第24回 遺産分割と相続回復請求権

2004年6月29日

名古屋大学大学院法学研究科教授 加賀山 茂


講義のねらい


最初に,共同相続における遺産の共有関係を解消し,遺産を構成する個々の財産を各相続人に分配して,各相続人の単独所有に還元する制度としての遺産分割の手続を概観する。その際,最高裁(最二判平3・4・19民集45巻4号477頁,判例百選〔第6版〕第87事件)によって「遺産分割方法の指定」との性質づけが行われている「相続させる遺言」についても,概観しておく。

次に,共同相続人間の遺産分割争いの中で,自己の法定相続分を超えて遺産を占有する者に対して,相続分の支配を回復する方法のひとつとして論じられる相続回復請求権について,最高裁の大法廷判決(最大判昭53・12・20民集32巻9号1674頁,判例百選〔第6版〕第59事件)を中心に考察する。なお,相続回復請求権は,条文の構成から,自己の相続分を超えて遺産を相続する共同相続人の側から,現状を維持しようとして,抗弁として主張されることが多いため,相続回復請求権の消滅時効の抗弁について,大法廷判決以後の判例の動向をあわせて検討することにする。


遺産分割


遺産分割とは,共同相続の場合に,相続人の共有関係(これを合有と解する学説もある)となっている遺産を相続分に応じて分割して,各相続人の単独財産にすることである(民法906〜914条)。

民法は,遺産に属する物又は権利の種類及び性質,各相続人の年齢,職業その他一切の事情を考慮して分割すべきであると定めている(民法906条)。したがって,例えば,年少・高齢や病気・障害のために生活が困難な者への配慮,住居の確保の必要性,農業・自営業の継続の確保などが考慮されることになる。必ずしも現物分割であることを必要とせず,各種の財産を分配した上,差額を金員の授受で決済してもよい。

遺産の共有は分割への過渡的形態にすぎず,共同相続人はいつでも遺産分割を請求できる(民法907条)。ただし,被相続人の遺言(民法908条)等によって,一定期間(通常は5年を超えない期間),分割を禁止することができる。

遺産分割の方法には,以下のものがある。

  1. 被相続人が遺言で指定し,又は第三者に指定を委託したときはこれに従う(民法908条)。
  2. 指定がなければ共同相続人全員の協議で分割する(民法907条1項)。
  3. 協議で分割できないときは,請求により家庭裁判所が審判で定める(民法907条2項)。

分割の効力は相続開始の時までさかのぼり(民法909条本文),各相続人は,分割によって自己に帰属した財産の権利を被相続人から直接単独で取得したことになる。しかし,それでは,分割までに第三者が個々の相続財産について持分権の譲渡を受けていた場合には,その第三者を害することになるので,そのような第三者は保護される(民法909条但し書き)。


相続回復請求権


相続回復請求権の意味

民法884条は,相続回復請求権に関して,以下のように規定している。

第884条〔相続回復請求権〕
相続回復の請求権は,相続人又はその法定代理人が相続権を侵害された事実を知つた時から5年間これを行わないときは,時効によつて消滅する。相続開始の時から20年を経過したときも,同様である。

しかし,この条文は,この請求権の行使期間の制限を規定しているだけであるため,この唯一の条文から,相続回復請求権の存在意義,相続回復請求権と消滅時効に服さない物権的請求権との関係,相続回復請求権の行使要件等,相続回復請求権の内容を理解することは困難である。相続法に関する最近の教科書においても,相続回復請求権は,以下のように,「なぞに包まれている」と表現されている。

民法884条で規定されている相続回復請求権は,なぞに包まれている。権利であるという規定の仕方であるあるが,5年という短い期間で請求権が時効にかかってなくなってしまう。その結果,むしろ相手方に,このような権利は時効でなくなっていると主張する根拠を与える条文になるからである(松川正毅『民法 親族・相続』有斐閣アルマ(2004年)257頁)。

最高裁の大法廷判決(最大判昭53・12・20民集32巻9号1674頁,判例百選〔第6版〕第59事件)の多数意見によれば,「民法884条の相続回復請求の制度は,いわゆる表見相続人(相続欠格者,後順位の相続人,虚偽の嫡出子出生届などで戸籍上相続人になっている者)が真正相続人の相続権を否定し相続の目的たる権利を侵害している場合に,真正相続人が自己の相続権を主張して表見相続人に対し侵害の排除を請求することにより,真正相続人に相続権を回復させようとするものである」とされている。

しかし,現実には,真の相続人と表見相続人との争いではなく,共同相続人という真の相続人同士の遺産分割の争いの中で,法定相続分の一部を侵害されている共同相続人が他の共同相続人に対して共有持分に基づく登記抹消手続や移転登記手続きを求めた場合に,自己の法定相続分を超えて遺産を占有する者から相続回復請求権の時効消滅が主張するケースが多い。

