答案採点システム

法創造教育のための「公正かつ透明な」答案採点システム

− Microsoft Excelを利用した答案採点システム −

作成:2004年10月19日

名古屋大学大学院法学研究科教授 加賀山 茂



はじめに


筆者は,すでに,[加賀山・法教育改革としての法創造教育(2004)]において,法科大学院の法教育のあり方について論じている。本稿は,その続編として,法科大学院における教育目標を実現する上で不可欠の教育評価,特に,具体的な試験問題の採点を例にとって,成績評価システムのあり方を論じるとともに,「厳格な」成績評価を実現するために筆者が開発した「公正かつ透明な」答案採点システムを紹介しようとするものである。

成績評価システムとしては,最近,GPA(Grade Point Average)という国際的な成績評価システムが注目を集めている。しかし,このシステムは,A,B,C,D,Fという成績評価が厳格になされた後に,総合的な成績評価をどのようになすべきかという問題に解答を与えるに過ぎず,そもそも,A,B,C,D,Fという成績評価をいかにして厳格かつ客観的に行うかという問題については何も答えていない。本稿は,GPAが前提としている個々の成績評価の根本にまで遡って,試験の答案に対して,厳格かつ客観的な成績評価を下す方法を具体的に示そうとするものである点に特色があるといえよう。

1. 答案採点者(教員)の立場

講義に関する一連の作業,すなわち,講義の準備,実際の講義,試験問題の作成,答案の採点という作業の中で,もっともつらい作業は答案の採点,すなわち,「成績評価」であろう。

何枚もの答案を読んで,「厳格な成績評価」を行うことは,そう簡単な作業ではない。答案の枚数が多いと,採点に何日もかかってしまう。何日もかかると,たとえ,あらかじめ採点の基準を明確にしておいても,評価に微妙なずれが生じてしまう。さらに,こちらが予想もしない解答を書いた答案に出会うと,評価基準自体の変更を余儀なくされる場合もありうる。そうなると,最初から採点をやり直さなければならなくなる。

答案の採点は,実際の講義がすでに終了し,仕事をやり終えたという解放感を満喫した後の作業である。芳しくない答案に直面すると,講義の成果が思わしくなかったと反省せざるを得ないのであるが,受講生の単位の取得の可否に直接影響を与えるために,どの答案に対しても客観的な評価を行わなければならない。このように,刈り入れるのは自分の蒔いた種でもあるという事情があるため,答案を厳格に採点するという作業は,採点者にとって,大きなストレスとなるのである。

2. 答案作成者(受講生)の立場

しかし,試験勉強に励み,試験会場で熱心に答案を作成した学生の立場に立ってみれば,答案の評価は「厳格」であり,しかも,「公正かつ透明な」ものであらねばならない。たしかに,真摯に学生の答案に向かってみると,その中には,単なる単位取得の方便という目的を超えて,これまでにない全く新しい視点を発見するもの,さらには,一種の「論文作成」の域にまで到達した優れた答案も存在する。筆者の経験に照らしても,学生の答案の採点を通じて,新しい論文作成の着想を得たことが少なくない。いずれにせよ,答案の採点は,一部の教員が考えているように,「とにかく採点期日までに結果さえ出しておけばそれで済む」というようないい加減なものであってはならない。

3. 司法制度改革審(国民)の立場

司法制度改革審議会意見書−21世紀の日本を支える司法制度−(2001年)においても,教育評価に関して,以下のように,「厳格な成績評価」の「実効性を担保する仕組みを具体的に講じる」必要性が指摘されている。

4. 筆者(民法・法情報学者)の立場

答案を作成した学生の要請に応えるためには,第1に,「厳格な成績評価の実効性を担保する仕組み」として,「公正かつ透明な評価システム」が構築されなければならない。しかも,第2に,採点者のストレスをいくらかでも少なくするためには,構築される公正かつ透明なシステムが,使いやすく,さらに,面倒な採点について,ある程度,「採点の自動化」を促進してくれるものでなければならない。

以上のような困難な課題を実現するためには,コンピュータ上のスプレッドシート(例えば,Microsoft Excel)を使って,答案採点の労力を省力化することが考えられる。コンピュータを用いると,採点の集計ばかりでなく,平均点や分散を計算したり,採点の結果をグラフ化したりすることができるので,採点の偏り等をチェックするのにも有益である。

