[民法2目次] [物] [時効] [占有] [物権法総論] [不動産1,2,3] [動産1,2] [所有権] [用益権] [一般不法行為] [特別不法行為]
2011年4月11日〜2011年7月25日
明治学院大学法科大学院教授 加賀山 茂
民法は市民生活の基本法(憲法)である。そこでは,市民の間の自由で平等な関係を維持・発展させるためのルールが体系的に規定されている。
民法を学習し,深い理解が得られるようになると,市民の間で生じる複雑な紛争を平和的に解決すること,すなわち,@紛争当事者の双方がともに満足するような,そして,A裁判官を説得できるような,しかも,B世論も納得するような解決案を提示できる能力が養えるようになる。これが民法を学習する最終目標である。
法の目的は紛争の平和的解決であり,その手段は,両当事者,法律専門家,世論の三者を納得させる説得の技術(レトリック)である。
この目標を達成するためには,2つの方向からの学習が不可欠である。第1は,トップダウン的な理解であり,第2は,ボトムアップ的な理解である。
民法全体の中から,民法1(家族法と人(自然人・法人))とを除いた財産法のうち,さらに,民法3,4(契約法)と民法5(担保法)を除いた部分が民法2(財産法)の講義の範囲である。したがって,民法2では,具体的には,物(私権の客体),時効(法律行為によらない私権の発生・消滅),物権法(占有権,所有権),および,不法行為法の講義を行う。
明治学院大学法科大学院の民法カリキュラムは,他の大学には見られない体系性(私権の主体と客体(財貨),および,財貨の帰属と移転秩序の体系)とパンデクテン方式(総則,物権,債権,親族・相続)とは異なる整合性(カリキュラム分類の整合性)を有している。その特色を表にまとめると以下のようになる。
私権の体系 | カリキュラム | 範囲 | ||
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私権の主体 | 民法1 (家族法) |
総則, 家族法 |
人 | 自然人(出生から家族形成,死亡・相続まで) |
法人(設立・機関の役割・解散) | ||||
私権の客体と主体への帰属 (財貨の帰属秩序) |
民法2 (物権・不法行為) |
物権法 | 物, 占有,所有権 |
有体物(動産,不動産) |
無体物(財産権) | ||||
財貨の帰属秩序の維持 (権利侵害の予防と回復) |
不法行為法(成立要件,成立障害要件,消滅要件,効果) | |||
財貨の移転秩序 (契約,事務管理,不当利得) |
民法3 (契約法総論) |
契約法総論(契約の流れ:成立,有効・無効(民法総則), 履行(債権総論),不履行の救済(強制履行,解除,損害賠償)) |
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民法4 (契約法各論) |
契約法各論(契約の類型:典型契約,非典型契約) | |||
財貨の移転秩序の確保 (債権の履行確保) |
民法5 (担保法) |
担保法 | 人的担保 | 保証(責任),連帯債務 |
物的担保 | 担保物権(優先弁済権) |
民法2(財産法)の講義計画は以下のとおりである。あらかじめレジュメを読むとともに,自らの基本書(たとえば,内田・民法,川井・民法概論など)の該当箇所に目を通してから講義に臨むことを希望する。
月 | 日 | 講義のテーマ | 講義レジュメ | 講義の概要 | 備考 (補足教材) |
|
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1 | 04 | 11 | オリエンテーション | 民法概論と講義計画 | 法とは何か(Themisの像を見て考える),民事法の特色は何か(刑事法と対比する),法科大学院で何をどのように学ぶのかについて,自分の考えを持てるようにする(民事法への招待)。 また,民法制定の歴史を振り返ることによって,わが国の民法の特色についての理解を深める(民法入門)。 さらに,民法の学習方法と学習目標を明確に意識する。 |
(PowerPoint)民事法への招待 民法入門 |
2 | 権利の客体としての物 | 物 | 有体物と無体物の違いからはじめて,債権の目的と目的物の違い,物権の目的と目的物の違いについて考察する。 | |||
3 | 18 | 物の種類と性質 | 不動産と動産,主物と従物,元物と果実との対比において,物の種類と性質を理解する。 | 民法現代語化の問題点 | ||
4 | 時効と証拠との関係 | 時効 | 時効制度の存在理由を,真実の権利者の証明の困難という観点から見直してみる。 | 要件事実の考え方 | ||
5 | 25 | 取得時効・消滅時効 | 取得時効と消滅時効のそれぞれの要件と効果について考察する。 | 要件事実論批判 | ||
