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動産の物権変動(2) バックホー盗難事件

作成:2006年5月5日

明治学院大学法科大学院教授 加賀山 茂



○最高裁判決(最三判平12・6・27民集54巻5号1737頁)


【要旨】 一 盗品又は遺失物の被害者又は遺失主が右盗品等の占有者に対してその物の回復を求めたのに対し、占有者が民法194条に基づき支払った代価の弁償があるまで右盗品等の引渡しを拒むことができる場合には、占有者は、右弁償の提供があるまで右盗品等の使用収益権を有する。

二 盗品の占有者が民法194条に基づき盗品の引渡しを拒むことができる場合において、被害者が代価を弁償して盗品を回復することを選択してその引渡しを受けたときには、占有者は、盗品の返還後、同条に基づき被害者に対して代価の弁償を請求することができる。

【裁判年月日等】平成12年 6月27日/最高裁判所第三小法廷/判決/平成10年(受)第128号

【事件名】   動産引渡請求本訴、代金返還請求反訴事件

【裁判結果】  一部破棄自判、一部上告棄却

【上訴等】   確定

【裁判官名】  金谷利広 千種秀夫 元原利文 奥田昌道

【審級関係】  第一審   平成 9年 7月29日/名古屋地方裁判所/判決/平成8年(ワ)第2963号

控訴審   平成10年 4月 8日/名古屋高等裁判所/判決/平成9年(ネ)第668号/平成9年(ネ)第820号/平成9年(ネ)第974号 判例ID:28052260

【参照法令】  民法194条

【出典名】   最高裁判所民事判例集54巻5号1737頁

裁判所時報1270号1頁,判例時報1715号12頁,判例タイムズ1037号94頁,金融法務事情1590号45頁,金融・商事判例1102号7頁

【判例評釈】  Local Government Review in Japan703号66〜69頁2000年12月15日, 安永正昭・判例セレクト’00(月刊法学教室246別冊付録)16頁2001年3月, 伊藤高義・民法判例百選(1)―総則・物権<第5版>(別冊ジュリスト159)144〜145頁2001年9月, 笠井修・NBL710号75〜79頁2001年4月1日, 好美清光・民商法雑誌124巻4・5号271〜289頁2001年8月, 佐賀徹哉・平成12年度重要判例解説(ジュリスト臨時増刊1202)57〜58頁2001年6月, 小野憲一・ジュリスト1199号88〜89頁2001年4月15日, 小野憲一・法曹時報53巻10号319〜335頁2001年10月, 其木提・北大法学論集52巻4号267〜281頁2001年12月, 池田恒男・判例タイムズ1046号67〜71頁2001年2月1日, 鳥谷部茂・判例評論505(判例時報1734)号161〜165頁2001年3月1日, 保健同人生活教育45巻11号114頁2000年11月, 油納健一・銀行法務2145巻7号64〜69頁2001年6月

動産引渡請求事件(本訴),代金返還請求事件(反訴)

最高裁第三小法廷平成一〇年(受)第一二八号

平成一二年六月二七日判決

主   文

一 原判決を次のとおり変更する。

上告人の控訴に基づき、第一審判決中上告人敗訴部分を取り消す。

前項の部分につき被上告人の請求を棄却する。

被上告人の附帯控訴を棄却する。

被上告人は上告人に対し、三〇〇万円及びこれに対する平成九年九月三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

上告人のその余の請求を棄却する。

二 訴訟の総費用は被上告人の負担とする。

理   由

 上告代理人成田龍一の上告受理申立て理由について

一 原審の適法に確定した事実関係の概要及び記録によって認められる本件訴訟の経緯等は、次のとおりである。

1 被上告人は、第一審判決別紙物件目録記載の土木機械(以下「本件バックホー」という。)を所有していたが、平成六年一〇月末ころ、光井信俊ほか一名にこれを盗取された。

2 上告人は、平成六年一一月七日、無店舗で中古土木機械の販売業等を営む結城政一(以下「結城」という。)から、本件バックホーを三〇〇万円で購入し、その代金を支払って引渡しを受けた。右購入の際、上告人は、結城が本件バックホーの処分権限があると信じ、かつ、そのように信ずるにつき過失がなかった。

3 平成八年八月八日、被上告人は、上告人に対して本件訴訟を提起し、所有権に基づき本件バックホーの引渡しを求めるとともに、本件バックホーの使用利益相当額として訴状送達の日の翌日である同月二一日から右引渡済みまで一箇月四五万円の割合による金員の支払を求めた。