しかし,コンピュータを使って集計や統計分析を省力化するのであれば,それにとどまらず,さらに一歩を進めて,採点作業そのものを楽しくかつ客観的に行える方法を考えてみるべきであろう。特に採点のスピードアップと,採点の客観性を同時に確保する工夫ができれば,採点者のストレスも減少するものと思われる。

確かに,採点の客観化といっても,従来の考え方では,○×式や,選択肢から選択する場合とは異なり,自由記述式の問題について,採点を客観的に採点することは困難であり,採点の自動化はほぼ不可能であるとされてきた。しかし,○×式や,選択肢から選択する問題は,勘に基づいても正解にたどり着くことが不可能ではない上に,回答者の批判的な思考や創造的な思考を妨げる要因を有していることを否定できない。したがって,採点方式の最終目標は,あくまで,自由記述式の答案の客観的な採点をめざすべきである。

今回の試みは,成績の客観的は評価のためには,○×式や,選択式に頼らざるをえないという従来の常識を打破し,自由記述式の試験問題について,客観的かつ公正で透明な採点を実現しようとするものである。


T 試験問題の作成に際して考慮すべき事項


客観的な採点を実現するためには,試験問題を作成する時点から,コンピュータを使って採点することを考慮して,解答に対する評価が客観的にできる問題を考えることが重要である。

1. 法科大学院における教育目標との整合性の考慮

試験問題の意味は,個別的な単元目標や教育時期に応じて,教育目標がどの程度達成されているかを評価するものでなければならない。そして,法科大学院における教育目標が,先に述べたように,「事実に即して具体的な法的問題を解決していくために必要な法的分析能力法的議論の能力等を育成する」ことであるとするならば[改革審・意見書(2001)],試験問題も,専門的な知識が確実に習得されたかどうかを評価するに際して,単に,抽象的な知識の多寡,正確さのみを調べるのではなく[米倉・民法の教え方(2003)30頁],具体的な事実に即して具体的な法的問題を解決していくために必要な法的分析能力や法的議論の能力がどの程度習得されたかを評価すべきである。

A. 法的分析能力とは何か

法科大学院の教育目標の一つである「事実に即して具体的な法的問題を解決していくため必要な法的分析能力」とは何かを,以下の図[加賀山・法教育改革としての法創造教育(2004)694頁]を参考にして考えてみる。

図1:「ルールに基づく事実の発見」と
「事実に基づくルールの発見」の相互関係

結論を先取りすると,「法的分析能力」とは,第1に,法律要件と効果からなるルールの観点から具体的な事実の中から,重要な事実とそうでない事実を識別して,重要な事実を発見できる能力,および,第2に,発見された事実を前提にして,その事実に適用されるべき最も適切な,すなわち,その事実に関して具体的妥当性を確保できるルールを発見,または,解釈を通じて創造できる能力であると考えることができる。

このようにして,法律家が具体的な法的問題を解決するに際しては,ルールから事実を発見するプロセスと,発見された事実から,より適切なルールを再発見するというプロセスとが相互に影響を与えつつ,妥当な解決策が発見されまで,2つのプロセスが何度でも繰り返されるのである。

このような双方向のプロセスは,「発見する能力」,「要素を組み換える能力」を基盤とした「創造的な思考力」を育成する過程でもある。そして,このような従来の法的知識を「批判的に検討し,また発展させていく創造的な」プロセスを通じて,逆に,法科大学院の教育目標である「専門的な法知識を確実に習得させる」ことが可能となると考えるべきである[加賀山・法教育改革としての法創造教育(2004)695頁]。

B. 法的議論の能力とは何か

法律家の思考能力のうちで,もっとも大切な能力は,一方の立場だけに立って論理を組み立てるのではなく,まずは,原告の立場に立って,次は,被告の立場に立ってというように,立場を変えて,それぞれの立場に都合のよい理屈をすべて並べた上で,最終判断を下すという点であろう[ハフト・交渉術(1993)142頁]。

法律家に求められる「公平」とは,中立ではなく,それぞれの立場に全面的にコミットした後に,それぞれの立場を離れて判断をすることに他ならない。一方の立場を無視して中立も公平さも保てるわけがないからである。

法的議論の能力とは,したがって,上記の法的分析能力を一方的な立場で発揮するのではなく,原告・被告,それぞれの立場に立って法的分析能力を発揮し,それぞれの立場にとって,最も有利な法的解決策を発見した上で,それらを統合する第三の立場,例えば,公共の利益の増進とか,社会的弱者の保護などに立って,最終的な判断を下す能力であるということができよう。

