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動産の物権変動(1)

作成:2006年5月5日

明治学院大学法科大学院教授 加賀山 茂



X 動産物権変動と引渡


不動産の物権変動の対抗要件である登記とは異なり,動産の物権変動の対抗要件である引渡(占有の移転)は,公信力をも有している。

動産の物権変動において,引渡が公信力を有するということによって,不動産の物権変動の場合とはどのような異なった解決がなされうるのか,動産の二重譲渡,盗品・遺失物の売買を中心に,動産物権変動のメカニズムを解明するのが,この講義のねらいである。

1 動産物権変動の対抗要件

動産の物権変動の対抗要件は,不動産の場合とは異なり,引渡(占有の移転)である(民法178条)。

民法178条は,動産の「物権変動」とはいわず,動産に関する物権の「譲渡」と規定している。しかし,譲渡と同視すべき取消・解除による物権の復帰についても,取消・解除後の第三者に対しては,引渡が対抗要件となると解されている(大判昭13・10・24民集17巻2012頁)。

「物権変動」のうち,相続は「譲渡」ではないが,相続の場合には,自動的に占有が移転すると解されているので(民法187条1項参照),民法178条の「譲渡」には,相続は含まれないと考えても,反対に,民法178条の「譲渡」は,物権変動一般を意味し,これには相続も含まれるが,相続の場合は,常に対抗要件を具備すると考えても,結論は同じである。

動産の「物権」変動のうち,先取特権に関しては,対抗要件は必要ではなく,これとは反対に,留置権,質権に関しては,占有が権利の発生・存続の要件とされており,いったん引渡があれば対抗要件を具備しているというわけにはいかない。したがって,民法178条にいう「物権」とは,「所有権」のことであると解されている。もっとも,筆者のように,担保物権は,物権ではなく,債権の効力が強化されたものに過ぎないと考える立場に立てば,民法178条は,物権変動一般に適用されると考えることも可能である。

民法178条にいう「動産」の例外としては,登記・登録を所有権の変動の対抗要件とする動産の存在に注意すべきである。動産であっても,船舶(商法687条),自動車(道路運送車両法5条1項),航空機(航空法3条の3)の場合は,登記または登録が所有権の得喪・変更の対抗要件とされ,民法178条は適用されない(最二判昭62・4・24判時1243号24頁(民法判例百選I[第4版](1996年)65事件))。

2004年12月1日に,動産物権変動の対抗要件に関する特別法が成立した(平成16年法律148号)。この特別法は,1998年から施行されていた「債権譲渡の対抗要件に関する民法の特例等に関する法律」を改称して,「動産及び債権の対抗要件に関する民法の特例等に関する法律」とし,債権譲渡について行われてきた「債権」譲渡登記ファイルによる対抗要件の特例を動産譲渡にまで適用しようとするものである。その内容は,法人が所有する動産を譲渡したときは指定登記所に備える「動産譲渡登記ファイル」に一定の時効を記録し,その登記があれば,「当該動産について,民法178条の引渡しがあったものとみなす」とするものである(同法3条)。

動産及び債権の譲渡の対抗要件に関する民法の特例等に関する法律 第3条(動産の譲渡の対抗要件の特例等)
@法人が動産(当該動産につき貨物引換証、預証券及び質入証券、倉荷証券又は船荷証券が作成されているものを除く。以下同じ。)を譲渡した場合において、当該動産の譲渡につき動産譲渡登記ファイルに譲渡の登記がされたときは、当該動産について、民法第178条 の引渡しがあったものとみなす。
A代理人によって占有されている動産の譲渡につき前項に規定する登記(以下「動産譲渡登記」という。)がされ、その譲受人として登記されている者が当該代理人に対して当該動産の引渡しを請求した場合において、当該代理人が本人に対して当該請求につき異議があれば相当の期間内にこれを述べるべき旨を遅滞なく催告し、本人がその期間内に異議を述べなかったときは、当該代理人は、その譲受人として登記されている者に当該動産を引き渡し、それによって本人に損害が生じたときであっても、その賠償の責任を負わない。
B前2項の規定は、当該動産の譲渡に係る第10条第1項第二号に掲げる事由に基づいてされた動産譲渡登記の抹消登記について準用する。この場合において、前項中「譲受人」とあるのは、「譲渡人」と読み替えるものとする。