原告 被告 原告の主張 被告の主張
典型例 真の相続人 表見相続人 相続回復請求 消滅時効の抗弁
多くの例 真の相続人(共同相続人) 真の相続人(共同相続人) 持分権に基づく登記抹消手続請求
又は
持分権に基づく移転登記手続請求
消滅時効の抗弁
持分の一部を侵害された
共同相続人
持分以上の権利を得ている
共同相続人

このようなケースの場合,本来ならば,期間制限のない遺産分割手続(民法906条以下)を通じて,紛争の解決が図られるべきであるにもかかわらず,期間制限のある相続回復請求権の問題として,問題の解決を行うべきなのであろうか。

相続回復請求権の歴史

1.ローマ法

actio petitio haereditatis(遺産請求の訴権):表見相続人(相続欠格や相続人の廃除を原因に推定相続人が相続権を失う場合などがその典型例)などのように,相続財産を支配する包括権限のない者が無効な権原に基づいて遺産を占有・支配している場合に,真正相続人が遺産の占有・支配を回復するために考案された訴権。

2.フランス法

フランス民法典旧137条(削除)
前2条の規定〔不在の効果〕は,不在者,その代襲相続人又は権利承継人に帰属し,かつ,時効のための時の経過によらなければ消滅しない相続回復の訴え(action en petition d'heredite),その他の権利の訴えを妨げない。
petition d'heredite 相続回復請求,相続権確認の訴え ある財産につき,相続人であることを主張する者が,自己の相続権の承認を求めて,当該財産の現在の所有者を相手取って提起する返還・分割・減殺などの裁判上の訴え(山口俊夫編『フランス法辞典』東京大学出版会(2002年)431頁)。

3.旧民法

証拠編 第155条 相続人又ハ包括権原ノ受遺者若クハ受贈者ノ分限ヲシテ効用ヲ致サシムル為メノ遺産請求ノ訴権ハ相続人又ハ包括権原ノ受贈者若クハ受遺者ノ権原ニテ占有スル者ニ対シテハ相続ノ時ヨリ三十个年ヲ経過スルニ非サレハ時効ニ罹ラス

4.民法旧規定

第966条〔家督相続回復ノ請求権〕
家督相続回復ノ請求権ハ家督相続人又ハ其法定代理人カ相続権侵害ノ事実ヲ知リタル時ヨリ5年間之ヲ行ハサルトキハ時効二因リテ消滅ス相続開始ノ時ヨリ20年ヲ経過シタルトキ亦同シ
第993条〔家督相続の規定の遺産相続への準用〕
第965条乃至第968条ノ規定ハ遺産相続二之ヲ準用ス

5.現行民法

第884条〔相続回復請求権〕
相続回復の請求権は,相続人又はその法定代理人が相続権を侵害された事実を知つた時から5年間これを行わないときは,時効によつて消滅する。相続開始の時から20年を経過したときも,同様である。

6.判例(最大判昭53・12・20民集32巻9号1674頁)の解釈

多数意見
民法884条の相続回復請求の制度は,いわゆる表見相続人が真正相続人の相続権を否定し相続の目的たる権利を侵害している場合に,真正相続人が自己の相続権を主張して表見相続人に対し侵害の排除を請求することにより,真正相続人に相続権を回復させようとするものである。
共同相続人の一人甲が,相続財産のうち自己の本来の相続持分を超える部分につき他の共同相続人乙の相続権を否定し,その部分もまた自己の相続持分に属すると称してこれを占有管理し,乙の相続権を侵害しているため,乙が右侵害の排除を求める場合には,民法884条の適用があるが,甲においてその部分が乙の持分に属することを知つているとき,またはその部分につき甲に相続による持分があると信ぜられるべき合理的な事由がないときには,同条の適用が排除される。
少数意見
相続回復請求権は,相続人でないのにかかわらず相続人であるように見られる地位に在る者(以下,「表見相続人」という。なお,遺産相続人(共同相続人)は,すべて真正な相続人の地位を有する者であり,表見相続人とはいえない。)が,自己の相続人としての地位を主張して真正相続人の地位(相続資格)を争い,その相続人の地位を侵害している場合において,真正相続人が自己の相続人の地位を主張して表見相続人に対して侵害の排除を求める権利である。
共同相続人相互間における相続持分権の侵害排除,回復を求める請求に民法884条は適用されない。

相続回復請求権に関する学説の対照

ローマ法上の遺産請求の訴権(acito petitio haereditatis)は,所有物回復訴権(actio rei vindicatio)とは別物であることは,当然の前提とされてきた。後者の争点が個々の財産を占有・支配するこの特定権原の存否にあるのに対して,前者の争点は,被相続人による占有・支配を承継しうる者は誰かという正当な包括承継資格の存否にあったからである。

ローマ法的な訴権体系から決別を図ったドイツ民法学の観点からすると,訴訟の対象は,請求権か形成権かのいずれかであるから,所有物の返還と遺産の返還という2つの訴訟の相互関係を問う議論が生じる。つまり,後者の対照が物権的請求権であるとして,前者は,別個の請求権なのか,それとも形成権なのか(いずれも独立権利説),それとも,後者も前者も同じ物権的請求権であるのか(集合権利説)という議論である。

