(東京高裁平14(ネ)5259号 預金等払戻請求控訴事件 控訴棄却・上告)
◆遺産に属する預金等を共同相続人の一部に包括的に取得させ,遺言執行者を指定する内容の自筆証書遺言がされた場合,遺言執行の余地がなく,遺言執行者は銀行等に対し預金等の払戻しを請求することができないとされた事例
【裁判経過】原審 さいたま地判平14・8・28金法1681号38頁(さいたま地裁平13(ワ)2114号 預金等払戻請求事件 請求棄却・控訴)
【当事者】〈一部仮名〉
控訴人(原告) 甲田春子
訴訟代理人弁護士 管野悦子
被控訴人(被告) 株式会社三井住友銀行訴訟承継人 株式会社三井住友銀行(旧商号 株式会社わかしお銀行。以下「被控訴人銀行」という。)
代表者代表取締役 西川善文
被控訴人(被告) エスエムビーシーファイナンス株式会社(以下「被控訴人余杜」という。)
代表者代表取締役 宮本啓三
上記二名訴訟代理人弁護士 海老原元彦 竹内洋・馬瀬隆之・谷健太郎・上田淳史
被控訴人ら補助参加人 乙田秋男
訴訟代理人弁護士 金井塚修
1 本件控訴をいずれも棄却する。
2 控訴費用は,控訴人の負担とする。
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人銀行は,控訴人に対し,原判決別紙財産目録1記載の預金等(本件預金等)の払戻をせよ。
3 被控訴人会社は,控訴人に対し,原判決別紙財産目録2記載の抵当証券持分に係る買戻し代り金(本件買戻し代り金)を支払え。
4 訴訟費用は,第一,二審とも被控訴人らの負担とする。
5 仮執行宣言
主文同旨
1 本件は,控訴人が,控訴人の亡き母乙田花子(花子)がその遺言(本件遺言)で控訴人を遺言執行者に指定したと主張して,被控訴人銀行に対しては本件預金等の払戻しを,被控訴人会社に対しては本件買戻し代り金の支払をそれぞれ請求したのに対し,本件遺言の有効性が確定していないことを理由として,被控訴人銀行がその払戻しを,被控訴入会社がその支払をそれぞれ拒絶する事案である。
2 争いのない事実
(1) 控訴人は,平成11年11月14日死亡した花子の長女である。
(2) 花子は,被控訴人銀行に対し,本件預金等を預け入れており,また,被控訴人会社に対し,原判決別紙財産目録2記載の抵当証券持分(以下「本件持分」という,)を有していた。
(3) 本件遺言は,
「1 私は私の全財産を長女甲田春子及び次女丙田夏子に持分2分の1ずつ相続させる。
2 遺言執行者を長女甲田春子と選任する。」
旨記載された花子作成名義の平成11年5月3日付けの遺言書(本件遺言書)の内容に係るものであり,本件遺言書は,平成12年1月17日,さいたま家庭裁判所においてその検認がされた。
(4) 被控訴人ら補助参加人である花子の長男乙田秋男(秋男)は,控訴人,丙田夏子(夏子)らを相手方として本件遺言書について遺言無効確認請求訴訟(さいたま地方裁判所平成12年(ワ)第2062号)を提起し,現在係属中である。
(5) 控訴人は,花子の遺言執行者として,控訴人訴訟代理人をして,被控訴人らに対し,本件預金等の払戻し及び本件買戻し代り金の支払を求めたところ,被控訴人銀行及び被控訴人会社は,いずれも花子の相続人全員の同意がなければこれに応じられないと主張して,これを拒絶した。
3 原判決は,本件においては,控訴人が真実遺言執行者であるか否か,すなわち控訴人が遺言執行者として本件預金等の払戻しないし本件買戻し代り金を受けることができる権限を有するか否かが重要であるところ,本件遺言書が遺言公正証書ではなく,より紛争の生じやすい自筆証書による遺言書であり,控訴人は相続人の一人であって利害関係が大きいこと,被控訴人らにおいて,現に相続人間に相続についての紛議があることを了知していたことを総合すると,金融機関としては,代理人たる遺言執行者への払戻しないし支払に関し,本人である相続人全員の同意書を提出してもらうか,本件遺言書が真正に成立したことを確定する書面を提示してもらうかのいずれかによって,遺言執行者の正当権限について確認が得られなければ,仮に控訴人が,被控訴人銀行又は被控訴人会社に対する証券,通帳,当時の取引印等をそろえて提示したとしても,それを信じて払戻しないし支払に応じたことが,当然に債権の準占有者に対する支払として免責されるものということができないから,金融機関において,本件遺言書の真正成立の確定を待つか,前記同意書の提出を要請し,それらが調うまで払戻しないし支払を拒否したことは,やむを得ない旨判断し,控訴人の本件請求を棄却したので,控訴人が控訴をした。
