第14回 親子の種別と嫡出推定

2004年5月25日

名古屋大学大学院法学研究科教授 加賀山 茂


講義のねらい


二当事者間のトラブルは衡平の観点だけでうまく処理できる。しかし,二当事者を超えて三当事者以上が関与するトラブルは,一般的なルールによってしか解決することができないといわれている。二人の婚姻から出発した家族法は,子が出生するにいたって,より一般的なルールが必要とされる親子法へと進展していくことになる。

親子は,自然の血縁に基づいて法的親子関係を成立させる実子と,養育の意思に基づいて成立する養子に分かれるとされている。

しかし,自然の血縁に基づいているかどうかの証明はそう単純ではない。母子関係の証明は,分娩という事実によって客観的に証明されると考えられてきたが,人工生殖の発達は,代理母による出産を可能としている。この場合,分娩は,自然の血縁に基づく母子関係を生じさせない。

さらに,父子関係の証明は,一般的に,母子関係の場合よりも一層困難である。自然の血縁に基づいていると父が信じ込んでいる父子関係の中には,実は,血縁関係はなく,養子の場合と同様,養育の意思に基づいて成立している父子関係が少なからず存在していると思われる。

このように考えると,婚姻には,「妻が分娩した子を夫が自分の子として養育するという将来の『養子』契約が内在している」と考えることが穏当ではなかろうか。この問題は,養子の問題を考えた後に,さらに,掘り下げて検討する必要があるが,この講義では,自然の血縁関係に基づいていない実子関係が存在するという事実を確認することから始めることにする。


演習


以下の文章は,新約聖書のマタイ伝からの抜粋である。これを読んで,これが,現代の日本で,日本人同士のカップルに生じた問題であると仮定する。このように仮定した場合,現行法では,どのような解決がなされるかを考察しなさい。

MAT01:01 アブラハムの子ダビデの子,イエス・キリストの系図。

MAT01:02 アブラハムはイサクをもうけ,イサクはヤコブを,ヤコブはユダとその兄弟たちを,…

MAT01:16 ヤコブはマリアの夫ヨセフをもうけた。このマリアからメシアと呼ばれるイエスがお生まれになった。

MAT01:17 こうして,全部合わせると,アブラハムからダビデまで14代,ダビデからバビロンへの移住まで14代,バビロンへ移されてからキリストまでが14代である。

MAT01:18 イエス・キリストの誕生の次第は次のようであった。母マリアはヨセフと婚約していたが,二人が一緒になる前に,聖霊によって身ごもっていることが明らかになった。

MAT01:19 夫ヨセフは正しい人であったので,マリアのことを表ざたにするのを望まず,ひそかに縁を切ろうと決心した。

MAT01:20 このように考えていると,主の天使が夢に現れて言った。「ダビデの子ヨセフ,恐れず妻マリアを迎え入れなさい。マリアの胎の子は聖霊によって宿ったのである。

MAT01:21 マリアは男の子を産む。その子をイエスと名付けなさい。この子は自分の民を罪から救うからである。」

MAT01:22 このすべてのことが起こったのは,主が預言者を通して言われていたことが実現するためであった。

MAT01:23 「見よ,おとめが身ごもって男の子を産む。その名はインマヌエルと呼ばれる。」この名は,「神は我々と共におられる」という意味である。

MAT01:24 ヨセフは眠りから覚めると,主の天使が命じたとおり,妻を迎え入れ,

MAT01:25 男の子が生まれるまでマリアと関係することはなかった。そして,その子をイエスと名付けた。

問1 ヨセフが天使の声を聞かずに,マリアと縁を切っていたとしたら,マリアから生まれたイエスの身分はどうなるか。

問2 ヨセフとマリアが婚姻届を出したとする。その後,200日経過以前にイエスが生まれて出生届けが提出された場合,イエスは嫡出子の身分を取得するか。

問3 ヨセフとマリアが婚姻届を出したとする。その後,200日経過後にイエスが生まれて出生届けが提出された場合,イエスは嫡出子の身分を取得するか。

問4 ヨセフがイエスが自分の子でないことを知ったのは,出生届の後であったとする。その場合,ヨセフはイエスの嫡出性を否定することができるか。

問5 ヨセフとマリアとの間に第二子が誕生したとする。そして,子らよりもヨセフが先に死亡して相続が開始したとする。そのとき,第二子は,ヨセフとイエスとの間に血縁関係がないことを証明して,嫡出性,および,親子関係を否定することは可能か。

