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作成:2006年4月14日
明治学院大学法科大学院教授 加賀山 茂
この講義では,一定期間の占有状態の継続によって権利を取得するという取得時効と一定期間の無催告状態の継続によって債務が消滅するという消滅時効の制度について概観する。
時効制度の根拠は,ある事実状態が一定期間経過することによって,ある人に権利があるとか,ある人が義務を免れているという信頼を保護しようとする制度である。
時効とは,一定の事実状態が一定期間継続した場合に,それが真実の権利状態と一致するか否かを問わずに,その事実状態に即した権利関係が発生したもの,または,消滅したものとする制度である。時効には,権利行使の外形である占有・準占有を一定期間継続することによって所有権・その他の財産権を取得する取得時効と,権利不行使の状態が一定期間継続することによって債権その他の財産権が消滅するとされる消滅時効とがある。
時効は,一見すると,泥棒を含めて所有者でない者が所有権を取得したり,債務を踏み倒した者を含めて未だ弁済していない者が債務を免れることを認めるという,法律のイメージとはかけ離れた不道徳な制度に見える。そこで,時効はいかなる存在理由をもつのかが大いに議論されてきた。時効制度の存在理由としては,以下の3つの理由が挙げられてきた。
一定の事実関係が長く続いたときには,社会はこれを法的に正当なものと信頼してその上に種々の法律関係を築きあげるから,長期間継続した事実を尊重し,これを覆さないことにして社会の法的安定性をはかり,社会秩序を維持すべきである。
長期にわたって存在する事実状態は真実の権利関係に合致する蓋然性が高いのであるが,長い年月が経過することによって証拠が散逸し,一定の権利関係を証明することが困難であることがあるので,事実状態に即した扱いをすることによって立証の困難を救済すべきである。
特に,登記簿が正確でない土地を長年占有している所有者の保護や,債務を弁済して何年も経ったため領収書を破棄した後にさらに債務の弁済を請求された場合の弁済者の保護については,この点の考慮が重要である。
権利を行使しないで権利の上に眠っている者は保護するに値しないという,教育的理由に基づくもの。
これは,取得時効によって権利を失う所有者,消滅時効によって権利を失う債権者に焦点を当てて時効制度を説明しようとするものである。しかし,時効によって権利を取得する側からの説明にはなっていない。というのは,所有権は,他人が時効取得しない限り,権利の上に眠っていても,決して時効によって消滅することはない。それなのに,他人が目的物の占有を継続すると,それが泥棒であっても目的物の所有権を取得するため,所有権は失われてしまう。この場合,所有者はいずれの場合も,長期間にわたって権利の上に眠っているのであり,この考え方では,権利を失わない場合と失う場合とを区別することはできない。
結局,時効制度の説明としては,なぜ,権利を失うかという説明だけでなく,なぜ,所有権を取得したり,債務の弁済を免れることができるのかという,権利取得,義務免除的側面からの説明が不可欠である。「権利の上に眠る者は保護せず」という見方では,この側面についての説明はなされていない。
表1 時効制度の存在理由
時効を援用する側 (権利保護的側面) |
長期間続いた事実関係に対する信頼保護の要請 | 取得時効 | 長期の自主占有状態から生じる本権への連動の期待 |
消滅時効 | 長期の無催告状態による,債務は免除されたものとの期待 | ||
証明困難の救済 | 取得時効 | 所有権の証明(悪魔の証明)は困難 | |
消滅時効 | 弁済の証明のため,領収書を一生保管することは困難 | ||
時効を援用される側 (権利喪失的側面) |
権利の上に眠る者を保護せず | 取得時効 | − |
消滅時効 | 長期の債権不行使は,相手方に免除等の信頼を付与する |
所有者が,不動産の所有権を有することを証明するには,通常は占有の推定力(民法188条)を用いることができる。
しかし,占有の推定力は,登記には劣後するとされており,登記が不正確であって,登記によれば,他人に所有権があることになっている場合には,占有の事実のみによっては,所有権の証明をすることができない。
この場合には,所有権の取得を売買契約書によって証明することになるが,それには,売主が真の所有者であることの証明が不可欠である。しかし,売主が真の所有者であることの証明には,さらに売主の前主が真の所有者であることが必要であり,どこまで遡っても,真の権利者であることの証明は困難である。所有権の証明が「悪魔の証明」といわれる理由がここにある。
このような場合にこそ,占有の継続による所有権の取得時効が威力を発揮する。10年間,または,20年間占有を継続していることを証明すれば,民法162条の取得時効の規定により,所有権の証明が可能だからである。
このように,取得時効の規定は,真の権利者を証明窮乏から保護するために設けられた制度である。しかし,この制度は,副作用として,20年間の占有を継続しているならば,不動産の侵奪者をも所有者として認めざるを得ない。これは,権利者を保護しようとすれば,必然的に,非権利者をも保護せざるを得ないという時効制度の宿命である。
比喩的にいえば,時効制度は,副作用の強い特効薬のようなものである。真の権利が危機に瀕している場合には,裁判所は,この特効薬に頼らざるを得ない。しかし,この特効薬に頼る場合には,本来,権利のない者にも権利を与えてしまうという副作用を伴う。したがって,明白な証拠がある等の特段の事情がある場合には,時効利益の援用を権利の濫用または信義則に反するとして認めないことも必要となろう。
債権の消滅は,債務者が証明しなければならない。証明の方法は,返還された債権証書や弁済の証明書としての領収書(受取証書)によることが多く,民法も弁済者に受取証書の交付請求権(民法486条),債権証書返還請求権(民法487条)を認めている。
もしも,受取証書(領収書)がないと,弁済の証明責任は弁済者にあるため,弁済者は再度弁済を余儀なくされるおそれがある。したがって,弁済者は,消滅時効の制度がないと,領収書を死ぬまで,また,死んでからも,相続人はそれを永久に保管しなければならないことになってしまう(梅謙次郎『民法要義』巻之一(総則編)有斐閣(1896年)311頁)。
反対から言うと,消滅時効の制度は,領収書の保管限度を画するものとしての意味をもっている。つまり,真の弁済者は,消滅時効制度の下でのみ,消滅時効を経過した債権について,安心して領収書を破棄できるのである。