 上告人は、右金員の支払義務を争うとともに、民法一九四条に基づき、被上告人が三〇〇万円の代価の弁償をしない限り本件バックホーは引き渡さないと主張した。

4 第一審判決は、上告人に対して、(一)被上告人から三〇〇万円の支払を受けるのと引換えに本件バックホーを被上告人に引き渡すよう命じるとともに、(二)上告人には本件訴え提起の時から物の使用によって得た利益を不当利得として被上告人に返還する義務があるとして、平成八年八月二一日から右引渡済みまで一箇月三〇万円の割合による金員の支払を命じた。

5 上告人が控訴をし、被上告人が附帯控訴をしたが、第一審判決によって本件バックホーの引渡済みまで一箇月三〇万円の割合による金員の支払を命じられた上告人は、その負担の増大を避けるため、本件が原審に係属中である平成九年九月二日に、代価の支払を受けないまま本件バックホーを被上告人に引き渡し、被上告人はこれを受領した。被上告人は引渡請求に係る訴えを取り下げた上、後記二記載のとおり請求額を変更し、他方、上告人は後記二記載のとおり反訴を提起した。

バックホー事件の事実関係

二 本件は、以上の経緯から提起された本訴と反訴であり、(一)被上告人が上告人に対して、不当利得返還請求権に基づく本件バックホーの使用利益の返還請求又は不法行為による損害賠償請求権に基づく賃料相当損害金の請求として、訴状送達の日の翌日である平成八年八月二一日から前記一5の引渡しの日である平成九年九月二日まで一箇月四〇万円の割合により計算した額である四九七万〇九五〇円の支払を求める本訴請求事件と、(二)上告人が被上告人に対して、民法一九四条に基づく代価弁償として三〇〇万円の支払と、右引渡しの日の翌日である平成九年九月三日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金等の支払を求める反訴請求事件からなる。

三 原審は、右事実関係の下において、次のとおり判断し、(一)被上告人の本訴請求を二七三万二二五八円(平成八年八月二一日から平成九年九月二日まで一箇月二二万円の割合により計算した額)の支払を求める限度で認容し、(二)上告人の反訴請求を三〇〇万円及びこれに対する反訴状送達の日の翌日である平成九年一一月一八日から支払済みまで年五分の割合による金員の支払を求める限度で認容した。

1 結城は民法一九四条にいう「其物ト同種ノ物ヲ販売スル商人」に当たり、上告人は民法一九二条所定の要件を備えているから、上告人は、被上告人の本件バックホーの引渡請求に対して、民法一九四条に基づき代価の弁償がない限りこれを引き渡さない旨の主張をすることができる。

2 占有者が民法一九四条に基づく主張をすることができる場合でも、代価が弁償されると物を返還しなければならないのであるから、本権者から提起された返還請求訴訟において本権者に返還請求権があると判断されたときは、占有者は、民法一八九条二項により本権の訴え提起の時から悪意の占有者とみなされ、民法一九〇条一項に基づき果実を返還しなければならない。したがって、被上告人は本件バックホーの引渡請求に係る訴えを取り下げてはいるが、上告人が本件バックホーをなお占有していれば、被上告人の右請求が認容される場合に当たるから、上告人は、本件訴え提起の時から引渡しの日まで本件バックホーの果実である使用利益の返還義務を負う。

3 上告人は、民法一九四条に基づき、被上告人に対して代価の弁償を請求することができると解すべきであり、右債務は反訴状送達の日の翌日から遅滞に陥る。

四 しかしながら、原審の右判断のうち2及び3の遅滞時期に関する部分は、いずれも是認することができない。その理由は、次のとおりである。

1 盗品又は遺失物(以下「盗品等」という。)の被害者又は遺失主(以下「被害者等」という。)が盗品等の占有者に対してその物の回復を求めたのに対し、占有者が民法一九四条に基づき支払った代価の弁償があるまで盗品等の引渡しを拒むことができる場合には、占有者は、右弁償の提供があるまで盗品等の使用収益を行う権限を有すると解するのが相当である。けだし、民法一九四条は、盗品等を競売若しくは公の市場において又はその物と同種の物を販売する商人から買い受けた占有者が同法一九二条所定の要件を備えるときは、被害者等は占有者が支払った代価を弁償しなければその物を回復することができないとすることによって、占有者と被害者等との保護の均衡を図った規定であるところ、被害者等の回復請求に対し占有者が民法一九四条に基づき盗品等の引渡しを拒む場合には、被害者等は、代価を弁償して盗品等を回復するか、盗品等の回復をあきらめるかを選択することができるのに対し、占有者は、被害者等が盗品等の回復をあきらめた場合には盗品等の所有者として占有取得後の使用利益を享受し得ると解されるのに、被害者等が代価の弁償を選択した場合には代価弁償以前の使用利益を喪失するというのでは、占有者の地位が不安定になること甚だしく、両者の保護の均衡を図った同条の趣旨に反する結果となるからである。また、弁償される代価には利息は含まれないと解されるところ、それとの均衡上占有者の使用収益を認めることが両者の公平に適うというべきである。

