[民法2目次] [物] [時効] [占有] [物権法総論] [不動産1,2,3] [動産1,2] [所有権] [用益権] [一般不法行為] [特別不法行為]
作成:2006年4月14日
明治学院大学法科大学院教授 加賀山 茂
占有を理解するために必要な占有意思の意味,法律行為の代理とは根本的に異なる制度である代理占有の制度を理解するとともに,事実の世界と法律の世界がどのようにかかわりあっているのかを,占有の本権公示機能,証明機能,本権取得機能,占有と本権の調整機能,占有保護機能を通じて明らかにするのが,この講義の目的である。
ここでは,民法の編成とは異なり,占有権を物権としてではなく,物権と債権とにかかわりなく機能するものとして,すなわち,総則に属するものとして説明する。その理由は以下の通りである。
民法においては,占有権は物権に分類されている。しかし,占有権は,物に対する事実的な支配状態を,権原とは切り離して保護するものであり,占有を伴うその他の権利(本権)が,物権であれ,債権であれ,すべて権原に基づいて保護されるのとは根本的に異なっている。したがって,占有権は,物権として分類すべきではなく,物権や債権というような本権には分類できない権利として,独立の地位が与えられるべきである。筆者の考え方は,立法者の意思を無視しているように見えるかもしれないが,むしろ,このように考えることによってのみ,民法202条が,占有の訴えを本権の訴えから分離独立させ,「占有の訴えについては,本権に関する理由に基づいて裁判をすることができない。」とした立法の趣旨も生かされることになる。
以上のような理論的な問題ばかりでなく,占有権は,そもそも,物権だけでなく,占有を伴う債権,例えば,賃貸借,寄託等の債権(本権)にも奉仕する権利である。なぜなら,物権である所有権ばかりでなく,債権である賃借権やその他の権利も,占有を通じて時効取得されうるからである。
確かに,占有権は物を事実上支配するものであって,見かけの上では物権に近い。しかし,占有権は,本権に昇格するまでは,あくまで一時的な権利として保護されるに過ぎないものであり,本権としての物権とは明確に異なる。
このように考えると,占有権は,事実と法との橋渡しの役割,および,物権,債権を問わない本権の公示・保護機能を通じて,本権に奉仕するものであり,したがって,占有権は,物権編ではなく,総則編の最後に規定されるのがふさわしい権利であるといえよう。
占有とは,物に対する事実上の支配をいう。理念的には,事実(to be, ^etre, Sein)の世界と法律における当為(ought to, devoir, Sollen)の世界は,判然と区別されている。しかし,事実の世界と法律の世界は断絶しているわけではない。
事実の世界と法律の世界との橋渡しをしているのが,占有にほかならない。すなわち,法律の世界は,事実(占有)によって保護され,事実(占有)の積み重ねによって法的な効力が生じ,また,法秩序を維持するために事実(占有)そのものが法律によって保護される。
事実の世界と法律の世界がどのようにかかわりあっているのかは,占有の機能,すなわち占有の本権公示機能,証明機能,本権取得機能,占有と本権の調整機能,占有保護機能を詳細に検討することによって明らかとなる。
占有を理解するキーワードは「代理占有」と「不当利得の類型論」である。代理占有を通じて,占有は観念化し,物の支配としての直接占有と物の支配を離れた間接占有という,占有の二重構造が発生し,物権からの乖離(かい り)を押し進めることになる。したがって,占有の理解を深めるには,第1に,代理占有という占有に固有の制度を理解することが,大切である。そして,第2に,占有の機能のうち,占有と本権との関係を理解するためには,不当利得の類型論をマスターすることが必要である。この2点を理解するならば,占有が意外と単純な制度であることが理解できるであろう。
占有とは,客体を事実上支配する状態であり,占有権とは,占有という事実を法律要件として生ずる1つの物権であるとされている。
確かに,占有は,物権の性質である「物を直接支配する」という特色を備えている。そして,民法の立法者も,占有権を物権と考え,第2編(物権)の第2章に占有権の規定を置いている。しかし,占有権は,物権の一般原則に全く従っていない。
第1に,占有権は,一物一権主義に従っていない。なぜなら,代理人による占有の場合には,直接占有と間接占有が同時に成立する。さらに,占有改定の場合は,1つの物に対して,何人もの人が同時に間接占有を取得しうるからである。なお,ここでいう,一物一権主義とは,1個の物の上には,内容の相容れない物権が併存することを許さないという原則をいう。例えば,ある土地について,Aの所有権が認められると,他の者の所有権が成立する余地はなく,結局,1個の物には1個の所有権しか成立しない。物権の内容が矛盾しない場合,例えば,土地所有権(処分権)と地上権(使用・収益権)とは両立するので,一物一権主義には抵触しない。一物一権主義は,物権の排他性から導かれる当然の帰結であると考えられている。
第2に,不動産に関する占有権の取得は,本来なら,一般原則(民法177条)にしたがって登記が対抗要件となるはずであるが,不動産占有権の取得には,対抗要件は必要とされないし,そもそも,不動産占有権の取得を登記によって公示することは認められていない(不動産登記法1条)。また,動産に関する占有権の取得は,本来なら,一般原則(民法178条)にしたがって引渡が対抗要件となるはずであるが,引渡は,動産占有権の発生要件であって,対抗要件ではない。