債務の弁済の請求がないままに長期間を経過すると,債務者は,弁済が免除されたのかという期待が大きくなる。証明の窮乏から弁済者を保護すると同時に,長年にわたる権利の不行使の結果として生じる債務者の債務免除の期待に応えるのが消滅時効の制度の存在理由である。取得時効の場合と同様,この場合においても,副作用として,弁済もしないのに債務を免れる者が出てくるのは避けられない。したがって,この場合も,取得時効の場合と同様,明白な証拠がある等の特段の事情がある場合には,時効利益の援用が信義則に反するとして認めないことも必要となろう(最三判昭51・5・25民集30巻4号554頁(民法判例百選I[第4版]2事件)参照)。
民法は,一方で,一定の事実状態が一定期間継続して時効が完成すると所有権ほかを「取得する」(民法162条),または,債権ほかは「消滅する」(167条など)とするが,他方で,時効が完成しても当事者がこれを援用しないと裁判所は「がこれによって裁判をすることができない」と規定している(民法145条)。
そこで,(A) 時効の完成によって確定的に権利の得喪が生じるのか(確定効果説),それとも,(B) 当事者の意思表示(援用,放棄)をまって,確定的に効果が生じるのか(不確定効果説)という2つの説が対立している。
不確定効果説の中では,(a) 時効の完成によって権利の得喪という効果が一応生じるが,時効の援用がないこと,または,時効の放棄によって時効の効果は生じなかったことになるとする説(解除条件説),(b) 時効の完成によって権利の得喪という効果は確定的には生じず,援用があったときに効果が確定的に生じ,時効の利益の放棄によって効果は生じないことに確定するとする説(停止条件説)が対立している。
停止条件説,解除条件説といっても,援用によって時効の効力は,その起算日に遡る(民法144条)のであり,また,時効の利益の放棄によって,時効の効力は初めに遡って効力を失う。民法が,停止条件,解除条件について,条件成就のときから効力を発生させたり,効力を失わせたりしている(民法127条)のとは異なる。
時効制度の本来の趣旨が,真の権利者を証明窮乏から保護することにあるということを考慮するならば,時効の効力が起算日に遡るという意味も,容易に理解できるであろう。したがって,時効制度は,当事者の援用・放棄をまって,真の権利者の権利を正当化したり,または,権利のない者には権利を与え,もしくは,債務のある者には債務を免れさせるために,起算日に遡ってその効力が認められている特別の制度であると理解すべきであろう。
所有権の取得時効は,一般の予想に反して,他人の物を純粋に不法に占拠・占有したという場合よりも,一見正当な権利を有している場合に問題とされることが多い。例えば,契約に基づいて目的物の引渡を受けたが目的物が他人の物である等のように権利に瑕疵があった場合とか,権利ある者から有効な契約によって不動産の引渡を受けたが,登記を経由しない間にその売主がこれを第三者に二重譲渡してしまった場合とか,さらには,境界線がはっきりしないため隣地を自己の所有地の一部であると信じて使用収益していた場合などである。
所有権の取得時効が完成するための要件は,以下に述べるように,(1) 平穏かつ公然に,目的物を自主占有すること,および,(2) 自主占有が20年または10年継続すること(時効期間の満了)の2つである。
表2 取得時効の要件
取得時効の要件 | |
---|---|
占有の態様 | 平穏かつ公然 |
自主占有 | |
目的物 | 他人の物,自分の物を問わない |
占有の継続 | 20年,10年,2年,6ヶ月,1ヶ月 |
所有権の取得時効が完成するためには,10年間または20年間にわたって「所有の意思をもって,平穏に,かつ,公然と他人の物を占有」することが必要である(民法162条)。
「所有の意思をもって」する占有,すなわち,「自主占有」の意味については,すでに詳しく論じているので,ここでは省略する。
取得時効が成立するためには,民法162条の文言通り,目的物が他人の物であることを要するかということが問題となる。
確かに自己の物を時効取得することは無意味なように思われる。例えば,有効な契約の当事者の間において,買主が売主に対して占有を理由として時効による所有権取得を主張できるとする判例(最二判昭42・7・21民集21巻6号1643頁(民法判例百選I[第4版](1996年)45事件),最一判昭和44・12・18民集23巻12号2467頁)については,学説には,こうした場合には契約法理に服せしめるべきであるとして,反対するものが多い。
しかし,所有権の帰属が問題となる場合には,当事者は係争物件について,所有者であることを主張するとともに,もしも,所有者ではないとしても,時効によって係争物件の所有権を取得していると主張することは矛盾ではない。
取得時効の重要な役割の1つが,真の所有者を保護するためであることは,すでに述べたが,むしろ,自己の物について,自己の所有権を証明できない場合に,取得時効を援用することができるところにこそ,取得時効の意義があるといえよう。
物の一部についても取得時効が認められるかという問題に関しては,独立の所有権の客体となりうるものであれば,物の一部でもさしつかえないというのが判例・学説である。たとえば,一筆の土地の一部や他人の土地に無断で植栽された樹木についても取得時効は認められうる。
直接に公の目的のために供用される個々の有体物たる公物(道路・公園・河川のような公共用物と官公署の敷地・建物のような公用物),とりわけ道路や河川敷などについて,時効が成立するかについては,学説上,公用廃止がなされない限り時効はありえないとする説と,公物についても完全な取得時効が認められるとする説とを両極として争いがある。
判例は,近時,公図上水路とされた国有地に関わる事案につき,「公共用財産が,長年の間事実上公の目的に供されることなく放置され,公共用財産としての形態・機能をまったく喪失し,その物の上に他人の平穏かつ公然の占有が継続したがそのため実際上公の目的が害されるようなこともなく,もはやその物を公共用財産として維持すべき理由がなくなった場合には,黙示的に公用が廃止されたものとしてこれにつき取得時効の成立は認められうる」として,公用廃止処分がない限り取得時効はありえないとする従来の判例を変更している(最二判昭和51・12・24民集30巻11号1104頁)。
取得時効が完成するためには,所有の意思をもってする平穏かつ公然な占有が一定期間継続することを要する。その期間,すなわち時効期間について,162条は,これを20年とし(20年の長期取得時効),占有の始めにおいて善意・無過失であったときには10年としている(10年の短期取得時効)。
