第25回 遺言の意義,方式と撤回

2004年7月6日

名古屋大学大学院法学研究科教授 加賀山 茂


講義のねらい


家制度の下で,家の財産を戸主がほぼ独占し,家督相続制度の下で,戸主のみに家の財産を承継させた民法旧規定(明治31年民法)とは異なり,現行民法は,家制度の中核をなしていた家督相続を廃止して,共同相続人の均等相続(平等相続の原則)を実現したと考えられてきた。

しかし,現実には,遺言自由主義の隆盛によって,相続人間の平等は,瀕死の状態にあるというのが現実である。

家制度の復活を思わせる,すべての財産を長男に相続させるという試みは,これまでにも,相続放棄の利用,遺産分割協議の利用などによってなされてきた。しかし,最近では,公証人よって考案され,法務省の登記実務に支えられ,最終的には,最高裁判決(最二判平3・4・19民集45巻4号477頁)によって追認された「相続させる」遺言という方法によって,相続放棄も遺産分割協議も必要とすることなく,即座に,被相続人の財産を長男だけに相続させるという方法が実務で定着しつつあるからである。

契約自由の下で,情報力,交渉力に劣る消費者に多くの被害が生じたため,契約自由の原則も万能ではなく,一定の制限の下で,契約の自由が認めれれている現代において,遺言自由の名の下に,死者の判断によって,遺産分割協議という手続保障がなされないまま,生きている共同相続人が,相続廃除の要件がないにもかかわらず相続権を否定されるというのは,奇異というほかはない。

遺言自由主義の主張に対して,遺言が尊重される理由,その限界を探り,相続平等の原則との関係を明らかにしようとするのが,今回の講義の目的である。


基本概念の整理


遺言の意義

遺言は,一定の方式に従ってされる相手方のない一方的かつ単独の意思表示であり,遺言者の死後の法律関係を定める最終意思の表示であって,その者の死亡によって法律効果を発生する(民法960〜1027条)。

遺言は,一定の法律効果の発生を目的とする意思表示であるから,意思能力を必要とすることはもちろんであるが,遺言は通常の取引行為ではないので,普通の行為能力を必要とせず(民法962条),満15歳に達した者であれば遺言能力があるとされ(民法961条),禁治産者も本心に復したときは立会医師の証明の下に遺言できる(民法973条)。

遺言は,遺言者の死亡の時に効力を生ずるものであるから,その死亡前には何らの権利義務も発生せず,したがって,遺言者は死亡まで,いつでも自由に(遺言の方式に従って)遺言の全部又は一部を撤回できる(民法1022条)。

遺言事項

遺言により支配できる死後の法律関係は,財産上だけでなく身分上のものにも及ぶが,遺言が許されるのは,民法の定める10種の事項に限られる。それ以外の事項についての遺言は法律上の効果はなく,遺訓といった道徳的な効力しかない。

1.認知(民法781条2項)

認知は,原則として戸籍上の届出によって効力を生ずる(民法779条・781条1項)が,遺言によるときは,それによって効力が生じ,届出は報告的なものとなる(民法781条2項)。

2.遺贈(民法964条)

遺贈には,以下のように,包括遺贈と特定遺贈の2種がある(民法964条)。

  1. 包括遺贈
  2. 特定遺贈

3.寄附行為(民法41条2項)

財団法人を設立する行為。生前処分だけでなく遺言によっても寄附行為(設立行為)をすることができる(民法41条・42条)。

4.後見人・後見監督人の指定(民法839条・848条)

未成年後見の場合には,最後に親権を行う者が遺言で後見人を指定することができる(指定後見人)。その指定がないとき又は成年後見の場合には,家庭裁判所は被後見人の親族その他の利害関係人の請求によって後見人を選任する(選定後見人)(民法839条〜84条・843条)。未成年後見人の数は1人に限られる(民法842条)が,成年後見人の数は,複数もありうる(民法859条の2)。

後見人を監督する機関である後見監督人の場合には,後見人の場合と同様,最後に親権を行う者が遺言で後見監督人を指定することができる(指定後見監督人)(民法848条)。しかし,その他の場合には,必要に応じ,家庭裁判所が,被後見人の親族又は後見人の請求によって後見監督人を選任する(選定後見監督人)(民法849条・849条の2)。