第3に,占有そのものを保護するための占有訴権も,原則として1年間という短い期間しか効力を持たず,占有は,本権に昇格するまでは,あくまで,法秩序を維持するための,そして,本権を保護し,本権に奉仕するための権利としての位置づけしか与えられていない。
このように,占有権は,物権とされているが,一物一権主義や公示原則に服する所有権および用益物権とは,根本的に異なる性質の権利である。むしろ,占有権は,物権からも債権からも独立した,本権(占有を法律上正当化する実質的権利。例えば,所有権,地上権,賃借権など。物権,債権を問わない)を証明したり,公示したり,本権を取得したりする機能をもった特別の権利であると考えるべきである。
通説の立場に立つ場合でも,「『占有権』は,『占有』という事実状態を法的に保護するものであって,『本権』である所有権およびそれ以外の物権とはまったく異なった制度として成立している。したがって,占有権は,『物権』といっても,制度的には,他の物権と独立して論じられる必要がある(近江幸治『民法講義II 物権法』成文堂(1990年)172頁)」ということが認められている。
占有権が,本権である物権にも債権にも奉仕する権利であることを考慮するならば,占有権は,物権編ではなく,総則編の最後に置かれるべき権利であると思われる。
占有は,客体の「所持」と「所持意思(自己のためにする意思,または,他人のためにする意思)」によって成立する(民法180条,民法181条)。
図1 占有の成立要件:所持と所持意思
民法180条は,占有権は,「自己のためにする意思」をもって物を所持することによって成立すると規定している。この場合の「自己のためにする占有」とは,「所有の意思をもってする占有」(自主占有:所有権者,盗人等)だけでなく,「所有の意思をもたない占有」(他主占有:賃借権者,質権者等)をも含む概念である。
「自己のためにする占有」から除外されるのは,法人の機関(最二判昭32・2・15民集11巻2号270頁(民法判例百選I[第4版](1996年)62事件),雇主に従属する使用人,家族の一員等の「占有補助者」による占有である。これらの者は,物の所持をしていても,本人が所持をしているとみなされ,独立主体としての占有は認められない。判例も,株式会社の代表取締役が会社の代表者(法人の機関)として土地を占有している場合には,土地の直接占有者は会社であって,代表取締役は,個人としての占有訴権を有しないとしている(最二判昭和32・2・15民集11巻2号270頁)。
これに対して,他主占有者は,独立の所持者として,自己のための占有をしていると認められる。
民法197条2文に出てくる「他人のためにする占有」は,賃借権者や質権者が行う占有のことであり,この占有代理人の占有(直接占有)によって,所有者(賃貸人,質権設定者)は,直接の占有をしていないにもかかわらず,代理占有(間接占有)としての占有権を取得することができる。
つまり,物を直接占有している所有者は,「自己のためにする占有」によって占有権を取得する。これに対して,物を他人に賃貸している所有者は,賃借人の「他人のためにする占有」によって,初めて占有権を取得することができるのである。
もっとも,賃借人の直接占有によって所有者が間接占有を取得した場合,この間接占有権が,所有者にとって,「自己のためにする占有」となるので,事態は単純ではない。この場合,賃借人は直接占有をしており,所有者のために「他人のためにする占有」を行うと同時に,賃借人自身のために,「自己のためにする占有」をも併せて行っていることに注意すべきである。
結局,他人のためにする占有は,単独で生じることはなく,間接占有を発生させるためにのみ必要なものであって,他人のためにする占有は,通常,自己のためにする占有をもともなっている(他主占有)。したがって,他人のためにする占有だけを有する者は,占有者とは認められず,単なる占有補助者ということになる。
占有は,先に述べたように,自己のためにする占有と他人のためにする占有とがあることを学んだ。占有は,それ以外の分類として,その機能に相応して,自主占有と他主占有,間接占有と直接占有に分類することができる。
表1 占有の種類
自主占有 | 他主占有 | 間接占有 (代理占有) |
直接占有 | |
---|---|---|---|---|
意味 | 所有の意思ある占有 | 所有の意思のない占有 | 代理人による占有 | 代理人の占有 |
具体例 (占有主体) |
所有者,盗人 | 賃借権者,受託者,質権者 | 所有者本人 | 賃借権者,受託者,質権者 |
「所有の意思」の有無は,権原の客観的性質から定まるものであり,内心の意思から判断されるものではないとされている。例えば,賃借人が賃借物を占有する場合に,内心の意思がどのようなものであっても,他主占有に変わりはなく,取得時効が進行するわけではない。
この議論の結論は正しいが,自主占有か他主占有かの判断に当たって,占有者の内心の意思を全く無視するという議論は,誤解を招きやすい。むしろ,他主占有の典型例である賃借人の内心の意思は,契約締結の際には,「所有の意思がない」ものであったはずである。もしも,占有開始時の内心の意思が本当に「自主占有」であったとすれば,そもそも賃貸借契約は成立していないか,錯誤によって無効と考えるべきだからである。
このように解さないと,他主占有者が,自己に占有をさせた者に対して,「所有の意思」のあることを表示した場合に,他主占有が自主占有に転換する(民法185条前段)ことを説明できないと思われる。