占有状態は,上に述べた区別により20年もしくは10年継続しなければならない。したがって,占有者が任意に占有を中止したり,他人に占有を奪われた場合には,それまで経過した期間は無駄となる。すなわち,取得時効成立のためには改めて所定期間の占有の継続が必要となる。これを自然中断とよぶ(民法164条)。ただし,直ちに占有回収の訴えを提起して勝訴すれば占有は継続していたものとされる(民法200条,203条)。
占有の継続性については,前後両時点において占有をなした証拠があるときは,占有はその間継続したものと推定される(民法186条2項)。
占有を他人から承継した者は,自己の占有だけを主張することもできるし,前主の占有と併せて主張することもできる。併せて主張するときは,悪意,善意・有過失といった前主の占有の瑕疵も承継することとなる(民法187条)。そこで,前主の占有が善意・無過失である場合には,これを併せて主張する方が常に有利である。前主の占有が悪意もしくは善意・有過失であり,自己の占有が善意・無過失である場合には,自己の占有のみでは10年に満たないときには,前主の占有を併せて主張し,自己の占有が10年を超えているときは自己の占有のみを主張すればよい。
長期取得時効は,占有の始め善意・無過失であった場合を除き,20年占有を継続することによって完成する。
期間は,占有を開始した時から起算されるとするのが判例・通説である(最一判昭和35・7・27民集14巻10号1871頁)。これに対して,訴え提起の時から逆算して所定の期間占有していればよい,したがって,占有継続中の任意の時点を起算点として選択できるといった説も有力に主張されている。期間の計算については一般原則に従う(民法140条,141条,143条参照)。
不動産・動産を問わず,物について,占有の始め善意・無過失である場合には,10年で時効が完成すると規定する。
起草者は,動産については即時取得がなされるから短期取得時効は不要であると考えたのであるが,取引によらない動産の取得(他人の山林を自己のものと信じて伐採した場合等)については192条の適用がないという解釈に対応して,通説は,動産についても10年の短期取得時効の規定が類推適用されると解してきた。今回の民法の現代語化で,不動産と動産とを区別しないことが明文で示されることになった。
占有の始めに善意であるとは,占有の開始に当たって,所有権が自己に属することを信じていることをいう。
無過失とは,所有権が自己に属することを信ずることについて過失がないことである。たとえば,登記簿上の名義人を所有者と信じてこれから買い受けた場合は原則として無過失であるとされ(大判大正15・12・25民集5巻897頁),幼児に代わって取引する者の法定代理権に瑕疵がないことを調査しないことは過失ありとされる(大判大正2・7・2民録19輯598頁)。
なお,善意が推定されることについては明文規定があって異論はないが(186条1項),無過失が推定されるかについては学説上争いがある(188条を根拠にこれを肯定する有力説がある)。
判例は,民法162条の10年の取得時効に関しては,無過失の証明を要するとして,無過失の推定を認めない。
ただし,動産の即時取得(民法192条)に関しては,判例は,10年の取得時効の場合とは反対に,民法188条を根拠に無過失が推定されるとしている。
他人が飼育している動物であって,家畜以外の動物,例えば,他人に飼われていたスズメやカラスが逃げ出して,ある人の家に飛び込んできた場合,その人が占有を開始して1ヵ月が経過すると,その人は,その動物の所有権を取得する(民法195条)。
一般には,この規定は,即時取得(善意取得)の例外であり,動物の占有者は,占有の開始の時から所有権を取得するが,その動物が逃げ出してから1ヵ月間は,買主に所有権回復請求権を認めたものと解されている(我妻栄・有泉亨『新訂物権法』岩波書店(1983年)499頁)。
しかし,すでに所有権を失った者が無償で所有権を回復できるというのは,法律構成としてはかなり無理があり,1ヵ月間は,所有権は元の飼主にあり,したがって,元の飼主は,所有権に基づく返還請求をなしうるが,1ヵ月間を経過すると,新しい買主が時効によって所有権を取得すると構成する方が素直であろう。所有権の取得の時点が占有の開始時に遡るのは当然である(民法144条)。
そのように考えると,民法195条は,1ヵ月の短期取得時効を認めた規定であると解することが可能となる。
また,遺失物の場合には,特別法によって公告した後,6ヵ月しても所有者が不明の場合には,遺失物の拾得者はその所有権を取得する(民法240条)。また,埋蔵物の場合にも,特別法によって公告した後,6ヵ月しても所有者が不明の場合には,埋蔵物の発見者はその所有権を取得する(民法241条)。
さらには,民法193条,194条の盗品・遺失物の場合の善意取得の問題も,実は,盗品・遺失物の占有者のために2年間の短期取得時効を認める規定であると解することも可能となる。この点に関しては,動産の物権変動で詳しく論じることにする。
163条は,所有権以外の財産権についても,取得時効が成立するとしている。具体的には,地上権,地役権(ただし,民法283条により,継続かつ表現のものに限られる)などの用益物権,漁業権・鉱業権などの準物権,著作権・特許権・意匠権などの無体財産権,質権,賃借権(最三判昭和43・10・8民集22巻10号2145頁)などについて,時効取得が成立しうる。
反対に,留置権など直接法律の規定によって生ずる権利,形成権・一回的給付を目的とする債権など,継続的な準占有になじまない権利については取得時効は認められない。
消滅時効の認められる権利は,「債権」(民法167条1項)または「所有権以外の財産権」(民法167条2項)である。これらの権利は,権利不行使の状態が一定期間継続することにより消滅するとされる(民法167条)。
債権は,消滅時効にかかりうる権利のうちでもっとも典型的なものである。債権の消滅時効の制度は,債務者がすでに弁済して消滅した等,債権が存在しないのであるがそのことを立証できない場合に用いられうるものであるが,判例においては債権者が債権を行使しないまま長く放置してしまった場合に未弁済の債務者によって援用されるということが比較的多い。
債務を弁済しないにもかかわらず債権者が長い間請求をしないと,債務者は債務は免除されたのであろうとの期待を持つようになるのも当然のことであり,消滅時効は,非弁済者を債務から解放する役割も果たしている。
なお,民法は実体権である債権が時効によって消滅すると規定しているのであるが,時効によって消滅するのは,実体権が訴訟上現状変更的に主張される場合の現象形態である請求権であって,実体権たる債権そのものではないと解する説もある。
