第11回 事実婚の実態と成立要件

- 法律婚との対比による事実婚(憲法婚)の特色と優位性 −

2004年5月18日

名古屋大学大学院法学研究科教授 加賀山 茂


講義のねらい


第6回の講義(婚姻の効力(身分的効力))で,婚姻が有効に成立するためには,「当事者間に真に社会観念上夫婦であると認められる関係の設定を欲する効果意思」が必要であり,「たとえ婚姻の届出自体については当事者間に意思の合致があったとしても,それが単に他の目的を達するため(子の嫡出化を達するため)の便法として仮託されたものに過ぎないときは,婚姻は効力を生じない。」とした最高裁の判例(最二判昭44・10・31民集23巻10号1894頁)を詳しく検討した。

今回は,それとは逆に,「当事者間に真に社会観念上夫婦であると認められる関係の設定を欲する効果意思」が存在するが,婚姻届を出していないまたは婚姻届を出せない婚姻形態,すなわち,「婚姻の届出を欠くだけで夫婦共同生活体の実質を備えている婚姻形態(実質婚)」について検討する。

ところで,事実婚について論じる前に,事実婚の意味を,その他の類似の用語との比較を通じて明らかにしておく必要がある。「婚姻の届出を欠くだけで夫婦共同生活体の実質を備えている婚姻形態」(実質婚)については,これまで,さまざまな名称が用いられてきた。以下に代表的な名称とその名称の由来・観点,守備範囲,問題点を整理しておく。

「実質婚」に関する名称とその内容(範囲・ニュアンス)の異同
名称 名称の由来・観点 範囲 問題点
婚姻予約 将来結婚しようとする合意が成立した時点から,婚姻届を出すまでの過程(時間的な観点)。 婚姻の合意はあるが,挙式も同居もない段階をも含む。 法律上の保護の対象として広すぎるうえに,保護の法理としては不十分。
内縁 婚姻届を出していない又は出せないため,法律上は無効な婚姻であるが,事実上は,法律婚との実質的な差がないもの(一般的な用語法)。 挙式,または,同居を伴った夫婦関係がある。 一般的な名称のため,わかりやすいが,法律上の概念として定義しにくい。特に重婚的内縁の処理が困難。
準婚 事実上の婚姻(内縁)のうち,法律婚と同様の保護を与えるべきであるもの(法律上の保護の観点) 重婚的内縁は排除される。 名称に,法律婚に劣後するとのニュアンスがある。
事実婚 事実上の婚姻(内縁)のうち,法律婚と同様の保護を与えるべきであるものを,特別法では,「事実上婚姻関係と同様の事情にある者」と規定しているため,その用語法を採用したもの(法令用語の省略形) 範囲・内容ともに,準婚と同じ。 しかたなく内縁にとどまっているのではなく,当事者が法律婚と対等の関係として選択しているとのニュアンスがある。

最後の事実婚について補足しておく。もしも,事実婚という用語には,内縁にとどまっているのではなく,当事者が法律婚と対等の関係として選択しているとのニュアンスがあるというのであれば,「届さえ出せば,当事者の自立・対等性には頓着しない」という意味で「形式婚」の傾向を強めているいわゆる「法律婚」に対抗するものとして,「実質婚」というべきかもしれない。さらに,事実婚も,憲法24条によって認められている「合意のみによって成立する」婚姻であるとすれば,確かに,民法742条が無効な婚姻としている点で,法律婚ではないかもしれないが,「夫婦が同等の権利を有することを基本として相互の協力により維持され」ているものであれば,それは,立派な「憲法婚」というべきであろう。


演習


問1 金子宏・新堂幸司・平井宜雄編『法律学小辞典』〔第3版〕有斐閣(1999)の「内縁」に関する以下の記述(ただし,〔 〕内は,筆者が追加した)を読んで,「婚姻予約」,「内縁」,「準婚」,「事実婚」の異同について考察しなさい。

