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所有権

作成:2006年5月5日

明治学院大学法科大学院教授 加賀山 茂



T 所有権の「絶対」とその制限


「所有権の絶対」という概念は,商品の自由な流通に関しては,契約自由の原則が妥当する範囲において,現代においても,なお,妥当するものである。しかし,土地の利用・処分に関しては,「公共の福祉」の制限の下でのみ妥当すると考えるべきである。環境問題,都市問題の解決が迫られている現代においては,特に,土地所有権の効力を制限的に解釈することが要請されている。

この講義では,相隣関係を中心に,所有権,特に,土地所有権に内在する制限,負担について考察し,土地所有権は絶対的な権利ではなく,「所有権は義務を伴う」ものであることについての理解を深めることにする。

1 所有権の絶対と契約自由の原則

A. 所有権の絶対

近代法の原則として,「所有権の絶対」と「契約自由」の2原則が強調されることがある。

所有権の絶対に関しては,まず,憲法29条が,第1項で「財産権は,これを侵してはならない」と宣言しており,同条第3項は,私有財産を公共のために用いるときといえども,「正当な補償」をしなければならないと規定している。

民法206条も,所有権を定義して「所有者は,法令の制限内において,自由にその所有物の使用,収益及び処分をする権利を有する」と規定し,さらに,土地所有権に関しては,民法207条は,「土地の所有権は,法令の制限内において,その土地の上下に及ぶ」と規定しており,土地の所有権は,その上空,地上,地下のすべてを支配し,かつ,そのすべてを使用・収益・処分できる権能であることを認めている。

B. 所有権の絶対と契約自由の原則との関係

所有権の絶対は,封建的な土地制度を一掃して,生産要素の1つとしての土地に関して自由な売買を制限していた複雑な所有関係を統一し,契約自由を実現するための必要不可欠の措置であった。しかし,それは,市場経済をモデルとする資本主義経済を実現するために掲げられたスローガンに過ぎない。

したがって,所有権の絶対は,契約自由の原則が正当性を有する場面では妥当するが,公共の福祉が実現されるべき,相隣関係,都市計画,環境管理との関係では,全面的に妥当するものではない。

C. 公共の福祉による所有権の内容および行使の制限

人口爆発により,地球がどんどん狭くなっている現状においては,所有権の絶対を主張して,都市の秩序を破壊したり,環境を破壊するような所有権の行使方法は,公共の福祉のために,大幅に制限されるべきである。

憲法29条第2項が,「財産権の内容は,公共の福祉に適合するやうに,法律でこれを定める。」とし,第3項が,「私有財産は,正当な補償の下に,これを公共のために用ひることができる。」と規定しているのは,所有権は絶対ではなく,特に土地所有権については,公共の福祉の名において制限されるべきものであることを宣言したものと解すべきである。

民法206条,民法207条の規定も,すべて,法令の制限内で,使用・収益・処分の自由を認めているに過ぎず,所有権絶対の原則というのは,あくまでも,契約自由を実現するための手段としてのスローガンの意味を有していたに過ぎないことを認識すべきである。つまり,所有権の絶対という原則は,契約自由の原則が妥当する範囲で,かつ,公共の福祉に適合する範囲でのみ妥当すると理解するべきである。

D. 契約自由の原則の制限

契約自由の原則に関しても,市場経済を発展させるための原則として採用されたものであり,競争を阻害するカルテル契約や談合契約,さらに,不公正な競争を助長するような商業倫理に反する契約は,独占禁止法,ひいては,公序良俗に反する契約として許されない。

契約自由の原則は,とくに,最近の約款取引の増加によってその問題性が明らかとなっており,消費者保護の観点からの契約自由の原則に対する制限が必要となっている。この点に関しては,契約の最後の章で詳しく議論する。

E. 所有権は義務を伴う

1) 概論

ワイマール憲法の伝統を引き継ぐドイツ憲法14条2項は,「所有権は義務を伴う。その行使は,同時に公共の福祉に役立つべきである。」と規定している。

わが国の解釈としても,所有権は,必ずしも,その使用・収益・処分につき,絶対的な権利が保障されているものではない。所有権は,まず,内容的に法令による制限を受けているばかりでなく,その行使は,他人の権利を侵害しないように,さらに,公共の福祉に従わなければならないと解すべきである。

民法自体によっても,近隣の所有権との調和のため,以下のような,さまざまな義務が課せられており,わが国においても,土地に関しては,「所有権は義務を伴う」存在であるといわなければならない。

表 1 土地所有者の義務

土地所有者の義務の態様 根拠条文
土地所有者の
義務
作為義務
(安全,環境, プライバシィ保護)
接道義務 建築基準法43条1項
損害予防のための工事義務 民法216条
目隠し設置義務 民法235条
不作為義務
(侵害予防)
雨水直接排水禁止 民法218条
水路・幅員変更禁止 民法219条1項
枝の剪除(せんじょ)禁止 民法233条
近傍工作物の距離保持義務 民法234条,236-238条
受忍義務
(土地の共同利用)
立ち入り受忍義務 民法209条
囲繞地通行受忍義務 民法210-213条
排水流入受忍(承水)義務 民法214条
水流疎通工事受忍義務 民法215条
工作物利用受忍義務 民法221条
境界標識設置受忍義務 民法223条
境界囲障設置受忍義務 民法225条
根の截取受忍義務 民法233条
2) 土地所有者の作為義務(安全,環境,プライヴァシィ保護)
A) 接道義務(建築基準法43条1項)

建物を建てる際には,安全上の支障がない特別の場合を除き,その敷地が幅4メートル以上の道路(公道だけでなく私道を含む)と2メートル以上接していなければならない。

B) 損害予防のための工事義務(民法216条)

貯水,排水,引水のために設けた工作物の破潰・阻塞によって,乙地に損害を及ぼし,または,及ぼすおそれがある場合には,必要に応じて,修理,予防工事をする義務を負う。

C) 目隠し設置義務(民法235条)

境界線から1メートル未満の距離において他人の宅地を観望すべき窓または縁側を設ける者は,目隠しを付さなければならない。

3) 土地所有者の不作為義務(侵害予防)
A) 雨水直接排水禁止義務(民法218条)