消滅時効は,権利を行使することができる時から進行する(民法166条1項)。「権利を行使することができる」とは,権利行使について,弁済期の未到来・停止条件の未成就などの法律上の障害がないことを意味する(最三判平6・2・22民集48巻2号441頁(民法判例百選I[第4版](1996年)46事件))。もっとも,債権について同時履行の抗弁権が付着している場合のように,債権者の意思によって除去できるものであるときには時効期間は進行するとされている。
最三判平19・4・24
いわゆる自動継続特約付きの定期預金契約における預金払戻請求権の消滅時効は,自動継続の取扱いがされることのなくなった満期日が到来した時から進行する。
普通の債権の消滅時効期間は,10年である(民法167条)。この原則は,民法または他の法令による特則がある場合を除き,すべての債権に適用される(重要な特則として,商行為により生じた債権の時効期間を5年とする商法522条がある)。
終身年金債権・扶養料債権のような,定期に一定の金銭その他の代替物の給付を求めることができる定期金債権(毎期に定期給付を請求する支分債権ではなく,支分債権を生ぜしめる基本債権)については,第1回の(支分権の)弁済期から20年,最後の弁済期から10年で時効が完成する(民法168条1項前段・後段)。
賃料債権・扶養料債権など,基本権である定期金債権から生ずる支分債権(いわゆる定期給付債権)のうち,支払の定期がl年以内のものは,5年で消滅時効が完成する(民法169条。ただし民法174条l項を参照)。
(i) 医師,助産師又は薬剤師の診療,助産又は調剤に関する債権,(ii) 工事の設計,施工又は監理を業とする者の工事に関する債権(起算点は工事終了の時),(iii) 弁護士・弁護士法人又は公証人が職務に関して受け取った書類に関する責任(起算点は前者について事件終了,後者について職務の執行の時)は,3年で時効が完成する(民法170,171条)。
(i) 弁護士・弁護士法人又は公証人の職務に関する債権(起算点は事件終了の時),(ii)生産者,卸売商人および小売商人が売却した産物および商品の代価債権,(iii) 自己の技能を用い,注文を受けて,物を製作し又は自己の仕事場で他人のために仕事をすることを業とする者の仕事に関する債権,(iv) 学芸又は技能の教育を行う者が生徒の教育,衣食又は寄宿の代価について有する債権は,2年で時効が完成する(民法172,173条)。
(i) 月またはこれより短い期間をもって定めた使用人の給料債権,(ii) 自己の労力の提供又は演芸を業とする者の報酬又はその供給した物の代価に係る債権,(iii) 運送賃債権,(iv) 旅館,料理店,飲食店,貸席又は娯楽場の宿泊料,飲食料,席料,入場料,消費物の代価又は立替金に係る債権,(v) 動産の損料,すなわち,短期の賃貸借に基づく賃料債権は,1年で時効が完成する(民法174条)。
民法は,債権・所有権以外の財産権は20年これを行使しないと時効により消滅するとしている(民法167条2項)。
財産権のうち,所有権のみが明文上時効の対象とならないとされているが,以下のように,解釈上,消滅時効の対象となりえないとされるものもあるので,20年の消滅時効が適用されるかどうか,具体的に考察する。
留置権,相隣関係から生じる権利,共有物分割請求権のように,一定の法律関係または事実状態があれば,必ず認められ,これがなくなれば当然消滅するという権利は,単なる不行使によって時効消滅することはない。
地上権・永小作権・地役権は,債権以外の財産権で消滅時効に服する権利として典型的なもので,20年間行使しないと時効が完成する。
抵当権・質権は,被担保債権が存続する限りは存続し,被担保債権が時効消滅すればこれとともに消滅する。しかし,抵当権については,民法396条の反対解釈により,不行使のまま20年経過すると,債務者・抵当権設定者以外の者(すなわち抵当不動産の第三取得者,後順位抵当権者など)に対しては,被担保債権と独立して時効が成立するとされている。
物権に基づく返還請求権・妨害排除請求権などは,物権から派生する権利ないし物権の効力であるから,基礎となる物権と独立に時効消滅することはないと考えられる。したがって,所有権は消滅時効の対象とならないから所有権に基づく物権的請求権は時効消滅しえない(大判大11・8・21民集1巻493頁)。
取消権・解除権・売買予約完結権などの形成権は,権利者の意思表示のみで法的効果が生ずるから時効の中断を考える余地がない。しかし,取消権のように,5年の消滅時効が成立するものもある(民法126条)。
抗弁権または抗弁的に行使される権利保証人に認められる催告の抗弁権・検索の抗弁権,同時履行の抗弁権のように,相手方の請求に対して抗弁的にしか行使しえない権利(履行拒絶権としての抗弁権)については,それ自体独立しては消滅時効の対象とはなりえない。
時効が完成するためには,時効の基礎となる一定の事実状態が一定期間継続することを必要とするが,民法は,時効の進行中に裁判上の請求がなされるなど右の事実状態と相容れない一定の事由が発生した場合に,それまで経過した期間をご破算としている。これを時効の中断(取得時効について定められている一定状態(占有)の継続の中断,すなわち,自然中断との対比で,「法定中断」)という。
表3 時効の中断の要件
時効の中断事由 | 根拠条文 | |
---|---|---|
請求 | 裁判上の請求 | 民法149条 |
支払命令の申立て | 民法150条 | |
和解のためにする呼出・任意出頭 | 民法151条 | |
破産手続参加 | 民法152条 | |
催告 | 民法153条 | |
差押え・仮差押え・仮処分 | 民法154条,民法155条 | |
承認 | 民法156条 |
債権等の一定の権利について不行使の状態が一定期間継続することにより,その権利が消滅するというのが消滅時効の趣旨である。したがって,一定の期間の間に権利の行使があれば,時効が完成しないのは,当然である。
表4 権利発生要件と権利障害要件との関係
消滅時効の完成要件としての「権利の不行使」 | 消滅時効の障害要件としての「権利の行使」 | |
条文 | 第167条(債権等の消滅時効) @債権は,10年間行使しないときは,消滅する。 A債権又は所有権以外の財産権は,20年間行使しないときは,消滅する。 |
第147条(時効の中断事由) |
実体法の考え方 | 債権は,10年間行使しないときは,時効によって消滅する。しかし10年間の間に,権利行使に類する事実(債権者による請求,差押え,仮差押え若しくは仮処分,又は債務者の承認)がある場合には時効は中断し,時効は完成しない。 時効を援用するためには,債務者は,債権者が10年間権利を行使していないことを主張しなければならない。しかし,権利の行使・不行使の証明に関しては,権利を行使したこと,または,権利の行使に類する行為があったこと(時効の中断事由)については,債権者に証明責任がある(民法167条と147条とによって,主張責任と立証責任との分離が明確に規定されている) |