内縁
 1 意義 社会的事実としては,夫婦共同生活体の実質を備えながら,婚姻の届出を欠くために法律上の婚姻とは認められない男女の関係をいう。わが国では,かつて嫁が家風に合うかどうか分かるまでは婚姻の届出をしないとか,親の許可しない結婚は届出ができない場合があるなど,法律上の婚姻を成立させるのに多くの障害があったので,内縁関係が広く存在していた。今日ではこれらの障害は少なくなってきたが,なお,内縁関係は珍しくない。内縁は事実状態に基づいて成立するから,この事実状態を欠くようになると内縁関係も消滅する不安定さがある。
 2 判例による保護 このため,内縁を不当破棄された相手方を保護する必要から,戦前の判例は内縁を婚姻予約と解し,その不当破棄を予約不履行と構成して損害賠償責任を認めた(大連判大正4・1・26民録21・49)。最高裁判所はさらに内縁を正面から事実上の婚姻としてとらえ,法律上の婚姻の効果の大部分を準用するようになった(準婚)(最判昭和33・4・11民集12・5・789〔家族法判例百選〔第6版〕第19事件〕)。社会立法上も内縁の妻を法律上の妻と同様に取り扱う傾向にある〔労災16の2(1),健保1(2)[1]等〕。
 3 効果 法律婚だけに認められる氏(うじ)の変更〔民750〕,子の嫡出性推定〔民772〕,配偶者相続権〔民890〕は,内縁には認められない。しかし,その他の婚姻の効果,例えば同居義務〔民752〕,貞操義務,婚姻費用の分担〔民760〕などが認められる。また,相続人の不存在の場合は,特別縁故者として相続財産の分与が認められることがある〔民958の3〕。さらに,事実上夫婦と同様の関係にあった同居者として賃借権の承継〔借地借家36〕も認められている。そのほか,財産分与請求権〔民768〕や,内縁の夫が交通事故などで死亡したときの内縁の妻の損害賠償請求権などを認める傾向にある。〔筆者注:ただし,この辞典の記述の後に,財産分与請求権については,準用を否定する最高裁の判決が出されている(最一判平12・3・10民集54巻3号1040頁〔家族法判例百選〔第6版〕第20事件)〕
 4 重婚的内縁 内縁の基礎は婚姻の事実状態であるから,このような事実婚が重複して存在するとか,あるいは他の法律婚と重複する状態(いわゆる重婚的内縁)が考えられる。この場合,当の内縁にいかなる法的保護を与えるかは問題であるが,判例は,他の事実婚又は法律婚が事実上消滅状態にあるときには,内縁としての効果を認める傾向にある(最判昭和58・4・14民集37・3・270〔家族法判例百選〔第6版〕第21事件〕)。

問2 明治民法が制定されてからもかなりの期間,婚姻届を出さないカップルが多かった理由を以下の3点に整理して述べなさい(二宮周平『事実婚』〔叢書・民法総合判例研究〕一粒社(2002年)1頁参照)。

  1. 伝統的な婚姻慣行(試し婚)
  2. 民法旧規定における婚姻障害
  3. 工場・鉱山労働者層における高い内縁率

問3 婚姻の届出がなされていない婚姻形態に対して,予約の法理でこれを保護することは可能か。法理論的には,どのような問題点があるか。なお,財産法上でも,以下のように,方式の不備を補うために,予約の法理が使われる場合がある。その場合の問題点を考慮して検討しなさい。

方式等に不備がある契約,たとえば,要物契約である消費貸借契約について,目的物の引渡がない場合でも,その効力を認めるために,消費貸借の予約の法理が使われることがある(大判明45・3・16民録18輯258頁,大判大2・6・19民録19輯458頁,最三判昭37・3・13裁集民59号143頁)。また,最近問題となっている将来債権について,譲渡の対抗要件が備わっていない場合にも,その効力を認めさせるために債権譲渡の予約という法理が利用される(もっとも,最三判平13・11・27民集55巻6号1090頁は,指名債権譲渡の予約についてされた確定日付のある証書による債務者に対する通知又は債務者の承諾をもって当該予約の完結による債権譲渡の効力を第三者に対抗することはできないと判示している)。

問4 最一判昭38・9・5民集17巻8号942頁(家族法判例百選第18事件)を読んで事実を要約しなさい。

問5 本件において,最高裁が婚姻予約理論を利用した理由となった重要な点を事実の中から列挙しなさい。

問6 本件の事実では,現在においては,婚約が成立したといえるかどうかに疑問があるとされている。現代においては,本件の場合,婚約は成立しているか。また,判決が,婚約を成立しているとして扱った理由は何か。