雨水を直接隣地に注ぐような屋根,その他の工作物を設けることができない。

B) 水路・幅員変更禁止義務(民法219条1項)

溝渠,その他の水流地の所有者は,対岸の土地が他人の所有に属するときは,その水路または幅員を変更することができない。

C) 枝の剪除禁止義務(民法233条)

隣地の竹木の枝が境界線を越えるときは,その竹木の所有者に対してその枝を剪除するよう請求することができる。しかし,自らその枝を剪除することはできない。

D) 近傍工作物の距離保持義務(民法234条,236-238条)

建物を築造するには,境界線から50センチメートル以上の距離を置かなければならない。それ以内で建物を建てることはできない。

4) 土地所有者の受忍義務(土地の共同利用の受忍)
A) 立入受忍義務(民法209条本文)

隣地の境界またはその付近で障壁や建物を築造したり,その修繕をする場合には,必要な範囲内で隣人が自己の土地を使用することを受忍しなければならない。

B) 囲繞地通行受忍義務(民法210-213条)

囲繞地の所有者は,袋地の所有者が,自己の土地を通行することを受忍しなければならない。

C) 排水流入受忍(承水)義務(民法214条)

土地の所有者は,隣地から自然に流れてくる水流を妨げることはできない。

D) 水流疎通工事受忍義務(民法215条)

水流が事変によって,低地で阻塞(そ そく)したときは,低地の所有者は,高地の所有者が,自費で,その疏通に必要な工事を自己の土地で行うことを受忍しなければならない。

E) 工作物利用受忍義務(民法221条)

低地の所有者は,高地の所有者が自己が設けた排水路を使用するのを受忍しなければならない。

F) 境界標識設置受忍義務(民法223条)

隣地の所有者が,自己との境界に,境界標識を設置するのを受忍しなければならない。

G) 境界囲障設置受忍義務(民法225条)

隣地の建物所有者が,自己の土地との境界に,囲障を設置するのを受忍しなければならない。

H) 根の截取受忍義務(民法233条)

隣地の所有者が,自己の所有物の根を截取するのを受忍しなければならない。

2 相隣関係による所有権の制限

A. 概論

土地所有権は絶対とされているが,所有権の客体としての一筆の土地は,他の土地と相互に隣接し合っている。したがって,ある土地の利用は,隣接する土地に対して,何らかの影響を及ぼすことが少なくない。そこで,隣接する土地所有者相互間の土地利用を調整することが必要となる。

この場合に,隣接する他の所有者による通常の土地利用(境界近くの建物・障壁の築造・修理のための土地への立入,囲繞地の通行,自然排水,流水利用,境界の設置等)につき,所有権の絶対を振りかざして,それらの所有権に対する「侵害行為」を許さないとするならば,地域の生活は成り立たない。

相隣関係は,所有権が絶対的なものではなく,人間のよりよい生活のためには,必然的に制限を受けるものであること,通常の生活から必然的に生じる損害については,それを最小限に抑える努力を相互に負うとともに,損害の負担も相互に分かち合うべきものであることを明らかにしている。

表 2 相隣関係から生じる権利

相隣関係から生じる権利 根拠条文
隣地使用に関するもの 隣地立入権 民法209条
隣地通行権(囲繞地通行権) 民法210-213条
排水・流水に関するもの 排水権 民法214-218条,220-221条
流水利用権 民法219条,222条
境界に関するもの 界標設置権 民法223-224条
囲障設置権 民法225-228条
境界線上の工作物の互有 民法229-232条
竹木に関するもの 竹木の剪除請求権・截取権 民法233条
境界付近の工作物に関するもの 近傍施設に対する差止請求権 民法234条
観望施設の目隠し設置請求権 民法235-236条

B. 隣地使用に関するもの(民法209-213条)

1) 隣地立入権(民法209条)

土地の所有者は,境界またはその付近で障壁や建物を築造したり,その修繕をする場合には,必要な範囲内で隣地の使用を請求することができる(民法209条本文)。

土地所有権が絶対であるならば,隣地の所有者は,土地への立入を拒絶できるはずである。しかし,民法は,土地所有権といえども絶対的な権利ではなく,他の所有権との調和を図るため,隣地の付近の障壁や建物の建築・修理のために,隣地を使用する権利を認めたのである。ただし,土地への立入によって隣人が損害を受けたときは,隣人は,償金を請求することができる(民法209条2項)。

他方で,隣地とは異なり,プライヴァシィの侵害の恐れが強い隣家への立入には,隣人の承諾が必要であることを明らかにしている(民法209条1項ただし書)。互いの所有権を尊重しつつ,損害を最小限に抑えようとする工夫がみられる。隣人が建物への立入を認めた場合であっても,それによって隣人が損害を受けたときは,隣地使用の場合と同様,償金を請求できる(民法209条2項)。

ところで,最近のマンション建設の発達は,隣地とその住家との区別を困難にしている。配管等の工事をしようとすれば,上の階や下の階の住家の立入を求めざるを得ない場合が生じるからである。そこで,区分所有に関する法律6条2項は,「区分所有者は,その専有部分又は共用部分を保存し,又は改良するため必要な範囲内において,他の区分所有者の専有部分又は自己の所有に属しない共用部分の使用を請求することができる。この場合において,他の区分所有者が損害を受けたときは,その償金を支払わなければならない。」と規定し,マンションの場合は,隣地ならぬ隣家への立入を認めている。

表3 囲繞地(包囲地)通行権の種類

袋地,準袋地の場合 分割・譲渡による袋地の場合
囲繞地(包囲地)
通行権
公路に出るため,隣地(囲繞地)を通行できる。 公路に出るため,分割・譲渡された他方の土地のみを通行できる。
2) 隣地通行権(囲繞地通行権)(民法210-213条)
A) 袋地,準袋地の場合

ある土地が他の土地に取り囲まれ(囲繞され)て公路に通じることができない場合には,その土地(袋地)の所有者は(最二判昭47・4・14民集26巻3号483頁(民法判例百選I[第4版](1996年)56事件)によれば,袋地の所有者は,登記を備えている必要はないとされている),公路に至るため,取り囲んでいる土地(囲繞地)を通行することができる(民法210条1項)。