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要件事実論の考え方 | 債権の時効消滅について,民法167条1項は,「十年間之ヲ行ハサルニ因リテ」と規定するが,この文言及び条文の形式からみれば,当該債権の10年間の不行使も右消滅の効果の発生要件事実となるべきもののように読める。ところが,民法147条以下の法条によれば,右10年間に当該債権に基づく請求をするなどの債権の行使は,消滅時効の中断事由とされるから,当該債権の不行使が時効消滅の要件事実ではなく,反対事実すなわち右債権の行使が時効消滅の効果の発生障害の要件事実であるとも考えられる。 しかし,債務者が右不行使について,また,債権者が右行使について,それぞれ立証責任を負うというような,論理的に相反する二つの事実のいずれにも立証責任を認める考え方は,立証責任の本質に反し,許されない。不行使,行使のいずれか一方の事実のみが要件事実であってこれについて立証責任が存在すると考えるべきである。 消滅時効については,民法147条以下に規定するような債権の行使が消滅時効の効果の発生障害の要件事実(時効の中断事由)であり,時効期間中の債権の不行使は時効消滅の要件事実とはならないと解釈し〔ている〕。 司法研修所民事裁判官室編『民事訴訟における要件事実〔第1巻〕』(1985)9頁。 |
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要件事実論の考え方に基づく条文のイメージ(現行法とは明らかに異なる) 民法167条(債権等の消滅時効) @債権は,10年間で消滅する。 A債権又は所有権以外の財産権は,20年間行使しないときは,消滅する。 B前2項の場合,以下に掲げるように,権利の行使又は権利の行使に類する行為があった場合には,時効は中断し,権利は消滅しない。 一 請求 二 差押え,仮差押え又は仮処分 三 承認 |
裁判上の請求,すなわち訴えを提起することは,時効の中断事由となる。中断の効力が生ずるのは,訴えを提起した時である(民事訴訟法235条)。もっとも,訴えが不適法として却下されたり,当事者により取り下げられた場合には中断の効力は生じない(民法149条)。
なお,裁判上の請求によって時効中断の効力が生じるのは,訴訟物(訴訟の対象)となった範囲に限られると解されているため,一部請求の場合には,残部については,時効中断の効果は及ばないとするのが判例の考え方である(最二判昭34・2・20民集13巻2号209頁(民法判例百選I[第4版](1996年)44事件))。
民事訴訟法430条以下に規定されている督促手続きによって,金銭その他の代替物または有価証券の一定数量の給付請求につき,債権者が支払命令を申し立てると,時効は中断する。中断の効力は,債務者に対する支払命令の送達があれば,申請の時に遡って生ずるというのが判例である。もっとも,支払命令送達の日から2週間以内に異議の申立てがなく仮執行宣言の申立てができるようになったにもかかわらず,債権者が法定の期間内に仮執行の申立てをなさないために支払命令が効力を失うと,時効中断の効力は生じなかったものとみなされる(民法150条)。
民事上の争いにおいて,普通裁判籍所在地の簡易裁判所に和解の申立てがなされ,当事者が呼び出され,和解が成立すると,和解の申立ての日に時効の中断が生ずる。しかし,相手方が出頭せず,あるいは和解が調わない場合には,1ヵ月以内に訴えを提起しなければ,中断の効力は生じない(民法151条)。当事者が和解のために任意出頭する場合にも和解が成立すれば,出頭の日に遡って中断の効力が生ずるものとしている。また,調停の申立ても同様に扱われている。
破産債権者が,裁判所の定める期間内に破産の配当に加入するための債権の届出(破産法228条)を行うと,この時に時効中断の効力が生ずる。ただし,債権者がこれを取り消し,あるいは請求が却下された場合には,中断効は生じない(民法152条)。破産宣告の申立て,民事訴訟法によると配当要求なども同様に解されている。
権利者が時効利益を受けるべき相手方に対してなす催告すなわち裁判外の請求(催告には特別の方式はないが,内容・配達証明郵便でなされることが多い)も時効の中断事由とされている。
しかし,6ヵ月以内に裁判上の請求・差押えといった他の強力な中断事由となる手続きをとることによって中断の効力が生ずるとされているのであるから(民法153条),催告は,いわば正規の中断方法をとるまで6ヵ月,時間かせぎをするという機能を果たす暫定的な中断事由ということができる。催告による時効の中断効は,催告が相手方に到達した時に生ずる。催告の中断効は1回限りのものである。
訴えが提起されたが取り下げられもしくは却下された場合,あるいは裁判上の請求に準ずるとはみられない場合などについて,権利の主張が継続する間,催告の効力すなわち暫定的な中断効を認めてよいのではないかとされている(いわゆる裁判上の催告)。この場合には,6ヵ月の延長期間は(最初の権利主張があった時ではなくて),権利主張の最終の時点,すなわち,取下げ・却下があった時あるいは当該訴訟の終結の時から起算されると解されている(最一判昭45・9・10民集24巻10号1389頁,最大判昭38・10・30民集17巻9号1252など)。
時効は,権利の現実的実行行為である差押え・仮差押え・仮処分によっても中断する(民法147条2号)。差押えとは,確定判決その他の債務名義(民事執行法22条)に基づいてなされる強制執行手続きの第一段階で執行機関が執行の目的物について執行債務者の処分権を制限する行為であって,執行官の占有,執行裁判所の差押命令・競売開始決定などによっておこなわれる(民事執行法122条1項・143・145条1項ほか)。担保権の実行としての競売も差押えに準じて中断効が認められる。
仮差押え・仮処分は,権利者が債務名義を得ていない段階で,強制執行もしくは権利の実現が不能もしくは著しく困難になるおそれがある場合に,これを保全するための手続きである(民事保全法20・23条)。差押え・仮差押え・仮処分が中断効を生ずるのは申立ての時であると解される。
差押え・仮差押え・仮処分は,権利者の請求によりあるいは法律の定めに従わなかったことにより取り消されたときは,時効中断の効力は生じないものとされる(民法154条)。また,これらは,物上保証人に対して差押えがなされた場合のように,義務者以外の第三者に対してなされたときは,権利者が義務者にこれを通知した後でなければ時効中断の効力は生じないものとされる(民法155条)。