「善意占有」とは,本権がないにもかかわらず,それがあると誤信してなす占有である。反対に,「悪意占有」とは,本権がないことを知り,または本権の有無に疑いを持ちつつ行う占有のことであるとされている。
本来,善意と悪意の通常の用法に従えば,「善意」とは,知らないことをいうので,疑いをもっている状態は「善意」の範囲内である。しかし,占有制度では,善意占有の効果としての取得時効,果実収取,善意取得,費用償還請求等に鑑み,疑いをもっている状態をも「悪意」として扱うのが一般的な見解である。
善意占有と悪意占有との区別は,取得時効(民法162条),善意取得(民法192条,193条,194条),占有者の果実取得,すなわち,侵害不当利得との関係(民法189条,190条,191条),費用償還請求権,すなわち,支出不当利得との関係(196条)に関して意味を持つ。
ところで,占有に本権の取得効果を伴う場合には,善意・無過失が要件とされることが多く,果実に関しては,特則(民法189条2項)がある上に,費用償還請求の場合は,悪意者も請求権を取得するため,「善意」「悪意」に関する占有制度に独自の判断基準というのは,善意占有が推定される(民法186条)ことと相まって,実際にはあまり意味をもたないように思われる。
個々の条文の全体の解釈としては,占有においても,善意占有は,本権がないことを知らないでする占有のことであり,悪意占有は,本権がないことを知っていてする占有のことであると解釈しても問題は生じない。
善意占有において,本権が存在するものと誤信したことについて過失があるのを「過失ある占有」といい,過失がないのを「過失なき占有」という。
この区別は,取得時効(民法162条),善意取得(民法192条)の場合に意味をもつ。
瑕疵(かし)ある占有とは,強暴(平穏でないこと),隠秘(いんぴ)(公然でないこと),悪意,過失,不継続など,民法162条2項や民法192条における完全な占有としての効果の発生を妨げる事情をいう。
この区別は,占有の承継に関して,占有の承継人が,前主の占有を併せて主張する場合に,占有の瑕疵も承継するということに関して意味をもつ。
無主物の先占(民法239条1項)等,本権が原始取得される場合には,占有も原始取得される。
本権が承継取得される場合には,占有も承継取得されると考えることも可能であるが,自ら占有を原始取得したと考えることも可能である。そこで,民法は,占有の承継人は,前主の占有を併せて主張することも,自己の占有のみを主張することも許している(民法187条1項)。
占有は,目的物の譲渡によって承継される。承継には,特定承継(引渡)のほか,一般承継(相続)も含まれると解されている。
特定承継について,民法は,(A) 現実の引渡,(B) 簡易の引渡,(C) 占有改定,(D) 指図による引渡の4つを規定している。
占有権の譲渡は,占有物の引渡によって行われる(民法182条1項)。
図 2 現実の引渡
実線の矢印は実際の占有の移転を示す。
譲受人またはその占有代理人が,現に占有物を所持している場合には,占有権の譲渡は,当事者の意思表示のみによって行うことができる(民法182条2項)。
賃貸人が賃借人(占有代理人)に貸している物を,賃借人に贈与するというのがその例である。
図 3 簡易の引渡
実線の矢印は,実際の占有の移転を示す。点線の矢印は,観念的な占有の移転を示す。簡易の引渡によって,観念的には必要なI,IIという2つのステップを省略することができる。
占有代理人が,自己が占有する物を,それ以降は,本人のために占有するとの意思を表示したときは,本人は,それによって占有権を取得する(民法183条)。
店頭で買い物をした買主が,その物を受け取らずに,そのまま店に預かってもらうというのがその例である。
図 4 占有改定
点線の矢印は,観念的な占有の移転を示す。占有改定によって,実際の占有を全く移転しないまま,観念的には必要なI,IIという2つのステップを省略することができる。
実際の占有移転はなく,公示としての機能は果たし得ない。
占有代理人によって占有をしている場合に,本人がその占有代理人に対して,以後,第三者のためにその物を占有するように指図し,第三者がこれを承諾したときは,その第三者は,占有権を取得する(民法184条)。
寄託者が倉庫に預けている物を,倉庫に預けたまま,他人に売却する場合がその例である。
図 5 指図による占有移転
点線の矢印は,観念的な占有の移転を示す。指図による占有移転によって,観念的には必要なI,II,IIIという3つのステップを省略することができる。
実際の占有の移転がない点は,占有改定の場合と同じであるが,占有代理人への指図が,債権譲渡の対抗要件としての通知と同様の公示機能を果たしている。
先に述べたように,占有の承継の場合,占有の承継人は,自己の占有のみを主張することを選択できるし,自己の占有に前主の占有を併せて主張することを選択することもできる(民法187条1項)。ただし,前主の占有を併せて主張することを選択した場合には,占有の性質も承継される(民法187条2項)。
この法理は,相続のような一般承継の場合にも適用され,相続人は,被相続人の占有についての善意または悪意の地位をそのまま承継するものではなく,その選択に従い,自己の占有のみを主張し,または,被相続人の占有に自己の占有を併せて主張することができる(最二判昭37・5・18民集16巻5号1073頁)。
占有の承継人が,前主の占有を併せて主張する場合,占有の性質は,連続して承継人に承継されると解されている。例えば,占有がAからB,BからCに承継された場合,中間のBの占有に瑕疵があったとしても,最初のAの占有に瑕疵がなければ,AからCまで全体として瑕疵のない占有となるのであり,占有の善意・無過失は,最初の占有開始時に判定すればよいとされている(最二判昭53・3・6民集32巻2号135頁(民法判例百選I[第4版](1996年)64事件))。
