法律要件と構成要件

被害者救済のため,不法行為の類型化を脱して一般不法行為法を発展させた民法/
犯罪の処罰と人権擁護とを調和させるため,罪刑法定主義を通じて犯罪の類型化を維持する刑法/
両者のアプローチの対比を通じて,法律要件と構成要件との異同とその理由を考察する

2001年11月29日

名古屋大学大学院法学研究科教授 加賀山 茂



はじめに


民法の条文は,「法律要件」が充足されると「法律効果」が生じるという形式で書かれることが多い。例えば,民法709条は,「故意又ハ過失ニ因リテ他人ノ権利ヲ侵害シタル者ハ之ニ因リテ生シタル損害ヲ賠償スル責ニ任ス」と規定している。民事訴訟の原告が,この規定に従って,被告の「故意又は過失」,「被告の行為と損害発生との間の因果関係」,原告の「権利侵害」という法律要件に該当する事実(これを「要件事実」と呼んでいる)を証明したときは,法律効果に則して,被告(加害者)は損害賠償責任を負い,原告(被害者)は損害賠償請求権を取得することになる。つまり,原告は,民法の条文に書かれている「法律要件」に該当する事実(要件事実)を立証することによって,「法律効果」としての権利を主張することができることになる(民事訴訟規則53条参照)。

これに対して,刑事訴訟においては,検察官が,被告人の犯罪の成立するために主張・立証しなければならない事実のことを公訴事実(刑事訴訟法256条)と呼んでいる。検察官は,公訴を提起する場合に,起訴状を裁判所に提出するが,その起訴状には,公訴事実を訴因(具体的な犯罪事実)を明示して記載するとともに(刑事訴訟法256条3項),適用されるべき罰条(条文)を示して記載しなければならない(刑事訴訟法256条4項)。つまり,検察官は,刑法上規定される各「構成要件」に該当するような具体的事実を,日時・場所・方法等により特定し,法的に構成しなければならないのである。

それでは,民法の法律要件と刑法の構成要件とはどのような差異があるのであろうか。比較を容易にするために,ここでは,民法の不法行為の法律要件と刑法の構成要件の差異について考察することにする。


日本民法における一般不法行為の構造と歴史的背景


わが国の不法行為の要件を,要件事実の証明責任を考慮して,(1)成立要件,(2)成立障害・減免要件,(3)消滅要件の3つに分類して記述してみよう。

このような三要件分類の観点から眺めると,わが国の不法行為法は,以下のような構造を持つものとして体系的に記述することができる。

わが国の民法をどのように体系的に記述するかについては,さまざまな説が存在するが,わが国の民法の特色が,一般不法行為という条文を有していることにあることについては,異論がない。これは,歴史の産物であり,多分,民法の中でも,最も進化した形態に属する(不法行為に関するローマ法,英米法,ドイツ法,フランス法の概括的な比較に関しては,四宮・不法行為法274頁参照)。

不法行為法は,他の民法の領域と同様に,ローマ法にその起源を持つが,ローマ法は,窃盗,強盗,人格侵害,強迫等の個別の不法行為法に対する法を有していたが,決して,一般不法行為という概念を持つことはなかった(原田・史的素描337-338頁)。ローマ法の系統を受け継ぐ英米法においても,不法行為は,複数形のtortsと用語で表現されてきた。不法行為をあらわすものとして,単数形のtortという用語が使われるようになったのは,最近のことに過ぎない。

一般不法行為という概念は,17世紀のグロチウス(Grotius)をはじめとする自然法学者の努力によって形成されたものであり(原田・史的素描374-376頁),自然法学者であるドマ(Domat)の影響を受けた19世紀初めのフランス民法がはじめてこれを採用し,わが国もこれにならったという経緯がある。


一般不法行為法の利点と一般不法行為の形成を妨げる要因


ローマ法のように個別的な不法行為類型しか持たない不法行為法においては,被害者救済は壁に突き当たる。なぜなら,時代の変化とともに,個別的な既存の不法行為類型では対応できない新しいタイプの被害が不可避的に発生するからである。既存の類型では,そのような被害の救済は不可能であるし,仮に速やかな法改正が行われたとしても,救済されない被害者がどうしても発生する。

