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作成:2006年4月14日
明治学院大学法科大学院教授 加賀山 茂
債権が他人に対して一定の給付を請求する権利であるのに対して,物権は,特定の物を排他的に支配する権利であるといわれている。ここでは,物権にどのような種類があり,どのような共通の性質を有しているのかについて,債権との対比を念頭に置いて概観する。ただし,この講義(民法1)では,物権の構成について,通説とは大きく異なる見解を打ち出しているため,初めて民法を学習する人にとっては,混乱を招くおそれがある。したがって,以下の点を十分に頭に入れて学習をすることを希望する。
この講義では,以下の理由に基づき,占有権と担保物権とを物権から除外するという構成をとっている。
第1に,既に述べたように,占有権は,物権・債権を問わず,本権を公示したり,証明したり,本権を変動させるものであることを考慮して物権から除外し,総則で論じるべき権利として説明している。
第2に,担保物権は,人的担保(保証と連帯債務)に対応する物的担保として併せて論じるのが適切であると考えるため,(債権)担保権として,民法3(担保法)で説明する。
つまり,この講義で扱う物権とは,所有権と制限物権としての用益物権のみであることに注意する必要がある。
物権は,民法やその他の法律が定めたもの以外のものを創設することはできない(民法175条)。これを物権法定主義という。
契約がどのような契約を締結するのも原則として自由であるのと対照的である。比喩的にいえば,契約は,オーダー・メイドのようなものであり,自分の好みのものを自由に注文できるのに対して,物権は,レディーメイドに限られており,それ以外のものは注文できないということになろう。
民法,および,判例によって,物権として認められている権利を体系的に分類すると以下の図のようになる。
図 1 物権の種類
占有権,および,担保物権の法的性質をどのように考えるかについては,以下のように,学説に争いがある。
占有権について,通説は,占有という事実を法律要件として生じる1つの物権であるとしている。しかし,占有権の内容は,他の物権のように物の利用を確保することではなく,事実的支配をそれ自身として一応正当なものとする1個の権利であり,優先的効力もないのであるから,本権である物権とは同一に考えられないとする見解(我妻・有泉『新訂物権法』(1983年)17頁)や,さらには,占有権は,現に事実上の支配をしていることから生じ,また,事実上の支配を失えば消滅するものであって,「支配しうる権利」だとはいえないから,物権ではないとする見解(舟橋諄一『物権法』有斐閣(1960年)277-278頁)等が有力に主張されている。
筆者も,占有権は物権に分類すべきではないと考える。なぜなら,占有権は,占有の対象となっている本権(物権,債権を問わない。ただし,債権の場合は,準占有という)を証明したり,登記制度が完備していない本権を公示する機能を果たしており,さらには,公示を信頼した善意の第三者を保護する機能をも持つものであって,物権からも債権からも独立した存在だからである。
担保物権については,後に民法3で詳しく論じるように,筆者は,担保物権の効力とは,債権がもともと有する換価・処分権能が強化されたものであり,したがって,担保物権とは,一定の要件を満たす債権に優先弁済効が認められたものに過ぎないのであって,特定の物を直接に支配しうる権能としての物権とはいえないと考えている。
しかし,上記の物権の種類の図では,立法者,および,現在の通説の考え方を尊重し,それに従った分類を示しておいた(筆者の考える分類方法については,この講義の第1回目(オリエンテーション)で示した「財産権の概念体系図」を参照のこと)。
債権が他人に対して給付を請求する権利であると構成されているのに対して,物権は,物を排他的に支配する権利であると説明されている。
図 2 物権と債権の区別
そのほかにも,物権は,債権と異なり,対抗可能性,優先性,換価処分権能,妨害除去性,法定性を有するとされているが,この点については,以下で詳しく検討するが,かなり疑問がある。
物権と債権は区別して考えることが可能であるが,その境界は,一般にいわれているほど明確なものではない。特に,担保物権に妥当する優先性,換価処分権能等は,債権であっても,当然に(先取特権を有する債権)または公示によって取得しうると考えるべきである。
