第三者に対抗することができない」と規定している。この規定によれば,Aは善意のCに対して,AB間の売買契約が「初めから無効であったもの(民法121条)」ということを主張することができない。つまり,Cは,Bから有効に所有権の移転を受けることができる(所有権は,A→B→Cへと移転する)。したがって,Cは,Aの取消しの前後を問わず,さらには,先に登記を得たAに対しても,移転登記の請求をなしうることになる(四宮説)。

通説・判例は,善意の第三者Cが取消前に出現したか,取消後に出現したかによって,それぞれ,民法96条3項を適用したり,適用しなかったりという操作を行っている。しかし,この点については,民法96条3項は,「取消によってA→Bの権利変動が失効するところを,善意の第三者のためにその効果を遮断するのだから,Cの出現が取消の意思表示の前か後かによって区別すべきではあるまい」とする批判があり(判民昭和17年度48事件川島評釈参照),近時の学説は,このような区別を認めない傾向にある(鈴木(録弥),広中説)。このように考えると,以下に示す最高裁49年判決は,確かに,取消前に善意の第三者が出現した事例ではあるが,取消後に善意の第三者が出現した場合にも,その法理を適用すべきであると考える。

最高裁は,Aを欺罔してその農地を買い受けたBが,農地法5条の許可を条件とする所有権移転仮登記を得たうえ,右売買契約上の権利を善意のCに譲渡して右仮登記移転の附記登記をした場合(Cは本登記は備えていない)には,Cは民法96条3項にいう第三者にあたるとし,民法96条3項の「第三者の範囲は…必ずしも所有権その他の物権の転得者で,かつ,これにつき対抗要件を備えた者に限定しなければならない理由は,見出し難い」(最一判昭49・9・26民集28巻6号1213頁)としている。さらに,学説(鈴木,広中,四宮説等)は,Aの取消の前後にかかわらず,Cは登記がなくても,Aに対して不動産の返還・登記請求をなしうるとしている。

この考え方を本問に適用すると,AC間の争いに付き,Aが先に登記を取得していたとしても,善意の第三者Cのみが所有権を取得できることになる。したがって,AのCに対する請求は認められない。

問題4】

以上の検討を踏まえた上で,AのCに対する請求が認められるかどうか,結論を述べた上で,その論理を展開しなさい(30点)。

(問題4のねらい)

問題2,問題3を踏まえて,どちらかの結論を選択し,さらに,問題2,問題3で行った場合よりも説得力のある議論を展開できるかどうかを試す問題である。

問題2,問題3は,条文,判例,学説を引用しながら論理的な展開をすることにとどめれば十分であるが,ここでは,論理の背景となる利益衡量や心理作戦も総動員して,より説得力のある議論を展開することが期待されている。

(問題4の解答例)

@Aの立場で論じる場合

(反対説への配慮と問題点の指摘) 問題2,問題3とを総合して考えると,問題3の考え方は,確かに,善意の第三者Cを勝たせる点で,民法96条3項の条文に忠実のように思える。しかし,民法96条3項だけを適用して解決済みとするのでは,民法の解釈のあり方としては不十分である。なぜなら,法律行為に基づく不動産物権変動については,民法176条と177条という物権に関する総則規定が置かれており,これらの規定は,民法96条3項という民法総則の規定に優先して,あるいは,並行して適用される関係にあるからである。

(自説の論理の展開) 民法の解釈としては,以下のように考えるべきである。まず第1に,本来は,取り消しによって遡及的にAに復帰すべき物権変動の遡及効が,民法96条3項によって否定される(本問における民法96条3項の適用の肯定)。第2に,AB間の契約の取消の遡及効が否定されるため,取消しの時点から将来に向かってBからAへの復帰的物権変動が生じる。これが,二重譲渡における第1売買に匹敵する。第3に,CがBから目的物を購入することによって,BからCへの第2売買の関係が生じる。この結果,BからAへの復帰的物権変動とBからCへの不動産の譲渡とが,いわゆる不動産の二重譲渡の関係となる(通説・判例と同じく,いわゆる対抗問題の肯定)。第4に,本問は,民法176条,および,177条によって解決されるべき問題となり,ACの間の争いに関しては,Aが登記を先に得ているため,Aが勝つことになる。