個別類型しか有しない不法行為法の弊害

この点,フランス民法やこれにならって一般不法行為規定を持つわが国の民法の場合には,新しいタイプの不法行為が発生した場合でも,被害者の救済が可能となる。わが国の歴史を見ても,公害事件,製造物責任事件,悪徳商法事件,金融商品による被害事件など,新しい被害が生じた場合には,常に一般不法行為である民法709条によって被害救済の突破口が切り開かれ,被害者救済が実現されている。

個別的不法行為を超える一般不法行為法の利点

それでは,なぜ,ローマ法やこの系譜を引く英米法やドイツ法における不法行為法においては,一般不法行為法ではなく,個別的な不法行為類型による救済方法を採用してきたのであろうか。

まず,ローマ法では,不法行為法の目的が,被害者救済よりも加害者に対する処罰に重点が置かれていたことが原因となってるように思われる。原田・史的素描338頁は,この点を以下のように鋭く分析している。

ローマ法の不法行為の訴権の目的とするところは,罰金(poena)の追求にあって,賠償の請求にあるのではない。仮令被害者に支払はる可き罰金が,経済的に見て,多分に損害賠償の作用を果すことがあっても,これは単なる第二次的な結果であって,被害者の要求するものは,加害者処罰の意味を主とする罰金の取得である。

被害者救済に徹する場合には,一般不法行為法を設けることが最良の選択である。しかし,ローマの不法行為法は,刑法に近い性質をもっていた。そして,不法行為法に罰金や刑事罰が混在する法制の下では,一般不法行為法を設けることは,人権擁護の観点から問題が生じる。なぜなら,一般的不法行為という観念は,「不法行為」をある種あいまいなまま拡大して,「不法行為」という一種の「犯罪」を設けることにつながる恐れがあるからである。不法行為の類型化という考えは,そのような脅威に対する防壁として働く。刑法が犯罪の成立について,犯罪の類型に従った構成要件を今なお堅持していることには,それなりの理由が存在している。

犯罪の処罰を目的とする場合の類型論の意義

いずれにせよ,一般不法行為法が正しく機能するためには,不法行為法の目的が,加害者の処罰から切り離された被害者の救済に純化されることが必要であり,そのためには,長い歴史が必要だったのである。


民法における特別不法行為の意義


わが国の民法の特色は,一般不法行為規定を有していることである。しかし,そのほかに類型化された不法行為(特別不法行為と呼ばれる)もまた規定されている。それでは,一般不法行為のほかに特別不法行為がある意味はどこにあるのだろうか。

特別不法行為の要件を充たさない場合であっても,一般不法行為の要件を満たせた被害者の救済は可能である。そうであるとすれば,特別不法行為の類型をわざわざ規定するのは,一般不法行為の要件をより厳格にする必要があるか,または,一般不法行為の要件を緩和する必要があるためである。そのような観点から,民法の特別不法行為を見てみると,そのほとんどが,被害者救済のために,証明が困難な加害者の過失,または,因果関係の一部の証明責任を加害者に転換させるなどの方法で(民法714条〜民法718条),一般不法行為の要件を変更しようとするものであることがわかる。

例えば,使用者の責任を追及する場合,民法709条によって責任を追及することも可能であるが,その場合には,被害者は,使用者の過失を直接証明しなければならない。これに反して,民法715条を援用して責任を追及する場合には,被害者は,使用者の過失を証明する必要はない。被害者が,被用者が事業の執行に際して被害者に損害を与えたことを証明しさえすれば,使用者の方で,「被用者の選任および被用者の業務の監督について相当の注意をした」ということを証明しない限り責任を免れることはできない。