人は物を支配できる。それを権利として認めたものが物権である。これに対して,人は,他人を支配することはできない。人は他人に対しては,あることをして欲しいとか,あることをして欲しくないと請求することができるだけである。これを債権という。つまり,物権は,物を支配する権利であり,債権は,他人に対して給付を請求できる権利である。
典型的な物権である所有権,用益物権については,支配可能性が妥当する。
担保物権は,債務名義なしに他人の物を支配できる権利だといわれているが,他人の物を支配できるというのは言い過ぎである。担保物権は,債務が履行されない場合に,優先的に弁済を受ける権利,すなわち,債権担保権として再構成すべきである。
物権の物に対する支配権能は,排他的であり,同一物について,同一内容の物権が二重に成立することはない(一物一権主義)。これに対して,債権の場合は,同一の目的物について,同一の債権が二重に成立することが可能である。
所有権と用益物権とは,同一の目的物について,物権が二重に成立するが,これは,所有権は処分・換価権,用益権は使用・収益権というように権能を分けることによって解決している。しかし,排他的な所有権同士が同一物について成立する共有については,問題が解決されていない。
共有の法的性質に関しては,後に共有の箇所で詳しく論じるが,共有の場合においても一物一権主義を保持しようとするのであれば,所有権は唯一の権利主体である団体に帰属し,構成員は,制限された所有権である「持分権」しかもたないと構成するほかないと思われる。しかし,このような考え方は,通説の考え方とは相容れない。したがって,通説においては,物権の排他性は,貫徹することができない。
物権は,すべての人に対して主張しうる権利であるが,債権は特定の人(債務者)に対してのみ,特定の行為を請求しうる権利である。
例えば,同時履行の抗弁権(民法533条)は,原則として,債権債務の関係にある者にしか主張できないが,物権である留置権(民法295条以下)の場合は,第三者に対しても対抗できる。
債権であっても,例えば,労働契約上の賃金請求権が存在するということは,誰に対しても主張しうる。だからこそ,交通事故で労働能力を喪失した被害者は労働契約に基づく賃金請求権の内容をもって,第三者である加害者に対して対抗でき,その賃金額に基づいて逸失利益の算定を行うことができるのである。
登記のない所有権は,第三者に対抗できない(民法177条)。これに対して,登記のある賃借権は,債権であるにもかかわらず,第三者に対抗できる(民法605条)。
債権の目的となっている特定の物に物権が成立した場合は,物権が債権に優先する。例えば,「売買は賃貸借を破る」という現象もこれによって説明される。
この問題は,対抗力の問題によって解決されるのであり,物権だから優先するというわけではない。また,先取特権と抵当権のように,成立の先後ばかりでなく,その性質を考慮して優劣が決まるものもある。
債権は,物に対する処分権能を持たないのに対して,物権は物に対して処分権能を持つ。担保物権の場合は,債務者が債務を弁済しない場合,担保に供された物を売却・換価してしまうことができる。
一般債権でも,債務者が弁済をしない場合は,最終的には,財産を差し押さえ,換価・処分することが可能である。
物権の場合は,時効によっては消滅しない物権的請求権を主張できる(民法197条以下参照)。これに対して,債権の場合は,そのような請求はできないか,または,請求ができるとしても,時効によって消滅する。
債権の場合であっても,債権者は,債務者が有している物権的請求権を代位行使しうる。また,債権自体としても,不法行為上の権利として,差止め等の請求権があると構成することが可能である。
債権の場合は,契約自由の原則に基づき,公序良俗に反しない限り,どのような内容の契約でも成立させることができるが,物権の場合は,法律に定められた以外の物権を成立させることはできないとされている(民法175条)。
物権の場合でも,慣習上の物権や,特に,物権といわれている担保物権の領域においては,債権において非典型契約が自由に認められているのと同様に,数多くの非典型担保物権が生成され,判例によって認められている。