 これを本件について見ると、上告人は、民法一九四条に基づき代価の弁償があるまで本件バックホーを占有することができ、これを使用収益する権限を有していたものと解される。したがって、不当利得返還請求権又は不法行為による損害賠償請求権に基づく被上告人の本訴請求には理由がない。これと異なり、上告人に右権限がないことを前提として、民法一八九条二項等を適用し、使用利益の返還義務を認めた原審の判断には、法令の解釈適用を誤った違法があり、右違法は原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。この点をいう論旨は理由がある。

2 本件において、上告人が被上告人に対して本件バックホーを返還した経緯は、前記一のとおりであり、上告人は、本件バックホーの引渡しを求める被上告人の本訴請求に対して、代価の弁償がなければこれを引き渡さないとして争い、第一審判決が上告人の右主張を容れて代価の支払と引換えに本件バックホーの引渡しを命じたものの、右判決が認めた使用利益の返還債務の負担の増大を避けるため、原審係属中に代価の弁償を受けることなく本件バックホーを被上告人に返還し、反訴を提起したというのである。右の一連の経緯からすると、被上告人は、本件バックホーの回復をあきらめるか、代価の弁償をしてこれを回復するかを選択し得る状況下において、後者を選択し、本件バックホーの引渡しを受けたものと解すべきである。このような事情にかんがみると、上告人は、本件バックホーの返還後においても、なお民法一九四条に基づき被上告人に対して代価の弁償を請求することができるものと解するのが相当である。大審院昭和四年(オ)第六三四号同年一二月一一日判決・民集八巻九二三頁は、右と抵触する限度で変更すべきものである。

 そして、代価弁償債務は期限の定めのない債務であるから、民法四一二条三項により被上告人は上告人から履行の請求を受けた時から遅滞の責を負うべきであり、本件バックホーの引渡しに至る前記の経緯からすると、右引渡しの時に、代価の弁償を求めるとの上告人の意思が被上告人に対して示され、履行の請求がされたものと解するのが相当である。したがって、被上告人は代価弁償債務につき本件バックホーの引渡しを受けた時から遅滞の責を負い、引渡しの日の翌日である平成九年九月三日から遅延損害金を支払うべきものである。それゆえ、代価弁償債務及び右同日からの遅延損害金の支払を求める上告人の反訴請求は理由がある。そうすると、反訴状送達に先立つ履行の請求の有無につき検討することなく、被上告人の代価弁償債務が右送達によってはじめて遅滞に陥るとした原判決の判断には法令の解釈適用を誤った違法があり、右違法は原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。この点をいう論旨は理由がある。

五 以上の次第で、原判決のうち、被上告人の本訴請求に関する上告人敗訴部分及び上告人の代価弁償請求に関する上告人敗訴部分は、いずれも破棄を免れず、被上告人の本訴請求を棄却し、上告人の代価弁償に関する反訴請求を認容すべきであるから、これに従って原判決を変更することとする。

 よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 金谷利廣 裁判官 千種秀夫 裁判官 元原利文 裁判官 奥田昌道)


○第一審判決


名古屋地方裁判所平成9年7月29日判決(平成8年(ワ)第2963号 一部認容、一部棄却 控訴)

