第10回 裁判離婚の要件

2004年5月11日

名古屋大学大学院法学研究科教授 加賀山 茂


講義のねらい


厚生労働省の人口動態統計によれば,平成13年度の婚姻件数は,799,999件(婚姻率は6.4)に対して,離婚件数は285,911件(離婚率は2.27)である。近年,離婚率は年々増加しているが,そのレベルは,世界的に見ると第低い方であり,明治の始めに比べても,それほど高くはないことは,すでに述べたとおりである。

婚姻当事者が離婚を望む場合には,わが国では協議離婚が認められているため(民法763条),離婚届を出せば,それで離婚が成立する。しかし,離婚を望むのが,婚姻当事者の一方だけの場合には,調停手続に入った後,調停が不調の場合には,裁判によって離婚判決を得ることが必要となる。

離婚制度の種類
根拠条文 管轄 手続 利用率
協議離婚 民法763 なし 当事者の話し合い 90.8%
調停離婚 家審17条,21条 家庭裁判所 調停前置主義
(家審18条1項)
8.3%
審判離婚 家審24条,25条 家庭裁判所 調停に代わる審判 0%
和解離婚 人訴37条 家庭裁判所 民訴法266条,267条 0%
裁判離婚 民法770条 第一審 家庭裁判所
(人訴2条1号,4条)
0.9%
控訴審 高等裁判所
上告審 最高裁判所

裁判離婚の要件は,民法770条によって,以下のように規定されている。

第770条 〔離婚原因〕
(1) 夫婦の一方は、左の場合に限り、離婚の訴を提起することができる。
 一 配偶者に不貞な行為があつたとき。
 二 配偶者から悪意で遺棄されたとき。
 三 配偶者の生死が三年以上明かでないとき。
 四 配偶者が強度の精神病にかかり、回復の見込がないとき。
 五 その他婚姻を継続し難い重大な事由があるとき。
(2) 裁判所は、前項第1号乃至第4号の事由があるときでも、一切の事情を考慮して婚姻の継続を相当と認めるときは、離婚の請求を棄却することができる。

上記の条文の書き方は,非常に複雑でわかりにくい。わかりにくさの原因は,1項の各号が,個別事由の限定列挙であるかのように規定されながら,1項の5号に「婚姻を継続し難い重大な事由」という,明らかに一般条項である規定が紛れ込んでいるからである。

一般条項と個別条項を同時に規定する場合のわかりやすい立法技術としては,以下のように2つの方法がある。二つの立法方法は,見かけは異なるが,証明責任の分配を含めて,結果は,全く同一となる。もしも,民法770条の立法に際して,このうちのいずれかを選択して立法していたらならば,解釈上の無用な混乱を免れることができたと思われる。

  1. 一般条項を先に規定し,個別条項は,一般条項を推定するものとして規定する方法
  2. 個別条項を先に規定し,但し書きで,一般条項に該当しない特段の事情がある場合はこの限りでないことを付加する方法

以上のように,正当な立法技術を駆使した明確な条文構造に比較すると,現行民法770条の規定は,いかにも拙劣の感を免れない。民法旧規定を全面改正する際に,十分な時間もなく,家族法における明確な指導原理と保守的な考え方との妥協を強いられた結果とはいえ,家族法の中で,最も利用頻度の高い条文がこのような状態で放置されていることは問題であろう。

民法の条文の適用頻度(判例MASTERのヒット件数からの推計に基づく)

ところで,裁判離婚のうち,特に問題となるのは有責配偶者からの離婚請求をどのように考えるかである。そこで,今回の講義では,有責配偶者からの離婚請求を認めた最高裁判決を取り上げ,その要件を詳しく検討することにする。


演習


問1 最大判昭62・9・2民集41巻6号1423頁を読んで,事実を要約しなさい。

問2 最大判昭62・9・2民集41巻6号1423頁を読んで,有責配偶者からの離婚請求が認められるべき根拠を述べなさい。

問3 最大判昭62・9・2民集41巻6号1423頁を読んで,有責配偶者からの離婚請求が認められる場合の要件を列挙しなさい。

問4 最大判昭62・9・2民集41巻6号1423頁を読んで,有責配偶者からの離婚請求が認められる場合の要件の一つ一つについて,その根拠を説明しなさい。

問5 最近の判例の傾向から,有責配偶者の離婚請求が認められる要件について,今後どのように予測されるかを論じなさい。

問6 以下の「民法の一部を改正する法律案要綱(1996年)」における裁判上の離婚原因の規定について,問題点を指摘しなさい。

一 夫婦の一方は,次に掲げる場合に限り,離婚の訴えを提起することができるものとする。ただし,(1)又は(2)に掲げる場合については,婚姻関係が回復の見込みのない破綻に至っていないときは,この限りでないものとする。