担保物権は,債権担保として物権から独立させるべきであり,物権法定主義の原則は,約定債権担保には及ばないと考えるべきであろう。
問題1 物権と債権の違いについて説明しなさい。
問題2 物権に特有といわれる性質を再検討し,債権にも存在する性質と,債権には存在しない性質とに分類し直しなさい。
問題3 物権と債権を区別する実益について考えなさい。
ある人が特定の物を排他的に支配することを社会秩序として認めるためには,物と権利主体との結び付きを何らかの形で公示する必要がある。この講義では,物権の種類に応じて,どのような公示制度が採用され,いかなる機能を果たしているのかを明らかにする。
物権の変動とは,物権の「発生,変更,消滅」のことをいう。これを物権の主体の側から見ると,物権の「取得,変更,喪失」ということになる。民法177条は,「物権ノ得喪及ヒ変更」という用語を使っているが,これは,物権変動を権利主体の側から述べたものである。
物権の「取得」は,さらに,前主の権利とは無関係に新しい物権を取得する「原始取得」と,譲渡や相続のような「承継取得」とに分類される。
物権の「喪失」は,目的物の滅失等によって物権自体が存在しなくなるような「絶対的喪失(消滅)」と,Aの所有権がBに譲渡されることによってAの所有権が喪失するような「相対的喪失(消滅)」とに分類される。
物権の「変更」とは,物権の同一性を害しない範囲で,物権の客体や内容が変わることをいい,所有建物の床面積の変更や地上権の存続期間の変更がこれに該当する。
「所有権の絶対」というスローガンは,市場経済を支える契約自由の原則を実現するために,生産財として取引の対象となる土地にまつわる複雑な権利関係を整理統合するための手段であった。
市場経済を活性化するためには,不動産を含めた財産の処分権限としての所有権を明確に定義すると同時に,所有権の存在を明らかにする公示制度を確立し,取引の安全を確保する必要がある。
所有権の公示制度を信頼した取引の相手方を保護する方法としては,公信主義と対抗要件主義とがある。
表 公信主義と対抗要件主義
真の権利者の保護 | 取引の安全 | |
---|---|---|
公信主義 | 公示を善意(無過失)で信頼した者は保護される | |
対抗要件主義 | 公示を信頼しても必ずしも保護されない | 対抗要件を具備しない者は保護されないことがある |
公信主義は,無権利者から商品を譲り受けた者であっても,商品の公示を信頼して取引を行った場合には,その者を保護し,その者に完全な権利を保障するというものである。
動産取引については,わが国においても,引渡(占有の移転)という公示を信頼した者は,たとえ売主が無権利者であったとしても,買主は,原則として,完全な所有権を取得するとしている(民法192条)。
しかし,不動産取引に関しては,登記に公信力は認められていない。ただし,不動産登記を奨励するため,登記を備えておかないと,登記を先に得た第三者に権利を取得されてしまうという制裁が課せられるという対抗要件主義が採用されている。
対抗要件主義とは,公示をしない者は所有権を取得しても不利益を受けるということを通じて,間接的に,公示を信頼した取引の相手方を保護しようとする制度である。公信主義と異なり,無権利者から公示を信じて権利を譲り受けても,必ずしも,権利を取得できるとは限らないが,公示を備えていないと,権利取得を他人に対抗できなくなるという制裁によって,公示制度の整備と取引の安全を間接的に実現しようとするものである。
わが国においても,不動産取引においては,公示方法として登記を採用しており,所有権を取得しても,登記を具備しないと,先に登記を具備した第三者が現われると,その第三者に対して所有権を対抗できないとされている(民法177条)。
このように,対抗要件主義も,取引の安全に一定の役割を果たしている。ただし,登記が不正に取得された場合,それを信じて取引をした者は保護されず,真の権利者が優先される点で,公信主義とは異なる。
わが国の不動産取引において登記に公信力が与えられていないのは,登記制度がいまだに不完全で,登記が必ずしも真実の権利を反映していないからである。