5.相続人の廃除・その取消し(民法893条・894条)

遺留分をもつ推定相続人が,被相続人に対して虐待をし,若しくはこれに重大な侮辱を加えたとき,又は推定相続人にその他の著しい非行があった場合に,被相続人の請求又は被相続人の遺言に基づく遺言執行者の請求によって,家庭裁判所が審判で,推定相続人の相続権を剥奪する制度(民法892条・893条)。

その効果は,相続欠格の場合と同様に一身的である(したがって,代襲相続が認められる)。しかし,廃除の場合には,受遺欠格とならず(民法965条参照),また被相続人はいつでも廃除の取消しを請求できる(民法894条)。

6.相続分の指定(民法902条)

被相続人は,遺言で,共同相続人の各相続分を指定し,又は第三者に委託して指定させることができる(民法902条)。数人の共同相続人のうち一部の者の相続分だけを指定することもでき,この場合は,指定を受けない相続人の相続分は法定相続分による。被相続人又は第三者は,遺留分に関する規定に違反する指定をすることはできない。例えば,妻と2子が相続人であるとき,妻の相続分が4分の1,子のいずれかの相続分が8分の1を下回るような相続分の指定は許されない(民法1028条2号参照)。

7.遺産分割方法(民法908条)

共同相続の場合に,相続人の共有関係(これを合有と解する学説もある)となっている遺産を相続分に応じて分割して,各相続人の単独財産にすること(民法906〜914条)。

民法は,遺産に属する物又は権利の種類及び性質,各相続人の年齢,職業その他一切の事情を考慮して分割すべきであると定めている(民法906条)。したがって,例えば,年少・高齢や病気・障害のために生活が困難な者への配慮,住居の確保の必要性,農業・自営業の継続の確保などが考慮されるkとになる。必ずしも現物分割であることを必要とせず,各種の財産を分配した上,差額を金員の授受で決済してもよい。

遺産の共有は分割への過渡的形態にすぎず,共同相続人はいつでも遺産分割を請求できる(民法907条)。ただし,被相続人の遺言(民法908条)等によって,一定期間(通常は5年を超えない期間),分割を禁止することができる。

遺産分割の方法には,以下のものがある。

  1. 被相続人が遺言で指定し,又は第三者に指定を委託したときはこれに従う(民法908条)。
  2. 指定がなければ共同相続人全員の協議で分割する(民法907条1項)。
  3. 協議で分割できないときは,請求により家庭裁判所が審判で定める(民法907条2項)。

分割の効力は相続開始の時までさかのぼり(民法909条本文),各相続人は,分割によって自己に帰属した財産の権利を被相続人から直接単独で取得したことになる。しかし,それでは,分割までに第三者が個々の相続財産について持分権の譲渡を受けていた場合には,その第三者を害することになるので,そのような第三者は保護される(民法909条但し書き)。

8.遺産分割の禁止(民法908条)

以下の場合には,一定期間,遺産分割を禁止することができる。

  1. 被相続人の遺言(民法908条)
  2. 共同相続人の特約(民法256条)
  3. 家庭裁判所の審判(民法907条3項)

9.遺贈についての遺留分減殺方法(民法1034条)

遺贈はその目的の価額の割合に応じてこれを減殺する。ただし,遺言者がその遺言に別段の意思を表示したときは,その意思に従う(民法1034条)。

10.遺言執行者の指定又はその指定の委託(民法1006条)

遺言者は,遺言で,一人又は数人の遺言執行者を指定し,又はその指定を第三者に委託することができる(民法1006条)。


演習


問1 わが国では,遺言は個人所有権を補完する個人的な制度であって,遺言の自由を制限する遺留分や法定相続の制度は家族主義的な制度であると考えられているようである。この考え方を批判的に検討し,遺言自由主義の功罪について論じなさい。