動産引渡請求本訴・代金返還請求反訴事件

名古屋地方裁判所平成八年(ワ)第二九六三号

平成九年七月二九日民事第四部判決

原告(反訴被告) 宮下清

被告(反訴原告) 安藤忠男

主   文

一 被告は、原告に対し、原告から三〇〇万円の支払を受けるのと引換えに、別紙物件目録記載の動産を引き渡せ。

二 被告は、原告に対し、平成八年八月二一日から別紙物件目録記載の動産の引渡済みまで一か月三〇万円の割合による金員を支払え。

三 原告のその余の請求を棄却する。

四 訴訟費用はこれを四分し、その三を被告の、その余を原告の各負担とする。

五 この判決は、原告勝訴部分に限り、仮に執行することができる。

事   実

第一 請求

一 請求の趣旨

1 被告は、原告に対し、別紙物件目録記載の動産を引き渡せ。

2 被告は、原告に対し、平成八年八月二一日から別紙物件目録記載の動産の引渡済みまで一か月四五万円の割合による金員を支払え。

3 訴訟費用は被告の負担とする。

4 仮執行宣言

二 請求の趣旨に対する答弁

1 原告の請求をいずれも棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

第二 事実

一 請求原因

1 原告は、平成六年一〇月末頃、別紙物件目録記載の動産(以下「本件バックホー」という。)を所有していた。

2 被告は、本件バックホーを現に占有使用してい

3 本件バックホーの一か月の賃料相当額は、平成八年八月二一日現在、四五万円を下らない。

4 よって、原告は、被告に対し、所有権に基づき本件バックホーの引渡しを求めるとともに、不当利得または不法行為に基づき、本訴状送達の日の翌日である平成八年八月二一日から本件バックホーの引渡済みまで一か月四五万円の割合による賃料相当損害金の支払を求める。

二 請求原因に対する認否

1 請求原因1の事実は不知。

2 同2の事実は認める。

3 同3の事実は否認する。

三 抗弁(占有保持権原―即時取得)

被告は、平成六年一〇月末頃、結城政一から、本件バックホーを三〇〇万円で買い受け、その頃、結城政一から、本件バックホーの引渡しを受けた。

四 抗弁に対する認否

認める。

五 再抗弁

1 被告の悪意、有過失

被告は、本件バックホーを買った際、本件バックホーが結城政一の所有でないことを知っていたし、少なくとも、知らなかったことにつき過失がある。

2 盗品遺失物の例外

(一)原告は、平成六年一〇月末頃、長野県下伊那郡泰阜村において、光井信俊及び田中康広に、本件バックホーを盗まれた。

(二)よって、本件訴え提起以降の時点においては、本件バックホーの所有権は原告に帰属する。

六 再抗弁に対する認否

1 再抗弁1の事実は否認する。

2(一) 同2(一)の事実は不知。

(二) 同(二)の事実は争う。

七 再々抗弁(公の市場または同種の物を販売する商人からの買い受け)

1 山本和弘と結城政一は、平成六年一〇月当時、共同で中古の自動車や建設機械の修理、販売を業とする「オートショップヤマシロ」を経営していた。

2 被告は、本件バックホーを、「オートショップヤマシロ」の同業者である中西良の仲介で、結城政一から本件バックホーを三〇〇万円で購入した。

3 よって、被告は、原告が三〇〇万円の支払をしない限り、本件バックホーを引き渡さない。

八 再々抗弁に対する認否

1 再々抗弁1の事実は認めるが、結城政一が民法一九四条の商人にあたるとする点は争う。

2 同2のうち、被告が中西良の仲介で本件バックホーを購入したことは不知。

第三 証拠(省略)

理   由

一 請求原因1の事実は、弁論の全趣旨により、これを認めることができる。

二 請求原因2の事実は、当事者間に争いがない。

三 請求原因3の事実について検討する。

弁論の全趣旨によりその成立を認める甲第四号証によると、本件バックホーと同様のバケット容量を持つバックホーの一か月当たりのレンタル料は四〇万円であると認められる。

しかし、弁論の全趣旨により原本の存在及び成立を認める甲第二、第三号証、被告本人尋問の結果によると、本件バックホーは、平成四年六月に製造、型式登録されたもので、新品の車両価格は低く見積もっても約一〇〇〇万円であり、右登録から二年五か月経過すると価格が五〇〇万円から五五〇万円に落ち、五年経過すると、更に三八〇万円から四三〇万円にまで落ちることが認められる。

そうすると、本件における使用利益の認定に当たっては、本件バックホーは経年により価格が落ちていることを考慮すべきであり、被告は、本件バックホーの使用により一か月当たり三〇万円の利益を得ていると認めるのが相当である。 四 抗弁事実については当事者間に争いがない。

五 再抗弁1について検討する。

証人中西良の証言及び被告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によると、被告が、平成六年一〇月末頃、本件バックホーを結城政一から購入したときに、被告が本件バックホーが結城政一の所有であると信じていたことを認めることができる。

被告が本件バックホーを結城政一の所有であると信じたにつき過失があることについては、本件全証拠によっても、これを認めるに足りる証拠資料はなく、かつ、原告から、被告の過失を基礎づける具体的事実の主張もなされていない。

六 再抗弁2(一)の事実は、被告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨により、これを認めることができる。

なお、占有物が盗品または遺失物のときは、即時取得の成立が二年間猶予され(民法一九三条)、民法一九三条に基づき、原所有者が取得者に対して物の回復を請求できる期間における物の所有権は、取得者ではなく原所有者に属すると解すべきである(大審院大正一〇年七月八日判決民録二七輯一三七三頁、同昭和四年一二月一一日判決民集八巻一二号九二三頁参照)。