原告 被告 訴訟の対象 期間制限
真正相続人 共同相続人 第三者 表見相続人 共同相続人 第三者
特定承継人 他人 善意・無過失 有過失・悪意 善意・無過失 有過失・悪意
独立権利説 請求権説 × × × × 自己の相続権に基づいて遺産を包括的に返還請求しうる権利。 請求権に短期の期間制限を設けて相続関係の早期収束を図る。
最高裁大法廷少数意見 × × × × × × 相続回復請求権は,相続人でないのにかかわらず相続人であるように見られる地位に在る者(以下,「表見相続人」という。なお,遺産相続人(共同相続人)は,すべて真正な相続人の地位を有する者であり,表見相続人とはいえない。)が,自己の相続人としての地位を主張して真正相続人の地位(相続資格)を争い,その相続人の地位を侵害している場合において,真正相続人が自己の相続人の地位を主張して表見相続人に対して侵害の排除を求める権利である。 真正相続人と表見相続人のいずれか一方に早期にかつ終局的に相続人の地位を確定させて,両者の間の相続人の地位に関する争いを短期間のうちに収束することを目的としたものである。
訴権説 × × × 相手方の相続権を否認するための訴権。回復されるのは,財産の権原そのものではなく,表見相続人による占有・支配(登記名義など)の排除に過ぎない。 回復を求めている目的物が相続や包括遺贈によって自己に帰属したことを知り,かつこの目的物が被告である表見相続人などによって所有の意思でもって占有・支配されていることを知ったときから5年を経過したとき。
集合権利説 鈴木禄弥説 × × × × × 侵害された個々の相続財産について生じる個別的な請求権の集合したもの。この見解によると,本来消滅時効にかからない所有権に基づく返還請求権が相続回復請求権として時効にかかってしまうことになる。 相続回復請求権は,相続関係を短期間に確定させるためであり,特に,第三者の保護のためにこそある。
最高裁大法廷多数意見 × × × × 民法884条の相続回復請求の制度は,いわゆる表見相続人が真正相続人の相続権を否定し相続の目的たる権利を侵害している場合に,真正相続人が自己の相続権を主張して表見相続人に対し侵害の排除を請求することにより,真正相続人に相続権を回復させようとするものである。
共同相続人のうちの一人又は数人が,相続財産のうち自己の本来の相続持分をこえる部分について,当該部分の表見相続人として当該部分の真正共同相続人の相続権を否定し,その部分もまた自己の相続持分であると主張してこれを占有管理し,真正共同相続人の相続権を侵害している場合につき,民法884条の規定の適用をとくに否定すべき理由はない。
ただし,共同相続人のうちの一人若しくは数人が,他に共同相続人がいること,ひいて相続財産のうちその一人若しくは数人の本来の持分をこえる部分が他の共同相続人の持分に属するものであることを知りながらその部分もまた自己の持分に属するものであると称し,又はその部分についてもその者に相続による持分があるものと信ぜられるべき合理的な事由(たとえば,戸籍上はその者が唯一の相続人であり,かつ,他人の戸籍に記載された共同相続人のいることが分明でないことなど)があるわけではないにもかかわらずその部分もまた自己の持分に属するものであると称し,これを占有管理している場合は,もともと相続回復請求制度の適用が予定されている場合にはあたらず,したがつて,その一人又は数人は右のように相続権を侵害されている他の共同相続人からの侵害の排除の請求に対し相続回復請求権の時効を援用してこれを拒むことができるものではないものといわなければならない。
表見相続人が外見上相続により相続財産を取得したような事実状態が生じたのち相当年月を経てからこの事実状態を覆滅して真正相続人に権利を回復させることにより当事者又は第三者の権利義務関係に混乱を生じさせることのないよう相続権の帰属及びこれに伴う法律関係を早期にかつ終局的に確定させるという趣旨に出たものである。

なお,わが国における相続回復請求権の成立の歴史,学説の展開,判例の流れをコンパクトにまとめたものとしては,副田隆重「民法884条(相続回復請求権)」広中俊雄・星野英一編『民法典の百年』〔W〕有斐閣(1998年)163-190頁が参考になる。


演習


問1 家族法判例百選〔第6版〕第59事件(最大判昭53・12・20民集32巻9号1674頁)を読んで,以下の点を検討しなさい。

  1. この事件の事実を要約しなさい。
  2. 多数意見と少数意見との相違点を挙げなさい。
  3. 相続回復請求権の性質のうち,個別的な請求権に比して,真の相続人に有利な点があれば指摘しなさい。
  4. 相続回復請求権の性質のうち,個別的な請求権に比して,真の相続人に不利な期間制限(消滅時効)について,家督相続において必要とされた戸主権所在の早期安定の要請は,共同相続人間においても妥当するかどうか検討しなさい。

問2 家族法判例百選〔第6版〕第59事件(最大判昭53・12・20民集32巻9号1674頁)以降の判例の動向をまとめてみなさい。