他主占有から自主占有への変更は,他主占有者が占有の権限を与えた本人に対して,所有の意思があることを表示するか,または,新権原によって所有の意思をもって占有を始めるのでなければ,実現しない(民法185条)。
そこで,一般承継である相続の場合,被相続人が他主占有者であった場合,相続人は,相続を新権原とみて,自主占有を主張できるかどうかが問題となる。
従来の判例は,相続は新権原とはならないとしていたが(大判昭6・8・7民集10巻763頁),最高裁は,判例を変更して,相続は新権原に該当すると判断するに至った(最三判昭46・11・30民集25巻8号1437頁(民法判例百選I[第4版](1996年)63事件))。したがって,例えば,A,B間の契約が,売買契約ではなく,有効な使用貸借契約であったが,借主Bが賃料を支払っていなかったため,Bの相続人CがBから所有権を相続したと考えていた場合には,Cは,Aに対して相続を新権原として,自主占有への変更を主張できると解されることになる。
占有は,占有者が占有の意思を放棄し,または,占有物の所持を失うことによって消滅する。占有の消滅は,即,占有権の消滅をきたす(民法203条本文)。
ただし,占有物の所持が奪われた場合でも,占有者が占有回収の訴えを提起した場合には,占有権は消滅しない(民法203条ただし書)。しかし,このことは,占有者が所持を失った場合でも,占有者が占有回収の訴えを提起して勝訴し,現実にその物の占有を回復したときは,現実に占有していなかった間も占有を失わず,占有が継続していたものとみなされる趣旨であると解されている(最三判昭44・12・2民集23巻12号2333頁)。したがって,この場合にも,占有の存否と占有権の存否とは,一対一に対応している。
代理人による占有の場合は,本人の占有(間接占有)は,(1) 本人の側から代理人による占有をしないとの意思を明らかにした場合,(2)代理人が本人に対して,自己または第三者のために占有物を所持するという意思を表示した場合,(3) 代理人が占有物の所持を失った場合に消滅する(民法204条)。
(1)の場合,代理占有が成立するためには,本人の意思は要件とはされない。しかし,本人が代理人によって占有しないという意思を積極的に表示するときは,もはや代理占有を認めるべきではないというのが間接占有の消滅の理由とされている(我妻栄『新訂物権法』岩波書店(1983年)518頁)
なお,代理人による占有の場合,本人の占有(間接占有)は,上記の通り,民法204条によって消滅するが,代理人の占有(直接占有)の方は,原則に戻って,民法203条にしたがって消滅する。
問題1 占有を正当化する本権には,物権のほか,債権がある。占有を正当化する本権として,どのような債権があるか,列挙しなさい。
問題2 代理による占有(代理占有)における代理と意思表示の代理との違いを説明しなさい。
占有は,以下の図のように,本権との関係で,本権公示機能,本権証明機能,本権取得機能,占有と本権との調整機能を有し,占有自体を保護するために,占有保護機能(占有訴権)を有している。
表 2 占有の機能
占有の機能 | 根拠条文 | ||
---|---|---|---|
本権公示機能 | 動産物権変動の対抗要件(占有の移転) | 民法178条 | |
留置権の対抗要件(占有の継続) | 民法302条 | ||
動産質権の対抗要件(占有の継続) | 民法352条 | ||
指図債権譲渡の対抗要件(裏書証書の交付) | 民法469条 | ||
本権証明機能 | 権利適法の推定 | 民法188条 | |
本権取得機能 | 取得時効 | 民法162条 | |
善意取得 | 民法192条〜194条 | ||
占有による動物の取得 | 民法195条 | ||
本権と占有権の調整機能 | 占有者の果実取得権 | 民法189条,190条 | |
所有者の損害賠償請求権 | 民法191条 | ||
占有者の費用償還請求権 | 民法196条 | ||
占有保護機能 | 占有訴権 | 占有保持の訴え | 民法197条〜202条 |
占有保全の訴え | |||
占有回収の訴え |
動産の物権変動は,引渡(占有の移転)によって公示され,対抗要件を取得する(民法178条)。指図債権の譲渡も裏書による証書の交付(占有の移転)によって公示され,それによって対抗要件を取得する(民法469条)。
これに対して,動産留置権,動産質権の対抗要件は,引渡ではなく,占有の継続であり(民法302条,民法352条),不動産留置権の対抗要件も,登記ではなく,占有の継続である(民法302条)。
占有は本権の存在によって正当化される。現実には,占有は,それに本権が伴っている蓋然性が高いため,本権の存在を推定させる役割を果たしている。
占有者は,占有物の上に行使する権利を適法に有するものと推定される(民法188条)。占有によって推定される権利は,所有権のほか,有の態様によって,地上権,賃借権も推定されうる。
不動産物権変動の対抗要件は占有ではなく,登記であり,登記に推定力がある(最一判昭34・1・8民集13巻1号1頁)ので,登記と占有が分離した場合に,占有に権利適法の推定力があるかどうかが問題となる。
第1次的には登記に推定力があるが,それが破られたときは,第2次的に占有者が本権の推定を受けると解すべきであろう(鈴木禄弥『物権法講義(3訂版)』創文社(1985年)63頁)。