(1) 配偶者に不貞な行為があったとき。

(2) 配偶者から悪意で遺棄されたとき。

(3) 配偶者の生死が3年以上明らかでないとき。

(4) 夫婦が5年以上継続して婚姻の本旨に反する別居をしているとき。

(5) (3),(4)のほか,婚姻関係が破綻して回復の見込みがないとき。

 二 裁判所は,一の場合であっても,離婚が配偶者又は子に著しい生活の困窮又は耐え難い苦痛をもたらすときは,離婚の請求を棄却することができるものとする。(4)又は(5)の場合において,離婚の請求をしている者が配偶者に対する協力及び扶助を著しく怠っていることによりその請求が信義に反すると認められるときも同様とするものとする。

 三 第770条第2項を準用する第814条第2項(裁判上の離縁における裁量棄却条項)は,現行第770条第2項の規定に沿って書き下ろすものとする。

問7 財産法における解除原因と離婚原因とを比較しなさい。

解除の要件と帰責事由の要否に関する比較対照表

債務不履行 類型 債務不履行の効果
損害賠償一般 解除と損害賠償
履行遅滞 民法415条 債務者カ其債務ノ本旨ニ従ヒタル履行ヲ為ササルトキハ債権者ハ其損害ノ賠償ヲ請求スルコトヲ得
債務者ノ責ニ帰スヘキ事由ニ因リテ履行ヲ為スコト能ハサルニ至リタルトキ亦同シ
民法541条 当事者ノ一方カ其債務ヲ履行セサルトキハ相手方ハ相当ノ期間ヲ定メテ其履行ヲ催告シ若シ其期間内ニ履行ナキトキハ契約ノ解除ヲ為スコトヲ得
民法542条 契約ノ性質又ハ当事者ノ意思表示ニ依リ一定ノ日時又ハ一定ノ期間内ニ履行ヲ為スニ非サレハ契約ヲ為シタル目的ヲ達スルコト能ハサル場合ニ於テ当事者ノ一方カ履行ヲ為サスシテ其時期ヲ経過シタルトキハ相手方ハ前条ノ催告ヲ為サスシテ直チニ其契約ノ解除ヲ為スコトヲ得
履行不能 民法543条 履行ノ全部又ハ一部カ債務者ノ責ニ帰スヘキ事由ニ因リテ不能ト為リタルトキハ債権者ハ契約ノ解除ヲ為スコトヲ得
不完全履行 民法566条(570条で準用) @売買ノ目的物カ地上権,永小作権,地役権,留置権又ハ質権ノ目的タル場合ニ於テ買主カ之ヲ知ラサリシトキハ之カ為メニ契約ヲ為シタル目的ヲ達スルコト能ハサル場合ニ限リ買主ハ契約ノ解除ヲ為スコトヲ得其他ノ場合ニ於テハ損害賠償ノ請求ノミヲ為スコトヲ得
A前項ノ規定ハ売買ノ目的タル不動産ノ為メニ存セリト称セシ地役権カ存セサリシトキ及ヒ其不動産ニ付キ登記シタル賃貸借アリタル場合ニ之ヲ準用ス
B前2項ノ場合ニ於テ契約ノ解除又ハ損害賠償ノ請求ハ買主カ事実ヲ知リタル時ヨリ1年内ニ之ヲ為スコトヲ要ス
民法551条(596条で準用) @贈与者ハ贈与ノ目的タル物又ハ権利ノ瑕疵又ハ欠缺ニ付キ其責ニ任セス但贈与者カ其瑕疵又ハ欠缺ヲ知リテ之ヲ受贈者ニ告ケサリシトキハ此限ニ在ラス
A負担附贈与ニ付テハ贈与者ハ其負担ノ限度ニ於テ売主ト同シク担保ノ責ニ任ス