原告・被告のそれぞれの立場を超える第三者の立場の選択に当たっては,法科大学院の教育理念の最初に掲げられた「かけがえのない人生を生きる人々の喜びや悲しみに対して深く共感しうる豊かな人間性の涵養」という考え方が,特に強調されなければならない。司法改革の理念は,まさに,法曹三者の利害を超えて,「国民の社会生活上の医師」として,「国民の期待に応える」司法制度を実現しようとするものだからである。

C. 小括−答案作成に際しての考慮事項

このように考えると,試験問題は,事例を中心にして,その事例問題を解決していくために必要な「法的分析能力」がどの程度達成されているか,また,異なる視点や異なる立場(例えば原告・被告のそれぞれの立場)に立った場合に,問題解決のあり方がどのように変化するかを見極めたうえで,具体的な妥当性を確保するという,「議論の能力」がどの程度達成されているかを見るものでなければならない。

事例問題を作成するに際しては,判例がよいヒントとなることは疑いがない。しかし,判例の多くは,世間一般の紛争類型からはかけ離れた特殊な問題であることが多いので,通常事例を踏まえて事例問題を作成することが何よりも重要である[ハフト・法律学習法(1992)145頁]。

2. 具体的な試験問題の意図とその構成

今回の試験問題の内容は,「婚姻は,両性の合意のみに基づいて成立」するとする憲法24条と,「当事者が婚姻の届出をしないとき」は,婚姻は無効となる(民法739条,742条二号)とする民法の対立を調和できるかどうかを問うものである。その際,届出のない婚姻を無効としつつも夫婦同氏を婚姻の効果とし(民法750条),成立要件とはしていない民法と,婚姻の届出の際に,夫婦の氏を夫にするか妻にするかを決めておくことを要求し(戸籍法74条),どちらの氏にするかをチェックしないと婚姻届を受理しないとする戸籍法との対立をも考慮に入れて,婚姻に関する法体系をどのように考えるかを問う問題である。

この問題を解くに際して,前提となる知識を確認する事例問題を2つ用意して,解答を求めている。第1は,婚姻の取消原因となる重婚に関する判例問題であり,第2は,婚姻の効果としての同居義務に違反する週末婚に関する事例問題である。

A. 事例1(成立障害とされる重婚と取消の不遡及)

第1の判例(離婚により解消した後の重婚の取消)の問題を解くことを通じて,民法が婚姻の成立障害要件としている重婚であっても,それは,取消原因となっているに過ぎないこと,すなわち,婚姻の取消は効力が遡らないため(民法748条),判例のような事情があって婚姻届が受理された場合には,重婚であっても有効に成立し,それが取り消されたときから将来に向かって解消されるに過ぎないことを確認する。

B. 事例2(婚姻の効果としての同居協力義務と週末婚)

第2の事例(週末婚)の問題を解くことを通じて,婚姻の効果である同居義務に違反する婚姻であっても,婚姻届は受理され,有効な婚姻であること,場合によって,それが離婚原因になるに過ぎないことを確認する。

C. 事例3(婚姻の効果としての夫婦同氏と戸籍)

以上の事例問題を前提にして,最後に,第3の事例(別氏婚)の問題を取り上げ,夫婦同氏は,婚姻の効果に過ぎないこと,夫婦の氏を夫にするか妻にするかを婚姻届の段階でチェックし,それが決まっていない場合に,婚姻届を受理しないとする戸籍上の取扱いが,「婚姻は,両性の合意のみによって成立」するとする憲法24条に違反しないかどうかを問うという構成をとっている。

図2:実施した試験問題の内容

問題は,第1の判例問題について5問(60点),第2の事例問題について1問(20点),第3の事例問題について1問(20点),合計7問(100点満点)となっている。


U 採点基準の作成と解答要旨の入力の省力化


問題の作成が終了したら,今度は,答案作成者の立場になって問題を解いてみる。そして,可能性のある解答をすべて想定して,それぞれ,出題目的に照らして,学力がどの程度まで達成しているかという採点基準を作成する。

採点基準は,事例を解決するのに適したルールを発見しているかどうか,そのルールを適用した結果が,問題の解答として適切かどうかである。今回の試験問題に関する解答の可能性と,それぞれに対する採点は以下の通りとした。