この動産譲渡登記の存続期間は,10年以内とされている(同法7条)。

動産及び債権の譲渡の対抗要件に関する民法の特例等に関する法律 第7条(動産譲渡登記)
@指定法務局等に、磁気ディスク(これに準ずる方法により一定の事項を確実に記録することができる物を含む。次条第一項及び第十二条第一項において同じ。)をもって調製する動産譲渡登記ファイルを備える。
A動産譲渡登記は、譲渡人及び譲受人の申請により、動産譲渡登記ファイルに、次に掲げる事項を記録することによって行う。
 一  譲渡人の商号又は名称及び本店又は主たる事務所
 二  譲受人の氏名及び住所(法人にあっては、商号又は名称及び本店又は主たる事務所)
 三  譲渡人又は譲受人の本店又は主たる事務所が外国にあるときは、日本における営業所又は事務所
 四  動産譲渡登記の登記原因及びその日付
 五  譲渡に係る動産を特定するために必要な事項で法務省令で定めるもの
 六  動産譲渡登記の存続期間
 七  登記番号
 八  登記の年月日
B前項第六号の存続期間は、十年を超えることができない。ただし、十年を超えて存続期間を定めるべき特別の事由がある場合は、この限りでない。
C動産譲渡登記(以下この項において「旧登記」という。)がされた譲渡に係る動産につき譲受人が更に譲渡をし、旧登記の存続期間の満了前に動産譲渡登記(以下この項において「新登記」という。)がされた場合において、新登記の存続期間が満了する日が旧登記の存続期間が満了する日の後に到来するときは、当該動産については、旧登記の存続期間は、新登記の存続期間が満了する日まで延長されたものとみなす。
D動産譲渡登記がされた譲渡に係る動産につき譲受人が更に譲渡をし、当該動産譲渡登記の存続期間の満了前に民法第178条 の引渡しがされた場合(第3条第1項の規定により同法第178条 の引渡しがあったものとみなされる場合を除く。)には、当該動産については、当該動産譲渡登記の存続期間は、無期限とみなす。

この制度については,せっかくの登記でありながら,その効力が民法の占有と同じに過ぎず,民法の対抗要件である占有と競合した場合にどうなるのか不明であり,問題解決に資するところがないとの批判がなされている。

不動産の物権変動の場合,登記は対抗要件にとどまり,不実登記の場合には,当事者が登記を信頼したとしても保護されない。しかし,動産物権変動の場合は,占有に公信力があり,相手方の占有を信頼して,善意無過失で動産の占有を取得した取引の当事者は,動産に関する権利を取得する(民法192条)。これを動産物権変動の「善意取得」とか「即時取得」という。

2 動産物権変動の対抗要件

A. 引渡の種類

民法178条は,動産に関する物権の譲渡は,その動産の引渡がなければ,第三者に対抗できないと規定している。

動産の物権変動の対抗要件である引渡(占有の移転)の方法には,以下の4種類が認められている。

1) 現実の引渡(民法182条1項)

実際に物の占有を移転する場合である。この場合には,引渡は,現実の物権変動を反映しており,公示方法としての機能を果たしうる。

2) 簡易の引渡(民法182条2項)

AがBに貸したり,預けている物について,わざわざいったんその物を返してもらってから,改めてAがその物をBに譲渡するという方法をとらなくても,AがBに譲渡するという意思表示をするだけで占有を移転することができる制度のことを,二度手間を省くという意味で「簡易の引渡」という。

この場合も,動産に関する権利の取得者が現実の引渡をすでに受けている点で,動産物権変動を公示する機能を果たしている。

3) 占有改定(民法183条)

買った物を実際には引き取らずにそのまま店に預けておくというように,現実の引渡が行われなくても,占有が移転したことにする制度。買った物の引渡を実際に受け,その上で店に物を預けておくというように,2度の引渡を行う場合と結果が変わらず,二度手間を省けるため,この制度が認められている。

しかし,この場合は,動産物権の取得者に現実の占有は移転しないため,動産物権変動の公示手段としては不十分である。

したがって,占有改定に対抗力が認められるかどうかについては,判例は(大判明43・2・25民録16輯153頁,最一判昭30・6・2民集9・7・855頁),占有改定に対抗力を認めている(占有改定による善意取得については,後に詳しく述べる)。しかし,質権の設定に関しては,占有改定は,成立要件から除外されている(民法344条)ほか,動産質権の対抗要件からも除外されている(民法352条)。

4) 指図による引渡(民法184条)

他人に貸していたり,倉庫に預けていたものを,そのまま(倉庫から出さずに)他人に売り,以後,賃借人,または,倉庫業者に対して,買主のために保管するよう指図することによって,買主から売主への直接の占有移転を実現する制度。

