2006年度 民法1定期試験の出題のねらいと解答例


2006年7月31日

明治学院大学法科大学院教授 加賀山 茂


枠内に書かれた事例をよく読み,それぞれの問題に答えなさい。解答に際しては,結論と理由(根拠条文)とを明確に示すこと。

 A(夫)とX(妻)の夫婦が婚姻関係を継続中、夫AがY女と不貞行為に及んだ。Xは,その不貞行為によって婚姻関係が破綻するに至ったとして、Y女に対し、慰謝料300万円を請求した。そして,その訴訟が継続中に,AX夫婦間で離婚の調停が成立し,その調停条項には、「名目の如何を問わず互いに金銭その他一切の請求をしない」旨の定めがあるため,Xは,夫Aに対する離婚に伴う慰謝料請求300万円を全額免除した。
 XのYに対する300万円の慰謝料請求は,認められるか。

問題1】XのYに対する請求権の名前と,条文上,判例上,または,学説上の根拠を示しなさい(10点)。

(問題1のねらい)

法科大学院における教育目標のひとつに理論と実務との架橋が上げられており,民事法関連では,要件事実論の基礎を理解することが重要とされている。要件時理論を理解するためには,具体的な事例に即して,訴訟の対象を明確にし,かつ,請求の原因について,要件と効果との関係を立証責任の分配と関連させながら理解することが不可欠となる。

本問は,具体的な例に即して,訴訟の対象である訴訟物が何かを問う問題であり,要件事実論の出発点を明らかにしておこうとするものである。

(問題1の解答例)

不法行為(民法709条又は民法719条)に基づく慰謝料請求権

婚姻当事者の一方が不貞行為をした場合,それが,離婚原因となることについては争いがない(民法770条,最一判昭48・11・15民集27巻10号1323頁)。しかし,不貞行為に基づく慰謝料請求権が,不法行為に基づくものであるのか,債務不履行であるのかについては,争いがある。しかし,判例は,そのような場合の請求権を不法行為に基づく損害賠償請求権であるとしている(最二判昭41・4・1裁集民83号17頁,最二判昭54・3・30民集33巻2号303頁)。したがって,ここでは,その見解に従うことにする。そのような見解に従った場合,XのYに対する請求は,不法行為に基づく損害賠償請求権であることは疑いがない。しかし,それが,民法709条に基づく請求であるのか,それとも,民法719条に基づく請求であるのかは,一応問題となる。本件の場合,夫Aに故意があることは明らかであるが,Y女は,Aが既婚者であることを知らずにAと関係したのか,それとも,Aが既婚者であることを認識した上で,Aと関係をしたのかで,故意か過失かの判断が分かれることになり,共同不法行為の要件である関連共同性が認められるかどうかが問題となる。しかし,本件の場合,AとYとの関係は,継続したことが予想される。そして,判例によれば,共同不法行為が成立するためには,不法行為者間に意思の共通(共謀)はもとより,共同の認識も必要でなく,「単に客観的に権利侵害が共同になされるをもって足りる」(客観的(関連)共同説・大判大2・4・26民録19輯281頁,最三判昭32・3・26民集11巻3号543頁)ので,AY間には,少なくとも,客観的関連共同が存在し,共同不法行為の要件を備えていると解することができる。

問題2】夫Aの不貞行為は,Xに対する不法行為に該当するかどうか。また,Y女の行為は不法行為に該当するか?(30点)。

(問題1のねらい)

不貞行為をした配偶者の相手方に対して,他方の配偶者が,不法行為に基づいて損害賠償を請求できるかどうかを問う問題である。

第三者が夫婦の貞操義務を侵害する行為は,夫権・妻権という絶対権侵害に該当する不法行為なのか,それとも,夫婦間の貞操義務を侵害するいわば債権侵害に類似する不法行為に該当するのか,自由競争と同じように,恋愛事自由の原則を貫いて,そもそも不法行為に該当しないと考えるべきかが問題となる。

(問題1の解答例)