七 再々抗弁について検討する。

再々抗弁1の事実は当事者間に争いがなく、右事実及び前記認定の抗弁事実に証人中西良の証言、被告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によると、結城政一は、平成六年一〇月当時、山本和弘と共同で「オートショップヤマシロ」という屋号で自動車の修理を行うかたわら、「金融物」といわれる中古土木機械の販売も行っていたこと、再々抗弁2の事実を認めることができる。

たしかに、前記各証拠によると、「オートショップヤマシロ」の店には商品である土木機械が置いてあるわけではなく、本件バックホーも右店舗から遠く離れた場所に置いてあったことが認められるが、同時に、中古土木機械の販売をする業者は修理を主体とするところが多く、展示して販売するという方式はあまり一般的ではないという事情も窺えるので、右事実は、前記認定の妨げにはならない。

さらに、本件においては、本件バックホーの売買のような高額の契約が締結されるときは契約書を取り交わすのが通常であるにもかかわらず、被告本人尋問の結果によると、被告は、右契約書を紛失したとして、これを証拠として提出していないことが認められるほか、弁論の全趣旨によると、「オートショップヤマシロ」が扱う中古土木機械の中には賍物も含まれ、山本和弘と結城政一は本件と同種の窃盗事件及び別件のレンタカー詐欺事件でそれぞれ名古屋拘置所及び名古屋刑務所に在監中であるという事情も窺えないではなく、そのような者から本件バックホーを購入した被告に、民法一九四条による保護を与えることは適当でないと言えなくはない。しかしながら、証人中西良の証言及び弁論の全趣旨によると、原告に本件バックホーの購入を仲介した中西良は、個人で機械工具の修理、販売業等を営み、かつ、大型の機械については購入を希望する者に対し、販売業者を仲介してきたことが認められ、このように、被告が、建設機械の販売や仲介を業として行っている中西良の仲介もあって、結城政一から本件バックホーを購入したことをも併せ考慮すると、被告は公の市場において、またはその物と同種の物を販売する商人より本件バックホーを買い受けたと認めるのが相当であり、被告は、代価の弁償を受けるまでは本件バックホーの返還を拒絶できるものというべきである。

八 本件のように、民法一九四条によって物の返還を請求する原所有者が、代価を弁償するのでなければ物の返還を受けられない場合であっても、取得者が目的物の使用による代価の弁償をしなければならないかについて明文の規定はない。

しかし、前記六で説示したように、原所有者が回復を請求し得る期間、本件バックホーの所有権は原所有者である原告にあるのであるから、被告は、原所有者との関係において、無権限で本件バックホーを占有使用していることになる。しかも、民法一八九条二項により、善意で占有を開始した者といえども、本件の訴えで敗訴した場合は訴え提起の時から悪意の占有者とみなされ、同法一九〇条により果実(果実には法定果実たる使用利益も含まれる。)を返還する義務を負うのである。そして、民法一八九条二項には、物の返還義務を負う者による訴訟遅延の弊害を防止する趣旨もあり、同法一九四条により保護される者に対してもその趣旨は妥当するものと解する。

よって、民法一九四条の適用がある場合といえども、取得者は訴え提起の時から物の使用により得た利益を、不当利得として回復者に対して返還する義務を負い、本件においても本件バックホーの所有権を取得し得ないとされた被告は、原所有者である原告に対し、訴え提起の時からの使用利益を返還しなければならないものというべきである。

九 以上の次第で、原告の本訴請求は、三〇〇万円を被告に支払うのと引換に本件バックホーの返還を、本件訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな平成八年八月二一日から本件バックホーの引渡済みまで一か月三〇万円の割合による不当利得金の支払を求める限度で理由があるから、これを認容し、その余の請求は失当であるから、これを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条を、仮執行宣言につき同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(名古屋地方裁判所民事第四部)

(別紙)物件目録

製造会社 日立建機株式会社

形式 EX200

製造番号 64953

製造会社登録年月日 平成四年六月


第二審判決


名古屋高等裁判所民事第ニ部平成10年 4月 8日判決(名古屋高裁 平成9年(ネ)第668号/平成9年(ネ)第820号/平成9年(ネ)第974号 一部認容、一部棄却・上告)

動産引渡請求控訴・代金返還請求控訴事件

名古屋高等裁判所平成九年(ネ)第六八八号、第八二〇号、第九七四号

平成一〇年四月八日民事第二部判決

控訴人・附帯被控訴人・反訴原告 安藤忠男

被控訴人・附帯控訴人・反訴被告 宮下清

主   文

一 本件控訴及び附帯控訴に基づき、原判決を次のとおり変更する。

1 控訴人(附帯被控訴人)は、被控訴人(附帯控訴人)に対し、二七三万二二五八円を支払え。

2 被控訴人(附帯控訴人)のその余の請求を棄却する。

二 反訴被告は、反訴原告に対し、三〇〇万円及びこれに対する平成九年一一月一八日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

