2004年5月18日
名古屋大学大学院法学研究科教授 加賀山 茂
「当事者間に真に社会観念上夫婦であると認められる関係の設定を欲する効果意思」が存在するが,婚姻届を出していない・婚姻届を出せない婚姻形態の効果について検討する。
第1に,法律婚に認められる効果のうち,事実婚には認められない効果は何か。反対に,事実婚には認められるが,法律婚には認められない効果は何か。そして,最後に,法律婚を行うデメリットは何かを検討する。
第2に,ドメスティック・バイオレンス(DV)が問題となっている現在においては,法律婚に対して,以下のような批判がなされているので,法律婚に対する自分の立場を明らかにするために,さまざまな問題点を検討しなければならない。
「”正式な結婚”(法律婚)は,妻に利益や幸福をもたらすものとしてのみ語られてきていた」が,実は,「『結婚』制度はドメスティック・バイオレンスの土壌」であり,「結婚制度は,夫が妻を性的奴隷にすることを認めるものだ」との主張がなされている(「夫(恋人)からの暴力」調査研究会『ドメスティック・バイオレンス』〔新版〕有斐閣(2002)113頁以下参照)。
第3に,事実婚から生まれる子(婚外子)の問題を取り扱う。最近,婚外子の戸籍における続柄欄の区別記載はプライバシーの侵害となるという東京地裁平成16年3月2日判決(判決集未登載)がくだされた。この判決を通じて,戸籍における続柄欄の記載の歴史を振り返り,戸籍に家制度や男女差別の名残りがみられるかどうかを検討する。以上の検討を踏まえた上で,戸籍表記の改善策を検討し,あわせて,東京地裁平成16年3月2日判決,および,判決後の法務省の見解を批判的に検討する。
法律婚と事実婚の効果の相違について明らかにした上で,法律婚に対する自らの立場を明らかにできるようにするための検討を行うというのが今回の講義の目標である。
問1 法律婚と事実婚との効力の異同について,以下の表を参考にして検討しなさい。
婚姻 | 事実婚 | 備考 | |
---|---|---|---|
姻族関係 | 姻族関係の発生とともに,嫁と舅・姑問題が発生する(一般的にいうと,夫は,親孝行という恩義に負けて,親の干渉に屈服し,妻の意見を尊重できない場合が多い)。 | 姻族関係は発生しない(義理の関係が生じないので,互いの配偶者の親とも気楽な付き合いができる)。 | 第3回の講義で取り上げた「結婚すれば大好きな彼と一緒にいられると単純に思っていたのですね。ところが,結婚してついて来たのは彼の家族,そして嫁という役割でした」という現実がある。 |
改姓 | どちらかが改姓して同姓にしないと,婚姻届は受理されない。 | 改姓できない。必然的に別姓夫婦となる。 | 妻が夫の姓へと改姓しているカップルが約98パーセントを占めている。 |
子の嫡出性 | 子は夫婦の嫡出子となる。嫡出子の場合,例えば,女,女,男と生まれた場合,戸籍には,出生の順番とは関係なく,長女,二女,長男という称号がつけられる。 | 子は非嫡出子であり,母の戸籍に記載される。子には,長男等の称号はつかない。 | 嫡出の子に比して嫡出でない子の相続分は2分の1しかないという差に象徴される非嫡出子差別が存在する。 |
相続権 | 配偶者は相続権を取得できる。 | 配偶者は,相続権を取得できない。 | 相続や財産分与の対象となる夫の財産というのは,実は,夫の特有財産ではなく,夫婦共通財産なのかもしれない。そうだとすると,事実婚の場合との差はなくなる。 |
財産分与 | 貢献度に応じて,財産の分与を受ける権利がある。 | 夫婦財産は,出資の額に応じて,分割される。 |
問2 最一判平12・3・10民集54巻3号1040頁(家族法判例百選〔第6版〕第20事件)を読んで,事実を要約しなさい。
問3 本件(家族法判例百選〔第6版〕第20事件)において,最高裁が,内縁の妻の財産分与請求を退けた理由として,重要と思われる事実を列挙しなさい。