20年間平穏・公然と他人の物を自主占有した者は所有権を取得する(民法162条1項)。また,占有の開始時に善意・無過失で占有を開始した場合には,10年間平穏・公然と他人の物を自主占有した者が,所有権を取得する(民法162条2項)。
所有権の存在の証明は,悪魔の証明といわれるほどに困難であり,前主,前々主と遡って権原を尋ねていくうちに,文書が散逸し,証明が困難となる。取得時効の制度は,最長20年の占有でもって,歴史の不要な詮索を遮断し,所有権の証明に代えるものであり,所有権秩序の維持にとってなくてはならないものである。
泥棒でも,20年間平穏・公然と他人の物を自主占有すれば所有権を取得できるのは,このような所有権秩序を維持すべき制度の避けることのできない副作用と考えるべきである。
民法163条は,所有権以外の財産権を自己のためにする意思をもって平穏かつ公然に行使する者は,162条の悪意占有,善意占有の区別に従い,20年または10年の後にその権利を取得すると規定している。
取得時効が認められる所有権以外の財産権としては,第1に,目的物を実際に占有する権利が挙げられる。例えば,地上権,地役権(ただし,民法283条に特則があり,時効取得ができるのは,継続・表現のものに限るとしている)等の用益物権,漁業権,鉱業権等の特別法上の物権,質権,賃借権(最三判昭43・10・8民集22巻10号2145頁)等の債権上の権利がある。
賃借権の具体例としては,管理人と称する無権限者から賃借した者が,その者に賃料を支払ってきた場合最一判昭52・9・29判時866号127頁,他人の土地の所有者と称する者から,建物を買い受けるとともにその敷地を賃借した者が,賃料を支払ってきた場合(最二判昭62・6・5判時1260号7頁)等がある。これらの権利は,20年間,または,10年間の占有を要件として,時効取得が認められる。
取得時効が認められる所有権以外の財産権としては第2に,占有を媒体としない抵当権,および,著作権,特許権,意匠権等の無体財産権が挙げられる。これらの権利は,財産権を自己のためにする意思をもって行使すること,すなわち,準占有(民法205条)によって,時効取得が認められる。
動産に関しては,不動産の場合と異なり,公示手段としての占有に公信力が与えられている。したがって,公示を信用して,権利を譲り受けた善意・無過失の第三者は,たとえ譲渡人が無権利者であっても,または,譲渡人の有する権利には負担がついていたとしても,譲渡人と譲受人との間の契約が有効である限り,負担のない完全な権利を原始取得する(民法192条)。
善意取得の対象となる権利は,所有権と質権であるとされている。善意取得は,動産が頻繁に取引の対象となり,しかも,動産の公示方法として占有以外に適当な公示方法がないことに由来する。これに反して,準占有の対象となる財産権(例えば,無体財産権)は,動産ほど頻繁に取引の対象とされないこと,または,公簿への登録など,他の公示方法が備わっていることを理由として,善意取得の制度は適用されないと解されている。ただし,民法319条は,動産先取特権の一部,すなわち,不動産賃貸の先取特権,旅店宿泊の先取特権,旅客・荷物の運輸の先取特権について,準占有の場合にも,善意取得を認めているので注意が必要である。
他人が飼育していた家畜外の動物が逃げた場合,善意でその家畜外の動物の占有を開始した者は,その動物が逃げ出してから1ヵ月を経過した時点で,その動物の所有権を取得する。
盗品・遺失物の善意取得者が,盗難・遺失の時から2年を経過した時点で所有権を取得するのと,そのメカニズムは同じであり,ともに,1ヵ月,2年の短期取得時効と考えることが可能である。
具体例で考えてみよう。人に飼われていたスズメ,カラス等が逃げ出し,そのことを知らずに飼い始めた人は,1ヵ月以内にもとの飼い主から請求がない場合には,所有権を取得する。これに対して,カナリヤ,ジュウシマツ,インコ等の家畜と見られる小鳥は,遺失物に準じるものとして扱われる(遺失物法12条)。これらの人に飼育されるのが通常である小鳥を拾得した人は,飼い主が不明のときは,警察署長に届け出て,公告後,6ヵ月以内に飼い主が現れないときは,その所有権を取得することになる(民法240条)。
野鳥を飼育する場合は,無主物として,飼い主が原始取得する。しかし,野鳥の飼育は,時期を限って狩猟を認められる鳥を除き,原則として飼育は禁じられており,特別の許可を得て捕獲した野鳥の場合も,都道府県知事から飼育を許可された場合に限って飼育できるに過ぎない(鳥獣の保護及び狩猟の適正化に関する法律8条,9条)。
判例では,家畜外の動物に九官鳥が入るかどうかが争われたが(大判昭7・2・16民集11巻138頁),九官鳥が自然に生息していない場所においては,九官鳥は,野性動物ではなく,その場合は,家畜と判断するのが適切であろう。
本権を有しない善意占有者または悪意占有者が,占有物から生じた果実を収取したり,占有物を滅失・損傷することによって,本権を侵害したり,それとは反対に,占有物に必要費・有益費を支出することによって,本権に利益を与えるといった事態が生じうる。
そのような場合に,占有者と本権の回復者との利益調整をいかに図るべきであろうか。
本権のない占有者が,果実を取得したり,占有物を滅失・損傷した場合には,民法709条以下の不法行為の成立が考えられるが,善意・無過失の占有者については,不法行為に基づく損害賠償請求権は成立しない。