三 反訴原告のその余の反訴請求を棄却する。

四 訴訟費用は、第一、二審を通じ、これを二分し、その一を控訴人(附帯被控訴人)・反訴原告の負担とし、その余を被控訴人(附帯控訴人)・反訴被告の負担とする。

五 この判決の第二項は、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一 当事者の求める裁判

一 平成九年(ネ)第六六八号

1 控訴人

(一)原判決中控訴人敗訴部分を取り消す。

(二)被控訴人の請求を棄却する。

(三)訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

2 被控訴人

(一)本件控訴を棄却する(ただし、原判決記載の請求の趣旨第一項を取り下げ、第二項を後記のとおり減縮)。

(二)控訴費用は控訴人の負担とする。

二 平成九年(ネ)第八二〇号

1 附帯控訴人

(一)判決主文第二項を「附帯被控訴人は、附帯控訴人に対し、四九七万〇九五〇円を支払え。」と変更する。

(二)附帯控訴費用は附帯被控訴人の負担とする。

2 附帯被控訴人

(一)附帯控訴人の請求を棄却する。

(二)附帯控訴費用は附帯控訴人の負担とする。

三 平成九年(ネ)第九七四号

1 反訴原告

(一)反訴被告は、反訴原告に対し、三六〇万円及びこれに対する平成九年九月三日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

(二)反訴費用は反訴被告の負担とする。

(三)仮執行の宣言

2 反訴被告

(一)反訴原告の請求を棄却する。

(二)反訴費用は反訴原告の負担とする。

第二 当事者の主張

一 被控訴人

1 被控訴人(附帯控訴人)・反訴被告(以下「被控訴人」という。)は、原判決別紙物件目録記載の動産(以下「本件バックホー」という。)を所有している。

2 控訴人(附帯被控訴人)・反訴原告(以下「控訴人」という。)は、遅くとも本件訴状が控訴人に送達された日の翌日である平成八年八月二一日以降控訴人が被控訴人に本件バックホーを引き渡した平成九年九月二日までの間、本件バックホーを占有していた。

3 控訴人は、訴外結城政一(以下「結城」という。)から本件バックホーを取得した際、本件バックホーが結城の所有でないことを知っていたし、少なくとも、知らなかったことにつき過失があった。

4 仮に、控訴人が結城から本件バックホーを取得した際、本件バックホーが結城の所有でないことにつき善意無過失であったとしても、被控訴人は、平成六年一〇月末ころ長野県下伊那郡泰阜村において訴外光井信俊及び訴外田中康広(以下「光井ら」という。)に本件バックホーを盗取されたものであり、それから二年を経過する以前の平成八年八月八日に、本件バックホーの返還を求める本件訴訟を提起した。

5 本件バックホーの一か月当りの賃料相当額は四〇万円を下らない。

6 よって、被控訴人は、控訴人に対し、不当利得返還請求権又は不法行為による損害賠償請求権に基づき、平成八年八月二一日から平成九年九月二日までの間の一か月四〇万円の割合による賃料相当額四九七万〇九五〇円の支払を求める。

二 被控訴人の主張に対する認否

1 被控訴人の主張1の事実は不知。

2 同2の事実は認める。

3 同3の事実は否認する。

4 同4のうち、被控訴人が平成六年一〇月末ころ長野県下伊那郡泰阜村において光井らに本件バックホーを盗取されたことは不知、被控訴人が平成八年八月八日に本件バックホーの返還を求める本件訴訟を提起したことは認める。

5 同5の事実は否認する。

三 控訴人

1 控訴人は、平成六年一〇月末ころ、結城から、本件バックホーを代金三〇〇万円で買い受け、そのころ、結城から本件バックホーの引渡しを受けた。

2 仮に、被控訴人が本件バックホーを盗取されたものであるとしても、結城は、平成六年一〇月当時、訴外山本和弘(以下「山本」という。)と共同で中古の自動車や建設機械の修理販売を業とする「オートショップヤマシロ」を経営しており、被控訴人は、結城から本件バックホーを買い受けた際、本件バックホーが結城の所有する物でないということを知らなかった。

3 控訴人は、平成八年初めころ、六〇万円相当の費用をかけて、本件バックホーに、シャベル以外のH鋼を切断するカッターや、コンクリート等を砕くブレーカーなどを取り付けるための装置を取り付けた。