表1:採点基準
配点 事例1 事例2 事例3
問1 問2 問3 問4 問5 問6 問7
(10点満点) (10点満点) (10点満点) (10点満点) (20点満点) (20点満点) (20点満点)
重婚であっても,婚姻としては成立しているか? 婚姻取消の効力:初めに遡って無効となるか? 重婚は婚姻として有効か,無効か? 離婚後,重婚の取消を求める訴えの行方は? 重婚は婚姻の成立障害か,解消事由か? 週末婚は有効か? 夫婦の氏を空欄とする婚姻届の不受理は,違憲か?
10点 成立(憲24,効力:739|743) 取消可・不遡及(744,不遡及:748) 有効(不遡及:748) 却下(離婚準用:749) 解消事由(不遡及:748,離婚準用749) 有効(効力:739,効果:752) 違憲(憲24,民739,742,750,戸籍74)
9点 成立(憲24) 取消可・不遡及(748) 有効 却下 解消事由(不遡及:748) 有効(効果:752) 合憲(憲24,民739,742,戸籍75)
8点 成立(婚姻取消の不遡及:748) 取消可(744)・不遡及 無効(重婚の禁止:732) 解消事由(離婚準用749|有効742) 有効(効力:739) 違憲(憲24,民750,戸籍法)
7点 成立(効力:739又は743) 取消可(732)・不遡及 無効(取消可・無効:121) 棄却(離婚準用:749) 成立障害(不受理:740又は取消:744) 有効 合憲(憲24,民750,戸籍法)
6点 成立   無効 棄却 解消事由 違憲(憲24,民750)
5点 不成立(不受理:740) 取消可・無効(121) 取消(不適法婚:744) 成立障害(重婚の禁止:732) 合憲(憲24,民739|750)
3点 不成立(重婚の禁止:732) 取消不可(離婚準用:749) 取消(重婚の禁止:732) 勝訴(離婚準用:749) 成立障害 無効(合意なし:742) 違憲(憲24,民739,742)
1点 不成立 取消不可 取消 勝訴 婚姻障害 無効 合憲(憲24,民740)

採点基準は,模範解答を10点満点とし,適用の結果と適用条文のうちのそれぞれが欠けている場合に,減点を行い,最低点を1点とするという方針で行った。

そして,試験が終了するまでに,以上の採点基準に基づき,それをスプレッドシート上に展開しておいた。つまり,答案の採点に際しては,受講生の解答があらかじめ用意した選択肢のどれに該当するかを選択するだけで,自動的に採点する仕組みを作って答案の採点に備えることにした。


V 答案要旨の入力の省力化


スプレッドシート(Microsoft Excel)には,以下に示すように,採点作業表の下に,採点基準表を配置している。そして,データの入力規則のリストに下欄の採点基準表を流用している。このことによって,採点の際には,各欄のボタンをクリックすると示される採点基準のリストを選択するだけで,答案の解答要旨が入力できるような工夫を行っている。

図3:採点前に設計された成績の評価基準と評価選択肢の一部

このような工夫を行うことによって,答案の解答要旨をいちいち入力する手間を省いている。すなわち,各欄に右端のボタンをクリックすると示される採点基準表のリストを選択するだけで,答案の解答要旨を簡単に入力できる。

採点基準は,採点の前にあらかじめ作成するのが原則であるが,答案をざっと眺めてみて,解答の傾向を把握してから作成することもできる。いずれにせよ,答案の採点の過程で,あらかじめ作成した採点基準では採点できないような,予想を超える答案に出会うことも稀ではない。その場合には,採点基準の変更を行うことになるが,採点基準の変更は,入力規則を更新することによって即座にスプレッドシートに反映されるので,これまでの入力を参考にしながら,簡単に入力の訂正を行うことができる。

このように,採点基準を採点作業表とは別に作成しておくことで,答案要旨の選択肢が常に表示されるばかりでなく,採点基準を変更した場合に連動させて,答案要旨の選択肢を変更することが容易となる。


W 採点プログラムの作成


採点を実現するExcelの最も重要なマクロ(プログラム)は,K列第4行に示されている以下の1行のプログラムだけである。このプログラムをオート・フィル(Auto Fill)という方法で,L列からQ列までの素点採点欄にコピーすると,答案要旨を選択肢から選ぶだけで答案の採点が自動的に行われる。

=IF(D10=D$43,10,IF(D4=D$44,9,IF(D4=D$45,8,IF(D4=D$46,7,IF(D4=D$47,6,IF(D4=D$48,5,IF(D4=D$49,3,IF(D4=D$50,1,0))))))))