迂遠な現実の引渡の繰り返し(賃借物・受寄物返還,売買による引渡,再度の賃貸・寄託)を省略するものであり,現実の取引において大きな役割を果たしている。現実の占有の移転が伴わない点は,占有改定と同様であるが,保管者等の現実の占有者に対する意思表示(占有者の変更)が,動産物権変動の公示・対抗要件としての機能を果たしうるため,占有改定の場合とは異なり,質権設定の場合においても,設定要件からは除外されていない。

B. 対抗要件としての引渡の問題点

以上の占有の移転方法のうち,占有改定と指図による引渡の2つは,実際の所持の移転をもたらさない。したがって,「引渡」は,全体としてみれば,公示手段としては非常に不完全なものであり,引渡によって動産物権変動の帰属を決定することは困難である。

図 12 動産の二重譲渡と対抗要件

このことは,不動産物権変動の対抗要件としての登記と比較すれば明らかである。登記は公示手段として優れた制度であり,二重に登記されるという問題はほとんど起こりえないので,不動産の二重譲渡の場合には,登記によって不動産の物権変動を確実に公示することができる。これに反して,「引渡」の場合は,現実の占有の移転がなされるとは限らないので,例えば,動産の二重売買が占有改定によって行われた場合は,第1買主も第2買主も対抗要件を備えるということが起こりうる。そうなると,対抗要件に期待される,取得順位が後でも,対抗要件を先に取得したものは保護されるという意味での対抗要件主義の利点が,全く機能しないことになる。つまり,占有改定による二重譲渡の場合,両買主に対抗要件が備わっているため,常に,第1買主が勝つという結論しかもたらしえない。

さらに,対抗要件を備えても,動産の場合は,次に述べるように,善意取得の制度によって物権変動がひっくり返されることがありうるので,対抗要件を取得したとしても,問題の決め手としての意味はもちえない。

このように,占有改定を動産物権変動の対抗要件として認めた瞬間に,対抗要件の意味は,契約による物権変動の順序を無視するという機能を果たすことができず,もっぱら,契約による所有権の移転を援護する機能を持つにとどまっている。このため,動産の物権変動に関しては,対抗問題が実務上で問題とされることはほとんどなく,次に述べるような占有改定による動産の二重譲渡の場合の解決を除けば,占有の公信力(民法192条以下)によって問題が解決されることが多い。

3 動産物権変動と善意取得

民法192条は,平穏かつ公然に動産の占有を始めた者が善意であって,かつ,過失がないときは,即時にその動産の上に行使する権利を取得すると規定している(善意取得)。

この善意取得の制度は取引の安全を図る制度であるため,民法旧192条の文言には含まれていなかったが,民法192条が適用されるためには,「取引」行為によって占有を承継した場合に限定されると解されてきた。つまり,原始取得の場合,一般(包括)承継の場合には民法192条は適用されないし,他人の土地の立木を伐採して取得した場合のように,取引によって取得したのではない場合にも民法192条は適用されないと解されている(大判昭7・5・18民集11巻1963頁(民法判例百選I[第4版](1996年)66事件))。現代化された民法では,明文で規定されている。

民法192条により,動産に関しては,不動産の場合と異なり,公示手段としての占有に公信力が与えられている。したがって,公示を信用して,権利を譲り受けた善意・無過失の第三者は,たとえ譲渡人が無権利者であっても,または,譲渡人の有する権利には負担がついていたとしても,譲渡人と譲受人との間の契約が有効である限り,負担のない完全な権利を原始取得すると解されている。

問題は,善意・無過失の第三者は,占有改定によっても善意取得をなしうるかどうかである。学説の中には,善意・無過失の第三者は,現実の引渡を受けなくても,占有改定によっても動産の善意取得をなしうると解するものがある(末広厳太郎『物権法(上巻)』一粒社(1960年)267頁,柚木馨・高木多喜男『判例物権法総論』有斐閣(1972年)389頁以下)。この見解によると,動産の二重譲渡が占有改定によって行われた場合,どちらも対抗要件を備えているにもかかわらず,常に,第2買主が完全な所有権を取得することになる。

判例(大判大5・5・16民録22輯961頁,最二判昭32・12・27民集11巻14号2485頁,最一判昭35・2・11民集14巻2号168頁(民法判例百選I[第4版](1996年)67事件))・通説は,占有改定によっては,善意取得は成立せず,現実の引渡を受けたときに善意取得が成立すると解しており,どちらが先に現実の引渡を受けるかで問題の解決を図ろうとしている。

占有改定による二重譲渡の場合,現実の占有を受けていない買主同士の争いにおいて,遅く占有改定を受けた第2買主が常に勝つというのは不自然であろう。判例の見解のように,占有改定では,善意取得は生じないと考え,占有改定を受けたにとどまる買主同士の争いの場合は,対抗要件を先に取得した第1買主が権利を取得すると解すべきであろう。