問6 初めに戻って,ヨセフが自分の子ではないことを知りつつ,マリアが懐胎した子を自分の子として育てようと決意したことについて,ヨセフの意思内容を詳しく分析し,その意思の性質を決定しなさい。

問7 家族法判例百選第22事件(最二判平10・8・31家月51巻4号33頁)を読んで,事実を要約しなさい。

問8 上記の事案の場合,被告である子は,何ヶ月(第何週)で出生した子と考えられるか。その子の出産は,早産か正常出産か。その時期に生まれた子が4,000グラムを超えることはありうるか。

問9 上記の事案で,被告が血液型またはDNAによる親子鑑定に協力しなかったことをどのように評価すべきであろうか。


予備的知識


嫡出子

嫡出の推定

妊娠週数・月数に関する知識

妊娠期間は,最終月経日から起算する。したがって,妊娠0週,1週は,まだ受精していない。妊娠期間は,通常,280日であるが,受精からは,266日で子が出生する。

妊娠期 母体
の変化
子の
出産
家族法判例百選〔第6版〕
第22事件の場合
(最二判平10・8・31)
妊娠
月数
妊娠
週数
初期 第1月 00 最終月経 1987年11月 8日(推定)
01
02 排卵・受精 1987年11月22日(日)
03 着床
第2月 04 予定月経なし 流産 1987年12月 6日
05 つわり
06
07
第3月 08 1988年 1月 3日
09
10
11
第4月 12 1988年 1月31日
13
14
15
中期 第5月 16 1988年 2月28日
17
18 胎動
19
第6月 20 1988年 3月27日
21
22 早産
23
第7月 24 1988年 4月24日
25
26
27
後期 第8月 28 1988年 5月22日
29
30
31
第9月 32 1988年 6月19日
33
34
35
第10月 36 1988年 7月17日
37 正期産 1988年 7月24日
38
39
40 分娩予定
41
42 過期産

DNA鑑定について

L・アンドルーズ/D・ネルキン,野田亮/野田洋子訳『人体市場』岩波書店(2002)155-158頁

DNAフィンガープリント法は,鑑定の「黄金規準」(golden standard)ともよばれている。その技術は,各個人のDNAフィンガープリントがそれぞれ独特のものであるという前提の上に成り立っている。

実際,30億塩基対以上もある人間の全ゲノムを書き出したものは,一卵性双生児の場合を除けば,二つとない鑑定材料となるであろう。しかし,裁判所で用いられる検査は,ゲノムのほんの一部だけを見るものであり,その部分に関しては,他人とくに同じ民族の人間と一致する可能性もある。

「DNA証拠」の信頼性については,いろいろな状況で論議されてきた。1996年,米国研究審議会(National Research Council)は,大部分の研究室で用いられている方法を是認したが,この方法の信頼性が,検査が行われる環境によって大きく左右されるという点も強調した。たとえば,検査段階でまちがいがおこる可能性もかなりあるというのである。多くの法科学研究室の検査環境が,実にお粗末な状況にある。その60パーセントが,米国犯罪研究所長協会の認可最低基準を満たしていない。カリフォルニアのある研究室は,重要な証拠物件を男子トイレに保管していた。ミシガン州警察法科学研究所は,高価な機器を錆びて腐食するままに放置していた。今のところ二つの州で,司法DNA鑑定の品質保証対策,たとえば,熟達度検査−すなわち正確な分析結果を出す技術をもっているかどうかをチエックする能力テスト−の実施義務が明文化されているのみである。