問4 最判昭和58・4・14民集37巻3号270頁(家族法判例百選〔第6版〕第21事件)を読んで,事実を要約しなさい。
問5 本件(家族法判例百選〔第6版〕第21事件)において,最高裁が,法律婚の妻よりも,内縁の妻を保護した理由として,重要と思われる事実を列挙しなさい。
問6 「夫(恋人)からの暴力」調査研究会『ドメスティック・バイオレンス』〔新版〕有斐閣(2002)113頁以下の次のような記述を参考にして,法律婚のメリット・デメリットを考察しなさい。
問7 以下の文章(「夫(恋人)からの暴力」調査研究会『ドメスティック・バイオレンス』〔新版〕有斐閣(2002)133-138頁)を読んで,「婚姻はドメスティック・バイオレンスの土壌である」という意味について考察しなさい。
人間が人間であることの尊厳を基礎づけるのは,自分の心とからだは自分のものであり,自分以外の人が支配することを許さないということである。奴隷制度が許されないのは心身の自由を他人(夫といえどもこの意味では他人であることはいうまでもない)に支配されることは,人間であることそのものの否定であるからだ。
夫による妻の強姦を認める日本の裁判所〔前掲・広島高裁松江支判昭52・6・18判時1234号154頁,東京地裁昭60・2・14判例集未登載(夫が妻に対して性的交渉を強要したからといって何等違法になるわけではないし,又妻の側にこれを拒否する権利があるわけではない)〕がいっていることは,結婚制度は,夫が妻を性的奴隷にすることを認めるものだ,というのと同じである。人を奴隷にすることは,人権侵害だなどと改めていう必要もないことであるが,それが結婚という制度の中で起きると,当然視されて人権侵害性がみえなくなる。
つまるところ,結婚制度は女性にとって,人権の治外法権地帯であるということである。そこでは婚姻届はとりもなおさず,夫に対する「強姦許可証」であり,妻に対する「性的自己決定放棄命令書」である。そして,本来はそのつど,お互いの意思によって決められるべき性行為についての意思決定が,裁判所の論理に従えば,結婚すると,一生まとめて「OK」したという,とても奇妙な結果になる。
「彼の名前を名乗れて嬉しい!」と結婚届を出す女性もいるが,その紙切れには,どこにも書いてない恐ろしい法的効果が潜んでいる。これは法律結婚制度の女性に対するだまし討ちである。
ある夫が,別居中の妻を白昼呼び出して,全治3週間の全身打撲のけがを負わせた。この妻は110番通報したので,現場に駆けつけた警察官たちは,彼女が全身傷だらけでお岩さんのような顔つきになっているのを目撃した。しかし,加害者の夫の「これは夫婦げんかですからお引き取り下さい」の一言に,警察官たちは妻の言い分も聞かずにさっさと引きあげてしまった。
結婚という制度は,男性の暴力が法的・社会的に許される場を提供し,さまざまな形で女性の人権侵害が横行する場を提供している。性差別社会の中で,男女が一対として私的領域に囲い込まれるということ自体に,ドメスティック・バイオレンスを許し正当化する何かがあるようだ。
ドメスティック・バイオレンスの実態で非常にはっきりしてきたことは,性行為が女性(妻)支配の道具になっていることであった。性行為そのものと,その結果としての子どもの存在を通して,男性は女性を支配している。男性が女性を妊娠させ子どもを産ませ育てさせることで,女性を家に閉じ込め,自分に従属させやすくなる。このことは,女性たちが語る次のようなことからうなずける。
「女性が性行為を拒否したことが,男性の身体的暴力のきっかけとなり,または,拒否に対する反発が身体的暴力にエスカレートしていく例が多い」,「女性の意思と身体をねじふせるのに格好の行為が性行為であり」,「そのような行為を強要されるとき,女性は相手にモノ扱いされていると非常な屈辱感を抱いている」,「女性たちの屈辱感と引きかえに男性たちは,『女をモノにした』,『女を征服した』と支配感を満たす」,「暴力的であることを『男らしい』と社会が−時として女も−評価している。」