不貞行為をした配偶者の相手方に対して,他方の配偶者が,不法行為に基づいて損害賠償を請求できるかどうかについて,最高裁は,当初は,夫婦の一方の配偶者と性的関係を持った第三者は,故意または過失がある限り,配偶者を誘惑するなどして肉体関係を持つに至らせたかどうか,両名の関係が自然の愛情によって生じたかどうかにかかわらず,また,それが男の場合であれ(最二判昭41・4・1裁集民83号17頁),女の場合であれ(最二判昭54・3・30民集33巻2号303頁),それぞれ,他方の配偶者の夫または妻としての権利を侵害し,その精神上の苦痛を慰謝すべき義務を負うとしていた。

しかし,昭和54年の最高裁判決は,妻及び未成年の子のある夫が第三者(女)と性的関係を持ち,妻子のもとを去って第三者(女)と同棲するに至った結果,未成年の子が日常生活において父親から愛情を注がれ,その監護,教育を受けることができなくなったとしても,第三者(女)の行為は,特段の事情のない限り,未成年の子に対して不法行為を構成するものではないと判示している。反対意見はあるものの,最高裁は,親の不貞行為について,子はとやかくいう立場にないことを明言したことになる。

同日の最高裁の別の判決(最二判昭54・3・30家月31巻8号35頁)も,先の判決の場合と夫と妻の立場が逆転した事例について,夫及び未成年の子のある妻と性的関係を持った第三者(男)が夫や子のもとを去った妻と同棲するに至った結果,その子が日常生活において母親から愛情を注がれ,その監護,教育を受けることができなくなったとしても,その第三者(男)が害意をもって母親の子に対する監護等を積極的に阻止するなど特段の事情のない限り,第三者(男)の行為は未成年の子に対して不法行為を構成するものではないと判断しており,ここでも,親の不貞行為について,子はとやかくいう立場にないという立場が保持されている。

その後,平成8年には,最高裁は,すでに婚姻関係が破綻している場合(最三判平8・3・26民集50巻4号993頁),および,妻が第三者に「夫と離婚するつもりである」と話していた場合(最三判平8・6・18家月48巻12号39頁)においてではあるが,配偶者の一方と第三者が性的関係を持った場合において,第三者は,他方の配偶者に対して不法行為責任を負わないと判示するに至っている。

上記の最高裁の判例の動きをさらに推し進めていくと,婚姻関係が破壊されているかどうかにかかわらず,配偶者の一方が不貞行為をしたとしても,他方の配偶者は,不貞行為の相手方に対して不法行為に基づく損害賠償を請求することはできないのではない,すなわち,不貞行為は夫婦間の問題として処理すべきであり,夫婦間の債務不履行の問題にはなりえても,不法行為にはならないのではないかという疑問が生じうる。確かに,夫婦の一方が第三者と性的関係を結んだ場合,それが,夫婦の約束に違反するという意味で債務不履行を構成し,それが,不貞行為として離婚原因となることはいうまでもない。しかし,夫婦の一方が,第三者と関係を持ったとしても,第三者が害意をもって婚姻関係を破壊しようとしていた等の特段の事情のない限り,不法行為とはならないと考えることも可能である。

夫婦は,お互いに独立の対等な人格であり,物権のように一方が他方を支配するという関係にはない。したがって,配偶者の一方は,相手方に対して,第三者と性的関係を結んでほしくないと要求することはできるが,配偶者以外の者を好きになるなとか,配偶者以外の者と性的関係を結んではいけないと命令できる関係にはない。すなわち,配偶者が約束を破ったとしても,それは,夫婦間の問題であって,一種の債務不履行として,損害賠償や離婚原因となるに過ぎないと考えられるからである。

夫婦の一方が第三者と性的関係を持つことが直ちに不法行為に該当すると考えるのは,性的関係を持つことができるのは夫婦間だけであり,夫婦以外の者が性的関係を持つことは好ましいことではないという考え方の名残に過ぎない。夫婦間以外の性的関係を不法行為だと考えることは,一見道徳的のように見えるが,それは,美人局を正当化し,婚外子差別を生み出す温床ともなることが指摘されていることに留意すべきである。

【問題3】XがAに対して,全額免除したことは,XのYに対する請求に影響を与えると考えるべきかどうか?(30点)。

(問題1のねらい)

共同不法行為者に一人に対して行った免除は,他の共同不法行為者に対して影響を与えるかどうか,影響を与える又は与えないとしたら,その理由は何かを問う問題である。

(問題1の解答例)