契約解除に「帰責事由を」を有せず,「契約目的を達成できない」ことで足りるとする新しい考え方

不履行類型 従来の考え方 新しい考え方
履行遅滞 原則 民法541条 履行遅滞の場合には,相当期間を定めた催告とその期間の経過が必要である。 一般規定と典型例 民法542条 契約ヲ為シタル目的ヲ達スルコト能ハサル場合」には解除ができる。定期行為の場合に催告なしに解除ができるというのは,例外ではなく,「契約目的不達成」の典型例である。
例外 民法542条 定期行為の場合には,例外的に,催告を必要とせずに解除をすることができる。 個別規定 民法541条 相当期間を定めた催告をしたにもかからず,その期間が経過したにもかかわらず,履行がない場合には,まさに,「契約ヲ為シタル目的ヲ達スルコト能ハサル場合」に該当し,契約を解除できる。
履行不能 原則 民法543条 債務者に帰責事由がある場合には解除ができる。 原則 民法541条 履行不能の場合は,当然に「契約ヲ為シタル目的ヲ達スルコト能ハサル場合」に該当するので,常に契約解除権が発生する。
(危険負担の債務者主義の規定は,解除を認めた場合と結果が同じとなるため,不要となる。)
例外 民法534条以下 債務者に帰責事由がない場合には,解除はできない。そして,危険負担の問題となる。 例外 民法548条 履行不能が解除権者の帰責事由によって発生した場合には,解除権は消滅する。
(危険負担の債権者主義の規定は,この規定に吸収される。)
不完全履行 契約総論には規定がない。 原則(有償契約) 民法566条,570条 不完全履行によって「契約ヲ為シタル目的ヲ達スルコト能ハサル場合」にのみ解除ができる。その他の場合には,減額請求,損害賠償請求しかできない。
例外(無償契約) 民法551条,596条 不完全履行があっても,無償契約の場合には,贈与者は,商品性の保証責任を負わないため,「契約ヲ為シタル目的ヲ達スルコト能ハサル場合」には,該当せず,製造物責任等の不法行為責任が生じる場合を除いて,責任を負わない。

この理論は,債務者に帰責事由がある場合とない場合とを区別することなく,すべての債務不履行の類型に対して,「契約ヲ為シタル目的ヲ達スルコト能ハサル場合」(契約目的の不達成)という統一的な解除の要件の下で,有償契約,無償契約を問わず,すべての契約に適用できるという点に特色がある。


参照条文


第763条 〔協議離婚〕
夫婦は、その協議で、離婚をすることができる。

第764条 〔婚姻の規定の準用〕
第738条〔禁治産者の離婚〕、第739条〔婚姻の届出〕及び第747条〔詐欺・強迫による婚姻の取消し〕の規定は、協議上の離婚にこれを準用する。

第738条 〔禁治産者の婚姻〕
禁治産者が婚姻をするには、その後見人の同意を要しない。
第739条 〔婚姻の届出〕
(1) 婚姻は、戸籍法の定めるところによりこれを届け出ることによつて、その効力を生ずる。
(2) 前項の届出は、当事者双方及び成年の証人二人以上から、口頭又は署名した書面で、これをしなければならない。
第747条 〔詐欺・強迫による婚姻の取消し〕
(1) 詐欺又は強迫によつて婚姻をした者は、その婚姻の取消を裁判所に請求することができる。
(2) 前項の取消権は、当事者が、詐欺を発見し、若しくは強迫を免かれた後3箇月を経過し、又は追認をしたときは、消滅する。

第765条 〔離婚届出の審査〕
(1) 離婚の届出は、その離婚が第739条第2項及び第819条第1項の規定その他の法令に違反しないことを認めた後でなければ、これを受理することができない。
(2) 離婚の届出が前項の規定に違反して受理されたときでも、離婚は、これがために、その効力を妨げられることがない。

第819条 [離婚及び父が認知した場合の親権者〕
(1) 父母が協議上の離婚をするときは、その協議で、その一方を親権者と定めなければならない。
(2) 裁判上の離婚の場合には、裁判所は、父母の一方を親権者と定める。
(3) 子の出生前に父母が離婚した場合には、親権は、母がこれを行う。但し、子の出生後に、父母の協議で、父を親権者と定めることができる。
(4) 父が認知した子に対する親権は、父母の協議で父を親権者と定めたときに限り、父がこれを行う。
(5) 第1項、第3項又は前項の協議が調わないとき、又は協議をすることができないときは、家庭裁判所は、父又は母の請求によつて、協議に代わる審判をすることができる。
(6) 子の利益のため必要があると認めるときは、家庭裁判所は、子の親族の請求によつて、親権者を他の一方に変更することができる。 (昭二三法二六〇・一部改正)

第770条 〔離婚原因〕
(1) 夫婦の一方は、左の場合に限り、離婚の訴を提起することができる。
 一 配偶者に不貞な行為があつたとき。
 二 配偶者から悪意で遺棄されたとき。
 三 配偶者の生死が三年以上明かでないとき。
 四 配偶者が強度の精神病にかかり、回復の見込がないとき。
 五 その他婚姻を継続し難い重大な事由があるとき。
(2) 裁判所は、前項第1号乃至第4号の事由があるときでも、一切の事情を考慮して婚姻の継続を相当と認めるときは、離婚の請求を棄却することができる。