本権のない占有者が,占有物に必要費・有益費を支出した場合,民法697条以下の事務管理の成立が考えられるが,善意または悪意の占有者は,必要費・有益費を自己のために支出しているので,「他人のためにする」という意思を欠いており,事務管理に基づく費用償還請求権は成立しない。
そこで,立法者は,このような場合につき,不法行為や事務管理による個別的解決をあきらめ,すべての場合に,不当利得による請求を認めることによって,統一的な解決を図ることにしている。そして,善意の不当利得と悪意の不当利得を区別することによって公平を保持するとともに,不当利得の一般原則を各々の場合に応じて,修正を加え,いわゆる不当利得の類型論を先取りしているとも考えうる,見事な解決を図っている。
表 3 不当利得の類型と占有の不当利得
定義 | |
給付不当利 (Leistungskondiktion) |
1 現在又は将来の債務履行のため他人に出捐した者は,債務の債権者と考えた者(受領者)から,以下の場合に,給付した物の返還を請求することができる。 |
(a) 債務が不存在,不成立,又は後に消滅したとき | |
(b) 債権の請求を永久に排除する抗弁権があったとき | |
2 以下の場合には,前項の返還請求は排除される。 | |
(a) 倫理上の義務の履行として給付がなされたとき | |
(b) 債務が消滅時効にかかっていたとき | |
(c) 前項の要件の下においても,出捐をそのままにすることを給付者が望んだと受領者がみなしうるとき | |
侵害不当利得 (Eingriffskondiktion) |
1. 他人の同意なく,他人の所有権,その他の権利,又は財産的価値のある財産を,処分,費消,使用,付合,混和,加工,又はその他の方法で侵害した者は,権利者に通常の価値を賠償する責めを負う。 |
2. 無効な処分がなされたときは,権利者は侵害者から,追認と引き換えで価値賠償を請求できる。 | |
支出不当利得 (Aufwendungskondiktion) |
1. 他人の債務を,それと知って,又は錯誤によって弁済した者は,訴訟係属時に他人(真の債務者)が債務解放により利得している限りで,他人からの出費の返還を請求できる。 |
2. 他人の財産に,それと知って又は錯誤によって支出をした者は,他人が自己の財産計画に照らしてもその費用により利得している限りで,他人から,出費の返還を請求できる。 |
定義に関しては,法政大学現代法研究所『西ドイツ債務法改正鑑定意見の研究』日本評論社(1988年)395頁以下のD.Koenigの鑑定意見を参考にした。
すなわち,本権のない占有者が,占有物から生じた果実を収取したり,占有物を滅失・損傷して,本権を侵害した場合には,「不法行為になり損ねた不当利得」としての「侵害不当利得」の法理を適用して,本権の回復者の損害の回復を図り,本権のない占有者が,占有物に必要費・有益費を支出した場合には,「事務管理になり損ねた不当利得」としての「支出不当利得」の法理を適用して,占有者に費用償還請求権を認めている。
それでは,立法者の意図した占有の不当利得に関する類型論的な解決とは何か,それぞれの場合について,具体的に見ていくことにしよう。
本権がないにもかかわらず,他人の物を占有して,果実を収取したり,占有物を滅失・損傷した場合,占有者に故意または過失がある場合には,不法行為が成立し,その物の所有者は,占有者に対して損害賠償を請求できる。
しかし,民法189条は,善意の占有者は,占有物から生じる果実を取得すると規定しており,たとえ占有者に過失がある場合であっても,占有者が善意である限り,不法行為責任を免責されると解されている。
このように,占有者が善意である場合,および,占有者に故意または過失がない場合には,所有者は,不法行為に基づく請求をすることはできないが,占有者に対して,民法703条,704条の不当利得に基づく返還請求をすることは,できるはずである。
不当利得の一般原則である民法703条,704条によれば,善意の不当利得者は,利益の存する限度において利得の返還をしなければならず,悪意の不当利得者は,受けた利益に利息を付し,かつ,損害がある場合には損害の賠償をしなければならない。
この法理を占有の場合に当てはめると,善意の占有者が果実を収取した場合,費消した分については返還の必要がないが,まだ,費消していない分については返還義務が生じる。また,悪意の占有者が果実を収取した場合には,費消した分についても,利息を付して返還,または,損害賠償をする義務が生じるはずである。
しかし,民法189条,190条は,不当利得の一般原則ではなく,侵害不当利得の法理にしたがって,一般不当利得の場合よりも,占有者に厳しい責任を課していると解すべきである。なぜなら,善意占有者の果実収取に関しては,善意の占有者が本権の訴えに敗訴した場合には,その起訴の時から悪意の占有者とみなすと規定しており,さらに,悪意の占有者(強暴・隠秘の占有者も同じ)の場合には,すでに費消した果実,損傷した果実ばかりでなく,収取を怠った果実の代価を償還する義務をも課しているからである。
このように,民法189条は,侵害不当利得を定めた規定であると解すべきであるから,「善意の占有者は,占有物から生ずる果実を取得する」という規定の意味は,善意の占有者は,費消していない果実をも取得するという意味ではなく,不当利得の原則に従い,費消した果実については,返還の必要はないが,費消していない果実については,その返還を義務づけていると解すべきである。
占有者がその責めに帰すべき事由によって占有物を滅失・損傷した場合には,本来ならば,所有者は,占有者に対して,損害賠償の請求ができるはずである。