池沼,河渠(かきょ)(川と掘割り)もしくは海洋を経由するのでなければ,他に公路に通じることができないか,または,崖岸(がいがん)があって,土地と公路とが著しい高低差を生じているとき(準袋地という)も同様である(民法210条2項)。

これらの場合,通行の場所・方法は,囲繞地通行権を有する者のために必要であり,かつ,囲繞地のために損害が最も少ないものを選ばなければならない(民法211条1項)(最一判昭37・3・15民集16巻3号556頁(民法判例百選I[第4版](1996年)71事件)参照)。また,囲繞地通行権を有する者は,必要があれば,通路を開設することも認められている(民法211条2項)。

囲繞地の通行によって,囲繞地の所有者に損害が発生する場合には,囲繞地通行権を有する者は,通行地の損害に対して償金(本来,迷惑料だが,通行料としての意味を持つ)を払わなければらないない(民法212条本文)。ただし,通路開設のために生じた損害に対するもの以外の損害については,1度に全額ではなく,1年ごとに,その償金を払うことができる(民法212条ただし書)。

隣地所有者が主張できる権利の範囲と方法に関して,民法211条1項が掲げている「保護されるべき者の必要の限度で,しかも,相手方の損害が最小限になるように」という考え方は,相隣関係の調整に関する最も重要なテーゼとなっている。

B) 分割または譲渡による袋地の場合

分割によって,公路に通じない土地が生じたときは,その土地の所有者は,公路に至るため,他の分割者の所有地のみを通行することができる(民法213条1項本文)。この場合には,分割者は,袋地が生じることを知っていたのであるから,通行権者は償金を払う必要はない(民法213条1項ただし書)。

土地の所有者がその土地の一部を譲渡した場合において,それが袋地となった場合も,分割によって袋地が生じたのと同様に扱われる。この場合は,袋地の所有者は,土地の一部を譲渡した者の土地のみを償金の支払なしに通行することができる(民法213条2項)(最三判平2・11・20民集44巻8号1037頁(民法判例百選I[第4版](1996年)72事件))。

C. 水に関するもの(民法214-222条)

1) 排水権(民法214-218条,220-221条)
A) 自然排水(民法214条,215条,217条)

土地の所有者は,隣地から自然に流れてくる水流を妨げることはできない(民法214条)。水流が事変によって,低地で阻塞(そそく)したときは,高地の所有者は,自費で,その疏通に必要な工事をすることができる(民法215条)。

これらの場合の費用負担について,前述の民法の規定と異なる慣習があるときは,その慣習によって費用を負担しなければならない(民法217条)。

B) 人工排水(民法216-218条,220-221条)

a) 原則(民法216-218条)

甲地において,貯水,排水,引水のために設けた工作物の破潰・阻塞によって,乙地に損害を及ぼし,または,及ぼすおそれがある場合には,乙地の所有者は,甲地の所有者に対して,修繕もしくは疏通を請求し,または,必要であるときは,予防工事をすることを請求できる(民法216条)。

費用負担について,民法の規定と異なる慣習があるときは,その慣習によって費用を負担しなければならない(民法217条)。

土地の所有者は,雨水を樋等を使って,いったん自分の土地に受けてから排水すべきであって,雨水を直接隣地に注瀉(ちゅうしゃ)(水を注ぐ)するような屋根,その他の工作物を設けることができない(民法218条)。樋が詰まって,雨水が溢れ,隣家に直接流れ込むようになった場合も,同様の問題が生じるが,この場合には,民法216条によって,修繕請求をすることができると解すべきであろう。

b) 例外(民法220-221条)

高地の所有者は,浸水地を乾かすために,または,家用,農工業用の余水を排泄するため,公路,公流または下水道に至るまで,低地に水を通過させることができる。ただし,低地のために,損害が最も少ない場所および方法を選ばなければならない(民法220条)。

ここにおいても,民法211条1項におけると同様,「保護されるべき者の必要の限度で,しかも,相手方の損害が最小限になるように」という考え方が繰り返されていることが重要である。

土地の所有者は,その所有地の水を通過させるため,高地または低地の所有者が設けた工作物を使用することができる。この場合,他人の工作物を使用する者は,その利益を受ける割合に応じて,工作物の設置および保存の費用を分担しなければならない(民法221条)。

2) 流水利用権(民法219条,222条)
A) 流水変更権(民法219条)

両岸の土地が,水流地の所有者に属するときは,その所有者は,水路および幅員を変更することができる。ただし,下口において,自然の水路に復さなければならない(民法219条2項)。これに反して,溝渠,その他の水流地の所有者は,対岸の土地が他人の所有に属するときは,その水路または幅員を変更することができない(民法219条1項)。もっとも,これらの規定とは異なる慣習がある場合には,その慣習に従う(民法219条3項)。

B) 堰(せき)の設置および利用権(民法222条)

水流地の所有者は,堰を設ける需要があるときは,その堰を対岸に付着させることができる。ただし,これによって生じた損害に対して,償金を払わなければならない(民法222条1項)。この場合,対岸の所有者は,水流地の一部がその所有に属するときは,上記の堰を使用することができる。ただし,民法221条の規定に従い,その利益を受ける割合に応じて,堰の設置および保存の費用を分担しなければならない(民法222条2項)。

D. 境界に関するもの(民法223-232条)

1) 界標設置権(民法223-224条)

隣り合っている土地と土地との境のことを境界という。境界は,隣同士が話し合って決めるものではなく,国が土地の登記簿や付属地図(不動産登記法17条地図)などによって公的に設定した線である。したがって,隣同士が,「境界協定書」とか「境界合意書」等を作成しても,それによって境界の線が確定したことにはならないと解されている。

土地の所有者は,隣地の所有者と共同の費用で,境界を標示する物(界標)を設けることができる(民法223条)。界標(これまで使われてきたものとしては,木,石,溝,川,土地の段差,道などがあるが,最近では,コンクリートやプラスチックを使った専用の境界標識が用いられることが多い)の設置および保存の費用は,相隣者が平分して負担する。ただし,測量の費用は,その土地の広狭に応じて分担する(民法224条)。

2) 囲障設置権(民法225-228条)