熟達度検査は,法科学研究室の抱える問題点を如実に物語る。セルマーク法科学研究所において,ある分析官が,二つ並んだ試料注入部のうち,本来は一方に容疑者のDNA試料を,もう一方に犯行現場から採ったDNA試料を入れるべきところを,誤って両方に同一試料を入れてしまった。そのため−故意ではないにせよ−「一致」というまちがった判定を下してしまった。1993年に行われた調査では,45の研究室に既知のDNA試料を送り,一致するかどうかの検査を行わせた。各研究室は,それが調査であることを知っていたため,最良の技術を使って検査を行ったものと思われる。ところが,223件の検査のうち18件において,ありえない一致が見られた。このように,司法DNA鑑定でのまちがいは実際におこる。それにもかかわらず,陪審員たちはしばしば「まちがいはほとんどあり得ない」という説明を受ける。その結果として,無実の人々に有罪判決を下すこともおこり得るのである。

理想的な条件下では,DNA試料は清潔であり,本人から直接採られる。不確実な結果が出た場合には,新しい試料を採り,正確を期すための再検査を繰り返すことができる。しかし現実には,分析者は,たとえどんな状態の試料であろうと犯行現場で見つかった血液や身体組織を用いて検査を行わなければならない。ある実際にあったケースでは,被告人の腕時計に見つかった血痕が,被害者の血液と一致するように思われた。両方とも3本のDNAバンドが見られたのである。実際には,時計から採られたDNAには二本の余分なバンドが見られたのであるが,この点は報告書では触れられなかった。分析者たちは,告訴された人物が無実かもしれないと結論づける代わりに,その試料には人問以外に由来する夾雑物が含まれていたのであろうと判断した。ところが,通常は行われない手続きとして,検察当局側と被告側の双方が独立に,遺伝学の専門家にその司法DNA鑑定の分析を依頼し,彼らは「そのデータは信用できない」とする共同声明を発表する顛末となった。専門家たちは「きちんと査読される学術雑誌だったら,そのようなデータは受理されないだろう」と口をそろえた。しかし,その時点ですでにDNA試料は使い果たされていた。犯行現場からもっと血液が採取できなければ,あいまいな,あるいはまちがった検査結果はチェックできないのである。

DNAフィンガープリントの解釈には,バイアスがかかりやすいという面もある。犯罪学者ウィリアム・トンプソンは,法科学者たちの所属機関と,新たな検査手法の開発,検査結果の解釈,裁判での発表などの関係を調査している。法科学者たちは立場上どうしても依頼人の側に立つ傾向があり,こうした傾向が公平さを損なわせる可能性がある。自分たちの存在意義を強調したい検察側の法科学チームは,自分たちの行う検査の信憑性をあえて疑おうとはしない。そのため,不明瞭な結果が出た場合に,解釈上のまちがいを冒す可能性がある。また,結果を曲げることもあり得る。ウェストヴァージニア州では,ある犯罪研究所の技官が,何年間もDNA記録を偽造していた。その結果,ある無実の男性が強姦罪で有罪となった。他にも誤審があるのではないかと心配したウェストヴァージニア州最高裁判所は,過去にこの技官が証拠提出した220件の他の訴訟すべての見直しを命じた。この技官が州全体の裁判機構を欺き通すことができたのは,DNAが裁判で大変強い説得力をもっためである。これまでに9人の男性が釈放され,州政府はこれらの誤審に対する訴訟処理に400万ドル以上を支払っている。

司法DNA鑑定,臨床DNA検査の両方において,その根幹をなす基礎技術の一つがDNA増幅法である。この技術を開発したノーベル賞受賞者キャリー・マリス自身も,これらの検査手技には問題があると考えている。マリスは言う。「検査官に,容疑者のDNAと犯行現場から採ったDNAが一致するかどうか尋ねるのは,一人しかいない容疑者の面通しをさせるようなものです。容疑者を含む数人の試料に符号をつけ,一致するものがあるかどうかを選び出してもらうほうが,より適切でしょう。」

技術的な面から見ると,この方法はDNAのちがいを証明することに適しており,これまでにも,凶悪事件の犯人として告発された人々を,死刑囚監房から救い出すことに有効に役立てられてきた。コロラド大学法学部のバリー・シェックが組織している『イノセント・プロジェクト』という団体は,DNA検査によって無実の囚人たちの容疑をはらすことに努力を注いでいる。