国土調査の不備ばかりでなく,登記するのに手数料以外に登録免許税を徴収するなど,適切とはいいがたい国の政策によって1,市民の間に登記を省略する風潮が助長されており,登記と真実の権利関係とが一致する方向性さえ見いだせないのが現状である。したがって,現状では,不動産取引において公信の原則を採用できる見通しは全くないといわざるをえない。
民法176条によると,「物権ノ設定及ヒ移転ハ当事者ノ意思表示ノミニ因リテ其効力ヲ生ス」とされており,売買によって,不動産の所有権は,売買契約締結の時にすでに移転しているようにも読める。
しかし,民法555条は,「売買ハ当事者ノ一方カ或財産権ヲ相手方ニ移転スルコトヲ約シ相手方カ之ニ其代金ヲ払フコトヲ約スルニ因リテ其効力ヲ生ス」と規定し,売買契約によって,売主は,買主に所有権を移転する義務を負うとされている。
もしも,売買契約によって,所有権が自動的に移転するのであれば,売主の「財産権ヲ相手方ニ移転スル」という義務は必要がないはずである。
そこで,債権契約である売買契約と,それに基づく物権変動とを明確に区別し,売買契約という債権行為によっては物権は移転せず,売買契約と同時にもしくはそれ以後になされる物権行為(所有権移転の合意)によって所有権は移転するという考え方が主張されるようになる(物権行為の独自性説)。
この見解によれば,民法176条が,「物権ノ設定及ヒ移転ハ当事者ノ意思表示ノミニ因リテ其効力ヲ生ス」と規定している意味は,物権行為も意思表示によって行うことができるということであり,民法555条が,売主が「財産権ヲ相手方ニ移転スル」義務を負うと規定しているのは,売主の物権行為に関する義務を定めたものということになる。
通説は,債権行為と物権行為は連動しており,債権行為が有効であれば物権行為も有効であるが,債権行為が無効であれば物権行為も無効となるのであるから(有因主義),債権行為と物権行為を区別して考える実益はないと解している(物権行為の独自性否定説)。
しかし,不動産の売買においては,売買契約が有効であっても,登記を備えないと第三者に対抗できないのであり,二重譲渡の場合には,売買契約が有効であっても,物権は,第三者である登記を備えた第2買主に移転してしまうのであるから,債権行為と物権行為は,有因が原則だが,常に有因であるというのは言い過ぎである。
むしろ,不動産二重譲渡の場合には,債権行為と物権行為との間に無因の現象が生じていると考えるべきである。したがって,債権行為と物権行為とを区別する実益もまた存在することになり,債権行為と物権行為を区別する学説は,正当な理由があると考えるべきである。
問題1 公信力と対抗力との違いについて,動産取引と不動産取引を例に挙げて説明しなさい。
問題2 民法555条は,「売買は,当事者の一方がある財産権を相手方に移転することを約し,相手方がこれに対してその代金を支払うことを約することによって,その効力を生ずる」と規定し,売主に「財産権を相手方に移転すること」という義務を課している。ところが,民法176条によると,「物権の設定及び移転は,当事者の意思表示のみによって,その効力を生ずる」とされており,売買によって不動産の所有権は,売買契約締結の時にすでに移転しているようにも読める。そこで,民法555条において,売主の義務として規定されている「財産権を相手方に移転すること」という義務はどのような義務であるのかを説明しなさい。
不動産物権の権利変動は,登記によって第三者に公示される。ここでは,不動産の登記制度について概観する。
不動産物権変動の対抗要件は登記であるため,不動産の買主は売主に対して登記を移転するよう請求することができる。
不動産登記法は,登記に関して申請主義を採用しており(不動産登記法25条),登記の申請には,登記権利者と登記義務者(またはそれぞれの代理人)とが登記所(不動産所在地の法務局,支局,出張所)に出頭して申請しなければならないことになっている(不動産登記法26条)。
もしも,売主が登記申請に協力しない場合には,買主は,売主の意思表示に代わる判決(民事執行法173条)を得て,単独で登記を申請することができる(不動産登記法27条)。
不動産登記簿は,土地登記簿と建物登記簿とに分かれている(不動産登記法14条)。不動産登記簿は,一筆の土地または一個の建物ごとに一用紙を備え(不動産登記法15条),一個の不動産を基準として物権を記入する。これを,権利主体ごとに登記を行う人的編成主義と対比して,物的編成主義という。