4 上記1及び2以外の本件事案の概要は,下記5に控訴人の当審における主張を付加するほか,原判決の「事実及び理由」欄第2の2に記載のとおり(原判決2頁22行目から3頁9行目まで)であるから,これを引用する。
5 控訴人の当審における主張
遺言執行者としての控訴人は,相続人の代理人であると同時に,受益相続人の代理人でもあり,遺言執行行為の範囲を広く捉えることが遺言者の遺志にかない,かつ,遺言執行制度の立法趣旨にもかなうので,本件でも遺言執行者の職務が認められる余地はあり,控訴人が,遺言執行者としての権利に基づき,被控訴人らに対して本件預金等の払戻し及び本件買戻し代り金の支払を求めることは認められるべきである。
6 証拠関係
本件の証拠関係は,原審及び当審の訴訟記録中の各証拠関係目録記載のとおりであるから,これらを引用する。
1 本件遺言書の内容は,「私は私の全財産を長女甲田春子及ぴ次女丙田夏子に持分2分の1ずつ相続させる。」旨のものであり,この遺言条項による遺言者である花子の意思は,その子である相続人控訴人と夏子との2名に相続開始と同時に遺産分割手続を経ることなく本件のような可分の金銭債権である本件預金等,本件買戻し代り金などを含むすべての遺産を持分各2分の1の割合で包括的に取得させることにあると認めるのが相当であり,他に遺言において相続による承継を当該相続人の受諾の意思表示にかからしめるなど,直ちに相続財産の権利が承継されない特段の事情は存しないから,本件遺言が有効であるとすれぱ,その相続財産であり,かつ,可分の金銭債権である本件預金等や本件買戻し代り金について,当該相続人2名が当然に各2分の1というその持分割合に応じて分割承継してこれを取得するものというべきである。そうすると,本件預金等の払戻しや本件買戻し代り金の支形について遺言執行の余地が生じることはなく,遺言執行者は,遺言の執行として被控訴人銀行又は被控訴人会社に対し払戻し又は支払を求める権限を有し,又は義務を負うことにはならないといわざるを得ない。この点について,控訴人は,遺言執行行為の範囲を広く捉えることが遺言者の遺志にかない,かつ,遺言執行制度の立法趣旨にもかなうなどと主張するが,そのように遺言執行者による遺言執行の範囲を広く認めなげれならない合理的理由を見出ずことは困難というべきであり(すなわち,本件遺言の有効性が前提となるのであれば,その遺言書に定められた相続持分の範囲に限られるにせよ,少なくとも,控訴人や夏子は,花子の相続人として被控訴人銀行又は被控訴人会社に対し,その持分割合に応じた請求訴訟を提起することができるのであるから遺言者の遺志等にかなうことのみをもって,控訴人が花子の相続人としてではなく,遺言執行者として本件訴えを提起遂行する権限を取得する法的根拠とすることは論理の飛躍といわざるを得ないからである。),採用の限りでない。
そうすると,本件遺言が有効であることを前提としても,花子の遺言執行者であると主張する控訴人は,被控訴人らに対する本件預金等の払戻しないし本件買戻し代引金の支払を請求する訴えについて,原告適格を有するものとはいえないことになる筋合いである。
2 さらに,以上にとどまらず,そもそも,控訴人は,本件遺言の無効確認訴訟を提起している被控訴人ら補助参加人に対し本件遺言の有効を対抗し得ることを証明する文書を,被控訴人銀行に対しても,被控訴人会社に対しても,提示した事実は,いまだ存在しないのであるから,控訴人は,被控訴人銀行及び被控訴人会社に対し,控訴人が本件遺言の遺言執行者であると認めてその遺言執行に応ずるように請求することは許されないものといわなければならない。
そうすると,控訴人が本件遺言の遺言執行者であることを前提とする本件各請求は,いずれも,理由がない。
よって,控訴人の本件請求をいずれも棄却した原判決は,結論において正当であり,本件控訴は,理由がないから,いずれも棄却することとし,控訴費用の負担につき,民訴法67条1項,61条を適用して,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 雛形要松 裁判官 山崎 勉)
〈参考=原審〉
(さいたま地裁平13(ワ)2114号 預金等払戻請求事件)
【当事者】〈一部仮名〉
原告 甲田春子