6 | 占有の意義と機能 | 占有 | 占有の意義を代理占有,占有の承継を中心に理解する。 | |||
7 | 05 | 2 | 物権変動と公示の原則・登記制度 | 物権法総論 | 占有の機能を本権の証明機能,本権の取得機能,本権との調整機能,占有自身の保護機能として理解する。また,物権変動における公示主義と公信主義との違いを理解する。 | (レジュメの追加) 物権的請求権の問題点について |
8 | 不動産物権変動と対抗問題 | 不動産の物権変動(1) | 不動産二重譲渡のメカニズムを理解することを通じて,対抗問題とは何かについて,その概略を理解する。 | |||
9 | 9 | 登記を要する不動産物権変動 | 通謀虚偽表示,詐欺,解除,遺産分割を例にとって,登記が重要な役割を演じる対抗問題の類型をマスターする。 | |||
10 | 登記を要しない不動産物権変動 | 不動産の物権変動(2) | 詐欺,取得時効,共同相続を例にとって,登記が重要な役割を果たさない対抗問題の類型をマスターする。 | |||
11 | 16 | 対抗問題における第三者 | 不動産の物権変動(3) | 対抗問題における第三者とは何かを考えることを通じて,対抗問題に関する理解を深める。 | ||
12 | 中間試験(1) | 中間試験(1) | 前年度の問題 | 問題と解答例 | ||
13 | 23 | 動産物権変動 | 動産の物権変動(1) | 動産の物権変動について,対抗問題と即時取得との関係を理解する。 | ||
14 | バックホー事件 | 動産の物権変動(2) | バックホー盗難事件を通じて,即時取得の例外について,理解を深める。 | (PowerPoint)バックホー盗難事件 | ||
15 | 30 | 所有権の絶対とその制限(相隣関係) | 所有権 | 所有権は義務を伴うという意味を,相隣関係における所有者の義務を例にとって理解を深める。 | ||
16 | 所有権の取得 | 所有権の取得原因のうち,原始取得を中心に検討する。 | ||||
17 | 06 | 6 | 共有 | 所有権と制限物権との中間にある共有について,理解を深める。 | ||
18 | 用益物権 | 用益物権 | 地上権(借地権),永小作権,地役権とを対比することによって,用益物権の類型をマスターする。 | |||
19 | 13 | 物権法のまとめ | ||||
20 | 一般不法行為の要件(1) | 一般不法行為 | 一般不法行為の特色を刑法との対比において理解するとともに,一般不法行為の法律要件要素のうち,過失までを中心に理解する(リレー回路図参照)。 | 構成要件と法律要件(刑法と民法との本質的相違) | ||
21 | 20 | 一般不法行為の要件(2) | 一般不法行為の法律要件要素のうち,権利・法益侵害,違法性,因果関係について理解する(命題論理学の逆と裏の関係参照)。 | (レジュメの追加分) 新潟水俣病訴訟判決と因果関係の推定 |
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22 | 一般不法行為の効果 | 一般不法行為の効果について,損害賠償請求権,差止請求権,原状回復請求権について理解する(ホフマン,ライプニッツ方式の誤謬参照)。 | 加賀山茂「逸失利益(4)−中間利息控除(ホフマン方式) 最二判平3・11・8交通民集24巻6号1333頁」交通事故判例百選[第4版](1999)118-119頁 | |||
23 | 27 | 中間試験(2) | 前年度の問題 | 問題の解答例 | ||
24 | 特別不法行為(1)加害原因の複数と共同不法行為,公害 | 特別不法行為 | 特別不法行為の一つされている共同不法行為について,実は,個別類型としての特別不法行為ではなく,類型論を超えた加害者複数に関する一般不法行為のひとつであることについて理解を深める(部分的因果関係,相互保証理論参照)。 | 加賀山茂「共同不法行為」『新・損害賠償法講座第4巻』日本評論社(1997)373-394頁 | ||
25 | 07 | 4 | 特別不法行為(2)監督者・管理者責任,使用者責任,動物占有者責任 | 特別不法行為のうち,過失の立証責任の転換がなされている広い意味での管理者責任をとりあげ,共同不法行為(連帯債務)との関係を明らかにする。 | 契約法講義「連帯債務」 不真正連帯債務 |
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26 | 特別不法行為(3)土地工作物責任,製造物責任 | 特別不法行為責任のうち,物の瑕疵・欠陥に基づいて厳格責任が課せられている土地工作物責任,製造物責任について説明する。 | (レジュメの追加) 製造物責任 |