同様にして,たとえば,他人の飼い犬に咬まれて怪我をしたので,その飼い主の民事責任を追及しようとする場合,もちろん一般不法行為を規定する民法709条で責任追及が可能である。しかし,その場合には,加害者である飼い主の過失を被害者が証明しなければならない。これに反して,被害者が,民法718条の動物占有者責任を援用して犬の飼主の責任を追及する場合には,被害者は,犬の飼主の過失を証明する必要がない。むしろ,犬の飼主の方で,「動物の種類及び性質に従い相当の注意をもってその保管をなした」ということを証明しない限り責任を免れることはできないのである。

一般不法行為の存在にもかかわらず,特別不法行為類型が存在する意義

このように考えると,一般不法行為を有するわが国の民法において,特別不法行為類型を維持する意義は,一般の不法行為責任の場合よりも,不法行為の成立要件について,一部の要件の証明責任を軽減する等,一般不法行為よりも被害者救済を容易にするための特別の措置を講じている場合に顕著にあらわれることになる。


民法の法律要件と刑法の法律要件との異同


民法の法律要件と刑法の構成要件とは同じものの表現の違いか,それとも,本質的に異なるものかというのが,本稿における議論の出発点であった。

これまでの議論を踏まえると,民法の法律要件と刑法の構成要件の異同を明らかにすることができる。

民法における不法行為法の目的は,被害者の救済にある。その手段として採用する損害賠償請求権は,その額によっては,不法行為の抑制という作用も期待できるが,それは,あくまで,二次的な作用に過ぎない。被害者の救済という観点からは,不法行為を類型的に把握するだけでは,救済を全うすることはできない。新しい不法行為に対応して,常に,被害者の救済を実現するためには,類型化を脱した一般不法行為によって,被害を救済しなければならない。

これに対して,刑法は,人権擁護の観点から,その出発点を罪刑法定主義においている。罪刑法定主義を実現するためには,犯罪類型が維持されなければならず,一般犯罪という概念によって,犯罪類型に規定されない犯罪を処罰することは許されない。したがって,刑法においては,民法のような,不法行為類型を超えた一般不法行為を観念することはできず,したがって,一般不法行為に規定された法律要件(不法行為の成立要件)によって法律効果を与えるということもできない。しかし,犯罪の存在を厳しく制限しようとする刑法の精神からは,刑の不成立の要件,刑の消滅要件については,民法と同様,一般的な要件を観念することが可能となる。

先に論じたように,民法の不法行為の法律要件は,第1に成立要件,第2に成立障害・減免要件(責任無能力,違法性阻却・責任阻却事由,過失相殺),そして第3に,消滅要件(消滅時効)から構成されている。民法と刑法に関して,それぞれの要件ごとに,その異同を考察すると以下のようになろう。

成立要件

刑法の構成要件と一般不法行為の成立要件を定める民法709条とを対比する場合,民法の法律要件と刑法の構成要件とは同じではない。なぜなら,すでに指摘したように,民法の709条の一般不法行為に該当する規定は,罪刑法定主義を採用する刑法に該当するものが存在しないからである。

刑法の構成要件と民法の不法行為の成立要件をパラレルに比較するのであれば,刑法の構成要件と,民法714条〜718条の特別不法行為の成立要件とを比較すべきである。この場合は,構成要件と成立要件とは,同じ性質をもったものと理解することができる。

成立障害・減免要件

これに反して,民法の712条,713条,民法720条のような,不法行為の成立障害・減免要件に関しては,刑法にも同様の規定が存在する。むしろ,刑法の刑の不成立・減免要件(特に,刑法35条〜41条)を民法が成立障害・減免要件として取り入れたというのが正確であろう。なぜ,この点で,民法と刑法とが同様の要件を持っているかというと,不法行為の成立障害・減免要件に該当する,刑の不成立・減免要件とは,ともに,罪刑法定主義の精神に合致しており,個別的にではなく,一般的に論ずることが可能だからである。