登記簿用紙は,土地または建物の表示をする「表題部」,所有権に関する事項を記載する「甲区」事項欄,所有権以外の権利に関する事項を記載する「乙区」事項欄から成り立っており,順位番号欄には,登録事項記載の時間的順序が示される(不動産登記法16条)。
登記には,本登記と仮登記とがある。仮登記は,「本登記ノ順位ハ仮登記ノ順位ニ依ル」(不動産登記法7条2項)という,順位保全の効力がある。
例えば,不動産売買契約を締結した場合には,所有権移転の本登記を請求できるが,売買の予約をした場合には,本登記ではなく,仮登記しか請求できない(不動産登記法2条)。
しかし,例えば,A所有の不動産について,Bが4月1日に売買予約に基づいて仮登記をした後,Cが4月10日にその不動産を購入して本登記をし,その後,4月20日にBがAに対して本登記を請求したという場合,Bの登記は,Cの登記に優先する(不動産登記法105条)。
登記請求権の法的性質に関しては,争いがあり,次の3説が主張されている。
登記請求権は,現在の権利関係が登記と一致しない場合,その不一致を除去するために生じる(抹消登記,移転登記)とする説。
偽造文書によって移転登記がなされた場合の説明,つまり,A所有の土地であるのに,B名義で保存登記がなされた場合の説明に適する。
しかし,この説の場合,例えば,不動産が,A→B→Cと売買されたのに,登記がAに残っている場合に,Cが直接Aに対してCへの移転登記請求をすることは,原則として認められていない点に難点がある。また,Bは,もはや所有権を有しておらず,Aに対して真正な登記を回復する権利を根拠づけることができない点でも問題を残している。
権利変動を登記簿上に正確に反映するために実体的な物権変動の事実そのものに応じて当然に発生する(移転登記,抹消登記)とする説。
A・B間で売買があった場合,Bは,Aに対して移転登記を請求できる。また,Aは,Bに対して登記引き取りを請求できる。さらに,不動産が,A→B→Cと売買されたのに,登記がAに残っている場合に,BはAに対して,移転登記を請求できる点に特色を有する。
ただし,この説では,中間省略登記の肯定的側面を説明することができない点に問題を残している。
当事者間で,登記について特約がある場合に発生する(移転登記)とする説。
不動産が,A→B→Cと売買されたのに,登記がAに残っている場合に,A・B・Cの合意で,CがAに対してCへの移転登記請求をすることができる(中間省略登記)点に特色を有する。
ただし,この説は,物権的登記請求権説や物権変動的登記請求権説では説明可能な,偽造文書によって移転登記がなされた場合の説明,および,A所有の土地について,B名義で保存登記がなされた場合の説明に窮することになる点で問題点を残している。
次に述べるように,中間省略登記請求は,原則として認められないのであり,特別に認められる場合については,軽微な手続きの瑕疵の治癒の問題として,または,正当な利益を有しない者による登記抹消請求に関しては,信義則,もしくは,権利濫用の法理によって権利行使を制限すれば足りるのであって,物権変動的登記請求権説が妥当であると考える。
不動産がA→B→Cと譲渡された場合に,A→Cと中間を省略して登記することを中間省略登記という。しかし,本来,登記は物権変動の過程を忠実に反映すべきものであるから,当事者が中間省略登記であることを前面に出して登記申請すると受理されない。つまり,A→Cという登記申請は受理されず,必ず,A→B→Cという申請をしなければならない。
図 3 中間省略登記
ところが,何らかの原因で,A→Cという中間省略登記が受理された場合には,その登記が,結果的に実体の権利関係と符合している場合には,中間省略登記であるという理由だけでは登記の抹消請求は認められない。
既存の中間省略登記が認められるのであれば,中間省略登記であることを明らかにした登記申請も認められるべきではないのか。端的にCのAに対する登記請求権を認めるべきではないのだろうかという疑問が生じる。
中間省略登記は,節税効果をもたらす。本来,手数料だけで登記制度を利用させるべきところを,登録免許税なる税金を徴収しようとする政策に対する市民の反発と解釈することも可能である。