時効は,時効の利益を受けるべき者が時効によって権利を失うことになる者に対してその権利の存在を認める旨を表示する観念の通知,すなわち承認によっても中断する。 承認には特別の方式を必要としない。具体的には,支払延期の懇請,債務の一部弁済(債務全部についての承認となる),利息の支払(元本債務についての承認となる),担保の提供などが承認とみられる。
承認をするには,時効利益を受ける者が相手方の権利につき処分の能力・権限のあることを必要としない(民法156条)。したがって,被保佐人でも保佐人の同意なく承認できる。しかし,管理の能力・権限は必要とするから,未成年者が承認をなすには,法定代理人の同意を要すると解されている。
時効の中断事由が生ずると,その効果として,時効の完成は阻止され,それまで経過してきた期間は無意味となる。
時効中断の効果は,原則として,当事者とその承継人(包括承継人,特定承継人)との間においてだけ生ずる(民法148条)。これを,時効中断の効力の相対的効力と呼ぶ。したがって,たとえば2人が共有する土地につきある者が占有している場合に,共有者の1人が占有者に対して時効中断の措置をとっても,他の共有者にはその効力は及ばない(民法284条2項参照。ただし民法292条はその例外を定めている)。
この相対的効力の例外としては,連帯債務における請求の絶対効(民法434条),主たる債務者に対する時効中断の保証人に対する効力(民法457条)がある。なお,取得時効についての自然中断(占有の中断)は,その性質上,すべての人に対してその効力が及ぶ。
いったん中断効が生じても,時効の基礎となる占有・準占有あるいは権利不行使の状態があらためて生じ,または,継続すると,中断事由の終了時からあらためて時効が進行することとなる(民法157条l項)。
すなわち,裁判上の請求は裁判確定の時(民法157条2項),支払命令・和解の申立てなどは確定判決と同一の効力が生じた時,破産手続き参加は破産手続き終了の時,催告はその後補強的にとられた中断事由の終了の時,差押え等はその手続き終了の時(例えば,抵当権の実行の場合は競落代金受領の時,金銭債権に対する差押えの場合は転付命令の時),承認はそれが相手方に到達した時から,新たに時効が進行することとなり,所定の時効期間が経過すると時効が完成することとなる。
時効の完成間際に,天災・事変など時効の中断を著しく困難にする一定の事由が発生したり,そのような事由が存在するときは,時効によって不利益を被る者の保護のために,その事由の消滅後,一定期間が経過するまで時効の完成を猶予する(それまで経過した期間をご破算とするのではない)ことを認めている。これを時効の停止という。
時効は,当事者が援用しないと裁判所はこれによって裁判をすることができないものとされている。そこで,なぜ援用が必要とされているのか,援用することができるのはいかなる者か,援用はいつまですることができるのか,時効の利益を放棄することはできるのかが問題となる。
時効を法的にどのように構成するかについては,大きくは実体法説と訴訟法説とに分かれ,大いに争われている。そして,それぞれにより,援用の意義についても理解を異にしている。
第一に,時効の効果として実体法上の権利の得喪を生ずるとみるいわゆる実体法説において,すでに見てきたように,まず確定効果説は,援用を訴訟上の攻撃防禦方法にすぎないとみている。これと異なり不確定効果説は,解除条件説も停止条件説も,援用を時効利益を享受しようとの当事者の実体法上の意思表示ととらえている。
第二に,時効をもっぱら訴訟法上の制度とみる訴訟法説においては,援用を期間の経過による権利の得喪という法定の証拠を裁判所に提出する行為とみている。
時効制度の存在理由を,一定期間継続した事実関係から生じた信頼(本権への期待,債務の免除)を保護し,証明の困難から真の権利者を保護することにあると考える立場に立つならば,そのような信頼保護の要請も,証明困難の問題も生じないような特別の場合には,時効の成立を認めない方が衡平に合致する場合が存在する。
時効には,当事者の援用が必要であるとしておくと,そのような衡平でない事態を当事者の自発的な判断で回避することが可能であるし,裁判所としても,そのような場合に時効を援用することは信義則に反して許されないとすることが,一般の権利・義務の関係の場合よりも容易になる(最三判昭51・5・25民集30巻4号554頁(民法判例百選I[第4版](1996年)2事件))。つまり,時効に援用が必要とされる理由は,裁判所が,特別の場合に,時効の援用を信義則に照らして許されないとする余地を残しておく点に存すると思われる。
民法145条は,時効の援用をなしうる者(いわゆる時効の援用権者)について,「当事者」としか規定していない。そこで,その範囲をどう定式化するか,個々の場合について具体的にどう考えたらよいのかが問題となる。
まず,判例は,「当事者」を「時効により直接に利益を受ける者」,すなわち取得時効により権利を取得しまたは消滅時効により権利の制限または義務を免れる者およびその承継人に限定してきた(直接受益者説(大判明43・l・25民録16輯22頁など))。具体的には,消滅時効にかかった債務についての連帯保証人,保証人などは当初より援用権者であるとされてきたが,反対に,抵当不動産の第三取得者,再売買の予約完結権の仮登記のある不動産の所有権を取得した者(大判昭9・5・2民集13巻670頁),物上保証人,表見相続人から相続財産を譲り受けた者(相続回復請求権の消滅時効),詐害行為の受益者などは,「間接に利益を受けるべき者」に過ぎないとして,時効の援用をなしうる者とは認められなかった。その理由は,時効によって直接利益を受ける者(例えば債務者)が時効を援用しないのに,時効によって間接に利益を受けるに過ぎない者(例えば物上保証人)に時効の援用が認められるならば,債権者は主たる債権を有しているにもかかわらず,従たる抵当権を失うというような不都合が生じるからであるとされてきた。
これに対し学説は,かつては判例を支持する説が有力であったが,最近では,むしろ「当事者」の範囲についての判例のような制限は狭過ぎると批判し,これを拡大すべきであるとしている。すなわち,「時効によって直接権利を取得し義務を免れる者のほか,この権利・義務に基づいて権利を取得し義務を免れる者(我妻栄『新訂民法総則』岩波書店(1965年)446頁)」は,時効の援用をなしうる者であるとしている。
こうした学説の影響を受けて,最近の判例は,「直接利益を受ける者」という従来の定式は維持しながらも,かつてに比べ「当事者」の範囲を拡大する傾向を示すようになっている。