民法719条は,「数人が共同の不法行為によって他人に損害を加えたときは,各自が『連帯して』その損害を賠償する責任を負う」と規定しており,立法者も,共同不法行為者は,民法432条以下の連帯債務であると考えていた。ところが,民法の学説および判例は,ドイツ法の影響を強く受けることになり,ドイツ民法の解釈学に基づき,共同不法行為の連帯責任は,連帯債務ではなく,不真正連帯債務であるとの考え方が通説となり,判例もこれに従うことになる(最一判昭7・3・4判時1042号87頁)。

しかし,ドイツにおいても,わが国においても,不真正連帯債務が何か,連帯債務のどの規定が準用されるのかについては,諸説が対立し,収束する方向にはない。その原因は,不真正連帯債務という概念が負担部分を観念しない独立の債務との前提に立ち,債務者の一人が全額を弁済したとしても,求償関係は生じないということを出発点としており,それが,通常の連帯債務と不真正連帯債務を区別する試金石であることを忘れてしまっているからである。わが国の通説や判例は,共同不法行為に基づく債務は,不真正連帯債務であるとしつつ,債務者の一人が全額弁済をした場合には,求償を認めている(最二判昭41・11・18民集20巻9号1886頁,最二判昭63・7・1民集42巻6号451頁,最二判平3・10・25民集42巻7号1173頁)。そうだとすると,求償の根拠は,負担部分を超えて支払ったからだということにならざるを得ず,負担部分を認めないという不真正連帯債務の定義は根本から崩壊してしまう。求償を認めることは,必然的に,負担部分を認めることになり,したがって,不真正連帯債務と通常の連帯債務を区別することはできなくなるからである。

このようにして,不真正連帯債務の場合であっても,全額弁済した場合には,求償を認めざるを得ない。したがって,理論的には,不真正連帯債務の概念を維持することは不可能である。しかし,それにもかかわらず,共同不法行為者の一人が免除を受けたという,弁済の場合とは異なる場合においては,連帯債務の場合(民法437条による絶対的効力)とは異なり,他の共同不法行為者に影響を及ぼさないという意味で,不真正連帯債務という概念に法政策的な存在意義があるのではないかとの反論がなされうる。

通説・判例は,まさに,被害者が共同不法行為者の一人の損害賠償義務を免除した場合,不真正連帯債務には,連帯債務の絶対的効力を定めた民法437条は適用されないから(その理由は明らかでない),他の債務者に当然に免除の効力が及ぶものではないと解してきた(最二判昭48・2・16民集27巻1号99頁,最一判平6・11・24判時1514号82頁)。

しかし,そのように解しても,回り求償が生じる以上,免除の絶対効を否定しても,意味がない。例えば,XがAの債務を免除しても,連帯債務に関する民法437条は不真正連帯債務である本件の事例には適用されないと考えてみよう。その場合,Xは,Yに対しては,依然として,300万円全額の損害賠償が請求できることになる。しかし,YがXに対して,300万円の損害賠償をした場合,全額を賠償したYは,自らの負担部分を超えた範囲で,Aに対して求償をなしうることになる。そうすると,Aは,Xに対して,債務を全額免除するといいながら,Yに全額の損害賠償を行うことによって,AがYの求償に応じて支払をせざるを得なくなったのであり,Xの行為(Aの債務を全額免除するといいながら,他の債務者に全額請求することによって,結局,Aに弁済を強いている)は不当であるとして,Xに対してその支払金額の返還を請求できることになる(回り求償)。

つまり,XがAに対して債務を免除しながら,Yに対して,全額を請求することは,Aに対する債務免除と矛盾することになり許されないと考えるべきであり,民法437条の規定は,不真正連帯債務であれ,通常の連帯債務であれ,適用又は準用されるべきであると考えられる。

問題4】XのYに対する請求は,全額認められるか,それとも,少なくとも一部は減額されると考えるべきか?(30点)。

(問題4のねらい)

XのAに対する免除の効力は,Yに対しても及ぶかどうか,影響が及ぶとして,どの範囲(減額の範囲)で及ぶのかを問う問題である。問題3は,影響が及ぶ又は及ばないという議論とその理由に主眼が置かれているのに対して,問題4は,影響が及ぶとすれば,どの程度の影響が及ぶのについて論じることを想定している。