もちろん,第2買主が第1買主よりも先に,かつ,善意・無過失で現実の占有を取得すれば,第2買主が所有権を取得するが,この場合,不動産の二重譲渡の場合とは異なり,第2買主が現実の引渡を受けた時点で善意・無過失であることが要件となる点に注意を要する。

4 盗品・遺失物と善意取得の例外−短期取得時効

民法193条は,善意取得の対象となった占有物が盗品または遺失物であるときは,被害者または遺失主は,盗難または遺失の時から2年間,占有者に対して,その物の回復を(無償で)請求することができると規定している。

ただし,民法194条は,占有者が盗品または遺失物を「競売もしくは公の市場」において,または,「その物と同種の物を販売する商人」から,善意で買い受けたときは,被害者または遺失主は,占有者が払った代価を弁償しなければ,その物を回復することができないと規定している。この規定の意味については,占有開始の時点で,すでに善意取得が成立しており,2年間に限って,盗品の被害者,遺失物の遺失主に,原価による買戻権が与えられていると解釈することも可能であるが,後に述べるように,2年が経過するまでは,被害者または遺失主に所有権が帰属するが,その間も,占有者を保護するため,代価に関して,占有者に同時履行の抗弁権又は留置権類似の引き替え給付の権利が与えられたものと解釈すべきである。なお,ここで注意しなければならないのは,これらの抗弁権は,占有者が目的物を返還しても,請求権自体は消滅しないことである。留置権の場合も,消滅するのは,担保権としての留置権だけであり,基礎となる請求権(被担保債権)自体が消滅するわけではない。

最三判平12・6・27民集54巻5号1737頁(バック・ホー盗難事件)
 1.盗品又は遺失物の被害者又は遺失主が右盗品等の占有者に対してその物の回復を求めたのに対し,占有者が民法194条に基づき支払った代価の弁償があるまで右盗品等の引渡しを拒むことができる場合には,占有者は,右弁償の提供があるまで右盗品等の使用収益権を有する。
 2.盗品の占有者が民法194条に基づき盗品の引渡しを拒むことができる場合において,被害者が代価を弁償して盗品を回復することを選択してその引渡しを受けたときには,占有者は,盗品の返還後,同条に基づき被害者に対して代価の弁償を請求することができる。
大判昭4・12・11民集8巻923頁(指輪盗難事件)は,民法194条は,占有者に対し代価の弁償がない以上占有物の回復請求に応ずる必要のない抗弁権を認めたものであって,代価弁償の請求権を与えたものではないとしていた。しかし,最三判平12・6・27民集54巻5号1737頁(バック・ホー盗難事件)は,取得者が目的物を返還した後も,なお,民法194条に基づき,代価の弁償を請求できるものと解するのが相当であるとして,上記大審院判例(大判昭4・12・11)の法理を変更した。

なお,占有者が盗品または遺失物を「競売もしくは公の市場」において,または,「その物と同種の物を販売する商人」から,善意で買い受けたときであっても,その占有者が,その道のプロである,古物商または質屋であった場合には,盗品の被害者または遺失物の遺失主は,1年間は無償で回復することができる(古物営業法21条,質屋営業法22条)。この場合,結果的には,被害者・遺失主は,1年間は無償で(古物営業法21条,質屋営業法22条),次の1年間は有償で(民法194条),物を回復できることになる。

* 古物営業法21条
古物商が買い受け,又は交換した古物のうちに盗品又は遺失物があった場合においては,その古物商が当該盗品又は遺失物を公の市場において又は同種の物を取り扱う営業者から善意で譲り受けた場合においても,被害者又は遺失主は,古物商に対し,これを無償で回復することができる。但し,盗難又は遺失の時から1年を経過した後においては,この限りでない。
* 質屋営業法22条
質屋が質物又は流質物として所持する物品が,盗品又は遺失物であった場合においては,その質屋が当該物品を同種の物を取り扱う営業者から善意で質に取った場合においても,被害者又は遺失主は,質屋に対し,これを無償で回復することができる。但し,盗難又は遺失の時から1年を経過した後においては,この限りでない。

これは,最初の1年間は,被害者・遺失主の完全な保護を図り(特別法は一般法に優先する),次の1年間は,被害者・遺失主の権利を保護するとともに,金銭面で占有者の利益も尊重し,2年を経過した時点で,占有者のみを保護する(一般法は特別法を補充する)という政策の現われである。法律的な意味づけは,占有者は2年で盗品・遺失物の所有権を時効取得するが,最後の1年は,支払った購入資金の弁済を受けるまでは,引渡を拒絶できる抗弁権が与えられていると解することができよう。

