2004年5月25日
名古屋大学大学院法学研究科教授 加賀山 茂
事実婚の効果に関連して,事実婚から生まれる婚外子差別について検討する。
現行民法においては,非嫡出子(婚外子)の相続分が嫡出子の半分である(民法900条4号)と規定されている。このことが,憲法14条1項に規定されている「法の下の平等」に反しないかというのが問題の発端である。この問題は,以下の2つの方向で展開している。
第1の相続分差別の問題について,最高裁大法廷(最大決平7・7・5民集49巻7号1789頁)の多数意見は,非嫡出子の相続分が2分の1でも合憲であるとの判断を下している。その理由は,以下の通りである。
なお,最高裁は,この見解を現在も踏襲している(最二判平15・3・28家月55巻9号51頁,判時1820号62頁,最一判平15・3・31家月55巻9号53頁,判時1820号64頁)。しかし,いずれの判決にも,反対意見が付されており,学説の多数も,差別を違憲と考えている。
筆者も,最高裁が,「現行民法は法律婚主義を採用している」という理由で,「婚姻関係から出生した嫡出子と婚姻外の関係から出生した非嫡出子との区別が生じ…[相続分等につき]差異が生じても,それはやむを得ない」という結論を導き出している点については,論理に飛躍があり,説得的ではないと考えている。なぜならば,もしも,民法が,嫡出子の相続分と非嫡出子の相続分とを平等にすると規定していたとしても,そのことによって,現行民法が法律婚主義を採用している点が否定されるわけではないからである。
いずれにせよ,この問題は,最高裁の裁判官が若返るに従って,違憲判断が下されるか,国際条約(市民的及び政治的権利に関する国際人権規約)を遵守するために民法が改正されるかによって,遠からず解決される問題である。すなわち,新しい違憲判決か国際条約の遵守のためか,いずれかの理由によって,相続分を平等とする民法改正が行われることは不可避であり,それを通じて,問題の解決がなされるものと思われる。したがって,ここでは取り上げない。
第2の子に関する戸籍表記の問題は,第1の問題が相続分の差別であるのに対して,戸籍の続柄欄の記載における差別である点で異なっているが,子の間で差別を行うという点では共通している。
さて,嫡出子と非嫡出子とで戸籍の続柄記載が異なるのは差別に当たると考えた場合,嫡出子を「長男」「長女」と記載するのと,非嫡出子を「男」「女」と記載するのとで,どちらがより差別が少なくなるのであろうか。
この点に関して,婚外子の戸籍における続柄欄の区別記載はプライバシーの侵害となるという東京地裁平成16年3月2日判決(判決集未登載)を取りあげる。そして,この判決を通じて,戸籍における続柄欄の記載の歴史を振り返り,戸籍に家制度や男女差別の名残りがみられるかどうかを検討する。 以上の検討を踏まえた上で,受講者各自が,戸籍表記の改善案を提言し,あわせて,東京地裁平成16年3月2日判決,および,判決後の法務省の見解を批判的に検討する。
毎日新聞2004年3月2日付けの「非嫡出子の区別記載はプライバシー侵害 東京地裁」という以下の署名記事を読んで,民法上の問題点について考察しなさい。
非嫡出子の区別記載はプライバシー侵害 東京地裁 毎日新聞2004年3月2日 婚姻届を出さない事実婚を選んだ両親らが,戸籍で子供の続き柄を示す続柄欄に非嫡出子と分かるよう記載されたのは違法として,国と東京都中野区に記載差し止めと400万円の賠償を求めた訴訟で,東京地裁(柴田寛之裁判長)は2日,請求は退けたが,プライバシー権の侵害を認めた。戸籍の記載を巡る初の司法判断で,判決は「非嫡出子であることをあえて明示する合理性は乏しく,記載は限度を超えている」と指摘した。
戸籍の続柄欄には,法的に婚姻関係のある夫婦から生まれた嫡出子は「長男」「二男」「長女」などと,非嫡出子は「男」「女」と記載される。判決は「非嫡出子という事実は他人に知られたくない情報で法的保護の対象」と述べ,「選択の余地がない属性によって就学,就職,結婚などで不利益な扱いを受けているのだから,戸籍の記載は必要最小限にすべきだ」との見解を示した。
戸籍では,続柄欄とは別の身分事項欄を法律専門家らが見れば非嫡出子であると分かるようになっている。しかし,現行制度は続柄欄に一見して分かるような記載をしており,判決は「限度を超えており,プライバシー権の侵害」と認定した。
そのうえで判決は差し止め請求について「裁判では(戸籍法施行規則の)規定の改正を求めることはできない」とする最高裁判例を踏襲し,却下した。賠償請求も「過去に違法性を認めた判例がない以上,違法性を認識しなかった国に賠償責任までは認められない」と棄却した。