(問題4の解答例)

通説・判例は,被害者が共同不法行為者の一人の損害賠償義務を免除した場合,不真正連帯債務には,連帯債務の絶対的効力を定めた民法437条は適用されないから(その理由は明らかでない),他の債務者に当然に免除の効力が及ぶものではないと解してきた(最二判昭48・2・16民集27巻1号99頁,最一判平6・11・24判時1514号82頁)。

しかし,最近では,「被害者が,右〔甲と被害者との間での〕訴訟上の和解に際し,乙の残債務をも免除する意思を有していると認められるときは,乙に対しても残債務の免除の効力が及 ぶものというべきである」と判示して,事案によっては,民法719条の不真正連帯債務においても,民法437条にいわゆる免除の絶対効を認めることが妥当である場合もあることを認めるに至っている(最一判平10・9・10民集52巻6号1494頁[民法判例百選U第26事件])。

上記の最近の最高裁(最二判昭48・2・16民集27巻1号99頁)の見解に従う場合,絶対的効力を認める免除とそうでない免除とをどのように判断するかが問題となる。本件の場合,「XがAに対する離婚に伴う慰謝料請求300万円を全額免除した」という場合には,Yの債務をも免除したとはいえないのではないかと疑問が生じうる。 確かに,Xの意図は,Aとの和解条項に従っただけであって,Yの債務をも免除したわけではない。しかし,XがAには債務を負担させないという意味で,免除をしたのであれば,XはYに対して全額を請求することは矛盾した行為をすることになる。なぜならば,XがYに対して全額を請求するならば,必然的 にYはAに求償権を取得し,Aはその求償に応じざるを得なくなり(回り求償),結局,Xの意図は実現できなくなるからである。したがって,本件の場合,XがAに対して,一切の債務を免除したということは,当然に,Yに対しても,Aに対する求償権が生じるような請求はしないということ,すなわち,最高裁のいう,「Yの残債務をも免除する意思を有していたと認められるとき」に該当すると考えなければならない。学説の中には,「不貞行為の共同不法行為者である配偶者を宥恕しながら,不貞行為の相手方だけ慰謝料を請求することは許されない」とするものもあり(水野紀子・民法判例百選U(2001)201頁〔第94事件評釈〕参照),配偶者の慰謝料を免除するという意思は,必然的に,不貞行為の相手方の債務も免除する意思を有していたと認められるべきであるという方向性を正当化できるものと思われる。

そのように考えると,XのAに対する免除は,回り求償を避ける範囲で,すなわち,免除されたAの負担分の範囲で,Yにも影響が及ぶことになり,その結果,XのYに対する請求は,Aの負担分の範囲(不貞行為は,AYの協業によって成り立つものであることを考慮して,負担部分を平等と考えると150万円)で減額されると考えるべきである。


採点基準(参考)


問題1 問題2 問題3 問題4
請求の根拠 A→Yへの不法行為 Y→Xへの不法行為 連帯か不真正連帯か 免除の絶対効 免除の意思解釈 減額の理由と額
10 709,710,719条 415条 婚姻関係破綻の場合は不法行為にならない 不真正連帯債務 不真正連帯債務でも,免除の絶対効を認めるべき AだけでなくYも免除する意思と解する 負担部分の範囲(150万円)で減額される
9 709,719条 不法行為に該当しない Yが悪意の場合には不法行為となる 連帯債務 連帯債務と考えて,絶対効を生じさせるべき Aのみを免除する意思と解する 負担部分の範囲で減額される
8 719条 719条 Yに故意又は過失がある場合には不法行為となる 不可分債務 不真正連帯債務でも,回り求償を通じて絶対効が生じる Aのみ不訴求との合意と解する 回り求償を通じて実質的に減額される
7 709条 709,710条 AとYとの間に関連共同性があれば共同不法行為        不真正連帯債務であるから,免除の絶対効は適用されない 寄与分に応じた分割債務 免除では減額されないが,過失相殺
6 710条 709条 AとYとの間の共同不法行為        免除の絶対効は生じない   減額されない
5 慰謝料請求権 710条 AとYそれぞれの不法行為                      減額されるとともに求償もできる
3 損害賠償請求権             重畳的債務        連帯の免除と解する      
1               分割債務