イニシアティブを得る手段

権限の要求

権限の付与者

権限取得者

権限行使

否定的

肯定的

申込の誘引

申込の誘引

申込者

承諾者

申込の拒絶

承諾

予約

予約の申込

予約者・予約の承諾者(諾約者)

相手方・予約の申込者(要約者)

不行使・予約の解除

予約完結権の行使

問7 最二判昭33・4・11民集12巻5号789頁(家族法判例百選第19事件)を読んで,事実を要約しなさい。

問8 本件において,最高裁が,内縁の妻を婚姻の予約法理ではなく,準婚の法理を使って保護することができた理由と思われる事実を列挙しなさい。


法律婚に未来はあるか


わが国では,パートナーとの共同生活を送る場合に,法律婚を選ぶ人が圧倒的に多い。確かに,日本で暮らしていると,婚姻届を出さない事実婚は例外であり,法律婚,すなわち,婚姻届を出すのが「まとも」な結婚であると考えられがちである。

しかし,法律婚に対しては,近年になって,「性的役割強制がもっとも容易に求められる場所」である[角田・性差別と暴力(2002)]とか,「婚姻はドメスティック・バイオレンスの土壌である」[「夫(恋人)からの暴力」調査研究会・ドメスティック・バイオレンス(2002)133-138頁]とかいうような否定的な評価が法律家自身からもなされるようになりつつある。また,夫婦別姓を実現するために,法律婚を見限って,意識的に事実婚を選択するカップルも増えつつある。

わが国の婚姻制度においては,法定夫婦財産制に見られるように,夫婦を経済的に平等に扱う仕組みはほとんど用意されていない。このために,婚姻することを決意した女性は,主婦を選択すれば,経済的に夫に従属せざるをえず,共働きを選択した場合にも,賃金の男女格や長すぎる夫の労働時間等の理由により,女性だけが仕事と家事の両方をこなさざるを得ないという不利益を被ることになる。このため,女性は,婚姻後も仕事を継続しようと思えば,常に「仕事か家庭か」,「子どもをもつか,もたないかと」いう選択を迫られ,家庭のために仕事を断念したり,制限せざるを得ない状況に置かれている。さらに,いったん婚姻制度に入ってしまうと,家事・育児に協力的でない夫との関係を解消することは,そう簡単ではない。つまり,法律婚は,「いったんそれにつかまってしまえば,逃げ出すことが難しい」[角田・性差別と暴力(2002年)4頁]という点からも,働く女性にとっては,不利益の多い制度である。確かに,経済的な自立を求めない女性にとっては,法律婚は,さまざまな点で便利な制度かもしれないが,経済的な自立を志向する女性にとっては,事実婚ではなく,法律婚を選択する利益は,ほとんど存在しない。

このように考えると,男女共同参画社会における婚姻の基本型としての共働き夫婦にとっては,伝統的に男女の役割が固定化している法律婚を選択するよりも,婚姻生活において男女平等を実現できるパートナーかどうかを確かめることのできる事実婚を選択する方が,嫁姑の関係が発生しない分,夫も家事・育児に参画すべきであるとの合意を形成することが容易となる。特に,働く女性にとっては,家事や育児に平等に参画しない「不誠実な夫」との関係を即座に解消できる等の理由で,事実婚は,法律婚よりも有利であるといえよう。

さらに,世界に目を向けてみると,法律婚よりも,事実婚を選ぶ人の方が多い国も存在する。たとえば,社会福祉が充実していることで有名なスウェーデンでは,法律婚を選ぶカップルよりも事実婚を選ぶカップルの割合の方が高く,事実婚から生まれる婚外子の出生率も,約55%であって,嫡出子の出生率を上回っている。

(参照)婚外子差別と闘う会のホームページ
http://www22.big.or.jp/~konsakai/kongaishijouhou.htm

スウェーデンは,わが国と同様,高齢化が進んだ社会である(2000年で65歳以上の高齢者の人口に占める割合が,両国とも約17%)。しかし,わが国は,女性の就業率が46%と少なく,子育てに専念できるはずの主婦が多い割りには,出生率(合計特殊出生率)が,2000年で1.36,2001年では1.33まで落ち込んでおり,社会福祉の破綻を意味する少子化が大問題となっている。これに対して,スウェーデンでは,女性の社会進出が顕著(女性の就業率が75%)であり,共働きのため,子育てが困難に見えるにもかかわらず,出生率は,1999年の1.50を最低に2001年には,1.57まで回復し,少子化を克服しつつある。