つまり,刑法上の犯罪成立要件に関しては個別類型ごとの要件(構成要件)だけで,一般的な成立要件がないのに,不成立の要件に関しては,一般的な要件があるということになる。その理由は,まさに,刑法の目的が犯罪の処罰にあり,したがって,刑法においては,罪刑法定主義,すなわち,犯罪の成立要件を極力限定して考察しようとする精神が,あらゆる面で尊重されているところにある。

刑法総論に規定された犯罪の不成立及び刑の減免(特に,35条〜41条)は,民法における成立障害・減免要件とほぼ同一である。

もっとも,民法が故意と過失を区別しないのに対して,刑法が原則として故意犯のみを罰するという点は異なる。しかし,責任要件の内容にはこのような差があるものの,両者ともに,一般的な責任要件を要求しており,責任要件を欠く場合(例えば,責任無能力者の行為)については,両者ともに免責を認めているという点,すなわち,一般的な成立障害・減免要件を認めているという点については,両者に差異は存在しないのである。

消滅要件

消滅要件については,刑法は刑の時効と刑の消滅だけ規定して,公訴時効については刑事訴訟法(250条〜255条)にゆだねているため,民法と刑法では,問題を同一平面で捉えることができない。

しかし,消滅要件も,犯罪の存在要件を厳しく制限しようとする考え方からは,成立要件の場合とは異なり,むしろ,成立障害・減免要件と同様に,刑法においても,一般的に論じることが可能な側面である。したがって,民法の消滅要件と刑事訴訟法を含めた刑法の消滅要件を比較することは,不可能なことではないし,そのような作業を行った結果は,成立障害・減免要件の場合に示したのと同様,細かな差異はあるものの,消滅要件についても,総論規定が有効に存在するという点に関しては,大きな差はないと予想することができよう。


おわりに


民法の不法行為法における法律要件と刑法の構成要件を含めた,刑の不成立・減免要件,刑の消滅要件を比較した結果は,以下の表のようにまとめることができる。

刑法の構成要件等と民法の法律要件との対比
刑法 民法
概念 条文 概念 条文
一般要件 成立要件(存在せず) 成立(発生)要件 民法709条
不成立要件 刑法35条〜41条 成立(発生)障害要件 民法712条,713条,720条
消滅要件 刑法31条〜34条の2 消滅要件 民法722条2項,724条
個別要件 構成要件 刑法77条以下 個別的な成立要件 民法714条〜719条

民法の法律要件と刑法の構成要件だけを比較すれば,その差は大きいが(刑法には,民法709条のような一般成立要件存在しない),構成要件だけでなく,刑法の刑の不成立・減免要件,刑の時効・消滅要件等を含めて総合的に考察すると,民法の法律要件と刑法の構成要件・不成立要件・消滅要件は,裁判の開始,証明,判決に至る過程において,主張の内容や証明主題を特定したり,判決の効力の範囲を特定するといった同様の機能を果たしていることが理解できると思われる。

法律要件と構成要件との違いは,決して,それぞれの要件の本質にあるのではない。それぞれの要件の違いは,法目的の違いから必然的に生じている差に過ぎない。つまり,不法行為法が被害者の救済を目的としているために一般不法行為の成立要件を創設しているのに対して,刑法は,犯罪の処罰を目的としているために,人権擁護の要請から,一般的な成立要件を否定し,個別犯罪類型ごとの成立要件(構成要件)を堅持している。両者のこの法目的の違いが,民法の法律要件と刑法の構成要件に,見かけ上の差を生じているに過ぎないのである。したがって,単純に,一般不法行為の成立要件と刑法の構成要件を対比するのではなく,法目的の違いを考慮して,まず,特別不法行為の成立要件と刑法の構成要件を対比し,次に,不法行為の成立障害・減免要件と刑法の刑の不成立・減免要件とを対比し,最後に,不法行為の消滅要件と刑法・刑事訴訟法の刑の消滅要件とを対比してみれば,両者に性質上の差異はないことがわかるはずである。


参考文献


原田慶吉『日本民法典の史的素描』有斐閣(1954年)

四宮和夫『不法行為』〔現代法律学全集10-A〕青林書院(1985年)