具体的には,他人の債務のために自己所有物を譲渡担保に供した者(最二判昭42・10・27民集21巻8号2110頁),他人の債務のために自己所有の不動産に抵当権を設定した者(物上保証人)(最二判昭42・10・27民集21巻8号2110頁,最一判昭43・9・26民集22巻9号2002頁),抵当不動産の第三取得者(最二判昭48・12・14民集27巻11号1586頁),仮登記担保権付の不動産の第三取得者(最三判昭60・11・26民集39巻7号1701頁),売買予約に基づく仮登記のある不動産に関する予約完結権の消滅時効につき抵当権者(最三判平2・6・5民集44巻4号599頁)および第三取得者(最一判平4・3・19民集46巻3号222頁(民法判例百選I[第4版](1996年)42事件))を時効の援用権者として認めている。
ただし,判例による「直接の利益を受ける者」の解釈の範囲の拡大にも限度があり,最近の判例においても,後順位抵当権者に対しては,時効の援用権を認めていない(最一判平11・11・9民集53巻7号1190頁)。
もっとも,時効援用権の代位行使(民法423条)を認める判例もある(最一判昭43・9・26民集22巻9号2002頁(反対意見がある))。このため,後順位抵当権者による時効の援用権を制限したところで,後順位抵当権者が債権者として債務者の時効援用権を代位行使できるとすれば,そのような制限は,余り意味がないともいえよう。
なお,消滅時効の場合とは反対に,取得時効の援用については,判例は援用権者の範囲を制限する傾向にあり,係争土地を時効取得すべき者またはその承継人から右土地上の建物を賃借している者は,取得時効の援用をすることができないとしている(最三判昭44・7・15民集23巻8号1520頁)。
時効の利益は,あらかじめ放棄することはできない。事前の放棄を認めると,とくに消滅時効の場合に債権者が取引上の有利な立場を利用して債務者に放棄をさせるという不合理な結果を生ずるおそれがあるからである。
したがって,時効が完成した後における放棄は許される(民法146条の反対解釈)。時効完成後に債務者が任意に債務を弁済するというのがその典型例である。
これに対して,債務者が時効の完成を知らずに債務の承認や一部弁済をした場合には,債務者に時効利益を放棄するという意思が欠けている。しかし,すでに時効の存在理由の箇所(152頁)で示したように,消滅時効の制度が,長期の無催告状態から生じる債務は免除されたとの債務者の期待の保護(信頼の保護)にあることを考慮するならば,時効完成の事実を知らずに,債務承認や一部弁済がなされた場合には,もはや,改めて時効を援用することはできないと解すべきであろう(時効援用利益の喪失)(最大判昭41・4・20民集20巻4号702頁(民法判例百選I[第4版](1996年)43事件))。
一定の財産権について一定の事実状態(占有・準占有という権利行使の事実状態あるいは権利不行使の事実状態)が一定期間継続することにより時効が完成し,かつ当事者が援用すると,時効の効果として,実体上の権利の取得あるいは消滅が生ずることとなる。
時効の効力はその起算日に遡る(民法144条)。時効の効果を現実に主張することができるのは,いうまでもなく時効が完成した後においてであるが,時効による「権利の得喪」は起算日に遡って生じていたものと扱われるのである。
時効とよく似た制度に除斥期間(d'elai pr'efix, Ausschlussfrist)という制度がある。
例えば,占有の訴えの提起期間(1年以内:民法201条),建築差止めの訴えの提起期間(1年以内:民法234条),売主の担保責任の期間(1年以内:民法564条,566条),請負人の担保責任の期間(1年以内:民法637条,638条2項,5年以内・10年以内:638条1項),婚姻の取消期間(3ヶ月以内:民法745条2項,746条,747条2項),離婚による財産分与に関する協議に代わる処分請求の期間(2年以内:民法768条2項),嫡出否認の訴えの提訴期間(1年以内:民法777条),認知の訴えの提訴期間(3年以内:民法787条),縁組の取消期間(6ヶ月以内:民法804条,806条,807条,808条),相続の承認・放棄の期間(3ヶ月以内:民法915条,924条)等,立法者が一定の権利について,その行使を迅速に行うことを特に望んで期間制限を課したものがこれに該当する。
これらの期間は,特に権利行使の迅速性が要請される権利の行使期間に限定されており,その期間は,1年以内のものが圧倒的に多く,最高で10年となっている。
このように,時効期間とは別に,訴えや責任追及の期間があらかじめ法律によって定められている場合について,立法者は,これらを予定期間(d'elai pr'efix)と呼んでいた。権利行使に期間が予めフィックスされているという意味である(フランス民事訴訟法典122条は,現在でも,d'elai pr'efixという用語法を用いている)。
この予定期間(除斥期間)については,民法の立法者は,以下のように述べて,予定期間(除斥期間)には,時効の中断,停止の規定は適用されないと考えていた。
「時効の規定を適用すべき場合には,殊に時効なる文字を用い,その他の場合は,予定期間(D'elai pr'efixe)と称して,これに時効の中断停止等の規定を適用せざるを妥当なりとす。」(広中俊雄『民法修正案(前三編)の理由書』有斐閣(1987)193頁。読みやすくするため,送りがなは筆者がひらがなに改めた。)
民法の起草委員の1人である梅謙次郎もその教科書において,「時効は之を予定期間(D'elai pr'efixe)と混ずべからず。…本法に於いては,時効は明かに其時効なることを示し他の法定期間は皆予定期間にして之に時効の規定を適用すべからず」と述べていた(梅謙次郎『民法要義・巻之一(総則編)』有斐閣(1896)312頁。送りがなは筆者がひらがなに改めた)。
除斥期間は,一定の権利行使について,法的安定性を確保するために,権利行使の期間を予め一定期間に定めたものであり,権利行使期間を延長することとなる時効の中断,停止の規定は適用されない。
民法の定める権利の期間制限が消滅時効と除斥期間(予定期間)のいずれかであるかを定める基準は,立法理由に従って,「時効ニ因リテ」という明文があるかどうかに求められていた。判例も,原則として,この基準に従っているといわれてきた。
しかし,その後,学説は,権利の性質と規定の趣旨によって実質的に判断すべきことが主張されるに至り,現在では,立法者が時効期間であると規定している場合においても,特に,ひとつの権利について長期と短期の期間制限が定められている場合(民法126条,724条)については,短期の期間制限は消滅時効であるが,長期の期間制限は除斥期間と解すべきであるという硬直的な区別の基準が有力に主張され,最高裁もこれに追随している(最一判平元・12・21民集43巻12号2209頁)。