なお,2000年の出生率の海外比較(厚生労働省)によると,わが国の出生率(1.36)は,米国(2.13),イギリス(1.68),フランス(1.77)より低く,ドイツ(1.36)と同じであり,イタリア(1.19),スペイン(1.20)に比べて高い。しかし,ドイツが上昇に転じているのに対して,日本は,スペイン,イタリアと同様,一貫して低下している。

こうしてみると,同じような高齢化社会にありながら,男女の賃金格差をなくし,労働時間の短縮,育児・看護休暇および保育施設を充実させることによって,男女共同参画社会を実現させ,かつ,「子育ては社会全体の責務」との認識の下で少子化に歯止めをかけたスウェーデンの制度設計は,わが国が,「男女共同参画社会基本法」の目標を実現する上でも,参考になると思われる。わが国でも,2003年7月30日に「少子化社会対策基本法」が成立し,すでに施行されているが,「父母その他の保護者が子育てについての第一義的責任を有するとの認識」から出発している上に,肝心の事業主の責務は努力義務にすぎず,道のりは遠い。

以下は,竹崎孜『スウェーデンはなぜ少子国家にならなかったのか』あけび書房(2002年)42-46頁からの引用である。この文章を読んで,人はなぜ結婚をするのか,性別による役割分担の考え方から解放され,女性の社会進出が進んだ国においては,結婚の形態として,事実婚を選ぶ人が増えてきているのはなぜなのか,考えてみよう。

人が結婚したり,共同生活のパートナーを欲するわけは何だろうか。

ウプサラ大学の家族社会学者ヤン・トロストによれば,結婚や家族の基本的役割は,子孫を残す,生活を維持する,教育や訓練をする,に大別できるとされている。

第1の子孫を残すとは,ひとの生命が無限でない以上,新たなメンバーがそこへ加わらなければ家族は自然消滅してしまうので,次に続く世代を育て上げる再生産がどうしても欠かせない要素となる。こうしたサイクルはかつての家族や部族に通用したが,現代社会においてはむしろ国家全体の存亡にかかわるものとされる。

第2には,生活維持のための食物,衣類,住居などの入手にとって家族は不可欠であって,これは経済ないし生産の活動と呼ばれる。生産は同じく家族の外でも行われて,品物やサービスの供給を行うが,消費もあわせて並行する。

第3としては,生きていくための知恵や生活のために知識を子孫へ伝える役割を家族は担うが,こうした行為は世代間での文化の伝承にもあたり,それで蓄積される情報などは進歩や発展のための原動力となっている。さらには,知識を引き継いだ次世代はそれを自分の時代へ応用しながら,あとに続く世代へ伝授していく。

ところで,現代においては,家族形成に結婚が先決とする前提がかならずしも通用しなくなってきた。共同生活が法律婚をはじめ,事実婚,同性婚,別居婚,週末婚などと,多岐にわたってあらわれたのが最大の原因である。

しかし,最近の傾向としては,生活の経済的側面を満たすのに,結婚生活やその他の共同生活を営むのではなくて,精神面の充足感から生活を共にするカップルが目立ってきた

そこで若者から寄せられた意識についての回答をまとめると,次のようになっている(『福祉』第4号,2001年,国家統計庁)。

イエス  ノー  その他
結婚は子供のため 4% 76% 20%
結婚は経済的理由から 2% 82% 16%

回答を見ると,子育てのための結婚の存在理由がほとんどなくなったといえそうだが,経済的理由での結婚のほうがそれ以上に大幅に後退している。別の調査によれば,第一子にとっての両親は3分の2が未婚のままにとどまっており,また相手の収入や資産などの経済的理由に基づいた結婚をしておらず,女性が手にした経済力を武器とする自立性がいかに高いかを裏づける。