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27 | 11 | 特別不法行為(4)名誉毀損・プライバシー侵害 | 特別不法行為のうち,人格権侵害に関する名誉侵害,プライバシー侵害,および,その他の権利侵害(肖像権,パブリシティ権等)について説明する。 | |||
28 | 演習問題(1) | 物権法の復習を兼ねて,司法試験の短答式問題を例にとって,論点の解説と問題の批判的検討を行う。 | 新司法試験短答式問題(物,時効,物権法)の検討 | |||
29 | 演習問題(2) | 不法行為法の復習を兼ねて,司法試験の短答式問題を例にとって,論点の解説と問題の批判的検討を行う。 | 新司法試験短答式問題(不法行為法)の検討 物権法・不法行為法のコア・カリキュラム |
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30 | 25 | 定期試験 |
わが国における司法制度改革の一貫として2004年に創設された法科大学院の教育理念は,以下の通りである[司法制度改革審・意見書(2001)]。
専門的な法知識を確実に習得させるとともに,それを批判的に検討し,また発展させていく創造的な思考力,あるいは,事実に即して具体的な法的問題を解決していくために必要な法的分析能力や法的議論の能力等を育成する。
ここで重要なことは,「創造的な思考力」を育成することにある。一見すると,[司法改革審・意見書(2001)]では,「専門的な法 知識を確実に習得させ」た後に,それを批判的に検討・発展させていくのが「創造的な思考力」であるかのように読める。しかし,「創造的な思考力」を育成す るために,まず,「専門的な法知識を確実に習得させる」という順序で教育したのでは,結局,「専門的な法知識を確実に習得する」という従来の法曹教育の段 階で時間切れとなってしまい,最も重要な「創造的な思考力」を育成することはできないことが明らかである。そこで,法科大学院では,「専門的な知識を確実 に習得させる」という最初の段階から,「創造的な思考力を育てる」ための周到な準備と,新しい教育方法を実現する必要がある。
そして,創造的な思考力を育てるための新しい教育方法のヒントは,実は,上記の意見書の法科大学院教育の基本理念の後半部分,すなわち,「事実に即して具体的な法的問題を解決していくために必要な法的分析能力や法的議論の能力等を育成する」という部分において,すでに明確に示されている。ここで大切なことは,「事実に即して具体的な法的問題を解決する」という最終目標が示され,そのための方法として,「必要な法的分析能力や法的議論の能力等」の必要性が明確に位置づけられているということである。
創造的な思考力を育てるためには,従来の教育方法とは逆に,まず,具体的な事例を示し,その問題を解決するためのルールを検索し,適切なルールを 「発見する能力」を育てることが重要である。そして,適切なルールが見つからない場合であっても,既知のルールから,それを導き出している原理に立ち返 り,既知のルールを構成しているさまざまな要素(法命題)を分析し直し,従来の解釈方法(拡大,縮小,反対,類推等)を縦横に駆使しながら,ルールの要素 を新たに組み替えなおし,問題解決に適した新しいルールを創造しながら,問題を解決するという,「要素を組み替える能力」を育てなければならない。
用紙を4つ折りにして,三角柱を作り,一つの面に大きく学籍番号と氏名とを記入し,同じ面に,講義に対する感想やコメントを記入し,講義の最後に提出すること。提出は出席点ではない。つまり,提出した用紙にコメントが書かれていない場合には,平常点として加算しない。コメントの内容は,講師に対する批判を含めて何を書いてもよく,減点の対象とはしない。講義の改善に寄与するものは,特別点を与える。
内田貴『民法T 総則・物権総論』〔第3版〕東大出版会(2005)
民法判例百選T(別冊ジュリスト)有斐閣
現代語化 民法(2006年)(横書きでの引用形式に変換・編集)
平常点(30%),定期試験(70%)を総合的に判断して評価する。評価基準は,@専門的知識の習得,A法的分析能力(ルールから事実を発見する能力,事実からルールを再発見・創造する能力),B法的議論の能力(立場を変えても説得的な議論ができる能力)の到達度とする。
なお,成績評価に関しては,筆者が開発した以下のシステムを利用する。
法創造教育のための「公正かつ透明な」答案採点システム− Microsoft Excelを利用した答案採点システム −
新しい観点から担保物権法を見直す講義となるため,従来の学説についての予習と従来の学説との関係を整理する復習が不可欠である。予習を怠ると講義についていけなくなるし,復習を行わないと,講師の学説(異説)に依存する体質に陥り,世間に通用しなくなる恐れがある。
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