上記のプログラムを分解して解説すると以下の通りである。評価基準をそのまま答案要旨の選択肢として流用しているため,汎用性の高いプログラムにまとめることが可能となっている。

=IF(D4=D$43,10,                    ←答案要旨が選択肢の第1番目に該当する場合には,10点を与える
    IF(D4=D$44,9,                   ←答案要旨が選択肢の第2番目に該当する場合には,9点を与える
       IF(D4=D$45,8,                ←答案要旨が選択肢の第3番目に該当する場合には,8点を与える
          IF(D4=D$46,7,             ←答案要旨が選択肢の第4番目に該当する場合には,7点を与える
             IF(D4=D$47,6,          ←答案要旨が選択肢の第5番目に該当する場合には,6点を与える
                IF(D4=D$48,5,       ← 答案要旨が選択肢の第6番目に該当する場合には,5点を与える
                   IF(D4=D$49,3,    ← 答案要旨が選択肢の第7番目に該当する場合には,3点を与える
                      IF(D4=D$50,1, ←答案要旨画選択肢の第8番目に該当する場合には,1点を与える
                          0)))))))) ←答案要旨がいずれの選択肢にも該当しない場合には,0点とする

図4:評価選択肢を選んだ場合に採点が実行されるプログラムの実装

上記の各問の素点を集計し,20点満点の場合は2倍して総合計点を作成するマクロ(=SUM(K4,L4,M4,N4,O4*2,P4*2,Q4*2))を書けば,採点表はほぼ完成する。

なお,今回は,得点の分布を作成するために,以下のように,GPA(Grade Point Average)に則った評価グループを定義している。

=IF(C4>=90,"A",IF(C4>=80,"B",IF(C4>=70,"C",IF(C4>=60,"D","F"))))

また,得点分布が目で見えるように,得点分布表を作成するマクロ(=COUNTIF($B$4:$B$41,K45))を作成している。これで,答案の採点に関するすべてのプログラムが完成する。


X 採点の実行


回収した答案を読みながら,解答者が,各問に関して,結局どのような結論を述べ,その根拠としていかなる条文を適用しようとしているのかを読み取り,解答要旨をあらかじめ用意した選択肢の中から選択し,ボタンをクリックするだけで,入力を完成するという方法で,採点を実行していく。各問に関する解答要旨を入力するたびに採点が実現され,合計点も自動計算されるので,採点が非常にスムーズに進行する。

何度か予期せぬ答案に遭遇し,採点基準の見直しを余儀なくされたが,採点基準を変更した場合でも,その問題についてのみ,以前の答案の入力を参考にして,選択をやり直すだけで済むので,最小限の労力で訂正が可能である。

図5:評価選択肢を選択しながら採点を行いそれが終了した瞬間。
その時点で,すでに,得点の集計と,得点分布が示されている。

採点が終了した時点で,得点の分布と,以下に示す,採点の報告書が作成された。この作業を通じて,筆者の作成した答案採点システムが,厳格な成績評価を実現すると同時に,公正かつ透明な成績評価に資することを確信することができた。なお,受講生の人数が38名と少なかったこともあり,採点は,プログラムの作成を含め,答案の回収から報告書の作成まで,2日で終了することができた。


Y 採点結果の開示


採点終了後に,採点結果を印刷すると以下の通りとなる。個人情報を保護するために,個人を特定できる情報を削除し,番号自体も,成績順にソートすることによって,意味を失わせている。

この答案採点表の特色は,答案を作成した受講者の答案の要旨がすべて示されていること,その上で,それが,採点基準に合わせて厳格に採点されていること,さらに,得点分布がグラフで示されていることである。

図6:採点結果のイメージ(情報開示の見本)
評価基準,評価基準に従った採点プロセス,採点結果ならびに成績分布がすべて示される

将来,すべての試験に関して,試験問題と各個人の採点結果ばかりでなく,採点基準の公開が求められるようになることは確実である。今回紹介した答案採点システムは,来るべき個人情報の開示請求に対しても,問題なく対応できるものと思われる。


Z 答案採点システムと第三者評価との関係


従来の考え方によれば,採点の客観化といえば,自由記述式の答案の場合には,一人による採点をあきらめ,複数人による共同採点システムを利用するか(広い意味での第三者評価方式),自由記述式の答案をあきらめ,○×式や,選択肢から選択する方式(いわゆる客観テスト方式)を採用することを意味していた。

今回,筆者が提案する「公正かつ透明な」答案採点システムは,従来の考え方を克服し,自由記述式の答案に対して,一人の採点者によって,採点の客観化,すなわち,「厳格な」成績評価を実現しようとするものである。