…(中略)…

相手との人間関係の確立を試みるのに,女性が男性の社会的地位,所得,資産力にすがる気配はみられず,経済的な要素を徹底的に省いたのがまさに「精神婚」である。

すべてを本人みずからが取り決め,社会が干渉しないのはいうまでもなく,親でさえ,子供が選んだパートナーについて口出しをする立場にははい。ましてや結婚式や新婚旅行の費用を負担したり,住居や家財道具を取り揃える親の姿はどこにもみかけないし,親からの援助は若者の文化でもない。

…(中略)…

いずれにしても,共同生活の出発点は事実婚からといっても過言ではないだろう。時間が経つと結婚への手続をとるカップルも混じってくるとしても,事実婚とはパートナーとしての相手を確かめる手法であり,それだけに簡単に壊れやすい。要するに,気持ちを引き締めて,慎重に取り組まなければ,失敗は必至なだけに,たえず精神的に緊張した状態におかれる。それで手にすることのできる安定とは,精神的なものであって,経済的や物資的なものを求めているわけではけっしてない。

ただし,事実婚カップルのうち,結婚に関しては反対が60%である。それでもなお40%は結婚を肯定しており,その後の出産や進学などの生活上の変化を人生の節目ととらえ,ふたりの絆の固さを確認するひとつの形式,すなわち,結婚へ踏み切る家庭が少なからず見受けられる。

結婚している,結婚していない,あるいは離婚しているなどは,純粋に本人の意思しだいとして,例えば就職の採用面接の際に詮索されることはまったくないし,職場仲間でもプライバシー領域として話題にすることはほとんどタブーに近い。

個人を尊重するため,他人の生活へは立ち入らない,触れないのを常識としている大人の世界が影響したわけではないが,子どもたちのあいだにおいても,学校などで,クラスメートの名前が両親とは違うことについて,好奇心を抱いたり,違和感を持ったりすることはない。ひとつには,年齢がいくら低い子どもであるとしても,ひとつの人格を持った存在として認識される社会のなかでは,あくまで個人としてみなされ,もしも子どもの姓が両親の姓と違うとしても不自然だとは受け止めない

学校の社会科授業でもさまざまな家庭や家族があることを教えるため,自らとは全く似ていない家庭の様子に出合ったとしても,子供たちは特別な反応をみせない。

男女共同参画社会を実現するためには,家事にも,子供の養育にも,男女が全く平等に参画する必要がある。このためには,労働時間の短縮育児・看護休暇の充実,そして,何よりも保育施設の充実をはかる必要がある。スウェーデンやノルウェー等においては,以上の点が,高齢化社会に共通の課題であり,子育てを家族に,結局は,女性にのみに負担させることは,出生率の低下と少子化を招き,ひいては国家存亡の危機をもたらすものであると受け止められ,「子育ては社会全体の責務」であるとの合意の下に総合的な施策が講じらた。これにより,これらの国家では,共働きでも,したがって,女(男)一人でも子育てができる環境が整えられ,その結果として少子化にストップがかけられている。

高齢化と急ピッチで進むと同時に,少子化に歯止めがかからないでいるわが国においては,スウェーデンやノルウェーのように,「子育ては社会全体の責務」であるとの合意の下に,労働時間の短縮,育児・看護休暇,保育施設の充実をはかる施策を推進することが,何にもまして重要である。このような施策が講じられてこそ,女性の社会進出が促進され,男女共同参画社会の展望が開かれるとともに,婚姻して共働きをしている夫婦も,婚姻して配偶者に死別した妻(夫)も,婚姻して離婚した親も,そして,未婚の母も,すべての人が働きながら子育てが可能となるのである。

このようにして,一人でも,また,共働きでも子育てができるという環境が実現されるならば,法律婚を選択する理由は,経済的側面においては,完全に喪失する。安定的なパートナーを選択する手法としても,「いったんそれにつかまってしまえば,逃げ出すことが難しい」法律婚よりも事実婚が優れていると思われる。

経済的な面で男女の平等が実現され,かつ,一人でも,共働きでも子育てができるという環境が実現された場合に,事実婚を選択することに障害となるのは,法律婚によって利益を受けてきた男性たちによる,「正しい婚姻秩序」に引き戻そうとする妨害のみであろう。この点に関しては,[角田・性差別と暴力(2002)50-51頁]が,以下のように的確な指摘を行っている。