問2 民法961条は,「満15歳に達した者は,遺言をすることができる」と規定している。そして,民法962条は,制限能力者の能力に関する総則の規定は,制限能力者が遺言する場合には適用されないとしている。そこで,通説は,遺言に関しては,表意者には,行為能力は必要でなく,意思能力さえあれば十分であると解釈している(遺言自由主義の拡張)。しかし,そうだとすると,民法963条が,「遺言者は,遺言をする時においてその能力を有しなければならない」とする意味が,遺言するには,15歳程度の事理弁識能力から,7歳程度の事理弁識能力(意思能力)が必要であるという意味に変質してしまう。遺言能力としては,15歳程度の事理弁識能力が必要と解すべきではないだろうか。痴呆症の高齢者がなした遺言の効力を念頭において,遺言能力のレベルについて論じなさい。

問3 遺言の方式について分類し,それぞれの方式の要件の違いについて整理しなさい。

問4 遺贈と死因贈与(民法554条)との区別について,要件と効果の違いを整理しなさい。

問5 家族法判例百選〔第6版〕第87事件(最二判平3・4・19民集45巻4号477頁)を読んで以下の点を検討しなさい。

  1. この事件の事実を要約しなさい。
  2. 最高裁は,「相続させる」遺言は,遺贈ではなく,民法908条の「遺産分割方法の指定」であると解しているが,その根拠は何か。
  3. 「相続させる」遺言が,民法908条の「遺産分割方法の指定」であるとすると,民法907条1項により,共同相続人は,分割協議をなしうることになっている。それにもかかわらず,最高裁が,「相続させる」遺言の場合には,民法907条の遺産分割協議も遺産分割の審判もできないと解釈している理由は何か。
  4. 最高裁は,「相続させる」遺言が,他の共同相続人の遺留分を侵害する場合には,それらの「他の共同相続人の遺留分減殺請求権の行使を妨げるものではない」としている。しかし,遺留分減殺請求権の行使は,民法1031条によれば,遺贈と贈与に限定されており,財産処分ではない遺産分割方法の指定については,遺留分の減殺請求はできないはずである。もしも,「相続させる」遺言の中に,民法902条の相続分の指定の意思も含まれていると解することができるとしても,民法はそのような場合における減殺の方法を規定しておらず,減殺の順序をどうすべきかも不明である。結局は,遺贈又は贈与に関する遺留分減殺請求の規定を準用せざるを得ないが,そうであるならば,なぜ,「相続させる」遺言は,遺贈ではないといわなければならないのだろうか。

問6 「相続させる」遺言は,いかなる目的で,公証人によって考案され,登記実務の追認を受けてきたのか。以下の表を参考にして,検討しなさい。

遺贈 相続 「相続させる」遺言
登記税率 25‰→20‰→10‰(平成15年4月改正)
週間税務通信2703号参照
6‰→4‰→2‰
6‰→4‰→2‰
法定相続人が遺贈により所有権移転登記を受ける場合については、相続による所有権移転の登記に係る税率を適用することとする。
登記申請 登記義務者(相続人全員または遺言執行者)と登記権利者(受遺者)の共同申請が必要。 単独相続の場合には,登記権利者の単独申請が可能(不動産登記法27条)。ただし,共同相続の場合には,相続人全員の共同でなければ,その一人に単独名義の相続登記を行うことはできない。 「相続させる」遺言によって不動産を単独承継したことを証する書面を添付して申請すれば,遺言受益者のみによる単独申請が可能である(昭47・4・17民甲1442民事局長通達・民月27巻5号165頁)。

問7 以下の文章は,「相続させる」遺言に関する最高裁判決に関する最も厳しいと思われる批判である(伊藤昌司『相続法』有斐閣(2002年)123頁。なお,注番号は,変更している)。この文章を読んで,「変則的処分」とは何を意味し,なぜ変則的なのか,「スキャンダル」とは何を意味し,なぜスキャンダルなのか検討しなさい。

 「相続させる」処分が遺産分割にも服さず,登記手続も受益者の単独申請で済むのだとすれば,遺言文言上の受益者には便利でも,遺言につきものの危険が増幅される。遺言者が残す遺言は1通とは限らず,しかも相矛盾する場合も多いからである。
 しかし,最高裁は,このような処分は第908条にいう分割方法の指定に当たると述べつつ,他方では第907条の規定を無視して,このような指定がある場合には遺産分割の協議・審判に服させる必要はなく,被相続人の死亡によって財産が受益者に確定的に移転すると判示した(1)
 このようにして,民法の規定とは全く矛盾するけれども,公証人と法務省が強引に道を拓いた変則的処分が,最高裁の判例を通じて実定法上の存在となった。この判例は,民法史に残るスキャンダルであり,将来必ず変更されるであろう(2)