しかし,民法は,占有物を自己の物と確信して取り扱っている善意の自主占有者に関しては,不法行為責任を免責し,占有者に,侵害不当利得の法理に基づく責任のみを認めている。
すなわち,悪意の占有者の場合は,その損害の全部を賠償する責任を負わせるとともに,善意の占有者に対しては,現に利益を受ける限度において,損害を賠償する責任を負わせている。
ただし,他主占有者は,他人のために占有しているのであるから,占有物を善良な管理者の注意義務(民法400条)をもって管理する義務がある。したがって,民法は,他主占有者が,占有物を滅失・損傷した場合には,善意の場合であっても,全額の損害賠償責任を負うと規定している(民法191条)。
占有者が占有物の保存費用等の必要費を支出した場合には,占有者は,占有物を返還するに際して,回復者に対して,必要費の償還を請求できる(民法196条1項本文)。ただし,占有者が果実を収取した場合には,通常の必要費は,償還を請求できない(民法196条1項ただし書)。
占有者が占有物の改良費用等,有益費を支出した場合には,占有物の価格の増加が現存する場合に限って,占有物を返還する際に,回復者の選択にしたがって,有益費,または,増加額のいずれかの費用の償還を請求できる(民法196条2項本文)。ただし,悪意の占有者に対しては,裁判所は回復者の請求により,相当の期限を許与できる。その場合には,悪意の占有者は,占有物に関して留置権を行使することができない(民法196条2項ただし書)。
占有の訴え(占有訴権)は,占有を本権から切り離し,占有自体を保護する制度である。物に対する単なる事実的な支配状態に過ぎない占有が,権利であるとして認められるのは,占有が占有の訴えによって保護されているからである。
したがって,占有の訴えと本権の訴えとの関係は,本来独立であるべきである。民法も,占有の訴えは,本権の訴えと互いに提起することを妨げられないし,占有の訴えについては,本権に関する理由に基づいて裁判することはできないと規定している(民法202条)。
しかし,このような理念は,占有の訴えが,本権の訴えとは別の簡易な手続きで行われることを前提にしていた。しかし,そのような手続きは作られることがなく,占有の訴えを本権の訴えから完全に切り離すメリットは,半減してしまった。
そこで,判例は,占有の訴えに対し,防御方法として本権の主張をすることは民法202条2項に反して許されないが,これに対して本権に基づく反訴を提起することは禁じられないと判断し,理念と現実との妥協を図っている(最一判昭40・3・4民集19巻2号197頁(民法判例百選I[第4版](1996年)68事件))。
占有訴権との対比で考慮されなければならないものに物権的請求権がある。物権的請求権とは,物に対する直接・排他的な支配権である物権が,目的物の侵奪,目的物の使用・収益権の妨害という物権の侵害,または,そのおそれがある状態が生じた場合に,それらの侵害または危険状態を排除して物権の直接的・排他的支配状態を回復することを請求する権利のことをいう。
物権的請求権は,客観的な物権の侵害または侵害のおそれがある状態が生ずれば発生するものであり,相手方の故意・過失を必要としない点に特色があり,債権的な損害賠償請求権と区別されてきた(大判昭12・11・19民集16巻1881頁(民法判例百選I[第4版](1996年)70事件))。
物権的請求権について,民法は明文の規定を設けなかったため,かつては,占有訴権が物権的請求権の根拠とされてきたこともある。例えば,占有訴権は本権の訴えを想定しているので,占有訴権に対応する本権としての物権的請求権が存在するといった論法で物権的請求権の存在を正当化するという試みがなされていた。
しかし,現在においては,物権的請求権は,先に述べたように,物権の物に対する排他的支配権という性質から当然に導かれるとされており,しかも,表 46に示したように,人格権に基づく妨害排除,妨害予防(差止め)請求権が判例によって認められるようになり,さらには,債権に基づく妨害排除,差止請求権が認められるようになると,占有訴権と本権に基づく妨害排除,妨害予防,返還請求権とは,原則に立ち返って,互いに独立のものと考えられるようになってきている。
表 4 占有訴権と本権に基づく妨害排除・予防・回復請求権との対比
妨害の排除 | 妨害の予防(差止め) | 妨害からの回復 | ||
---|---|---|---|---|
占有権 | 占有保持の訴え (民法198条) |
占有保全の訴え (民法199条) |
占有回収の訴え (民法200条〜202条) |
|
本権 | 物権 | 妨害排除請求権 | 妨害予防請求権 | 物権的返還請求権 |
人格権 | 人格権に基づく妨害排除請求権 | 人格権に基づく差止請求権 (最判昭61・6・11民集40巻4号872頁・民法判例百選I[第4版]4事件) |
− | |
名誉回復請求権(民法723条) | ||||
債権 | 賃借権に基づく妨害排除請求権 (最判昭28・12・18民集7巻12号1515頁) |
債権(不法行為)に基づく差止請求権 (不正競争防止法3条、民法414条3項) |
契約に基づく返還請求権 (民法597条、616条等) |
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不当利得返還請求権 (民法703条以下) |
占有者が,その占有を妨害されたときは,占有保持の訴えによって,その妨害の停止,および,損害の賠償を請求することができる(民法198条)。
この訴えは,その妨害が存在する間はいつまでも提起できるが,その妨害が終わった後は,損害賠償請求を1年以内に限って提起できる(民法201条1項本文)。