男性にとって,世界の秩序は男が上,女はその下,男性が頭,女性は手足という形をとってしまう。これが正しい序列であると思いこんでしまう。それが肯定される場面にはたくさん出あっても,否定される場面に出あうこととは少ない。そのため,男性にとっては,この秩序が世界の秩序である。性別役割強制の生活はそれを肯定する日常生活である。女性がこの秩序を乱したり,否定Lたりするときは,男性は力で正しい秩序の関係に引き戻そうとする。男性はこの秩序を維持するために,さまざまなカを使うつことができる。それは身体的暴力であったり,経済的支配力であったりするが,いずれもそれらのカの行使は長いこと正当視されてきた。社会での人間関係でもそれは起きる。職場のセクシュアル・ハラスメントもこの秩序違反者の女性に対する制裁の性格を持つことがある。
しかし,もっとも容易に起きるのは,結婚の中である。結婚制度は,ほとんど自動的に性別役割強制と結びつく危険性をはらんでいるからであり,そこでの男性支配は,あまりにも長いこと続いてきたために,「自然」になってしまったからである。社会にある性別役割強制が,男女が結婚という形で対になるとき,より純粋な形をとってしまうようだ。結婚するということは,夫が妻を扶養することであり,妻が夫に従うことであるという命題は,批判されずに,男女両方に受け入れられてきている。お互いにこれを利用してきたのかもしれない。もっとも近ごろは女性の方がこのからくりに気がついてしまっているが。

事実婚と法律婚との関係の考察を終えるに際して,最後に,憲法24条と民法の法律婚主義との関係について,解釈論を展開しておこう。

憲法24条1項は,「婚姻は,両性の合意のみに基づいて成立し夫婦が同等の権利を有することを基本として相互の協力により,維持されなければならない。」と規定している。これに対して,民法742条は「当事者間に婚姻をする意思がないとき」または「当事者が婚姻の届出をしないとき」は婚姻は無効とすると規定している。つまり,民法は,742条によって,法律婚には,婚姻意思と婚姻届とが必要であることを明らかにしている。

憲法24条1項は,婚姻の成立要件を「両性の合意のみ」としているため,憲法で認められている婚姻には,両性の合意も届出もある法律婚と,両性の合意のみで届出のない事実婚が含まれることになる。民法742条は,憲法24条1項を前提として,届出のない婚姻は,民法上の法律婚として認められないとしているに過ぎない。法律婚であれ,事実婚であれ,「個人の尊厳と男女の対等性が保障されている限り,等しく尊重されるべきなのである[二宮・事実婚(2002)]257頁]」。それとともに,逆から言えば,憲法上は,事実婚よりも「法律婚を優遇する必要はない[角田・性差別と暴力(2002)44頁]」ということになるはずである。

婚姻 憲法24条1項 民法742条 特色
婚姻は
 両性の合意のみ
 に基いて成立する。

 夫婦が同等の権利を
 有することを基本として,
 相互の協力により,
 維持されなければならない。
当事者間の
婚姻の合意
婚姻の届出
法律婚
 (別名:届出婚,形式婚)
当事者の経済的な自立も
家事・育児への平等な参加も
前提にしない(法律婚,準婚)。
当事者間の
婚姻の合意
婚姻の届出
法律婚としては無効
(広義の事実婚,
 または,未届婚)

(しかし,憲法上は
認められている→
 憲法婚)
内縁・準婚
意識的事実婚
 (別名:
 無届婚
 実質婚,
 憲法婚)
当事者の経済的な自立と
家事・育児への平等な参加とを
当然の前提にする
(憲法婚)。

婚姻は,国家が優遇・保護してくれるからするというものではなかろう。婚姻は,共同生活を望むパートナー同士が,同等の権利を有することを前提に,相互の協力によって維持すべきものである。国家が,法律婚か事実婚かという理由で,両者の扱いを異にすることは,憲法24条に違反すると考えるべきである。