同訴訟代理人弁護士 管野悦子
被告 株式会社三井住友銀行
同代表者代表取締役 西川善文
同訴訟代理人弁護士 海老原元彦
竹内 洋・馬瀬隆之
谷健太郎・上田淳史
被告 エスエムビーシーファイナンス株式会社
同代表者代表取締役 宮本敬二
同訴訟代理人弁護士 奥村裕二 本藤光隆
被告ら補助参加人 乙田秋男
同訴訟代理人弁護士 金井塚修
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
1 被告株式会社三井住友銀行(以下「被告銀行」という。)は,原告に対し,別紙財産目録《略》1記載の預金の払戻をせよ。
2 被告エスエムビーシーファイナンス株式会社(以下「被告会社」という。)は,原告に対し,別紙財産目録2記載の抵当証券持分の払戻をせよ。
本件は,原告が,乙田花子(以下「花子」という。)の遺言の執行者として,被告銀行に対しては預金の,被告会社に対しては抵当証券持分の各払戻を請求したところ,被告らにおいて拒絶した事案である。
1 争いのない事実
(1) 原告は,平成2年2月14日死亡した花子の長女である。
(2) 被告銀行は,花子から別紙財産目録1記載の預金の預け入れを受けていた。
また,花子は,同人名義で,被告会社に別紙財産目録2記載の抵当証券持分を有していた。
(3) 花子の長男乙田秋男(秋男,被告ら補助参加人)から,原告及び花子の二女丙田夏子らに対する,花子の遺言無効確認請求訴訟が係属している。
(4) 原告は花子の遺言執行者であるとして,原告訴訟代理人が,被告銀行に対し(2)記載の預金の,被告会社に対し同抵当証券持分の各払戻を求めたところ,被告らはいずれも,相続人全員の同意がなければ応じられないと対応した。
2 争点
原告の遺言執行者としての請求に対し,被告らは拒絶できるか。
(被告らの主張)
相続人または遺言執行者に対する預金等の払戻を認める確定判決がない以上,遺言執行者の払戻に関する相続人全員の同意書の作成提出を要請することは,善管注意義務を負う金融機関として極めて当然である。
(原告の主張)
原告は,さいたま家庭裁判所において平成12年1月17日検認された,花子作成名義の秘密自筆選言書(以下「本件遺言書」という。)において,遺言執行者に指定された。本件は,遺言執行者が指定されている場合であるから,相続人全員の同意が必要となる事例ではない。
原告は,被告らに対する証券,通帳,当時の取印をそろえて提示し,払戻の請求をしたのであるから,被告らが仮に権限のない者に支払をしたとしても,債権の準占有者に対する支払をしたものとして免責されるので,二重払いの危険はなく,支払拒否は理由がない。
1 《証拠略》により,本件遺言書が,平成12年1月17日,さいたま家庭裁判所において検認されたが,同遺言書において,原告が遺言執行者に指定されていることが認められ,これに反する証拠はない。
2 ところで,遺言書において遺言執行者が指定された場合には,相続人は相続財産の処分その他遺言の執行を妨げる行為をすることができず,遺言執行者は相続人の代理人とみなされるから,遺言執行者から遺言執行として預金の払戻請求があったときには,金融機関は払戻を拒むことはできない。
本件においては,原告が真実遺言執行者であるか否か,すなわち原告が遺言執行者として預金の払戻を受けることができる権限を有するか否かが重要であるところ,本件遺言書が公正証書遺言ではなく,より紛争の生じやすい秘密自筆遺言書であること,原告は相続人の一人であって利害関係が大きいこと,被告らにおいて,現に相続人間に相続についての紛議があることを了知していたことを総合して考えると,金融機関としては,代理人たる遺言執行者の払戻に関し,本人である相続人全員の同意書を提出してもらうか,本件遺言書が真正に成立したことを確定する書面を提示してもらうことによって,遺言執行者の正当権限について確認できるものであるといわざるをえない。したがって,仮に原告が,被告らに対する証券,通帳,当時の取引印等をそろえて提示したとしても,それを信じて払戻に応じたことが,当然に債権の準占有者に対する支払として免責になるものということはできないのであって,金融機関において,本件遺言書の真正成立の確定を待つか,前記同意書の提出を要請し,それらが調うまで払戻を拒否したことは,やむをえないものというべきである。
3 以上により,原告の本件請求は理由がない。
(裁判官 木本洋子)