2棟の建物が,その所有者を異にし,かつ,その間に空地あるときは,各建物の所有者は,他の建物の所有者と共同の費用で,その境界に囲障を設けることができる(民法225条1項)。当事者の協議が調わないときは,上記の囲障は,板塀または竹垣にして,高さ2メートルでなければならない(民法225条2項)。囲障の設置および保存の費用は,相隣者が平分して負担する(民法226条)。

相隣者の1人は,第225条2項に定められた材料(板塀または竹垣),もしくは,慣習によって標準的とされている材料よりも良好なものを用い,または,高さ(2メートル)を増して囲障を設けることができる。ただし,このことによって生じる費用の増額を負担しなければならない(民法227条)。

囲障の設置および保存に関して,民法の規定と異なる慣習があるときは,その慣習による(民法228条)。境界の囲障を板塀か竹垣にするというのは,現代の慣習からは,多少離れており,最近では,ブロックや合成樹脂等の材質によるのが標準的であるという慣習が確立している地域も多いと思われる。

3) 境界線上の工作物の互有(民法229-232条)

境界線上に設けた界標,囲障,障壁および溝渠は,相隣者の共有(互有)に属するものと推定される(民法229条)。ただし,1棟の建物の部分を成す境界線上の障壁には,共有(互有)の推定は働かない(民法230条1項)。高さの異なる2棟の建物を隔離する障壁の低い建物を超える部分についても,共有(互有)の推定は働かないが,防火障壁の場合には,共有(互有)の推定が働く(民法230条2項)。

相隣者の1人は共有の障壁の高さを増すことができる。ただし,その障壁が,その工事に耐えないときは,自費で工作を加え,または,その障壁を改築しなければならない。(民法231条1項)。その場合,障壁の高さを増した部分は,その工事をなした者の専有に属する(民法231条2項)。その工事によって,隣人が損害を受けたときは,その償金を請求することができる(民法232条)。

E. 竹木の剪除(せんじょ)・截取(せっしゅ)に関するもの(民法233条)

隣地の竹木の枝が境界線を越えるときは,その竹木の所有者に対してその枝を剪除するよう請求することができる(民法233条1項)。これとは異なり,隣地の竹木の根が境界線を越えるときは,それを截取することができる(民法233条2項)。

枝と根を区別する理由についても,「必要にして損害が最も少ない方法の選択」という相隣関係の共通のテーゼが有効に働いている。

表4  竹木の枝と根の区別

竹木の所有者 隣地の所有者
枝に関する権利義務 権利 剪除または移植の自由 剪除請求権
義務 剪除または移植の義務 自らの剪除の禁止
根に関する権利義務 権利 截取権
義務 截取受忍義務

竹木の枝の場合,隣地の所有権の侵害を最小限に抑えるためには,枝が隣地を越える手前で剪除することが必要である。もしも,隣地の所有者が枝が隣地を越える手前で剪除しようとすれば,障壁を越える必要があるし,竹木の形が景観を害するようになることもありうる。しかし,竹木の所有者ならば,景観を考慮した上で,自らの所有地内で剪除を行うこともできるし,場合によっては,移植を行うこともできる。

これに反して,竹木の根については,根が隣地に伸びても,地下にある場合は,通常は,隣地の所有権を害することは少ない。例外的に隣地の所有権を害する場合というのは,根が隣地の地上に現れてきたり,隣地の所有者が土地を掘ろうとして,張り出して来た根が邪魔になるといった場合であろう。この場合に,もしも,竹木の所有者が根の截取をしなければならないとしたら,竹木の所有者は,その敷地内で,隣地の所有権を侵害する恐れのない根まで剪除するか,隣地を侵害している部分の根を,隣地に出かけて行って截取しなければならないことになる。しかし,隣地の所有者ならば,所有権を害する部分のみを効率的に截取することができる。これこそが,境界を越える竹木に関して,民法が,枝と根とを区別している理由である。

したがって,隣地の竹の根が隣地の境界を越え,竹の地下茎であるタケノコが,隣地に出てきた場合に,それが,枝か,根かを議論する場合においても,タケノコの植物学的分類が枝または茎に当たるか,それとも根に当たるかではなく,どのように処理するのが,「必要にして損害を最も少なく」することができるのかという観点から,枝か,根かを判断すべきであるということになる。

F. 境界線付近の工作物に関するもの(民法234-238条)

1) 距離の保持義務(民法234条,民法236-238条)

建物を築造するには,境界線から50センチメートル以上の距離を置かなければならない(民法234条1項)。これは,隣地所有者が建物の建築や修繕をできるようにし(民法209条参照),また,防火上・防災上の危険を防止し,さらに,通風を確保するためである。

民法234条1項の規定に対して,建築基準法65条は,「防火地域又は準防火地域内にある建築物で,外壁が耐火構造のものについては,その外壁を隣地境界線に接して設けることができる」と規定しており,両者の規定をどのように調和させて解釈するかが問題となる。判例は,建築基準法65条が適用される場合には,民法234条1項の規定の適用は排除されると判断している(最三判平元・9・19民集43巻8号955頁(民法判例百選I[第4版](1996年)73事件))。

建築基準法65条の場合を除いて,民法234条1項に違反して建物を建築しようとする者があるときは,隣地の所有者は,その建築を廃止し,または,これを変更するよう請求することができる。たとえ,「隣地所有者のする違法建築部分の収去請求が,建物の建築者において高額の収去費用等の負担を強いられるとしても」収去請求は可能である(最三判平3・9・3裁集民163号189頁)。ただし,建築の着手の時から1年を経過し,または,その建築が竣成した後は,損害賠償の請求のみを請求できる(民法234条2項)。もっとも,これと異なる慣習があるときは,その慣習による(民法236条)。

井戸,用水溜,下水溜または肥料溜を掘るには,境界線から2メートル以上の距離を置かなければならない。池,地窖( ち こう)(地を掘って作った倉)または便所の穴を掘るには,1メートル以上の距離を置かなければならない(民法237条1項)。

水樋(すいとう)を埋め,または,溝渠を掘るには,境界線からその深さの半分以上の距離を置かなければならない。ただし,1メートルを超える必要はない(民法237条2項)。

境界線の近くで,上記の掘削工事を行うときは,土砂の崩壊,または,水・汚液の浸漏を防止するのに必要な注意をしなければならない(民法238条)。

2) 観望の制限義務(民法235条)