確かに,「民法が法律婚主義を採用した結果として,婚姻関係から出生した嫡出子と婚姻外の関係から出生した非嫡出子との区別が生じ,親子関係の成立などにつき異なった規律がされ,また,内縁の配偶者には他方の配偶者の相続が認められないなどの差異が生じても,それはやむを得ない」というのが,非嫡出子の相続分差別を合憲と判断した最高裁大法廷(最大決平7・7・5民集49巻7号1789頁)の多数意見の論理である。しかし,もしも,最高裁の少数意見や通説のように,「非嫡出子に対する相続分差別に合理性がない」という判断が正しいとすれば,反対に,罪のない子に差別をもたらす原因,すなわち,民法が法律婚主義を採用していること自体が問題とされなければならない。

繰り返しになるが,憲法24条によれば,婚姻は,「合意のみに基づいて成立する」と規定されている。そうであるならば,婚姻の合意があり,かつ,その共同生活において,個人の尊厳とパートナーの対等性が相互の協力の下で維持されている限り,婚姻届のあるなしにかかわらず,それらの婚姻は等しく尊重されるべきである。共同生活の実態が同じであるにもかかわらず,婚姻届がなされている婚姻(法律婚)だけを保護する規定は,相続だけに限らず,すべて憲法に違反すると考えるべきである。

事実婚と法律婚の平等な取扱いを前提にしつつ,事実婚と法律婚との間の公正な競争関係が促進されるならば,わが国においても,遠くない将来において,夫婦の氏,夫婦財産等,重要な局面で男女平等を実現できない法律婚よりも,平等な関係を実現できるパートナーかどうかを確かめることができ,家事や育児に平等に参加しない相手から容易に逃げられる事実婚の方が優位に立つのではないかというのが筆者の考え方である。

最後に,同性同士の婚姻[角田・性差別と暴力(2002)16-36頁]についても,言及しておく。わが国の憲法は,婚姻については同性同士の婚姻を視野に入れておらず,婚姻を「両性(男女)の合意」から出発させている。しかし,同性同士の婚姻の場合には,婚姻の最大の問題点であるパートナー間の男女差別は全く問題とならない。むしろ,同性同士の婚姻の場合には,男女の組み合わせよりも,よりいっそう対等な関係でもってパートナーとしての共同生活を送るであろうことが推測される。確かに,同性同士の婚姻については,憲法上の保障がない以上,「憲法婚」という観点からは,問題解決の視点を見出すことは困難である。しかし,「自己決定や契約自由の尊重」というより広い観点,すなわち,「契約婚」という観点に立つならば,同性同士の婚姻についても,パートナーを男女の組み合わせに限定している「法律婚」や「事実婚」と同じ効果を生じさせる解釈論を展開することが可能である。この点については,相続法の講義において,法律婚と事実婚の最大の相違点として挙げられている相続権の問題を中心にして,配偶者間の関係を組合類似の契約として再構成することによって,事実婚や同性同士の婚姻(契約婚)のパートナーにも,相続権があるのとほとんど同様の解決が可能であることを論じる予定である。


参照条文


憲法

第24条 婚姻は、両性の合意のみに基いて成立し、夫婦が同等の権利を有することを基本として、相互の協力により、維持されなければならない。
(2) 配偶者の選択、財産権、相続、住居の選定、離婚並びに婚姻及び家族に関するその他の事項に関しては、法律は、個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚して、制定されなければならない。

民法

第742条【婚姻の無効】
婚姻は、左の場合に限り、無効とする。
 一 人違その他の事由によつて当事者間に婚姻をする意思がないとき。
 二 当事者が婚姻の届出をしないとき。但し、その届出が第739条第2項に掲げる条件を欠くだけであるときは、婚姻は、これがために、その効力を妨げられることがない。

男女共同参画社会基本法

前文
 我が国においては、日本国憲法 に個人の尊重と法の下の平等がうたわれ、男女平等の実現に向けた様々な取組が、国際社会における取組とも連動しつつ、着実に進められてきたが、なお一層の努力が必要とされている。
 一方、少子高齢化の進展、国内経済活動の成熟化等我が国の社会経済情勢の急速な変化に対応していく上で、男女が、互いにその人権を尊重しつつ責任も分かち合い、性別にかかわりなく、その個性と能力を十分に発揮することができる男女共同参画社会の実現は、緊要な課題となっている。
 このような状況にかんがみ、男女共同参画社会の実現を二十一世紀の我が国社会を決定する最重要課題と位置付け、社会のあらゆる分野において、男女共同参画社会の形成の促進に関する施策の推進を図っていくことが重要である。
 ここに、男女共同参画社会の形成についての基本理念を明らかにしてその方向を示し、将来に向かって国、地方公共団体及び国民の男女共同参画社会の形成に関する取組を総合的かつ計画的に推進するため、この法律を制定する。
(家庭生活における活動と他の活動の両立)
第6条 男女共同参画社会の形成は、家族を構成する男女が、相互の協力と社会の支援の下に、子の養育、家族の介護その他の家庭生活における活動について家族の一員としての役割を円滑に果たし、かつ、当該活動以外の活動を行うことができるようにすることを旨として、行われなければならない。