4 よって、控訴人は、被控訴人に対し、民法一九四条に基づき本件バックホーの購入代金三〇〇万円、有益費償還請求権に基づき有益費相当額六〇万円、及びこれらに対する本件バックホーを被控訴人に返還した日の翌日である平成九年九月三日から支払済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

四 控訴人の主張に対する認否

1 控訴人の主張1の事実は認める。

2 同2のうち、結城が平成六年一〇月当時山本と共同で中古の自動車や建設機械の修理販売を業とする「オートショップヤマシロ」を経営していたことは認め、被控訴人が本件バックホーを買い受けた当時善意であったことは否認し、結城が民法一九四条所定の商人にあたることは争う。

3 同3の事実は否認する。

第三 当裁判所の判断

一 弁論の全趣旨により成立が認められる甲第五号証、第九号証、弁論の全趣旨によると被控訴人の主張1の事実が認められ、同2の事実、控訴人の主張1の事実はいずれも当事者間に争いがない。

二 控訴人が結城から本件バックホーを買い受けた際、本件バックホーにつき結城が無権利者であったことについて、悪意又は有過失であったかを検討する。

原審における控訴人本人尋問の結果によって成立が認められる乙第一号証、第二号証、弁論の全趣旨により成立が認められる乙第三号証、原審における証人中西良の証言、控訴人本人尋問の結果によると、次の事実が認められ(当事者間に争いのない事実を含む。)、右認定を覆すに足りる証拠はない。

1 結城は、平成六年一〇月当時、山本と共同で、「オートショップヤマシロ」という商号を用いて自動車修理業及び中古自動車、中古土木機械の販売業を営んでいた。

2 結城らは、その修理工場に販売用の土木機械等を置いていることはなかったが、当時、中古土木機械の販売をする業者は、修理を主体とするものが多く、店頭での展示販売の形態も一般にはとられていなかった。

3 訴外中西良(以下「中西」という。)は、個人で機械工具の修理販売業を営んでいるが、中古土木機械の購入を希望する者に対しては、その販売業者を紹介することがあった。

4 控訴人は、「明光開発」という商号で建設業を営んでいたが、以前にも、中西に紹介されて、中古土木機械を購入するために業者の所へ見に行ったことや、中西とともに行って見た中古土木機械を購入したことがあった。

5 控訴人は、中古大型パワーショベルを購入したいという話を中西にしていたところ、平成六年一一月初め、中西から、結城らが本件バックホーの売却先を探しているとして、結城を紹介された。

6 控訴人は、パワーショベルの免許を有している訴外平沼正己(以下「平沼」という。)を連れて、本件バックホーを見に行った。本件バックホーは、「オートショップヤマシロ」の敷地内には置かれておらず、そこから相当離れた堤防下にある砂利採掘場の近くの雑草地に置かれていた。本件バックホーには正規の鍵がつけられており、平沼が本件バックホーを動かすなどしたところ、三〇〇万円の価値は十分にあるものと見積もられたので、控訴人は、本件バックホーを購入することとした。

7 控訴人は、平成六年一一月七日、山本に対し、本件バックホーの代金として三〇〇万円を支払った。右に認定した事実によると、結城は、中古土木機械の販売にも従事しており、控訴人としては、結城が正常なルートによって本件バックホーを控訴人に売り渡すと信じたものであり、そのように信じることがもっともな状況のもとで本件バックホーの売買契約が締結されたものというべきである。したがって、控訴人が本件バックホーを買い受けるにあたり、控訴人は善意であったものというべきであり、過失があったということはできない。

三 その方式及び趣旨により真正な公文書であると推定される甲第八号証、原審における控訴人本人尋問の結果によると、被控訴人は、平成六年一〇月末ころ、長野県下伊那郡泰阜村において光井らから本件バックホーを盗取されたことが認められ、本件訴訟がそれから二年を経過する以前の平成八年八月八日に提起されたことは記録上明らかである。

四 控訴人が結城から本件バックホーを買い受けたことにつき、民法一九四条の適用があるかについて検討する。

前記二に認定した事実によると、結城は、本件バックホーのような土木機械の販売を主たる業とする者ではないが、自動車の修理を行うかたわら、それまでも中古土木機械の販売業を営んでいたというのであり、店頭での展示販売以外の形態で土木機械の販売を業とする者も少なくないというのであるから、そのことからすると、結城は民法一九四条所定の「同種ノ物ヲ販売スル商人」にあたると解するのが相当である。また、前記二に認定説示したとおり、控訴人は、本件バックホーを買い受けた際、本件バックホーにつき結城が無権利者であることを知らなかったと認めるのが相当である。