境界線から1メートル未満の距離において他人の宅地を観望すべき窓または縁側を設ける者は,目隠しを付さなければならない(民法235条1項)。プライヴァシィの保護が目的であるので,新築であるか,増改築であるかは問わない。ただし,これに反する慣習があるときは,その慣習による(民法236条)。

1メートルの距離は,窓または縁側の最も隣地に近い点から直角線で境界線に至るまでを測って算出する(民法235条2項)。


練習問題1


問題1 「所有権の絶対」という原則の意味と妥当範囲について説明しなさい。

問題2 所有権は義務を伴うという命題について,相隣関係を例にとって,土地の所有者が隣地の所有者に対してどのような義務を負っているかをまとめなさい。

問題3 境界を越えた枝は切ってはいけないが,境界を越えた根は切ってもよいという意味を,相隣関係の原則から説明しなさい。


U 所有権の取得


所有権は,通常は,相続,贈与,売買などによって承継取得される。しかし,所有権が,原始取得されることもまれではない。所有権の承継取得については,不動産の物権変動の箇所で述べたので,ここでは,所有権の原始取得に固有の「添付」を中心にして,所有権の取得について理解を深める。

1 概論

所有権も,一般の権利と同様,原始取得と承継取得とによって取得される。承継取得については,一般(包括)承継と特定承継があり,一般承継には,相続,会社の合併,包括遺贈が含まれ,特定承継には,譲渡(贈与,売買)が含まれることはすでに述べた。

原始取得と,承継取得の相違は,原始取得が完全な所有権を取得し,権利の瑕疵から完全に保護されるのに対して,承継取得の場合は,権利の瑕疵を前主から受け継ぐ点にある。したがって,特定承継の場合は,真の権利者によって権利を追奪される場合がありうる。この場合は,特定承継人は,前主に対して,担保責任を追及するほかない。

所有権の取得で特徴的なのは,原始取得である。そこで,ここでは,所有権の原始取得を中心に解説する。

図 1 所有権の取得

2 所有権の承継取得

A. 一般承継

一般承継とは,相続,包括遺贈,会社の合併のように,前主(被相続人,包括遺贈者,旧会社)のすべての権利・義務を受け継ぐことである。

一般承継人は,前主と同一の地位を受け継ぐことから,当事者と同視される。したがって,相手方当事者と一般承継人との間では原則として対抗問題は生じない。

相続,包括遺贈,会社の合併等の一般承継によって,相続人,包括受遺者,新会社は,前主から所有権を取得する。

B. 特定承継

これに対して,特定承継とは,贈与,売買のように,前主(贈与者,売主)の特定の権利のみを受け継ぐことをいう。

特定承継人は,特定の目的物に関する権利のみを受け継ぎ,義務を受け継がないのが原則であるため,前主と同一の地位を受け継ぐものではない。したがって,特定承継人は,前主とは別人,すなわち,当事者に対して,第三者と呼ばれる。

ただし,目的物の権利に瑕疵があった場合には,特定承継人は,その権利の瑕疵をも承継する。この点で,権利の瑕疵から遮断され,完全な権利を取得する原始取得と異なる。

贈与,売買等の特定承継によって,受贈者,買主は,前主から所有権を取得する。

3 所有権の原始取得

A. 概説

所有権を含めた財産権の原始取得には,動産,不動産に共通の「取得時効」,および,動産に特有の「善意取得」がある。これらについては,すでに,民法総則の時効,および,占有の箇所で説明しているので,ここでは,繰り返さない。

図 2 所有権に特有の原始取得

所有権に特有の原始取得としては,無主物先占,遺失物拾得,埋蔵物発見,添付がある。添付は,さらに,付合,混和,加工に分類されている。これらをまとめて図示すると図 2のようになる。

これらの原始取得の場合,承継取得の場合とは異なり,所有権の原始取得者は,完全な所有権を取得する。つまり,原始取得者は,権利の瑕疵による追奪から完全に保護される。反対から言えば,原始取得によって,従来の所有者は,完全に所有権を喪失し,物の返還を請求する道は完全に閉ざされることになる。

B. 無主物先占

無主の動産は,ある者が,所有の意思をもって占有することによって,その所有権を取得する(民法239条1項)。

これに反して,無主の不動産は,国庫の所有に属する(民法239条2項)。

C. 遺失物拾得

遺失物とは,占有者の意思に基づかずに,その所持を離れた物であって,盗品でないものをいう。犯罪者が置き去った物(遺失物法11条),および,誤って占有した物件,他人の置き去った物件,逸走した家畜(遺失物法12条)も,遺失物に準じて取り扱われる。ただし,漂流物および沈没品は,遺失物とは取り扱われず,水難救護法が適用される。

遺失物は,特別法の定める所に従い,公告をした後,3ヵ月内にその所有者が知れないときは,拾得者が,その所有権を取得する(民法240条)。

遺失物の拾得者と所有者または返還請求権者との関係は,事務管理であるが,民法の一般の事務管理の場合と異なり,遺失物の返還を受ける者は,物件の価格の5%以上,20%以内の報労金を拾得者(国庫,公法人は除く)に支給しなければならない(遺失物法4条1項)。ただし,管守者のある船,車,建造物,その他本来公衆の一般の通行の用に供しない構内における拾得物の場合は,この報労金の額の2分の1を,拾得者および船車建造物等の占有者にそれぞれ支給しなければならない(遺失物法4条2項)。

D. 埋蔵物発見

埋蔵物とは,土地その他の物(包蔵物)の中に埋蔵されていて,その所有者が誰に帰属するか判別しにくい物をいう。

埋蔵物は,特別法(遺失物法,文化財保護法)の定める所に従い,公告をした後,6ヵ月内にその所有者が知れないときは,発見者が,その所有権を取得する。ただし,他人の物の中において発見した埋蔵物は,発見者,および,その物の所有者が,折半してその所有権を取得する(民法241条)。

埋蔵物に関する公告,所有権取得手続き,報労金の支給等については,遺失物法の規定が準用される(遺失物法13条)。

埋蔵物が文化財である場合には,文化財保護法の適用があり,上記の所有権取得は制限される(文化財保護法57条以下)。発掘について制限があるほか,所有者が知れないときは,埋蔵文化財の所有権は,国庫に帰属し,国庫は,発見者および包蔵物所有者に対して,価格相当の報償金を支給する(文化財保護法63条)。