セックスを拒否すると生活費をもらえないなど兵糧攻めにあうとか,さらに暴力がひどくなるので,きわめて現実的な生きるための方策として,夫の性的要求に応じさせられている妻たちの姿がある。ここにあるのは,むき出しの支配・服従関係である。
問8 法律婚に比較して妻にとって事実婚の方が優れているとしてあげられている次の点について各自の意見をまとめなさい
第750条〔夫婦の氏〕
夫婦は、婚姻の際に定めるところに従い、夫又は妻の氏を称する。
第751条〔生存配偶者の復氏,祭具等の継承〕夫婦の一方が死亡したときは、生存配偶者は、婚姻前の氏に復することができる。
2 第七百六十九条の規定は、前項及び第七百二十八条第二項の場合にこれを準用する。
第752条〔同居・協力・扶助義務〕
夫婦は同居し、互に協力し扶助しなければならない。
第770条〔離婚原因〕 夫婦の一方は、左の場合に限り、離婚の訴を提起することができる。
一
配偶者に不貞な行為があつたとき。
二 配偶者から悪意で遺棄されたとき。
三 配偶者の生死が三年以上明かでないとき。
四
配偶者が強度の精神病にかかり、回復の見込がないとき。
五
その他婚姻を継続し難い重大な事由があるとき。
2 裁判所は、前項第一号乃至第四号の事由があるときでも、一切の事情を考慮して婚姻の継続を相当と認めるときは、離婚の請求を棄却することができる。
第753条〔婚姻による成年化〕
未成年者が婚姻をしたときは、これによつて成年に達したものとみなす。
第754条〔夫婦間の契約取消権〕
夫婦間で契約をしたときは、その契約は、婚姻中、何時でも、夫婦の一方からこれを取り消すことができる。但し、第三者の権利を害することができない。
法律名 | 公布年月日 | 法令番号 | |
---|---|---|---|
1 | 健康保険法 | 大正11年4月22日 | 法律70 |
2 | 恩給法 | 大正12年4月14日 | 法律48 |
3 | 船員保険法 | 昭和14年4月6日 | 法律73 |
4 | 労働者災害補償保険法 | 昭和22年4月7日 | 法律50 |
5 | 議院における証人の宣誓及び証言等に関する法律 | 昭和22年12月23日 | 法律225 |
6 | 国家公務員共済組合法 | 昭和23年6月30日 | 法律69 |
7 | 母体保護法 | 昭和23年7月13日 | 法律156 |
8 | 簡易生命保険法 | 昭和24年5月16日 | 法律68 |
9 | 郵便年金法 | 昭和24年5月16日 | 法律69 |
10 | 一般職の職員の給与に関する法律 | 昭和25年4月3日 | 法律95 |
11 | 国家公務員等の旅費に関する法律 | 昭和25年4月30日 | 法律114 |
12 | 国家公務員災害補償法 | 昭和26年6月2日 | 法律191 |
13 | 公営住宅法 | 昭和26年6月4日 | 法律193 |
14 | 戦傷病者戦没者遺族等援護法 | 昭和27年4月30日 | 法律127 |
15 | 未帰還者留守家族等援護法 | 昭和28年8月1日 | 法律161 |
16 | 国家公務員退職手当法 | 昭和28年8月8日 | 法律182 |
17 | 厚生年金保険法 | 昭和29年5月19日 | 法律115 |
18 | 旧軍人等の遺族に対する恩給等の特例に関する法律 | 昭和31年12月20日 | 法律177 |
19 | 引揚者給付金等支給法 | 昭和32年5月17日 | 法律109 |
20 | 銃砲刀剣類所持等取締法 | 昭和33年3月10日 | 法律6 |
21 | 農林漁業団体職員共済組合法 | 昭和33年4月28日 | 法律99 |
22 | 証人等の被害についての給付に関する法律 | 昭和33年4月30日 | 法律109 |
23 | 国家公務員共済組合法 | 昭和33年5月1日 | 法律128 |
24 | 国民健康保険法 | 昭和33年12月27日 | 法律192 |