少子化社会対策基本法

(施策の基本理念)
第2条  少子化に対処するための施策は、父母その他の保護者が子育てについての第一義的責任を有するとの認識の下に、国民の意識の変化、生活様式の多様化等に十分留意しつつ、男女共同参画社会の形成とあいまって、家庭や子育てに夢を持ち、かつ、次代の社会を担う子どもを安心して生み、育てることができる環境を整備することを旨として講ぜられなければならない。

契約交渉段階における信義則の適用

UNIDROIT 商事契約法原則 Article 2.15 - 不誠実な交渉
 (1) 当事者は自由に交渉することができ,かつ,合意に達しないからといって責任を負うことははい。
 (2) ただし,信義誠実および公正な取引に反して交渉をし,または,信義誠実および公正な取引に反して交渉を破棄した当事者は,相手方に生じた損害を賠償する責任を負う。
 (3) 信義誠実および公正な取引に反するとは,特に,当事者の一方が,相手方と合意する意思がないにもかかわらず,交渉に入り,または,交渉を継続することをいう。

最三判昭59・9・18判時1137号51頁
  マンションの購入希望者において,その売却予定者と売買交渉に入り,その交渉過程で歯科医院とするためのスペースについて注文を出したり,レイアウト図を交付するなどしたうえ,電気容量の不足を指摘し,売却予定者が容量増加のための設計変更及び施工をすることを容認しながら,交渉開始6ヶ月後に自らの都合により契約を結ぶに至らなかったなど原判示のような事情があるときは,購入希望者は,当該契約の準備段階における信義則上の注意義務に違反したものとして,売却予定者が右設計変更及び施工をしたために被つた損害を賠償する責任を負う。

予約と手付

第556条〔売買の一方の予約〕
 (1)売買ノ一方ノ予約ハ相手方カ売買ヲ完結スル意思ヲ表示シタル時ヨリ売買ノ効力ヲ生ス
 (2)前項ノ意思表示ニ付キ期間ヲ定メサリシトキハ予約者ハ相当ノ期間ヲ定メ其期間内ニ売買ヲ完結スルヤ否ヤヲ確答スヘキ旨ヲ相手方ニ催告スルコトヲ得若シ相手方カ其期間内ニ確答ヲ為ササルトキハ予約ハ其効力ヲ失フ

第557条〔手付〕
 (1)買主カ売主ニ手附ヲ交付シタルトキハ当事者ノ一方カ契約ノ履行ニ著手スルマテハ買主ハ其手附ヲ抛棄シ売主ハ其倍額ヲ償還シテ契約ノ解除ヲ為スコトヲ得
 (2)第五百四十五条第三項〔解除と共にする損害賠償〕ノ規定ハ前項ノ場合ニハ之ヲ適用セス


参考文献


[有斐閣・法律学小事典(1999)]
金子宏・新堂幸司・平井宜雄編『法律学小辞典』〔第3版〕有斐閣(1999)
[二宮・事実婚(2002)]
二宮周平『事実婚』〔叢書・民法総合判例研究〕一粒社(2002年)
[角田・性差別と暴力(2002)]
角田由紀子『性差別と暴力 続・性の法律学』有斐閣(2002年)
[「夫(恋人)からの暴力」調査研究会・ドメスティック・バイオレンス(2002)]
「夫(恋人)からの暴力」調査研究会『ドメスティック・バイオレンス』〔新版〕有斐閣(2002)
[竹崎・スウェーデンはなぜ少子国家にならなかったのか(2002)]
竹崎孜『スウェーデンはなぜ少子国家にならなかったのか』あけび書房(2002年)