E. 添付

1) 概説

所有者を異にする数個の物が結合して(付合,混和),または,ある物に他人の労力が加わって(加工)新たな物ができることを総称して添付という。

民法は,添付が生じた場合,旧状への復帰を許さず(強行規定),その新たな物の所有権の帰属,旧物上の権利の運命について決定する規定(任意規定)を置いている(民法242条〜247条)。

添付により損失を受けた者は,侵害不当利得の法理に基づき,償金の請求をすることができる(民法248条)。

2) 添付の種類
A) 付合

a) 不動産の付合

不動産の所有者は,その不動産に従として付合した物の所有権を取得する。ただし,権原によってその物を付属させた他人(地上権者,永小作権者,賃借人等)の権利を妨げるものではない(民法242条)。もっとも,付合した物が不動産の構成部分となり,独立の所有権を認めることができないときは,たとえ権原によって付合された場合であっても,民法242条ただし書の適用はないと解されている(最三判昭44・7・25民集23巻8号1627頁(民法判例百選I[第4版](1996年)76事件))。

b) 動産の付合

各別の所有者に属する数個の動産が,付合により,損傷しなければ互いに分離することができないようになったときは,その合成物の所有権は,主たる動産の所有者に属する。分離のために過分の費用を要する場合も同様である(民法243条)。

付合した動産について,主従の区別をすることができないときは,各動産の所有者は,その付合当時における価格の割合に応じて,合成物を共有する(民法244条)。

B) 混和

混和とは,動産と動産が添付する場合であって,固形物(穀物,金銭など)が混合する場合と,流動物(酒,油など)が融和する場合を含む。

付合に関する規定は,各別の所有者に属する物が,混和して識別することができなくなった場合に準用される(民法245条)。

すなわち,損傷しなければ互いに分離することができないようになったとき,または,分離のために過分の費用を要する場合には,その混和物の所有権は,主たる動産の所有者に属する。これに対して,混和した動産について,主従の区別をすることができないときは,各動産の所有者は,その混和当時における価格の割合に応じて,混和物を共有する。

C) 加工

加工とは,他人の動産に工作(労力)を加えて,新たな物を作り出すことをいう。

他人の動産に工作を加えた者があるときは,その加工物の所有権は,原則として,材料の所有者に属する。ただし,工作によって生じた価格が,著しく材料の価格を超えるときは,加工者が,その物の所有権を取得する(民法246条1項)。

加工者が,材料の一部を提供したときは,その価格に,工作によって生じた価格を加えたものが,他人の材料の価格を超えるときに限り,加工者が,その物の所有権を取得する(民法246条2項)(最一判昭54・1・25民集33巻1号26頁(民法判例百選I[第4版](1996年)74事件))。

3) 添付の効果

付合,混和,加工の規定によって物の所有権が消滅したときは,その物の上に存在した他の権利(担保権や用益権等)も消滅する(民法247条1項)。ただし,担保権者は,所有権を失った者が民法248条に基づいて受ける償金の上に物上代位(民法304条,372条)によって権利を行使しうる。

この物の所有者が,合成物,混和物または加工物の単独所有者となったときは,その物の上に存在した他の権利は,それ以後,合成物,混和物または加工物の上に存在し,その共有者となったときは,その持分の上に存在する(民法247条2項)。

添付の規定の適用によって損失を受けた者は,民法703条,および,民法704条の規定に従って,償金を請求することができる(民法248条)。


練習問題2


問題1 所有権の承継取得と原始取得の例を列挙しなさい。

問題2 所有権の承継取得と原始取得との相違点を挙げて説明しなさい。

問題3 添付と不当利得の関係について説明しなさい。


V 共有


所有権は,公共の福祉や他の所有権との関係でさまざまな制限を受けていること,そして,所有権は義務を伴うことを学んだ。ここでは,1つの物件に対して複数の所有権がお互いに制限し合って成立する共有と,所有権を制限する物権としての用益物権について概観する。

共有に関しては,旧来の慣習と所有権とのせめぎ合いから生じた共有をはじめ,共同相続を認めたために生じた一時的な共有,組合が存続する限り継続的に存続する共有,区分所有から不可避的に生じる,半永久的な共有など,さまざまな共有について,比較対照をすることによって理解を深める。

1 概説

A. 共有の意義

1) 旧来の慣習との妥協の産物

民法は,物権は,民法その他の法律に定めるものの外は,創設することができない(民法175条)と規定して,所有権と並立する封建的諸権利(例えば,上土権)を否定した(物権法定主義)。しかし,すべての慣習上の物権を否定することはできなかった。例えば,所有権と併存する水利権,温泉権等が判例によって追認され(大判昭15・9・18民集19巻1611頁(民法判例百選I[第4版](1996年)47事件)),その一部は,特別法によって保護されるに至っている。

また,民法は,団体の法人化による一権一人主義(荒川重勝「所有権」田中整爾編著『物権法』法律文化社(1986年)198頁)を推進しようとしたが,共有の性質を有する入会権を承認せざるを得なかった(民法263条)。

なお,入会権とは,(村落)共同体が土地(従来は山林原野)に対して総有的に支配する慣習上の物権であり,共有の性質を有する入会権(民法263条)と共有の性質を有しない地役的入会権(民法294条)とがある。詳細については,川島武宜『注釈民法(7)』有斐閣(1968)510頁以下参照。

このように,所有権と併存する所有権類似の慣習上の物権を認めようとすれば,共有を認めざるをえない。

2) 近代的な「多数当事者の物権」の承認

旧来の慣習との妥協ばかりでなく,近代的な所有権の内部でも,共有状態は発生する。均等相続(民法898条)を導入する以上,相続財産の分割に至るまでの暫定的な共有を認めざるを得ない。また,組合財産の場合には,組合が存続する以上,継続的な共有をも認めざるを得ない(民法668条,676条)。さらには,区分所有の場合には,共用部分が必要であり,共有が不可避的に生じる(建物の区分所有等に関する法律11条)。

B. 共有の法的性質

各共有者は,共有物の全部につき,その持分(共有持分)に応じた使用をすることができる(民法249条)。各共有者の持分の割合が明らかでない場合は,相等しいものと推定される(民法250条)。