参照条文


第772条 〔嫡出の推定〕

(1) 妻が婚姻中に懐胎した子は,夫の子と推定する。

(2) 婚姻成立の日から二百日後又は婚姻の解消若しくは取消の日から三百日以内に生まれた子は,婚姻中に懐胎したものと推定する。

第773条 〔父を定める訴え〕

第733条第1項の規定に違反して再婚をした女が出産した場合において,前条の規定によつてその子の父を定めることができないときは,裁判所が,これを定める。

第774条 〔嫡出の否認〕

第772条の場合において,夫は,子が嫡出であることを否認することができる。

第775条 〔嫡出否認権の行使−嫡出否認の訴え〕

前条の否認権は,子又は親権を行う母に対する訴によつてこれを行う。親権を行う母がないときは,家庭裁判所は,特別代理人を選任しなければならない。 (昭二三法二六〇・一部改正)

第776条 〔嫡出性の承認〕

夫が,子の出生後において,その嫡出であることを承認したときは,その否認権を失う。

第777条 〔嫡出否認の訴えの提起期間〕

否認の訴は,夫が子の出生を知つた時から1年以内にこれを提起しなければならない。

第778条 〔成年被後見人の否認の訴え提起期間の起算〕

夫が成年被後見人であるときは,前条の期間は,後見開始の審判の取消しがあつた後夫が子の出生を知つた時から,これを起算する

第779条 〔認知〕

嫡出でない子は,その父又は母がこれを認知することができる。

第780条 〔認知能力〕

認知をするには,父又は母が未成年者又は成年被後見人であるときでも,その法定代理人の同意を要しない

第781条 〔認知の届出,遺言による認知〕

(1) 認知は,戸籍法の定めるところにより届け出ることによつてこれをする。

(2) 認知は,遺言によつても,これをすることができる。

第782条 〔成年の子の認知〕

成年の子は,その承諾がなければ,これを認知することができない。

第783条 〔胎児・死亡子の認知〕

(1) 父は,胎内に在る子でも,これを認知することができる。この場合には,母の承諾を得なければならない。

(2) 父又は母は,死亡した子でも,その直系卑属があるときに限り,これを認知することができる。この場合において,その直系卑属が成年者であるときは,その承諾を得なければならない。

第784条 〔認知の遡及効〕

認知は,出生の時にさかのぼつてその効力を生ずる。但し,第三者が既に取得した権利を害することができない。

第785条 〔認知の取消しの禁止〕

認知をした父又は母は,その認知を取り消すことができない。

第786条 〔認知に対する反対事実の主張〕

子その他の利害関係人は,認知に対して反対の事実を主張することができる。

第787条 〔認知の訴え−強制認知〕

子,その直系卑属又はこれらの者の法定代理人は,認知の訴を提起することができる。但し,父又は母の死亡の日から3年を経過したときは,この限りでない。

第788条 〔認知後の子の監護〕

第766条〔離婚後の子の監護者の決定〕の規定は,父が認知する場合にこれを準用する。

第789条 〔準正〕

(1) 父が認知した子は,その父母の婚姻によつて嫡出子たる身分を取得する。

(2) 婚姻中父母が認知した子は,その認知の時から,嫡出子たる身分を取得する。

(3) 前2項の規定は,子が既に死亡した場合にこれを準用する。

第790条 〔子の氏〕

(1) 嫡出である子は,父母の氏を称する。但し,子の出生前に父母が離婚したときは,離婚の際における父母の氏を称する。

(2) 嫡出でない子は,母の氏を称する。

第791条 〔子の氏の変更〕

(1) 子が父又は母と氏を異にする場合には,子は,家庭裁判所の許可を得て,戸籍法の定めるところにより届け出ることによつて,その父又は母の氏を称することができる。

(2) 父又は母が氏を改めたことにより子が父母と氏を異にする場合には,子は,父母の婚姻中に限り,前項の許可を得ないで,戸籍法の定めるところにより届け出ることによつて,その父母の氏を称することができる。

(3) 子が15歳未満であるときは,その法定代理人が,これに代わつて,前2項の行為をすることができる。

(4) 前3項の規定によつて氏を改めた未成年の子は,成年に達した時から1年以内に戸籍法の定めるところにより届け出ることによつて,従前の氏に復することができる。 (昭二三法二六〇・昭六二法一〇一・一部改正)