(注1) 最判平3・4・19民集45巻4号477頁(裁判長の名をとって香川判決とよばれる)。この判決から5ヵ月後に,最高裁の別法廷による最判平3・9・12判タ796号81頁が示された。その事件では,少なくとも4つの遺言が存在していて,そのうちの第4遺言は遺言者の死亡の前日に公証人が作成Lたもので,6年前に作成した第3遺言を取リ消す(撤回する)内容のものであったが,別訴で無効(意思能力欠如)が確認されている。それにもかかわらず,この判決(四ツ谷判決)も香川判決を踏襲して,遺言受益者のみによる申請で単独名義の相続登記が可能な遺言処分の存在を認め,それに伴う多くの危険性を無視した。

注2) この判決につき,裁判官出身の高名な公証人が「常識が勝った」と述べて大歓迎した(倉田卓次「判批」判タ756号101頁)ことも,わが国の選り抜きの法律実務家層の遺言観や遺言法解釈の基調を後世が知る手掛かりとして,永く記憶されるべきである。また,遺言法体系89頁以下,特に92頁[蘇山巌]も,この判決を「優れた解釈」として支持するし,同262〜64頁[田中永司]も大歓迎,同379頁以下[横山長]は判決を前提にして「相続させる」不動産処分の第三者対抗力について論じている。なお,香川判決後の下級審判決や諸文献による議論の動向については,千藤洋三「『相続させる』遺言の解釈をめぐる諸問題」関西大学法学論集48巻3=4号(1998年)335頁以下,北野俊光「『相続させる』旨の遺言の実務上の問題点」久貴編・遺言と遺留分(1)133頁以下参照。
 この処分が遺産分割に当たるのなら,本文でも述べたように,協議分割による移転登記には要求される共同相続人の印鑑証明や登録印を押捺した文書がこの処分による移転登記には何故に不必要なのかも問われてよい。協議分割の効果も相続開始時に遡るので(909条),かつては共同相続人の印鑑証明等は不必要とされていたが,それでは捏造文書による単独相続登記がなされやすいことが認識されて,現在のやり方に変わったのである。

なお,公証人とは,当事者等の嘱託により法律行為その他私権に関する事実について公正証書を作成し,また私署証書や定款に認証を与える権限をもつ者をいう〔公証1〕。公証人法(明治41法53)がその任免・監督・懲戒,職務内容等について規律している。公証人は,法務大臣によって任命され,法務局又は地方法務局に所属し〔公証10・11〕,法務大臣の監督下に置かれる〔公証74・81〕。公証人の執務は,公証人が所属する機関の管轄区域内に限られ,かつ,公証人役場で行われる〔公証17・18〕(金子宏・新堂幸司・平井宜雄編『法律学小辞典』有斐閣(1999年)参照)。

しかし,公証制度の実情を見れば,わが国には公証事務の専門家養成制度がなく,その資格試験も,法律に規定されているだけで(公証12条)実際には行なわれていない。裁判官,検察官,弁護士,行政官等の職歴を持つ法律問題一般に相当の経験のある(しかし,必ずしも法曹資格を有しない)人々が公証人法の例外規定(同13条・13条ノ2)によって公証人になるのが通例である。しかし,これらの人々が遺言法に習熟しているとは限らない。むしろ,公証人になるまでは遺言法にも遺言実務にも無関係であった人々が大半を占める。遺言公正証書の作成に慎重さを欠く例が裁判に現れることが少なくないのは,正規の養成制度を欠く現在の公証人任用方法にも原因がある(伊藤昌司『相続法』有斐閣(2002年)49-50頁)。

もっとも,最高裁は,平成14年6月10日判決によって,さらに逸脱を加速させ,相続させる遺言による権利変動は,登記なくして第三者に対抗できるという立場に立つことを判示している(最二判平14・6・10判時1791号59頁,判タ1102号158頁,家月55巻77頁,金法1660号35頁,金判1154号3頁)。