共有者の1人が,その持分を放棄したとき,または,相続人なしに死亡したときは,その持分は,他の共有者に帰属する(民法255条)。

共有の法的性質に関しては,以下のような見解が対立している。

1) 一物一権主義の原則に従っていると見る見解

共有は一物に1つの所有権が成立し,共有権者は持分権を有するに過ぎないとみる見解である。持分権は,1つの所有権の量的な一部に過ぎない。

しかし,この見解は,物の一部について,割合的とはいえ,所有権(持分権)を認めており,結局は,1つの所有権の中に,複数の所有権を認めることになってしまっている。このことが一物一権主義に反しないという説明は困難である。

2) 一物一権主義の例外と見る見解

各共有者は各自1つの所有権(持分権)を有する。一物一権主義は両立しえない物権を排除するものであり,複数の人がそれぞれ自らの支配を縮めて共存しようとしている共有を排除するものではないとする。

この見解によれば,複数の所有権者が有する権利である持分権は制限された所有権であるとするため,持分権のない総有などは説明が困難となる。

3) 仮想の別人格(団体)が所有権を持ち,各自は,制限物権(用益権)を有するに過ぎないと見る見解

このように,共有を1つの所有権の中の量的一部と考えても,独立した所有権が制限されていると考えても,一物一権主義に反する結果が生じてしまう。そこで,共有の場合には,共有目的を達成するために仮想の別人格(夫婦共同体,相続財産,組合,入会財産など)を想定し,その別人格が1つの所有権を有し,共有者は,制限物権(用益権)を有するに過ぎないと考えることも可能である。そして,各共有者は,仮想の別人格の構成員として目的物の保存,管理,処分に関して,一定の決議権を有すると考えるのである。

法人ではない団体に別人格を仮想する点に構成上の難点があるが,この考え方によると,民法上の共有は,合有,総有を含めて,一物一権主義に反しないものとして,すべて,統一的に説明することが可能であり,法人論との関連も明確となる。

例えば,入会権についても,共有の性質を有する入会権と共有の性質を有しない入会権との相違点と類似点を以下のように矛盾なく説明することができる。すなわち,共有の性質を有する入会権の場合には,土地の所有権は村落共同体に帰属し(最三判昭48・3・13民集27巻2号271頁(民法判例百選I[第4版](1996年)79事件)),原則として構成員は所有持分を有せず,使用・収益権(人役権)のみを有することなる(最一判昭40・5・20民集19巻4号822頁(民法判例百選I[第4版](1996年)78事件)は,例外的に,構成員も処分権を有する「分け地(入会地のある部分を部落民のうちの特定の個人に分配し,その分配を受けた個人がこれを独占的に使用,収益し,しかもその部分を自由に譲渡することが許される)の入会権」を認めている)。これに対して,共有の性質を有しない入会権の場合は,村落共同体は所有権ではなく地役権のみを有すこと,それにもかかわらず,その構成員は,共有の性質を有する入会権の場合と同様,使用・収益権(人役権)を有することになる。

図 3 共有と仮想人格

もしも,夫婦共同体,相続財産,組合,入会団体を法人と考えることが可能であれば,この見解によって,従来の様々な理論的な矛盾はほとんどが解消されると思われる。このような理論構成は,民法の体系を根本的に変更することになるので,今後の課題としておく。

2 共有の成立

共有が成立する場合は,当事者の合意による場合以外は,以下の場合に限定される。

表 5 法律の規定に基づく共有の成立

成立原因(共有の性質) 根拠条文
法律の規定
に基づく
共有の成立
相隣関係 境界線上の物の共有(互有) 民法229条,230条
所有権の原始取得 無主物の先占 民法239条の解釈
埋蔵物の発見 民法241条ただし書
動産の付合 民法244条
混和 民法245条
建物の区分所有 共用部分(総有) 区分所有法11条
入会権 共有の性質を有する入会権(総有) 民法263条
根抵当物件の一部譲渡 根抵当権の準共有 民法398条の13
組合契約 組合財産の共有(合有) 民法667条
婚姻による夫婦財産 帰属不明財産の共有 民法762条
共同相続 共同相続財産の共有(合有) 民法898条

3 共有の種類

広い意味での共有は,個人的性格の強い共有と,団体的性格の強い合有と総有とに分かれる。総有は,構成員が固有の持分権をもたない点に特色がある。

図 5 共有の種類

持分権を持たない共有というのは,結局は,構成員は用益権等の制限物権または債権を持つに過ぎず,実質的には,団体自体が1つの所有権を持っているということを意味する。

4 共有物の分割に関する各共有の特色

各共有者は,いつでも,共有物の分割を請求することができる。ただし,5年を超えない期間内は,分割を行わないという契約をすることは妨げられない(民法256条1項)。この不分割契約は,更新することができるが,その期間は,更新の時から5年を超えることができない(民法256条2項)。

共有物の分割自由を認める規定は,民法229条(境界線上の界標など)に掲げた共有物には適用されない(民法257条)。

表 6 共有の性質の対照

共有 合有 総有
相続財産 組合財産 区分所有の
共用部分
入会財産
分割 請求 いつでも分割を請求できる(民法256条) いつでも分割を請求できる(民法907条1項) 組合の解散・清算まで分割を請求できない(民法676条2項) 共用部分の分割は請求できない(区分4条1項) 分割を請求できない
持分権の処分 自由に処分できる 分割前の持分の処分に対しては,有償で取り戻しができる(民法905条) 持分権を処分できるが,組合,第三者に対抗できない(民法676条1項) 専有部分と分離して処分することはできない(区分15条2項) 構成員の地位と切り離して処分できない

