2000年11月8日
名古屋大学大学院法学研究科教授 加賀山 茂
法科大学院の教育目標は,有能な法律専門家と同じように考え,同じように行動できる人材を養成することに尽きると思われる。そうだとするならば,法律問題に直面した場合に法律専門家はどのように考え,どのように行動するのかを科学的に分析し,それと同じように考え,行動できる人材を育てることのできる教育方法を発見し,実践しなければならない。
「大学の法学部では,そのようなことも考えずにこれまで教育をしてきたのか」といわれるかもしれない。この点については,一部はその通りだと自白せざるをえない。
これまでの大学とは,神聖な学問研究の場であり,法律学とは,伝統ある研究テーマについて,または,指導教授が指定し,もしくは,認めた研究テーマについて,主として外国法との比較において研究することであり,教育とは,研究者が研究した成果を学生に教授することだったといえよう。大学での研究は,あくまで,新しい理論の創造のための研究であり,教育についても,講義は別にしても,研究指導は,法曹養成ではなく,主として研究者の養成を狙って行なわれてきたのである。
したがって,法曹教育に関しては,「大学では,きちんとした法曹教育をやってこなかったではないか。したがって,降って沸いたように話題になった法科大学院構想についても,本当に法曹教育ができるのかどうか疑問である」という批判に対して,謙虚に受け止める必要があると考えている。
大学における法曹教育は,もちろん,基本法の理解を中心に据えるべきである。しかし,基本法を理解させるためには,常に,最前線の応用問題を提示しながら基礎の理解を深めるべきである。最前線の応用問題に接して初めて,そのような問題は,特別法を駆使しても,うまく解決できるとは限らないのであり,特別法に対する理解を深めた上で,なおかつ,特別法の基礎に流れる基本法の考え方が有用であることが示されるからである。→(参照)「基本と応用はどのように関連しているのか」
これからの法学教育においては,最先端の問題を押さえた上で基本を重視した教育を行なわなければならない。そのためには,すべてを個人で解決しようとはせず,できることなら,複数の教官(この中には,実務家が入っていることが必要である)とチームを組んで,講義なり演習をすることが大切である。従来の縦割り的な講義を打開し,事例に即した,総合的な講義・演習の方法を開発すべきであろう。
最先端の実務を押さえた上で,きちんとした基礎教育を行なうためには,恒常的な実務家との連携が不可欠である。理論のない実務が正義の実現を果たせないのと同様,新鮮な実務を取り入れない法律学は腐敗せざるをえない。法律学者と法律実務家の恒常的なネットワークを実現する場が,理想の法科大学院ではないだろうか。
法的なものの考え方とは,事実を見る観点として,要件と効果の組み合わせによるルール,または,法格言的な原則を採用し,それらのルールや原則をうまく組み合わせたり,拡大,縮小,類推等の解釈技術を駆使して,問題の解決案を提示する方法論にほかならない。
英米法流の具体的問題をルールを参照しつつケースバイケースで判断するという考え方も,大陸法流のルールを重視して普遍的な思考をめざす考え方も,それらが,事実を見る観点として作用し,問題解決のよりどころとされる点では同じである。両者の違いは,前者が問題の決め手として,事実が法律要件に該当するかどうかという方法(包摂)を採用するのに対して,後者は,似ているか似ていないかを判断した上で,事実が先例に似ている場合には先例を生かし,似ていない場合には新たな法理を創造するという方法(先例拘束と法の創造)を採用する点にある。
しかし,法律専門家の思考をさらに詳しく分析すると,法律家は,上に述べたように,数少ないルールに基づいて膨大な事実の中から重要な事実を発見するという側面のほかに,新しい問題に遭遇した場合に,その問題の解決に最も適切なルールを発見したり,適切なルールが存在しない場合には,これまでのルールを変更したり,全く新しいルールを創造するという側面を持っていることが分かる。
例えば,社会の進展等により,これまでのルールや法原則ではうまい解決案が提示できなくなると,新しい観点が模索され,新しい観点が発見されると,その観点に基づくルール(仮説)が提示される。そして,新しいルールが従来のルールよりも柔軟で具体的妥当な解決が説得的に示されると,裁判官それに従って判例を変更し,また,立法者は法律を制定するという過程を通じて,パラダイムの変革が行なわれることになる。
このように考えると,法律家に必要な能力とは,以下の2つに整理することができる。
法曹に必要な能力 | 望まれる法曹像 | 科学観 | 民主主義・専門家責任 | |
---|---|---|---|---|
1 | 専門的・体系的な知識の習得し,具体的な事例に適用できる能力 | 説得力のある公平な議論ができる専門家 | 科学法則も仮説を設定し,反証されない限りで通用するに過ぎない。科学理論の選択も,論理によって行われるのではなく,理論を生み出す基本的なものの見方(パラダイム)の変革に応じて理論選択が行われるのであり,その変革の中心は「説得」以外の何ものでもない。 | 幅広い教養に裏付けられた専門性の涵養 |
2 | 似た事例を収集し,そこから具体的妥当性を確保できるルールを発見する能力 | 柔軟な思考力から導かれる社会的正義の実現 | ||
3 | 一つの結論を導くことのできるすべての議論を尽くすことのできる能力 | アカウンタビリティ | ||
4 | 社会状況,将来を見通しながら,新しいルールを構想できる能力 | 立法,政治学への橋渡し |
このような2つの能力を身につけるためには,以下のような順序に従い,無理のない方法で,上記の能力を身につける必要がある。
法律家の推論を身に付けさせるためには,以下のような段階を踏んだ教育が必要である。
アメリカのロー・スクールにおける講義(ソクラテス・メソッド) |
フランスの模擬法廷 Ecole national de la magistratureの資料より |
これらの教育を実現するために,法科大学院は以下の施設を有するものとする。
ニューヨークのペース大学の模擬法廷 | 中国社会科学院の附属法律事務所 |