原告は公務員の福喜多(ふくきた)昇さん(56)と同,田中須美子さん(56)夫妻と娘(18)の3人。夫妻は事実婚だったため,戸籍で娘は「女」と記載され,99年に提訴した。
3人は住民票の続柄欄を巡っても提訴し,既に敗訴が確定したが,旧自治省が95年から嫡出子,非嫡出子の区別をやめ,「子」と統一して記載するよう制度を改めるきっかけとなった。
小林直
問題1:非嫡出子の続柄欄が「男」「女」とされているのはなぜか。「男」「女」は続柄といえるか。
問題2:嫡出子の続柄欄に「長男」「二男」「長女」等と記載する実体法上の根拠は何か。
問題3:非嫡出子の続柄欄に「男」「女」と記載されていることが,なぜ,プライバシーの侵害となるのか。
嫡出子の場合の戸籍 | 非嫡出子の場合の戸籍 | ||||||||||||||||||
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上記の判決後,法務省が下した決定について,問題点がどこにあるのか,以下の2つの新聞記事を参考にして考察しなさい。
戸籍の続柄欄 婚外子も「長男」「二女」
法務省 区別撤廃の方針朝日新聞2004年3月9日(1面) 法務省は8日,婚姻届を出していない男女間から生まれた非嫡出子(婚外子)の戸籍の続柄欄の記載方法を改める方針を固めた。現行は,嫡出子と区別して「男」「女」と表記しているが,改正後は,嫡出子と同じ「長男」「二女」などとする。同省の方針転換は「一見して非嫡出子とわかる記載方法は,プライバシー権の侵害だ」と指摘した2日の東京地裁判決をきっかけとしたもので,今夏までに戸籍法施行規則を改正する。 戸籍の区別記載が残っているのは,民法上,非嫡出子の相続分は嫡出子の2分の1と規定され,法的地位に差があるからだ。
しかし,東京地裁判決は,非嫡出子が就職,結婚などで不利益な取り扱いを受けている現状をふまえ,「プライバシー権の侵害だ」との初判断を示した。国会からも見直しを求める声があり,地裁判決を機に改めることにした。改正後は,新たに出生届が出された子どもについては嫡出子と同じ表記方法で戸籍を作成する。一方,すでに戸籍に記載されている非嫡出子の表記を改めるには,長男か二男かなど,出生順を確かめる必要があり,作業量が膨大になるため,当面は本人から希望があった場合に限って記載を改める方向で検討している。非嫡出子として戸籍に記載されている人は全人口の1〜2%とみられる。
非嫡出子は@既婚男性との問に生まれ,認知を受けたA父親の認知を受けていないB夫婦別姓の事実婚を選んだ夫婦の間に生まれ,父親が認知した−などのケースがある。家裁の許可を得て父の姓を名乗れば父の戸籍に入るが,多くの場合,母の戸籍に入っている。2日に判決があった訴訟は,夫婦別姓の夫妻が起こしたものだった。判決は,法相が続柄欄の記載を改廃しなかったことに注意義務違反はなかったとして,記載の差し止めや計400万円の慰謝料請求については認めなかったが,原告代理人は「今後,こうした表記を続けることは違法だという判決だ」と話していた。
ただ,嫡出か非嫡出かは,続柄欄の区別表記をやめても,戸籍の身分事項欄や父親欄などを見れば分かる。就職時などに戸籍謄本を出させる慣習が残っている限り,婚外子差別はなくならないとする見方もある。
「婚外子差別 全廃を」
続き柄訴訟で区別記載改正へ
原告ら,方針転換は評価朝日新聞2004年3月10日(21面) 原告の東京都武蔵野市の公務員,田中須美子さん(56)は今回の法務省の方針転換について,「すぐに改正に動いてくれたことはうれしい」と評価する。心配なのは,改正後の続き柄の表記法だという。法務省は,「長男」「長女」という嫡出子の記載に非嫡出子も合わせる方向で検討している。「親にとって何番目の子かを明記する表記は,古い家制度の名残。嫡出子も非嫡出子も,『男』『女』という性別のみの表記に統一してほしい」と求めている。
原告弁護団の榊原富士子弁護士も「区別記載がなくなることは一歩前進といえる」と歓迎しながらも,「生まれた順位を記載しなければならない法的根拠はない。判決を尊重するなら,性別だけの表記にするべきだ」と話す。近く,高裁に控訴するとともに,続き柄欄を性別のみの表記にするよう法務省に求めるつもりだ。
問題4:住民票の続柄欄の表記が「長男」「長女」の記載を廃止し,「子」で統一したのと異なり,戸籍の続柄欄について,婚外子を含めて,「長男」「長女」で統一しようとする意図は何か。
問題5:戸籍の続柄欄における「長男」「長女」との記載は,「家」制度の名残りだとの見解がある。なぜそのようにいえるのか。以下の戸籍の改製の例を参考にして考察しなさい。