(自説の具体的妥当性の検証) 上記の解釈について,当事者の利害関係を考慮して具体的妥当性を検討すると以下のようになる。Bに欺罔されてBへと登記を移転してしまったAと,登記を移転できるにもかかわらず,これを怠っていたCの行為とを比較した場合,Bに騙されたAの方が帰責性が大きいといえるかどうかは疑問であり,必ずしも,善意の第三者Cを優先すべきであるとの結論を導き出すことはできないと思われる。AC間の利益状態が均衡する本問のような場合に,善意の第三者を保護すべきであるとの考え方のみを優先し,登記をしないまま放置していたCを常に勝たせるという選択は,実体法の権利関係と登記とを一致させるべきであるという政策に反するることになり,妥当とはいえない。むしろ,登記を怠ったCよりも,真実の権利関係へと復帰させるため,訴訟を提起して,登記を元に戻したAの努力を買うべきであろう。確かに,Bの登記を信頼して目的物を取得したCは,民法96条3項によって保護されるべき第三者と同等の保護を受けるべきであろう。しかし,Cは,Bの登記を信頼したにもかかわらず,登記をC自身へと移転する努力を怠っており,その点では,登記を本当に信頼しているとは言いがたい,むしろ,Cは,自身への登記を怠ることを通じて,「登記を信頼した善意の第三者」という保護資格を放棄した状況にあるといえよう。このような利害関係を考慮するならば,上記の理論に従って,AのCに対する返還請求を認めることは,事案の解決としても妥当であると思われる。

(結論) 以上の検討に基づき,本問については,民法96条3項(詐欺取消しの遡及効の否定と復帰的物権変動の肯定),および,民法177条(AC間の二重譲渡類似の関係について,登記を先に取得した者を勝たせる)を適用し,先に登記を得たAは,登記を怠ったCに対して目的物の返還を請求することができると考える。

ACの立場で論じる場合

(反対説への配慮と問題点の指摘) 問題2,問題3とを総合して考えると,問題2の考え方は,通説・判例の結論とも合致するため,無視することができないものである。しかし,本問の場合を問題2の考え方のように民法177条の対抗問題と考えると,ACともに登記を得ていない場合には,訴えた方が常に負けるということになってしまい,具体的な妥当性を欠くことになる。通説(我妻・加藤説)・判例(最一判昭49・9・26民集28巻6号1213頁)が,本問とは単に時間がずれただけの「取消前」の転売の場合に,この問題を民法177条の対抗問題とせず,民法96条3項のみの問題と考え,善意の第三者の保護を図るため,Cが登記を得ていない場合でもCを勝たせているのは,その表れといえよう。

(自説の論理の展開) 民法177条の対抗問題は,登記が真正であることを前提としている。登記が真正でない場合には,登記の有無にかかわらず,真の権利者を保護すべきである。本問の場合,通説・判例は,民法96条3項が適用されないとしているが,民法96条3項は,「取消によってA→Bの権利変動が失効するところを,善意の第三者のためにその効果を遮断するのだから,Cの出現が取消の意思表示の前か後かによって区別すべきではあるまい」とする批判があり(判民昭和17年度48事件川島評釈参照),近時の学説は,このような区別を認めない傾向にある(下森説,加藤説等)。このような最近の有力説によってこの問題を再検討するならば,民法96条3項にしたがって,Aは,AB間の契約の取消による無効をCに対して主張できないのであり,そのことは,つまるところ,Cとの関係では,AB間の契約は有効であることを意味し,所有権は,A→B→Cへと確実に移転し,Cのみが真の所有者であることを意味する。したがって,Aが登記を回復したとしても,それは,真実の登記とはことなる不実の登記に過ぎず,Aが登記を得たことは,法律的には何らの意味も有しないと考えるべきである。

民法96条3項の適用を通じて,Aの得た登記が不実の登記であって,意味を持たないとすれば,本問の答えは,民法96条3項に基づいて真の権利を取得したCは,不実の登記を得ているAに対して,所有権に基づく登記の抹消,または,これに移転登記を請求できる立場にあるのであって,AからCに対する所有権に基づく目的物の返還請求が否定されるべきことは,明白であると思われる。

(自説の具体的妥当性の検証) なお,AとCとの利害状況を検討してみると,確かに,Aは詐欺による契約を取り消し,訴えを提起して登記を復帰させる努力をしており,その努力は評価に値する。しかし,訴えを提起するに際して,処分禁止の仮処分やその登記(不動産登記法101条)を怠っており,登記に基づいて行動しているCは,これらの事情を知ることができなかった。これに対して,Bの登記を信頼して目的物を取得したCは,民法96条3項によって保護されるべき第三者であり,仮処分およびその登記を怠ったAに比較して,より厚い保護が与えられるべきである。このようなAC間の利害関係を考慮するならば,上記の四宮説に従って,AのCに対する返還請求を認めないことは,事案の解決としても妥当であると思われる。

(結論) 以上の検討に基づき,本問については,民法96条3項(善意の第三者Cを保護するために,AB間の契約はCとの関係では完全に有効となり,その結果Aの所有権は完全に失われており,Aが回復した登記は,不実の登記に過ぎないことになる),および,民法177条(不実の登記を取得しても,対抗要件を具備したことにはならない)を適用し,AはCに対して所有権に基づく目的物の返還を請求請求することはできないと考える。