表 10 盗品・遺失物と善意取得

盗難・遺失の時からの期間
占有取得の態様 0〜1年未満 1年〜2年未満 2年以後
市場の種類 占有取得者の種類
公の市場 古物商
質屋
被害者は無償で物の回復を請求できる(古物21条,質屋22条) 代価を弁償して回復を請求できる(古物21条,質屋22条) 回復不能 (民法193条)
その他の者 代価を弁償して回復を請求できる(民法194条)
その他の場所 すべての者 無償で回復を請求できる(民法193条)

盗品・遺失物の場合,2年間は被害者・遺失主は,占有者から目的物を取り戻しうるという意味については,その解釈をめぐって学説の間に争いがある。

通説は(我妻栄・有泉亨『新訂物権法』岩波書店(1983年)231-232頁),善意・無過失の占有者は,即時に所有権を取得するが,2年間の間は,盗品の被害者,または,遺失物の遺失主に特別の取戻権を認めたものと解している。

これに対して,判例(大判大4・12・11民集8巻923頁,大判大10・7・8民録27輯1373頁),および,少数説は,盗品・遺失物の場合は,被害者・遺失主の保護のために,善意・無過失の占有者も善意取得ができず,2年間の占有の継続の後に,所有権を取得すると考えている。

これは,あたかも,通常は,取得時効の期間は,10年,または,20年のところを,2年の短期取得時効を認めたものと解するものであり,期間到来前の権利関係と,期間到来後の権利関係を時効の遡及効を使って明快に説明しうる。また,家畜外の逃失動物を1ヵ月間占有した者は,その動物の所有権を取得するという民法195条の規定の趣旨をも整合的に説明できる点で,判例・少数説の方が,通説よりも説得力があるように思われる。

5 明認方法

A. 明認方法の意味

樹木や天然果実(稲立毛,みかん,桑葉など),土地の上に生育する物は,土地の所有権に吸収され,その土地の一部を構成するものとみなされ,そのままでは,土地とは独立に取引の対象とすることはできないはずである。

しかし,わが国においては,古来より,樹木の集団である立木,個々の樹木,未成熟の天然果実は,土地に付着したまま,土地とは独立して,取引の対象とされてきた。  そして,樹木や天然果実が,土地から独立の取引対象となることを公示する方法として,慣習上,立木を削って墨書するとか(大判大10・4・14民録27輯732頁),立て札を立てたりするとか(大判大5・9・20民録22輯1440頁)という方法が行われてきた。これを「明認方法」という。

B. 明認方法の機能

土地の定着物ではあるが,本来ならば,土地の一部として独立の取引対象となりえない土地の生育物(樹木,天然果実等)も,明認方法を施すことによって,土地所有権と分離し,独立の取引対象となる(鈴木禄弥『物権法講義(4訂版)』創文社(1994年)167頁,近江幸治『民法講義II 物権法』弘文堂(1990年)162頁)。

明認方法は,土地の生育物の権利の所在を保存し,表示するという点において,「登記」と同様の機能(公示・対抗要件)を有する(最三判昭35・3・1民集14巻3号307頁(民法判例百選I[第4版](1996年)61事件))。

土地の生育物の明認方法による公示・対抗機能は,明認方法が存続する限りにおいてのみ存続する。明認方法が消滅すると,その権利も再び土地所有権に吸収される(最一判昭36・5・4民集15巻5号1253頁(民法判例百選I[第4版](1996年)60事件))。


練習問題5


問題1 Aは,古本屋で以前から探していた雑誌のバックナンバーを見つけ,代金も払ったが,他に買物があったため,帰りに寄ることにして,購入した雑誌を店員に一時預かってもらうことにした。その後,店にやってきたBがカウンターにあったその雑誌を見つけ,引き継ぎを受けていない別の店員からその雑誌を代金を払って購入し,やはり店員に預けて買い物に出た。AとBとがその古本屋に帰ってきて,鉢合せになった。AもBも,その雑誌は自分のものだといって譲らない。その雑誌の所有権はだれが取得するのか。

問題2 倉庫業者Aは,6ヵ月前に,Bから預かっていた商品を盗まれてしまった。そこで,Aは,Bに商品の価格全額を弁償して,盗まれた商品を譲り受けることにした。その後,Aの調査によって,品物は,盗まれた直後に,善意のCが購入し,現在も使用していることがわかった。そこで,Aは,Cに対して,所有権に基づいて商品の返還を請求した。この場合,商品の所有権は誰に帰属しているのか。AのCに対する返還請求は認められるか。


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