[久武綾子・氏と戸籍の女性史(1988)128-129頁] |
問題6:戸籍の続柄欄における「長男」「長女」等の記載は,男女平等に反するとの見解がある。どの点が男女平等に反するのか考察しなさい。
問題7:以下の図表を参考にして,わが国の婚外子が異常に少ない理由を考察しなさい。
(参照)婚外子差別と闘う会のホームページ http://www22.big.or.jp/~konsakai/kongaishijouhou.htm |
(参照)ポコズママのかい http://pocosmama.babymilk.jp/miscariagetop.htm |
子育てを行う主体 | 子 | 経済的環境 | 精神的環境 | ||||
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就職,就業・賃金の 男女差別の廃止 |
育児及び看護 休業の保障 (休業中の所得, 職場復帰の保障) |
保育所等の 子育て支援 |
婚姻から生まれる子と 婚姻外で生まれる子の 差別の廃止 |
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二人で子育てをする | 夫婦共働き | 嫡出子 | ○必要 | ◎必須 | ◎必須 | − | |
父・母共働き(認知あり) | 婚外子 | ○必要 | ◎必須 | ◎必須 | ○必要 | ||
一人で子育てをする | 未婚の母(認知なし) | ◎必須 | ◎必須 | ◎必須 | ◎必須 | ||
死別した母(父) | 嫡出子 | ◎必須 | ◎必須 | ◎必須 | − | ||
離婚した母(父) | ○必要 | ◎必須 | ◎必須 | − | |||
主婦(主夫) | − | − | − | − |
問題8:法務省の解決策(戸籍の続柄欄を,婚外子を含めて,「長男」「長女」等で統一する)の問題点を指摘しなさい。
改正前 | 改正後 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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問題9:原告の求める解決策(戸籍の続柄欄を,非嫡出子の場合と同様,性別の表記で統一)がなぜ法務省に素直に受け止められなかったのか,その原因を考察しなさい。
戸籍 | 住民票 | |||||||||||||||||||||||||||||||
嫡出子 | 非嫡出子 | |||||||||||||||||||||||||||||||
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嫡出子 |
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非嫡出子 |
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長男,長女等は, 家制度の名残り |
だが,「男(女)」は 「続柄」ではない |
戸籍と異なり,性別欄がある。このため,続柄欄は,「子」のみで十分 |
問題10:この問題の解決策(戸籍の続柄欄における婚外子差別の解消)として,どのようなものがもっとも妥当と思うか。提言を行いなさい。
現行戸籍 を基準と した改正案 |
嫡出子の場合 | 非嫡出子の場合 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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→ |
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→? ← |
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実体法上の根拠なし (家制度の名残り) |
続柄欄が父母欄の隣に移設され, 従来の続柄欄は,性別欄へと変更される |
実体法上の根拠なし (家制度の名残り) |
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標準型から 離れた 改正案 |
嫡出子の場合 | 非嫡出子の場合 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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性別が不明 | 誰も主張せず | 性別が不明 |