しかし,この考え方は,権利の行使期間を不当に制限するものであって賛成できない。旧民法は,権利の期間制限につき,明文のないものは時効として扱うとしていた(旧民法証拠編92条)。確かに,現行民法はこの立場を逆転して,原則は除斥期間(予定期間)とするのであるが,時効期間とするという明文の規定がある権利については,時効中断・中止による権利行使の延長を認め,権利者の権利行使を特に保護しているのである。
したがって,民法が明文の規定で権利行使の期間延長を認めているものを,期間が2つ定めている場合には,長期の期間は除斥期間と解すべきであるという説は,立法趣旨に反するばかりか,権利行使を不当に制限するものであって賛成できない。民法126条,民法724条の20年の期間は十分に長いとも考えられるかもしれないが,ドイツの債務法改正においても,不法行為の30年の時効期間は保持されていることも考慮すべきであろう(ドイツ民法199条2項)。いずれにせよ,民法の立法者が明文で規定した20年の時効期間を除斥期間として実質的に短縮する理由はないと考える。
問題1 取得時効の存在理由を説明し,「権利の上に眠る者は保護せず」という考え方が通用するかどうか検討しなさい。
問題2 消滅時効の存在理由を説明し,「権利の上に眠る者は保護せず」という考え方が通用するかどうか検討しなさい。
問題3 「民法においては,たとえ泥棒でも,堂々と20年間占有を続ければその物の所有権を取得する(民法162条1項)と規定しているのであるから,刑法と異なり,民法は,泥棒の味方をしている。」という考え方を批判しなさい。
問題4 時効の効力が生じるためには援用が必要であることの意味を時効の援用に信義則が適用されるべきかどうかという問題と関連させて説明しなさい。
新司法試験プレテスト問題〔第6問〕
AはBに対し,1,000万円を貸し付けた。その際,B所有の甲土地に抵当権を設定するとともに,Cがその債務を保証し,D所有の乙土地にも抵当権が設定された。甲土地はその後Eに売り渡され,乙土地にはDのFに対する債務のため次順位の抵当権が設定された。また,BはAからの借入れ後,Gからも500万円を借り受けた。BのAに対する債務が弁済期から10年を経過したとき,判例の趣旨に照らし,Bを除き,この債務の消滅時効を援用できるのはだれか。(解答欄は,[bU]) 1.C及びD 2.C,D及びE 3.C,D及びF 4.C,D,E及びF 5.C,D,E,F及びG |
〔解説〕
第145条(時効の援用)
時効は,当事者が援用しなければ,裁判所がこれによって裁判をすることができない。
大判大4・7・13民録21輯1387頁
民法145条にいわゆる当事者とは,主たる債務が時効によつて消滅した場合の保証人を包含するのであり,保証人は主債務の時効を援用することができる。
最二判昭42・10・27民集21巻8号2110頁 (大審院の判例の「時効により直接の利益を受ける者」の用語を受け継ぎつつ,その意味内容を変更した)
時効は当事者でなければこれを援用しえないことは,民法145条の規定により明らかであるが,右規定の趣旨は,消滅時効についていえば,時効を援用しうる者を権利の時効消滅により直接利益を受ける者に限定したものと解されるところ,他人の債務のために自己の所有物件につき質権または抵当権を設定したいわゆる物上保証人も被担保債権の消滅によつて直接利益を受ける者というを妨げないから,同条にいう当事者にあたるものと解するのが相当であり,これを見解を異にする大審院判例(明治43年1月25日大審院判決・民録16輯22頁)は変更すべきものである。
最一判昭43・9・26民集22巻9号2002頁
他人の債務のために自己の所有物件に抵当権を設定した者は,右債務の消滅時効を援用することができる。
最二判昭48・12・14民集27巻11号1586頁
抵当不動産の譲渡を受けた第三者は,抵当権の被担保債権の消滅時効を援用することができる。
抵当権が設定され,かつその登記の存する不動産の譲渡を受けた第三者は,当該抵当権の被担保債権が消滅すれば抵当権の消滅を主張しうる関係にあるから,抵当債権の消滅により直接利益を受ける者にあたると解するのが相当であり,これと見解を異にする大審院明治42年(オ)第379号同43年1月25日判決・民録16輯1巻22頁の判例は変更すべきものである。
最一判平11・11・9民集53巻7号1190頁
後順位抵当権者は,先順位抵当権の被担保債権の消滅時効を援用することができない。
先順位抵当権の被担保債権が消滅すると,後順位抵当権者の抵当権の順位が上昇し,これによって被担保債権に対する配当額が増加することがあり得るが,この配当額の増加に対する期待は,抵当権の順位の上昇によってもたらされる反射的な利益にすぎないというべきである。そうすると,後順位抵当権者は,先順位抵当権の被担保債権の消滅により直接利益を受ける者に該当するものではなく,先順位抵当権の被担保債権の消滅時効を援用することができないものと解するのが相当である。
ただし,代位行使は認められるという抜け道が残されている。
最一判昭43・9・26民集22巻9号2002頁
債権者は,自己の債権を保全するに必要な限度で,債務者に代位して,他の債権者に対する債務の消滅時効を援用することができる。(反対意見がある。)
判例は,民法145条の時効援用権者である「当事者」を制限的に解釈し,時効の援用によって直接の利益を受ける者に該当するとしている。そして,大審院は,「直接の利益を受ける者」には,物上保証人も第三取得者も含まれないとしていた。
しかし,最高裁は,大審院時代の判例を変更し,「直接の利益を受ける者」という用語を維持したまま,その内容を変更し,物上保証人も,抵当不動産の第三取得者,詐害行為の受益者も「直接の利益を受ける者」に含まれるとした。しかし,判例による消滅時効の援用権者の制限緩和もここまで。後順位抵当権者や債権者は,援用権者に含まれないという。
しかし,「直接の利益を受ける者」か「間接の(反射的な)利益を受ける者」という基準は,援用権者の範囲を確定するには,不明確である。最高裁自身が,大審院の用語法を使いつつ,内容を完全に変えてしまったのであるから,基準としては,ほとんど使い物にならないというのが実態であろう。
そこで,学生としては,最高裁の基準をすべてうまく説明できる新たなキーワードが必要となる。後順位抵当権者による時効援用を否定した最一判平11・11・9民集53巻7号1190頁の判例解説を読むと,そのような新しいキーワードの手がかりが得られると思われるので,各人でよく考えてみよう。
筆者は,「債務者,保証人,物上保証人のように,消滅時効の援用によって,自らの負担(債務,責任を含む)を免れる地位にある者をいう」という定義を考えている。参考になれば幸いである。
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