したがって、右のところがらすると、控訴人が結城から本件バックホーを買い受けたことについては、民法一九四条の適用があると解するのが相当である。

五 次に、本件において、被控訴人が控訴人に対し、民法一八九条二項、一九〇条一項により、使用利益の返還を請求することができるかということについて検討する。

民法一八九条二項は、占有者が本権者に対し占有物の返還をするときに、その占有者が善意であったとしても、本権者から占有物の返還請求訴訟を提起され、その訴訟において本権者に返還請求権があると判断される場合には、訴え提起の時から悪意の占有者であるとみなし、その時からの果実を本権者に返還させるという趣旨の規定である。しかるところ、民法一九四条の適用がある場合には、本権者としては、占有者に代価を弁償すれば、占有者に対し占有物の返還を請求することができるのであるから、この場合には、占有者が本件の訴えにおいて敗訴した場合と同様に、占有者は、訴え提起の時からの果実を本権者に返還すべきものと解するのが相当である。

そして、本件においては、前記のとおり、既に控訴人が被控訴人に対し本件バックホーを引き渡しているため、当審において被控訴人は控訴人に対する本件バックホーの引渡請求にかかる訴えを取り下げているのであるが、控訴人が本件バックホーを占有していれば、被控訴人の本件バックホーの引渡請求が認容される場合にあたるのであるから、右の訴えが取り下げられた現段階においても、被控訴人は、控訴人に対し、訴え提起の時からの本件バックホーの使用利益相当額の支払を請求できるというべきである。

六 そこで、被控訴人が控訴人に対して請求できる本件バックホーの使用利益相当額についてみるに、当審における調査嘱託の結果によると、本件バックホーの月額リース料は少なくとも二四万円であることが認められるところ(右認定に反する甲第七号証の二は採用しない。)、右のリース料は月極めで本件バックホーをリースした場合の月額リース料であることからすると、使用利益相当額の算定にあたっては、その約九割にあたる月額二二万円をもってこれを算定するのが相当であるというべきである。

よって、これに基づいて計算すると、被控訴人は、控訴人に対し、本件訴状が控訴人に送達された日の翌日である平成八年八月二一日以降控訴人が被控訴人に本件バックホーを引き渡した平成九年九月二日までの間の月額二二万円相当額である二七三万二二五八円の支払を請求できるというべきである。

七 控訴人が本件バックホーを買い受けるにあたり、結城に対しその売買代金として三〇〇万円を支払ったことは前記のとおりである。

ところで、民法一九四条は、動産の所有者が盗難又は遺失によってその所有する動産の占有を失った場合に、その動産の占有者がこれを即時取得している場合であっても、一定の要件のもとで、その動産の所有権を原所有者に回復させるとともに、占有者の経済的な保護を図るため、原所有者をして、占有者がその取得にあたって支払った代価を占有者に弁償させるものである。したがって、その趣旨からすれば、同条は、占有者に対し単なる抗弁権を認めるにとどまらず、少なくとも、占有者が原所有者の要求に応じて当該動産を原所有者に引き渡した場合においては、占有者は、原所有者に対し、その動産を取得するにあたって支払った代価を返還するよう求める権利をも認めたものと解すべきである。

これを本件についてみるに、控訴人は、前記のとおり、本件バックホーを被控訴人に返還しているのであり、それが本訴の原判決言渡しの後であることからすると、控訴人は被控訴人の請求に応じて本件バックホーを被控訴人に返還したものであることは明らかであるから、この場合には、控訴人は、被控訴人に対し、控訴人が本件バックホーを買い受けるにあたり結城に支払った代金三〇〇万円の支払を請求できるというべきである。

八 控訴人は、被控訴人に対し、有益費償還請求をし、原審における控訴人本人の供述中には、六三万円をかけて本件バックホーに解体工事のための油圧配管を取り付けたという部分があるが、仮に控訴人が本件バックホーにつき有益費を支出したとしても、その価格の増加が現存することについて、その立証はないのであるから、この点に関する控訴人の請求は理由がない。

九 以上のとおりであるから、被控訴人の請求は控訴人に対し二七三万二二五八円の支払を求める限度で、控訴人の反訴請求は被控訴人に対し三〇〇万円及びこれに対する反訴状の被控訴人に対する送達による催告の日の翌日である平成九年一一月一八日から支払済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で、それぞれ理由があるので、その限度でこれを認容し、その余の請求はいずれも理由がないので棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法六七条、六一条、六四条を、仮執行の宣言につき(なお、本判決主文第一項1については、既に原審で仮執行宣言が付されている。)同法二五九条を各適用して、主文のとおり判決する。

(名古屋高等裁判所民事第二部)


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