ただし,工事によって占有物に損害が生じた場合には,その工事の着手の時から1年を経過し,または,その工事が竣成したときは,占有保持の訴えを提起することができない(民法201条1項ただし書)。
しかし,このただし書は,工事が社会経済的に最優先されていた時代の思想を反映した規定であり,環境問題の高まりの中で,必ずしも工事に最優先の価値を与えることが正当化できない現代においては,妨害原因が工事であるというただし書の事由は,占有保持の訴えを認めるべきかどうかを判断する要因のうちのファクターの1つに過ぎないと解釈すべきである。立法論としては,民法201条1項ただし書は,削除すべきであろう。
占有者が,その占有を妨害されるおそれがある場合には,占有者は,占有保全の訴えによって,その妨害の予防,または,損害賠償の担保を請求することができる(民法199条)。
損害賠償の担保は,損害賠償が相手方の故意または過失を要件としているのと異なり,妨害を生じるおそれがある以上,相手方の故意または過失を必要としないと解されている。
占有保全の訴えは,妨害の危険が存在する間は,いつでも提起することができる(民法201条2項本文)。
ただし,工事によって占有物に損害を生じるおそれがある場合には,占有保持の訴えの場合に準じて,工事着手の時から1年を経過したときは,訴えを提起することができない(民法201条2項ただし書)。しかし,この場合も,占有保持の訴えについて述べたように,工事の場合のみを特別扱いする理由は存在しないと思われる。立法論としては,民法201条2項ただし書は,削除すべきであろう。
占有者がその占有を奪われた場合には,占有者は,占有回収の訴えを提起することができる(民法200条1項)。
占有を奪われるとは,占有者の意思に反して占有を奪われること,すなわち,占有侵奪を意味するので,賃貸借期間が終了したために占有物を返還させられたり,占有物を詐取された場合には,占有を奪われたことにはならないため,占有回収の訴えは提起できないと解されている(大判大11・11・27民集1巻692頁)。
さらに,占有回収の訴えは,侵奪者の特定承継人には,特定承継人が悪意でない限り,提起できない(民法200条2項)。侵奪者からの目的物の賃借人や受寄者は,侵奪者の占有代理人であり,厳密には特定承継人ではない。しかし,判例・通説は,占有の関係では特定承継人であるとし,それらの者が悪意でない限り,占有回収の訴えを認めない(大判昭19・2・18民集23巻64頁)。
この結果,善意の賃借人・受寄者は,真の権利者に対する関係で,賃借権・受寄者としての権利を善意取得したのと同様の結果が生じる。なお,占有回収の訴えを提起できる期間は,侵奪の時から1年以内である。
問題3 Aは,自分の部屋に九官鳥が飛び込んできたので,近くに飼い主がいないか探したがわからないのでそのまま飼っていた。ところが3年ほどたってから,Bが警官と一緒にやってきて,あなたのところで飼っている九官鳥は自分が逃がしたものだから返してもらいたいといって,Aが拒絶したにもかかわらず力ずくで奪ってもって帰ってしまった。そこで,Aは,Bに対して,所有権に基づく返還請求を行なった。これに対して,Bは,九官鳥は家畜であるので,Aは所有権を取得していないとして争った(大判昭7・2・16民集11巻138頁)。
(1) 九官鳥は家畜か。
(2) Bがもって帰った九官鳥は第三者のものであることがわかった場合,AはBに対して返還を請求しうるか。
問題4 Aが土地建物をBに売り,BがCに転売して,現在Cが居住している。ところが,AB間の売買が錯誤で無効であったとする。そこで,AはCに対して土地建物の返還を請求した。Cは,家庭菜園でバラ,トマト,キュウリ,ナス,甘藷を栽培し,40万円の収益をあげ,10万円相当の甘藷を地下室に蓄えている。また,納屋1棟は失火で焼失したが,住居1棟は,100万円をかけて雨漏りのしていた屋根を葺き換え,100万円で外壁を塗装し,100万円で内装を施して見違えるようにきれいに修繕をしている。
(1) Cは,収益40万円と蓄えている甘藷をAに返還しなければならないか。
(2) Cは,焼失した納屋を建て直して返還しなければならないか。損害賠償はどうか。
(3) Cは,修繕に要した費用につき,償還請求をなしうるか。
問題5 Aは所有する14トン積みの小丸船を店の前の川岸につないでおいた。ところが,それを海を隔てたBが盗んで自分の川岸につないでおいた。Aは船を盗まれたので,懸賞をつけて船を探させたところ,20日後に,Bの店先に盗まれた船があることがわかった。そこで,Aはだまってこの船をBから奪った。BはAに対して占有回収の訴えを提起した。これに対して,Aは,以下のような理由で争った。このような主張は認められるか(大判大13・5・22民集3巻224頁(民法判例百選I[第4版](1996年)69事件:小丸船事件))。
(1) だまってもって帰ったのは悪かったが,もともと,小丸船は自分のものである。所有権に基づく返還請求をすればBはAに返さなければならないのであるから,Bの請求は,結局のところ,理由がない。
(2) Aは,占有権に基づいても,占有回収の訴えが提起できる。そうすると,本件のBの占有回収の訴えは,Aの占有回収の訴えと矛盾することになり,効力を有さない。つまり,占有侵奪から1年以内で,善意の第三者に渡っていない場合は,自力で奪回することは許されているのである。
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