(参考)共有と合有との相違の辞書的説明(有斐閣・法律学小辞典)とその検証

合有
1 意義 共同所有の1形態。合手的共有ともいう。各共同所有者は持分権を有するが,共同目的のために複数人が結合していることから,一定の制約が加えられている。合有の目的物について各共同所有者が有する権利を,持分又は持分権と呼ぶ。合有において,持分の処分は制約され,また,各共同所有者は目的物の分割を請求することができない。この2点で共有と異なる。
2 具体例 民法には,合有についての規定がなく,組合財産や共同相続財産についても共有という用語が用いられている。しかし,学説にはこれらを合有と解する見解があり,組合財産や共同相続財産に属する債権債務を合有債権債務であるとして,分割を否定する。しかし,判例は,組合財産や共同相続財産を共有であるとする(最判昭和33・7・22民集12・12・1805,最判昭和30・5・31民集9・6・793)。
最三判昭和33・7・22民集12巻12号1805頁
所論のように組合財産が理論上合有であるとしても,民法の法条そのものはこれを共有とする建前で規定されており,組合所有の不動産の如きも共有の登記をするほかはない。従つて解釈論としては民法の組合財産の合有は,共有持分について民法の定めるような制限を伴うものであり,持分についてかような制限のあることがすなわち民法の組合財産合有の内容だと見るべきである。そうだとすれば,組合財産については,民法六六七条以下において特別の規定のなされていない限り,民法二四九条以下の共有の規定が適用されることになる。

5 共有物の処分に関する各共有の特色

各共有者は,他の共有者の同意がなければ,共有物に変更を加えることができない(民法251条)。変更には,物理的変更だけでなく,法律的処分が含まれる。

これに対して,共有物に変更を加えない,共有物の管理に関する事項は,各共有者の持分の価格に従って,その過半数で決定する。ただし,保存行為は,各共有者が単独ですることができる(民法252条)。

各共有者は,その持分に応じて,管理の費用を払い,その他の共有物の負担について責任を負う(民法253条1項)。

共有者が1年以内に前項の義務を履行しないときは,他の共有者は,相当の償金を払ってその者の持分を取得することができる(民法253条2項)。

表 7 共有物の処分の条件の対照

共有 合有 総有
相続財産 組合財産 区分所有の
共用部分
入会財産
保存 共有者が単独でできる(民法252条) 共同相続人が単独でできる(民法898条) 組合員が単独でできる(民法668条) 区分所有者が単独でできる(区分18条) 構成員が単独でできる(民法263条)
管理 持分の価格に従って,過半数で決定する(民法252条) 相続人の過半数で決定する 組合員(または業務執行者)の過半数で決定する(民法670条) 集会の過半数の決議で決定できる(区分18条) 集会の過半数の決議で決定できる(区分18条) 慣行による(寄り合いで決める)
処分 全員の一致がなければできない(民法251条) 全員の一致がなければできない 組合員(または業務執行者)の過半数で決定する(民法670条) 区分所有者,および,議決権(持分に比例)の多数決によって決定する(区分17条(4分の3以上)) 慣行によるが,通常は,全員の一致がなければできない
確認訴訟 持分権に基づく訴えは各自ができる 必要的共同訴訟 必要的共同訴訟 必要的共同訴訟(集会の決議による) 必要的共同訴訟

6 共有物の分割方法

表 8 共有物の分割方法

種類 方法
共有物の分割 現物分割 共有物の現物をそのまま分量的に分割する方法
(最大判昭62・4・22民集41巻3号408頁(民法判例百選I[第4版](1996年)77事件)は,
現物分割の方法に関して,共有者の取得する現物の価格に過不足を来すときは,
持分の価格以上の現物を取得する共有者に当該超過分の対価を支払わせ,
過不足の調整をすること(一部価格賠償)も現物分割の一態様として許されるとしている)
代金分割 共有物を売却してその代金を分配する方法
価格賠償 共有者の1人が共有物の単独所有権を取得し,他の共有者に金銭を支払う方法

A. 裁判上の請求

共有物の分割は,共有者の協議が調わないときは,裁判所に分割を請求することができる(民法258条1項)。

裁判所に共有物の分割請求をした場合に,現物を分割することができないとき,または,分割によって著しくその価格が減少するおそれがあるときは,裁判所は,その競売を命ずることができる(民法258条2項)。

B. 共有に関する債権の取り扱い

共有者の1人が,共有物について他の共有者に対して有する債権は,その特定承継人に対しても行使することができる(民法254条)。

共有者の1人が他の共有者に対して共有に関する債権を有するときは,分割に際し,債務者に帰すべき共有物の部分をもってその弁済をさせることができる(民法259条1項)。

債権者は,上記の弁済を受けるため,債務者に帰すべき共有物の部分を売却する必要があるときは,その売却を請求することができる(民法259条2項)。

C. 利害関係人の参加

共有物につき,権利を有する者および各共有者の債権者は,自己の費用をもって分割に参加することができる(民法260条1項)。

分割への参加の請求があるにもかかわらず,その参加を待たずに分割をしたときは,その分割は,これをもって参加を請求した者に対抗することができない(民法260条2項)。

D. 共有物の分割と担保責任

各共有者は,他の共有者が分割によって得た物につき,売主と同じく,その持分に応じて担保責任を負う(民法261条)。

E. 証書の保存

分割が結了したときは,各分割者は,その受けた物に関する証書を保存しなければならない(民法262条1項)。共有者一同,または,その中の数人に分割した物に関する証書は,その物の最大部分を受けた者が保存しなければならない(民法262条2項)。

分割によって,最大部分を受けた者がないときは,分割者の協議によって証書の保存者を定める。もしも,協議が調わないときは,裁判所が証書の保存者を指定する(民法262条3項)。

証書の保存者は,他の分割者の請求に応じてその証書を使用させなければならない(民法262条4項)。

7 準共有

共有の規定は,法令に別段の定めがあるときを除き,数人が所有権以外の財産権を有する場合に準用される(民法264条)。

共有の規定は,所有権以外の民法上の物権(地上権,永小作権),及び,賃借権,使用貸借権には準用されるが,物権でも,地役権の場合は,その不可分性により,特別の規定があり,準用はできない。

また,その他の財産権に関しても,特別法による別段の定め(漁業法32条,著作権法65条,特許法73条,商標法35条など)があることが多く,共有の規定が準用されることは実際上は少ない。


練習問題3


問題1 共有と制限物権との異同を説明しなさい。

問題2 共有の性質を有する入会権と地役の性質を有する入会権との異同を,入会団体の権利義務,および,構成員の権利義務の2つの点から考察しなさい。

問題3 マンションの建て替えは,区分所有者の過半数の賛成で決めることができるか。建物区分所有等に関する法律62条参照。


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