25 | 未帰還者に関する特別措置法 | 昭和34年3月3日 | 法律7 |
26 | 国民年金法 | 昭和34年4月16日 | 法律141 |
27 | 国税徴収法 | 昭和34年4月20日 | 法律147 |
28 | 中小企業退職金共済法 | 昭和34年5月9日 | 法律160 |
29 | 炭鉱労働者等の雇用の安定等に関する臨時措置法 | 昭和34年12月18日 | 法律199 |
30 | 社会福祉施設職員等退職手当共済法 | 昭和36年6月19日 | 法律155 |
31 | 通算年金通則法 | 昭和36年11月1日 | 法律181 |
32 | 連合国占領軍等の行為等による被害者等に対する 給付金の支給に関する法律 |
昭和36年11月11日 | 法律215 |
33 | 児童扶養手当法 | 昭和36年11月29日 | 法律238 |
34 | 地方公務員等共済組合法 | 昭和37年9月8日 | 法律152 |
35 | 戦没者等の妻に対する特別給付金支給法 | 昭和38年3月31日 | 法律61 |
36 | 戦傷病者特別援護法 | 昭和38年8月3日 | 法律168 |
37 | 母子及び寡婦福祉法 | 昭和39年7月1日 | 法律129 |
38 | 特別児童扶養手当等の支給に関する法律 | 昭和39年7月2日 | 法律134 |
39 | 戦没者等の遺族に対する特別弔慰金支給法 | 昭和40年6月1日 | 法律100 |
40 | 小規模企業共済法 | 昭和40年6月1日 | 法律102 |
41 | 戦傷病者等の妻に対する特別給付金支給法 | 昭和41年7月1日 | 法律109 |
42 | 引揚者等に対する特別交付金の支給に関する法律 | 昭和42年8月1日 | 法律114 |
43 | 地方公務員災害補償法 | 昭和42年8月1日 | 法律121 |
44 | 農業者年金基金法 | 昭和45年5月20日 | 法律78 |
45 | 児童手当法 | 昭和46年5月27日 | 法律73 |
46 | 災害弔慰金の支給等に関する法律 | 昭和48年9月18日 | 法律82 |
47 | 公害健康被害の補償等に関する法律 | 昭和48年10月5日 | 法律111 |
48 | 雇用保険法 | 昭和49年12月28日 | 法律116 |
49 | 犯罪被害者等給付金の支給等に関する法律 | 昭和55年5月1日 | 法律36 |
50 | 平和祈念事業特別基金等に関する法律 | 昭和63年5月24日 | 法律66 |
51 | 育児休業、介護休業等育児又は家族介護を行う 労働者の福祉に関する法律 |
平成3年5月15日 | 法律76 |
52 | 少年の保護事件に係る補償に関する法律 | 平成4年6月26日 | 法律84 |
53 | 特定優良賃貸住宅の供給の促進に関する法律 | 平成5年5月21日 | 法律52 |
54 | 一般職の職員の勤務時間、休暇等に関する法律 | 平成6年6月15日 | 法律33 |
55 | 原子爆弾被爆者に対する援護に関する法律 | 平成6年12月16日 | 法律117 |
56 | らい予防法の廃止に関する法律 | 平成8年3月31日 | 法律28 |
57 | 介護保険法 | 平成9年12月17日 | 法律123 |
58 | 社会保障に関する日本国とドイツ連邦共和国との間の 協定の実施に伴う厚生年金保険法等の特例等に関する法律 |
平成10年5月27日 | 法律77 |
59 | 配偶者からの暴力の防止及び被害者の保護に関する法律 | 平成13年4月13日 | 法律31 |
60 | 確定給付企業年金法 | 平成13年6月15日 | 法律50 |
61 | ハンセン病療養所入所者等に対する補償金の 支給等に関する法律 |
平成13年6月22日 | 法律63 |
62 | 確定拠出年金法 | 平成13年6月29日 | 法律88 |
事実婚関連
DV関連