もちろん,筆者も,「厳格な」成績評価のために,客観テスト方式を採用したり,複数人が同時に採点を行うことによって,採点のブレを修正するという広い意味での第三者評価方式を否定するものではない。

しかし,客観テスト方式は,○×式にせよ,選択肢式にせよ,勘によっても正解を得ることができるという短所を有している。また,自由記述式の答案について採用される複数人による採点は,人的資源が確保できないため,入学試験などの一部の試験の採点にしか利用できないという短所をもっている。しかも,複数人による採点の場合,各採点者の採点方法が客観化されていないままに,複数の人が採点をし,それぞれが調整しあったとしても,決して,採点の客観化が実現したことにはならないことに留意する必要がある。なぜなら,調整する前の複数人のうちのただ一人の評価が正しく,複数人の調整によって,むしろ,採点が悪い方向にゆがめられることがありうるからである。

今回の試みは,自由記述式の試験問題について,客観的かつ公正で透明な採点を実現しようとするものであり,客観的な採点を担保するために,必ずしも,複数人による採点を必要としないことを明らかにした点で,意味を有すると考える。

しかし,もしも,このシステムを複数の採点者が利用することによって採点する環境が整っている場合には,従来のような妥協による客観化ではなく,採点結果の違いが出た場合に,採点基準そのものを客観化する方法が採用されることになり,答案採点の真の客観化を実現できるようになると思われる。


結論


法科大学院における教育目標を実現する上で,不可欠の教育評価,特に,成績評価を例にとって,「厳格な成績評価」の実効性を担保する仕組みとして,筆者が実際に開発した「公正かつ透明な」答案採点システムの具体的な構築方法を含めて,「公正かつ透明な成績評価システム」のあり方について論じた。

筆者の提案する「公正かつ透明な」答案採点システムは,Microsoft社のExcel上に簡単なマクロ(プログラム)をおくことによって,自由記述式の答案の採点を効率化するとともに,答案に対する評価基準の表を答案の解答要旨の選択肢として流用することを通じて,答案要旨の入力を省力化し,同時に,その後の自動的な採点を実現するものである。

筆者の提案する答案採点システムを利用した場合,採点が終了すると同時に,採点結果が,答案の要旨,採点の評価基準,採点基準に基づいた客観的な採点プロセス,得点分布のグラフとともに出力される。このため,将来的に予想される個人情報の開示請求にも,完全に対応することが可能となる。

今回の「公正かつ透明な」答案採点システムの実現により,これまで,厳正な成績評価を実現するために,解答の自由記述式をあきらめて,いわゆる客観テスト方式を採用せざるを得なかったり,複数の採点者を調達して,それぞれの採点結果をもとに採点を調整するという方式を採用せざるを得ないという不都合が改善されることになり,ひとりで,自由記述式の答案を客観的に採点することが可能となろう。

そのうえ,もしも,この答案採点システムを複数の採点者が利用することによって採点する環境が整っている場合には,従来のような妥協による客観化ではなく,採点結果の違いが出た場合に,採点基準そのものを客観化する方法が採用されることになり,答案採点の真の客観化を実現できるようになることも期待できると思われる。


参考文献


[ハフト・法律学習法(1992)]
フリチョフ・ハフト/平野敏彦訳『レトリック流法律学習法』〔レトリック研究会叢書2〕木鐸社(1992年)。
[ハフト・交渉術(1993)]
フリチョフ・ハフト/服部高宏訳『レトリック流交渉術』木鐸社(1993年)。
[改革審・意見書(2001)]
司法制度改革審議会『意見書−21世紀の日本を支える司法制度』(2001年6月12日)。
 (和文)http://www.kantei.go.jp/jp/sihouseido/report/ikensyo/index.html
 (English)http://www.kantei.go.jp/foreign/judiciary/2001/0612report.html
[米倉・民法の教え方(2003)]
米倉明「ロースクール1年生(法学未修者)に対する民法の教え方−ひとつの覚書−」日弁連法務研究財団『法科大学院における教育方法』商事法務(2003)1-24頁。
[加賀山・法教育改革としての法創造教育(2004)]
加賀山茂「法教育改革としての法創造教育 −創設される法科大学院における法教育方法論−」名大法政論集201号(2004年)691-744頁
http://www.lawschool-jp.com/kagayama/case_method/2003/creative_education/legal_education_reform_j.html