我妻『民法案内3-1』が,「近代法が,物権取引の便利と安全のために登記制度を採用するというなら,登記制度は近代取引へのサービスだから,手数料だけで登記してやらなければならないはずである。ところが,わが国では,登記を徴税の源泉と考え,高率の登録免許税を課する。これを改めない以上,登記がなければすべての第三者に対抗しえないとすることは無理である」(我妻栄『民法案内3-1物権法上』岩波書店(昭和56年)193頁)と述べていることは,まさに,正鵠を射ている。
a) 相続登記後に生前処分が明らかになった場合(義務者の不存在)
判例は,相続登記の抹消と生前贈与者への移転登記の代わりに直接の移転登記を認める(大判大15・4・30民集5巻344頁参照)。死亡している被相続人への登記の回復を行うことは,非現実的だからである。
b) 取消等による復帰的物権変動の場合(2度の抹消より1度の移転登記)
判例は,転々譲渡された最初の契約の取消の場合,抹消を重ねずに直接の移転登記を認めている(大判大10・6・13民録1155頁,大判昭16・3・4民集20巻385頁,最一判昭34・2・12民集13巻2号91頁参照)。
CからAへの中間省略登記請求権は否定されており(最二判昭38・6・14裁集民66号499頁,ジュリ284号6頁,最三判昭40・9・21民集19巻6号1560頁(民法判例百選I[第4版](1996年)50事件)),AからCへの中間省略登記であることが明示された登記申請は受理されない。したがって,中間省略登記を望む当事者は,AからCへ直接譲渡があったという仮装の申請を行い,それによって実質上の中間省略登記を得ているのが現状である。
AからCへの中間省略登記に対して,Bは抹消請求をなしえないだけでなく(最一判昭35・4・21民集14巻6号946頁),すでになされた中間省略登記も民法177条の対抗力が認められる(最二判昭44・5・2民集23巻6号951頁)。
物権の変動過程を忠実に反映するという不動産登記法の精神にもとる(大判大8・12・23刑録25輯1491頁は,中間省略登記は,文書偽造罪に当たると判示していた)。
登記に公信力が認められないため,不動産の取引に際しては,登記を拠り所として真実の権利関係を調査しなければならない。しかし,中間省略登記が行われると,真実の権利関係を調査する手がかりが失われてしまう。
中間者の利益(同時履行等の抗弁)が害される恐れがある(大判昭8・3・15民集12巻366頁は,中間省略登記が中間者の利益を害する場合,中間者は登記の抹消を請求できるとしている)。
現実の物権変動に符合していれば,登記を違法とする必要はない。
中間者の利益が害される場合には,中間省略登記を認めないという法理が確立しており,中間者の利益は害されない。
Cの中間省略登記にA,Bが協力しないときは,Cの直接請求権(いわゆる債権者代位権の転用による代位行使)を認めるべきである。
中間省略登記は,登記が物権変動の真実を反映すべきであるとの原則に反するものであり,原則的には,請求権としては認められないと解すべきである。
確かに,物権変動の過程に真実と異なるところがある場合でも,現実の物権変動に符合していれば,登記を違法とする必要はない場合も存在する。
まず,第1に,生前処分のあった不動産について誤って相続登記がなされた場合のように,被相続人が死亡している場合に,被相続人を相手取って登記の抹消を請求するというのは現実的ではなく,相続人に対して,中間省略登記としての登記請求が認められるべきである。
しかし,それ以外の場合には,中間省略登記請求権は認めるべきではない。
次に,中間省略登記が誤って受理された場合にも,結果的に,その登記が,現在の物権変動に符合している場合には,手続きの瑕疵が治癒されることもありうる。たとえ手続きの瑕疵が残る場合でも,登記の過程を正すことにつき,正当な利益を有しない者による抹消登記請求は,信義則違反,または,権利の濫用として許されるべきではなかろう。
そのような場合には,中間省略登記を覆すことができなくなるだけであって,中間省略登記請求が認められていると解すべきではない。
問題1 登記できる権利を物権と債権に分類して整理しなさい。
問題2 登記できない不動産上の権利について,その例を挙げ,登記ができない理由を説明しなさい。
問題3 登記の種類を整理しなさい。
問題4 中間省略登記請求が認められる場合を列挙しなさい。
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